テコのお話し童話              トップ輪投げへ戻る



30.

29.

28.

27.

26.

25.

24.「藤つるのため息」         

23.「だつえば」            

22.「地天女」              

21.「寝ころび地蔵」         

20.「紫靄の里」            

19.「しわ合わせの旅」       

18.「水かけ小僧」           

17.「頭をはぐはぐする観音さん」    

16.「いじわるをしたお地蔵さん」
    

15.「座敷わらしの恩がえし」  

14.「貝の花嫁さん」  

13.「トイレをこわしたお相撲さん」 

12.「白蛇のお仲人」  

11.「お姉さんは六にんだ」 

10.「つばめの郵便やさん」 

 9.「だいちょうぶ」 

 8.「赤い服と青いズボン」  

 7.「クモの巣学校」  

 6.「カラスの仕返し」  

 5.「ぬけなくなった手」 

 4.「不思議な手」  

 3.「フリージアと水仙」 

 2.「キツネの手鏡」 

 1.「キツネの顔」 



 
                  24.藤つるのため息                     

 深い森の中。ブナやナラの木が葉っぱを広げ、天に向かって伸びていた。
 その中の一本のブナの木に絡みついている藤蔓が深いため息をついた。
 『あーあぁ…もうすぐこのブナの木はあのきらきら光る葉っぱを落とし、枝が枯れ、幹も痩せ、やがて朽ち果てるであろう…私のしてきたことは一体、なんなんだろう?』藤蔓は今の今まで、決して涙を流さず《木を枯らす》というこの辛い山の仕事を続けてきた。
 ところが、木々の間から差し込んできた夕日が射るように自分の厚く毛ばたった肌に触れた瞬間、力が抜けたように感じて幹にへばりついた。そして、思わずそう言ってしまったのである。

 山々が蓮華(れんげ)の花びらを重ねたように折り重なった山ふところに金が取れることで栄えた村があった。そこを流れている小川は水が少ない。どんなに大雨が降っても、いつの間にか、どこかに吸い込まれていくのだ。そのために村人は深い井戸を掘って、そこから水を汲むようにしていた。井戸の桶を吊すのには藤蔓を編んだものが一番よかった。藤蔓で吊された桶は水に届くとしゃきっと首を伸ばす藤蔓に押されてコトッと倒れて水を汲んでくれた。

 村人はこの藤蔓に声をかけた。
 「ふじつるよ〜。おめえも辛かったべな〜。ごくろうさん!今度はおらだちの役にたってけろ〜。」
 こうして藤蔓は村人に苅られていった。
 家に着くと、今度は女達の出番だった。藤蔓の肌はケバケバのイガイガ。それをスベスベにしてから編むのだ。
 藤蔓は家の軒と地面の杭の間に張られ、木で出来た輪でしごかれた。
 「♪ふじつるはようー 山でためいき さあえー
 里じゃよー すべすべにされて よおえー♪」女達の歌が山にひびいた。藤蔓はもうされるがままだった。こうして身を任せていると幼い頃のことが目にうかんできた。
 『あの頃は、伸びよう伸びようと一生懸命だったな…また、あの頃に戻ったみたいだ…』

                  23.だつえば

 あのね、人が死ぬとまず、渡るのが三途の川…
 舟を下りると待っているのが奪衣婆(だつえば)という一人のおばあさん。
 「さあ、脱いだ脱いだ!着ているもんの重さを量るよ!」
 おばあさんは脱がせた衣を残らずそばの柳の木に掛ける。
 「はいはい、う〜ん、これは軽いもんだ。ちっとも枝がたわまない…
お前さんは極楽行きだよ!行った、行った!」
 「次はお前さんかい、ややや、これはどっしりとおもたいねえ〜
木が地面に着きそうなくらいたわむじゃないか!だいぶ悪いことをしてきたね。
お前さんはまず、地獄のえんま大王様のところで舌を抜かれるんだね!」
 というわけで舟が着くと奪衣婆さんは大忙しなんだ。
 あの世には何にも持っていけない…というのは本当なんだね…
    
                  22.地天女

 チベットは地球で一番高い山々が連なっているところだよ。
 地球の中の中の中から天に向かって押し出され、せり上げられ、吹き出したものが山なんだよ。
 まるで、泣いたり、怒ったり、笑ったり、何かにすごく感動したときに胸の奥から湧き出るものみたいにさ!

 そこで生まれ、中国大陸、朝鮮半島を通って日本に伝わってきたのが兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)さまなんだ。
 よくはわからないが人の話をよく聞き、戦(いくさ)の神さまとして知られているんだ。ここ、岩手県江刺の毘沙門天さまは坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)の化身ともいわれていて、背の高さが175センチもあるんだ。昔の人にしては大きいなあ!

 ちょっと前置きが長くなったが兜跋毘沙門天さまが踏まえているのは邪鬼(じゃき〜悪い鬼)じゃない。地天女さまなんだ。
 天女さまといえばお空の上を透きとおるような羽衣を身にまとい、数人で仏さま取り囲むようにして天に昇る姿を想像するが、この地天女さまは地面に体を沈め、両肩で兜跋毘沙門天をささえている。
 「さあ、祈りの道をしっかりと行きなさい…この世に誕生したからには、その命果つるまで御心に沿って生きていくんだよ…」」と子供を押し上げているように見える。

 その柔和なお顔と深いお心を宿す表情はまさに命を生み出し、子供を送り出す母の姿だ!

                  21.寝ころび地蔵

 昔むかし、川沿いの村では数年おきに訪れる水不足で、田んぼの水が枯れイネが実らないので苦しんでおった。
 その年もそうであった。ちっとも雨が降らず、いつもの東の山間から流れる水もほんのわずか、とても田んぼの水を潤すまではいかない。
 お寺の門前の総領息子は信心深いことで知られていた。その息子が
 「東のずーっと山奥に行けば水神さんがいて、何とかお願いすれば水を流してくれるという。おら、行ってお願いしてくる!」と言い出した。
 ところがその願いが叶っても、願った人の命は絶たれてしまうといわれていた。みんなは心やさしい総領息子を止めようとした。でも、息子の決心は固く、とうとう一人で出かけてしまった。

 さて、ずーっと山奥の木々に囲まれたてっぺんにポッカリと平らなところがあって、お寺が建っていた。お坊さんは東の山並みを渡り歩く修験者を相手に行を行い、観音さんをお守りして暮らしておった。
 そこには小さな沢を見下ろすようにお地蔵さんが立っていて、なぜか数年おきに寝っ転がって下の沢に落ちてしまうという。
 ある夕方のこと、お坊さんは白い衣かつぎをした美しい女がすーっと寺の脇を通ってお地蔵さんに行くのを見た。そのとたん体が硬直してしまい、身動きできなくなっていた。
 次の朝にはお地蔵さんが下の沢に寝っ転がっている…という訳だ。
 
 川沿いの村では東の山から水が流れてきて、田んぼの水を潤していた。
 数日経って、総領息子は顔も青白く、すっかりやせ細って見るかげもない姿で帰っては来たがそのまま床につき、あえなくその一生を終えた。
 村を救った総領息子と寝ころび地蔵の話である。

                  20.紫靄の里

 北上川沿いに紫靄(しあい)の里と呼ばれているところがある。
 そこは川から上がってくる靄が小山をくぐり抜け丘をなで回すので実のなる果物がとにかくおいしいのだ。

 昔むかしのことだ。
 坂上田村麻呂が葦毛の馬にまたがり、家来どもを引き連れて牧場のある山屋の峠に差しかかったときのことだ。
 折しも紅葉の季節、錦織なす山の斜面に紫がかった靄がかかり、今まさに朝日が光りの輪を広げてのぼろうとしていた。
 「何と…見事なこと!」
 田村麻呂は息を呑み、しばし馬を留めてその光景に見とれていた。
 「うん、そうだ!」
 田村麻呂は兜の紐をほどき、その中に大事に納めていた一寸八分(5センチ4ミリ)ほどの小さい観音像を取り出した。それは母の忘れ形見でもあった。
 「母上!どうかこの地でいつまでも皆のことを見守っていてほしい…」
 
 勧請され、山屋観音と名づけられた観音さんは幾多の変遷を経て今でも私たちを見守り続けている。そして、いつしかそこは紫靄(しあい)の里と呼ばれるようになった。

                  19.しわ合わせの旅

 あるところにとても苦労したお婆さんがおりました。
 「わしみてぇに苦労した者もあんめぇ…
昔の人の言うことにゃぁ苦労の数ほどおでこ(額)に皺が刻まれるって言うじゃないか…
比べてみることは出来ないものかなあ?」お婆さんはおでこの皺をなでなで考えました。

 「ようしっ、冥土のみやげにひとつ、皺合わせの旅に出ることにしよう!」
 最初に出会ったのは漁師のお爺さんでした。
 赤銅色に日焼けしたおでこには深い皺が刻まれておりました。
 「どうかお頼み申します。わしはどちらが苦労の数が多いか皺合わせの旅をしておりまする。
ひとつ、おでこ合わせをお願い致しまする。」おじいさんは目を白黒させていましたがお婆さんの真剣な様子に
 「あい、わかった。してどうすればよいのじゃ?」すると、お婆さんはにこっと笑い、自分のおでこを付きだしお爺さんのおでこを合わせるようにと指さしました。

 このようにしてお婆さんは皺合わせの旅を続けました。その旅はいつしか『しゎあわせ』の旅となっていきました。

                  18.水かけ小僧

 ここは奥州街道、郡山の宿。江戸に上る参勤交代のお行列が休んだり、泊まったりするところだ。
 一番通りの習町は大店が軒を並べ、馬のいななき、鶏の声。かじやの鎚音、豆煮る匂いからはじまり、一日中人の通りが絶え間ない。ちょうどカギになった通りの向こうにお日さまが沈む頃は水掛地蔵ならぬ水かけ小僧のお出ましだ。

 小僧さんは土ぼこりをしずめようと、桶に入った水をいきおいよく撒いていく。
 『今日も一日、叱られもしたけど一生懸命働いたなあ…』小僧さんは安らかな心に満たされていた。
 が、そう思うのもつかのま、折悪しく通りかかったお武家さんの羽織、袴に水が掛かったのだからたまらない。
 「無礼者!そこに直れ!」となった。お武家さんは刀を鞘から抜き、一刀のもとに切り捨てようという勢いだ。
 お武家さんは時の藩主、重直公の参勤交代のお供の栄誉を預かり、羽織、袴を新調してのぞんだ岩泉政包(かね)。父義包が亡くなり家督を継いだばかりだった。
 小僧さんはただ、ひたすら頭を下げぶるぶる震えておった。
 その時、同臣の浅石甚三郎がすっと前に出た。
 「まあまあ、岩泉殿。そう怒らんでもいいではないか?
これから道中も長い。つまらないことでいちいち怒っていてははじまらないぞ…
かわいそうに小僧、こんなに震えているではないか?」そう言われて渋々刀を納めた政包であった。

 ところが、腹の虫が治まらないのが政包。宿となっている高水寺に戻り、夕餉の酒の席でそれが再燃した。
 「無礼者を切って捨てねば、しめしがつかん!それを止めおって!」と、甚三郎にくってかかった。
 「やややや!何としたこと!止めるのは当たり前のこと。それを根に持つとは?肝の小さいお人だ。先が思いやられることじゃ…」甚三郎のこの言葉にますます逆上した政包は回りの者の制止も振り払い刃物に及んだ。

 傷を負った甚三郎は三年療養の後の5月、小康を得て好物の川鱒を食した。この時期の鱒は脂がのって殊の外おいしい。ところがそれが腹の傷に悪かったらしい。傷が膿んで破れ、とうとう亡くなってしまったのだ。
 これによって政包、幕府のお沙汰により館(やかた)に入り、切腹。領地は没収、お家断絶と相成った。〈五月鱒の御家断絶〉といわれる所以である。

 そんなこととはつゆ知らず、水かけ小僧は今日も西に沈む夕日を愛でながら水を撒くのであった。

                  17.頭をはぐはぐする観音さん

 村ざかいの三叉路 に小さなお社があり、観音さんがまつられておりました。それは観音さんの額に馬の頭が彫り込まれてある馬頭観音さんでした。
 東根さんに夕日が沈みかかり、たんぼに大きい山藤の繁みがゆさゆさと黒く影を落とす頃でした。久兵衛は孫の久太郎を伴ってこの観音さんにやってきて言いました。
「ほれ、手っこ合わせてちゃーんと拝むんだぞ。馬っこ観音さんにおめえのした悪いことはぐはぐして食べてもらうべしな」久兵衛は孫の頭をポンポンとやさしく叩きました。
久太郎はお寺にある極楽の絵に描かれた天女さまの胸のところに《おっかあ》《きゅう》と書いてしまったのです。字は今年、尋常小学校で習ったばかりでした。それで、久太郎は同じくお寺にある地獄の絵の前に連れて行かれ和尚様にこう言われたのです。
「悪いことすると、死んでからこったな、おっかない(恐い)ところに行かなきゃなんねんだぞ〜」久太郎はは思わず目をそむけました。そこには地獄に落ちた人が受ける苦しみの世界が描かれていました。

久太郎がめずらしく家の軒先でしょぼんとしているのを見たおじいさんが訳を聞いて観音さんに連れて来たのです。ですから、久太郎はおじいさんに言われたとおり小さな頭を下げて一生懸命拝みました。
「馬っこ、馬っこ、頼むから青い草をいっぱい食べるみてえに、おれのした悪いこと、はぐはぐしてみんな食べてけろ!」
「はぐはぐ、はぐはぐ」久太郎が言いました。
「はぐはぐ、はぐはぐ」久兵衛も言いました。
 そうしている間に夕日はとうとうトンと沈みました。一瞬、辺りは白っぽい光に包まれました。その時お社に止まっていた一羽のカラスが思い出したかのように「かあーっ、かあーっ」と大きく鳴いて大急ぎで山の方に飛んでいきました。

                 16.いじわるをしたお地蔵さん

 小川の近くの道ばたにお地蔵さんがポツネンと座っていました。お地蔵さんの顔はどこが目だか鼻だかわからないくらい真っ黒でした。体も真っ黒でしたが、かろうじて手を合わせているのがわかりました。
 とても暑い日のことです。道の垣根には赤い花や白い花をつけたタチアオイが真っ直ぐ階段のように上に伸びていました。
「ヤレヤーレ、ヤレヤーレ。」子供たちの元気な声が聞こえてきました。
 ところが、お地蔵さんは子供たちに縄でぐるぐる巻きにされ、道をひきずられておりました。
「それ引け、やれ引け。地蔵さんの水浴び、水浴び!」子供たちはくちぐちに叫んでいます。どうも小川の方へ向かっているようです。
 その時です。トクじいさんが暗い家の中から目をまぶしそうにして出てきました。そして
「こら!そったなこどすると罰あたるぞ!」と叫びました。

 その夜のことです。トクじいさんは夢を見ました。夢の中でお地蔵さんが
「おらぁ、せっかぐわらしゃんどど楽しく遊んでらったのに…」といじわるそうな顔で言いました。
 次の朝、どういう訳かトクじいさんは起き上がることが出来ませんでした。背中のどうしても手の届かないところに何かが打ち込まれたみたいに苦しいのです。おじいさんから話を聞いたおばあさんは
「ふふふふ…」と笑いました。それから、大事にとっておいたきび粉やきな粉で団子を作ってお地蔵さんに供えました。子供たちも集まってきておばあさんの手から団子をもらっておいしそうに食べました。

 何日かしてトクじいさんは前のように元気になりました。
 外ではまた
「ヤレヤーレ、ヤレヤーレ。」という子供たちの元気な声が聞こえてきました。

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                         15、座敷わらしの恩がえし 
 
 東の山には金が採れるところがあって、とてもにぎわっていました。
 そこにある大きなお屋敷には座敷わらしがいました。座敷わらしとは大きなお屋敷なんかに出没する子供の妖怪のことです。
ときどき、廊下にペタペタと足かたを残していったり、かけていた着物が濡れていたりするので分かるのです。
座敷わらしがいい子供なのか悪いこどもなのかは分かりません。でも座敷わらしを邪魔にして追い出したりすると悪いことが起こるのです。ですから、いい妖怪にちがいありません。
タネおばあさんは冬になって田んぼや畑の仕事がなくなると、そこの大きなお屋敷に住み込んで家内中の着物を縫うのを仕事にしていました。
その晩もタネおばあさんは囲炉裏ばたで今度生まれる赤子のために産着を縫っておりました。白い晒しを手で揉んでやわらかくしながら一針、一針縫っていました。囲炉裏の火は赤く燃えています。そのうち、いい気持ちになってこっくり、こっくり。すると
「ペロローン…」小さくて冷たい手がタネおばあさんの胸に差し込まれました。
「シャッケー…」タネおばあさんはハッとして、手元を見つめました。針が止まっています。タネおばあさんはまた、せっせと縫いはじめました。でも、しばらくするとまた、こっくり、こっくり。すると
「ペロローン…」
「シャッケー…」タネおばあさんは思い出しました。

 子供のときのことです。おっかさんが寝床にいないので泣いていました。
「何したってやー…」と言って、おっかさんが裸ん坊の自分を寝床からスポッと抱きおこし、そのまま上から着物を着て負ぶい紐でしばりました。おっかさんの肌の柔らかくてあったかいこと…
「ペロローン…」冷たくなった手をおっかさんの胸に手をいれると
「シャッケー…」おっかさんはそう言って、ハッとしたようにまた、やりかけていた仕事を続けていました。
 おっかさんとの記憶はそれだけしかありません。
 タネおばあさんのおっかさんは弟が生まれたとき、産褥熱で亡くなってしまったからです。

「ペロローン…」また、小さくて冷たい手がタネおばあさんの胸に差し込まれました。

「シャッケー…」 
 タネおばあさんは座敷わらしのおかげでたくさんの着物を縫ってあげることができました。家の人たちも大喜びで冬になってタネおばあさんがくるのをとても楽しみにしていました。

                      14、貝の花嫁さん

戦争が日に日にはげしくなってアヤさんのところの一人息子にも召集令状が来ました。その令状は赤い紙に印刷されていたので〈赤紙〉といわれていました。
 おっかさんは近所のみんなから千人針の腹巻きを縫ってもらいました。千人針とは鉄砲の弾に当たらないおまじないのようなものでした。みんなからひと針づつ千針縫ってもらうので効き目があるのです。でも、寅年生まれの人だけは年の数だけ縫うことが出来ました。おっかさんはその千人針の腹巻きを息子に渡しました。
 それから、小さなお守りを渡しました。それはきれいな布で貝がらをつつみ、それを二枚合わせて作ったお守りでした。
「コトコト、コトコトッ」息子が手にとって振ってみると中で小さな音がしました。おっかさんが言いました。
「息子や、たった一人になってどうにも寂しくなったらこの貝がらを開けてみるんだよ」
 
 「戦勝祈願」と大きく書かれたのぼりと小さな子供たちが一生懸命振ってくれる日の丸の小旗に見送られて息子は戦争に行きました。シナから満州、シベリアへと苦しい戦いと抑留の日々、なんどもこの貝の口を開けたいと思いました。でも息子は開けませんでした。息子の願いはたった一つでした。
「元気で生きて帰ってかあちゃんの喜ぶ顔が見たい!」それだけでした。
 やっと戦争が終わり、息子はぼろぼろの兵隊服、髪もボーボー伸び放題の姿で家に帰ってきました。
「かあちゃん!ただいま!」
しかし、喜び勇んで帰った家には母の姿はありませんでした。おっかさんは息子の帰りを待たずに病気で亡くなっていたのです。
 息子は仏壇の前で泣いて泣いて泣きまくって声もかれてしまいました。そしてただ、ぼんやりと縁側に座っておりました。その時、ふとおっかさんの言っていたことを思い出したのです。
「息子や、たった一人になってどうにも寂しくなったらこの貝がらを開けてみるんだよ」
 息子は大事にしまっていた貝のお守りをそーっと出して開けてみました。
 中から出てきたのは白い角かくしをかむり、白むくの着物を着た小さな小さな花嫁人形でした。その顔はうっすらとほお紅をつけ、やさしい口もとをして、何か語りかけて来るようでした。そして不思議なことに、どこかおっかさんに似ていました。
「かあちゃん!ありがとう!」もう息子は嘆くのをやめました。おっかさんは亡くなっても自分を守っていてくれると思いました。
 しばらくして、息子は貝のお嫁さんとよく似たお嫁さんをもらいました。そして、幸せに幸せに暮らしました


                 「貝の花嫁さん」 の背景

@私の息子が結婚前にこんなことを言いました。
「どうしてだか、母さんと似た人を好きになるんだよなあ…」
 性格とかはもちろん最初はよく分かりません。その雰囲気というようなものだそうです。

A母の実家の佐比内の奥座敷には等身大の日本人形が飾られていました。
 海軍の兵隊だった母の叔父が姪である母とアエ子さん(大同電気の社長のお母さん)にプレゼントしたものです。母は今年(平成十七年)の二月、アエ子さんは五月、あいついで亡くなりました。亡くなる前まで母はお手玉作り、アエ子さんは貝がらのお守り飾りに勤しみました。

B母の実家では昭和三十三年ごろ、ばっちに(末に)生まれた男の子が病気で突然亡くなりました。それをとても悔しがった祖母は日本人形のおかっぱ頭を剃って坊主にし男の子の着物を着せてお寺に奉納しました。つい最近までお寺の本堂にガラスケースに入れて安置されていました。

Cその話をアエ子さんの葬儀のとき工藤隼人先生にお話ししました。そうしたら、工藤先生はこんな話をしてくれました。あるところで、やはり戦争で息子を亡くした母親がいたそうです。その母親は息子のために等身大の花嫁人形を作ってお寺に奉納したということでした。多分、母親は結婚もせずに亡くなった息子をどんなにか不憫と思ったことでしょう。

                    13、トイレをこわしたお相撲さん 
 
 近くのお八幡さんで勧進相撲をとるために、お相撲さんたちが巡業にやってきました。勧進相撲とは神社の建て替えの費用を集めるために行われる相撲のことです。
 町の料亭「沢田屋」に泊まったお相撲さんのなかに、体はひといちばい大きいのに何故かもう一押しがきかず、いつも負けてしまうお相撲さんがいました。
 そのお相撲さんのお話しです。
 お相撲さんはトイレに行きたくなりました。沢田屋さんのちょっと暗い渡り廊下をノッシノッシと歩いていきました。
 沢田屋さんのトイレは半間四方の小さいトイレでした。そこに身をちぢめるようにしてそろそろとしゃがみ込みました。そこまではよかったのですが
「あともう少し、あともう少し」ときばっていました。
「ボトン」ようやくうんちが出たその時です。
「バリバリバリー、メリメリメリー」トイレの床板が抜け落ちました。後ろの壁板もはずれて外に倒れてしまいました。
 お相撲さんはといえば、お尻を丸出しにしたまま、片足は肥だめに突っ込んでしまいました。
 音を聞きつけてやってきた人たちは大変というより、その姿がおかしくてしょうがありません。
「アハハハ、アハハハ」お相撲さんは痛いということより、恥ずかしくて、大きな体をカメのようにちぢめました。
 店の主人がひときわ大きな声で笑いながらいいました。
「お相撲さん、これでお前さんの方に『運』が向いてきたというもんだ。がんばりなされ!」
 それからというもの、そのお相撲さんは勝負強くて負けなしの強いお相撲さんになりました。

                      12、白蛇のお仲人

 朝日がちょうどのぼってくる東の山と夕日がちょうどしずんでしまう西の山のあいだを大きな川が流れていました。
 その川のたもとには白い大きな蛇がカメと帆かけ舟を祀って、ひっそりと暮らしておりました。白蛇は若いとき、あっちの海、こっちの海と駈けまわり、海の神さまのお使いとして働きました。カメと帆かけ舟は海に飲み込まれそうになったとき助けてくれた恩人でした。でも白蛇は少し年をとってしまい、海を泳ぐのは大変になったのです。
 そこで神さまは今度は景色のきれいなこの川のたもとに住まわせ、東の山の白山神社と新山神社のお使いのお仕事をしてもらうことにしました。

 こうして白蛇は川を渡っては西の山の新山神社と東の山の白山神社を神さまのお使いをして暮らしておりました。そんなある日のこと東の山のふもとに住む娘が口の中に入りそうな小さい金のへらを持ってやって来ました。
『蛇さん、蛇さん、どうかお願いです。西の山にはきっと力が強くてたくましい男の人がいるに違いありません。私はそういう人のところに嫁ぎたいのです。この金のへらは谷川を流れてくる砂の粒から金の粒を選りだして作ったものです。どうか、この金のへらを持っていって私がお嫁にいけるように話してきてくれませんか?』
『よし、わかった。』
 白蛇は美しくてやさしい娘の願いを聞き入れてあげようと口の中に金のへらを入れて川をスイスイ泳いで西の山へ向かいました。ところが川の中程までいったときに大きな波がどぶんとかかってきて飲み込んでしまいました。でもだいちょうぶ、岸に着くと白蛇は金のへらをお尻から出しました。

西の山のちょうど夕日がしずむところには一人のたくましい若者が黒いイノシシのように大きいイヌと暮らしておりました。そして、やはり東の山の朝日がのぼるところにはきっと美しくて心のやさしい娘がいるにちがいないと思っておりました。
 白蛇は無事に若者に金のへらを届けました。若者が娘にやったのは熊の胆でした。それはどんな病気にもよく効く特効薬でした。娘の母親は病気がちでしたが熊の胆を煎じて飲むと病気が治りました。

 
こうして、白蛇は何度か往復して若者と娘を結婚させることが出来ました。それからは白蛇のお仲人として楽しい余生を送ることが出来ました。

                   11、お姉さんは六人だ!
 
「コポンコポン、ポコポコポコ」小川を水が流れていきます。お日さまが西の山の方に回りました。西の山は押し合い、へし合い、重なり合い、青いベールをかけたようにしずかです。もうすぐ、夕闇がせまってくるのです。
「キラッキラッ、サワサワサワ」風が吹くたびに大きなポプラの木が、おおあわてで葉っぱをひっくり返します。
ミキちゃんはおばあちゃんといっしょにこの小川の土手にやってきました。おばあちゃんは
「まあ、大きなフキの葉っぱ!あそこにも、ここにも!」もう、ミキちゃんのことはすっかり忘れてフキ採りに夢中です。
「まあ、いいっか…」ミキちゃんは気持ちのよい風に吹かれて土手の下に続いている道をながめていました。道の両側には、いく通りもの小道があって家が建ち並んでいます。
「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。見るとオレンジの帽子をかむり、緑色のリュックサックを背負ったお姉さんが土手の脇の道を歩いてきました。新聞配達のお姉さんです。
 お姉さんは道の角を曲がったら、急に見えなくなりました。でもすぐに
「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。
「キラッキラッ、サワサワサワ」お姉さんはポプラの木を見上げていました。そのとたん
「ガオーッ、ガオォー」カラスがポプラの木のてっぺんで鋭く鳴いてお姉さんの頭の上を飛んで行きました。よく見ると、木のてっぺんには巣がかかっています。カラスのあかちゃんがいるのです。
 そのうちにふと、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに
「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんは黒ブチのやせた猫とにらめっこしていました。
「ふん、関係ないさ…」猫はプイと向きを変えると堰につづいている土管の中にスルリッと入っていきました。
 そのうちにまた、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに
「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんは一匹の細い蛇が道をノッタノッタと横断するのを見ていました。それは首のところがえりまきのように黄色い【ヤマカガシ】という蛇でした。
「あわてない、あわてない…」蛇は向かいのお庭の小さい池まで行くところでした。蛇は水が大好きなのです。
 そのうちにふと、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに
「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんは草だらけのお庭の前に立ち止まりました。そこには木で作ったブランコもありました。
「トントントン、トントントン」女の子が三人、丸い石ころに草の葉っぱをしいて、いっしょうけんめい叩いています。緑色の汁が少しずつ出てきました。
「これで、おつゆを作って誰かにごちそうしよう!」女の子の一人が言いました。
 そのうちにまた、お姉さんの姿が見えなくなりました。でもすぐに
「あっ、お姉さんだ!」ミキちゃんは叫びました。お姉さんはいっしょうけんめい歩いていました。後ろから
「こんにちわ!」ランドセルを背負った男の子が元気な声で呼びかけました。お姉さんは少し、びっくりしました。でも振り返るとすぐに
「こんにちわ!」とても明るい声で返事しました。
 ミキちゃんはもどってきたおばあちゃんに言いました。
「あのね、おばあちゃん…おんなじお姉さんが六人もいたよ!」

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                      10、つばめの郵便屋さん 
 
 風のにおいが若葉の色になって町を吹き抜けました。風で電線がユタユタとゆれています。
 つばめが一羽、ヒューッと飛んできて電線にとまりました。すぐに、もう一羽が追いかけて来てとなりにとまりました。 通りにはかじやがありました。かじやの高い天井はうす暗くて、太い木のはりがありました。つばめはそこに何かくわえて運んでいるようです。それは小枝や草の干せたもののようでした。巣づくりをしているのでしょう。
 その時、通りの向こうから赤い郵便車が駆けてきました。
 郵便車を引っ張っているおじさんは黒のはんてんに黒のももひき、手には白い手っこう、足にも白いきゃはんをしていました。頭には三角の形をしたスゲ笠をかむっていました。おじさんの動くリズムに合わせて、てんびん棒が上がったり下がったりしています。
「あっ、つばめの郵便屋さんだ!」はりを見上げていた男の子が叫びました。
「オッホン。」郵便屋さんは男の子の前に止まりました。
男の子はドキンとして、目をクリンと見開いて郵便屋さんを見つめました。
「カラカラカラ、カラカラカラ」郵便屋さんの見ている先には鯉のぼりがありました。鯉のぼりは男の子のお爺ちゃんが、山から切り出した丸太ん棒にくくりつけられていました。お爺ちゃんは三日かかって皮をきれいにはがし「よっこらせっ」と丸太ん棒を立てました。息子が戦争に行ったあと男の子の弟が生まれたお祝いに立てたのです。
 男の子も屋根の上を見上げました。そこには
「ハタハタサユラン、ハタハタサユラン」鯉のぼりがお腹をふくらませて気持ちよさそうに泳いでいました。矢車もカラカラと音をたてて回っていました。
郵便屋さんは
「オッホン。」とまたひとつ、せきばらいをしました。そして
「つばめの郵便屋さんか…」とひとこと言って出発しました。、最初はゆっくり、てんびん棒が上がったり下がったりしました。それがだんだん早くなって風に乗ったみたいに、あっというまに見えなくなりました。

                    9、だいちょうぶ? 
 
 テフちゃんはお母さんといっしょにスーパーに買い物に行きました。
 トイレに行きたくなって、一人でトイレに行きました。
 「急いでお母さんのところに戻らなくっちゃ・・・」
 勢いよく戸口を出て、駆けだしたとたん! ツルン、スッテン!と転んでしまいました。
 お母さんが見ていたら、こう言ったでしょう。
 「だから、いつも言ってるでしょ!駆けちゃダメ!」って。
 あわてて起き上がったら、向こうの方で買い物袋を下げた 知らないオバさんが二コッと笑ってこっちを見ていました。
 オバさんが「だいちょうぶ?」と言ったので「ウン」とうなずきました。

 そうしたら、不思議なことに「しくじった・・・」という気持ちが消えました。 そして、何だか元気も出てきました。
 テフちゃんは立ち上がり、また駆けだして買い物しているお母さんのところへ戻りました。
 もちろん、転んだことは「ナ・イ・ショ」です。     

                    8、赤い服と青いズボン 
 
 ララとタタは同じ日に生まれました。つまり、双子です。
 二人はとてもよく似ていたので、お母さんでも間違えてしまうほどでした。
 お母さんの家はとても貧乏でした。そこで、二人分の洋服を買ってあげることが出来ませんでした。
 もう少しでお祭りがやってくるというある日、お母さんは貸し衣装屋さんから赤い服と青いズボンを借りてきました。二人はお祭りの舞台に立つことになっていたからです。ららは歌が、タタは踊りがとても上手だったからです。
 まずララには赤い服を、タタには青いズボンをはかせました。どうもしっくり来ません。次にララには青いズボンを、タタには赤い服を着せました。それもどこか変です。やっぱり、赤い服を着て青いズボンをはいてこそ、衣装が映えるのです。
 そうこうしている内に、お祭りの日がやってきました。最初にララが衣装を付けて舞台に出ました。
「ララララララ……」とてもよい声で歌を歌いました。
「パチパチパチ、パチパチパチ」拍手喝さいが舞台裏まで聞こえてきました。
 次に、ララが大急ぎで脱いだ衣装をタタが着込んで舞台に上がりました。
「タタタタタタ……」とても上手にステップを踏んでダンスを踊ります。
「パチパチパチ、パチパチパチ」みんな大喜びで拍手を送ります。
 それからは、村のみんなもお母さんも
「歌の上手なのがララ、ダンスの上手なのがタタ。」と間違えることはなくなりました。

                 7.「クモの巣学校」

 クモの巣学校のある水辺の国は西の山と東の山が皺(しわ)のようになっているところの川べりにありました。
 西の山と東の山ではすこし出来方が違っていました。
 西の山は地面と地面が押しくらまんじゅうをして、ポコンポコンと盛り上がって出来た山です。
 東の山はもともとは海の水と波になでられた海の底にあった山です。 それが地底から押し上げられて地上に現れた山なのです。
 その間にある水辺の国はどの季節をとってみても本当に美しく、その景色を眺めて暮らす者達を幸せな気分にさせたのです。

 西の山が静かにやさしく、その山蔭を映し出している公園 の奥まったところに、一人の詩人を偲ぶ石碑がたっておりました。
 普段はあまり訪れる人も少ないところです。
 クモの巣学校はその石碑を囲んでいる余り大きくないイチイの木と松の木の間に、大きい青虫のように盛り上がって横たわるサツキ の上にありました。
 向かい側のガクアジサイの並ぶ株と、その後ろの松の木の間にもクモの巣学校はありました。
 そちらはあとから出来た男子校で、主にクモの巣での捕獲の仕方を学ぶ学校でした。
 クモの巣を作るのは何と言っても女性の得意とするところでしたので、これはサツキの方のクモの巣学校の話です。

   クモの巣学校の閉校は9月です。
 春から始まった今年度の勉強の成果であるクモの巣が見事に張られています。
 それは まるで宝塚の大舞台のようでした。
 透き通った銀色の細い糸が縦横に張られ、少し弱まった朝日に輝いております。
 そして横の緞帳も天井の幕も ひとつもたるみはありません。
 もちろん床板も細かく編まれていて穴ぼこひとつありませんでした。
 クモの巣学校の女性校長はいままで空の上から吹き寄せられていた涼しい風がどこかに持ち去られ、 かわりに土の下で持ちこたえていた冷たい空気が立ちのぼってくるのを感じながら、 誰もいない がらんどうの校長室で一人瞑想にふけっておりました。
 年は取っておりましたが、女性校長の体はクッキリとした黒と黄色の縞々に彩られ、 何よりもその瞳はやさしい光を放ち、見開かれた目は漆のような静かな落ち着きをもっておりました。

 クモの巣学校には数年前から南の国からも生徒が来るようになっていました。
南の国では西日の当たるレンガ塀に囲まれた、 あまり風が通らないところにクモの巣が掛けられることが多いのです。ところが近頃、どうもそういう場所にうまくクモの巣を掛けられない 若い人が多くなっていました。
 何しろ数年前まで長く続いた戦争のため教えることの出来る人が大分死んでしまっていたからです。
 それに、南の国では朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬も いつも暑いので みんなのんびり暮らしていて クモの巣を細かく丁寧にやろうという人は少ないのでした。
 でも南の国の大臣はこれでは台風が来たり、洪水に襲われたり、よその国が攻めてきた時にダメだと思ったのです。
 そこで いろいろ考えた末 水辺の国のクモの巣学校に生徒を送って、 クモの巣のかけ方の勉強をしてもらうのがいいと考えました。
 ところで、南の国の大臣は水辺の国の言葉を教える学校の先生もしたことがありましたので  早速ハクセキレイに仲介を頼み、毎年数人の生徒を派遣するようになったという訳です。

   今年の生徒は トンさん チンさん カンさん ヒンさんの四人でした。
 みんな色が黒く、体も小さいのですが キラキラと輝く瞳を持っていました。
 中でも団長のヒンさんはお舅さんである大臣から少し水辺の国の言葉を習っていましたので一番張り切っていました。
 この分では昨年の生徒よりもいい成績を残すのは間違いないことのように思われました。
 ところがものを収得するということは何でも予定どうりにはいかないものです。
 うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。
 また最初からということもありますし、あと一歩のところでご破算になることもあります。
 そんなふうに神さまは、行きつ戻りつ修練するように仕組んでいるのでしょうか。
 また、一人の人にだけ沢山良いところ持たせるということもしないようです。
 これから始まるヒンさんの苦しみは、そういう神さまのちょっとした配慮だったかも知れません。

   一通りの基本的な授業を終え、実技に入っていきますと4人にはそれぞれ、得意、不得意のところが出てきました。
 トンさんは糸が切れないように糸を細く出すのが上手でし、チンさんはその糸をねらいを定めた方向に真っ直ぐに引っ張っていくのが 上手でした。カンさんは放射状に張られた糸の間を隙間なく埋めていくのが上手でした。
 ところがヒンさんはこれといって得意なところはありませんでした。特に下手というわけでもありません。
ただ、ちょっと口で説明できないような力の掛け具合とか、引っ張っていく方向とか、その瞬間、瞬間のスピードとか、 全体のリズムとかがつかめないようでした。
 もちろん、ヒンさんは目を大きく見開いて先生の動作を見つめ、それはそれは一生懸命です。でも一生懸命になればなるほど 手が汗ですべったり、糸と糸がくっついたりして どうもうまくいかないのです。
 最初から誰も上手に出来る人は いないのですから、出来ないからといって気にしなければいいのですが、悪いことにヒン さんにはその心の余裕がありませんでした。リーダーとして、みんなよりも早く上手になりたいと焦っていました。
 そして、ヒンさんはどのようにしたら上手になるんだろうと考え込んでばかりいるようになりました。その答えは見つかりません。
そのうち、糸を持ったまま じっとして目から涙をポロポロとこぼすようになってしまいました。
 最初の頃、ヒンさんは校長先生が授業の様子を見回りに行くとその姿をいち早く見つけ、笑顔でほほえみかけてきていたのですが  だんだんにその笑顔が消え、校長先生にダメダメというように首を振り、涙で潤んだ目を向けるようになりました。
 そして、目に神経が集中したせいでしょうか。カタツムリみたいにその目が飛び出てしまったのです。

 とうとうヒンさんは病気になってしまいました。
 水辺の国のお医者様に看て貰ったヒンさんは、しばらく寮で静養することになりました。
 何しろ南の国は遠いのですからそう簡単には帰れません。
 しかし、寮でひとりぼっちで居ることが、ヒンさんにはよくなかったのです。
 ふるさとの旦那様のことがしきりに思い出されます。帰ったら二人でクモの巣の縫製工場を作る約束でした。
 その約束も自分がこんなでは・・・。そのうち離縁されるのではないか?
いやいやその前に自分から離婚した方がいいのではないかとまで考えるようになりました。
 その様子をみていた校長先生は直ぐに水辺の国の配達人のハクセキレイに頼んで南の国へ使いを出しました。
 南の国はずいぶん遠いのです。元来、ハクセキレイは暑いのは苦手な鳥なのです。しかし、そんなことは 言っていられません。それが自分の使命、仕事なのです。
 ハクセキレイは校長先生の手紙をしっかりと腰に結わえ飛び立ちました。

 校長先生は分かっていました。ヒンさんの一番の薬は旦那様の愛情だということを・・・。
 それは長年の仕事から得られたカンのようなものでした。
 しばらくすると、ハクセキレイはヒンさんの旦那様からの愛情である紅いマフラーをつけて帰ってきました。
 それは綾織りに丈夫にしっかりと編まれていて、ヒンさんの首にぴったりでした。ヒンさんは少し恥ずかしそうに 首にそれを巻き付けました。
 すると、たちまち効き目が現れました。ヒンさんはニッコリと笑ったのです。
 笑顔が戻ってきたヒンさんの顔を見て校長先生はいいました。
 「よかったわねー。
 病気になったお陰でその紅いマフラーが手に入って・・・。
 病気というものは不思議なものよ。
 病気、病気と病気のお相手ばかりしている内は病気は喜んでその手を離してくれないものよ。
 これからは多少辛いことがあっても、その紅いマフラーに手を当てて楽しいことを考えるようにしなさいね。」と。

     



 

                 6.「カラスの仕返し」

 カラスの勘三郎と黒水仙は大の仲良しです。
 人間様には嫌われ者のカラスですが、けっこう良いこともしているのです。
 せんだっても(この間も)お気に入りの川原の土手の道をゆっくりと散歩していた黒水仙は、親にはぐれてフラフラと 飛んでいるハクセキレイを見つけて、親の居場所を教えてあげました。
 勘三郎も車に轢かれたイタチが見るも無惨な姿になっていくのを見過ごせず仲間を連れて来て片づけてあげました。

   今日二人は(二羽?)人のいいヤヨばあさんの畑のトウモロコシが食べ頃になってきたので、突っつきに行きました。
 何しろ今年の夏は雨ばかり降ってスイカもメロンもさっぱりダメでしたので、ズーッとこのチャンスを狙っていたのです。
 まだ少し若いトウモロコシだったのですがなかなかいい味です。
 勘三郎の見立ては当たっていました。
 まず、勘三郎が見張りをして黒水仙に突っつかせ、次ぎに黒水仙が見張りをして勘三郎が突っつくという具合で したので畑のほとんどのトウモロコシを突っつくことが出来ました。
 案の定、えっちらおっちらと畑にやってきた人のいいヤヨばあさんは大して怒りもせず
「何とお利口なカラスなもんだ。まだ成らないうちは見向きもしないのに、成り始めたら直ぐ来るなんて。息子の弥太 兵衛より利口かもしんね」と言いながら、次々とかじられたトウモロコシを袋に入れました。そして
「新聞屋さん、どうぞ食べてください」と書いた張り紙を貼って新聞受けのところに置きました。
 このトウモロコシはカラスに突っつかれてはいますが、目ざといカラスが品定めをしたのですからおいしいに違いありません。
 ヤヨばあさんのこの様子を電線の上に止まってみていた勘三郎と黒水仙は、 なんだかヤヨばあさんに申し訳ないことをしたような気持ちになりました。

 勘三郎と黒水仙はその年結婚して黒貫太という子供も生まれました。
こんな幸せいっぱいの家族に不幸が訪れるなんて一体誰が考えるのでしょう。
 黒貫太が乳離れをしてようやく一人(一羽?)でも飛べるようになった頃のことでした。
 黒水仙は弥太兵衛の家の屋根の上にキラキラと光る板のようなものが載っているのを見つけました。
 それは何かはわかりませんが、とても危険なもののように見えました。黒貫太が知らずに近づいて危ないことになったら大変です。
 黒水仙はそれを確かめようとして屋根の上の電線に止まりました。
 そして思い切って、そのお日様に照らされてキラキラと光っているものの中に降り立ちました。
 すると、その光るものの中には鋭いくちばしをした、もの凄く怖い顔の真っ黒い鳥がいて、こちらをギロッと睨みつけるのです。
「敵だ!」黒水仙は怖さの余り目をつむったまま無我夢中で突っつきました。
 すぐ向こうの鳥も、もの凄いスピードで突っつき返してきます。黒水仙も負けずに突っつきました。すると
「カキーン・・・」というかん高い声がしてその敵は見えなくなりました。
 ところが黒水仙が「ふーっ」と大きく息を吸って二三歩も歩くと又同じ鳥が居ます。そうやって何羽の鳥と戦ったのでしょう。
 黒水仙は何がなんだか分からなくなって「勘三郎!黒貫太」と叫んで倒れてしまいました。

 日が暮れかかってきた頃家に帰ってきた弥太兵衛はびっくりしました。
 屋根の上のせっかく大枚はたいて取り付けた最新式の太陽光発電装置のソーラー板がめちゃくちゃに壊れ、 くちばしが割れ顔中血だらけになったカラスがグターッとなって倒れています。
 弥太兵衛はカラスがソーラー板の鏡に映った自分の姿と格闘したのだということが分かりました。
 せっかく取り付けたソーラー板が壊されて悔しいのと、鳥たちにこれからこういうものに近づくと危険だと言うことを教えてやろうと このカラスを見せしめのために屋根の上のアンテナにつるしておきました。

 あわれな黒水仙の姿はそれを見たカラスたちに、この光るものに近づくのは大変危険だということを教えるのに十分でした。
 それ以後、ただの一羽も屋根の上に乗ったソーラー板に近づくカラスはいませんでした。
 しかし、最愛の妻を亡くした勘三郎の悲しみはそれはそれは大変なものだったのです。
 仲間のカラスにいくら慰められても気の済むものではありません。
 弥太兵衛が憎くて憎くてたまりません。そこで子供の黒貫太と一緒になって弥太兵衛の家の畑にやってきて、 作物を食い散らかし、種をほじくり、芽を抜いてめちゃくちゃにしたのです。
 ところがそれでことは済みませんでした。仕返しが仕返しを呼び大変なことになったのです。
 畑の作物をめちゃくちゃにされた弥太兵衛はすっかり怒ってしまいました。
 そして今度は黒貫太が畑でうろうろしているところを石つぶてを挟んだゴムの弓鉄砲でねらいを定めて撃ちつけたのです。
 それはうまいことと言ったらいいか、運悪くと言ったらいいか黒貫太の頭に命中しました。
 黒貫太は気絶しただけだったかもしれません。しかし、弥太兵衛がはせ棒の先に黒貫太をくくりつけた途端、勘三郎が気がつくより早く 大きなトンビがきて黒貫太をさらい、遠くの空へ飛んでいってしまいました。

 子供にこんなことをされて黙っている親がいるでしょうか。勘三郎はそこいら中のカラスに総決起を呼びかけました。
その夜の内に伝言は伝わり、 次の朝になると数え切れないほどのカラスがあっちの空からもこっちの空からもやってきて空が真っ黒になるほどになりました。
 そして、勘三郎の家だけではなく村の畑中のスイカ、キンカ、トウモロコシ、ソバやマメの芽はもちろん、 秋まきの種から何から食い荒らしたのです。
 村の人達は唖然として空を見つめるばかりで手の打ちようがありません。
 それどころか次の日には幾万という雀までもがやってきてようやく実をつけだした田んぼの米の粒まで食べてしまったのです。
   村の旦那衆はあわててカカシを立てたり、鳴子や大目玉の風船をつけたりしたのですが、この数では何の効き目もありません。
 こんな大変なことになった発端は弥太兵衛にあったと知った村の人達は弥太兵衛の家に怒鳴り込みました。とうとう弥太兵衛 は布団にもぐりこんだまま一歩も家から出られなくなりました。

 それから数年後のことです。
 弥太兵衛の村も何とか落ち着きを取り戻した頃、勘三郎はかつての元気もなく、 黒々としていた羽もだいぶ抜け落ち ぼさぼさになった羽を大儀そうに動かしながらヤヨばあさんの家の軒に止まりました。
 見るとはなしに家の中を覗いてみるとすっかり腰の曲がったヤヨばあさんが縁側にちょこんと座っています。
 ちょうどお昼のおにぎりを孫のヤエさんと食べ終わったばかりのようです。
 ヤヨばあさんがそばで赤子に乳を飲ませているヤエさんにこう言いました。
  「ヤエ、そろそろお昼にしよう。せっかくご飯を盛ったのにカラスが一杯来て食べられなかったから・・・」勘三郎が
『ヤヨばあさんは、たった今食べたばかりなのに変なことを言うなあ・・・』と思っていると、孫のヤエさんが
「はい、はい。おばあちゃん。今、支度をしますから、ちょっと待ってね。」と言っている。
 そしてヤエさんはちょっと横を向いて袖で涙を拭っている。
 ヤヨばあさんは今、食べたおにぎりのことも忘れるほど惚けてしまっているのです。
 その光景を見た勘三郎は胸が詰まりました。そして思ったのです。
「一体、おれが仕返ししたことで何か得たものがあっただろうか。おれの仕返しはただ、ヤヨばあさんの目の前に盛った一杯の白いご飯 を取り上げてしまっただけだったのかも知れない。」と。
 勘三郎は涙があとからあとから出て止まりませんでした。今までの辛さも悲しさも全て洗い流すかのように涙が流れていきます。
 あたたかい涙が灯火のようになって、胸の中にポッと小さな火を灯したようでした。
 それから、勘三郎はお日様に向かうように飛んでいき、その姿は見えなくなりました。

 

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                 5.「ぬけなくなった手」

  その年はちっとも雨が降らず、田んぼの土もひび割れ稲が黄色くなって枯れそうでした。村のお百姓たちが空を見上げて涙を流しています。
 子ギツネのかん助は日照りのつづくこの暑さに我慢が出来なくなって、一人で村の弁天池まで水を飲みに行きました。

 水をたらふく飲んで、お腹がいっぱいになると、かん助は急に
 『お母さんが心配して待ってるかも知れない』と思いました。
 そこで、さあ帰ろうと振り向くと、そのとき草むらの中で何かキラッと光るものがありました。
 かん助がおそるおそる近づいてみると、透明なビンの中に、ききょう色、ひなげし色、おみなえし色のきれいな色をした丸いものが固まって入っています。
 多分この暑さでくっついて固まってしまったものにちがいありません。
 そこからはとても甘くて、いい匂いもしてきます。かん助は思わずごくんとつばを飲み込みました。
 それでもお母さんからいつも
 『おいしそうなものには気をつけなさい。人間さまが仕掛けをしているかも知れないから』といわれていたので、注意深くあたりを見回しました。
 『よーし、大丈夫だ。たべてみようっと』
 かん助はビンの口に手を近づけ入れようとしました。ところがビンの口は小さくかん助の手は入りません。かん助は手を横にしてみたり、縦にしてみたり色々にしてみるのですが入らないのです。
 そのうち中の方からますます甘くていい匂いが鼻をくすぐり、どうにもこうにもそれを食べたくてしょうがなくなりました。
 かん助はお母さんが踊りを踊るときに、手のひらの中に親指を折って入れるようにするのを思い出し、そのようにすると手がスルッと入りました。
 『やったあ!』
 かん助は小躍りしてそのおいしそうなものをつかんで、ビンの口からだそうとしました。
 ところがどうやってもビンの口からでないのです。それどころかかん助の手はそのおいしそうなものをつかんだまま、ぬけなくなってしまったのです。
 ビンを振り回したり、手首をおもいっきり引っ張ってみるのですがぬけません。
 さあ、かん助はすっかり困ってしまいました。

 とうとう、かん助はビンをぶらさげたおかしな格好のまま森の中の家に帰ってきました。
 そして、家の前で大きな声で
 「お母さん。手がぬけなくなったよう!」と半分べそをかきそうになっていいました。
 お母さんはびっくりして戸口から出てきました。
 そしてかん助の様子を見ると
 「ふうっ。」と安心したように溜息をつくと、かん助を見てゆっくりとこういいました。
 「かん助。お前は自分の手がぬけるのと、そのあめ玉を食べるのと、どっちがいいんだい?」といいました。
 かん助はすぐに
 「どっちも」といいました。
 お母さんは
 「お前は欲張りだねえ、じゃあいつまでもそうしておし」というと、茅の戸をパタンと閉めて家の中に入ってしまいました。

   かん助はもうどうしていいかわからず、わーんわーんと泣き出してしまいました。 『泣きっ面に蜂』とはこのことでしょうか?
 泣いているかん助のところに、どこからか一羽の蜂がブーンと飛んできました。
 その蜂が
 『おいしそうな匂いがするなあ』といいながらかん助の手に止まったのだからたまりません。今にも射されそうです。
 かん助は必死で
 「お母さん。やっぱりぼくの手がぬけるほうがいいよ!」と叫びました。
 お母さんは戸のかげで待っていたのでしょう。とぶように出てきて蜂を追っ払いました。
 それから、お母さんは
 「かん助。いいかい、つかんでいるあめ玉を離して、手を【パー】にしてそおっとぬいてごらん」といいました。
 かん助はお母さんのいうとうり、あめ玉をつかんで【グー】になっていた手を【パー】にしてあめ玉を離し、そおっとぬいてみました。
 するとどうでしょう。その途端、あんなにぬけなくて困っていた手がスルッとぬけました。
 『ああ、よかった。食べれなくても匂いを嗅いでいるだけでいいや』とかん助は思いました。

 そうして、そのビンはかん助の家の窓辺に置かれました。
 ときどき、蜂がおいしい匂いを嗅ぎつけてやってきます。
 ところがビンの中に入ったら最後、出られなくなって透明のビンの中であっちの壁にぶつかり、こっちの壁にぶつかり羽をばたばたさせていることがあるのです。
 そういうとき、かん助はいつも
 「バカだなあ。こっちだよー」といいながら
 「いいかい、思いっきり声のする方へジャンプするんだよ。そうすれば出られるよー」といって、出してやるのです。

 

                4.「不思議な手」 

 太郎は小学校5年生です。今日、学校で東京から「いちょう座」という児童劇団がやってきました。
外国の青い目のロバの話や日本のうり泥棒の話、ハチャハチャ!というかけ声と共に手ぬぐいをかぶった人たちが楽しく踊る 沖縄の踊りなんかをやりました。
太郎もしんみりとなったり、うきうきとしたり、それはそれで面白かったのです。
でも幕が開いてもザワザワとして舞台を見てくれない僕たちに劇団のお兄さんがやってくれた手品がとても面白かったのです。
いや、面白いというより不思議でならなかったのです。

 それはこんなものでした。お兄さんが
「はーい!みんな、手品をやるよ!右の手を出してごらん。
その手を自分の鼻の左のここに(小鼻に)当ててごらん。
そのままにしておくんだよ。いいかい。今度は左の手を出してごらん。
その手を自分の鼻の右のここに(小鼻に)当ててごらん。
そうしたら鼻の頭(てっぺん)の油をちょっと付けるんだよ。」
すると・・・、あら不思議!お兄さんの交叉していたはずの右手が右の小鼻に、左の手が左の小鼻に当たっているではありませんか?
みんなはどうして交叉していたはずの手がほどけるのか不思議でしたがやがて始まったお話し劇に夢中になり忘れてしまったようでした。
でも太郎はその手品がどうでもこうでも不思議でそのタネが知りたくてずーっと公演中も気になっていました。

 太郎の家は畳やさんです。でも今は冬なのであまり仕事のないお父さんは京都の酒屋さんに出稼ぎに行っています。
お母さんは太郎が小学校2年生のときに、妹を連れてこの家を出ていってしまいました。
だから今は太郎と爺ちゃん・婆ちゃんの3人暮らしです。
爺ちゃんは夜になると、人から頼まれた花ござを編みます。
婆ちゃんはそのゴザの縁にきれいな布を挟み付けます。
太郎はご飯を食べ終わると爺ちゃんが始めたゴザ編みを見るともなしに見ていました。
爺ちゃんの右の手も左の手も、しょっちゅう動いてトントンとやったり、シューッと藁や茅を通したり、 いつ見ても飽きないのです。
だんだん見ているうちに爺ちゃんには4本の手があるように見えてきました。 だって、爺ちゃんは右の方でトントンとやった右手が左の方へしごいて行ったかと思うと、直ぐ右のほうへ戻ってきます。
そして、左の手でシューッと茅を通した手が右の方へなぞって行ったかと思うと、直ぐ左の方へ戻ってきます。
太郎はつぶやくように「爺ちゃんの手は4本あるみたいだなあ・・・。」と言いました。
そう言いながら太郎は、アッと声を上げました。
「なーんだ。そうだったのか。お兄さんが手を離したときが問題だったんだ!」
太郎は頭に引っかかっていた問題が解けたのです。
太郎はどうしても解けない算数の問題が解けたときより面白かったのです。

 爺ちゃんがニコニコしながら太郎を見て言いました。
「爺ちゃん、若いときなあ・・・。京都に千手観音見に行ったんだ。
千手観音の手は最初14本あったそうだが、壊されたり盗まれたりして4本しかなかったんだ。
でも爺ちゃんは観音さんの四方に伸びる手が何とも不思議でなあ・・・。」
太郎と爺ちゃんの頭のなかで思っていることは少し違っているようでした。
でも太郎は確かに思ったのです。「手はすごい!」と。

 

                3. 「フリージアと水仙」

 ある川のほとりに2軒の家が建っていました。
1軒は昔ながらの農家で曲がり家には馬も飼われています。
曲がり家というのは馬を飼うための馬小屋を家にくっつけて建てたというか、家の一部に馬小屋を建てたというか、 馬に優しい家のことです。
雪柳が青々とした枝を揺らす垣根の根本には、黄金色に輝く水仙が我も我もと笑顔を振りまいて、 押し合いへし合い咲いています。
そこの家にはお父さんもお母さんも亡くなって、この家に引き取られてきた10歳ぐらいの女の子がいました。
女の子は石を集めるのが大好きでした。川原に行って平たいつるつるの石を見つけてきては水仙の回りにからーっと 並べて花壇を作ってくれています。

 もう一軒はとんがり屋根に四角い窓の洋風の家です。上げ戸式のガラス窓には白いカーテンがかかっています。
家の回りは黒塗りの鉄柵で囲まれ、その根本には やはり黄金色に輝くフリージアが、すっきりと伸びた茎に 慎ましやかなつぼみをたくさん付けています。
どうしてこんな変な取り合わせの家が並んで建っているかというと、洋風の家は横浜に住んでいた学者一家の家なのです。
その一家は言葉が話せないため、学校に行くことを免除された男の子のために家を建て引っ越してきたのです。
男の子は言葉は話せませんでしたが、音を聞く能力に優れていました。風に乗ってかすかに聞こえてくる鳥の声 も聞き分けて記憶しておけるのです。

 春に成り立てのころは、あちこちと勝手に吹き荒れていた風も大分やわらいできたある日の夕方のことです。
フリージアが風に揺れながら水仙に声をかけました。
「水仙さん!あなたはいいわね。
お仲間がたくさんいて風に吹かれるときも雨に打たれるときもいつも一緒なんですもの。
それに優しい女の子がいつも訪れてはニッコリと微笑んでくださるのですもの。」
「いいえ!フリージアさん。あなたこそいいではないですか。
いつもスキッとした姿で風に吹かれても雨に打たれてもしっかりと花びらを閉じてご自分を守っていらっしゃるわ。
それに何よりも男の子が作曲した海のような音楽や月のようなメロディをいつも聴くことができるのですもの。」
フリージアと水仙の会話は日が沈んで丸いお月様が登ってきても続けられました。

ボンヤリとやさしい姿でフリージアと水仙の出会いを見守るお月様には、この出会いが最後になることを わかっていらっしゃったようでした。
次の日、フリージアはハサミでチョキンと切られてピアノの音の聞こえる四角い窓の窓辺に飾られ、水仙は鎌でザクッと刈られて井戸のそばの桶に飾られました。
どちらの運命がいいのか悪いのかそれは誰にもわかりません。
ただわかるのは命あるものはその命を終えるときが、いち番美しいのだということだけです。
 

 

                2.「キツネの手鏡」 

 杉の木立に囲まれたお社の祠の中に白ギツネの親子が暮らしていました。
母さんギツネはある時、人間が落としていった自分の顔が映る鏡(カガミ)というものを見つけました。
始めのうちはそれが何であるのか解りませんでした。
しかし、母さんギツネがそれにおそるおそる自分の顔を映すと、丸い顔の左頬にある火傷の跡がハッキリと映りました。
山火事の時子どもを助けようとして負ったものです。
そして、カガミが無いときはそれほど気にならなかったものが、やにわに気になり始め、どうしても鏡を見ずにはおれなくなったのです。
特に、お日様の光がサンサンと輝き出す朝などはダメでした。
  直ぐにお日様の光がみにくい火傷の跡をあらわにしてしまいます。
ですから、母さんギツネは火傷と同じような、みにくいものを見るのがとてもイヤになりました。こわくなりました。
特に、怪我をしたり病気になったり、死んだりしたものを見るのがとてもイヤになりました。こわくなりました。

 ある秋の日の夕方、母さんギツネはすっぱいサグミの実をたくさん採って祠に帰ろうとした時のことです。
社の入口まで来ると、一匹のウサギが道の真ん中で倒れています。
ウサギはもう死んでいるのでしょうか。ピクリともしません。
たぶん、人間の鉄砲に撃たれてしまったのでしょう。
そして、ようやくこの社の入口まで来たもの力が尽きて倒れてしまったのに違いありません。
高い空の上ではトンビがグルグルと回り、エサにしようと狙っています。
母さんギツネは顔をそむけ、見ないようにしてそこを駆け抜けました。 そして、急いで祠の中に入り、戸をパタンと閉めました。
しばらくすると息子の歌う声が聞こえて来ました。
もうじき息子が帰って来るのです。
母さんギツネはおそるおそる、茅(かや)で覆った窓を開けて息子の帰るのを見ていました。

 子ギツネは社の入り口まで来て、ハタと止まりました。
一匹のウサギが道の真ん中で倒れています。
近づいてよく見ると、もう死んでいるのがわかりました。
トンビが空の上で鳴いています。
このままではこのウサギはトンビに食われてしまうでしょう。
すると、何としたことでしょう。
子ギツネはウサギを抱き上げました。
そして、山椒の葉っぱやさつきの葉っぱが生い茂る道の端まで抱いて行き、そーっと寝かせたのです。
それから、枝を落とした杉の葉っぱをウサギの姿が見えないようにフンワリとその上にかけ、小さな手を合わせました。
トンビもあきらめたらしく遠くの空へ行ってしまいました。
子ギツネは「これで良し」と言って、またランランランと歌いながらスキップしてきます。
そして、元気よく「ただいま!」と言って戸を開けました。
 一部始終を見ていた母さんギツネは「お帰り!」と大きな声で言いました。
母さんギツネはその晩、とっておきのナマズの干物にすっぱいサグミの実をまぶしたおいしい夕ご飯を作りました。

 その晩は満月でした。まん丸のきれいなお月様が登っています。
よく見ると、なるほど昔からいわれているように月の中で二匹のウサギが向かい合って餅つきしているように見えます。
そして、だんだん見ているうちに、昔見たあの底なし池に映った自分たち親子のようにも見えます。
それから、自分の左頬にある火傷の跡のようにも見えます。
そこで、母さんギツネはハッとしました。そうなんです。
母さんギツネは気づいたのです。
「私は、表面のみにくいことだけに気をとられて全体を包みこむ光や、 その中を流れる魂の純粋さを見ようとはしなかった。
きれいなものも、みにくいものもみんな包み込んでお月様はあんなに優しく光り輝いているわ。 私もあんなお月様のような顔になりたい!」
母さんギツネは「この世の中にハッキリしたものなんて何もない。」と言った フクロウの言葉の意味を、かみしめていました。
 そばでは、子ギツネがスースーと安らかな寝息を立てて眠っています。
母さんギツネはいつまでもいつまでもその寝顔を見ていました。

 

                  1.「キツネの顔」 

 ある森の中に白ギツネの家族がいました。
お母さんの顔は三角。お父さんの顔は四角でした。
二人の息子のお兄さんの顔は三角。弟の顔は四角でした。
お兄さんのところへ丸い顔のお嫁さんが来ました。
そして子供が生まれたら丸い顔でした。
みんな森の中で仲良く暮らしていました。

 ところがある時、お兄さんギツネが人間の鉄砲に撃たれて連れ去られてしまいました。
これが丸い顔のお嫁さんギツネの不幸の始まりでした。
しばらくすると、弟ギツネは兄嫁さんギツネと結婚したいと思うようになりました。
そして、兄嫁さんギツネが脱いで置いたどんぶく(綿入れはおり)を着たりして仲良くしたいことを伝えたりしました。
 でも、兄嫁さんギツネは弟ギツネがどうしても好きになれませんでした。
どういう訳か弟ギツネの四角い顔がきゅうくつで威張っているように感じられて好きになれませんでした。
それでも弟ギツネは嫌な顔をされればされるほどしつこく兄嫁さんギツネにつきまといました。
そこで兄嫁さんギツネはますます弟ギツネが嫌いになりました。

 まだ枯れ草が山を覆っていたある春の日です。
人間が落とした小さな火種からに違いありません。山火事が起こりました。
最初はたき火ぐらいだったのが気まぐれな春の風がゴーゴーと吹き付けてまたたくまに山一面に広がってきました。
 子ギツネがまだ遊びから帰ってこないのでお嫁さんギツネは必死で探していました。
やっと、池の端で水に潜れずブルブルふるえている小ギツネを見つけました。
火の粉が降りかかり炎が近くまで迫っていました。
お嫁さんギツネはすんでの所で飛んでいって小ギツネを抱いて水に潜り込みました。
その時、赤い炎が自分の丸い顔の頬をなめったような気がしました。
ようやく向こう岸に着くと左の頬は赤くなり火傷を負っていました。

 火傷を負った兄嫁さんギツネを、もう弟ギツネは追いかけなくなりました。
そして、四角い顔のお嫁さんをもらい子どもも出来ました。
すると、だんだんに兄嫁さんギツネがどうも疎ましく思えてならないのでしょう。
兄嫁さんギツネに向かってこう言いました。
「義姉さん!義姉さんの顔はどうして丸いんだい。火傷しない前は気がつかなかったが 、火傷したら丸い顔はもやもやとしてはっきりしない顔だってことが解ったよ。変えることは出来ないのかね?」
 その晩兄嫁さんギツネはこの家を出ることを決心しました。
子どものきつねを負ぶい、そっと裏口から出ようとしたときです。
どうして気がついたのでしょう?三角の顔のお姑(かあ)さんギツネが「これを持っていけ!」と
ナマズの干物を持たせてくれました。

 森はすっかり雪景色になって、月の光が雪の野原に丸い顔の親子の長い影を落としていました。
キツネの親子は何処へ行く当てもなく、いつしか水の輪が渦を巻いて池の中央に落ちるほとりに来ました。
そこに身投げすると死んでも死体が浮き上がってこないので、底なし池と呼ばれている池です。
「ああ、このまま消えてしまったらどんなに楽でしょう・・・。」
母さんギツネはフラフラッと池のそばまで来てのぞき込みました。
水の中に自分たち親子の顔が映ります。
背中の子どもがニコッと笑っています。
つられて母さんギツネもニコッと笑ってしまいました。
丸い顔にある火傷の跡はユラユラと揺れて昔のまんまのきれいな顔の自分の笑顔が映っています。

 いつの間に来ていたのでしょう。
  森の知恵者と言われるフクロウが木の上に止まっていてこう言いました。
「ほーほー!白ギツネさん。水の中に自分の顔を映してみて解ったろう?
どだい、この世の中にはっきりしたものなんか何もないんだよ。
これからはどうにもならないことでクヨクヨするんじゃないよ。
それよりもいいことを教えてあげる。
もう少しふもとの方に行くと杉の木に囲まれたお社がある。
そこに雷に打たれて根元に大きなほこらが出来た木があるからそこでお暮らしよ。」
それを聞くと母さんギツネはフクロウに一礼をして、しっかりとした足取りでふもとのほうに向かって歩き出しました。 


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