京都小旅行

もともと旅行記ではじめた日記だもんね。
たとえ国内だろうが、日記書かなきゃ嘘だわ。

13日の朝からバスで京都に行って、17日の朝にバスで戻ってきました。
水曜は家でシャワー浴びて、そのまま仕事行ったよー。

13日(土)晴れ
朝まで友だちと踊って、家に荷物を取りに帰る。
大急ぎでシャワーを浴びて、東京駅へ。
途中、浜名湖に寄ったりしながら、バスで7時間。
14時半ごろに京都につく。
宿はUNO HOUSE。
安いので有名な京都のゲストハウス。
相部屋素泊まり一泊1650円!
妙心寺に行くことにして、途中北野天満宮の向かいの粟餅やさんに寄り道。
興味深々だった妹のかわりに粟餅を食す。
粟ってつくだけで、求肥みたいになるんだね。
ところどころに粟のぷちぷち感が。
老舗の和菓子だけあって、少し甘い気もするけど、とてもおいしい。
お客さんもひっきりなし。
で、ゆっくりしてたらすぐに夕方。
あわてて妙心寺に行くものの、本日は本堂でなにかイベントごとをやっている様子。
残念ながら、龍の絵はお参りできませんでした。
他のお寺も軒並み門が閉まっていた・・・
寒くなってきたので、街へ向かう。
先斗町。
狭さが大好き。
日本の日本ぽさがとても出ていると思う。
それにしても、どうして、こう狭いとこが好きだか。
両側に自分の背丈より高い草が生えてる道を歩くのなんて、めちゃめちゃわくわくするもんね。
川原町のあたりをさまよい、あらかじめネットで調べていたそばやへ。
向かう・・・・ものの、迷う。

つづく。  

2004年11月20日

魚、人間、ロボット

こうやって、我々は進化していくんだろう。
・・・いや、そんなことじゃなくて。
この1ヶ月に見た映画。

ディープ ブルー

見ながら、口が開いていた。
波、ですら凄い。美しい。
見たことのない映像がたくさんあった。

多分、ここに収められた映像は、毎日、毎月、毎年、地球のどこかで起こっていること。
だけど、その映像が、たまたまにしろ偶然にしろカメラに納まった。
というのが凄い。
それを奇跡というんだろーなー。
なんて、あほみたいに思った。

ある日、とつぜん

モノクロの映画っていい。
いろいろな先入観がはがれていく感じ。
登場人物の顔が、見え方が、どんどん変わっていくのがすごい。
最後は、なんだか予想どおりで甘さもあったけど、監督はおない年だもんな。
うーん、そうかー、おない年かー・・・

I, robot

あまり期待をしていなかったわりには、おもしろかった。
試写会でお金を払って見てない、というのは大きいけど。
話そのものは、新味がないどころか、昔から何度も何度も何度も使われて使い古されてきた話。
ただ、映像で見せる。
大画面で、おーおー、と言いながら見る映画かと。
 
2004年8月25日

そしてメール

ここ2週間くらい、旅をしていたときの知り合いなどから、
続々とメールをもらって驚いています。
なんか、そういうタイミングがあったんだろうけど。

みんなが忘れないで、ふっと、どうしてるだろう、
って思い出してメールをくれる、その行為が嬉しい。

それにしても、手軽なメールだったから、連絡をくれただろう、ってのがあって。
これが、メールのない時代で手紙とかだったらわざわざ連絡してこないよね。
と考えれば考えるほど、このメールやチャット、そもそもネットというのはコミュニケーションというものを徹底的に変えてしまったなぁ。
なんて、そんな言い古されたことを改めて思ったりしてみました。
 
2004年7月25日

チャット

家にいる時は、メッセをあけっぱなしにしてることが多いのです。
携帯を持っていなかったときのなごりで。

そしたら、先日、偶然、中国の端、チベットに近いところにいるはずの友人がオンラインに!?
びっくりして、思わず話しかけました。
ちょっと用事もあって、村から街へ降りてきたんだそうで。
あー、びっくり。
ものすごく遠いところにいるのに、リアルタイムでお話できるんだから。
バーチャルな分、電話とはまた違った不思議な距離があって、
もの凄く興奮しました。
彼は今、ラオスの農場で一緒だった、共通の友人と一緒だそうです。

しかし、本当にpc、ネットって凄いなぁ、と改めて思った一日。
 
2004年7月24日

七夕

今日は七夕ですね。
1年に1回、織り姫さまとひこ星さまが会うことのできる日。

昔は、なんて不幸なふたりだ!
なんて思っていた事もあったけど、
最近は、そういう幸せの形もあるよね。
なんて思う。
さすがに1年に1度は極端?
 
2004年7月7日

life goes on

21グラム

8mmで撮ったような、ざらざらした荒い映像も、不安なカメラワークも、過剰なカットバックも、わざと強調された日常の音も、
わざとらしい、とか、あざとい、と言ってしまえばそれまでだけど、私は好きだった。
そしてすんごい濃い俳優達。
やり過ぎ、と言えない事もない。
でも私は、素直に凄いなぁ、と感動してしまった。
表情も何もかも全て、映画のなかで別人のようにくるくる変わる。
特にショーン・ペンは凄かった。
もちろん、メークや照明の助けもあるだろう。
でも、まるで年齢まで超越してしまったように変幻自在。
ただベニチオ・デル・トロに関しては、本当に大好きな、大好きな大好きな俳優さんなんだけど、
最近ちょっとワンパターン化してないか?なんて懸念を抱いてしまった。

そして映画を見ながら、私が何を考えていたかといえば、
人生って、本当に不公平よね、ということ。
生まれてから、死ぬその瞬間まで、人生とは何と不公平で不平等であることか。
私の知り合いで、2人、窒息死した人がいる。
一人は吐しゃ物を喉に詰まらせて。
娘が後で発見した。
もう一人は吐血が喉に詰まった。
一人暮しだった。
妹の友達は交通事故で亡くなった。
私の友達は膠原病で亡くなった。
数日間、意識がなかった末、病院で家族に見守られてのことらしい。
死は万人に平等だ。
なんてことを聞いた気がするけど、
親に虐待を受け続けたうえに死んでいく子どもと、
天寿をまっとうして家族に見守られながら死んでいく死が
同じであるはずがない。

life goes on
それでも、人生は続いていくんだ。って、
映画の中で、いろんな人が入れ替わり立ち代りその科白をはく。
確かに。
自分が死なない限り、どうしたって明日はやってくるし、
同じように、明後日も、明々後日も、来週も、来月も、私たちは生きていかないといけない。
そして、幸か不幸か、人間の脳は、忘れる、という非常に重要な機能を持っている。
今日あった辛いことを忘れながら、明日に望みを託して、
なんとかこの不平等な世の中を・・・。
それが生きるってこと?
ちょっと悲観的すぎるか。

シャルロット・ゲンズブールが出ていた。
凄く久しぶりに見たけど、やっぱりとても魅力的だわぁ。

 
2004年6月30日

フォッシー、カウリスマキ、スティーヴン・ダルドリー、オゾン
ここ数日、立て続けに映画を見ている。
珍しい。

父親が出張中で、リビングで好き勝手できるので、
思う存分、ビデオが見られるからだ。

まず、日曜の夜は“キャバレー”
大好きな映画。
とかいいながら、監督がボブ・フォッシーだったってこと、今回はじめて気づいたんだけど。
そう、あの、振り付けの。
でも、私がこの映画を好きな理由は、ライザ・ミネリが演じるサリー・ボゥウェル。
昔、あぁいう女性になりたかった。
ある意味、私のアイドル。
天真爛漫で、自分勝手で、すべてを自分のコントロールの元においてる、と信じているようなところがかわいい。
おおづくりな顔も、ファッションも最高。
そして、あのkit kat clubの華やかで、やらしくて、怪しげな雰囲気。
マイケル・ヨークも素敵。
そしてジョエル・グレイのいかがわしさも一級品。

月曜日は“過去のない男”。
カウリスマキの作品を初めて見た。
実は、もっとちんたらした、難解な映画なのかと思ったら
全然違った。
ブラックユーモアな感じも効いてて、かなり楽しめた。
まぁ良く考えれば、レニングラード・カウボーイズ撮った人なんだけど。
包帯ぐるぐる巻きでぶっ倒れている人間から長靴盗んでいくじいさんがいるかと思えば、
売れ残り、どうせ捨てるから、と食べ物を恵んでくれるカフェのおばちゃんがいる。
いろんな人がいるよな、なんて改めて思ってしまった。
それにしても、もし、過去の記憶を全く失ってしまったら、
それまでの行動や、行き方って、全く違ってしまうものなんだろうか。
そういう人生のリセットって、すごいなぁ。
主人公が、とっても普通の冴えない人たちっぽいのが、凄くいい。

火曜日は“めぐりあう時間たち”
これと“過去のない男”は母親がビデオを借りてきた。
私は、女性3人の描き方の浅さにちょっと不満があり、
いまいち不完全燃焼というか。
ただ、母親が言ってたんだけど
「もう少し歳を取ってから見ると、また全然違うと思う」と。
映画の中で、主人公(って誰だ?)に、その友人が
人生で1番素晴らしかった日、美しい想い出を語る場面がある。
それは、本当になんでもない日の、なんでもない一場面。
それって、なんとなく、わかる部分はあって。
実は、幸せなんてものは、今この瞬間だったりするのよ、なんて。
そして母親に言われてはっとした。
今の私にとって、その一日、一場面は26年分の1日であり、1場面である。
でも、それが歳を重ねていくと、その26年分の1日は、50年分の1日になり、80年分の美しい、唯一の1日となる。
その重み、実感はわかないけど、凄さはなんとなくわかった。
歳を取って、私が思い出す一場面は、どのシーンなんだろう。


そして、今日は“スイミング プール”を見てきた。
シャーロット・ランプリングが凄かった。
堅物(?)欲求不満女のやらしさ全開。
卑しくて、根暗で、性悪で・・・
そして天真爛漫な第2の主人公、ジュリーが次々連れ込む男の趣味の悪さも凄い。
節操のなさがリアル過ぎ。
ところで、実際のところ、ビッチ願望がある女性ってどの程度いるんだろう?
ちなみに、私には、ある。
私なんかは、素直に、その方が人生楽しいだろう、なんて思ってしまう。
主人公のサラもそうだ。
サラはきっと、ジュリーが羨ましかったんだと思う。
でも、自分はそうはなれないから、結局、あぁいう・・・
で、こういう映画を見ていると、時々、さも、
女性の中には普遍的に、そんなビッチ願望が潜んでいるのよ。 あまりに潜在的で、認めたがらない人も多いけど。
なんて、下手な心理学者みたいなことを思いそうになるけど、
友達を見まわしてみても、そんなビッチ願望からは程遠いと思われる人もいて。
うーん、謎だ。
映画に話を戻せば、あんなにドラマティックな展開が必要だったのか、
或いは、最後の方のジュリーの心境は一体?というところがあったけど、
映画としての満足度はかなりのもの。

さて、次は何を見よう。
 
2004年6月23日

年なんて、自分で決めるものでしょ?
昨日は友人の送別会で、友人宅へ。
終電逃して、始発で帰ってきました。
asmikで働いているという、フランス人のとても素敵な女性と会って、
お話することができて、とても楽しい夜だった。

ところで、私の向かいに座っている、今年の4月から入社した新人くん。
やたら「年とった」を連発します。
まだ私より3つも年下なのに。
何が1番年をとったと感じる、といって徹夜ができなくなった、
というのに、1番年を感じるそうな。

まじですか?

そうかと思えば、派遣で働いているオネエサマ30代後半。
今だに平日でも朝帰りする日とかあるらしい。
見た目、すっごい若いんだよねー。
肌もとっても綺麗だし。
30代前半にしか見えません。

いろんな人を見てて思うんだけど、年ってほんとに自分で決めるものだなぁ、と。
年を気にせず、元気に活動してる人は、ほとんど例外なく年より若く見えるし、
みんなとてもかっこいい。
それに、やたら年をとった、といって、それを理由に自分の活動を限定してしまうのは
とても勿体ないと思う。

無理って意外にきくもんです。
自分が思ってるよりずっと。
それに、身体も慣れてくるし。
睡眠時間をたくさんとっていると、それに身体が慣れてきて
睡眠時間がたくさん必要な身体になってくる。
でも、睡眠時間が短い生活を続けてると、効率の良い眠りをとるように、
身体もそれに適応してくるもんです。

私も以前は、睡眠が普通の人以上に必要だと思っていたし、
全然無理もしない人だったの。
でも、無理がきくもんだ、っていうことがわかったら、なんか寝てるのが勿体無くって。
惰眠をむさぼるのは、他に代えられない快感だし、私も大好きです。
でも、それはたまの贅沢でいいかな、なんて。

若く見える方がいいとか、それは貫禄がないようで嫌だとか、落ち着いて見えたいから、年より上に見えた方がいいとか、
人によって、その辺りの考え方は様々だと思うけど、
いずれにしろ見た目なんてその人の行動、考え方が作り出すものだし、
私は少なくても「もう若くないし」なんて言いたくないな。
 
2004年6月10日

ふるさとは遠くにありて思うもの
って、誰の言葉だっけ?
と思ったら室生犀星だった。

それって、確かにそうかも、と実感したりする今日この頃。

旅をしている時は、なにかにつけて東京と比べて、
もちろんそれぞれどの土地も素晴らしいけれど、
やっぱ住むなら東京だなー。
やっぱ私は芯から日本人なのだわー。
なんて感じていたけれど、
いざ帰ってくると、なんか疲れること、思い通りにいかないこと、いろいろあるし、
そうでなくても、都会の生活はストレス溜まるし。
なんか、これでいいんだっけ?
私が住みたいと思ってた、東京ってこんなだっけ?
なんて。

やりたいことはいろいろあるけど、先立つものは全然足りないし、
思わず、ぢっと手を見ます。
見てもどうにもならんけど。

あ、下の日記、オリンピック、とあるのはワールドカップの間違いですね。
恥ずかしい間違い。訂正。
でも、あんなに治安の悪いとこで、そもそも余計に治安が悪くなりそうな
あんなイベントやっちゃって大丈夫なんだろうか?
 
2004年5月24日

閉塞感
先日、ある友人に「日記、たまに読んでるよ」なんて言われて慌てて更新しなきゃ!なんて思ったものの、
結局こんな体たらく・・・

読んだ本とか、見た映画とか、書くべきことはいろいろあるはずなのに・・・

ネットという匿名性の強い場所で、それでも見てる人のほとんどは知人、というこのサイト。
自分の素性がばれてる、ってんで、あんまり個人的なことを書くのは恥ずかしい、と思わないでもないですが。
ま、いっか。

なんか、自分自身に対して閉塞感を感じる今日この頃。
まだネパールから帰ってきて2ヶ月も経ってないし、
あれだけいろいろ刺激的なことに触れていたゆり戻しが来ている、
と言えない事もないですが。
それよりは、その閉塞感を打破するだけのエネルギーに欠けているのが問題。
解決策のひとつとして、新しいコミュニティーを開拓し、新しい人に触れ、新しい友達を作る。
というのが有効だとは分かってるんです。
ただ、それをするエネルギーがいまいち出てこないんだなぁ・・・
ちょっと個人的なことでも行き詰まり感を抱えていて。
全然いけてないぞ、自分。って感じです。

「ま、そういう時もあるよ。焦らなくていいんじゃない?」
と友人は言ってくれるし、私もそりゃそうだ、とは思うんだけど、
なんか焦るんだよねぇ。

まぁとりあえず、明日からまた1週間お仕事頑張りましょう、ってところで。
毎日、平和に生きられること、こんな閉塞感にうつつをぬかしてられる、この状態に感謝だね。

ところで、2010年のオリンピック、南アフリカで開催とは驚き。
これで少しはあの国が、良い方向に向かうといいね。
 
2004年5月17日

おかしくない?
一体どうしちゃったんでしょう?
この国のマスコミは?
そしてそのマスコミを煽り?煽られ?冷静さを欠いた一部の暇人たちの常識に欠けた行動・・・
もちろん、今回の人質事件をめぐる一連の報道に対してなんですが。
現在の報道を見ていると、
人質に取られた被害者である彼らが、まるで犯罪者かなにかみたいじゃないですか。
あまつさえ、その被害者に対して今回かかった費用を請求せよ、なんてことを言う政治家がいるなんて、一体どうなってるの?
もう、私のおばかな頭では完璧に理解を超えています。
そもそも、日本が自衛隊を派遣しなければ、今回の事件は起こらなかった、
或いは、起こったとしても早期に解決が可能だった事件ではないんですか?
自己責任ってなに?
危ない地域にあんたが好き好んで行ったんだから、国は責任とりませんよ。
って、そういうことなの?

昨日、あるテレビ番組で、国連の偉い人がこう言ってました。
『国連も、時に傲慢になる誘惑にかられることがある。
我々の方がどうすべきかを良く知っている、あなた方は我々のいうことに従うべきだ、と。
しかし、何が必要で、何が欲しいのかを1番知っているのは、そこに住む彼ら自身だ』と。
要するにこういうことでしょ?
いくら日本が自衛隊は人道支援で来てますよ。って言ったって
イラク人が、日本はアメリカに協力してイラクに来ている。
と思っていたり、イラク人が日本の自衛隊に撤退して欲しい、
と思っている以上は、やはり撤退するべきでしょう。

そうは言っても、小泉さん、というより日本政府は自衛隊を撤退させる気なんてさらさらないみたいだし、
ここで首相が変わったところで、政治が変わらないのが日本だもんねぇ。
なんか、悲しくなってくるなぁ。
 
2004年4月19日

・・・・・・
・・・。
とうとう、というべきなのでしょうか?
懸念していた事態が1番最悪の形で起こりました。
ご家族の気持ちを考えると、言葉もありません。

報道を見てたら、胃が痛くなってきちゃったよ。

今後、考えられる展開とすれば、自衛隊が撤退をしない以上、
(それ以前に3日で撤退なんて無理な要求ではあるけれど)
また、人質救出に全力を、と政府が表明している以上、
特殊部隊が救出に向かうのでしょう。
また、アメリカとしても、今、日本に撤退してもらっては困る。
小泉さんがお願いするのか、ブッシュの方から言い出してくるかはわかりませんが、
アメリカ軍の特殊部隊が協力(実質の主導権はこっちが握ってるけど)、
という形かな。
それで日本がますますアメリカに頭が上がらなくなるとすれば、
こんなに最悪な展開もないですけど。

今回の救出作戦が成功しても、失敗しても、自衛隊がイラクから撤退しない以上、
同じ事件が再び起こる確率も非常に高ければ、
東京で無差別テロが起こる可能性だって、同じように、大変高いことが改めて示されました。
スペインの鉄道で爆破テロが行われ、フランス、イギリスのテロは未然に終わりました。
そして、日本も今、テロの驚異にさらされています。
先進国で絶対安全と言える国なんて無いのが現状です。
こうやって見ていると、世界は既に第3次世界大戦に突入しているんじゃないか、という気さえしてきます。

これがすべて、アメリカの都合で引き起こされたかと思うと・・・
 
2004年4月8日

至福の・・・
今日は大切な友人の誕生日でした。
大切な・・・と言う割りには、今日が誕生日だ、ということをすっかり忘れていたんだけど。
ともあれ、その友人とその彼と、もう一人、これまた仲の良い大切な友人とで、お花見。
場所は、目黒川沿い。

今、まさに見頃。満開です。
枝の先に十も二十もの花が、一斉に咲いて、ぽんぽんに丸くなってる。
余りに見事なので、みんなと分かれた後、中目黒から目黒川沿いを、不動前までずっと歩いてきました。
満開のさくらを見ると、どうしてあんなにわくわくするんだろう。
わくわく、とは少し違うかな。でも、心がざわざわします。
夜のさくら、ひとり占めで、最高の気分でした。

 
2004年4月2日

ようやく始動?
帰ってきてから、どういう訳だか力が全くはいらず、
なんだか腑抜けのようになっていました。
ここのページを更新する気にすらならず。
前回帰国した折は、身体中に力がみなぎっているのが実感でき、
自分でもその状態がとても心地よかったのですが、
どういうわけだか、今回はそのようにいきません。
ある友人はその状態をさし(?)「なんだかどっしりしたね」と言いましたが、
それを母親に話したところ、いたく納得。
そうなのかなぁ、自分では気づかないもんだなぁ、なんて思っていたら、
母親はてっきり体型のことだと思っていたらしいです。
全然違うって・・・

で、改めて母親に今回と前回の旅から帰ってきた私の印象を聞いたところ、
前回、旅から帰ってきたときは、随分野性的だったそうです。
そして今回は、落ち着いてすっきりとした、つるんとした顔をしてる、と。
その、つるん、というのは良く分かりませんが「ネパールで癒されたんじゃないの?」と言われました。
特に癒された、とかいう実感はないですけど。
そもそも癒しが必要な精神状態でもなかったし。

徐々に社会復帰、という感じですが、来週から仕事も始まる事だし、そろそろ始動かなぁ。
 
2004年3月29日

お誕生日ケーキ
今回、旅先で誕生日を迎えました。
うちの両親はその日、本人がいないのに2人でケーキ買ってきて食べてたそうです。
・・・?
どういうことなのか、良く訳がわかりませんが・・・。

今日は仕切り直し、というわけで、代官山のサルバトーレでランチして、
オーヴォンビュータンのケーキを買って帰りました。
オーヴォンビュータンのケーキはまさに至福の味。

東京にはおいしいものが、本当にたくさんあるよね〜・・・
 
2004年3月28日

あっという間の2週間
出発の連絡もろくにしないうちに、あっという間に帰国の日となってしまいました。
早すぎる・・・
今回は短い時間にいろいろ詰め込みすぎて、ほぼ毎日移動・・・
というか、日程の半分以上の10日をかけてトレッキングをしてきました。
標高4600mという、日本ではありえない高さまで登ってきましたよ。
そしてネパール南部にある国立公園では象に乗り、サイを見て・・・

あまりにもばたばたした旅になってしまい、反省する部分も多いのですが。
 
2004年3月23日

キリ番
おかげさまで、カウンターが1000を越えました。
みんな、見に来てくれてどうもありがとう!!!

ところで、1000のキリ番を踏んだ方はどなたでしょう?
お土産を買ってくるので、是非メールを下さい!
或いは掲示板に書きこんでくださいね!
 
2004年3月3日

ディズニーの威力
今日はディズニー・シーへ行ってきました。
接待で。
父親の仕事関係の人が知人を連れて中国からやってきていて、
昨日は成田空港までお迎えにも行ってきました。

ディズニーランドが苦手だったり、嫌いだったりする人もいるけど、
私は割りと素直に楽しめるタイプです。
っていうか、結構好き。
接待とはいいながら、それなりに自分も楽しんできてしまいました。
(もちろん、気も使って、緊張もして、疲れたけど・・・)

帰りの電車でふと気がついて、すごいなぁ、と思ったのは、
ディズニー・シーにいる間中、ここ最近頭の中にあった煩悩やら
考えるともなく思っていたことなんかが、ほとんど一瞬も頭をよぎらなかったのです。

ん〜、でもこれって、どっちかっていうとディズニーの威力、っていうのとは、ちょっと違うかなぁ・・・
 

2004年3月2日

そして再び
また、旅にでます。
4月からの仕事がもう決まっているので、今回は短期です。
5日金曜の夜に成田を発って、シンガポールへ向かいます。
空港で一夜を明かした後、朝の便でバンコクへ。
そこで友達と落ち合った後、カトマンドゥへ向かいます。
あ〜、凄く楽しみ!!!

その前に、部屋片付けないとな・・・  

2004年2月28日

妙な一日
とある事情で、
事件に巻き込まれたわけでもなんでもないんですが、 
警察に行って珈琲を飲んできました。


・・・しかも取調室で。

いや、しかし実際、テレビとおなじなんですね。
面通し用のマジックミラーまでテレビとおんなじ。
若干テレビよりも狭くて古くて汚かったかもしれないけど。

ドアは開いていたけれど、
そのドアに『取調中』の札がかかっていたのには、思わず笑えました。

多分、こんな経験一生に一度しかないだろうな。
・・・いや、2回あっても困るけど。
 
2004年2月24日

少しづつ
写真をアップするページの雛型だとか、
旅行記(なんて言うほど大したものではないけど・・・)
を載せるページの雛型だとかを作り始めてます。
htmlなんて、ほぼ初心者なので、むちゃくちゃですが。
かといって、HP作成ソフトは高いし、使いこなせる気もしないし。
と、いうわけで、今後少しづつアップしていく予定です。
 
2004年2月22日

むぅ・・・
今日、スキャナを買ってきました。 
撮ってきた写真をネット上でみんなに見てもらえるように。
今回の旅行、写真関係で物凄くお金を使っています。
なにしろ取ったフィルムがリバーサルだけで20本以上だし、それにネガが何本か・・・
フィルム代と現像代だけで結構恐ろしいことになってます。
でも、やっぱりネット上でみんなに見て貰えたら嬉しいな、
なんて思って、思い切ってスキャナも買ってみたのですが。

・・・・・・・。
それがあんまり良くないんです・・・。
一応今年のモデルで解像度もそんなに低くないんだけど、
それでも、なんか全体的に絵がベタっとしてしまうんです。
おまけに色もなんとなく白っぽい。
リバーサルフィルムを使って一眼で撮った良さが全然でてなくて、
なんかその辺のポケットカメラで撮ったような・・・
むぅぅぅぅぅ。
やっぱパソコンで見る写真はデジカメで撮った写真をそのままアップするのが一番なんでしょうか。
デジカメの一眼レフで撮った写真をパソコンでみると、
すっごくすっごく綺麗なんですけどね。
・・・哀しい。
 
2004年2月20日

でも、やっぱりかわいい服見ると欲しくなるし・・・
先日、随分付き合いの長い友人数人と会ってきました。 

その際、凄く不思議な感覚に陥ったんです。
会話を聞いていたら、ほんの4ヶ月弱しか旅行していなかったのに、
半年も1年も日本を離れていたような気がして。
おかしなことに、ちょうど留学から帰ってきたときの感覚に少し似ていたんです。
自分なりにどうしてなのか、考えたりしてみたんですが、
やっぱり、日本って変化のスピードが少しばかり速過ぎるのではないか、と。
映画、音楽、ファッションの流行り廃り・・・
そして巷に溢れるモノと情報。
テレビ見てたって、知らないCM知らない番組知らないミュージシャン・・・
余りにも必要ないもので溢れ過ぎてて、とりあえず目に付いたものから消費していくしかない。
そして消費したら、直ちに次のモノへ、次のモノへ。
なんだか、ある種脅迫観念めいた感じさえしてきます。
そして結局、本当に必要なものが、とても遠いところに行ってしまっていて、
普段の生活からは見えにくくなってきている、そんな気がします。

だってさぁ、洗い換えの服が数着と石鹸とCDと本があれば、
後は農作業して生きていけるよ。
生きるって、本来は凄くシンプルなことで、
起きて、食べて、寝て、その合間に生活に必要な労働をして、空いた時間に好きなことして、
って、そういうことなんじゃないか、というのをラオスで凄く教えられて。
今の日本の生活って、そんな生活からは程遠い・・・。
今更そんな生活しましょう、って言ったって、無理な話ではあるんですが。

実際、家に帰ってきて、自分の持ってる服の多さに、自分の物ながらびびりました。
こんなに、持っていたなんて・・・。
ずっと日本にいると、そんなもんか、なんて思ってしまうけど、
本当はこんなに沢山の服、必要ないんですよね。
第一、その中からよく着ている服なんて、結局いつも同じような数着ばっかりだったりして。
ま、確かに捨てればいいことなんだけど、それ以前に、
そんなにしょっちゅう服を買う必要があるんだっけ?

そんなこと言いながら、バンコクで死ぬ程買い物してきた自己矛盾。
あぁ・・・。
 
2004年2月16日

BODY MAKING
やっと少し、日本の感覚に慣れてきました・・・。 

さて、昨日帰国して以来、両親が体格の変化に驚いています。 
体重計に乗ったら、なんと3.5キロも太っていました。
自分では、余り気づかなかったんですが、
上半身が結構変わったみたいです。
実際、筋肉も結構ついたみたいで。
そういえば、帰りの荷物はバックパックそのものが20キロ近く、
そしてそれ以外にお土産などいれたかばんが10キロ以上。
それを、多少重いとは感じたものの、普通に担いで帰って来れたのは、
さすがに、この3ヶ月半の旅行のおかげでしょう。

そういえば、私が旅行を始めた頃から毎日筋トレを始めた父、
今では別人のような身体になりました。
3ヶ月半でも、結構身体って変われるもんです。
食べる量も凄く変わったし。
今は普通の男の子くらい食べるかも。
運動をしっかりしないと、このまま日本で以前と変わらない生活してたら、
1ヶ月後には恐ろしい事になりそうですね。
 
2004年2月12日

とうとう帰国
ただいまです。 
今日の朝、成田に到着しました。
 
ムンバイ発、バンコク経由のエアインディアのフライトで、
乗客のほとんどが日本人だったので、日本に到着する前から日本じゃーん、なんて思っていたんですが。  
いざ、成田に到着し、日本の風景のポスターを目にし、日本の空気を吸ったら、
何もかも、全然違った。
意外なくらい感動しました。
そして、自分が日本人であること、日本が本当に好きなこと、を改めて再確認。 
日本以外の土地で生きていくことに何の抵抗もないけれど、自分のホームはやっぱり日本だ、
ということを痛感しました。

それにしても、やっぱり、なんか妙な気分が抜けないのも事実。
よく知ってるところなんだけど、あまりに今まで居たところと空気が違うから・・・

2〜3日したら、この雰囲気にも完璧になじむかな?
 
2004年2月11日

未来を告げられた日
昨日以来、 すごい勢いで買い物をしているわけですが・・・。 
 
それはそれとして、今日はすっごい妙な経験をしました。
農場で一緒にボランティアをしていた子が、病院に行く為に数日前からバンコクに来ていて、 
せっかくだからお昼でも一緒に食べよう、ということになったんですが。 
その席で「2時にヨギに会いに行く約束が・・・」と言うのです。
ヨギとはなんぞや??? 
彼いわく、ヨガの先生みたいなもん。と。
正確には占い師さんだったんですが。
彼の話に興味を引かれた私は付いて行くことにしました。

いやぁ〜、めっちゃ強烈な体験だったー!!!
最初に、手品みたいなことをするんです。
まず、彼が紙に何事かを書き、その紙を丸め、私に握らせます。
私の将来に起こる簡単な、そして至極一般的なことを少し話した後、 
私に5以下の数をひとつ選ばせます。
で、また再び、私の過去や将来の話に戻るんですが。
暫く話した後、その紙を開いてみると、紙にさっき私が選んだ数が書いてある。
・・・しかし、強烈なのはこの後。
さらに彼が紙に何事か書き出します。
そして、また、その紙を小さく丸め私に握らせます。
で、またちょこっと私のことや神について話した後、
私に母親の名前、前の彼氏の名前、兄弟、姉妹の数、私が将来に望むこと、 
そして好きな花の名前、全部を彼が私に聞いて紙に書き出します。
特に、母親の名前、前の彼氏の名前はちゃんと一字一字、アルファベットのスペルを確認しながら。 
そして、その後、彼が先ほど私に握らせた紙を開いてみてみると・・・・・
そうなんですよー。 
一字一句間違いなく、私が彼に告げたとおりのことが書いてあったんです。 
もぅ、なんか怖くなっちゃって・・・ 

で、その後でお金の話になったんですね。
その占い師さんは「これはお金の問題じゃないんだよ。」とか言いながら、結構な金額を提示してくる。
なんか、今目の前で起こっていることに頭がくらくらしてきた私は、
この後、全部を聞くのが怖くなっちゃったのと、 
そこまで高い金額は払えない、と思ったので
とりあえず、持っていたお金を全部渡して、 
明日、また合う約束をして、そのまま帰ってきちゃいました。 
もし、彼が本物なら、私が明日戻らないことは、もうわかっているだろうし・・・ 
いやぁ、でも、果たして幾らだったら結果を聞いただろう・・・
なんか、あの瞬間、すっごく、未来を聞くのがいけないことの気がしたのです。

もしかしたら、あの占い師のおじさん、なにかトリックをつかったのかもしれない。 
それにしても、見事なトリックでした。 
なんか、怖くて、思わず震えがきたもの。
普段は占い好きの私。 
でも、占いって、当たるか当たらないかわからないからおもしろいんであって、
あんまり真に迫っていると、そんなにおもしろいもんじゃないのね。
ということを実感しました。
 
2004年2月9日

バンコク
昨日の昼に農場を発ち、今朝バンコクに到着しました。
なんだか農場での日々がすっごい昔のよう・・・。
とても昨日の昼まであそこにいたとは思えません。
そして、もう数日後には日本・・・
ただ、ただ、信じられん・・・。

でも、なんかバンコクに来てみて、なんで多くの人がタイが好きなのか、なんとなく分かった気がした。
なんか、うまく説明するのは難しいんだけど、古いものと新しいもののバランスが絶妙で、
伝統的な文化とか宗教とかがばっちし残っていてエキゾティックで、
それでも街は開発されていて便利でエキサイティングで。 
そのなんともいえない雰囲気が旅行者をひきつけるのかな?と思ったりしました。
特に、今回旅をしてみて、改めて自分が街好きだと再確認した私は、
街に来ただけで嬉しいのかも。
そしてなんといっても、バンコクは買い物天国!!!
いやぁ、マジでかわいい、というか私好みの洋服やアクセサリーが溢れていて・・・。
やばいです・・・
2004年2月8日

去りがたし・・・
今日で農場最後の日です。
なのに、昨日の朝からずっと雨。
おまけに今日はすっごい寒いのです。
12月の半ばに雨季が終わって、 今は乾季の真っ只中。
こんな天気は本当に珍しいのです。
本当は写真撮ったり、河下りしたり、いろいろプランがあったんだけど、
無理みたい・・・。
むぅ、残念。 

そして、この10日程で、地元の人とも結構仲良くなっていて、
みんなと別れるのがさみしい。
本当はもう少し長い時間滞在して、いろいろ学べれば 良かったんだけど・・・
さて、ではみんなにお別れしてきます。
2004年2月6日

もうすぐ帰国します
突然ですが、もうすぐ帰国することに決めました。
今のところ2月10日です。
すぐです。あっという間です。
本当は帰りたくないけれど、鳥インフルエンザが東南アジア中で猛威を振るっていて、そのうえ家族も心配しているとなれば、仕方ありません。
帰国の直前まで農場に滞在しようと思っています。

それでは、みなさん、もうすぐお会いしましょう!
 
2004年1月31日

生きる、ということ
農場での生活は非常に健康的です。
朝は6時半か45分頃起きて、7時にコーヒーとバゲットの軽い朝食。
8時前後から12時まで作業。
昼食の後は自由時間。
洗濯したり、本読んだり、日記書いたり。
生きるのに最低限のことしかしてない感じ。
それでも、多分これが生きる、っていうことなんだと思います。
生きる、っていうことそのものは、本来とてもシンプルなことで、 本当はそのシンプルな法則にしたがって生きるのが、
一番、身体が喜ぶ、理想的な生き方なんだと思う。
例えば、ここの生活みたいに、午前中作業して、午後は勉強するなり他の仕事するなりして生きられたら本当に理想的。
ただ、それを日本で実践するとなると・・・なかなか難しいですけど。
すでに私の生きてる世界は、複雑になりすぎてるかな。

 
2004年1月31日

農場体験
一昨日からバンビエンという町から程近い、有機農場にきています。
主に桑の葉を栽培していて、蚕を飼ったり、桑の葉でお茶を作ったり、桑の実からジャムを作ったりしています。
昨日と今日は鍬持って畑を耕してきました。
働く、といっても作業は午前中だけなので(午後は働くには暑すぎる・・・)
まぁ頑張れる範囲です。
近所でコミュニティーセンターの建設もしていて、今度はそちらも覗いてみようと思っています。

バンビエンの町そのものは文字どおり西洋人バックパッカーの溜まり場になっていて、 なんだか異常な感じがします。
みんながみんなリゾートしにきていて、昼から飲んだり、非合法なこともまかりとおっていて、なんか不健康な感じするし。

近くに洞窟があるらしいので、そのうち、午後にでも訪れてみようと思っています。

ところで、両親が鳥インフルエンザの影響を心配して、帰ってくるように連絡してきました。
確かに、去年のSARSの時のように帰国した時に2週間の自宅待機、などになるとやっかい・・・
まだまだのんびりするつもりが、突然帰国を考えなければならなくなって戸惑っています。
どうしようかしら・・・
 
2004年1月29日

首都?
ビエンチャンはとても小さな街です。
ベトナムのビン、という国境の街とちょうど同じような規模らしいです。
あれ?ビンの方が大きかったのかな?
ともかく、市内を歩いてぐるっと回れるのです。
これがとても一国の首都だとは・・・。
お土産やさんがたくさんあって、なんだか一観光都市といったほうが近い感じです。

それにしても、ラオスはテキスタイル天国。
聞いてはいたけど、まさかこれほどだとは。
マーケットへ行くと色とりどりの布が所狭しと。
色だけでなく、柄も折り方も非常にバラエティーに富んでいます。
ラオスの女性は、皆それを巻きスカートにしてはいてて、私も欲しいんだけど・・・
どうも旅行者価格になってしまうらしく、高くて手が出ません。
(ちなみにビエンチャンで20〜30ドルくらい。南の町ではもう少し安かった。地元の人は幾らで買ってるんだろう?)

荷物を増やしたくないので、極力何も買わないようにはしてるんですが、
結構努力が必要です。
 
明日はバンビエンという町に向かいます。
小さな町だけど、なぜか西洋人バックパッカーの溜まり場になってるそうで。
私はそこから4キロほどのところにある有機農場に4〜5日ほど滞在してきます。
つい先日、友人が1週間ほど滞在していたのですが。
さて、どうなることやら・・・
2004年1月26日

この旅始まって以来のトラブルらしいトラブル
今日、ビエンチャンに着きました。
で。

すごい間抜けなトラブル発生。
朝、オートバイにカーゴを取り付けたようなトゥクトゥクという乗り物でバス停まで行ったのですが、
トゥクトゥクのおじちゃんにお金を払ってる間に
ビエンチャン行きのバスの車掌のお兄ちゃんが荷物をバスに積んでくれたのです。
ここまでは良かった。
しかし、出発間際で大忙しの兄ちゃんはこのバスに乗れ!とあるバスを指差すとそのまま消えてしまったのです。
で、お兄ちゃんが指指したバスに乗り、待つことしばし。
今度は違う車掌のおじちゃんが切符を確かめに巡回してきました。
私の切符見て変な顔してる・・・
と、おじちゃん「ちょっと待ってろ」と私に合図するとこれまたどこかに消えていきました。
さらに待つことしばし。
おじちゃん再び登場
「バスを降りろ」と。
・・・え?  

どうやら、私、指さされたバスの隣のバスに乗ってたらしいのです・・・
バスに乗って出発を待ってる間にビエンチャン行きのバスは私の荷物を積んだまま出発!
きゃー、なんてことーーー!
しかも、周りはほとんど英語を解さない人たちばかり・・・

最終的には携帯で先に行ったバスに連絡をとってくれ、次のバス停で私の荷物は無事に手元に届いたんですが。

いやぁ〜、バスに乗るときは、何度でも行き先を確認しないといかんですね。

2004年1月25日

キリングフィールド
行ってきました。
キリングフィールド

なんか、あまりにも膨大な人が殺されていて、
現実感を感じないのです。
これが本当に人の骨?!という感じ。
ただ、実際には未だに骨も埋まっているらしく、
人が埋まっていた穴の周辺に未だに洋服の切れ端が半分埋まっていたりして、
かなり重苦しい気分になります。
本当はその後、博物館も見に行く予定だったんだけど
ちょっと一人で行く気になれず。
明日、改めて訪れてみる事にします。

それにしても、どうして同じ国の人間同士であそこまで酷いことができたのか。
それがどうしても、理解できないのです。

2004年1月9日

ジャングルクルーズ
今朝はいよいよアンコールのあるシェムリアップの地を離れ、
バタンバンという地にやってきました。
暑かったー。大変だったー。

本来ならスピードボートで4〜5時間程の道のり。
乾期で湖、河の水量が雨期の半分くらいに減っていて
川底まで深さがないため、危なくって全然スピードがでないのです。

しかも両岸が凄く近くて、まさに本当のジャングルクルーズ。
途中、木をひっかけたりしてたし・・・

朝の7時にボートが出発。
途中他のボートに乗り換えるために1時間半程待たされて、
結局バタンバンについたのが昼の3時。
疲れた〜。

でも、そうして辿り着いたバタンバンは、すごくのんびりしていて良い町です。

2004年1月6日

すっきり、さっぱり
今日は髪を切ってきました。

すっかり日記に書いたつもりになっていたけど、
実は、私の髪はフィリピンでかなり短くなっていたのです。

she-maleのお姉さんが1$で素敵にカットしてくれたんだけど。
それでもちょっと長いなーと思っていて。
で、せっかくだし、アンコールで髪を切るのもいいかな、と思って
目に付いた美容院で切ってきました。
前髪も眉毛よりすっかり短くてモンチッチ状態です。
今回は3$だった。
帰国して会う人、どんな風に変わったか期待です。

2004年1月5日

なんちゃって先生
今日はお坊さん達に日本語を教えてきました。

昨日の午後アンコールワットで若いお坊さんたちに声をかけられて、
日本語が勉強したい、ということなので、彼らが住んでいるお寺まで行ってきました。

で、日本語なんて教えたことがないし、彼らのレベルもわからないので、
とりあえず、彼らの知りたいフレーズを英語で言ってもらって、それを日本語に翻訳することに・・・
で、なんでいっぱつめが「“I love you”ってなんて言うの〜?」なのよー・・・
なんでも、お坊さんは奥さんは持てないものの、彼女ならいいそうで。
お茶もコーヒーもタバコもいいそうです。
なんだか、ゆるい気がするのは私だけでしょうか?
明日も、また教えに行ってきます。

2004年1月3日

アンコールよりあけましておめでとう!
新年あけましておめでとうございます!

今年はアンコールでの年越しと相成りました。
今回の旅のハイライトなのです。

初日の出もアンコールからしっかり見ましたですよ。

日本人で溢れかえっていましたが・・・
体感で7割くらいは日本人の気がしました。
聞こえてくるのはここからもあそこからも日本語、日本語、そして日本語・・・
思わず日本のどこかに初詣に来たのかと思ってしまいました。
もう2〜3日はアンコールに滞在です。

2004年1月2日

感謝感激!
トルシエさん!

本当にありがとうございました!!!
本当に感激して涙がでた。

事情のわからない方々に説明すると・・・
24日に友達2人がホーチミンで合流したのですが、
素晴らしいお土産を持ってきてくれたのです。
それというのも、みんなからの寄せ書きの年賀状!
しかも、キンヤ先生からのコメントももらえるなんて!!!
予想もしていなかったので、とってもとってもとっっっっっても嬉しかったです。
メッセージをくれた皆さん、そして何より、呼びかけてくれたトルシエ様(もう、様づけで呼ばせてもらいます)
本当にありがとうございました!!!

あ・・・後、スケッチ見せてください、と書いてくれた方・・・
あー、これから頑張ってスケッチします。
あんまり期待しないでねー・・・

2003年12月28日

世界の棚田

今朝、サパから戻ってきました。
サパは棚田で有名な観光地です。
これで中国の龍背、フィリピンのバナウィ、ベトナムのサパ、と3個所も棚田を制覇してしまいました。
これで中国の雲南に行けば完璧?

行く前は、ほとんど会う人、会う人から「天気が悪くて霧も酷いし、あまりお勧めしないなぁ」なんて言われていたので、
最後の最後まで行こうかどうしようか迷っていたんですが。
行って良かった!
行った日の天気はそれほど良くなくて、霧も結構出ていたし小雨も降ったりであまり景色も良く見えなかったのですが
昨日は晴れて、素晴らしい景色を見ることができました。
今はちょうど雨季と乾季のはざまで、天候があまり安定しないのですが、
二日前、今シーズン初めて雨のなかった日で、昨日はしばらくぶりに晴れた日だったらしい。
なんてラッキーなんでしょう。

昨日、一昨日と少数民族の村のトレッキングツアーに参加したんですが、ガイドがモン族の女の子でした。
ベトナム人の男の子のガイドがつくことも多い中で、これまたラッキーだったと思います。

で、今のところ一番はフィリピンのバナウィです。
ダイナミック度が全然違う。
中国の龍背もサパも素晴らしかったけど、ひとつ、ひとつの田んぼがこじまりしてるんですね。
そして、山が比較的なだらかなんです。
バナウィはひとつひとつの田んぼが大きくて高低差が大きい。
そして山が険しい、というか、でかい。
さすが世界の七不思議のひとつです。

2003年12月18日

無知の知

という言葉を高校で習った気がするんですが。

今日、ホーチミン廟とホーチミン博物館に行って
「あら、私ってばベトナムについてなんにも知らないじゃない・・・」
と思った次第。
ベトナムだけじゃなくて、アジアの歴史について、本当に何も知らないことを痛感。
なんかすっごい恥ずかしいと思いました。

ただ、知らない、ということを痛感することで、いいモチベーションが生まれたことは確かです。
これをキープするのが、なかなか大変ではあるんだけど・・・
2003年12月14日

再会

旅をしていると、一度別のところで会った人と再会する、
というのは珍しいことではないそうですが。
今日は中国で同じ宿に泊まっていた人と3人も会いました。
そのうちの一人は数日一緒に中国を旅行した人で、どうしてるかな、と思ってたまたま昨日メールをしたところでした。
今朝早くに私の宿泊しているドミトリーに到着して、もぅびっくり!
もう二人はオランダ人のカップルで、道でばったり。
なんか変な感じです。
でも、こういうのってなんか楽しいね。
2003年12月12日

ガー

ベトナム語でにわとりはガーといいます。
アジアではにわとりは基本的に放し飼いなので
(今のとこ、中国、フィリピン、ビルマ、ベトナムで確認済み。
ラオス、タイ、マレーシアでも多分同じでしょう。)
チキン料理がとてもおいしいです。
日本では豚肉が好物だったけど、こっちは脂身もそのまま食べるのでちょっと・・・
そしてカリカリのバゲット!
ローストチキンのバゲットサンドなんて最高です。
2003年12月12日

ハノイ

とうとうやってきました、ベトナム。
昨夜は水中(上?)人形劇を見てきました。
人形がとってもキッチュで、演奏されてる弦楽器が珍しく、大変興味深かったです。

今は滞在してるホステルの1Fのネットカフェから更新中ですが、
OASISがずっとかかっていて、すっごい変な気分。
私は一体どこにいるの?

ハノイはおいしいバゲットサンドとかコーヒー、ホットチョコレートが手に入ってとても嬉しいです。
町中どこでもフォーが食べられるしね。
昨日道端で買い食いした揚げ菓子(サツマイモのスライスにバナナのスライスを挟んで衣をつけて揚げたもの)も少し油っぽかったけど、おいしかった。
でも、どこでもおいしいものが食べられるわけではないみたい・・・
昨日入ったレストランで食べた生春巻きはいまひとつでした。

ハノイは通りごとに特定の種類のお店が集中していておもしろいです。
靴屋さん街、道具屋さん街、服屋さん街、かばん屋さん街、手芸用品街、パブ街・・・

それでは、これからまたハノイを探検してきます。
2003年12月11日

フィリピン

フィリピンは素晴らしかったですよー。
最初はPalawanという島に1週間ほど滞在したのですが、
白い砂浜、美しいビーチ、椰子の木、コテージ、色とりどりの珊瑚と魚たち、素晴らしい星空・・・
およそ、ビーチリゾートという言葉から連想されるであろうすべてのものが揃っていました。
それから、後半はManilaの北に位置するBanaueという場所に行ってきました。
ここは棚田でとても有名なところです。
世界の7不思議のひとつらしいよ。
素晴らしい眺めで写真を撮りまくってきたけど、
果たしてどの程度伝わるんだろう・・・
今日、明日は香港なので、また更新できると思います。
2003年12月03日

私は元気でやってます

長らくお待たせいたしました。
私は今日、フィリピンから帰ってきました。

なんか、旅のプランがいろいろ変わっていますが・・・
実は旅に出てから、太ってます。
なんせ中国の食事は量が多い上に油っこい。
体重が増えたのは自覚してたんですが・・・
先日、ついに体重計に乗る機会があったのですが、2キロ太ってました。
毎日早く寝て、早く起きて、歩き回って、大変健康的な生活を送っております。
酷い風邪もひいてないし、お腹も酷くは壊してないし、なんだか変な感じです。
緊張感があるってことなんでしょうけど。
日本はかなり寒くなってきているでしょうね。
みなさん、風邪をひかないように気をつけてくださいね。

2003年12月03日

いよいよ

今日、電話をくれた方々、どうもありがとうございました。
思ってもみなかった方からもお電話いただけて、とても嬉しかったです。

さて、いよいよ明日から出発です。
今回の上海訪問は父親の仕事の手伝いもかねていて、空港まで父の知り合いが迎えに来てくれます。
名前を書いた看板(?)を持って待っててくれてるらしい・・・。
気持ちは嬉しいけど、ちょっと照れるね。

2003年10月22日 01時43分51秒

message
みんな、どんどんここの掲示板で勝手に交流を深めてくれると嬉しいです。
懐かしい人同士もいるだろうしね。
良かったら、 link先も訪れてみてくださいね☆
どこも私の大切な素敵な人たちのHPです。
え?私のHP忘れてない?という方は名乗り出てくださいますか?
ど忘れしてる可能性があります・・・いたらごめんなさい。
2003年10月21日 04時01分05秒

カウンター
なんか、コンテンツがないのに見るたびにカウンターがあがってる・・・
びっくりすると共に、なんか来てくれる人に申し訳ないですね。
もう少し待ってくださいね。
もうすぐ旅日記が始まりますから・・・

そして掲示板に書きこんでくれている方々、どうもありがとう!
2003年10月21日 03時45分16秒

link
せっかくだし、来てくれる人のリンクくらいはつくろうかとパソコンと格闘。
気がつけば、もう4時半だよ・・・うぅ・・・
2003年10月19日 04時25分21秒

出発
今のところ出発は火曜か水曜、
成田から飛行機で。の予定。
船で行けないのは残念だけど、仕方ないか。
2003年10月18日 02時29分59秒

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