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アメリカ株価急落ー世界金融危機から「投機恐慌」へ

2009年1月(2009年12月一部修正)(2013年12月一部修正。注1312、1410追加)
日野 学
 

 アメリカの株価が急落しました<図1>。それはアメリカ第4位の投資銀行リーマン・ブラザーズが、アメリカ史上最大の64兆円の負債を抱えて経営破たんしてから始まりました。リーマンが破綻した2008年9月15日、アメリカ株価は504ドル下落しました。その後も株価は低下を続け、公的資金で不良債権を買い取る金融安定化法案がアメリカ下院で否決された9月29日に777ドル下落。その後、8営業日連続で下落しました。アメリカ金融危機が始まりました。

<図1>

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 その間、アメリカ政府はさまざまな対策を打ってきました。9月16日には日欧の中央銀行と短期金融市場(銀行間市場)に23兆円の資金供給を行いました。10月8日には欧州の5つの中央銀行と政策金利を0.5%引き下げました。10日にはG7を開催、5つの行動計画を発表しました。しかしアメリカ株価の下落を食い止めることはできませんでした。現時点でアメリカ株価は小康状態にあり、8000〜9000ドル台を維持しています。

 アメリカ株価の急落はなぜ起きたのでしょうか? 筆者は、今回の下落は、世界の「投機資本」の収縮に原因があること、それに対してアメリカ政府が取った対策の多くは「貸付資本」に対する対策であり、投機資本の収縮に有効な手立てが不足していたことが原因と考えます。それを以下に見ていきます。

 

 投機資本が経済活動の主流を占めるようになったアメリカの資本主義体制は様々な名称で呼ばれています。「カジノ資本主義」や「ファンド資本主義」、あるいは「金融資本主義」など。実際、アメリカの大手金融機関は利益の7〜8割をこの投機資本から得るようになっています。こうした投機資本中心の経済を、筆者は「投機資本主義」と名づけたいと思います。この投機資本主義の視点からアメリカ株価の急落を見ていきます。

 アメリカ株価は<図2>のように、1995年から2000年にかけてITバブルによって3900ドルから11722ドルまで値上がりしました。5年間で約8000ドルも株価が上昇したのです。

<図2>

01年3月にITバブルが破裂すると株価は<図3>のように下落を始めます。01年9月11日の米同時多発「テロ」や、02年7月のエンロン、ワールドコムの粉飾決算が問題になった時期には、株価も急落します。しかし03年3月13日にパウエル国務長官が、アメリカは国連安保理決議がなくてもイラクへの先制攻撃をすることができると発言すると、株価は急上昇を始めました。イラク戦争特需を期待したアメリカ株買いが始まったのです。

<図3>

 国内に目を向けると、ITバブルの破裂を受けたFRBは03年6月、政策金利(FF金利)を史上最低の1パーセントまで引き下げました。この低金利を受け、米国民は借金をしてでも持ち家の購入を始めました。これが住宅バブルをつくることになります。移民の人たちを含む低所得の人たち向けに用意されたのが、「サブプライムローン」でした。サブプライムローンは最初の2〜3年は返済金利が低く、それを過ぎると急激に金利が上昇するように設計されています。

 この低金利の時代、アメリカの住宅価格は、バブル時代の日本の土地のように右肩上がりの上昇を続けました。サブプライムローンを借りた人たちは返済金利の低い2〜3年を過ぎると家を売却し、値上がり益を得て、さらに新しい住宅を買いました。富裕層の中には、家の値上がり益目的だけに家を買う人たちまで現れました。「住宅投機」が生まれたのです。この住宅投機は、投機資本の新たな運動の場となりました。

 サブプライムローンを提供した業者たちは、住宅債権を投資銀行などに売却して手数料を得ました。投資銀行はこうした「住宅債権=貸付商品」を多数集め、最新の金融工学を使って、「証券化商品=投機商品」に組み替えました。弁証法では、量が増えると、ある時点で質が変わることが知られています。例えば、水=「液体」の温度を上げていくと100度Cで「気体」である水蒸気に質が転化します。これと同様に、「貸付商品=住宅債権」を多数集めて、「投機商品=証券化商品」に転換して投資家に販売したわけです。

 「住宅債権=貸付商品」には、貸した金が返ってこないリスクが存在します。そのリスクを証券化商品に組み替えることによってリスクを投資家に“分散”させたわけです。(証券化商品はほとんど売買が行われませんので、投機商品というより「半・投機商品」というべきかもしれません。)

 投機商品=証券化商品を投資家に販売する際の鍵となったのが、保険会社(モノライン)による「元利払い保証」であり、それに基づいた「格付」です。モノライン会社は多数の貸し出しリスクを負うことによってリスクを分散させて低下させ(量の質への転化)、住宅債権の返済が停止しても証券化商品の配当の支払いを続けるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)というデリバティブ(金融派生商品)を販売しました。世界最大の保険会社で、アメリカ政府によって救済されたAIGなどがCDSを販売していました。CDSの販売額は08年6月末で5400兆円にも達しています。

また格付会社は、モノライン会社による支払い保証がある点などを受け、証券化商品にAAA(トリプルA)など最上級の格付けを与えました。格付け会社は投資銀行から格付けに際し手数料を得ており、その見返りに“甘い”格付けを行ったわけです。

住宅投機によって「貸出債権=貸付商品」が生まれ、これが「証券化商品=投機商品」に組み替えられて世界の投資家に販売される。これがうまくいくのは、住宅の価格が右上がりに上昇している、バブルの間だけです。しかしアメリカの住宅バブルも2006年の夏以降しぼみ始めます。住宅価格が下落を始めたので、サブプライムローンの所有者は自宅を売って利益を得ることができなくなります。またサブプライムローンの支払い金利が急上昇し、金利の返済もできなくなります。金利が払えなくなると、住宅が差し押さえられます。こうして今までうまく機能していた一連の流れが逆回転を始めたのです。

面白いことにこの時期、06年8月以降のアメリカ株価ですが、<図4>のように断末魔のごとく急上昇を始めています。そして07年10月9日に1万4165ドルの史上最高値を記録してから下降を開始しました。

<図4>

株価が下落を始めると、証券化商品=投機商品の価格も急落を始めます。サブプライムローンの金利の支払いが止まりますので、証券化商品を保有している投資家には配当が入らなくなります。支払いを保証していたモノライン会社も支払い金が増大を始めます。格付け会社は07年5月にいっせいに証券化商品の格付けを切り下げました。

投機資本は貨幣(G)で、投機商品=証券化商品(W)を買い、高い配当ΔGを得ていました。しかし証券化商品(W)の価格が急落してしまうと(Wo)、売れなくなった証券化商品(Wo)だけが手元に残り、貨幣(G)との交換運動ができなくなり貨幣の流入がストップしてしまいます。こうして証券化商品を100兆円も保有していた投資銀行や商業銀行が破綻してしまったのです。(商業銀行では、米6位のワシントン・ミューチュアルがJPモルガンに買収され、米4位のワコビアが3位のウエルズ・ファーゴに買収されました。投資銀行では米3位のメリルリンチがバンカメに買収され、米1位のゴールドマン・サックスと2位のモルガン・スタンレーは銀行持ち株会社に転換しました)。証券化商品の損失額は08年4月時点で150兆円にも達しています。

アメリカの株価は9月29日、公的資金で金融機関の不良債権を買い取るとした金融安定化法案が下院で否決されると、過去最大の778ドルの下落を記録しました。そして10月の10日まで、8営業日連続で急落を演じました。

投機資本は、株価が右肩上がりの時は、今日(W1)よりは明日(W2)、明日よりは明後日(W3)の方が株価が上がっていますので、急いで貨幣(G)を株式(W)と交換する、つまり株を買う必要はありません。しかし株価が下落を始めると、今日(w1)よりは明日(w2)、明日よりは明後日(w3)の方が株価が低下していますので、先を争って株式(w)を貨幣(G)と交換する、つまり株を売ろうと殺到するわけです。

こうした株価下落に対し、アメリカの財務省・FRBは、@政策金利を引き下げる、A短期金融市場(銀行間市場)に大量の資金を供給する、B公的資金で不良債権を買い取る、CG7、G20を開催して日米欧で協調行動を取る、D企業の社債(コマーシャルペーパー=CP)を購入する、E金融機関に公的資金を注入する、などの対策を講じました。しかしこれらの対策は、内容的には「貸付資本」に対する対策であり、アメリカ株価の急落を阻止することはできませんでした。

「投機資本」に対する対策としては、@証券化商品の時価会計を凍結する、A証券化商品を買い取る(注)、などが開始されています。

注1312)FRBが開始した「証券化商品の買い取り」が、「量的緩和(QE)」です。第一次の量的緩和では、投機商品である米国債と住宅ローン担保証券を30兆円と125兆円!、第二次では米国債を60兆円購入しました。現在進行している第三次では米国債と住宅ローン担保証券を毎月それぞれ4兆円ずつ購入しています(第三次の縮小が開始されようとしています)。中央銀行が投機商品=証券化商品を買い取ることは新しい手法です。これを、ドイツ証券に勤めた武者陵司氏は『超金融緩和の時代』で「本来、中央銀行が行う金融政策は、短期金融市場において資金を供給、あるいは吸収することを通じて、市中に流通する資金<筆者注:貸付資本>の量を調整するというもの…。それがQEにおいては、債券や株式、住宅ローン債権など、マーケットで取引されている有価証券<投機商品>を中心に売買を行う。…『最後の貸し手』ならぬ、『最後の買い手』である。…これは中央銀行の進化である」(52〜57頁)と述べています。

今後アメリカ株価はどう推移するのでしょう。ガルブレイスは1929年のアメリカ株価の暴落を指して、「29年秋の大暴落はそれに先行した投機ブームの必然的な帰結であった」(『大恐慌』徳間書店、259)と述べています。<図2>に見る通り03年以降のアメリカ株価も、イラク戦争特需と住宅バブルによって膨らみ、それが07年10月を境に収縮を始めたように見えます。

現代の投機資本は、コンピュータと通信回線に支えられて、生産資本や貸付資本を大きく上回るまでに成長しました。しかしそれは投機資本の収縮も早いということです。アメリカ株価の下落は、金融機関の「貸し出し=貸付商品」の提供を困難にし、貸し渋りを受けた企業の「生産活動=生産資本」の運動を低下させています。株価の下落と「貸付資本」「生産資本」の停滞は、アメリカのGDP(国内総生産)の7割を占める個人消費を急激に冷え込ませています。

アメリカへの輸出で経済を支えてきた日欧アジアの景気も急減速しています。アメリカ株価=「投機資本」の収縮が、日欧の銀行の「貸付資本」の提供をストップさせ、世界の「生産資本」の運動を低下させて世界恐慌を引き起こしつつあるのです。

このように今回の恐慌は、投機資本がもたらした「投機恐慌」(注)の性格をもっています。

注1410) かつての「金融恐慌」は、銀行に預けた預金(金利を生む貸付資本)を預金者が我先にと引き出す「貸付資本をめぐった恐慌」でした。金融恐慌に対する政府の対策も、各銀行に無制限に貸付資本を貸し出すというものでした。しかし今回の「投機恐慌」は、株価の急落を受け、投機資本家たちが自分の株価の下落を最小限にとどめようと我先に株を売り逃げる「投機資本をめぐる恐慌」の性格を持っています。投機恐慌に対する政府の対策は、投機資本家たちの価格の下落した投機商品を高値で買い取ってやる「量的緩和」となります。

 

投機資本の成長の源は、商品価格の「変動=運動」にありました。私たちは今後も、株や国債、外国為替が目まぐるしく変動する投機資本の世界に住むのか、あるいは変動=運動を抑えて投機資本の成長を規制した、より安定した時代に生きるのかの選択を迫られているのではないでしょうか。