| テコのお話し童話 トップ輪投げへ戻る |
| 30. 29. 28. 27. 26. 25. 24.「藤つるのため息」 23.「だつえば」 22.「地天女」 21.「寝ころび地蔵」 20.「紫靄の里」 19.「しわ合わせの旅」 18.「水かけ小僧」 17.「頭をはぐはぐする観音さん」 16.「いじわるをしたお地蔵さん」 |
15.「座敷わらしの恩がえし」 14.「貝の花嫁さん」 13.「トイレをこわしたお相撲さん」 12.「白蛇のお仲人」 11.「お姉さんは六にんだ」 10.「つばめの郵便やさん」 9.「だいちょうぶ」 8.「赤い服と青いズボン」 7.「クモの巣学校」 6.「カラスの仕返し」 5.「ぬけなくなった手」 4.「不思議な手」 3.「フリージアと水仙」 2.「キツネの手鏡」 1.「キツネの顔」 |
| 24.藤つるのため息 深い森の中。ブナやナラの木が葉っぱを広げ、天に向かって伸びていた。 その中の一本のブナの木に絡みついている藤蔓が深いため息をついた。 『あーあぁ…もうすぐこのブナの木はあのきらきら光る葉っぱを落とし、枝が枯れ、幹も痩せ、やがて朽ち果てるであろう…私のしてきたことは一体、なんなんだろう?』藤蔓は今の今まで、決して涙を流さず《木を枯らす》というこの辛い山の仕事を続けてきた。 ところが、木々の間から差し込んできた夕日が射るように自分の厚く毛ばたった肌に触れた瞬間、力が抜けたように感じて幹にへばりついた。そして、思わずそう言ってしまったのである。 山々が蓮華(れんげ)の花びらを重ねたように折り重なった山ふところに金が取れることで栄えた村があった。そこを流れている小川は水が少ない。どんなに大雨が降っても、いつの間にか、どこかに吸い込まれていくのだ。そのために村人は深い井戸を掘って、そこから水を汲むようにしていた。井戸の桶を吊すのには藤蔓を編んだものが一番よかった。藤蔓で吊された桶は水に届くとしゃきっと首を伸ばす藤蔓に押されてコトッと倒れて水を汲んでくれた。 村人はこの藤蔓に声をかけた。 「ふじつるよ〜。おめえも辛かったべな〜。ごくろうさん!今度はおらだちの役にたってけろ〜。」 こうして藤蔓は村人に苅られていった。 家に着くと、今度は女達の出番だった。藤蔓の肌はケバケバのイガイガ。それをスベスベにしてから編むのだ。 藤蔓は家の軒と地面の杭の間に張られ、木で出来た輪でしごかれた。 「♪ふじつるはようー 山でためいき さあえー 里じゃよー すべすべにされて よおえー♪」女達の歌が山にひびいた。藤蔓はもうされるがままだった。こうして身を任せていると幼い頃のことが目にうかんできた。 『あの頃は、伸びよう伸びようと一生懸命だったな…また、あの頃に戻ったみたいだ…』 |
| 23.だつえば あのね、人が死ぬとまず、渡るのが三途の川… 舟を下りると待っているのが奪衣婆(だつえば)という一人のおばあさん。 「さあ、脱いだ脱いだ!着ているもんの重さを量るよ!」 おばあさんは脱がせた衣を残らずそばの柳の木に掛ける。 「はいはい、う〜ん、これは軽いもんだ。ちっとも枝がたわまない… お前さんは極楽行きだよ!行った、行った!」 「次はお前さんかい、ややや、これはどっしりとおもたいねえ〜 木が地面に着きそうなくらいたわむじゃないか!だいぶ悪いことをしてきたね。 お前さんはまず、地獄のえんま大王様のところで舌を抜かれるんだね!」 というわけで舟が着くと奪衣婆さんは大忙しなんだ。 あの世には何にも持っていけない…というのは本当なんだね… ![]() |
| 22.地天女 チベットは地球で一番高い山々が連なっているところだよ。 ![]() 地球の中の中の中から天に向かって押し出され、せり上げられ、吹き出したものが山なんだよ。 まるで、泣いたり、怒ったり、笑ったり、何かにすごく感動したときに胸の奥から湧き出るものみたいにさ! そこで生まれ、中国大陸、朝鮮半島を通って日本に伝わってきたのが兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)さまなんだ。 よくはわからないが人の話をよく聞き、戦(いくさ)の神さまとして知られているんだ。ここ、岩手県江刺の毘沙門天さまは坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)の化身ともいわれていて、背の高さが175センチもあるんだ。昔の人にしては大きいなあ! ちょっと前置きが長くなったが兜跋毘沙門天さまが踏まえているのは邪鬼(じゃき〜悪い鬼)じゃない。地天女さまなんだ。 天女さまといえばお空の上を透きとおるような羽衣を身にまとい、数人で仏さま取り囲むようにして天に昇る姿を想像するが、この地天女さまは地面に体を沈め、両肩で兜跋毘沙門天をささえている。 「さあ、祈りの道をしっかりと行きなさい…この世に誕生したからには、その命果つるまで御心に沿って生きていくんだよ…」」と子供を押し上げているように見える。 その柔和なお顔と深いお心を宿す表情はまさに命を生み出し、子供を送り出す母の姿だ! |
| 21.寝ころび地蔵 昔むかし、川沿いの村では数年おきに訪れる水不足で、田んぼの水が枯れイネが実らないので苦しんでおった。 その年もそうであった。ちっとも雨が降らず、いつもの東の山間から流れる水もほんのわずか、とても田んぼの水を潤すまではいかない。 お寺の門前の総領息子は信心深いことで知られていた。その息子が 「東のずーっと山奥に行けば水神さんがいて、何とかお願いすれば水を流してくれるという。おら、行ってお願いしてくる!」と言い出した。 ところがその願いが叶っても、願った人の命は絶たれてしまうといわれていた。みんなは心やさしい総領息子を止めようとした。でも、息子の決心は固く、とうとう一人で出かけてしまった。 さて、ずーっと山奥の木々に囲まれたてっぺんにポッカリと平らなところがあって、お寺が建っていた。お坊さんは東の山並みを渡り歩く修験者を相手に行を行い、観音さんをお守りして暮らしておった。 ![]() そこには小さな沢を見下ろすようにお地蔵さんが立っていて、なぜか数年おきに寝っ転がって下の沢に落ちてしまうという。 ある夕方のこと、お坊さんは白い衣かつぎをした美しい女がすーっと寺の脇を通ってお地蔵さんに行くのを見た。そのとたん体が硬直してしまい、身動きできなくなっていた。 次の朝にはお地蔵さんが下の沢に寝っ転がっている…という訳だ。 川沿いの村では東の山から水が流れてきて、田んぼの水を潤していた。 数日経って、総領息子は顔も青白く、すっかりやせ細って見るかげもない姿で帰っては来たがそのまま床につき、あえなくその一生を終えた。 村を救った総領息子と寝ころび地蔵の話である。 |
20.紫靄の里![]() 北上川沿いに紫靄(しあい)の里と呼ばれているところがある。 そこは川から上がってくる靄が小山をくぐり抜け丘をなで回すので実のなる果物がとにかくおいしいのだ。 昔むかしのことだ。 坂上田村麻呂が葦毛の馬にまたがり、家来どもを引き連れて牧場のある山屋の峠に差しかかったときのことだ。 折しも紅葉の季節、錦織なす山の斜面に紫がかった靄がかかり、今まさに朝日が光りの輪を広げてのぼろうとしていた。 「何と…見事なこと!」 田村麻呂は息を呑み、しばし馬を留めてその光景に見とれていた。 「うん、そうだ!」 田村麻呂は兜の紐をほどき、その中に大事に納めていた一寸八分(5センチ4ミリ)ほどの小さい観音像を取り出した。それは母の忘れ形見でもあった。 「母上!どうかこの地でいつまでも皆のことを見守っていてほしい…」 勧請され、山屋観音と名づけられた観音さんは幾多の変遷を経て今でも私たちを見守り続けている。そして、いつしかそこは紫靄(しあい)の里と呼ばれるようになった。 |
| 19.しわ合わせの旅 あるところにとても苦労したお婆さんがおりました。 ![]() 「わしみてぇに苦労した者もあんめぇ… 昔の人の言うことにゃぁ苦労の数ほどおでこ(額)に皺が刻まれるって言うじゃないか… 比べてみることは出来ないものかなあ?」お婆さんはおでこの皺をなでなで考えました。 「ようしっ、冥土のみやげにひとつ、皺合わせの旅に出ることにしよう!」 最初に出会ったのは漁師のお爺さんでした。 赤銅色に日焼けしたおでこには深い皺が刻まれておりました。 「どうかお頼み申します。わしはどちらが苦労の数が多いか皺合わせの旅をしておりまする。 ひとつ、おでこ合わせをお願い致しまする。」おじいさんは目を白黒させていましたがお婆さんの真剣な様子に 「あい、わかった。してどうすればよいのじゃ?」すると、お婆さんはにこっと笑い、自分のおでこを付きだしお爺さんのおでこを合わせるようにと指さしました。 このようにしてお婆さんは皺合わせの旅を続けました。その旅はいつしか『しゎあわせ』の旅となっていきました。 |
18.水かけ小僧![]() ここは奥州街道、郡山の宿。江戸に上る参勤交代のお行列が休んだり、泊まったりするところだ。 一番通りの習町は大店が軒を並べ、馬のいななき、鶏の声。かじやの鎚音、豆煮る匂いからはじまり、一日中人の通りが絶え間ない。ちょうどカギになった通りの向こうにお日さまが沈む頃は水掛地蔵ならぬ水かけ小僧のお出ましだ。 小僧さんは土ぼこりをしずめようと、桶に入った水をいきおいよく撒いていく。 『今日も一日、叱られもしたけど一生懸命働いたなあ…』小僧さんは安らかな心に満たされていた。 が、そう思うのもつかのま、折悪しく通りかかったお武家さんの羽織、袴に水が掛かったのだからたまらない。 「無礼者!そこに直れ!」となった。お武家さんは刀を鞘から抜き、一刀のもとに切り捨てようという勢いだ。 お武家さんは時の藩主、重直公の参勤交代のお供の栄誉を預かり、羽織、袴を新調してのぞんだ岩泉政包(かね)。父義包が亡くなり家督を継いだばかりだった。 小僧さんはただ、ひたすら頭を下げぶるぶる震えておった。 その時、同臣の浅石甚三郎がすっと前に出た。 「まあまあ、岩泉殿。そう怒らんでもいいではないか? これから道中も長い。つまらないことでいちいち怒っていてははじまらないぞ… かわいそうに小僧、こんなに震えているではないか?」そう言われて渋々刀を納めた政包であった。 ところが、腹の虫が治まらないのが政包。宿となっている高水寺に戻り、夕餉の酒の席でそれが再燃した。 「無礼者を切って捨てねば、しめしがつかん!それを止めおって!」と、甚三郎にくってかかった。 「やややや!何としたこと!止めるのは当たり前のこと。それを根に持つとは?肝の小さいお人だ。先が思いやられることじゃ…」甚三郎のこの言葉にますます逆上した政包は回りの者の制止も振り払い刃物に及んだ。 傷を負った甚三郎は三年療養の後の5月、小康を得て好物の川鱒を食した。この時期の鱒は脂がのって殊の外おいしい。ところがそれが腹の傷に悪かったらしい。傷が膿んで破れ、とうとう亡くなってしまったのだ。 これによって政包、幕府のお沙汰により館(やかた)に入り、切腹。領地は没収、お家断絶と相成った。〈五月鱒の御家断絶〉といわれる所以である。 そんなこととはつゆ知らず、水かけ小僧は今日も西に沈む夕日を愛でながら水を撒くのであった。 |
| 17.頭をはぐはぐする観音さん 村ざかいの三叉路 に小さなお社があり、観音さんがまつられておりました。それは観音さんの額に馬の頭が彫り込まれてある馬頭観音さんでした。 東根さんに夕日が沈みかかり、たんぼに大きい山藤の繁みがゆさゆさと黒く影を落とす頃でした。久兵衛は孫の久太郎を伴ってこの観音さんにやってきて言いました。 「ほれ、手っこ合わせてちゃーんと拝むんだぞ。馬っこ観音さんにおめえのした悪いことはぐはぐして食べてもらうべしな」久兵衛は孫の頭をポンポンとやさしく叩きました。 久太郎はお寺にある極楽の絵に描かれた天女さまの胸のところに《おっかあ》《きゅう》と書いてしまったのです。字は今年、尋常小学校で習ったばかりでした。それで、久太郎は同じくお寺にある地獄の絵の前に連れて行かれ和尚様にこう言われたのです。 「悪いことすると、死んでからこったな、おっかない(恐い)ところに行かなきゃなんねんだぞ〜」久太郎はは思わず目をそむけました。そこには地獄に落ちた人が受ける苦しみの世界が描かれていました。 久太郎がめずらしく家の軒先でしょぼんとしているのを見たおじいさんが訳を聞いて観音さんに連れて来たのです。ですから、久太郎はおじいさんに言われたとおり小さな頭を下げて一生懸命拝みました。 「馬っこ、馬っこ、頼むから青い草をいっぱい食べるみてえに、おれのした悪いこと、はぐはぐしてみんな食べてけろ!」 「はぐはぐ、はぐはぐ」久太郎が言いました。 「はぐはぐ、はぐはぐ」久兵衛も言いました。 そうしている間に夕日はとうとうトンと沈みました。一瞬、辺りは白っぽい光に包まれました。その時お社に止まっていた一羽のカラスが思い出したかのように「かあーっ、かあーっ」と大きく鳴いて大急ぎで山の方に飛んでいきました。 |
| 16.いじわるをしたお地蔵さん 小川の近くの道ばたにお地蔵さんがポツネンと座っていました。お地蔵さんの顔はどこが目だか鼻だかわからないくらい真っ黒でした。体も真っ黒でしたが、かろうじて手を合わせているのがわかりました。 とても暑い日のことです。道の垣根には赤い花や白い花をつけたタチアオイが真っ直ぐ階段のように上に伸びていました。 「ヤレヤーレ、ヤレヤーレ。」子供たちの元気な声が聞こえてきました。 ところが、お地蔵さんは子供たちに縄でぐるぐる巻きにされ、道をひきずられておりました。 「それ引け、やれ引け。地蔵さんの水浴び、水浴び!」子供たちはくちぐちに叫んでいます。どうも小川の方へ向かっているようです。 その時です。トクじいさんが暗い家の中から目をまぶしそうにして出てきました。そして 「こら!そったなこどすると罰あたるぞ!」と叫びました。 その夜のことです。トクじいさんは夢を見ました。夢の中でお地蔵さんが 「おらぁ、せっかぐわらしゃんどど楽しく遊んでらったのに…」といじわるそうな顔で言いました。 次の朝、どういう訳かトクじいさんは起き上がることが出来ませんでした。背中のどうしても手の届かないところに何かが打ち込まれたみたいに苦しいのです。おじいさんから話を聞いたおばあさんは 「ふふふふ…」と笑いました。それから、大事にとっておいたきび粉やきな粉で団子を作ってお地蔵さんに供えました。子供たちも集まってきておばあさんの手から団子をもらっておいしそうに食べました。 何日かしてトクじいさんは前のように元気になりました。 外ではまた 「ヤレヤーレ、ヤレヤーレ。」という子供たちの元気な声が聞こえてきました。 |
| 15、座敷わらしの恩がえし 東の山には金が採れるところがあって、とてもにぎわっていました。 そこにある大きなお屋敷には座敷わらしがいました。座敷わらしとは大きなお屋敷なんかに出没する子供の妖怪のことです。 ときどき、廊下にペタペタと足かたを残していったり、かけていた着物が濡れていたりするので分かるのです。 座敷わらしがいい子供なのか悪いこどもなのかは分かりません。でも座敷わらしを邪魔にして追い出したりすると悪いことが起こるのです。ですから、いい妖怪にちがいありません。 タネおばあさんは冬になって田んぼや畑の仕事がなくなると、そこの大きなお屋敷に住み込んで家内中の着物を縫うのを仕事にしていました。 その晩もタネおばあさんは囲炉裏ばたで今度生まれる赤子のために産着を縫っておりました。白い晒しを手で揉んでやわらかくしながら一針、一針縫っていました。囲炉裏の火は赤く燃えています。そのうち、いい気持ちになってこっくり、こっくり。すると 「ペロローン…」小さくて冷たい手がタネおばあさんの胸に差し込まれました。 「シャッケー…」タネおばあさんはハッとして、手元を見つめました。針が止まっています。タネおばあさんはまた、せっせと縫いはじめました。でも、しばらくするとまた、こっくり、こっくり。すると 「ペロローン…」 「シャッケー…」タネおばあさんは思い出しました。 子供のときのことです。おっかさんが寝床にいないので泣いていました。 「何したってやー…」と言って、おっかさんが裸ん坊の自分を寝床からスポッと抱きおこし、そのまま上から着物を着て負ぶい紐でしばりました。おっかさんの肌の柔らかくてあったかいこと… 「ペロローン…」冷たくなった手をおっかさんの胸に手をいれると 「シャッケー…」おっかさんはそう言って、ハッとしたようにまた、やりかけていた仕事を続けていました。 おっかさんとの記憶はそれだけしかありません。 タネおばあさんのおっかさんは弟が生まれたとき、産褥熱で亡くなってしまったからです。 「ペロローン…」また、小さくて冷たい手がタネおばあさんの胸に差し込まれました。 「シャッケー…」 タネおばあさんは座敷わらしのおかげでたくさんの着物を縫ってあげることができました。家の人たちも大喜びで冬になってタネおばあさんがくるのをとても楽しみにしていました。 |
| 14、貝の花嫁さん 戦争が日に日にはげしくなってアヤさんのところの一人息子にも召集令状が来ました。その令状は赤い紙に印刷されていたので〈赤紙〉といわれていました。 おっかさんは近所のみんなから千人針の腹巻きを縫ってもらいました。千人針とは鉄砲の弾に当たらないおまじないのようなものでした。みんなからひと針づつ千針縫ってもらうので効き目があるのです。でも、寅年生まれの人だけは年の数だけ縫うことが出来ました。おっかさんはその千人針の腹巻きを息子に渡しました。 それから、小さなお守りを渡しました。それはきれいな布で貝がらをつつみ、それを二枚合わせて作ったお守りでした。 「コトコト、コトコトッ」息子が手にとって振ってみると中で小さな音がしました。おっかさんが言いました。 「息子や、たった一人になってどうにも寂しくなったらこの貝がらを開けてみるんだよ」 「戦勝祈願」と大きく書かれたのぼりと小さな子供たちが一生懸命振ってくれる日の丸の小旗に見送られて息子は戦争に行きました。シナから満州、シベリアへと苦しい戦いと抑留の日々、なんどもこの貝の口を開けたいと思いました。でも息子は開けませんでした。息子の願いはたった一つでした。 「元気で生きて帰ってかあちゃんの喜ぶ顔が見たい!」それだけでした。 やっと戦争が終わり、息子はぼろぼろの兵隊服、髪もボーボー伸び放題の姿で家に帰ってきました。 「かあちゃん!ただいま!」 しかし、喜び勇んで帰った家には母の姿はありませんでした。おっかさんは息子の帰りを待たずに病気で亡くなっていたのです。 息子は仏壇の前で泣いて泣いて泣きまくって声もかれてしまいました。そしてただ、ぼんやりと縁側に座っておりました。その時、ふとおっかさんの言っていたことを思い出したのです。 「息子や、たった一人になってどうにも寂しくなったらこの貝がらを開けてみるんだよ」 息子は大事にしまっていた貝のお守りをそーっと出して開けてみました。 中から出てきたのは白い角かくしをかむり、白むくの着物を着た小さな小さな花嫁人形でした。その顔はうっすらとほお紅をつけ、やさしい口もとをして、何か語りかけて来るようでした。そして不思議なことに、どこかおっかさんに似ていました。 「かあちゃん!ありがとう!」もう息子は嘆くのをやめました。おっかさんは亡くなっても自分を守っていてくれると思いました。 しばらくして、息子は貝のお嫁さんとよく似たお嫁さんをもらいました。そして、幸せに幸せに暮らしました 「貝の花嫁さん」 の背景 @私の息子が結婚前にこんなことを言いました。 「どうしてだか、母さんと似た人を好きになるんだよなあ…」 性格とかはもちろん最初はよく分かりません。その雰囲気というようなものだそうです。 A母の実家の佐比内の奥座敷には等身大の日本人形が飾られていました。 海軍の兵隊だった母の叔父が姪である母とアエ子さん(大同電気の社長のお母さん)にプレゼントしたものです。母は今年(平成十七年)の二月、アエ子さんは五月、あいついで亡くなりました。亡くなる前まで母はお手玉作り、アエ子さんは貝がらのお守り飾りに勤しみました。 B母の実家では昭和三十三年ごろ、ばっちに(末に)生まれた男の子が病気で突然亡くなりました。それをとても悔しがった祖母は日本人形のおかっぱ頭を剃って坊主にし男の子の着物を着せてお寺に奉納しました。つい最近までお寺の本堂にガラスケースに入れて安置されていました。 Cその話をアエ子さんの葬儀のとき工藤隼人先生にお話ししました。そうしたら、工藤先生はこんな話をしてくれました。あるところで、やはり戦争で息子を亡くした母親がいたそうです。その母親は息子のために等身大の花嫁人形を作ってお寺に奉納したということでした。多分、母親は結婚もせずに亡くなった息子をどんなにか不憫と思ったことでしょう。 |
| 13、トイレをこわしたお相撲さん 近くのお八幡さんで勧進相撲をとるために、お相撲さんたちが巡業にやってきました。勧進相撲とは神社の建て替えの費用を集めるために行われる相撲のことです。 町の料亭「沢田屋」に泊まったお相撲さんのなかに、体はひといちばい大きいのに何故かもう一押しがきかず、いつも負けてしまうお相撲さんがいました。 そのお相撲さんのお話しです。 お相撲さんはトイレに行きたくなりました。沢田屋さんのちょっと暗い渡り廊下をノッシノッシと歩いていきました。 沢田屋さんのトイレは半間四方の小さいトイレでした。そこに身をちぢめるようにしてそろそろとしゃがみ込みました。そこまではよかったのですが 「あともう少し、あともう少し」ときばっていました。 「ボトン」ようやくうんちが出たその時です。 「バリバリバリー、メリメリメリー」トイレの床板が抜け落ちました。後ろの壁板もはずれて外に倒れてしまいました。 お相撲さんはといえば、お尻を丸出しにしたまま、片足は肥だめに突っ込んでしまいました。 音を聞きつけてやってきた人たちは大変というより、その姿がおかしくてしょうがありません。 「アハハハ、アハハハ」お相撲さんは痛いということより、恥ずかしくて、大きな体をカメのようにちぢめました。 店の主人がひときわ大きな声で笑いながらいいました。 「お相撲さん、これでお前さんの方に『運』が向いてきたというもんだ。がんばりなされ!」 それからというもの、そのお相撲さんは勝負強くて負けなしの強いお相撲さんになりました。 |
| 12、白蛇のお仲人 朝日がちょうどのぼってくる東の山と夕日がちょうどしずんでしまう西の山のあいだを大きな川が流れていました。 その川のたもとには白い大きな蛇がカメと帆かけ舟を祀って、ひっそりと暮らしておりました。白蛇は若いとき、あっちの海、こっちの海と駈けまわり、海の神さまのお使いとして働きました。カメと帆かけ舟は海に飲み込まれそうになったとき助けてくれた恩人でした。でも白蛇は少し年をとってしまい、海を泳ぐのは大変になったのです。 そこで神さまは今度は景色のきれいなこの川のたもとに住まわせ、東の山の白山神社と新山神社のお使いのお仕事をしてもらうことにしました。 こうして白蛇は川を渡っては西の山の新山神社と東の山の白山神社を神さまのお使いをして暮らしておりました。そんなある日のこと東の山のふもとに住む娘が口の中に入りそうな小さい金のへらを持ってやって来ました。 『蛇さん、蛇さん、どうかお願いです。西の山にはきっと力が強くてたくましい男の人がいるに違いありません。私はそういう人のところに嫁ぎたいのです。この金のへらは谷川を流れてくる砂の粒から金の粒を選りだして作ったものです。どうか、この金のへらを持っていって私がお嫁にいけるように話してきてくれませんか?』 『よし、わかった。』 白蛇は美しくてやさしい娘の願いを聞き入れてあげようと口の中に金のへらを入れて川をスイスイ泳いで西の山へ向かいました。ところが川の中程までいったときに大きな波がどぶんとかかってきて飲み込んでしまいました。でもだいちょうぶ、岸に着くと白蛇は金のへらをお尻から出しました。 西の山のちょうど夕日がしずむところには一人のたくましい若者が黒いイノシシのように大きいイヌと暮らしておりました。そして、やはり東の山の朝日がのぼるところにはきっと美しくて心のやさしい娘がいるにちがいないと思っておりました。 白蛇は無事に若者に金のへらを届けました。若者が娘にやったのは熊の胆でした。それはどんな病気にもよく効く特効薬でした。娘の母親は病気がちでしたが熊の胆を煎じて飲むと病気が治りました。 こうして、白蛇は何度か往復して若者と娘を結婚させることが出来ました。それからは白蛇のお仲人として楽しい余生を送ることが出来ました。 |
| 11、お姉さんは六人だ! 「コポンコポン、ポコポコポコ」小川を水が流れていきます。お日さまが西の山の方に回りました。西の山は押し合い、へし合い、重なり合い、青いベールをかけたようにしずかです。もうすぐ、夕闇がせまってくるのです。 「キラッキラッ、サワサワサワ」風が吹くたびに大きなポプラの木が、おおあわてで葉っぱをひっくり返します。 ミキちゃんはおばあちゃんといっしょにこの小川の土手にやってきました。おばあちゃんは 「まあ、大きなフキの葉っぱ!あそこにも、ここにも!」もう、ミキちゃんのことはすっかり忘れてフキ採りに夢中です。 「まあ、いいっか…」ミキちゃんは気持ちのよい風に吹かれて土手の下に続いている道をながめていました。道の両側には、いく通りもの小道があって家が建ち並んでいます。 「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。見るとオレンジの帽子をかむり、緑色のリュックサックを背負ったお姉さんが土手の脇の道を歩いてきました。新聞配達のお姉さんです。 お姉さんは道の角を曲がったら、急に見えなくなりました。でもすぐに 「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。 「キラッキラッ、サワサワサワ」お姉さんはポプラの木を見上げていました。そのとたん 「ガオーッ、ガオォー」カラスがポプラの木のてっぺんで鋭く鳴いてお姉さんの頭の上を飛んで行きました。よく見ると、木のてっぺんには巣がかかっています。カラスのあかちゃんがいるのです。 そのうちにふと、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに 「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんは黒ブチのやせた猫とにらめっこしていました。 「ふん、関係ないさ…」猫はプイと向きを変えると堰につづいている土管の中にスルリッと入っていきました。 そのうちにまた、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに 「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんは一匹の細い蛇が道をノッタノッタと横断するのを見ていました。それは首のところがえりまきのように黄色い【ヤマカガシ】という蛇でした。 「あわてない、あわてない…」蛇は向かいのお庭の小さい池まで行くところでした。蛇は水が大好きなのです。 そのうちにふと、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに 「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんは草だらけのお庭の前に立ち止まりました。そこには木で作ったブランコもありました。 「トントントン、トントントン」女の子が三人、丸い石ころに草の葉っぱをしいて、いっしょうけんめい叩いています。緑色の汁が少しずつ出てきました。 「これで、おつゆを作って誰かにごちそうしよう!」女の子の一人が言いました。 そのうちにまた、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに 「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんはいっしょうけんめい歩いていました。後ろから 「こんにちわ!」ランドセルを背負った男の子が元気な声で呼びかけました。お姉さんは少し、びっくりしました。でも振り返るとすぐに 「こんにちわ!」とても明るい声で返事しました。 ミキちゃんはもどってきたおばあちゃんに言いました。 「あのね、おばあちゃん…おんなじお姉さんが六人もいたよ!」 |
| 10、つばめの郵便屋さん 風のにおいが若葉の色になって町を吹き抜けました。風で電線がユタユタとゆれています。 つばめが一羽、ヒューッと飛んできて電線にとまりました。すぐに、もう一羽が追いかけて来てとなりにとまりました。 通りにはかじやがありました。かじやの高い天井はうす暗くて、太い木のはりがありました。つばめはそこに何かくわえて運んでいるようです。それは小枝や草の干せたもののようでした。巣づくりをしているのでしょう。 その時、通りの向こうから赤い郵便車が駆けてきました。 郵便車を引っ張っているおじさんは黒のはんてんに黒のももひき、手には白い手っこう、足にも白いきゃはんをしていました。頭には三角の形をしたスゲ笠をかむっていました。おじさんの動くリズムに合わせて、てんびん棒が上がったり下がったりしています。 「あっ、つばめの郵便屋さんだ!」はりを見上げていた男の子が叫びました。 「オッホン。」郵便屋さんは男の子の前に止まりました。 男の子はドキンとして、目をクリンと見開いて郵便屋さんを見つめました。 「カラカラカラ、カラカラカラ」郵便屋さんの見ている先には鯉のぼりがありました。鯉のぼりは男の子のお爺ちゃんが、山から切り出した丸太ん棒にくくりつけられていました。お爺ちゃんは三日かかって皮をきれいにはがし「よっこらせっ」と丸太ん棒を立てました。息子が戦争に行ったあと男の子の弟が生まれたお祝いに立てたのです。 男の子も屋根の上を見上げました。そこには 「ハタハタサユラン、ハタハタサユラン」鯉のぼりがお腹をふくらませて気持ちよさそうに泳いでいました。矢車もカラカラと音をたてて回っていました。 郵便屋さんは 「オッホン。」とまたひとつ、せきばらいをしました。そして 「つばめの郵便屋さんか…」とひとこと言って出発しました。、最初はゆっくり、てんびん棒が上がったり下がったりしました。それがだんだん早くなって風に乗ったみたいに、あっというまに見えなくなりました。 |
| 9、だいちょうぶ? テフちゃんはお母さんといっしょにスーパーに買い物に行きました。 トイレに行きたくなって、一人でトイレに行きました。 「急いでお母さんのところに戻らなくっちゃ・・・」 勢いよく戸口を出て、駆けだしたとたん! ツルン、スッテン!と転んでしまいました。 お母さんが見ていたら、こう言ったでしょう。 「だから、いつも言ってるでしょ!駆けちゃダメ!」って。 あわてて起き上がったら、向こうの方で買い物袋を下げた 知らないオバさんが二コッと笑ってこっちを見ていました。 オバさんが「だいちょうぶ?」と言ったので「ウン」とうなずきました。 そうしたら、不思議なことに「しくじった・・・」という気持ちが消えました。 そして、何だか元気も出てきました。 テフちゃんは立ち上がり、また駆けだして買い物しているお母さんのところへ戻りました。 もちろん、転んだことは「ナ・イ・ショ」です。 |
| 8、赤い服と青いズボン ララとタタは同じ日に生まれました。つまり、双子です。 二人はとてもよく似ていたので、お母さんでも間違えてしまうほどでした。 お母さんの家はとても貧乏でした。そこで、二人分の洋服を買ってあげることが出来ませんでした。 もう少しでお祭りがやってくるというある日、お母さんは貸し衣装屋さんから赤い服と青いズボンを借りてきました。二人はお祭りの舞台に立つことになっていたからです。ららは歌が、タタは踊りがとても上手だったからです。 まずララには赤い服を、タタには青いズボンをはかせました。どうもしっくり来ません。次にララには青いズボンを、タタには赤い服を着せました。それもどこか変です。やっぱり、赤い服を着て青いズボンをはいてこそ、衣装が映えるのです。 そうこうしている内に、お祭りの日がやってきました。最初にララが衣装を付けて舞台に出ました。 「ララララララ……」とてもよい声で歌を歌いました。 「パチパチパチ、パチパチパチ」拍手喝さいが舞台裏まで聞こえてきました。 次に、ララが大急ぎで脱いだ衣装をタタが着込んで舞台に上がりました。 「タタタタタタ……」とても上手にステップを踏んでダンスを踊ります。 「パチパチパチ、パチパチパチ」みんな大喜びで拍手を送ります。 それからは、村のみんなもお母さんも 「歌の上手なのがララ、ダンスの上手なのがタタ。」と間違えることはなくなりました。 |
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7.「クモの巣学校」 |
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6.「カラスの仕返し」 |
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5.「ぬけなくなった手」 |
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4.「不思議な手」 |
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3. 「フリージアと水仙」 |
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2.「キツネの手鏡」 ある秋の日の夕方、母さんギツネはすっぱいサグミの実をたくさん採って祠に帰ろうとした時のことです。 子ギツネは社の入り口まで来て、ハタと止まりました。 その晩は満月でした。まん丸のきれいなお月様が登っています。 |
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1.「キツネの顔」 ところがある時、お兄さんギツネが人間の鉄砲に撃たれて連れ去られてしまいました。 まだ枯れ草が山を覆っていたある春の日です。 火傷を負った兄嫁さんギツネを、もう弟ギツネは追いかけなくなりました。 森はすっかり雪景色になって、月の光が雪の野原に丸い顔の親子の長い影を落としていました。 いつの間に来ていたのでしょう。 |