好きな言葉・文章
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(1) 2,3週間前のことである。私はフローレンスからフェゾールへ行った。日和は好くなかった。陽気は寒く鬱陶しく、 私の気持ちは憂鬱に沈んでいた。永い骨の折れる仕事に従事している者は誰でも、時折、心ひそかにかう問わず には居れないものだ、「一体それだけの価値があるだろうか」と。 George Sarton(森島恒雄訳);科学史と新ヒューマニズム、岩波新書 (2) 法隆寺のヒノキ材についていうと、今の古い柱の強さは、新しいヒノキ材とほぼおなじだそうです。もしそうだとすれば、 あと千年以上は寿命があるわけで、わたしたちが信じていた樹齢二千年の木は、二千年の第二の人生があるという のはまちがいではなかったことになり、こんなうれしいことはありません。 西岡常一、小原二郎;法隆寺を支えた木、NHKブックス、昭53年 (3) 不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし 十五のこころ 石川啄木 (4) この風景を構成しているすべての物の形態は、それが生物たると無生物たるとを問わず、この環境のこの状態に おけるその物の存在の性質から生まれたものである。それは、他の環境や状態からは生まれ得ない独特の形態である。 山本学治;素材と造形の歴史 SD選書 昭46年 (5) "人工自然"にも、それなりの良さはあるに違いない。ただ心配なのは、これらの生命なき模造品に慣れるあまり、 ほんものの自然の感触を忘れてしまうことだ。自然のなかに息づくさまざまな生命の相の不思議さへの、驚異と畏怖 を忘れはててしまうことだ。もしそうなったら、生命の尊さという観念も失われよう。 朝日新聞社説「山をペンキで塗る思想」 昭46年8月10日
(6) 舞踊家は舞踊の材料を創作するのではない。自分の肉体も、身にまとう衣裳も、舞台も、周囲の空間、光、楽音、 重力、その他のどんな物質的な必要物も創作するのではない。舞踊家はこれらのものを使用し、それによって物質的 に存在する以上のあるもの、つまり舞踊を創作するのである。 Susanne K Langer(池上、矢野訳);「芸術とは何か」 岩波新書 (7) Architecture is a logical art and that logic is founded on structural principles. It is impossible to understand without an appreciation of the human response to the strength of materials and geometries that balance huge weights in the air against the pull of gravity. Before men had power sow, automatic hammers and all the machinery we now have to cut wood into boards and stone into blocks, they believed that rocks and trees had souls. Ancient builders worked their building material carfully, begged the stone's forgiveness when they removeed him from the ground and asked the tree's pardon for thinning her branches. Forrest Wilson ;「 Structure : the essence of architecture 」 (8) 吾々は美術とよばれるものとの交渉を避けることができても、建物から遁れることはできない。上品にせよ賤しいにせよ、 控えめにせよ派手にせよ、又は誠実にせよ俗悪にせよ、建築のこれらの性格のもつ、漠然とはしていても徹底した影響 から遁れることはできないのである。 Nikolaus Pevsner(小林訳);「ヨーロッパ建築序説」、彰国社 (9) 人間の内部には意識と無意識の部分があり、わたしたちの行動は意識以上に無意識によって支えられているように、 衣服の移り変わりの意識的な部分であるファッションは、その無意識的な部分である一般の人々の日常生活、リアリ ティにかこまれているのです。 海野弘;「流行の神話」光文社文庫 (10) むかし、デンマークのあるお医者が、難破した若い水夫の死体を解剖して、その眼球を顕微鏡でもって調べその網膜 に美しい一家団欒の光景が写されているのを見つけて、友人の小説家にそれを報告したところが、その小説家はたち どころにその不思議の現象に対して次のような解説を与えた。その若い水夫は難破して怒涛に巻き込まれ、岸にたた きつけられ、無我夢中でしがみついたところは、燈台の窓縁であった、やれうれしや、たすけを求めて叫ぼうとして、ふと 窓の中をのぞくと、いましも燈台守の一家がつつましくも楽しい夕食をはじめようとしている。ああ、いけない、おれが いま「たすけてえ!」と凄い声を出して叫ぶとこの一家の団欒が滅茶苦茶になると思ったら、窓縁にしがみついた指先 の力が抜けたとたんに、ざあっとまた大浪が来て、水夫のからだを沖に連れて行ってしまったのだ、たしかにそうだ、この 水夫は世の中で一ばん優しくそうして気高い人なのだ、という解釈を下し、お医者もそれに賛成して、二人でその 水夫の死体をねんごろに葬ったというお話。 太宰 治;「雪の夜の話」
(11) 暗藍色の空間、眼下に百塔の街が月光を浴びていた。精巧にできた立体的な影絵だった。ブルタバの黒い流れが きらめき、たゆたい、ライトアップされたカレル橋の橋塔がくっきり浮かび上がっていた。春の気配がこもる夜寒だった。 旧市街ティーン教会の双塔が黒々とそびえ、取り囲む家並みの小さな窓に点々とともる灯、淡い街路灯に照らされる 路地と大通りが、幻想的な光景を構成していた。なにかしら物憂く、寝つかれない人のためいきがこもるかのような闇の 中にプラハは静かに横たわっていた。たしかにこの街は幻想の街だった。カフカのような作家が生まれる街だった。 春江一也;「プラハの春」 (12)○茶道は日常生活の雑駁ないとなみのなかにあって、美しいものを崇拝することを基本とする一種の儀式である。 それは純粋と調和、相互慈愛の神秘、社会秩序の浪漫主義をとっくりと教えこむ。 ○「すきや」という言葉は、「空虚の住居」、または「非相称的な住居」を意味することもできる。それは詩的衝動を宿す ためにつくられた、つかの間の建物であるから、「好みの住居」(好き家)である。当座のある美的要求を満足させる ためにそこに置かれ得るものの外には、何の装飾も施されていないという意味では、「空虚の住居」(空き家)である。 「不完全なもの」の崇拝に捧げられ、それを完成するための想像力のはたらきのために、故意に何かを未完のままに しておくという限りでは、「非相称性の住居(数寄家)」である。 岡倉天心(浅野訳);「茶の本」角川文庫 (13) もし正方形が人間と人間が造るもの、建築、調和した構造、文字等と密接な関係にあるとすれば、円は神との関係 にある。単純な円は昔からまた今日でも、始まりも終わりもない永遠性を示している。 人が立って腕をいっぱいに拡げると正方形ができる。正方形は最も古い文字や初期人類の洞窟絵画において見られ 囲い、家、村の概念を意味している。 ブルーノ・ムナーリ(上松訳);「円+正方形 その発見と展開」美術出版社 (14) 第二泊目はユエで泊った。ここでも、一行はグランドホテルに旅装をといた。日本の兵隊がかなり駐屯している。ホテルの 前に、広いユエ河が流れていた。クレマンソウ橋が近い。ゆき子は、こんなところまで、日本軍が進駐して来ている事が信じ られない気がした。無理押しに、日本兵が押し寄せて来ているような気がした。このままでは果報でありすぎると思った。その くせ、このまま長く、この宝庫を占領出来るものなのかどうかも、ゆき子は考えているいとまもないのだ。自動車が走ってゆく ままに、身をゆだねて、あなた任せにしているより仕方がない、単純な気持ちだけで旅をしていた。こうしたところで見る、 日本の兵隊は、貧弱であった。躯に少しもぴったりしない服を着て、大きい頭に、ちょこんと戦闘帽をのっけている姿は、 未開の地からきた兵隊のようである。街をゆく安南人や、ときたま通る仏蘭西人の姿の方が、街を背景にしてはぴったり していた。 林芙美子; 「浮雲」 (15)私は絵をかくときに、理屈を持ち出す。花なら花が、なぜそういうかたちや色をしているのかという、花の機能を考えてかく ようにしている。自然にあるものには、ほんとうに過不足がない。余分なものがなく、それと分らぬ細かな部分にも、すべて 目的に応じた機能をもっているのが自然である。花びらや種子が軽い花の茎は細く、重い花の茎は太い。 私はうそのある絵はかきたくないし、またそういうふうにいろいろ観察しながら、技術屋らしい理論の裏付けのある絵をかく ことが楽しいのである。対象となるものの機能を知ることによって、そのものが持っている美しさや個性の本質をつかむこと ができるのだと思う。 本田宗一郎;「一日一話」
(16) 心は行動となり 行動は習癖を生む 習癖は品性を作り 品性は運命を決する 大徳寺大仙院尾関宗園和尚 (17) ひとりの人間の「人生」は、たった一つしかない。 生まれるや、人間は、確実に「死」へ向かって歩みはじめる。これだけが人間にとって、ただ一つ、 はっきりとわかっていることで、あとのことは何もわからぬといってよいほどだ。おもえば慄然とせざるを 得ない。 池波正太郎;「男のリズム」 (18) 止まりさえしなければ、どんなゆっくりでも進めばよい。 It does not matter how slowly you go so long as you do not stop. 孔子 (19) 道路は、有家の浜ぞいに通っている。 ただし、この道路は防潮のために城壁のような構造物になっていて、左側が海ながら、渚というものは封殺されて しまっていた。 私がかねて話で聞いていたこの有家付近の浜はこうではなかった。弓形のうつくしい長汀が遠浅の有明海を白く 縁どっていて、水際で砂をすくうと、アサリが砂ほどの数でとれたといわれる。昭和40年代のはじめごろまでそうであった。 晩年は島原半島の有家あたりで住もうかな。と本気でおもった。 山から流れてくる細流が、海とのさかいで海水にまじり、生物が育つのに適当な条件をつくっている。あさりが多いのも それであり、アオサとよばれる青海苔もふんだんにとれた。この水を好んでタコの稚魚も無数に泳いでいるといったぐあいで、 浜にさえゆけば朝夕のおかずがらくらくととれた。縄文時代から続いている人の暮らしの基本的なものは、浜が提供して くれたのである。 (中略) が、いまは何年かに一度の潮の来襲をふせぐというただ一つの目的のために、多くの益をすててしまった。 司馬遼太郎: 街道をゆく17 島原・天草の諸道
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