文人ゆかりの街とメタボリックシンドローム

高槻社会保険健康管理センター     徳永勝人

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 2007年6月3日「メタボリックシンドロームの概念と保健指導」講演のため、文人ゆかりの街、島根県の松江市に向かう。JAC2347便の9C席から見下ろす島根半島の深い緑と点在する小さな港町は、まさに美しい国日本だ。

宍道湖畔の松江皆美館に宿泊した。中高年の女性客でいっぱいだ。男性客はあまり見かけない。館内には開高健の「入ってきて人生と叫び、出ていって死と叫ぶ」と書いた色紙をはじめ、川端康成、司馬遼太郎、獅子文六、曽野綾子らの色紙がある。松本清張は色紙に自画像を書いている。文人のみならず岡本太郎、棟方志功の色紙もある。北大路魯山人も宿泊し、魯山人の壺も置いてある。

小泉八雲、田山花袋、芥川龍之介、有島武郎、島崎藤村、吉川英治、火野葦平、井上靖、武者小路実篤、志賀直哉、湯川秀樹、柴田錬三郎、檀一雄、五木寛之、阿川弘之、有吉佐和子、田辺聖子、藤原てい、瀬戸内寂聴らもこの宿に足跡を残している。

4歳上の私の姉は中学・高校時代に武者小路実篤のファンで「友情」「愛と死」「真理先生」など文庫本を全て買っていた。父は吉川英治の「三国志」「太閤記」を全巻揃えていた。生前父を連れてきたら、喜んでいただろう。

田山花袋の小説「蒲団」に出てくる自由奔放な女性主人公芳子は「岡山県新見市から広島県庄原市高町に嫁いできた」と庄原格致高校時代の授業の中で、国語の先生が話された。私の曾祖母は岡山県新見藩の家老の娘で、庄原市高町に嫁いで来たという。小説家を志したという主人公芳子と私の曾祖母は、果たして同一人物か、それとも全くの別人か。年代的には否定はできない。ロマンとして残しておこう。

枯山水式庭園に樹齢250年と300年の盆栽から大きくした松がある。毎日庭師が手入れをしているという。横縞模様になっている小石を敷き詰めた庭は、中に入って歩くことができる。多くの文人がこの庭から、宍道湖に沈む夕陽を眺めたことだろう。

庭から見える2階は、島崎藤村が宿泊した当時のままにしてあり、藤村は3泊の予定を宿が気に入って5泊したという。城下町をめぐる堀川遊覧の船頭さんは「芥川龍之介は一夏この街で過ごして病を癒し、3か月後に名作、羅生門を書いた」と船を漕ぎながら言っていた。

文人ゆかりの街松江でも、2008年4月から、メタボリックシンドロームの概念を導入した保健指導が始まる。1980年5月15日のCTスキャンによる内臓脂肪の分析から始まった一滴の水は、多くの人々の汗と涙を集め大河となって、日本全国に拡がろうとしている。(2007,6,5


徳永センター長ホームページ

  徳永勝人先生の
    メタボリック教室

徳永勝人センター長
(とくなが かつと)
医学博士

内臓脂肪型肥満の発見者,
標準体重(kg)
=身長(m)X身長(m)X22
の考案者として知られる

1968年
広島県立庄原格致高等学校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業
大阪大学第2内科入局
1983年
米国 南カリファルニア大学研究員
大阪大学医学部 第2内科講師,
市立伊丹病院内科部長を経て
2005年
高槻社会保険健康管理センター
センター長就任

日本肥満学会
肥満症診断基準検討委員会委員
肥満症治療ガイドライン作成委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
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