私の視点
戦争末期に、あわてて防空対策をし始めた、当時の軍部や軍需工場経営者を笑うことも出来るのですが、仮に私が当時の工場経営者だったとしたら、もっと早く地下工場もしくは、大型爆撃機の攻撃に耐えられる堅固な工場を作成する決断をしていただろうか?と考えると、とても心もとない点があります。
爆撃可能性を将来のリスクととらえれば、当時の経営者はリスク管理、またはリスクマネジメント能力が欠けていたといわざるをえません。
では現代に生きる我々は確実なリスク管理をしているでしょうか?、工場経営だったらキチンとした地震対策をしているでしょうか?生産設備設計者だったら、自分の設計した設備が、どの程度故障し、万が一故障が起きたときは、どの様な修復処置をするかを明確にしているでしょうか。
もし、すなおに大丈夫と言えないようでしたら、ちょっと検討し始めてみませんか。
埼玉県に有る吉見百穴は、古墳時代後期の横穴古墳群として有名です。
その古墳の有る丘陵に大きな四角い穴が開いていますが(左写真の右側、中央写真の左側)、これは古墳ではなく、第二次世界大戦の末期に、当時の航空機会社:中島飛行機が、爆撃機の被害を避けるべく作成した、地下工場の跡です。
この工場は、終戦の年、昭和20年の初めから終戦まで堀すすめられ、左右に500mという長さをもつ巨大なトンネル工場となっています(右写真)。この地下工場は多くの朝鮮人労働者をつかって掘られたと言う悲劇も持っています。
この工場は昭和20年の7月におよそ出来上がり、大宮工場からエンジン製作用の工作機械を搬入し、生産を開始したそうですが、本格的な生産をまえに終戦となってしまいました。
いまでは国指定の史跡になっているところを穿ってしまうという狂気をも戦争は生んでしまうものなのですね。
☆B29の爆撃を避けるべく作られた地下軍需工場