風と往く道 鬼恋うる道  〜東大寺大仏殿の巻〜

 

 

 

 

奈良が誇るひんがしの大寺・東大寺。華厳経の教主である有難いご本尊様のおわします世界最大級の木造建築。

 

え?大仏殿に邪鬼なんていたっけ?とおっしゃる其処の貴方。

やっぱり忘れていらっしゃる〜!

大仏さまの左右には如意輪観音と虚空蔵菩薩がおいでになって、最後方の右には多聞天、左には広目天が。

そしてその御足下にはどでかい邪鬼が踏ん付けられているのだ!

 

観光客の皆サマ大仏の鼻の穴には長〜い行列を作って潜ろうとなさるくせに、大仏殿の守護神には何気にスルーなされるから()

人が少なくてゆっくりじっくり見られる事は、へづ屋にとっては願ったり叶ったりなのだが、何しろ柵が邪魔をするのだ。

しかも大仏殿においでの方々サイズの柵が!

 

全体像を把握するには少し離れなきゃならないし、細部は柵の間から覗き込まなきゃ見えないし・・・

なかなか拝見するのには難のある邪鬼なのだ。

しかも広目天や、鎧に金箔が残ってキンキラリンの多聞天がスックと上に立っていて、双眼鏡を使えばこの二天は細部まで見えるのがまた悔しい。

 

 

あんたたちが立派なのは充分解ったから、足の下を見せて・・・!

と、何とも罰当たりな事を毎回叫んでしまう。

 

 

そしてこの大者を比較するおこがましさを許して頂けるなら、へづ屋としては断然広目天の下にいらっしゃる邪鬼が好みなのである。

 

 

 

 

何と云うか・・・舞台装置の妙を感じるのだ。

 

先ず数m下がって全体像をへづ屋の眼枠に収められるような位置決めをする。仁王像とはまた違った穏やかな威容を誇る広目天を見詰める。

右手に持ったアノ大きな筆には余程タップリの墨汁が必要なんじゃないかナ〜などとおバカな事を考えながらも、大きな巨きな天衣が翻り風を切るような音を聴いたような気がして足元を見れば、柵は波立つ煩悩の海波と化していた。

 

 

その中を広目天に踏み付けられながらも、必死で海面から顔を出し息をつこうともがく邪鬼の姿が見える。

浮き沈みを繰り返しながら、その大きな鼻穴から荒い息使いが遠く離れた岸にいる私の処まで聴こえて来るようだ。

しかしながら心配はご無用。

へづ屋には彼が楽しんでいるのが判ってしまう。

だって表情が、彼の苦行を裏切っている。実に平然としたものだ。

ちょっと憎らしく思えてしまう位に。

アップアップしてみせながらも彼は常に計算しているのだ。

 

 

 

自分が柵の波間に沈み、上に乗っかっていらっしゃる大将が凛々しく力強く見えるように。

チラッと上目使いで自分の背に乗る御大将の安定具合を確かめ、チラッと横目で観客の反応を伺い自分の演出の度合いを計っている。

いやはや大したプロデューサーだ。

 

時折へづ屋のような鬼好きにはバレテルと開き直って、

 

 

『どうだ?広目天が格好良く見えているか?』

 

 

片目を瞑って魅せる。

疑問形ではあるが、それは確信犯のウィンクだ。

『OKOK大丈夫だよ。立派な偉丈夫!』と太鼓判を押せば、ニヤリとして次の瞬間にはもう元の木像に戻ってしまう。

ついさっきまでへづ屋の頬を打っていた強風も止み、海面も凪の穏やかさを取り戻す。

 

いや海などではない。

此処は華厳経の総本山、大仏のおわします御寺だ。

 

名演出家の舞台に酔っていたへづ屋は、当然の如く前からは広目天、右からは多聞天にジロリと睨み付けられてしまう。

大仏殿の中で真面目に参拝しろ!と云う事だろう。

巨大な二天の非難轟々の嵐の中、素知らぬ振りの邪鬼氏の顔が何処か得意気なのは決してへづ屋の被害妄想ではあるまい。

  

 

でもま、いっか。

平身低頭二天に謝罪し、大仏さまにお詫びの一礼をすると。流石フトコロが深く広くいらっしゃる、お許しの微笑みを頂けた。

大仏殿を出、中門の処までやって来ると振り返り、もう一度だけ深々とお辞儀をする。

 

 

それが大仏殿と云う巨大な劇場空間の片隅の名プロデューサー・邪鬼氏(広目天下)への感謝の礼だと見破れる者は、この数多の観光客の中誰一人としているまい。 

 

 

 

・・・もし万が一いらっしゃったら、その方こそへづ屋の親友たりえる人物だ(いねーよ、そんなヤツ/笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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