広がる長期悲観論
「工程分業型」社会に乗り遅れるな
今回の社長アンケートの結果を作家の堺屋太一氏に分析してもらい、変容する世界構造下での企業の課題を聞いた。
アンケートの結果を見ると、小泉内閣発足直後の前回調査(2001年6月19日号)と比べて悲観論が増えていることに驚いた。
もちろん短期では、悲観論も楽観論もあっていい。だが「来年は警戒する必要があるが、10年後には光が見える」との社会的なコンセンサスがあってこそ、活力のある健全な経済発展が望めるものだ。とりわけ多くの社長が長期悲観論を展開している点が気がかりだ。
この不健全な空気は、構造改革を打ち出し国民の期待を集めた小泉内閣が、結局、旧態依然とした官僚論理に乗せられていると感じ出したためだろう。小泉内閣には、何が正義なのかという「哲学」、将来どうなりたいのかという「ビジョン」、年金や租税の水準はどの程度が適当なのかという「尺度」の三つが欠落している。個別の政策は、ほぼ役人に丸投げされてきたといっていい。
確かに従来型のこのやり方は、規格大量生産の時代には重要な機能を果たした。しかし今や、「知価社会」へと移行した。国民は、知価社会の到来に気づいている。変革できない閉塞感が、長期悲観論へとつながっている。
世界経済は01年から、全く様相が変わった。経済水準の違う国が自由貿易圏を作り始めたのだ。EUに東欧が加わり、NAFTAにも南米を加えてAFTAにしようとする気運が高まっている。知価社会の到来とともに、「工程分業型」の産業構造へと変化してきたからだ。
工程分業では、技術開発やデザイン、販売戦略、広報・広告などの知価をフル活用する労働集約的な工程を賃金の高い先進国で行い、部品の製造、組み立て工程などの資本集約的な工程は賃金の安い発展途上国で行う、という具合に、各工程をそれぞれの国が担う産業分担が生まれている。これで、先進国の高賃金水準を維持しながら雇用も保てると考えられ出した。賃金の高い日本は、労働集約産業の投資先として魅力的な国にならねばならない。
だが多くの日本企業の経営者には、この視点が乏しいようだ。
まず、一日も早く規格大量生産時代の発想から逃れることが必要だ。従来の成功体験に拘泥していると、縮小均衡に陥る。例えば金融では、「金融思想」そのものを変える必要がある。これからは、銀行もリスクテークを避けて通れない。リスク判断のできる人材や、リスク分散の仕組みを作り出す人材が重要になる。
アジアや中国の労働者は、徐々に購買力をつけ、今や、生産主体だけでなく、消費主体になろうとしている。知価革命とグローバル化で、工業国人口の増加が供給余力となった時代は、2010年までには終わるだろう。それとともに、デフレの時代も終わりに近づいている。これから10年間は、むしろディスインフレの時代に入ると見ている。
この大きな世界の動きに乗り遅れないため、日本企業の経営者は、知価社会の本質を知り、工程分業型の産業構造への転換を早急に進めてほしい。
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