肉と魚とメタボリックシンドローム   
     高槻社会保険健康管理センター     徳永勝人

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 2007年5月の新聞に50歳以下の人の魚離れが進み、肉が好まれているとあった。魚の値段が高くなり、ますます魚離れが進みそうだ。

厚生労働省(松澤班)の調査では、内臓脂肪型肥満者は正常者に比べ「魚より肉を好む」人が1.43倍と多い傾向があった。BMI25以下の正常体重で、内臓脂肪面積が100平方cm以上の内臓脂肪蓄積者は「魚より肉を好む」人が1.81倍と有意に多かった。肉自体は良質な蛋白質なので、メタボリックシンドローム対策には肉についている脂肪を控えればよい。

以前ある新聞に「神戸牛、松阪牛のルーツは比婆牛だ」と書いてあった。比婆牛は広島県庄原市(元比婆郡)が産地である。高校の頃、比婆牛のステーキは月に1度のご馳走だった。有名な和牛のルーツが私のふるさと庄原市なのか。日本で最初に国営種牛牧場ができたのが、庄原市の七塚原牧場だった。七塚原牧場へは中学、高校時代に毎年遠足に行った。子供の頃、JR備後庄原駅前で牛市が開かれ、鼻輪をつけた牛が広場の中央をぐるぐると回っていたのを覚えている。

何故、広島県の片田舎に日本最初の国営牧場ができたのか。2007年7月庄原市の田園文化センターに、武田祐三センター長を訪ねた。武田先生は私が庄原格致高校時代に歴史を教わった恩師だ。

武田祐三先生は「明治時代、農商務省に和田彦次郎がいた。和田は庄原市に隣接する三良坂町(現三次市三良坂)出身で、七塚原牧場は庄原と三良坂の中間にある。今で言うと国営牧場は企業誘致のようなものだ」と言われる。七塚原牧場は乳牛で、比婆牛が神戸牛や松阪牛のルーツという可能性は少なくなったが、DNA鑑定をすればわかるだろう。

だが、思わぬ収穫があった。和田彦次郎の上司は民俗学で知られる柳田(やなぎた)國男だった。「柳田國男は、今でいう農商務省の事務次官で、全国に出張した。出張先で、その土地の話を聞き遠野物語を書いた」と武田祐三先生は言われる。

柳田國男は民俗学者で菌類学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)とも頻繁な交友があった。南方熊楠は子供の頃から驚異的な記憶力を持ち、1つの分野を多くの学問を取り入れて研究をしている。変人とされている一方、熊野古道の保存に尽力している。南方熊楠は松澤佑次日本肥満学会理事長と同じ和歌山県田辺市の出身だ。

明治時代に広島県庄原市と和歌山県田辺市は、柳田國男を介して関連があった。縁というものは不思議なものである。街と街、人と人は巡って行くと、どこかで連ながっている。(2007,7,23


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  徳永勝人先生の
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徳永勝人センター長
(とくなが かつと)
医学博士

内臓脂肪型肥満の発見者,
標準体重(kg)
=身長(m)X身長(m)X22
の考案者として知られる

1968年
広島県立庄原格致高等学校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業
大阪大学第2内科入局
1983年
米国 南カリファルニア大学研究員
大阪大学医学部 第2内科講師,
市立伊丹病院内科部長を経て
2005年
高槻社会保険健康管理センター
センター長就任

日本肥満学会
肥満症診断基準検討委員会委員
肥満症治療ガイドライン作成委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
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