変異点マーク)
諸図図枠は相当に歪みがある。復元予想図は9年図を基礎とし、更に左転させたと推定する。文化庁申請図は精密なデジタル図の体裁をとるが逆に右に大きく転回している。
ーー但し下半の公共基準点のマンホール位置は殆ど正確に合致                      

文化庁
申請図
諸図の異同


測量

復元
@
@
@
補正された測量図
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詳細データ
  円輪郭裾石群は明らかに
  歪んでいるが発掘TRの
  正確な情報開示を拒否、
  公開の復元図は事実に
  合わない。

然るに、この部分の濠を更に3m前後掘削の方針とある。結果、方部幅のみを極端に広げた復元形態に変造される事となる。     
この部分何ら確認も為されず、保存の原則(現表土---現況濠水面24.5m-に覆土)に合わない
円芯に至る規尺長接線は径の3倍・真北偏角は,22.3(軸線20.9度)
     真北に対する誤差4度は大きく、衛星写真自体 1度弱 右過転回の可能性がある。
     
(方部幅は復元図の如く開いた形態とはならない)
   
陵体度弱_左過回転の疑問
学説総括
座標x_127000.000、y_3700.000の上12737を省略
                                            端的に異常部分は方部両端位置X・SM・円水際の前後輪郭である。 
                        
前者は陵の内側にある如く収縮、後者の左半は実際より拡大、右半は収縮表記されている。    
異常部分
補正輪郭は各測点×を結線したもの
詳細データ
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                詳細説明
@ 本測量図は建築測量CAD(Hoキャド)により、座標精度はm単位で小数第3位oまで表記(原図縮尺1/1000)
A 読み込みの図面・衛星写真の位置校正は、高槻市公共基準点図中(及び実測)による。   
B 地物表記は、高槻市都市図(及び基準点位置図)等を局部分割し、これを各基準点位置を中心に再集成編集した。
C 図上の陵体図は高槻市教委作成測量図(h9年)の陵体部のみ切り出し、衛星写真によるM・0の座標位置
  で位置補正。(傾き不合に付き、SM中心に弱右回転、左右長は弱伸びとなる)   
D 図中測点(×:点名付記)は衛星写真_座標160点の補正値を入力、その輪郭を結線表示したもの。あ_きは実測値)  
E 陵体水際線は1_8次発掘トレンチ図(現説配布)裾石位置及び、補正された陵体図の輪郭により位置特定。
     
特定は、トレンチ図中の畝・水路跡の甌穴による。第8次は教委所持h15年の空撮写真(公開拒否)によりTRch位置を特定。  
標識樹T
標識樹S

















          
                         
                
                
                
                
                
                       
@ 円輪郭の水際裾石は現況輪郭の弱内側に位置している。
A 円部右側は正円輪郭よりも外側に突出し、純然たる正円とは推定できず、陪塚等何
   らかが付属しているように思われる。その余の輪郭に付いても正円より若干歪み、円
   というよりは変形8角形である可能性が強い。
  
    ーー本陵は古墳時代後期の方部幅の張り出す陵形であるよりも、古墳後期特有の
              
異形な陵形のタイプに属するものと推定する。
B 方部輪郭線(裾石位置)は現況輪郭の内側(陵内)にあり、外側にある証拠がない。