![]()

新奥沢線を走った4号電車。パンタグラフとポールから電気を取り入れていた。
池上電気鉄道は、大正3年に五反田−蒲田間の免許を受けたのが始まり
で大正11年10月6日に蒲田−池上間が開通し、その翌年の5月4日に
池上−雪ヶ谷間が開通した。雪ヶ谷から五反田までの全線が開通したのは
年号も変わった昭和3年6月17日であった。
昭和2年、池上電気鉄道は雪ヶ谷駅から中央線国分寺駅までの地方鉄道敷設
免許を申請し、同年12月には免許されている。申請どおりこの地方鉄道が開通
していたならば。しかし、新奥沢線の遠大なる計画も、前面に立ちはだかる大き
な壁によって建設を断念せざるを得なかった。大正12年11月1日に全線を開
通させた目蒲田電鉄は、大井町駅から玉川電気鉄道の玉川駅(現二子玉川
駅)を結ぶ新線を計画していた。第1期工事として大井町駅から大岡山駅までを
昭和2年7月6日に開通させ、さらに大岡山駅から二子玉川駅までの延長工事を
昭和4年12月25日までに開通させている。このような状況下で新奥沢線は、と
りあえず雪ヶ谷―新奥沢駅間を開通させたのである。しかし、その行く手を目蒲
線、東横線、大井町線に阻まれ用地買収も進まず、新奥沢線の免許失効と営業
不振とが重なり、昭和8年11月新奥沢線の営業廃止申請を提出したのである。
2年後の昭和10年11月に7年間にわたった営業を終わっている。この簡に池上
電気鉄道は発展を続ける目蒲田電鉄に買収され、昭和9年10月1日にその営
業傘下に入っている。

写真中央の建物は調布高等女学校。その東隣が新奥沢線の線路。右下に見
えるのが諏訪分駅の一部。諏訪分は耕地整理直後で空き地が目立つ。
