|
・
たとえばこんなこと、知ってますか?気になりませんか?
「まとめサイト」に挙がった大量の指摘の、ほんの一部です
・
【1】誤訳・不適切な訳語
(例1)
邦訳:毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左(1巻16章P418)
原文:You will always find some on nettle wine's left side;(UK版
P206-207)
試訳:イラクサ酒の左にはいつも毒入り瓶がある(毒はいつもイラクサ酒の隣)
スネイプが仕掛けた頭脳パズル。
イラクサ酒は2本、毒酒は3本。「毒瓶が常にイラクサ酒の左にある」ならイラクサ酒も3本なければいけない。
必ずしも毒瓶の右にイラクサ酒がある必要はないということで 「イラクサ酒の左にはいつも毒入り瓶がある」が正しいと思われます。
さらに原文は「rounded bottle 丸い瓶」なのに、邦版では「大きな」という形容詞を入れてしまっているため、その前のヒントにでてくる「巨人の瓶」と混乱します。
ハーマイオニーが飲んだのは大きな瓶の薬ではなく、単なる丸い瓶の薬。 こうすると、パズルはきちんと解けます。
「頭脳パズルとして成立していない。やっぱり子供向けの本にすぎない」という批判が昔からありましたが、これは訳によるもので、原文ではパズルは成立しているのです。
また、これは誤訳ではないかという、公式サイトでのファンからの指摘は否定されました。なお、このパズルの解き方が載っている数学教授のサイトがあり、そこでも誤訳が指摘されています。
(例2)
邦訳:「消え去った巨人たちも呼び戻そう…」(4巻33章P449)
原文:"we will recall the banished giants..."(UK版
P564)
試訳:「追放された巨人たちも呼び戻そう…」
ヴォルデモートの台詞。 banished 「追放された」と、vanish「消える」の初歩的な誤訳。
他にも、初歩的な誤訳は散見されます。たとえば、camp out(仮住まいすること。この場合、意訳しても「転がり込む」が相応)を「キャンプした」とか、booming
barks(犬が吠えているシーン)を「犬がブーンとうなるように吠え」。犬は「ブーン」とは、うなりも吠えもしません…。
(例3)
邦訳:妖精の魔法(ハードカバー1,2巻)、妖精の呪文(携帯版1,2巻)
原文:Charms
試訳:呪文学
チャームは単なる「呪文」で、教科名としては「呪文学」が相応。小さな先生を訳者が妖精だと決めつけたのか、あるいはチャーム=魅力=妖精という連想なのか、いずれにしても全く意味不明の教科名になってしまいました。
3巻からは「呪文学」に変更された(これはこれでまた読者は混乱した)が、携帯版の1・2では「妖精の呪文」という、また別の語に変更。妖精は全く関係ありません!
(例4)
邦訳:「オーケー、やめ!」「やめ!やめだよ!」「なかなかよかった」(5巻18章P620)
原文:"OK, Stop!" "Stop! STOP!" "That
wasn't bad,"(UK版 P349)
試訳:「OK、ストップ!」「ストップ!ストップ!」「悪くなかったと思うよ」
DAの練習シーン。この場の間中、ハリーの言葉使いが偉そうです。
5巻のハリーは、感情の起伏が激しかったけれど、原作のこのシーンでは、皆を気遣いながら、優しく丁寧に、少しも偉ぶることなく、非常に謙虚な態度で指導しています。既巻の中で何度も示唆されていた、ハリーの生来の他人に対する優しさや謙虚さが、人を教える立場になって、まさに開花しているようでもあり、またハリーの精神的成長を示すとてもいいシーンでもあるのに残念です。
言語的誤訳ではないけれど、イメージを改竄してるという点では、やはり大きな問題でしょう。
(例5)
姉妹問題
ペチュニアとリリーはどちらが年上なのか、ころころ変わっています。
1巻。リリー妹、ペチュニア姉
3巻で突然リリー姉に変更
4巻ふくろう通信で訳者が「作者がリリー姉と言った」 と明記、以降はリリー姉で統一
7巻原書でリリー妹、ペチュニア姉と判明
中国では1巻〜7巻すべてリリー妹で統一されている(訳者が作者に事前確認したのか?)
(例6)
godfatherの訳語問題
確かに「名づけ親」という意味もありますが、この物語では「後見人」が適当と思われます。
ハリーとシリウスの関係はまだしも、ルーピンが「(息子を)テッドと名づけた、君が名付け親になってくれるか」と言うシーンでは、既に命名されている子に名付け?と、ルーピンの錯乱を疑った人も多数いました。
このように、適切な訳語を選ばず、ただ真っ先に浮かんだ語を安易に使っているように感じられます。
その他、「彼」が誰を指しているのかを取り違えているような訳、誰に向かって話しているのかわからないシーン、誤訳とは言えないまでも、「ここは心情的に、こういう言葉・口調ではないはず」と引っかかる部分もたくさんあります。
さらに、英国の生活を知っていればわかるはずの言葉をご存知ないことが、訳の端々から見て取れます。
・
【2】日本語自体に問題
(例1)
邦訳:「いまや、わしが『死喰い人』ではないと同じように、スネイプも『死喰い人』ではないぞ」 (4巻下P363)
原文:"He is now no more a Death Eater than I am."(UK版P513)
試訳:「わしが『死喰い人』でないと同じように、いまやスネイプも『死喰い人』ではないぞ」
「いまや」の位置のために、校長は元死喰い人だと思った読者もいました。「いまや」の後ろに句読点があるので誤りではありませんが、わかりにくい文章です。このような、語順整理の不備による読みづらさは山ほど出てきます。
(例2)
邦訳:「目にこびりついて離れない」
2巻14章p.383
試訳:「目に焼きついて離れない」
ハリーが、石にされたハーマイオニーを見た時。この場合、「頭にこびりついて離れない」か、「目に焼きついて離れない」 のいずれかであり、この表現は日本語として誤っています。
このような「使い方を間違っている日本語」が多数でてきます。たとえば「猫なで声」「チンケ」「人っ子ひとりいない」「がっぽり」等は、誤った意味で使われています。読んでいて引っかかるだけでなく、子供が誤った用法を覚えてしまう恐れがあります。事実「ストーリーは面白いが、子どもには読ませたくない」という母親の意見も・・・。残念すぎます!
(例3)
邦訳:クモを探すことさえ簡単にはできなかったのだから、ましてや先生の目を盗んで、
女子トイレに潜り込むなど、特に、最初の犠牲者が出た場所の、 すぐ脇の女子トイレだし、とても無理だった。(16章P418)
原文:It had been hard enough
trying to look for spiders. Escaping their teachers long enough
to snake into a girls'bathroom, the girls' bathroom, moreover,
right next to the scene of the first attack, was going to be
almost impossible.(UK P210)
試訳:クモを探すことさえ容易ではなかったのだ。先生の目を盗んで女子トイレに
― それも 最初の犠牲者が出た場所のすぐ脇のトイレに ― に忍び込むなどということは ほとんど不可能に近いだろう。
邦訳は二つの文を一つにした上、読点の使いすぎで、日本語の文としても著しく自然さに欠け、読みにくいものになっています。 試訳が完璧とは言いませんが、どちらが読みやすく、わかりやすいですか?
(例4)
邦訳:スネイプときたら、たった今、誰かが大ビーカーになみなみと「骨生え薬」を飲ませたばかりという顔をしていた。(13章P351)
原文:Snape looked as though someone had just fed him a large
beaker of Skele-Gro.(US版P236)
試訳:スネイプは、大きなビーカー一杯の『骨生え薬』を誰かに飲まされたかのような顔をしていた。
…ビーカー「に」飲ませてどうするんでしょう。こういうおかしな文が数多く出てきます。
その他、「主語と述語がつながっていない」「文がつながっていない」「主語が2つある」「疑問形で始まって肯定形で終わっている」などが、多数指摘されています。
「最後の2回」(最後は1回しかありません)とか「3番目の弟(3兄弟の末っ子を指して)」「半純血」など、ありえない日本語も数々。
7巻では、「ヴォルデモートの名を口にすることが、自分の所在を知らせることになって危険」という設定があるにもかかわらず、heをヴォルの名前にして表記しているという大ミスもあります。1年もかけて(どの国よりも遅いのです)訳し、こんなにも内容を理解していないなんて、考えられません…。
また、音読するとよくわかるのですが、原文はとてもリズムが良いのに、わが母国語の方は引っかかりつっかかりして疲れ、そのうちに意味すらつかめなくなってしまいます。
スムーズに読み下せない日本語が多すぎて、途中で放り出してしまう読者が多くいます。また、情景をしっかり想像しながら読む習慣のある本好きの人には、それがうまくできなくて楽しめないと言われます。
・
【3】人称、語尾、口調の脚色
〜原作とは違うキャラクターが“作られて”しまっている!
(例1)
あまりにも巨大な問題点が、奇妙な一人称です。
冷酷そのもののヴォルデモートの一人称は、なんと「俺様」です。現代日本で「俺様」を使うのは、幼児向けの漫画や戦隊物のコミカルな悪役だけであり、その一人称からゾッとするような静かな恐怖は、とても感じることができません。
英国では、4巻最後の復活のシーンで、恐怖のあまり引いてしまった子供がたくさんいたそうですが、日本語版にそんな恐怖感があるでしょうか?
そしてスネイプの一人称の「我輩」。これも現代日本ではギャグ的にしか使われません。最終巻まで謎を引きずる、最も深いキャラクターの一人が、このような不適切な一人称でしゃべっているのを読むのは、
読者として本当につらいことです。(そして最後のせりふが、さすがに「我輩を見ろ」にはできなくなり…)
(例2)
リータの「ざんす」という語尾も、昭和40年代頃の漫画のようで違和感。
さらにひどいのがルナの「〜なんだぁ」「〜だもン」。この口調から、ルーナは知的障がいでいじめを受けているのだと思っていた子供の読者が実際にいました。実際のルーナはユニークですが頭の切れる、かっこいい女の子です。
俺様、我輩、ざんす…あなたの身近にこんな言葉使いの人がいますか?ハリポタは現代の話なのです。原作では皆(出身地方や階級による訛りを除いては)普通に話しています。
(例3)
年齢や立場に不相応の口調や言葉づかいが多く、強い違和感があります。
ティーンなのに「おやおや」5巻上16章P522)、「後生だから」(5巻下32章P490)と、老婆のような口調。
かと思えば13歳にもなって「僕、見たよ。(略)僕、父さんだと思った。」(3巻P532)、「いっつもおんなじ帽子。たかーくて、てっぺんにハゲタカの剥製がついてるの。それに、ながーいドレス」」(3巻P178)と幼児口調になったり。7巻で18歳のハーマイオニーが「猿股」と叫んだのには、ひっくり返った読者も多いようです。
シリウスが、恐れているはずもないヴォルデモートを「あの人」と呼び、ウィーズリー夫妻は妙に距離感のある会話をする…。枚挙に暇がありません。
(例4)
映画のイメージはひとまず忘れて、日本語版に描かれたスネイプを思い出してみてください。このスネイプは、やたらと唇をめくりあげ、ヒョコヒョコ歩くのです。原書の、口をゆがめる冷笑と、音を立てずに歩くさまが、こんなにも変わっています。
また、恰幅のよいはずのファッジは「チンケ」に、ルーピンのライトブラウンの髪は鳶色(赤みを帯びた濃茶)に、「ハート型の顔」と訳されたトンクスは漫画のベジータのイメージになってしまいました。
セリフからのイメージのみならず、外見もこんなに違ってしまっているのです。
読者は、描かれた文字だけから、色も形も何もかもを頭に思い描きながら物語を読み進み、その中に入っていきます。それが読書の楽しさです。外見の誤訳は、それを大きくねじまげてしまいます。
このようなことが積み重なり、原作と日本語版とでキャラクター像が大きく違ってきています。
・
【4】長く読み継がれる本に使ってほしくない言葉
〜流行語、汚い言葉
超狂ってる プッツンキレた マジで チンケ メチャ〜した 糞(クソ) ゲロ 胸糞が悪い ガキ ジャリ(子どものこと) おたんちん(この語は遊郭発祥で、短い男性器を馬鹿にしたものという説があります。いずれにせよ古臭い罵倒語です) 他多数
・
【5】死語寸前の流行語、不必要に時代がかった言葉
〜しかもムードは一気に日本的
俺様 我輩 驚き桃の木 おったまげー なーるへそ おっどろきー 奇妙キテレツ びっくり仰天 変てこ 金剛力 なきみそ ひょっとこ イカレポンチ 敷居をまたぐ がってん承知 うっちゃり 伏魔殿 庭番(庭師のこと。忍者にあらず) 翁 厨(くりや) 竈(かまど) 旅籠 手水場 下手人 文机(ふづくえ) おたんちん 他多数
ちなみに「文机」の原語はwriting
desk。文机(畳に置き、正座して使う低い机)ではボガートが入る場所はないでしょう。キッチンが厨、料理ストーヴが竈、トイレが手水場、江戸時代ですか…。何度も言いますが、舞台は1990年代の英国です。
・
【6】固有名詞のカタカナ表記がおかしく、しかも一貫性がない
英語読みに統一もされていなければ、他の法則も見当たりません。外国語を正確にカタカナに写すことはできませんが、それにしても英国人の名をフランス風に読むなど、適当すぎます。
また、同じ人・物などを指し示す固有名詞が、その時々、違ったカタカナ表記になっているケースもよくあり、読者を混乱させます。
・
【7】呪文の名称、呪文の言葉、薬の名称などが極端に幼稚
「うっちゃりの呪い」「元気が出る呪文」「太らせ魔法」「扉よくっつけ」「ぺしゃんこ薬」「元気爆発薬」など、幼児向けの言葉が並びます。
最近は小学校低学年の子供でも、ゲームなどでかなり難しい言葉に慣れていますし、難しいくらいの方が神秘的で憧れも持てると思うのですが。
また、原文では呪文のあとに英訳はついていません。呪文は大半がラテン語由来であり、英語圏の読者にもストレートに理解できないものもありますが、ローリングは「英訳」はつけていません。
日本語版ではいちいち「ステューピファイ! 麻痺せよ!」「レダクト! 粉々!」のように、あとに訳がついており、リズムを損なうこと甚だしいのです。せめてルビならよかったのですが。
なんでもかんでも訳してしまうのも、幼稚で読みづらくなっていることの一因です。ハウスエルフ(屋敷しもべ妖精)、ゴブリン(小鬼)など、カタカナのままでじゅうぶんだと思いませんか。
そのくせ、「蒲柳の質」等、非常に難解な単語を使ったり、「パロミノ」「アトリウム」といった、大半の人に馴染みが薄いであろう言葉がカタカナのまま使われています。
・
【8】物語に入り込むのを妨げる、過度のフォント遊びや飾り枠、イラスト
原書では、「強調したい箇所はイタリックで、大きな音・声を表わすためには大文字を使用」という、英文筆記のごく通常の習慣を踏襲しているだけ(作者の独創ではない)で、日本語版のようにいろいろな種類のフォントを使ったり、大文字や太字を使ったり、といった技法は一切使われていません。他の普通の小説となんら変わらない書き方がされています。
またイギリス版には手紙や告知を表す飾り枠、イラスト等も一切ありません。日本語版の墓のイラストにいたっては、カマボコ墓とじゃがバタ墓など、皮肉たっぷりに笑いものになっていますし、特異な風貌に描かれたルーナは、語調の訳がおかしいこともあって、知的障がいだと勘違いした人がいました。
【9】地文と会話文のメリハリがなく、地文に不相応な口語や擬音・擬態語が多すぎる
「丸まるっちい→小太りの」「もっこりした→かさばった」「〜じゃない」→「〜ではない」など、いくらでも言い換えの効く日本語があるのに、地文(会話ではない普通の文章)にふさわしくない、くだけた言葉が多く使われています。小説の翻訳では地文と台詞の書き分けは必須のはずです。
また、地文に擬音(バーン、ドスッなど音を伴う)、擬態語(イライラ、ゴワゴワなど様子をあらわす)が極端に多く、幼稚で読みづらい上に読者がイメージを結ぶ妨げになっています。これらも、「バーンと→大きな音を立てて」のように、言い換えはいくらでもできるはずです。
【10】翻訳者の立場を全うするどころか、逸脱した言動
最終巻の巻頭に原作者が掲げたエピグラフを全く翻訳せず「原作者がしなくていいといった。私も余計だと思った」と発言したり、本来原作者や原作の背景について解説するべき「あとがき」では、自分の苦労話に終始。あげくにこの翻訳を「一生分の厄介」と表現。あまりにも失礼ではないでしょうか。
翻訳者は黒子です。ベストセラー作家なのは原作者だけです。
さて、そろそろ「まとめサイト」に行きましょうか。 こちら → → → ◆
|