
私の学校はポートアントニオといって、ジャマイカの最東端に位置します。とても静かでのんびりした町です。ブルーマウンテンを境としてとても雨の多い地域として、そして観光地化されていない「観光地」として人気があります。
そんな恵まれた町で
SOH(School of Hope)・・・知的障害児30名(6歳〜18歳)
JAD(Jamaica Association for the Deaf)・・・聴覚障害児7名(4歳〜18歳)
その中でも3分の2は男子、ダウン症と診断されている児童は8名。日本でいえば普通学級の中で少し知的に発達の遅れが見られるような比較的軽度障害の子供たちがジャマイカの養護学校には多く在籍しています。つまり、重度の障害を持っているほとんどの子どもたちは学校に通えないという状況です。
子供たちを教員・アシスタント教員・調理員・・・計8名(ボランティアの私を含む)で支援していました。
学校の規模が小さいため、40名近い子供を4つのクラスに分けて指導するといった形をとっていました。高等部の子供たちはサポートをいろんな場面でしてくれるのでとても頼りがいがありました。
ジャマイカの教育システムとしては、基本的に義務教育です。しかし、教育費も無償ではありません。教科書の支給はあるものの、制服、教材、給食費など必要なものは全てにお金がかかるため、家の事情(貧困など)で学校に通えない児童生徒も数多く見られるのが現状です。
さて、このページからは私の任地での協力隊活動について紹介します。
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