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私は過去に一度だけ結婚を考えた時期がありました、今から4年前の事です 当時交際していた彼女と将来について話す事も多くなり、お互い結婚を意識しはじめていた矢先、彼女はある病に倒れてしまいました 一度目の手術は成功し順調に回復しているかの様に思えたのですが、見えない所で病魔は進行していたんです 二度目の手術が決まった時、彼女のご両親は病名を告げたそうです 私はその事を彼女自身の口から聞かされ、心臓に鋭利な物を突き刺された様なショックを受けたのを覚えています 余命を宣告され、助かる道もほぼ無い状況に置かれた彼女に対し私は何も言えませんでした その場でもう会えなくなる事、見舞いには来ないで欲しいということを言われました つまり”お別れ”ですね、もちろん私はそれを拒否しました 彼女は「あなたに闘病生活の姿を見られたくないから来ないで・・」とこう言ったんです 私だけでなく、友人達の見舞いも断っていた様です それはそうでしょう、20代前半の女性が自分の変わっていく姿を親しい 人達に見られたくないと思うのは当然の事ですよね それからのお互いのやりとりはご両親を通しての”手紙”でした 彼女からの手紙は今日は何があったとか、先生がどうしたとか主に病院内での事・・それしか書く事がなかったのでしょうね それに対して私は仕事でこんな事があったとか、上司がムカツクなど主に会社での事を書いてました、いや・・それしか書かなかったんです 「今日は○○して楽しかったよ」と言った内容の手紙を外に出る事のできない彼女に対して書く事はタブーだと思っていたから 結局この手紙も長く続ける事は出来ませんでした、日を追う毎に彼女の記憶が徐々になくなっていったからです 彼女が見舞いに来ないでと言った理由はここにもあったんのではないかと思います だんだんと記憶がなくなっていく中でいつの日か私のことも誰だかわからなくなってくるかもしれない 「あなた誰?」と言われた時の私の心中を察してくれての事だったと思っています 会わないと約束していたのですが無理を言って一度だけ会いました、入院して3ヶ月くらい経った時だったと思います 元気だったころの彼女からは想像も出来ないくらい痩せてしまっていて、素人目にも状態は良くないのだろうというのはわかりました もう会えなくなるかもしれないそう考えると話したい事がたくさんあったのに半分も話せませんでした 病院を後にする時、彼女のお父さんから「あの子が君にこれを渡してくれと言っているので」と言われちょっと厚めの封筒を受け取りました その場で確認すると中にはこれまで撮った多くの写真と手紙が入ってました その手紙にはたった1行”楽しかったよ・・ありがとう、ゴメンね”とだけ書かれていました 彼女は私の事を忘れていなかったのですよ、それはご両親からも後日聞かされました 「段々と記憶が無くなっていき、周りの人間が誰なのかわからなくなっていたが、君の事だけは忘れなかった様だ」と・・・ それから数週間後、彼女は24歳という若さでこの世を去りました 私は葬儀には参列出来るような状態ではありませんでした、行けば平常心ではいられないのはわかっていました 「最後なんだから行かなきゃダメだろ」と友人に言われ行ったは良いものの彼女の棺には近づく事が出来ませんでした 最後の献花をご両親からお願いされ、彼女の顔を見た時にそれまでなんとか堪えていたものが一気に噴き出してきて その場に倒れ込んでしまい、自力では立つ事もままなりませんでした それからしばらくの間、周りが心配するほど私は無気力状態になっていました 友人達はなんとか私を元気付けようとしてくれるのですが 私からすれば”ほっといて欲しい、一人にしてくれ”という心情でした 日が経つに連れ徐々に落ち着きを取り戻していき、何とか普通の精神状態に戻る事が出来ました とはいえ、彼女の事を考えると自然と涙が出てくる事に変わりはありませんでした あれから4年、彼女が生きていれば28歳・・・ 毎年彼女の命日である10月にはみんなで墓参りに行ってます 結婚してしまった友人も遠くにいる友人もこの日だけはみんな地元に戻ってきます、ちょっとした同窓会ですね 写真や他の手紙は棺と一緒にしてしまったのですが、最後に貰った1行の手紙だけは今でも保管してあります 私にとっての”彼女が生きていたという証”の様な物ですから・・・ |
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ほとんどの人は”趣味”を持っていると思います(無趣味と言う方もいるでしょうが)自慢できる趣味もあれば人に言い難いものも・・ 趣味と言うのはその人にしかその良さがわからない「価値観」の生じるものだと思うんです 私もこれまでにいろんなものに興味を持ちました「今はこれに興味があるんだよ」と話して馬鹿呼ばわりされた物もあります 人の趣味に対し馬鹿にしたり、軽蔑の目で見たりするのって私は嫌いなんです あなたの趣味は万人が皆”それは素晴らしいですね”と褒め称えるのものか?」と言いたくなるんですよ 私がこれまでに興味を持ちはまったものは F1(セナ、プロスト、ベルガー、マンセル、パトレーゼの時代から) 福岡ダイエーホークス(ホークスが福岡に来てから) MAX 一口馬主 今はスポーツクラブも・・・かな 人から「趣味何?」と聞かれた時に答えるのは上の2つだけ それでもまぁ、あまり人受けの良いものではありませんが・・ スポーツジムは数ヶ月前に始めたばかりで歴は浅いので趣味と言えるかわかんないし (しかし、某アンケートの趣味の欄に悩んだ末「BTS」と書いた事あり) MAXファンだった事を知ってるのは周りの人間でも極わずかしかいませんね 一口馬主に関しては知らない人の方が圧倒的に多く会話が成り立たない F1は高校生の頃からずーっと好きで鈴鹿にも2回ほど行った事があります F1の事を語らせたら堂本光一並ですよ、周りが呆れるくらいに・・・ ホークスは今でこそ強いですが、私がファンになった頃は最下位や5位がやっとの弱小チームでした 毎週土日は球場へ行き、外野スタンドでメガホン持って踊りまくっておりました 各選手のメガホンダンスはパーフェクトでしたね、現在の選手達のは無理ですが 上に挙げた中で周りから呆れられたのは「一口馬主」と「MAX」ですね 一口馬主というのは簡単に言うと「1頭の競走馬に決められた人数が出資するもの」です 競走馬の購入価格って数千万〜数億もします、とてもじゃないですが普通の人に購入は無理です 中には1人で3億以上の大金を出す大富豪もいますが・・・ 出資しているのですから持ち馬が勝てば配当金が入ってきます、とは言え走れば絶対勝つ訳もなく 毎月の費用を考えれば損しかしません、ここが理解を得られないところでしょう 損をする事がわかっていて金を費やすのがわからない”ギャンブル”というイメージ 年間最低でも20万近く(会費等も含めて)はこれに費やしています、好きな事にお金をかけるのは苦にならないので 次はMAX、結成時のメンバーが一人脱退してしまい、新メンバーを追加したのですが、今はもうほぼ解散に近い状態ですね 私が『EUROBEAT』を好きな理由もMAXがユーロをカバーしていた時期があったからです 『EUROBEAT』といえば”頭文字D”という漫画をご存知でしょうか? あの漫画のアニメ版では挿入曲でEUROBEAT使ってました、勝負所では必ず流れてましたね その影響もあり、車の中で聞く曲は9割方ユーロ、運転中はテンション上がりっぱなしですね さて話しを戻して、ファンと言うくらいですからもちろん毎年行われていた全国ツアーは1年に何度も行きました 九州圏内は当然の事、長野、東京、大阪、広島、沖縄 ライブの内容は同じなのになぜ何度も、しかもわざわざ遠い所まで行くのか?」と聞かれた事もありました 当時丁度インターネットが普及し始めた頃で自分でもHPを持っていました ネットで知り合った方が多くいて、そういう時しかみんなと会う事もないのでそれも一つの楽しみでした 逆に言えばネットという交流手段がなければこんなにもはまっていなかったでしょう 端から見ればただのおっかけ集団(事実おっかけだけどね)にしか見えないのでしょうが、多くの人と知り合えた事は良かったですよ 人間って歳をとればとるほど”人との出会い”というのは少なくなって来ると思うんです 人との出会い”という点においては通ってるスポーツジムでも数名の方と知り合えました これも私のとってかなりプラスになりましたよ、知らない人に話し掛けるというのは意外と勇気がいるものですからね 以上趣味のお話でした・・・ |