風と往く道 鬼恋うる道  〜高野山の巻〜

 

 

 

先ずは高野山収蔵で、上に乗る武神と下に乗られた邪鬼が全く対照的な二体をば。

これらは鎌倉時代の仏師・快慶作だ。

東大寺南大門の二体の巨大な仁王像を運慶と共に制作した事で有名な方だが、その名仏師の四天王像をへづ屋が初めて見る機会を得たのは上野で開催された「空海と高野山」と題された展覧会だった。

 

 

館内に配された位置関係からか、ライティングの効果か。

コーナーに置かれた居並ぶ仏像のその中で、何者よりもへづ屋を威圧したのは「増長天立像」だった。

 

腰に左手を軽くあて、右手で持った小刀を振り被り、右足で邪鬼の頭を踏み付け、背中に左足を置いている。虚空を睨み付けているその様は造形美としては文句のつけようもない。

だが。その像全体から発せられる気迫は尋常ではなかったのだ。

仏教の神であるはずが、まるで唯一絶対の一神教を奉じた鬼神であるような。

信じたもの以外は決して認めず許さない頑なさ、それ故の狂的な強靭さは鬼気迫るものがあり、その像の前に佇むだけのへづ屋を押し潰さんばかりだった。

 

仏教世界の守護神を形容するのに、“鬼気”だの“鬼神”だのと、自らの下に従えているものを表す言葉を使用されるのはご本人(?)にとってはさぞかし不本意な事だろう。

 

 

 

そしてこの鬼神と対になってしまった可哀想な邪鬼は一体如何なる仕打ちを・・・!と恐る恐る下に眼をやれば――危うく噴出しそうになった程良い意味で裏切られてしまった。

 

 

首を思いっ切り捻られているものの、悲壮感まるでなし。

何よりその表情が。閉じられた眼と、荒い鼻息を吐くような大きな二つの鼻孔。

少しは苦痛を感じるのかと思いきや、それを裏切るように口はおちょぼ口の如く尖らせている。まるで・・・

 

『旦那ァ〜、勘弁して下さいヨォ・・・しょうがねえなァ、もう――』

 

との愚痴が聴こえてきそうな雰囲気なのだ。

 

 一気に緊張が解れたあの一瞬を、私は本当に感謝している。

 「鬼神」の呪縛から「邪鬼」がへづ屋を助けてくれた瞬間なのだから。

 

 

 

 

 

彼らとは全く真逆なのが「広目天立像」だ。

 広目天とは巻子と筆を持つスタイルで有名だが、この快慶作もその例に漏れない。

しかも鎧を身に着けているからこそ武神と判るような本当に穏やかな造型だ。

 

 しかしどうだろう。

この神に踏み付けられている邪鬼は、見るも無残だ。

身体を小さく縮こませ、髪を振り乱し、頭と顔を地に伏せている。

手は頭を抱え込んでいるのか、耳を塞いでいるのか、まるでこの世界から消え去りたいかのような風情だ。広目天の怒りや仏罰よりも、更に巨きなものの存在に怯えているような。

 

 思わず木造であるはずの広目天に縋り付きたくなる。

 

 

もう退いて下さい、赦してあげて下さい。

この邪鬼がどれ程の悪さをしてきたかは存じませんが、こんなに後悔しているではありませんか。

どれ程の贖罪をすれば彼は赦されるのですか・・・?、と。

 

 

 意匠を凝らし、その時代の技術の粋を極めた武神より、足元の邪鬼の様子にココロを揺さぶられてしまうのは・・・私だけだろうか?

 

 

 

 だが、もし。

彼ら「広目天立像」が仏に逆らったものの末路の恐ろしさを表したい快慶の企みなのだとしたら・・・

 

 

へづ屋などはその企み・演出力にズッポリ見事にハマってしまった一人に違いない(笑)

 

 

 

 

 

 

 

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