上の諸曲線対校(上記「年代推定法
3表の張合せ)で以下明らかになる。
● 800年以降窯跡の残留磁気測定に関し、余り大差がない。
● 是に反し、800年以前須恵窯跡の測定は格差が大きく、ここに問題がある。
( @ 窯跡の測定当事者相互で測定値が異なるのは、測定値の取捨選択に問題ーー操作
があることを示す。)
A SHIBUYA曲線は、他に比し値の平準化傾向が顕著でり、何らかの不純因子を
含めるような問題点があるのではなかろうか。)
● KAWAI曲線が他の窯跡測定値と著しく異なるのは、窯跡ではなく、
琵琶湖堆積物の堆積残留磁気の測定値による物の様である。
(KAWAI曲線で600年に約W22°を出している点に注目したい)
SHIBUYA曲線は須恵器考古編年を25年単位で特定し、(既定の事実の如く)年代決定に使
用しているが実際の考古学側は「相対年代」であると主張し、責任は回避している。其の考
古学では、近年絶対年代が100年ずれている大疑惑が持ち上がって来た。
弥生時代は偏角東(住居炉蹟による)で、問題の焦点はE−W転換期をどこに求めるかの問題である。
・・・・・・・・・・
● 箸塚古墳はこの点について、紀元300年以前偏角東
300年初頭より西偏を指し示すことになる。
正確な陵形企画より、磁針の使用が明らかとなると同時に、従来の地磁気経年変化に関する先入見に誤りのあることが明らかにされた。
古代須恵窯跡の焦土の
時期測定には膨大な測
定事績があるので・・・
是は恰も無産者が天下のフジテレビを実効支配するに等しい事件であり、到底既存の識者・学会が甘受し得ない出来事であり、恐らく人目に触れて欲しくはない事であろう。
変化曲線の問題点
参考ーーH考古地磁気
年代推定法によるーー
考古残留磁気による地磁気・永年変化曲線を提唱されたWatanabe曲線の前提は以下の通りと思われる。
明かに1800・1300・200年頃偏角東の時期があり、必然的に折返し(西偏の谷)も3期あると思われる。是に関し、1800年以降の三原山、鎌倉時代窯跡・864年_青木が原溶岩の残留磁気より、これ等東・西転の周期は約450年である。
ーーーよって以前の偏角西偏
の谷は550年頃と推定。 |