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- 03.05.26
- ▼監視カメラの話題になると、最近よく出てくる話に、「監視されるのは嫌だとみんな思っている。だが、今や監視カメラを求めているのは市民自身なのだ」というのがある。防犯用途に設置される街角防犯カメラだとか、空港やビルに設置されつつある顔認識カメラとかの話だ。「安全」というキーワードのもとで、監視カメラが普及しつつあるというわけだ。でも、この話はもう古くなりつつある。最大の監視カメラ網が、まったく違う力学で構築されつつあるからだ。それは、カメラ付き携帯電話の普及。
▼企業や国家が設置するカメラは、明示的に撮影を行う(オービスは別だけど。ただし、オービスの場合も必ず予告看板がある)。街角カメラやショップ内カメラなども、ある場所はだいたい明示されている。だが、カメラ付き携帯はパシャ音はするものの、街角のどこかから誰かが勝手に撮っていても把握はまず無理。しかも最近は、高画質化し、ムービーも撮影できるようになりつつある。さらにこれらは、防犯など市民の公益に役立つことを目的として撮影されるわけではない。むしろ、一般人が単に面白がるために撮影するものだ。何がどこで撮影されるか、ぜんぜん分からない。しかもその後、どう使われるか、被写体は把握しようもない。監視カメラに関する本当の問題は、むしろこっちのほうにあるんじゃないか。
▼このことって、例の話と似ていると思う。ほら、国家による規制ではなく、市場競争、市場原理、個人の欲望による優生思想の強化が行われつつある、という話に(『優生学の復活? 遺伝子中心主義の行方』ブライアン・アップルヤード、毎日新聞社
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)。自由市場が、監視社会化を目に見えない形、これまでとは違う形で進行させつつある。携帯持っている人たちはあまり気にしてないのかもしれないが。
▼てなことを、真木蔵人が携帯でパシャパシャ撮られて怒って一般人を殴り、殴られたほうが訴えたとか何とかいう事件のニュースを見ながら思ったのだった。ニュースでは、殴られたとされる人物が撮った動画も公開されていた。なお、真木蔵人側は暴行を否定している。
TITLE:03.05 K.Moriyama's diary
DATE:2003/06/01 23:23
URL:http://www.moriyama.com/diary/2003/diary.htm