水戸英樹の歴史

1969年11月21日北海道美瑛町生まれの永遠の17才

3歳から士別市に。

士別西小学校卒。

士別南中学校ではバスケ部所属(ずっと補欠)。

士別高校では美術部、弓道部、生徒会長をかけもち。

代々木ゼミナール札幌校を1年で卒業。

札幌大学外国語学部英語学科を5年で中退。主に映画研究会で活動。

1993年、「ストレンジ ハイ」でPFFアワードグランプリを受賞。
ミリオンページ澄川店(レンタルビデオ)でバイトをしつつ
自主制作映画を発表したり、
篠原哲雄&河瀬直美の上映会なんかもやったなあ。

1996年、「脳の休日」でゆうばり映画祭オフシアターグランプリを受賞。
同年夏に東京に移住、「月とキャベツ」などで助監督をやったり、
制作会社でバイトしたり。

1998年に初めて、プロのスタッフ、キャストが参加の自主制作映画
「ホームシック」を撮影。
この時、実家のある士別で撮影し、市役所に協力してもらったのがきっかけで、
「士別ふるさと大使」に任命される。

2000年、「ホームシック」でベルリン国際映画祭に行ったり、
劇場公開したりで、スター気分を味わうが、
脚本をなかなか書けずにメジャーデビューのチャンスを逃したりして。

2001年、「ブラックリボン」で初めてバカ映画の総本山
「シネマ秘宝館」に参加。
バカ映画の世界に入り込み過ぎる。
ENBUゼミナールの映像俳優コースで講師をやったり、
CMに出たりしつつ短編を作ったりして現在に至る。



監督作品

1993年『ストレンジ ハイ』
    PFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワード93グランプリ受賞。
    札幌で劇場公開。

1996年『脳の休日』
    ゆうばり国際映画祭96オフシアターグランプリ受賞。
    トロント映画祭、サンパウロ映画祭、リオデジャネイロ映画祭、
    ソウル映画祭、みちのくミステリー映画祭、秋田十文字映画祭、
    蓼科高原映画祭などに出品。
    東京、札幌で劇場公開。

1999年『ブラックリボン』
    テレビ東京で放映。
    12本オムニバス「Indies.B」の1本として東京で劇場公開。

2000年『ホームシック』
    ベルリン映画祭フォーラム部門、トリノ映画祭、
    フランクフルト・ニッポンコネクション、
    函館イルミナシオン映画祭、福岡アジアフォーカスなどに出品。
    東京、札幌、大阪で劇場公開。

2001年『有償ボランティア』
    ENBUゼミサマースクール映像俳優コースの実習作品として製作。

2002年『恋は致命傷』
    7本オムニバス「ゼロプラス2」の1本として製作。
    劇場公開。

    『ラッキーロマンス』
    ENBUゼミ映像俳優コースA実習作品として制作。
    2003年3月劇場公開。

2003年『森のボンジュール』
    三村渉プロデュースの6本オムニバス「ZONE」の1本として製作。 

「気持ちデリケイツ」ちょっと良い話

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