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産科医不足とメタボリックシンドローム |
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宮崎滋先生は東京逓信病院の内科部長をしておられ、1980年7月2日品川パシフィックホテルでの会合で同席して以来の盟友だ。会合は全国から肥満臨床研究者が49名出席し、宮崎先生は東京逓信病院の内藤周幸先生と一緒に来られていた。今回のプログラムに載っている名前は私を含め、わずか6名になってしまった。 宮崎先生はお金や時間はないが、自由がある。企業や組織など背負うものが無く、いつも正論を言われるので、安心して見ていられる。先日もテレビを見ていたら、内臓脂肪を増やさない食品について間違ったことを言っていた。それに関して宮崎先生がコメントされ、上手に紳士的に否定されていた。在野にも人材はいる。日本肥満学会で内部でのチェック機能が働いているのは、宮崎先生のような方が多いことにもよるだろう。 2007年9月29日大阪リーガロイヤルホテルで、大阪大学医学部昭和49年卒の同窓会があった。もうすぐ還暦を迎える年齢になった。年金だけでは生活維持は難しく、老後は畑仕事や魚釣りをやりながら、医療もつづけたいと話す人もいる。出席者の内、5人に1人は既に野菜などを栽培し自然に触れていた。 同級生の産婦人科医は2人とも病院勤務を辞め、2年前と10年前に開業していた。50歳を過ぎると、体力的にとても産科の当直は出来なくなるという。2004年の産婦人科医は10163人で、1994年に比べ8%減少している。産婦人科医の高齢化も進み、50歳以上が53%を占めている。当直のできる若い産科医は激減している。 「以前は死産でも、特に何も言われなかった。最近は母子ともに健康に出産しないと、激しい非難を受けることが急増した。家族の気持ちもわかるが、出産には危険がつきものだということを理解してもらわないと、産科のなり手がなくなる」と言う。 「産声(うぶごえ)を聞き、“無事出産できて有難うございました“と感謝されることで、夜間勤務の翌日も、手術を行うというハードスケジュールにも耐えてきた。非難を受けると精神的に参って、無理をしてまで病院で産科をつづけようという気持ちになれない」と訴える。 国やマスコミは「出産は母子の危険を伴う疾病である」ということを、国民に広く知らせる必要がある。そうしないと産科医になる人は益々減少し、産科医療の崩壊は一層進むだろう。(2007,10,3) |
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