5番(山之内伸一郎君)  5番、山之内伸一郎でございます。行政  にもっと  経営感覚を、組織と云うものはトップの哲学 姿勢で大きく変わります。この2点がきょうの私の発言のまとめでございます。

   
 40年前に衝撃的なニュースを聞きました。ケネディー大統領に「あなたが一番尊敬する日本人はだれですか」、こういう質問に対して、「上杉鷹山です」と、こう言いました。日本記者団からどよめきが起こりまして、「上杉、何だそれは」と。上杉鷹山とは、一般的に旧米沢藩主で貧しい東北にありながら、米沢牛を初めとして立派な農業圏の基礎をつくった、これくらいの認識しかないのが普通です。でも私は、さすがアメリカの大統領だ。上杉鷹山が日本で一番尊敬する人物だというからには何かがあるに違いない、こう思いまして、むさぼるように上杉鷹山の本を読みました。上杉鷹山のその前段がすごいのでございます。先祖である上杉謙信の時代は200万石、秀吉によって福島に追いやられ、家康によって米沢藩に追いやられた上杉家は、15万石、10分の1以下の収入でございます。しかも5代藩主として登場したのが鷹山でございまして、17歳、大変大きい藩でございましたから、あれも上杉家としてはやらなければならない、これも当然だと、こういう格式だけは重んずるけれども、財政力がさっぱりない。大名家を返上しなければならぬのではないか、毎日藩主が集まって困った、困ったの相談をしているだけの藩の中に飛び込んだ鷹山が、どうして皆さんが目をみはるような立派な藩にしたのか、ここでございます。当時の藩の収入の90%が藩主の給料でなくなると、こういう昔のくされだんな衆というのがまさに言って当てはまる状況でございます。今から230年前、政治に経営の感覚を持ち込んで、立派に立て直した名リーダーであるという姿がはっきりと見えてまいりました。市税が38億、職員に払う給料が50億、一般当初予算が295億、この魚沼市、自分の足では立てない。しかも頼りとする国や県は借金だらけ。地方分権というのは、言葉を変えて言えば自分の力でやりなさい、面倒は見られませんよと、こういうことだろうと思います。合併特例債という最後の手切れ金をどう使うかによって、魚沼市が立派に発展していくのか、埋没していくのか、この分かれ目だと私は思っています。まさに星野市長は、鷹山が就任をしたそのときとまさるとも劣らない、大変な時代に登場した市長であると、こんなふうに同情しているわけでございます。

   困ったときには歴史に学べと、こう昔から言われております。私は、今の日本の実情は、江戸時代の中期に全くそっくりだなと、こう思っています。元禄というバブルがはじけまして、高度成長から一転してマイナス成長、庶民は働くことを忘れ、ぜいたくになり、言うことだけは一丁前、しかもお金はないと、こういう時代背景の中で、江戸幕府ができて100年、8代将軍吉宗が第1の改革に取り組んだのが享保の改革でございます。そして、70年下って松平定信が寛政の改革を行い、さらにまた54年下って水野忠邦が天保の改革をやっています。地方では上杉鷹山があり、また有名な二宮尊徳が民間人として財政の立て直しをやった、この5人が私は改革男だと、こう思っています。その5人に共通する点が三つございます。一つは、まず産業振興。昔ですから、開田だ、ため池をつくる、河川がはんらんしないように河川改修だとか、今で言えばさしずめ地場産業の振興、あるいは工業誘致による雇用拡大、さらには新しい産物を生もう、こういう努力であります。そういう点に重点的にお金を使ったと、これが共通点の第1でございます。

   2番目には、徹底した行政改革、3番目には力を合わせてみんなで働こうよ、知恵を出そうよ、こういうことでございます。今までかみしもを着て相談ばかりしておった藩主がかみしもを脱いだ、わき差しも置いたと、本気になっておれは米沢牛をつくるために研究するぞと、おれは開田の先生になるぞと、こんなことで学問のある、能力のある藩主が先頭に立ってまず改革に乗り出した、その意欲に火をつけたのが藩主である鷹山でございます。ですから、トップというのは自分の哲学をどう皆さんに植えつけるか、ここにあると私は思っております。そんなことを言ったって財源がないではないかと。違います。私は、あると思っています。何だかんだいっても300億の予算を持っています。1%みんなが節約をしようではないか、これによって3億の金が私は絞り出される。ないところから絞り出すのが知恵であり、汗であり、節約運動です。そうして絞り出した1%の3億円を有効に使えば、いかに財政力のない魚沼市といえども何かができるはずです。市民の皆さんが、ああ、議会、市長、あんなにやってくれるのか、ではおれたちもやろうぜと、そこに火がつけば絶対に立派な魚沼市をつくることができるのであります。

   まず第1に、市長にあるいは執行部に、そして職員の皆さんに哲学を持とう、新生魚沼市をおれたちがつくるのだという使命感に燃えてやろうではないか。私は議員ですので、もちろん是々非々です。悪いことは悪い、いいことはいい。ですが、基本的には私は市長に応援したい、職員の皆さんにエールを送りたい、協力したい、そして思いっきりやらせて合併協議がこういう決め方をしたぞ、それはしてはだめだ。今までの慣例がこうだぞと、そんなことをしたらおまえ首飛ばすぞ、そういう足を縛って、手を縛って、やれやれなんて言ったってやれるわけがない。思い切ってやってください。90%賛成なら賛成しますよ。これくらいの応援を私はしたいのでございます。そして、最後の再生のチャンスと言われるこの合併を生かして、魚沼市が名実ともに合併の優等生として、魚沼市に見に行っていこうではないか、こんな魚沼市につくる必要がある、それをまた皆さんに呼びかけたいと、こう思うわけでございます。ただ言うだけではなくて、夢を形にというのが私のキャッチフレーズでございます。どんなことでもいい、必ず形にして皆さんの評価を得る、こういう考え方でぜひやらせていただきたいと、こんなふうに思っております。一般論だけを述べていると、おまえ質問に立ったのか、講釈に立ったのかと、こう言われますので、次に質問をさせていただきます。

   まず、市役所の機構改革でございます。1日目の質問で皆さん同じようなことを考えているのだなと。また市長さんの答弁も聞きまして大分わかってまいりましたので、重複は避けます。しかし、一つだけ言いたいことがございます。今の機構は、余りにも小刻みに課を分け過ぎたために、全体を見る骨太の幹部職員がいなくなった、私はそう思っています。やはり課長となれば市長に事故あったときはおれが魚沼市を背負って立つ、次の市長選挙にはおれが出るぐらいの幹部職員がいてほしい、いなければならぬ。そのためには35も6も分けて、おまえはガスだぞ、おまえは水道だぞ、こんなことで全体を見回せる幹部職員が育つわけがない。やはりここは大きく、私は門外漢ですから、五つにせいとか、十にせいとか、そういうことは言いませんが、もっと大きくくくって、そして魚沼市全体を見て、10年後に魚沼市をどうすべきかというぐらいのことの言える課長を育てなければ、私はうまくいかないなと、こんなふうに思っておりますが、市長の考えはいかがか、これが第1点でございます。

   第2点で、分庁舎方式は合併をまとめるための大きな目玉であったわけでございます。それはよくわかりますが、私は実際には無理であったと思います。改革は、全職員意識改革をやって、問題意識の共有がなければできません。市長の顔も見たこともない、話も聞いたこともないような職員が、市長がたとえどんな立派なことを考えていたとしても手足のように動けるはずがございません。やはり一つ屋根の下というのが昔からの鉄則でございます。一つ屋根の下にいて、朝に夕なに市長の顔を見て、市長も毎朝朝礼で私はこう思う、こんなことを市民に言われたが、皆さん気をつけようではないか、こんな提案があったが考えてみようではないか、こうして一つ屋根の下で問題意識を共有して、市長の考えているところを自分の考えで消化して動いてこそ初めて強力なチームができるわけでございます。プロ野球を見てください。監督が何を考え、どういう野球をしようとしているのかを理解しないで勝てるチームはないです。実績のある有名な選手ばかり集めたって負けているではないですか。やはり市長の考えをきちんと毎朝発信して、それを受けとめた職員が消化しながら、市長でも間違っているぞ、これぐらいのコミュニケーションのとれないような市役所で立派な仕事ができるわけはないと、こんなふうに思っておりまして、これもあすせいの、あさってせいのという話はするつもりはございませんが、分庁舎方式はこれは見直すべきではないかなと、こんなふうに思います。ただ分庁舎方式の何でそうなったかということは、遠隔地の人たちが寂れることを警戒をしたことでございますが、そのとおりです。それは、いろいろな代替措置があろうかと思います。数の論理や強引な手法でまとめるのではなくて、話し合いを続けながら、納得した上での私は分庁舎方式の見直しを早期にやるべきではないかなと、こう思っていますが、いかがなものでございましょう。

   3番目でございます。第三セクターの見直しでございます。合併論議の中でも第三セクターの経営改善というのは大きな課題であったはずでございます。先送りとなっておったわけで、どのようになったかということでいろいろの課長のところを回って聞きました。そうしたら、それぞれの担当の課で検討して上へ上げて、9月の定例会に提案をすると、こういうことでございましたが、私はそれを聞いて、ああ、これは余り期待できないなと正直思いました。というのは、各課、各課で2人や3人の人たちがこちょこちょと相談をして、農業公社をどうしようか、神湯をどうしようかなんて相談をして、作文をつくって上へ上げたって大した案が出るわけがない。これは、やっぱり全市役所を挙げてプロジェクトチームをつくり、外部から経営に明るい人たちの意見も聞きながら、本気で取り組んでつくった案でなければ私は期待できないと。余り新人がはっきり言っては申しわけないのですけれども、正直そう思っております。そして、いろいろ遊んでいる遊休資産、建物もございます。どうするのだ、どうするのだといって一向にらちが明きませんが、私はここは大胆な発想で取り組んでほしいなと。

   例えばの案です。例えばの案を二、三申し上げます。私は、魚沼は田中角栄が高速道路、新幹線、東京から2時間、魚沼発展してくれよと期待を込めてつくってくれたはずです。にもかかわらず、その利点が一向に生かされていないというのはまことに残念であります。関東圏の東京のこの辺は保養地であり、おいしいものの供給地であり、日帰り、1日でできる観光地の一番有利な状況を持っているところだと思っています。そんな意味で、例えば田中の農観センターがあいているがどうですか、石原知事さん、おまえさんなかなか思い切ったことをやる人だが、農観センターというのはちょっとまずいです。もっといい、温泉つきの施設、これを東京の福祉施設にしませんか、ただで提供しますよ、そのかわり職員は私どもの若い人を雇ってくださいね。東京の年寄りを面倒見る、そこに就職口が出、若い人が働けば子供もできます、そんな形。あるいはまた大学に出かけて、どうですか、教育環境抜群ですよ。あの大自然館のあたりで本当に教育をすればいい子供ができます。あるいはまた岩原の高原で野外体験どうですか、こんなことを大胆に提案をしながら、まとめ上げた第三セクターの改善案でなければ、事務屋がこちょこちょとこっしゃった改善案で私どもは絶対に納得しませんので、正直言って50%以上の出資のある第三セクターの経営状況を私は見ました。何だこれは。深雪の里は立派なものです。ちょっと我田引水ですが、広神農業公社もまあまあ一応経営のていをなしているか。あとは全く経営のていをなしていない。これが本当に第三セクターなのか。言ってみれば、役場のOBを、おまえ余り役に立たぬから第三セクター行ってやってみれやみたいな、そんなやり方で第三セクターが成功するわけがない。経営というのは、すべてが人です。人材がいなかったら経営なんかよくならない、私はそう思っております。

   余りでかいことばかり言っていますと後で怒られますので、ちょっと細かい具体的な話をさせていただきます。農政の大転換の時代です。米といえどももはや担い手に重点を絞って施策を行いますよ。はっきり言えば、小農を切り捨てる。これの大方針は私はもう絶対に変わることはない。いいとか悪いの問題ではないです。俗に言う三者協議といって、農林省、自民党、農業団体、この三者が集まって合意したことですので、よほどのことがない限り絶対にもとへ戻ることはない、私は残念ながらそう思います。しからば、どういうふうに対応するか、これが一番大事なことでございます。もう県の方からあるいは指導が来ていると思いますが、今のままの政府が言っている4町歩以上、集落営農で20町歩以上、ここに施策を集中しますということが仮にそのまま行われるとするならば、今の魚沼市で何人ぐらいの人がそれに該当するのか、何%の農地がそれに該当するのか、試算を恐らくしていると思います。それをまずお聞かせを願いたいと思うと同時に、やはり私はこの辺としては集落営農を強力に進めなければ、魚沼米、これは物すごい価格の段差があるわけですから、一番被害を受けるのは魚沼の農家であります。そこのところをひとつお聞かせを願いたいと思います。

   それから、最後になりますが、食育基本法、そして地産地消、そしてふるさとに誇りを持つ子供を育てようと、こういう観点から私は学校給食に地元のコシヒカリを食べさせて、大きくなってもおれたちのふるさとにはこんな産物があるぞ、自信を持って宣伝もでき、またその生産にも励めるような子供をつくる、こういうことで給食に地元コシヒカリをというのを考えておりました。勉強不足で市長さんがいち早くそれを取り入れて、半分を予算化しているということをついこの間まで知りませんでしたが、いや、これは立派な考えを持っている市長だなと、こう思っております。さらにもう一歩進めて、私は6月23日の新潟日報に出ていますが、新潟市が農業特区で地元のコシヒカリを学校給食に提供する。その分を減反から対象外にすると、こういう記事を見つけまして、課長さんにこれを研究しておいてくださいという話はしてありますので、その話の結論等もきょうは聞けるのではないかなと、こんなふうに期待をしております。 大変長々く、またでかい話をさせていただきまして恐縮でございますが、よろしくご指導お願いします。以上です。




   行政に経営感覚を 組織はトップで変わります                       (17年6月定例)
      

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