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エドワード・スノーデンの『暴露』 

2014年5月
日野学
 


 私は拙論「文学とは何か」で、「文学とは言葉を連ねた文章を使って人を感動させるもの」と考えました。作者たちは人間や世界を“見て”“感じた”心理描写や情景描写、作者が生み出した想像力=イマジネーションの世界や、作者が作り出した物語=ストーリーなどの「フィクション」で読者を感動させます。

 しかし私たちは「事実」に感動することも少なくありません。「事実は小説より奇なり」といいます。エドワード・スノーデンに関するフリーランス記者グレン・グリーンウォルドの『暴露』は、私たちを感動させ、深く考えさせます。この『暴露』は新しいノンフィクション「文学」と言えます。私はこの書物をノンフィクション「文学」と呼びたいと思いますが、以下に書かれていることはすべて真実、事実であることに注意してください。

 ストーリーは、アメリカ国家安全保障局(NSA:国防総省所属の軍部直轄組織)に勤めており、そこから多量かつ重大な機密文書をダウンロードしてNSAを辞めたスノーデン(最初はキンキナトゥスと名乗っていました)から、グリーンウォルド記者に暗号メールを読むようメールが送られてくることから始まります。映画監督のローラから、是非スノーデンに会うべきと勧められ、スノーデンが潜伏している香港に飛びます。そしてそこで出会ったスノーデンの素晴らしい人格および彼が入手しているNSAの驚くべき盗聴行為を知ったグリーンウォルドは、イギリスの新聞「ガーディアン」にNSAの盗聴に関する記事を書き、世界中に驚愕を与えるというものです。

 作品の最初から驚くべき事実が語られていきます。NSAが進めている「PRIZM計画」にはインターネット関連最大手9社が、自分たちが持っている情報をNSAに直接提供していることが記されています。

「NSAは…『マイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、パルトーク、AOL、スカイプ、ユーチューブ、アップルといったアメリカのサーヴィス・プロバイダーのサーバーから、直接データを収集していた』」(『暴露』、40頁)

 こうしたNSAの盗聴行為に危険を感じていた国会議員もいましたが、かれらは調査活動をぱたりとやめてしまいます。

「…民主党上院議員ロン・ワイデンと…マーク・ウダルは…全国を回ってアメリカ国民に警告を発してきた。オバマ政権が強力で底知れないスパイ能力を自らに付与するために使った『法律の秘密解釈』のことを知れば、国民は必ず『ショックを受けるだろう』。…ところが…ふたりの民主党議員は、彼らが脅威を感じたことについて公表するのをぱたりとやめてしまう。」(『暴露』、52頁)

 しかしキンキナトゥス(スノーデン)は、自分はNSAの盗聴行為を暴露する心の準備ができていると言って、グリーンウォルド記者にメールで本名を明かすのです。

「エドワード・ジョセフ・スノーデン、社会保障番号:××
CIAにおけるコードネーム”××”
アメリカ…国家安全保障局(NSA)、元シニア・アドヴァイザー
アメリカ…中央情報局(CIA)、元現場要員
アメリカ…国防情報局(DIA)、元講師」(『暴露』、58頁)

 しかしNSAの盗聴行為を知ったスノーデンは悩みます。

「彼は、コンピュータのセキュリティやシステムが倫理的な一線を越えようとしている問題について上司に訴えようとした…。<しかし>そうした訴えはほとんど相手にされなかった…」(『暴露』、72頁)
「『そのときに理解したんです。この問題を解決してくれる指導者を待っているわけにはいかないとね。指導者とは率先して行動し、他者の手本となるべき存在です。他者の行動を待つのではなく』」(『暴露』、72〜73頁)

 スノーデンは「指導者とは率先して行動し、他者の手本となるべき存在」で、他者の行動を待っていてはいけない、自分こそがこの問題に取り組むべきだと決心するのです。
 この話を聞いたグリーンウォルド記者は考えます。スノーデンは自分の行動がもたらす結果について完全に理解しているのか、心の底から望んでいるのか。そうでなければスノーデンに大きなリスクを引き受けさせる気にはなれなかったからです。

「<私は>何度も繰り返し質問した結果、最後には、私の心に響く、本物と思える回答が得られた。『人間のほんとうの価値は、その人が言ったことや信じるものによって測られるべきではありません。ほんとうの尺度になるのは行動です。自らの信念を守るために何をするか』」(『暴露』、76頁)

 スノーデンは「行動」すなわちNSAの盗聴行為を暴露すること、これこそが大切だと理解していたのです。
 こうしたことをスノーデンはビデオゲームからも学んだと言います。

「彼<スノーデン>がビデオゲームに熱中する中で学んだことというのは次のようなものだった――たとえ大いなる不正がはびこっても、たったひとりの人間でもそれを正すことができる。それが最も非力な人間であろうと。
『…そして、正義のために立ち上がった一見普通の人間が、恐るべき敵にさえ勝利できる。』」(『暴露』、76〜77頁)

 スノーデンはさらに、恐るべき敵から与えられるであろう「恐怖」も克服できると言います。

「『個人を受け身で従順にしてしまうものは、自分の行動がもたらす反響への恐怖です。しかし、いったん執着を捨ててしまえば、そうしたことは問題になりません。金、キャリア、安全、そうしたものを捨てれば、行動することへの恐れを克服することができます』」(『暴露』、77頁)

(注)このスノーデンの言葉は、ブッダの次のことばを思い出させます。「人間の憂いは執着するもとのものである。執着するもとのもののない人は、憂うることがない」(『ブッダのことば』、岩波文庫、17頁)

 さらにスノーデンは言います。

「『<刑務所には>なるべく行かずにはすませたい。でも、それが今回の結末なら…政府からどんな仕打ちを受けたとしても私は耐えて生き続ける。しばらく前にそう決めたんです。』」(『暴露』、84頁)

 ここは素晴らしい「宝石」ではないでしょうか。
 そう「決めた」スノーデンは極度のストレスにも普通のように立ち向かえます。

「スノーデンは…いつもと同じように10時半に眠りについた。私自身は、落ち着かない気分のまま2時間ほど寝るのがやっとだった…こんな状況下でなぜぐっすり寝られるのか訊いてみると、彼は答えた。
『ふかふかの枕で寝られるのも、あと何日しかないんですよね』と彼はふざけて言った。『だから最後くらいは愉しもうと思って』」(『暴露』、130頁)

 スノーデンはぎりぎりの状況下でも、ふざけることができるのです。

 スノーデンが暴露したNSAの極秘文書には驚くべき事実が多数記載されています。

「2013年4月25日に発行された外国諜報活動監視裁判所の命令書で、<ベライゾンビジネス>に対してアメリカ人顧客の通話の全情報――”電話メタデータ”――をNSAに提出するよう命じるものである」(『暴露』、145頁)

「このプログラムでは、アメリカ国内のさまざまな”チョークポイント(海底ケーブル上陸地点などのネットワーク上の要衝)”を経由して国内に入るインターネットや電話通信情報を傍受する。世界のネットトラフィックの大半がどこかの地点で合衆国の通信インフラを通過するという事実――インターネット開発にアメリカが果たした中心的な役割の副産物――を利用したものだ」(『暴露』、165頁)

「NSAが”コンピューター・ネットワーク利用”(CNE)と呼ばれる方法も利用する。これは、対象ユーザーのパソコンにマルウェア<ウイルス>を混入させて監視下におくという手法で、…すべてのキーストロークや閲覧画面を監視できるようになる。…早い話、NSAのハッカー部門である。」(『暴露』、181頁)

「政府は中国製のルーターやインターネット機器が”脅威”になると警告してきた。そうした機器には裏口監視装置(バックドア)が仕組まれており、使用者は例外なく中国政府の監視対象となりうるから、というのがその理由だった。…しかし…なんと、NSAは国外に輸出されるルーター、サーバー、その他のネットワーク機器を定期的に受領、押収しているというのだ。そして、それらの機器に裏口監視ツールを埋め込んだうえでふたたび梱包し、未開封であることを示すシールを貼って、何事もなかったかのように出荷する」(『暴露』、221〜223頁)

 以上のようなNSAの監視体制についてグリーンウォルドは次のようにたとえています。

「神様はなんでも知っている、どんな個人的なことだとしても、きみのすべての行動、選択、考えまでもすべてが神様にはお見通しだ」(『暴露』、258頁)

  NSAは国民のあらゆる秘密を握り、まるで神のように国民の上に君臨しているというのです。
 NSAによる国民監視は、国民の行動に重要な影響を与えます。

「監視そのものが言論の自由を心理的に抑制する…、監視の脅威が掻き立てる不安によって、監視されているかもしれない状況(集会)を多くの人が回避しようとすることは想像に難くない」(『暴露』、268頁)

 監視による精神的圧力によって国民は集会などの反対行動を回避するようになるというのです。さらにイギリスの監視機関は社会科学者や心理学者からなるチームを組んで「騙(だま)しの手口」との文書を作成していると言います。その文書には次のようなことが記載されています。

「『人間は理性的な理由ではなく、感情的な理由に基づいて意思決定する』ことが強調されており、オンライン上の行動は”ミラーリング”(他者と社会的な交流を図りつつ、お互いの行動を模倣すること)…によって決定される」(『暴露』、291頁)

(注):この記述は、選挙の投票1週間前になると必ず「××党、過半数の勢い」と報道して有権者をミラーリング(互いの行動を模倣すること)で誘導している日本のマスコミを想起させます。

 こうした政治権力の抑圧に対し、これまで多くの記者が闘ってきました。

「往年の伝説の記者はみな例外なくアウトサイダーだった。…権力の手先となるより権力に盾突く道を選ぶ傾向にあった」(『暴露』、349頁)

「そんな記者は稼ぎも少なく、組織内での地位も低く、目立たない…。メディアのスターの多くは高給をもらい、…彼らのキャリアは当然、かかる環境で成功を収めるのに必要とされる基準によって決められる。つまり、どれだけ上司に気に入られ…たかという基準によって」(『暴露』、349〜350頁)

 こうしてグリーンウォルドは最後にこう締めくくるのです。

「自分たちはどんな世界を生きたいのか、それを決めるのは人類全体であり、…論理的にものを考えて自ら意思決定する人間の能力を育てることこそ、内部告発、社会運動、政治ジャーナリズムの使命だ。そして、それこそ今起きていることだ。そのすべてがエドワード・スノーデンの暴露から始まった」(『暴露』、379頁)

以上