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スフィンクスからブラックホールへ
   〜宇宙の情報記録庫をたどる

 

2016年5月(随時、情報を追加)
日野学


●はじめに

 2016年1月18日、エジプトのピラミッドを熱探知カメラで調査していたフランス、カナダ、日本の国際チームは、ギザにあるクフ王の大ピラミッドの西面とダハシュールにある赤いピラミッドの北面に他と温度の違う箇所があると発表しました。国際チームは、隠された部屋や通路があるかもしれないと、さらに調査を続けるとしています。

 2016年10月15日には同じ国際チームが素粒子のミュー粒子を使った調査で、同じくクフ王の大ピラミッド内部に中心方向に向かって延びる通路らしき空間と、北東の側面に「空洞」とみられる空間を見つけたと発表しました。

 またこれに先立つ3月17日には、エジプト考古相がツタンカーメン王の墓を調査した日本人技術者の結果を分析し、同墓に未発見の2室があることがほぼ確実であることが分かったと発表しました。ツタンカーメン王の義母の王妃が埋葬されている可能性があるといいます。ピラミッドや王墓には現在も、尽きない謎が隠されているのです。

 ナイル川のほとりにあるギザ台地には3基の大ピラミッドが建っています。一番大きなピラミッドは古王国時代のクフ王が作ったとされるピラミッドで「クフ王のピラミッド」と呼ばれています。その横にはカフラー王のピラミッドが並び、その端に少し小さなメンカウラー王のピラミッドが立っています。ベルギーの建築技師で測量士のロバート・ボーヴァルは『オリオン・ミステリー』(NHK出版)という本を書き、ナイル川沿いに立つ3基のピラミッドの配置が、天空の天の川の脇にあるオリオン座の三つ星の配置に正確に対応しているのではないかとの説を出しました
(下図)。


オリオン座の三つ星(左)とギザの3大ピラミッド(右)(出所:『オリオン・ミステリー』、168〜169頁)


ロバート・ボーヴァルほか『オリオン・ミステリー』

 さらにギザの北西方向にあるアブ・ロアシュのピラミッドがオリオン座の左足にあたる星セイーフに、ギザの南東方向にあるザーウィヤト・アル・アルヤーンのピラミッドが右肩であるベラトリクスに対応していると考えたのです。

 ギザのピラミッドが暗示しているのはこれだけではありません。クフ王の大ピラミッドの内部にはほぼ中央に「王の間」があり、その下方に「女王の間」があります。王の間と女王の間からは縦横20センチほどの間口の細いシャフト(通気口?)がそれぞれピラミッドの南面と北面に斜め上方に伸びています。女王の間の2本のシャフトはピラミッドの南北両面の手前で封をされたように行き止まりになっているのですが、王の間からのシャフトはピラミッドの南面と北面を通過して天空に面しており、北向きのシャフトはちょうど北極星を指し、そして南向きのシャフトはなんとオリオン座の三つ星――ギザの3大ピラミッドの配置が星座と類似していた――が、クフ王などの時代の紀元前2600年頃にちょうど真南(子午線上)に来た時を指しているというのです。そして女王の間の通じていない南側のシャフトはシリウスに向けられているというのです。

 地球という巨大な球体の自転軸はコマの首振り運動をしており、その影響で子午線上に来る星たちは、約1万3000年の周期で高度がゆっくりと上昇したり下降したりしています。ギザのピラミッドの王の間の南シャフトの先にオリオン座の三つ星が来るのは、紀元前2600年ごろか紀元前1万450年ころであることがコンピュータによって計算されました。

 ボーヴァルはこのことから、ピラミッドは紀元前1万450年ころに造られたか、あるいは設計された可能性があるのではないかとの説を出しました。紀元前1万450年頃といえば石器時代にあたります。石器時代のエジプトの人たちが、あの大ピラミッドを造ることなどできたのでしょうか?

 さらに驚くべきことがあります。それはギザの3大ピラミッドが紀元前1万400年頃に建設が始まっていたということを、アメリカの透視能力者エドガー・ケイシーが指摘していたのです。ケイシーはさらに、今から5万年前には大西洋のメキシコ湾の東から地中海の西側あたりにアトランティス大陸が存在して高度な文明が発達していた。しかしその後、地球的な大異変によって大洪水や巨大地震が発生し、アトランティス人たちは沈没した島々を脱出して南米のペルーや中米のメキシコの高地、あるいはエジプトに逃げ延びたというのです。さらにケイシーは、アトランティスの人たちは自分たちの高度な文明の記録を、3大ピラミッドを守るように造られているスフィンクスの前足の下の地下の部屋、あるいはスフィンクスからナイル川に向かう途中にある「記録のピラミッド」の中に隠したとも言っているのです。

 海底に沈んだアトランティス大陸についてケイシーは、「アトランティスの再び隆起する最初の部分の1つはポセイディアだろう――そう遠い先ではなく、1968年と69年に」と述べていましたが、ケイシーの死後1967年になって大西洋バハマ諸島最大の島アンドロス島の海岸に近い海中に四角い構造物が空から確認され、68年には海中に100×75フィートほどの建造物が発見されました(ピーター・ジェイムズほか『古代文明の謎はどこまで解けたか』太田出版、V巻171〜172頁)
 ケイシーはアトランティス人についても透視しています。「幾つかのリーディングには、…羽根、ひれ、…などの動物的属性を持つ人間に似た生き物…が登場する」(『エジプトからアトランティスへ』、94〜95頁)などとあります。筆者は最初これを読んだ時、「眉唾だな〜」と思ったのですが、最近イギリスの経済雑誌「エコノミスト」が『2050年の技術』という本を出し、今から35年ほど先の2050年には「クリスパーと呼ばれる一群の遺伝子編集技術が、科学者とその周辺をにぎわせている。…富裕層…が、自らの体を操作して羽、エラ、ヒレなどを手に入れることを認めてよいのだろうか」(34頁)とあるのです。つまりアトランティスでは既に富裕層が羽根やひれなどを手に入れていたのかもしれません。アトランティスは私たちの未来を先取りしていた文明かもしれないのです。



 大ピラミッドにはご説明したように紀元前2600年頃、あるいは紀元前1万450年頃を示す “情報”が隠されていましたが、スフィンクスの地下あるいは近辺の小ピラミッド内にはアトランティス文明に関する膨大な情報が記録保管されているというのです。本当でしょうか? 普通の人であれば、「透視」と聞いただけで眉唾ものです。そんなものはエセ科学だと思うでしょう。

 しかしイギリスのジャーナリスト、グラハム・ハンコックはその著書『神々の指紋』(翔泳社)の中で、アトランティスの人たちが向かったという南米のペルーや中米のメキシコにはマヤやインカなどの文明があり、それらの文明はそれに先立つさらに古い文明からピラミッドなどを引き継いできていること。その古代文明の遺跡は、海からやってきた白いローブを着、あごひげを生やした青い目の白人たちによって建設されたとの神話が残っていることを紹介しているのです。

 さらにハンコックは『創世の守護神』(翔泳社)の中で、1993年に行われた振動テストでスフィンクスの前脚と脇にある岩盤の中に空洞が探知されたが、エジプト考古庁の指示で調査が打ち切りになってしまったというのです。

 こうした一連の調査は、ケイシーの「透視」が一定の事実で裏付けられるかもしれないことを示しています。ではケイシーが行った「透視」は「科学的」なものだったというのでしょうか? どうやってケイシーは紀元前1万400年頃の出来事を「透視」できたのでしょうか? この拙文はこの問題を、現代の分子遺伝学や神経科学、最新の素粒子物理学なども援用しながら考えていこうというものです。それは、人間あるいは宇宙が、「情報」をどう記録しているかを探る旅でもあるのです。


●ピラミッドとオリオンの三つ星

『オリオン・ミステリー』を書いたロバート・ボーヴァルは、ギザの大ピラミッドを調査しました。ギザの大ピラミッドの斜面は正確に東西南北を向いています。基底部の各辺の長さは230.25から230.44メートルと長さも極めて正確です。古代には各ピラミッドの斜面は白い石灰岩で覆われて輝いており、石と石はしっかりとつなぎ合わされていて、ナイフの刃を通すこともできなかったといいます。ピラミッドは極めて高度な建築技術によって建造されているのです。

 1879年、サッカラのウナス王の小さなピラミッドで古代の碑文が発見されました。壁という壁が上から下までヒエログリフの文字に覆われ、文字には紺青色と金色の彩色が施されていたのです。このテキストは現存する世界最古の教典です。しかしクフ王の大ピラミッドでは王の間にも女王の間にも碑文や装飾が全くないのです。カフラー王やメンカウラー王のピラミッドもそうです。

アラビアの9世紀の学者アブ・バクルヒ(紀元9〜10世紀)は、エジプトの賢人たちは下部エジプトに多数のピラミッドをつくったが、そのうち2つはぬきんでて高く(クフ、カフラー王?)、内部にいろいろな知識が書きつけらたと述べています(アレキサンドル・ゴルボフスキー『失われた文明』、90〜91頁)。また同じくアラビアの歴史家マスウーディは、2つの大きなピラミッドをつくり、その中にさまざまな知識が隠されたと言っています(同書、91頁)



クフ王のピラミッドは地下の部屋、女王の間、王の間がみつかっています。王の間には石棺があるものの、王のミイラや副葬品は一切ありません。また「王の間」と「女王の間」には南を向いたシャフトと北を向いたシャフトがありますが、他にシャフトのあるピラミッドは1つも見つかっていません。

クフ王のピラミッドが造られた理由としてハンコックは、死んだあとに王が旅する「黄泉の国(ドゥアト)」の3次元モデルを作ったのではないかと述べています(『天の鏡』翔泳社、81頁)。下図左はクフ王が作った大ピラミッドの断面図ですが、図の右下にある「入口」から狭い通路や上りの回廊(大回廊)があります。下図右は、クフ王から約1100年後に即位したトトメス3世の墳墓に描かれているドゥアトの図で、クフ王のピラミッドと同じような「大回廊」が描かれており、大回廊の下にはドゥアトを旅する舟があります。

クフ王の大ピラミッド(左。『オリオン・ミステリー』、13頁)とトトメス3世墳墓の壁画(『天の鏡』、80頁)。


 

 

グラハム・ハンコック『天の鏡』

 

 クフ王のピラミッドのシャフトを調べるため1993年、ドイツのロボット工学者ルドルフ・ガンテンブリンクがリモコンのロボット駆動車を「女王の間」の南のシャフトに送り込んだところ、65メートル先で小さな扉を発見しました。扉には銅製の留め具が2つ付いており、扉は床に密着しておらず5ミリ程度の隙間がありました。さらに扉の真上には小さな穴があり、これは女王の間のシャフトの上を通っている王の間のシャフトに通じていることも分かりました。

 その後、エジプト考古庁が行った南シャフトの調査で、銅の留め具が付いた扉にドリルで穴を明けてファイバースコープを差し込んだところ、その向こうに朱色のマークが有ることが分かりました。

 一方、女王の間の北向きのシャフトですが、1878年に書かれた『大ピラミッド』には北向きシャフトの中に「小さな青銅のフック、取っ手とおぼしき杉のような木片、灰色の花崗岩あるいは緑石岩の球」(『オリオン・ミステリー』、307頁)が発見されたことが書かれています。これらの遺品は現在、大英博物館に所蔵されてるといいます。

 さらに「王の間」の南のシャフトはエジプトのオシリス神と結びつけられるオリオン座の三つ星を指し、「女王の間」の南のシャフトはイシス女神の星とされるシリウスの方角を向いていることが分かりました。王の間の南向きシャフトの角度は44.5度(ハンコック『神々の指紋』で45度に訂正)、北向きシャフトは31度で、エジプト人建築家のアレキサンダー・バダウィとアメリカ人天文学者のヴァージニア・トリンブルは、44.5度はピラミッドが建設されたと思われる紀元前2600年頃の子午線通過時のオリオンの三つ星を指すことに気づきました。そのことなどからボーヴァルは、ナイル川のほとりに建てられたギザの3大ピラミッドは、ちょうど天空の天の川の近くにあるオリオン座の三つ星と同じ形に配列されていると考えたのです。

 ハンコックは著書『天の鏡』で、ペルーの「ナスカの地上絵」も、南半球から見た天空の星座を描いているのではないかと述べています。コンドル(一角獣座)、ハチドリ(蟹座)、クモ(オリオン座。南半球では横を向いている)、クジラ(鯨座)、サル(大熊座の北斗七星)などです(下左図)。ただし天空の星座の位置を正確にプロットしているわけではなく、星座の形が地上絵の形に反映されているといいます。またカンボジアのアンコール寺院群の配置(下右図の下)は、天空の竜座の星の配置(その上)に極めて似ているといいます。この説が正しいとすると、エジプトのピラミッド群といい、ナスカの地上絵、アンコールの寺院群といい、地表の建造物(あるいは絵)が天空の星座の「記録庫」として使われていることになります。


ナスカの地上絵と南天の星座(左。『天の鏡』、267頁)と、アンコールの寺院群(右下)と竜座(右上。同、127頁)

 

 地球の自転軸は、こまの心棒のようにゆっくりと首振り運動をしています。これを「歳差運動」といいます。1周する周期は約2万6000年です。この歳差運動のため、天空の星は子午線を通過する時の高度がゆっくりと上昇したり下降したりを約1万3000年の周期で繰り返しています。

 紀元前2600年頃の王の間、女王の間の四つのシャフトは、女王の間の北シャフトは小熊座のベータ星、南シャフトはシリウス、王の間の北シャフトは古代の北極星であった竜座のアルファ星、南シャフトはオリオン座のベルトの三つ星を指していたことになります。しかしオリオンの三つ星と天の川の中心軸のなす角度は、地上の3基のピラミッドとナイル川のなす角度からかなりずれています。地上のピラミッドとナイル川のなす角度に天空の三つ星と天の川が重なるには、過去にさかのぼること紀元前1万450年(『創世』では前1万500年)になります。そして紀元前1万450年とは、子午線を通過するオリオンの三つ星が歳差運動によって最も低い位置に来る時なのです(『指紋』、下226頁)

 エジプトの王は死ぬと天に昇り、オリオン座=オシリス王となると考えられていました。そこで王が亡くなると死んだ王をミイラ化する再生儀式が大ピラミッドで行われたと考えられています。「王の間」から南天に伸びるシャフトは、ミイラ化された王がオリオンの三つ星へ昇天するための道だったのではないでしょうか。

 王の間の南シャフトが子午線時のオリオンの三つ星を指すのは紀元前1万450年頃です。ところがアメリカの透視能力者エドガー・ケイシーは、ピラミッドの建設が紀元前1万400年ごろには始まっていたと「透視」していたのです。なぜケイシーはピラミッドの建設年を「透視」することができたのでしょうか?

●透視者とアトランティス


 1877年にアメリカで生まれたエドガー・ケイシーは、写真家でありながら自分を無意識状態に置き、父や妻などの誘導者の質問に答えることで病人の原因やその治療法などについて透視できる人物でした。『20世紀西洋人名事典』(日外アソシエーツ)によれば透視の的中率は「90%以上」だったといいます。つまりケイシーの透視は間違うこともありますが、だいたい9割以上は正しかったというのです。

 そのケイシーはピラミッドやアトランティス大陸についても透視しています。ケイシーの息子エドガー・エバンス・ケイシーらが書いた『エジプトからアトランティスへ』(たま出版)にその「透視」の内容が紹介されています。

 アトランティス大陸は片方にメキシコ湾、反対側は地中海を望む大西洋の中ほどにあったといいます。アトランティスには高度な文明が発達しており、空でも海中でも航行可能な乗り物を造り上げていたといいます。アトランティス大陸は過去3度破局に見舞われました。1回目の破局は紀元前5万年ごろに起き、大陸の一部が破壊されました。2回目の破局は紀元前2万8000年頃に起き、大陸は島々に分断されたといいます。そして最後の破局は紀元前1万年ころに起き、残っていた島々が海に没してしまったといいます。

 2回目の破局後、アトランティスの人々の中で西はペルー、メキシコ、アメリカ・ネバダ州などに赴いた人々や、東はピレネー山脈(スペインとフランスの間にある山脈)やエジプトへ向かった人たちがいたといいます。3回目の破局が起こる前の紀元前1万500年頃からは多くの人がアトランティスを脱出したといいます。

 エジプトに渡った人達は自分たちアトランティスに関する記録をスフィンクスの近くにある「記録の保管庫」に隠したといいます。ケイシーは次のように「透視」しています。「諸々の活動や真理が石盤に書き記され、…スフィンクスから〔ナイル川方向にある〕神殿もしくはピラミッドに通じる侵入路のどこか、あるいはそれに沿った所で、もちろんそれ専用のピラミッドの中に置かれている」(『エジプトからアトランティスへ』、247頁)。「多くの発見が、横たわった獣の左の前脚、あるいは足の基底部の、土台の底で見つかるであろう」(同、248頁)。「キリストが〔エジプトに〕お入りになる1万500年ほど前に、すでに建てられていたスフィンクスと呼ばれているものと、そのスフィンクスとナイル川の間に、それに面して置かれていた記録の保管庫あるいは宝庫に、修復と付け足しの試みが初めて行われた」(同、249〜250頁)

 ケイシーの「透視」によれば紀元前1万500年頃にはすでにスフィンクスは完成していたといいますが、この時代は石器時代にあたります。当時の人々がスフィンクスという巨大な建造物をこの時代に造ることができたのでしょうか。

 この点に関しては1994年にトルコ南部のギョベックリ・テペで遺跡が発見され、紀元前9600年頃に造られた石造りの神殿が見つかりました(「ナショナル ジオグラフィック日本版」日経ナショナル・ジオグラフィック社、2011年6月号)。円形の神殿で、石柱には手や指、ベルト、動物の姿が彫り込まれています。手や指、ベルトの彫り込みは、南米ペルーに隣接するボリビアのティアワナコ遺跡やイースター島で見つかっている石像の彫り込みの手や指などに類似しています。テペ遺跡では死者の頭蓋骨に線状の溝を彫ったり、穴を開けたりする「頭蓋崇拝」をしていた頭蓋骨が見つかりました(「ナショナル・ジオグラフィック・サイト」2017年7月3日)

ギョベックリ・テペでは下図のような鳥やサソリ、ヘビなどを浮かし彫りにした石柱が見つかっていますが、ハンコックはこれは星座ではないかと分析しています(『神々の魔術』、下巻95〜115頁)写真中央にある円が太陽、その左のコンドルが現在の射手座、太陽の右上にある足の長い鳥と下向きのヘビがヘビ遣い座とヘビ座、太陽の下がサソリ座です。現在の射手座とヘビ座、サソリ座に囲まれた空域はちょうど銀河系の中心部に当たり、この空域に冬至の太陽が重なる時期が、ちょうど現在(1960〜2040年)だというのです。ギョベックリ・テペの石柱を造った人は、1万年後のわれわれにどのようなメッセージを送ろうとしたのでしょうか? ハンコックは『神々の魔術』でマヤ暦の「地球終末の日」の2012年12月21日、あるいは2030年頃に地球が牡牛座流星群の中の巨大天体群と交差する一大イベントではないかと示唆しています(後述) 

グラハム・ハンコック『神々の魔術』



 ということはスフィンクスが紀元前1万500年より前に造られたとしても不思議ではなくなりました。ケイシーはアトランティスの島々が海に没した紀元前1万500年ごろに、人々が南米のペルーや中米のメキシコ、そしてエジプトに脱出したとも言っています。ではアトランティスの人たちがこれらの地に脱出した「証拠」は残っているのでしょうか。

 

●ペルーとユカタン半島の白い神々


 イギリスのジャーナリスト、グラハム・ハンコックは『神々の指紋』で、ペルーやメキシコの古代文明や残された神話を調査しました。ペルーの古代文明の最後の継承者はインカ族でした。インカには神殿があります。神殿の土台や壁は大きさも形も異なる石が様々な角度で寸分の隙間もなく組み合わされています。これらの神殿は非常に高い建築技術を持った人たちによって造られたのです。これらの神殿などはインカ時代には既に存在し、「赤褐色の髪を持った白人が造った」といわれています。

 古代文明の創立者は「ビラコチャ(海の泡)」と呼ばれています。ビラコチャはやせてあご髭を生やし青い眼を持ち、サンダルをはいてローブをまとった白人だったといいます。ビラコチャがやってきたのは、大洪水で人類が絶滅寸前になったときだといいます。そしてさまざまな技術を伝え、病人を治し、恐ろしい兵器も持っていました。

 別の神話では、大洪水でほとんどの人間が溺死したとき、チチカカ湖からひとりのビラコチャが現れたといいます。チチカカ湖周辺には現在、大量の貝の化石が見つかっていることや湖には現在も海洋性の生物(タツノオトシゴなど)が生息していることから、この周辺はかつて海底にあり、その後に隆起して現在に至ったと考えられています。チチカカ湖付近では「スヌパ」という神人が崇拝されていますが、スヌパは「白人で、あご髭があり、目が青い」といいます。

 チチカカ湖の近くにボリビアのティアワナコ遺跡があります。1つの石から切り出して造った大きな門があり、そこにあご髭を生やした人物が刻まれています。アカパナ・ピラミッドと呼ばれる階段状のピラミッドもあります。このピラミッドもエジプトのピラミッドのように正確に東西南北を向いているのです。

 中米メキシコのアステカ文明では主神はケツァルコアトル(翼あるヘビ)と言われています。やはりあご髭のある白人で、海からメキシコにやってきたと信じられています。ケツァルコアトルは中央アメリカに文字とカレンダーをもたらしたと言われています。古代メキシコの神である彼らは武器も持っており、炎のような光線を放ち、人間の体を切断できたといいます。

 メキシコのチチェンイッツアにも階段式のピラミッドが残されています。マヤ族が所有するピラミッドです。正確に東西南北を向いており、4面にある91段の階段を足して頂上の段を加えるとちょうど365段となります。春分と秋分の日に北に面した階段に影で巨大なヘビ(翼あるヘビ=ケツァルコアトルを象徴)の姿が浮かび上がるように設計されています。この地には生け贄を捧げる風習があり、生け贄の心臓を置いたとされる皿を持った彫像も造られています。生け贄は世界の終わりを延期させるために犠牲にされていたといいます。

 2016年11月にはこの高さ24メートルのピラミッドの内部に、より古代の高さ10メートルのピラミッドがあることが発見されました。ピラミッドの中に、より古いピラミッドがある。これはインドネシアはジャワ島にある高さ110メートルのグヌンパダン・ピラミッドの下部に、ピラミッドのような構造物が発見されていることと似ています(『神々の魔術』、59頁)。昔の人は、はるか古代からあったピラミッドを埋めるようにして新しいピラミッドを造ったのでしょうか。

 メキシコ最古の文明といわれているのがオルメク文明です。アステカ人はオルメク人が造った古代の儀式用具を多数発見し、それを受け継ぎ神殿の宝物としてきました。古代のカレンダーを持っていたのもオルメク人でした。

 メキシコのパレンケ遺跡には9段の階段状ピラミッドがあります。これはマヤの神官たちによって天体観測所として使われていたと考えられています。さらに太陽の神殿、数の神殿、ライオンの神殿などが残っています。マヤの象形文字も残されており、その解読が始まっています。9段ピラミッドの頂上には神殿が造られており、その神殿から地下に伸びる秘密の階段が発見されました。階段を降りた地下の部屋には遺骨の入った石棺が置かれており、この石棺の蓋にはレバーかコントロール盤のようなものを操作して機械の中に乗っているように見える人物が描かれています。さらに石棺の中から小さな彫像が発見されていますが、そこには長いローブをまとい、あご髭を生やした白人が描かれていました。

 マヤの人たちは自分たちが所有するカレンダーなどをケツァルコアトルが創った最初の人間から譲り受けたと考えています。マヤおよびオルメクのカレンダーは、私たちが使っているグレゴリオ暦の1年365.2425日よりさらに正確な365.2420日となっています。

 南米アンデスにおけるビラコチャの都はティアワナコでしたが、メキシコでのケツァルコアトルの都はテオティワカンといわれています。テオティワカンにはケツァルコアトルのピラミッド、太陽のピラミッド、月のピラミッドなどが造られ、「死者の道」と呼ばれるかつてのプールで結ばれています。テオティワカンの人たちはこの死者の道のプールに水をはり、世界中で起こる地震の規模と場所を読み取ったといいます。

 ケツァルコアトルのピラミッドを太陽とすると、木星と天王星の距離に太陽のピラミッドと月のピラミッドが建っています。その他の惑星に対応する未発見のピラミッドもあるだろうと考えられています。太陽のピラミッドはπの数値を使って正確に設計されています。太陽のピラミッドの高さ71.17メートルに4πをかけると、正確に周囲の長さ893.91メートルになるのです(『神々の指紋』、上236頁)。このテオティワカンの遺跡をアステカ人たちは12世紀ごろに発見したといいます。

 ペルーのアステカ人とメキシコのマヤ人は全能の9体の神々を信じていました。エジプトの初期の王朝があったヘリオポリスでも万能の9体の神々が神官によって崇拝されていました。また中米メキシコでもエジプトでも、死者は黄泉の世界を小さな船に乗って旅すると考えられていました。エジプトのクフ王のピラミッドでは実際に杉でできた「太陽の船」の残骸が1954年に発見されています。

 エジプトでは死んだ王はミイラとされ、ピラミッドの中で「口開け」という儀式が行われて天空の冥界に旅立つとされました。メキシコでは生け贄の儀式が行われており、生け贄のことを「パチ」と呼んでいましたが、これは「口を開ける」という意味なのです。

 アステカ族の神話には、大洪水の話が出てきます。神から大洪水が起こることを聞いた2人の夫婦は巨大な船を造って大洪水を逃れ、高い山の頂上に着きました。そこで多くの子ども達をつくりました。子ども達は言葉を話すことができませんでしたが、ある日ハトが木にとまり言葉をプレゼントした、というのです。これは旧約聖書にある「ノアの箱船」の話に似ており、洪水伝説は世界各地に残っています。エジプトの向かいにあるギリシアでは、大洪水は「デウカリオーン」と呼ばれています。

 ペルーにも洪水の神話があります。あるインディオが動物のラマに洪水が来ると教えられて高い山に登ると、そこにはあらゆる種類の動物や鳥たちが集まっていました。やがて海が盛り上がってきて平原を包み、山の頂上だけが海の上に残されたというのです。

 ケイシーの「透視」に話を戻しますと、彼は紀元前1万500年ごろ大洪水や大地震のせいでアトランティスの島々が海底に没したこと。それを逃れたアトランティスの人々はエジプトや南米のペルー、中米のメキシコなどに逃れたと「透視」しました。インカやマヤの神話に出てくる大洪水の話や、そのあとローブをまといあご髭を生やした白人の「ビラコチャ」や「ケツァルコアトル」らが現れて、現地の人々にさまざまな技術を教えピラミッドを建築した話とぴったりと一致しないでしょうか?

 ちなみに紀元前1万1000年頃から前9000年頃の時代には人や動物の大量絶滅の跡が発見されています。アラスカとシベリアの北方地域では多量の大型動物たちと一緒に人間の遺体が発見されています。「野牛、馬、狼、熊、ライオン…これらの動物が一緒に葬り去られている。何かひとつの強大な力で圧倒されたようだ。…動物や人間の遺体がこのように重なり合うのは、自然な状態では起こりえない。…動物たちは単純に引き裂かれ、わらや紐のように1箇所に吹き寄せられたのだ」(『神々の指紋』、上283〜284頁)

 しかもその動物たちの半分以上は温暖な気候にしか住めない種類のものだといいます。「紀元前1万1000年前の大災害が起こる前にシベリアに棲んでいた34種類の動物のうち、28種類以上が温暖な気候にしか棲めないことを確認している」(『神々の指紋』、上285頁)。つまり紀元前1万1000年頃に起こった人間と動物たちの大量絶滅は、@強大な破壊力が一瞬に発生したらしいこと、A当時の気候が温暖なものから寒冷なものに一挙に変化したらしいこと、を示しているのです。

 話をケイシーの「透視」に戻します。ケイシーはピラミッドを守るようにそびえるスフィンクスは、紀元前1万500年頃には既に造られていたと言っています。スフィンクスを造っている岩には大量の雨によって浸食された跡が残っていますが、現在は乾燥しているナイル地方がそのような多雨の気候だったのは紀元前1万年より前の時代だといいます。ケイシーの「透視」とよく合うのです。

 スフィンクスに関しては日本の調査隊が、1987年にスフィンクスの周囲を電磁波地中レーダーで調べたところ、スフィンクスの右前脚の近くと胴体の両側で深さ2.5〜3メートルほどの縦坑があることが分かりました。また1993年にはスフィンクスの周りで振動テストを行っていたチームが、スフィンクスの前脚と脇にある岩盤の中に空洞を探知しています。しかしスフィンクスのその後の調査は、エジプト考古庁によって中止されています。

 ケイシーの「透視」、つまりアトランティスの人々が島の海没する際に南米ペルーや中米メキシコ、エジプトなどに逃げ延びたこと。その際、アトランティスの人たちはエジプトのスフィンクス周辺の地下にアトランティスに関する膨大な記録を封印したことは、以上の調査の結果と見事に一致しているように思われます。ではケイシーの「透視」は、“科学的”なものだったのでしょうか? 次にケイシーの「透視」についてさらに見ていきます。

 

●透視者ケイシーが「見た」潜在記憶


 エドガー・ケイシーの生涯をまとめたのが『エドガー・ケイシー/奇跡の生涯』(中央アート出版社)です。写真館に勤めていたケイシーは23歳の時に失語症となり、小声でしか話せなくなってしまいました。その時、ケイシーは妹の知り合いで催眠療法師のアル・レイン氏と知り合い、彼からケイシー自ら無意識状態になり、だれかと話し合えば自分の病状や治療法が分かるようになるだろうと言われました。失語症を何とか治療したいと考えていたケイシーは、父母とレイン氏に同席してもらい、長いすに寝て無意識状態になろうと試みると何分もしないうちに気を失ってしまいました。その状態でレイン氏から「あなたは自分の姿を見る」と言われるとケイシーは「ああ、その体が見える。…この体は話すことができない。…神経が張りつめているのでそうなるのである」と、目覚めてからは一切記憶がないことを述べたそうです(『奇跡の生涯』、130頁)。そして目覚めるや失語症から回復して明瞭に話すことができるようになっていました。

 これに驚いたレイン氏は、自分は胃の調子が悪いのでその治療法を教えてもらえないかと言い、ケイシーはこれに同意して再び無意識状態となったところ、これこれの化合物を摂取し、これこれの特別食を用いるように言ったそうです。ケイシーはその化合物のことも特別食のことも一切知らなかったので、目覚めてから大変驚いたそうです。

 こうしてケイシーはレイン氏に頼まれ、不承不承に「透視」を始めたといいます。ある時、数人の医者を前にレイン氏を誘導役にして透視が行われ、この時初めて速記者によってケイシーの語った内容が記録されました。目がさめると速記録には、病人の治療法についてケイシーがそれまで一度も聞いたことのない言葉が多数書かれていました。しかし立ち会った医者たちは、すべての用語がきちんと使われていると言ったのです。

 このようにケイシーは父や妻などの「誘導者」の誘導によって無意識状態となり、その状態で誘導者からの質問に別人格のケイシー(ケイシー2とします)が答えて患者さんの病因や治療法を語ることができたのです。しかも治療薬や施術法などはケイシーの知識が全くないにもかかわらずケイシー2はそれを言うことができました。その際、どこの誰と具体的に指示しないと、その人の病因などは答えられなかったといいます。間違った住所や偽名では答えられなかったのです。イタリアの皇室の人から透視を求められたこともあり、その時ケイシー2はイタリア語で回答したといいます。

 ケイシー2とケイシーは「二重人格(解離性同一性障害)」だったのでしょうか。私は精神科医ではないのでよく分かりませんが、ケイシーが無意識状態になるとケイシー2が現れること。ケイシー2の語った内容をケイシーが全く覚えておらず、ケイシー2の陳述内容もケイシーの知らない事実が多数含まれていることから、ケイシーとケイシー2が「解離」すなわち「互いに相手を知らない2つの意識状態の精神の中における共存」(和田秀樹『多重人格』講談社現代新書)をしていたことは確かなようです。解離性同一性障害の場合、普段の人格が忘れていることを、他の人格が覚えていることがよくあるといいます。ケイシーには意識的には決して思い出せない“無意識の潜在記憶”が存在し、それに自由にアクセスできるケイシー2が無意識の記憶の内容を述べた可能性があります。

 例えばケイシー2は、ケイシーが知らない次のようなことを「透視」しています。クフ王の大ピラミッドが作られたのは「平和の君がエジプト入りする〔紀元前〕1万490年から1万390年前の間である」(エドガー・エバンス・ケイシー『大アトランティス大陸』大陸書房、192頁)。アトランティスの記録は次の3箇所に保管されている。すなわち「1つはかつて沈み今再び隆起せんとしているアトランティスにある。今1つはエジプトのスフィンクスから記録の宮へと続く記録所にある。もう1つは…ユカタンの地にあり、そこにある神殿がこれに影を落としている」(同、196頁)

 ケイシー2は自分の「透視」について次のように語っています。「情報源となるのは、他人の…潜在意識である。…心の感じた印象は世に残っているので、暗示力を使えば触れあえるのである。1つの潜在意識…の知っていることは、また別の魂も知っている」(『奇跡の生涯』、241頁)。「さまざまな人間関係で残された印象をもとに、鏡に写ったものを見るように、どんな潜在意識からでも情報が得られるのです。つまり相手は対象そのものではなく、写し出された像なのです」(同、280頁)。そこでケイシー2は透視のことを「ホロスコープリーディング」(同、285頁)とも呼んでいます。

 ここでケイシー2が語った「潜在意識」という言葉を「潜在記憶」という言葉に置き換えてみてはどうでしょうか。「情報源となるのは、他人の…潜在記憶である。…心の感じた印象は世に残っているので、暗示力を使えば触れあえるのである。1つの潜在記憶…の知っていることは、また別の魂も知っている」「さまざまな人間関係で残された印象をもとに、鏡に写ったものを見るように、どんな潜在記憶からでも情報が得られるのです。つまり相手は対象そのものではなく、写し出された像なのです」。

 このようにケイシー2は、ケイシーの潜在記憶にアクセスし、それを「見て」語っていたとしたらどうでしょうか。私の脳は父と母のDNAの遺伝情報を基に作られています。さらに父と母はそれぞれの祖父、祖母4人のDNAを引き継いでいます。このように人は2のn乗分の人の遺伝情報を引き継いでおり、nが33ほどで単純計算ですが約85億人の遺伝情報を持つことになります。1世代が30年で子どもを生むとすると33をかけて990年、つまり約1000年で85億人分の遺伝情報を受け継いでいるわけです。

 そこでもし祖先の潜在記憶が遺伝物質であるDNAなどに刻み込まれて、それを遺伝として受け継いでくることができれば、私たちの脳の中には少なくとも100億人近い人の記憶が蓄えられていることになります。その祖先たちの中には、ケイシーが一度も聞いたことがなかったような治療法を知っていた医師もいれば、イタリアの人もいたでしょう。こうしてケイシー2の「透視」は、遺伝物質であるDNAなどに刻まれた記憶を何らかの方法で「見た」と考えれば、“科学的”に説明することができないでしょうか。

 しかも普段の私たちは、圧倒的多数の記憶を“無意識に”保持しています。例えば「有益なルーチン〔自転車に乗る方法〕は脳の回路に焼き付けられ、…ると意識は〔その方法に〕アクセスできなくなる〔意識しなくなる〕」(デイヴィッド・イーグルマン『あなたの知らない脳』、286頁)。こうして「私たちには自分の行動、動機、さらには信念を、選択したり説明したりする能力はほとんどなく、舵を取っているのは、無数の世代にわたる進化的淘汰〔祖先の潜在記憶〕と、生涯の経験によってつくり上げられた無意識の脳」(同、280頁)かもしれないのです。

 2016年6月4日付け「スプートニク」サイトによれば、血管の麻痺で脳に損傷を負ったイタリア人男性が突然フランス語を話し出し、フランス料理の食材を買い、フランス語の雑誌を読み出したそうです。これはイタリア語を司っていた脳の部位が損傷を受けたために、フランス人の先祖から受け継いでいたフランス語を司る脳の部位が活性化したためかもしれません。医師団によれば男性は「外国語アクセント症候群」という、ある日突然外国語なまりでしゃべり始める症状と断定されました。外国語アクセント症候群は1941年に初めて報告されました。

 またアメリカの学校のサッカーチームでゴールキーパーをやっていた男子が試合中に脳震盪を起こし昏睡状態に陥りました。この男子は目覚めると、これまで片言しか話せなかったスペイン語で話し始めたということです(「スプートニク」2016年10月24日、「CNN」10月25日)。この例も、脳にダメージを負ったため、スペイン人の祖先から受け継いでいた潜在記憶が働き始めたと解釈できます。

 なお解離性同一性障害の複数人格はそれぞれが固有の記憶を持っているとされます。ケイシーは自身に関する自伝的記憶を持っていますし、ケイシー2は過去の他人の記憶を持っているようです。そこで以下は全くの仮説ですが、ケイシーの脳の神経細胞ニューロン群の一部はケイシーという人格と記憶を支えており、別の神経細胞ニューロン群の一部はケイシー2という人格と記憶を支えていたと考えてはどうでしょうか。つまり脳が2つのグループの神経細胞ニューロン群に分かれており、それぞれのグループがそれぞれの人格と記憶を支えているとするのです。ケイシー2が過去の他人の記憶にアクセスできたのは、ケイシー2を支えていた神経細胞ニューロン群が、祖先の記憶を受け継いできた神経細胞ニューロン群だったからと考えるのです。

 

●記憶の記録庫、脳


 紀元前1万500年頃にスフィンクスの地下に秘密の記録保管庫を造った人たちがいたとします。その人たちのことをケイシー2は次のように述べています。「その実体〔その人〕は…記録のホールの建造を助けた」「その実体〔その人〕は、…スフィンクスと記録のピラミッドとの間の通路にある部屋から発見されることになろう資料の保管にあたった最初の一人である」(『大アトランティス大陸』、197頁)。ケイシー2が述べた「その実体〔その人〕」たちの記憶が遺伝物質であるDNAなどに刻み込まれ、それがケイシーに遺伝してきていれば、ケイシー2はその潜在記憶にアクセスして記録の保管庫の様子を「見る」ことができるかもしれません。

 では記憶の仕組みについて現代医学で分かっていることを見ていきます。人の中には「超記憶症候群」という症状を持つ人がいます(ジル・プライスほか『忘れられない脳』ランダムハウス講談社)。この症候群を持つある女性は、8歳以降に自分に起きた「自伝的記憶」を細部にわたってすべて記憶しているといいます。何月何日にはどこそこへ買い物に行き、どこで夕食を食べた。家に帰ってテレビで何々のニュースをやっているのを見た、ということをすべての日について覚えているのです。その人はケイシー2のように視覚的に細部を記憶しており、記憶を「映像で見るように“見る”」(同、30頁)ことができるそうです。

 その自伝的記憶は超記憶症候群の人の場合、意思とは関係なく1年中頭の中で上映されているそうです。記憶は成長するにつれて、どんどん増えていきます。彼女の場合、自伝的記憶は日付と結びついていて、日付を言うとその日の自伝的記憶が即座に頭に浮かぶそうです。

 ところでラットには特定の場所に来ると発火する「場所細胞」があることが発見されています。この場所記憶が自伝的記憶と海馬で統合されて「ある場所で」「どんなことが起こったか」を記憶していると考えられています。ヒトでも同じような場所細胞があるといわれています。そうであればヒトやラットには何年何月何日を認識できる「日付細胞」あるいは「時間細胞」のような細胞があり、これが自伝的記憶と海馬で統合されて「何月何日に」「何があった」と記憶しているのかもしれません。なお時計と同じ機能を持った細胞は既に発見されています(理化学研究所『つながる脳科学』講談社、89頁)

こうした「場所細胞」以外に、特定の人物の顔にだけ反応する「顔細胞」が発見されています。米国では女優のジェニファー・アニストンの顔にだけ反応する神経細胞ニューロンが見つかっています(「ナショナル・ジオグラフィック日本版」2014年2月号、41頁)


 この「自伝的記憶」を超記憶症候群の人はどうやって保持しているのでしょうか。ここで考え方を逆転し、人は誰でも長期記憶に残った重要なことをすべて記録しているとしたらどうでしょう。しかしそれほど大量の記憶情報を持っていると毎日の生活に支障が出るので、普通の人はこの長期記憶が「見えない」ようにセットされている。つまり録画はされているが、その映像を見るモニターの電源は切れてリミッターがかかっている。しかし超記憶症候群の人はモニターの電源が付けっ放しになっていて、録画された過去の生活のうち長期記憶に残った重要な映像がランダムに映写されているのです。

 1991年に物理学者のロルフ・ランダウアは、@情報は何らかの物理的物体(例えばニューロン・ネットワーク)にコード化されている、A保存されている情報を操作したり送信するのにエネルギーは消費されないが、情報を「破棄」するときには必ずエネルギーが消費される、ことを証明しました(『量子が変える情報の宇宙』、219頁)。脳にとっても情報を保存したままにしておくのが一番“安上がり”なのです。

 自伝的記憶に似たような症状としてサヴァン症候群の人たちを上げることができます。この人たちは一度見た景色や円周率πの数値を記憶し、その景色を正確に描くこともできれば円周率を何万桁まで追うことができます。サヴァンの人たちの中にも自分が体験した「自伝的記憶」を細部まで記憶している人もいますが、多いのは機械的記憶です。πの数値の記憶がそれですし、何万年分ものカレンダーの記憶や電話帳、百科事典の記憶などがそれです。『なぜかれらは天才的能力を示すのか』(草思社)の著者で医師のダロルド・トレッファートは、「一般人なら短期記憶としてあつかっている電話番号や雑学を、長期記憶としてみごとに記憶している。…忘れる能力が明らかに欠けているのだ」(227頁)と説明しています。

 トレッファートは10歳の男の子が野球のボールを頭に受けて気絶したあと、突然、自伝的な記憶ができるようになったことを紹介しています(「ある日目覚めた天才 後天性サヴァン症候群」日経サイエンス2015年2月号)。この子は「後天性サヴァン症候群」と呼ばれています。後天的にサヴァンの能力を得られたということは、私たちの誰もがサヴァン的能力「=自伝的“超”記憶力」を持っていることを示唆しています。

 トレッファートは成人のサヴァン症候群の患者の埋もれた記憶を呼び戻すため、鎮静薬を使ったテストも行いました。その結果患者は、自分では忘れていると思っていた過去の体験を詳細に思い出したのです。ある晩に歩いた町の看板の文字や通っていた車の型式などです。しかし患者は自ら意識的にその記憶に近づくことはできませんでした。これはケイシーの場合と似ています。ケイシーは無意識状態にならないと「透視」をできなかったからです。

 さらにトレッファートは、子どものサヴァンが音楽や数学の広範な規則や公式に自由にアクセスしていることから、「それを説明するには、ある種の祖先の記憶の存在を認めなければならない。奇才のサヴァンは…そうした記憶を遺伝している」(『なぜかれらは』、285頁)と述べています。トレッファートは、人が祖先の持っていた数学や音楽の記憶を遺伝して受け継いでいる可能性について言及しているのです。

 人の記憶に関しては、さらに以下の実験が有名です。カナダの神経外科医ワイルダー・ペンフィールドは1933年、てんかんの手術をするために患者の頭を開頭し、手術箇所を正確に定めるために電極を脳に差し込み微弱な電流を流しました。脳には痛覚がないので患者は意識を保ったまま、意識にどのような変化があったかを口頭で医師に伝えることができます。この時、側頭葉に電極で電流を流すと、患者は過去に経験した忘れていた記憶を映画のフラッシュバックのように鮮明に思い出すことが明らかになりました。ささいな出来事が細部に至るまで思い出されるのです。例えば、「自分は台所にいて、庭で遊んでいる小さな息子の声に耳をすましている…。自動車の音なども聞こえた」「劇の一場面です――みんなでおしゃべりをしているのが見えました――私は…それを目の前に見ていました」(『脳と心の神秘』法政大学出版局、60〜67頁)

 さらにペンフィールドは、「何かを初めて経験するたびにシナプスの促通(興奮を伝達しやすくなること)が起こる」(74頁)、「注意を向けた事物はすべて記録されるが、彼が無視したものは記録されない」(102頁)と主張しました。こうしてペンフィールドの観察によって、人が「経験したことは構造的な痕跡として脳の中に残される」(41頁)可能性があることが明らかになったのです。私たちの脳の中には、過去に経験した重要なことの記憶がすべて記録されているかもしれないのです。

 これに関連して、ノーベル賞を受賞した理化学研究所脳科学総合研究センター長の利根川進氏は、アルツハイマー病になったマウスは記憶は保存されているがそれを想起できなくなっていることを実験で示しました。アルツハイマー病マウスを箱に入れて電気ショックを与えることを繰り返しましたが、アルツハイマー・マウスは病気で恐怖を想起できなくなっており、その箱に入っても恐れることはありませんでした。このマウスの電気ショックの記憶が保存されているだろう神経細胞ニューロンに光感受性タンパク質を植え込み光を当てて発火させたところ、マウスは恐れを感じてすくんだのです。すなわちアルツハイマー病になったマウスも、重要な記憶(ある箱に入ると電気ショックが起きる)を神経細胞ニューロンにちゃんと記録していたのです(「nature」2016年3月24日号)。人の重要な記憶も、アルツハイマー病であっても神経細胞ニューロンにちゃんと記録されていることが示唆されます。

 以上のことをまとめると、人は経験したことのうち長期記憶に残った重要なことをすべて脳の中に痕跡として刻み込んで記録している可能性がある。しかしその情報量はあまりに多いため、普通の人はその記録にアクセスできないようになっている。ただし超記憶症候群の人やサヴァン症候群の人は、そのブレーキがこわれてしまい、過去の膨大な記憶が自動的に頭の中を流れている、と説明できます。

 

●神経細胞と遺伝物質DNA

 私たちの記憶について、今度は細胞や遺伝物質DNAなどの観点から見ていきます。記憶は、脳の中の神経細胞ニューロンに“刻み込まれて”記録されていると考えられています。私たちがあることを経験すると、神経細胞ニューロンのある集団ネットワークが興奮します。これは神経細胞ニューロン群の「発火」と呼ばれていて、その集団だけに多くの電流が流れるのです。この電流の刺激などにより神経細胞ニューロンの核内にあるDNAが発現し、タンパク質が作られます。このタンパク質によって神経細胞ニューロンと、同じ集団内の神経細胞ニューロンの間にある非常にせまい間隙(シナプスといい、隙間は10万分の1ミリ)に面している細胞膜の構造が変わり、ニューロン間に情報が伝わりやすくなります。

現在の人工知能(AI)は、コンピュータのプログラム内に神経細胞ニューロン間のシナプスを設定し、その結合の強さ(ウエイト)をコンピュータ自身に学習させる「深層学習」方法の開発によって急速に発展を始めています(櫻井豊『人口知能が金融を支配する日』東洋経済、146頁)。なぜなら人間の脳も、「課題をいちばん効率的になし遂げられるまで、自身の〔神経〕回路の配線をやり直している」(デイヴィッド・イーグルマン『あなたの知らない脳』、111頁)からで、人工知能にも脳と同様の学習方法が使われ出したのです。

 

 このニューロン間の情報の伝わりやすさがペンフィールドの述べた「シナプスの促通」です。これが物質的な“刻み込み”となって、神経細胞ニューロンのネットワークに経験が記憶されると考えられています。この仮説(セル・アセンブリ仮説)は2012年に実証されました(井ノ口馨『記憶をコントロールする』岩波書店、32頁)

 私たちの経験は目で見たことや耳で聞いたことなど複数の感覚器官への刺激からなっています。そこで、目で見たことは脳の大脳皮質にある視覚野の神経細胞ニューロン群に、耳で聞いたことは聴覚野の神経細胞ニューロン群に記憶されます。こうした複数の箇所の神経細胞ニューロン群を統合しているのが側頭葉の内側にある「海馬」という部位だと考えられています。過去の経験を思い出すときには、この海馬を経由して複数の領域の神経細胞ニューロン群がもう一度興奮して発火し、過去の映像や音を思い出すと考えられています(ペネロペ・ルイス『眠っているとき、脳では凄いことが起きている』インターシフト、76頁)

 経験を記憶する際には、神経細胞ニューロン間のシナプスの構造が変わるだけでなく、DNAから合成されたタンパク質によって新しい神経細胞ニューロンが作られたり、それが場所を移動したり、神経細胞ニューロン集団の形が変形したりもします。人は高齢になっても海馬で1日1400個もの新生ニューロンを造り続けています(マーゼン・キアベックほか「記憶を調整する新生ニューロン」日経サイエンス2014年9月号)。新生した神経細胞ニューロンは脳の中を移動し、適切な部位まで動いていくこともみつかっています(細胞は周りに結合する細胞がないと、アメーバのように移動します)。
 またラットでは、性体験をした個体とそうでない個体では球海綿体神経核という神経細胞ニューロン集団の「形」の変化が起きることが知られています。これは経験の記憶によって、情報を伝えやすいようにシナプスが太く大きくなるからだと考えられています。こうした神経細胞ニューロンの「新生」や「移動」「変形」も、経験の記憶の刻み込みの1つです。ノーベル医学・生理学賞を受賞したコロンビア大学神経生物学行動センターのエリック・カンデル教授は「われわれが新しい情報を…保持できるのは、脳が記憶のシステムを容易に変えられるからである。…〔記憶は〕脳が変化する能力〔によって蓄えられる〕」(『記憶のしくみ』講談社ブルーバックス、下232頁)と述べています。

 経験の記憶の“刻み込み”(これを長期記憶といいます)には遺伝物質であるDNAやRNAが関わることがポイントです。DNAからタンパク質が作られる際には、メッセンジャーRNAやトランスファーRNAなど複数のRNAも作られます。これらのRNAは、30億塩基対もある超巨大分子のDNAに比べて非常に小さい分子であることが特徴です。トランスファーRNAは75〜90塩基対くらい、スモールRNAは20〜23塩基対くらい、マイクロRNAは18〜25塩基対くらいです。

 実は細胞は、隣り合う細胞との間に小分子やイオンをやりとりするチャンネル(通路)を持っています(デール・レアードほか「ギャップ結合/聞こえてきた細胞の会話」日経サイエンス2015年9月号)。このチャンネルは「ギャップ結合」と呼ばれ、1つの細胞に注入された色素分子が急速に他の細胞へ拡散していくことから発見されました。

 マイクロRNAはこのギャップ結合を通って細胞から細胞へと伝達されます。それだけでなくマイクロRNAは子孫にも伝えられていく物質であることも分かってきました。さらにDNAが発現する時にタンパク質をつくらないDNAの配列部分(ジャンクDNAあるいはノンコード領域などと呼ばれ、ゲノムの約98%を占めている)から、1万から3万種ものRNAが作られてきていることも分かってきました(ネッサ・キャリー『ジャンクDNA』丸善、127頁)。ジャンクDNAもまだ分かっていませんが、何らかの情報を遺伝しているものと思われます。

 この細胞間ギャップ結合を通って、経験の記憶の刻み込みの統合情報を持った海馬の神経細胞ニューロンのRNA類が、生殖細胞まで伝わっていって生殖細胞のDNAと相互作用することで記憶情報がDNAなどに刻まれるということはないでしょうか。あるいは海馬のRNAが直接、生殖細胞のDNA類と相互作用できないでしょうか。脳の延髄からは細長い迷走神経が直接生殖細胞まで伸びているからです。この迷走神経の中を海馬のRNA類が通っていけば、直ちに生殖細胞のDNA類と相互作用できます。もしそれが可能なら、ある人の経験の記憶は子孫に遺伝されていくことができます。

 最近の研究では脳の血管は「グリンパティック系」というトンネルのような形の周囲腔に囲まれており、脳の古くなったタンパク質などはこの系に排出されてさらに血管に排出されていくことが分かってきました。タンパク質が排出されるということは、より小さなRNA類も排出されて血液に流れ込むことができます(「日経サイエンス」2016年7月号)

 実は脳と精巣・卵巣の間には血液を通してホルモン・タンパク質などの物質交換が行われていることが知られています。例えば脳下垂体前葉から生殖腺刺激ホルモンが分泌され精巣に達すると、今度は精巣からインヒビンというタンパク質が作られ、これが脳下垂体に戻って生殖腺刺激ホルモンの分泌を抑制するのです。タンパク質が血液で運ばれるということは、より小さなRNA分子も血液で運ばれることができます。事実、血液の中には数千塩基対ほどのメッセンジャーRNAが運ばれていることも分かっています。

 脳から生殖細胞に伝わっていく物質はジャンクDNAの断片でも構いません。ジャンクDNAのある領域は遺伝子発現をオンにしたりオフにしたりする領域で「エンハンサー」と呼ばれています。この領域が遺伝子発現を制御するエンハンサーになった場合は、元の不活性なジャンクDNAの状態には戻りません。つまりジャンクDNAエンハンサーは、遺伝子が「発現したということを記憶している」のです。経験の記憶の刻み込みの統合情報を持った海馬の神経細胞ニューロンのDNAエンハンサー類が、血液あるいは迷走神経を通って生殖細胞のDNA類に遺伝子発現の「記憶」を受け渡しても良いのです。

  問題は何らかのルートで生殖細胞に到達したRNAやDNA類が、生殖細胞のDNA類と相互作用して経験の記憶をDNAに“刻み込む”ことができるかどうかです。この点については現在、ほとんど分かっていないのが実情です。RNAの中にはメッセンジャーRNAやマイクロRNA、piRNA(生殖細胞で働くRNA)など、生殖細胞の中に直接取り込まれて子孫に伝達されていく遺伝物質も見つかってきました。

 最近では、DNAとタンパク質によって作られている「染色体」の構造の変化によって遺伝情報が次の世代に伝えられていく「エピジェネティクス」と呼ばれる現象も分かってきました。例えばDNAが巻き付いているタンパク質のヒストンの構造の変化(少なくとも60種類の変化があると考えられています)や、DNAの鎖の部分(塩基対のはしごの部分ではない)の構造の変化によって遺伝子の発現がオン・オフされるのです。生殖細胞に到達したRNAやDNA類は、このヒストン・タンパク質やDNAの鎖部分と相互作用して経験の記憶情報を刻み込んでいるのかもしれません。

 サヴァン症候群について研究したトレッファートは、子どものサヴァンが音楽や数学の広範な規則や公式に自由にアクセスしていることから、「それを説明するには、ある種の祖先の記憶の存在を認めなければならない。奇才のサヴァンは…そうした記憶を遺伝しているのである」と述べています。祖先の経験の記憶が子孫に遺伝する可能性を支持する研究者もいるのです。

 私たち個々人は何十億人も集まって「人類」という類的構造を作っています。個々人は死にますが、一方で新しい個人が誕生し、人類は環境の変化に適応して自らを変化・存続させています。ここで、個々人が経験した重要な記憶は個人の死によって消えてしまうのでしょうか。それとも重要な記憶は子孫に遺伝し保存されていくのでしょうか。科学ジャーナリストの竹内薫氏は、生命をつないでいくことは情報をつないでいくことだと言っています。そして生命は情報を大量に蓄積しつつも、ほとんどの情報を無意識下に蓄えて「スルー〔見ないように〕」しているといいます(『99.996%はスルー』講談社ブルーバックス、156頁)。ちなみにスイスの精神科医カール・ユングが想定した、個人的無意識のさらに下層にあり神話などの原型となる「集合的無意識」は、この祖先のばく大な記憶が無意識下の神経細胞に刻み込まれていることがその物質的基礎になっているのかもしれません。

 ところで私たちの脳は、百億人以上もの祖先の経験の記憶を記録することなどできるのでしょうか。脳の神経細胞ニューロンの数は約850億個あるといわれています(『ジャンクDNA』、288頁)。1つの神経細胞ニューロンは約1千個のシナプスで他の神経細胞ニューロンと連絡しています。この850億個の神経細胞ニューロンから複数個のニューロンを選んでできるネットワークの組み合わせは、850億×(850億−1)×(850億−2)……というように、まさに天文学的な数になります。脳は無限ともいえる情報を蓄積できる、情報の素晴らしい記録庫なのです。

 

●ブラックホールと宇宙の境界

 

 私たちの祖先の経験の記憶は、遺伝物質であるDNAなどに刻み込まれて私たちに遺伝してきているのかもしれません。しかしケイシーは過去のことだけでなく、現在まさに起きている病人の原因なども「透視」しました。ではケイシーはどのようにして現在起きていることを「透視」できたのでしょうか。そこでこれ以降は、過去、現在、未来といった「時間」の問題について今の物理学が解明している点を見ていきます。

 私たちの時間の観念を変革したのが20世紀初めに作られた相対性理論です。相対性理論は光速などの「物理法則」が絶対的なものであり、時間や空間は相対的で変化するものだと明らかにしました。例えば、Aという出来事とBという出来事が「同時」に起こったとする「同時刻」も、別の等速運動をしている人からは同時に見えないという同時刻の相対性が有名です。ある人にとっては「今」起きた事柄が、運動している人にとっては「既に過去に」起きていたり、別の運動をしている人にとっては「これから未来に」起こることなのです。

 この「今」の食い違いは2人のひとの距離が離れれば離れるほど大きくなります。仮にAとBが100億光年離れているとして、AがBに向かって時速16キロの自転車でこぎ出せば、Aの「今」はBの150年先の「未来」になってしまうのです(ブライアン・グリーン『宇宙を織りなすもの』草思社、上229頁)

 こうして「空間(距離)」と「時間(今)」は別々に存在しているものではなく、「時空」という統一体をなしていることが相対性理論によって明らかにされました。

 相対性理論はやがて一般化され、どのような運動をしていようと物理法則は変わらないという一般相対性理論に発展しました。私たちは車を運転している時、車のスピードを加速しようとしてアクセルを踏むと体がシートに押しつけられる力を受けます。この力(加速度で生じる力)が重力と等価だとアインシュタインは考え、この「等価原理」に基づいて重力についての一般相対性理論を発表しました。重力が非常に強い中性子星やブラックホールなどの天体の運動は一般相対性理論によって初めて説明できます。

 現在、この相対性理論をさらに発展させようとの研究が進められています。相対性理論と、ミクロの世界を記述する量子力学を統一して「重力の量子論」を造ろうとの試みです。現在、その最有力候補は「超弦理論」と考えられています。超弦理論は、素粒子が点粒子ではなく、弦のような1次元の長さを持っていると考えます。そしてこの弦の振動の違いが、さまざまな粒子を生み出すと考えるのです。

相対性理論を量子力学のミクロの世界に適用しようとすると、時空が量子的に“ゆらいで”しまい、うまくいかないとこれまで考えられてきました。しかし最近、この“時空のゆらぎ”が相対性理論と量子力学を統一する鍵になるのではと考えられるようになってきました。そのブレークスルーを提供しているのが「量子もつれ」です。量子力学の世界では「状態の重ね合わせ」という現象が起きています。たとえば電子は波の状態と粒子の状態を重ね合わせた状態になっています。電子銃から電子を1個1個打ち出すと、その先のスクリーンに1個1個の粒子の状態で到達します。しかしスクリーンの手前に2つ穴を持つスリットを置いて1個1個打ち出すと、電子はスクリーン上に縞模様を描き、まるで波のような状態を示すのです。電子は波の状態と粒子の状態を重ね合わせて持っており、観測された瞬間(この場合はスクリーンに到達した瞬間)に、粒子か波のどちらかの性質に固定されるのです。さて中間子は光子2個のペアを対放出します。光子や粒子は自転のような性質を持っており、これを「スピン」と呼んでいます。対放出された2個の光子は「状態の重ね合わせ」になっており、片方の光子のスピンが上向きだとすると、もう1つの光子のスピンは必ず下向きになるのです。これを「量子もつれ」とも呼んでいます。対放出された2個の光子が量子的に“もつれた”状態になっているという意味です。ここで対放出された2個の光子を別々の箱に入れて、1光年離れた距離に隔てる思考実験を行うとします。対放出された2個の光子は「量子もつれ」の状態にあるので、片方の箱のふたを開けて光子Aのスピンを観測して上向きだったとすると、光子Bの箱を開けて観測するとスピンは必ず下向きになっているはずです。しかしこれは相対性理論の原理、つまり光速度以上の速度で情報が伝わることはない、に抵触します。光子Aのふたを開けてスピンが上向きだったという情報が光子Bに伝わるには1年間(1光年)かかるからです。最近、この「量子もつれ」が相対性理論の「時空のワームホール」そのものではないかとの理論が出されました。もし量子もつれにある光子A、Bがワームホールでつながっていれば、空間的に1光年離れていても光子Aの情報はワームホールを通って光子Bに瞬時に伝わります。さらに東京大学カプリIPMUの大栗博司教授は、量子もつれから時空が作られるとの計算を行いました。量子力学の量子もつれと相対性理論の時空のゆらぎやワームホールが統一的に理解できる、つまり量子論と相対論を統一できる一歩手前まで理論が進んできたのです。



 一般相対性理論は、重力とは時空の“湾曲”に他ならず、その湾曲は物質の質量=エネルギーによって造られると考えます。この時空の湾曲の程度のことを時空の「曲率」といいますが、この曲率が負になる「反ド・ジッター空間」という時空を考えると、重力が量子的に完全に記述できることが分かりました。つまり反ド・ジッター空間では、重力の量子論が成立するのです。ちなみに時空の曲率は「正」か「負」か「ゼロ」の三つの場合があり、現在の宇宙の観測結果はちょうどゼロ・プラスマイナスにあって正かゼロか負かの決着はまだついていません。

 量子重力理論が成り立つ反ド・ジッター空間は無限遠に「境界」があります。4次元時空の反ド・ジッター空間を考えると、境界は空間が2次元で時間が1次元の3次元時空になっています。各瞬間瞬間にこの境界を見ると、それは2次元空間の球面に見えます。

 この2次元の球面に、私たちの宇宙で起きるあらゆる事象の情報が含まれているというのが「宇宙のホログラフィック原理」です(大栗博司「超弦理論入門」講談社ブルーバックス)。超弦理論ではこのホログラフィック原理が成り立っています。ホログラムとは2次元の平面に記録されているものに光を当てると、完全な3次元像を投射するというものです。しかも2次元の平面に記録されている図形はランダムな点の集まりで、投射される3次元像とは全く違った形をしています。しかし2次元のホログラム平面には、3次元映像に必要なすべての情報が記録されているのです。

 反ド・ジッター空間でブラックホールを考えます。ブラックホールにはその内部と外部を分ける球状の境界(事象の地平面)が存在します。このブラックホールの事象の地平面の中に入ってしまった物質は2度と地平面の外に出てくることはできません。ブラックホールが、光さえ脱出できない「暗黒の穴(ブラックホール)」と呼ばれるゆえんです。

 そのブラックホール2個が合体し、放出されたエネルギーを重力波として世界で初めてとらえたとの発表が2016年2月11日にありました。アメリカに設置されていた2台の「レーザー干渉型重力波天文台(LIGO)」が13億光年かなたの2個のブラックホールが合体した時に発生した超微細な重力波を2015年9月14日にキャッチしたのです。放出されたエネルギーは全宇宙の星が放つ光を合算したものの50倍というばく大なものでした。重力波はアインシュタインが一般相対性理論をもとに1916年に予想した現象で、その検出が予想から100年後のちょうど2016年に発表されたのです。今回の発見は、第一にブラックホールが確実に存在していることと、第2に重力が極端に強いブラックホール2つの合体でも一般相対性理論が見事に成り立つこと、第3に一般相対性理論が正しいとしてスーパーコンピュータに計算させた波形と実際の観測波形が見事に一致したこと、を示したのです(「日経サイエンス」2016年5月号)

 

 ところで超弦理論には「双対性」という性質があります。数直線を右へ右へと無限大の方向に進んでいくと、やがて左の無限小の方から戻ってくるような性質で、無限大と無限小というように相反する領域がリンクしているという性質です。ここで反ド・ジッター空間の無限遠の境界面と、ブラックホールの境界面が双対性で結ばれることがもしできれば、宇宙で起こったすべての事象の情報を私たちはブラックホールの境界面に“見る”ことができることになります。

 この点に関しては、反ド・ジッター空間の特徴として無限大の空間を有限の領域に包み込むことができるため、ブラックホールの球体の事象地平面が、無限に広がる反ド・ジッター空間の境界面になりうることが分かってきました(中島林彦『ホログラフィー原理を解く』日経サイエンス2017年1月号、40頁)。さらに、かつてはブラックホールの境界面からやってくる光の波長は無限大に引き延ばされて真っ黒になるので、光で境界面を“見る”ことは事実上不可能と考えられていましたが、ホーキングがブラックホールの境界面は量子力学的に光を放つこと(ホーキング放射)を1974年に証明し、境界面からは情報が放射されていることも分かってきました。

 ちなみに直径1センチのブラックホールの境界面に蓄えることができる情報量は約10の66乗ビットという莫大な量です(ジャコブ・ベッケンシュタイン「ホログラフィック宇宙」日経サイエンス2003年11月号)。反ド・ジッター空間のブラックホールの境界面は、宇宙で起きたあらゆる事象の記録庫になれるのです。超弦理論の研究者であるアメリカのレオナルド・サスキンドも述べています。「ブラックホールの地平線〔地平面〕は、自然法則によって許されるうちで最大限に情報が集中した形式」(『ブラックホール戦争』日経BP、138頁) であり、「ブラックホールは自然界でもっとも高密度に凝縮された情報記憶装置である」(同、171頁)

 相対性理論は「現在」「過去」「未来」の時間の区分けがあいまいになることを示していました。アインシュタイン自身は、「私たちのような物理学の信奉者は、過去と現在、未来の区別は、ぬぐいがたい幻想に過ぎないことを知っている」(『超弦理論入門』、262頁)と述べています。では時間とは私たちだけが感じる「幻想」なのでしょうか。

 アインシュタインにとって実在するのは「時空」です。先ほど100億光年離れているAとBでは、運動の仕方によって「今」の断面が全く違ってしまうことを見ました。アインシュタインによって示された「時空」を「長い食パン」に見立てると、「今」は観測者の運動の違いによって様々な角度で切り取られた食パンの断面に例えられます(『宇宙を織りなすもの』、上235頁)。運動の違いによって、切り取られる食パンの「断面=今」は皆異なるのです。ここで「今」の断面が無限に広がっているなら、様々な角度の「今」の断面を合わせればそこには時空内のすべての「点=出来事」が含まれることになります。つまり「空間には広がりがあると思っているが、時間も広がりをもって実在している(過去も未来も〔現在の中に〕実在している)」(同、上235頁)のです。

 そうだとすると、ブラックホールの事象の地平面には、宇宙が始まってから終わる(?)までの“広がりを持った”全事象が記録されていることになります。ケイシーが過去のことだけでなく現在のことを「透視」できたのは、まるでブラックホールの事象の地平面に既に記録された宇宙の全事象を「見た」かのようです。


●聖書の暗号と天体衝突


 ブラックホールの事象の地平面には宇宙で起きる全事象が記録されているのかもしれません。そのすべての事象が、旧約聖書に既に記録されていると述べているのがマイケル・ドロズニンの著した『聖書の暗号』(新潮社)です。その暗号は群論の世界的な数学者エリヤフ・リップス教授が旧約聖書のヘブライ語原典から発見しました。ヘブライ語は、過去の意味を表す「完了形」に「ワウ」という1文字が付くと未来の意味になってしまい、未来の意味を表す「未完了形」に「ワウ」の1文字が付くと過去の意味になるなど、過去と未来が簡単に入れ替われる特徴を持っています(大久保史彦『聖書が原語で読めたなら』聖書語学同好会、86頁)

 リップス教授は「聖書の暗号はひとつのコンピュータ・プログラムなのです」と言っています(『聖書の暗号』、18頁)。1次元の長い文字列であるヘブライ語原典(30万4805字)を適当な数、例えば100字ずつで折り返していくと2次元の文字平面ができますが、その文字平面を縦横斜めに探すと暗号が浮かび出てくるというのです。なおヘブライ語の文字は数字でもあるので年号なども読み取れるといいます。

これに似た性質を持った二進数の無限数列として「チャンパーナウン数」があるといいます(ハンス・フォン=バイヤー『量子が変える情報の宇宙』日経BP、148〜149頁)。「あらゆる有限の単語列は…過去に書かれたものも未来に書かれるであろうものも含めて、全てこの文字列の中に存在している」といいます。これに対して旧約聖書は約30万文字の有限文字列です。



 例えば1995年11月4日、イスラエルの首相イツァーク・ラビンがアミルという男に銃で暗殺されました。これが旧約聖書に暗号で書かれているのです。ヘブライ語原典を1行4772文字で折り返して64列(最後の列は4169字)にすると、下図のように「イツァーク・ラビン」「(暗殺者は)暗殺するであろう」「アミル」という言葉が出てくるのです。



出所:『聖書の暗号』、30頁


マイケル・ドロズニン『聖書の暗号』

 

 広島への原爆投下も暗号化されていました。なんと1945文字ずつ!で折り返すと「ヒロシマ」という文字が出てくるそうなのです。下図は「原爆によるホロコースト」「1945年」「日本」が出てくる箇所です。


出所:『聖書の暗号』、122頁

 

 さらに2001年9月11日にニューヨークで起きた同時多発「テロ」も暗号化されていました。旧約聖書には下図のように、「双子」「塔」「それは打ち倒した」「二度」「飛行機」が記されていたのです(下図)。

 


出所:『聖書の暗号2』、11頁

 

 1994年7月16日には木星に接近するシューメーカー・レヴィ彗星が10個ほどに分裂して木星に衝突しました。旧約聖書には「シューメーカー・レヴィ」「木星にぶつかるであろう」「アブ8日(1994年7月16日)」と出ていました(下図)。



出所:『聖書の暗号』、39頁

 

この旧約聖書に匹敵するのが、インドのアガスティアという聖者がおよそ5千年も前にヤシの葉に数百万人もの人の運命を書き記したという「アガスティアの葉」(青山圭秀『アガスティアの葉』)です。著者の青山氏はこの葉が保存されている施設に行き、自分の指紋を提出し、自分について書かれたアガスティアの葉に行き当たりました。葉には自分の名前、生年月日、誕生地、父や母の名前、自分のホロスコープ(占星術の天体図)、この施設に青山氏が来る年(34歳の年の6月1日から7月4日までの間)、死亡する年月などが正確に書かれていました! 青山氏は葉を解読する人に聞きました。「それでは結局、われわれの運命は、このように決まっているということなのでしょうか?」「そう言わざるを得ないでしょう」(同書、265頁)。この点について青山氏は「われわれは自由意思で選ぶ〔生きる〕が、神はもともとそれを知っていた」(281頁)と。(なお青山氏は東京大学で量子物理化学を専攻した学者です)

 

 この彗星の木星衝突は私たちにとって極めて重要な意味を持っています。もし衝突相手が木星でなく、地球だったらどういう事態が起きていたでしょうか。シューメーカー・レヴィ彗星が木星に衝突した際の規模は10億メガトンほどと計算されており、地球の望遠鏡は衝突時の閃光や巨大なキノコ雲、そして木星表面(気体層)に残った衝突痕をとらえました(下図)。ちなみに木星表面に残った円形の衝突痕の大きさは地球数個分もありました。

 


木星表面に残った彗星の衝突痕(上の木星写真下部の三つの黒い円)。木星表面にはキノコ雲が見えた
(その下。出所:NASA)。

 

 これに似た惑星衝突が地球でも起きています。今から約6600万年前、メキシコのユカタン半島北岸に直径10キロ(エベレスト山より大きい!)もある巨大な小惑星が衝突し、当時地上に生息していた恐竜をほとんど全滅させてしまったと考えられています。衝撃力は広島原爆の10億倍で、衝突地点から1000キロ以内にいた動物や植物は熱波によって瞬時に焼かれてしまったと考えられます(「ナショナルジオグラフィック日本版サイト」2016年6月15日)。巨大なキノコ雲、大津波、大洪水、大地震が起き、爆風で動植物はなぎ倒され、巻き上げられた土とほこりで成層圏は分厚い雲に覆われて半年から1年ほども暗黒の日々が続いたと考えられています。コンピュータ・シミュレーションでは、直径500メートルの天体であっても、衝突から40日後の気温低下量は30〜40度Cに達すると計算されています(『いつ起こる 小惑星大衝突』講談社ブルーバックス、59頁)

 私たち日本人は2011年3月に起きた東日本大震災の津波を忘れることができません。東日本大震災では高い所で約20メートルの津波が発生し、防波堤を乗り越えて多くの人々の命を奪いました。小惑星が仮に地球に衝突したとすると、天体の大きさや質量、衝突速度にもよりますが、1000メートルを超える津波が発生してもおかしくないのです。ちなみに6600万年前の惑星衝突では、津波の高さは約4000メートル!(『いつ起こる』、57頁)に達したと計算されています。日本列島は津波に完全に飲み込まれてしまうのです。

 この光景は、アトランティス諸島を海底に沈没させ、ペルーやメキシコ、北アメリカ、インド、ギリシアなど世界各地に残っている大洪水や大地震に関する神話を想起させないでしょうか? 紀元前1万1000年頃から前9000年頃に起きたとされる生物の大量絶滅跡で、人間の遺体が大型動物たちと折り重なるようにして発見されていることも説明できます。巻き上げられた土が長期間にわたって太陽光をおおい、当時の地球気温が急激に低下したこととも合致します。

 ケイシーによればアトランティスを脱出した人々は南米ペルーや中米メキシコ、エジプトなどに逃れました。そして現地の神話によれば青い目をした白人が、大洪水に生き残っていた現地の人々に天文学やカレンダー、数学などを教えて天空を観測するピラミッドを造りました。メキシコのテオティワカンには、世界各地で発生した地震を観測するためのプールも造られています。これらのピラミッドは常時天空を観測し、地球に接近してくる異常な天体が見つかった場合は、ただちに人々を高山に避難させるための施設だったのかもしれません。ペルーの高山頂上にあるマチュピチュ遺跡は、津波を避けるために高地に作られたものかもしれません。

 ハンコックの最新刊『神々の魔術』(日本語版は2016年2月発刊)によれば、紀元前1万800年頃に巨大なヤンガードリアス彗星がカナダなどに衝突し、地球規模の大災害を起こしたという説が2007年のアメリカ地球物理学連合大会で発表され、その真偽をめぐって学会で論争が続いているといいます。衝突地点は当時氷床であったためクレーターは残らず、衝突のエネルギーで氷床が急激に溶け、大量の水が海洋に流入して大津波、大洪水が起きたと考えられています。彗星の衝突を示す理由としては、天体の衝突で生まれるナノダイヤモンドという物質が北米や南米の一部、ヨーロッパと中東のヤンガードリアス境界層に存在しているからです(紀元前6600万年前の白亜紀と第三紀境界にも衝突起源のイリジウムが大量に存在しています)。爆発力は1000万メガトン、水爆の200万倍の破壊力だと計算されています。

アメリカ最北部にあるナイアガラ瀑布は石段を形成しており、この石段の調査から瀑布は、紀元前8000年〜1万3000年ころにこの地域に起きた地質学的大変動によって形作られたと考えられています(アレクサンドル・ゴルボフスキー『失われた文明』講談社現代新書、59頁)。ヤンガードリアス彗星の衝突でしょうか? またイラクのシャンデル洞窟には過去10万年間の人間居住の痕跡が残っていますが、紀元前1万年頃にそれが突如として断絶しているそうです(同書、61頁)。南極大陸では1500メートルの深さから火山灰の痕跡が見つかりましたが、その年代は紀元前8000年〜1万2000年前のものだそうです(同書、62頁)。インドの太陰=太陽暦の出発点は紀元前1万1652年、マヤの暦は2760年ずつの周期で構成され過去にさかのぼると紀元前1万1653年になります(同書、65頁)。誤差を考えると、全く同じ年だといえます。
 これら『失われた文明』の著者ゴルボフスキーは、このように今から1万年ほど前に地球規模の大異変(巨大天体の衝突など)があったのではないかと述べています。さらにゴルボフスキーは「中央アメリカでは、水が一番高い山のてっぺんまで達しているが、ギリシアでは水位が岡や高い木のてっぺんすれすれのところまで…になっている」(同書、20頁)ことから、異変がアメリカ大陸付近で起きたことを暗示しています。



 「人々は透き通った緑色の壁が、迫ってくるのを見た。谷を端から端まで満たしながら。…すぐに緑色の水の壁であることを悟った」(『神々の魔術』、上70〜71頁)。これはアメリカ・アリゾナ州に住むピマ族の言い伝えですが、大津波を実際に経験した人でなくては思いつかない表現ではないでしょうか。ハンコックによればヤンガードリアス彗星は牡牛座流星群の一部にすぎず、2030年頃に地球は流星群の中の大きな天体群と再び交差するといいます(同、下259頁)。 2017年6月にはチェコの天文学者グループが、牡牛座流星群の中に新しい小惑星を少なくとも2個発見、サイズが数百メートルほどあり地球に衝突する可能性もあると発表しました。

 2016年1月になってNASA(アメリカ航空宇宙局)は、小惑星の接近から地球を守ることを目的とした新部門「惑星防衛調整局」を新設しました。直径が30〜50メートル以上の天体で地球に接近する可能性のある天体の90%以上を早期発見することを目指しています。NASAはこれまでに直径1キロメートル以上の地球近傍天体の90%の軌道をとらえる「スペースガード計画」を実行してこれを完了させています。その結果、直径100メートル以上で地球に衝突する可能性のある天体が約4700個あることが突き止められています(アナリー・ニューイッツ『次の大量絶滅を人類はどう超えるか』インターシフト)

 2013年2月にはロシアのチェリャビンスク上空で直径約20メートルの小惑星が空中爆発したのが記憶に新しいところです。爆風は建物のガラスを割り、窓枠を建物内部に押し込み、1000人以上の負傷者を出しました。これを受けてロシアでは、直径20〜50メートルの小惑星が地球に接近してきた場合、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を打ち込んで天体を破壊する計画が始動しています。2016年6月には、地球から1.5億キロの距離にある50メートルの大きさの小惑星を発見できる望遠鏡のテストを開始しています(「スプートニク」2016年6月15日)

 なお地球上にはこうした天体だけでなく、直径が0.01ミリ以下の宇宙に浮かぶ「宇宙塵」が常に降り注いでいるといいます(磯部e三『巨大隕石が地球に衝突する日』河出書房新社、59頁)。その量は地球が誕生してから現在まで、全地表に3メートルの厚さで降り積もったといいます。私たちは極微量ではありますが宇宙塵を吸いながら生きており、宇宙にある物質を体内に取り入れているのです。

 

 話を聖書の暗号に戻すと、ヘブライ語で書かれた旧約聖書は世界の始まりから終わりまでの全情報が隠されている「情報の記録庫」なのかもしれません。まるでブラックホールの事象の地平面に記録されているかもしれない全宇宙の出来事を、誰かが写し取ったかのようです。

 

●原子の中の宇宙化石


 最後にもう一度われわれの体の中を見ていきます。われわれの体は細胞から造られ、細胞は原子から造られています。その原子は中心にある原子核と周りをまわる電子からなっています。原子核が仮に半径1センチのピンポン球ほどの大きさだと考えると、原子は半径が1キロメートルの巨大な真空です。その中に大きさが特定できないほど小さな電子が回っているのです。原子は“スカスカ”で、ほとんどが真空なのです。東京大学の本間三郎教授によれば、この真空は宇宙が誕生して10万年たち、それまで別々に宇宙を飛び回っていた原子核と電子が1つにまとまった当時の宇宙の真空をそのまま保存しているといいます(『物質の究極は何だろうか』講談社現代新書)。さらに原子核は陽子と中性子からなり、陽子と中性子はクォークからできていますが、陽子と中性子の中も真空であり、ただエネルギーが非常に高いのでクォークと反クォークができては消えを繰り返している真空だといいます。このエネルギーの高い真空は宇宙が誕生して0.00001秒後の真空です。こうして私たちの体の中には「宇宙初期の状態の化石」(『物質の究極は』、179頁)が閉じこめられているといいます。

 原子の中の真空には原子核の周りを回る電子があり、陽子の中の真空にはクォークが生まれては消えるという「構造」がありますので、ひょっとすると宇宙初期に関する情報がこの構造に支えられて隠されているかもしれません。

 

 ここまで私たちは、エドガー・ケイシーの「透視」を科学的に説明できないか辿ってきました。アトランティス大陸から南米ペルーや中米メキシコに脱出した人たちによって現地のピラミッドなどが造られた可能性があること。その人たちの別のグループはエジプトのスフィンクスの地下に、アトランティスの膨大な記録を隠した可能性があることなど、ケイシーの「透視」が一定の事実に裏付けられる可能性があるからです。なにぶん私の科学的知識がとぼしいことと、現代科学ではまだ解明されていない分野のこともあり、ケイシーの「透視」を科学的に説明することはできませんでした。

 しかしその過程で、私たちの脳には私たちが経験したすべての重要な情報が記録されている可能性があること。相対性理論と量子力学を統一する超弦理論は、反ド・ジッター空間の無限遠の境界面にホログラフィックに記録されている全宇宙で起きた事象が、ブラックホールの事象の地平面にも記録されている可能性があること。さらに宇宙で起きたすべての事象が、ヘブライ語で書かれた旧約聖書に隠されているかもしれないことも見てきました。

 私たちの経験や宇宙で起きる事象などについての「情報」は、記録することで保管できます。エジプトのヒエログリフにも次のように述べられています。「…書き表されたものは、記憶され、記憶されたものは、生き続ける」(Normandi Ellis “Ancient Egyptian Book of the Death”,43p。『創世の守護神』、下138頁)。私たちの脳や旧約聖書のヘブライ語の文字群、そしてブラックホールの地平面などの記録庫に蓄積された情報は、今も脈々と生き続けているのです。

以上

 

 

 

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