2013年3月4日(月)
また再開します。

ご無沙汰してました。
よろしくお願いします。

2009年4月16日(木)
でたらめな実態と市長の失言

 井戸の特別委員会で開いた口がふさがれない疑惑が
出され、当局は調査と報告が科せられた。
1 最初の見積もりを、第三者が差し替えに来て、倍以上の見積もりで再申請をした事実はあるか
2 最低の見積もり業者でなく、高い業者に発注した事実はあるか
3 非農家の老夫婦がタダだからと言われて、井戸を掘らされた事実はあるか
4 地震時には魚沼市に住んでいない人が掘ったのではないか
5 屋根まで消雪の配管をしたのに、撤去しているが
等々の事実を市当局は把握しているか、と言う発言があり、調査の上宝庫9句するよう求められた。

 k0おんなでたらめな一次審査を市長は職員に指示しているのか
と言う問いに、職員が勝手にやったことだとこたえたため一時騒然となり
職務中に職員がやった仕事は、直接指示した、しないに関わらず、

2009年4月14日(火)

復興基金事務局長と魚沼市議会の懇談会が行われた。
予め県の事務局に、議長、委員長と一緒に出向き、質問事項を
届けておいたので、かなり詳しく回答をしてもらった。
以下、私の感じをまとめてみると

1 300万を600万に、100%補助にしたいきさつ、

  事前調査、協議を魚沼市に権限が与えられ、上がってきた申  請はほとんどノーチェックに等しい状況で許可されたようだ。
2 目的外利用については、一貫して協会側の見解は消雪がど  うかと言われればダメ、しかし、農業用が主であれば消雪も   許容すると、苦しい答弁で終始した
  したがって、消雪専門はダメだが、農業が主で、冬消雪に利  用程度はOKと理解すべきだと感じた。
3 現地調査によって、10/10以内と言う要項にしたがって、     80%補助とか、50%補助と判断すると私は理解した。
4 虚偽申請や隣接者とのトラブルは個人の責任である。
5 工事単価の異常な高さについては、地域振興局と協力してチ  ェックする。
6 5月中旬にある理事会でキチント判定する。

16日に特別委員会を開くが、議会としては当局に対して意見書をまとめて解決に反映されるよう要望すべきではないか。
 

2009年4月13日(月)
新人登場
 引退を表明したものの、なかなか後継が現れず、待っていても
思うような結果にならないのではと思い、後援会の幹部と相談して、50~60才前後の有志に呼びかけ、地域を考える有志の会を作ってもらい、地域のまとまりが大事なことを確認し合い、立派な代表を送り出そうと意思統一して、候補選びに着手したものの、一ヶ月かかっても、擁立できず、水面下で調整した結果、ようやく擁立のめどが立つ、54才の新進気鋭、15日の有志の会で承認されれば、正式表明の運びとなる。

 こんな形が出来て、本当にうれしい。選挙民も政治と真っ正面から立ち向かい、政治とは汚いもの、関わるのは品格が下がるような感覚で、斜に構えて、結果として受け身になる、、立候補した人しか書けない、良くも悪くも政治が大きな枠組みを決めるのだから、「出たい人よりだしたいひとを」 の標語通りの選挙を
するようにしないと、いつまで経っても良くならないのではないか
2009年4月1日(水)
学校も変わって欲しい

 新しく赴任された先生方がご挨拶に来てくれた
10人の職員が入れ替えになり、気分も一新して
良い方向に変える努力をお願いしたい。

 男の先生が少なく、おまけに凄く緊張した様子だったので
「まあ気楽にやってください」と言った後、「女衆に負けないよう
ビシッと頑張って」と声をかけたら、笑いが起きた。

 男先生が元気を出して、学校を引き締めること
上意下達の雰囲気を、自由闊達な意見交換が飛び交う職員室
そんな雰囲気がもっとあっていいのではと、先生方の話から伺えますが どうでしょうか

 世の中がみんなそうだが、学校もやたら、報告、調査などの
文書作りが多く、本来の子供とふれあう時間がない
書類作りに追われる仕組みになって、人手が足りない
これを何とか軽減しないとならないように思えてならない。

 極端の例だが、ある学級では30人足らずの生徒に3人の先生がいる
問題点だけを挙げたが、教育の地域格差がないようにとの
昔からの国の方針にはありがたいと思っています。

2009年3月31日(火)
88才の祝いに孫達と大正琴の合奏

 
 女房のお母さんが今年で88才、お祝いの宴が催されるので
一家8人で呼ばれていく出し物に孫達と大正琴の合奏もやりたい、この間から時々練習をしている
今日は琴の先生から出張指導をお願いした。

 孫も3番目が入学なので、部屋を拡張して勉強机を並べなければならないと若手は大工さんを頼んで工事をした。古い家なので、どんどん模様替えをしてももったいなくない、

 新築話もするがとても手が出ない、

2009年3月30日(月)
企業の寿命は30年

  新潟県海外移住家族会の会長さんは桜井文壱さんだ。
そんな関係で監査役を仰せつかり、今日は役員会だった、
会議は型どおりに終わったが、懇親会での話が興味深かった。

 その1は、企業は30年で、かなりの大改革がないと
生き残っていけないと言う話、桜井さんも俺の代になって4ッ商売を替えたと言う、石黒さんは、モンゴルはすごく親日的で、中国や韓国とは天地の差があること、南雲さんは、海軍はアメリカと戦ったら勝ち目にないことをわかっていたこと、塩沢の薬照寺にミャンマーの国家元首だった方が亡命,寺にかくまわれていたこと、ロシヤの女性がきれいなこと,

 その2は、戦国武将は、部下を犠牲にし、敵を殺したばかりでなく、時には肉親までも殺し(殺さなければ殺される)て生き延びてきたから、晩年は競ってお寺を造り、供養すると共に、来世地獄に落ちないよう、仏に帰依した、また明日は死ぬかも知れない命、心の平穏を保ち、安らぎを得るために茶道をたしなんだ 。

 角屋久次さんのイピソード、等々とても面白い話を聞かせてもらった。学のある方や世界を回っている人の話は違う。

2009年3月28日(土)
東京は、たまに遊びに行くところ

 前から約束していたが、なんだかんだと延び延びになっていた
孫を上野の動物園に連れて行ってきた。
3才と5才、子守役に3年生の3人、5年生はもうついてこない。

 3才の坊主は新幹線の中でしゃべりっぱなし、流石東京、押すな押すなの人混み、、チョロちょろ、自分の見たいところに好き勝手に行って迷子にしないように見ているに、さっぱり翻弄された、ばあちゃんと二人で、気疲れと歩きっぱなしで、おまけにうまくもないサンドイッチやジャガリココメのお昼で、飯にありつけない一日で、すっかり疲れてしまった。

 3年生の孫は、人混みと、音に「東京は性に会わない様子」
保育所の孫も一丁前に「田舎は暮らしやすいね」と言う始末
親に似て、田舎で仕事するようになるのだろうかと、ばあちゃんと顔を見合わせて、うなずいた。

 負け惜しみと言われようが、田舎でゆったりくらす幸せを改めて感じた一日でした。


 

2009年3月26日(木)
全体像を見るべし 井戸問題特別委員会

 新聞が最初に報じたのは目的外利用が主体だったが、調査チームの的が目的外利用に偏りすぎているように思う。
工事価格は適正か、虚偽申請の有無、市役所や基金協会の不手際やずさんな事務、業者の過剰な営業、仲介者と業者の間に不正はないか等があるのではないかという一般市民の疑問に説明が出来るように調査をするのが大切ではないか。  

 第三回目の委員会だったが、議員も傍聴者も、イライラが募るような委員会で、しっかりしてよ とか、もういやになった、市役所はやる気があるのか、議会なんか役に立たない、魚沼の恥さらしだ、等々、厳しい声を聞かされた。

2009年3月25日(水)
日本が

 国中が一体となっての昂揚感、WBC世界一の興奮は凄い
久しく日本人が味わっていない出来事だった。

 東京オリンピック、高度経済成長、あの時代俺たちはやれる
そんな自信が湧いて来たものだ。
勝って当たり前の状況で勝つと言うことがどれほど大変なことか
プレッシャ^-に負けない精神力、しかも個人競技でなく
チームワークがポイントになる今回の場面、選手が一様に
すごい経験をさせてもらったというコメントをしていることからも
その通りだと思う。

 日本もゴタゴタばかりしていないで、一体となって目標に向かうようになりたい、私ばかりではなく、誰もが思っている。

 集落を廻ると、魚沼市の財政は大丈夫かとすぐ聞かれる
確かに厳しいが、あれもダメ、これも切れ、それだけでなく、聖域を設けず、今までやってきたから、これには手をつけられないというのではなく、洗い直しをする一方、前向きの投資、新しい産業や雇用の為には集中してお金を使う、そうゆう気持ちが大切ではないか

 そのためには当局や議員が率先して、まず発信、話し合い、方向が決まったら断固実行、これがなかったら何もおきないし一体感も生まれない。

2009年3月24日(火)
農協の営農専門渉外

 3人の営農専門の渉外を設け、農家を廻ると挨拶に来てくれ
大変良いことだと歓迎と期待感を話させてもらった。
遅すぎるとも口が滑ったし、コメ粉への取り組みの必要性についても進言させてもらった。

 職員は話をすれば色々考えも持っているし、現状に決して満足はしていないようだが職場の自由闊達な意見交換や提案がやりづらく萎縮しているような感じさえする。

 交通事故の処理に関して相談を受けたが、知識や
弁護士関係の人脈が乏しく、思うような返事が出来ない。
コメの販売に関する法律がわからないので
消費者センターや県庁の食品流通課に電話で指導をお願いするなど勉強することばかり。

 政治資金規正法に基づく報告書をまとめて県庁に提出、
市会議員ごときが、何でこんな面倒をしなければならないのか
全く世の中、面倒になるばかり、書類、許可、手続き、報告で
ものすごいムダが増えるばかりで、何とかならないものだろうか

2009年3月23日(月)
特別委員会を意義あらしめるために
 いきなり委員会を開いても、ワーワー言うだけでは堂々巡りだと、委員長の呼びかけで、執行部と準備会を開く、基金協会への質問事項のたたき台作り、基金協会事務局から抵抗なく出席してもらうにはどうしたらよいか、一筋縄ではいかないかも

 小千谷の病院統合もにわかに現実味を帯びてきた、経営不振と医師 スタッフ不足、小千谷も長岡と魚沼基幹病院構想に挟まれて、埋没してはならないと、メンツや主導権争いをしている余裕などない、そんな雰囲気が伝わってくる、
私の情報源は農協や、厚生連すじで、建設候補地までも噂に聞くと、魚沼も早急に運営母体の交渉を県の力を借りながら詰めないと後手に回る。

 
2009年3月22日(日)
反響あり 対応に追われる

 支持者の幹部から苦情やおしかりの電話が続く
すぐ出向いて事情説明とお詫びに一日明け暮れた。

2009年3月21日(土)
反響あり
 活動報告を出すと、いろいろと反響があるが、一言に言って今回も「面白い」という意見が多いようだ。
身近な問題だから反応も敏感に帰ってくるのだろうが、賛否両論、井戸の問題しかり、庁舎の問題、市長に対する対応、市議選、私の場合かなり主観が入った書き方だから尚のこと、賛成
反対があるわけで、世論を把握する上では大いに参考になるし
私はありがたいと思っている。

 議会と結婚式と連続だったので、疲れがたまり、朝からごろごろしていたので、来客が3人来てくれた、電話が2人からあって、その対応で3軒ばかり訪問し結構忙しかった。
こんばんは三ツ池の組長首洗いがある、若手が乳搾りの時間とぶつかるので代理出席するのだが、またいろいろの論評が聞かれるだろう。
2009年3月20日(金)
48才の結婚式
 48才と49才の初婚同士が感激の結婚式をした。
赤い糸で生まれたときから結ばれていた、そんな気がする雰囲気だった、かなりあっであろう結婚話に気が進まず、今日の日を
待っていたとし言えようのない二人だった。

 話が始まって(初めてあった日)から87日で結婚式である。
しかも仲人を努めさせていただいた私は、どちらの方も知らない
関係のない人たちが、話だけで「こんな人がいるよ」と紹介してくれた二人が、会ってみれば意気投合

 偶然と偶然が重なり合って引き合わされた二人がこうなると言うことは、神様の思し召し以外何物でもない。延々4時間にも及ぶ披露宴が、アットいう間に終わる感じで、ドラマチックな宴でかつて縁遠く、独身同士が集まって、出会いの会を企画したり、町村を越えて交流会をした仲間が歌う合唱は、胸に迫るもので
頑張ればいつかは成就するものだと思いが伝わってきた。

 私たちもこうして仲人の席に座らせてもらうのは9回目となるが
1回1回が別の味と思いがあるものだと痛感した1日だった。
2009年3月18日(水)
最後に また一波乱
 最終日に文化会館の舞台照明工事の入札をめぐって、なぜ地元業者に仕事をさせないのだ と言うことで異論が出されたり、公民館長に対する報酬が適当でないという修正動議が出されたり ともめた。
 
 特に文化会館では正副議長、議運委員長と執行部で収拾策を協議したり、続いて各派代表者会議をひらくなど、意見調整に手間取り紛糾したが、最終的には、入札に不正や轍好き場の問題がないので、地元業者に仕事が行かなかった事はまづかったが、今後十分配慮して、地元経済の活性化に配慮するから、今回はご容赦願いたいとの陳謝が市長からあり、井戸問題片付かない中、これ以上魚沼市の信用失墜にならないようにと言う判断で際どい賛否だったが、ようやく納めた。

 22日間という長丁場の予算議会だったが、恒例の打ち上げの酒席が設けられた。市長から「今日は疲れました」との挨拶があり、、議長も意見集約に大車輪の奔走など、反省会は無難に終わった、

 これで今期の議員は一応定例会は終わり、次期の議員として帰ってくるのは何人、二次会に行った話題はそんなところが主体ではないかと思うが、私は二次会はいつも行かないので
家に帰って、思う存分の最後の定例会だったと、満足感で床についた。
2009年3月17日(火)
あぶない

 特別会計とは、他の会計とチャント区別して一目瞭然に
しておく必要があるからもうけるものだ。

 水の郷工業団地造成は、地域振興基金から(基金の趣旨を壊さないで)正当な利息を払い、実質公債比率を上げない方策として借り入れるもので、単なる内部のお金を勝手に流用するのではない。

 また土地が売れないうちに造成工事をするわけですから
一時借り入れをして,利息を付けて返すのが当たり前
一般会計から便宜借りを安易に考えるのは、仮に売れないときはどうする
商売は水物、何があっても問題が起きないようにするのが公の仕事ではないのか。

 今日の予算審査で当局の考え方が甘いことに
ビックリすると同時に、これが議会のチェック機能だと思った。

2009年3月16日(月)
公園づくりは、もうやめてくれ

 魚沼市には都市型公園が10カ所、河川公園とか砂防公園などの事業に付随した公園が24カ所、そのほか神社、集落の公園など数多くの広場などいっぱいあります
すべて手入れをしなければならないものばかり。

 まだ公園作りの計画を予算化して、年間市が公園の
手入れに使う管理費が6455万
余り利用のない公園の手入れに金はかかる、何とも思わないのだろうかホントに財政に危機感を持っているのだろうか

 一番市民が訪れる公園はどこか、それは山です
山菜を求めて山に入るお客は公園の比ではあるまい
今年の予算で月岡、小出公園に1億1630万
鏡が池に6690万の予算が付いている

 当局も見直しを検討すると答弁しているが
果たして頭を切り換えられるか。

2009年3月14日(土)
地域を考える有志の会

 。70才前後の並柳の人たちが、本気で次の世代の奮起を促さなければならないと相談して、これから地域を背負って立たなければならない60才前後の方々から十数人集まってもらって、今のままでいいのかみんな個人の生活の立てこもり、社会のことは無関心、、みんなで話し合って団結しなければと言う気持ちはあっても誰も動かない、これでは地域は良くならない。

 話をすればみんなが「その通りだ」と言うのに
団結が出来ない、みんなが少しづつ骨を折ることによって
すばらしいまとまりが出来る、そんなやりとりの中から、いい雰囲気の会が出来たと思う。

 誰か世話人を決めて次のステップにと言うが、もうしばらくおまえさん方から一緒につきあってくれと言われて、いらぬお節介とは思うが、もう1~2回お付き合いすることにした

2009年3月13日(金)
民間と市役所 感覚のずれ

 ケーブルテレビ事業の赤字が毎年問題にされる
堀之内地区限定となるため、他地区の議員が突っつくわけだ
2000世帯加入すればトントンになる事は最初からわかっているのに、思うように加入が進まない。

 広報広聴課職員が戸別訪問しても加入促進したかと
問えば、していないと答える。民間ならばケーブルテレビの良さを説明しながら加入を促すのは当たり前だろうに
ただ文書を回すだけ、お役所仕事そのものだ。

 堀之内地区の人たちはすばらしい宝物を手にしたと思う、地域コミネティの有効の手段としてみんなで加入して、他地区がうらやましくなるような地域作りをするよう頑張るのがいい。      

 税務課では、滞納取り立てはいやな仕事なので

そうゆう業務に携わるときは特別手当を支給できる条例まで用意してある
さすがに去年、その手当は支給していないと言うが
税務課に所属すると言うことは、当然そうゆう仕事もあることは
当たり前なのにと、民間なら考えるでしょう。

 勤勉手当という言う手当もあります、勤めている以上
一生懸命勤勉に励むのは当然でしょう、
ところが市役所の場合、95%以上の人に
支給されると言うから民間感覚ではビックリしてしまう
残業手当は勿論もらっての上の話だから、ヘーとなる。

 職員一人一人を見れば、皆いい人ばかり、能力もある
いったん組織となると、こういう事になるのは永年の垢だ
そう言う職場風土を改革するのは市長の仕事だと思う、今は公務員と民間の格差は歴然となっており
風当たりも益々厳しくなるだろう、今日の予算審査でも疑問が呈された、公務員も自ら考え律することが必要だと思う。

2009年3月12日(木)
ほんとに、そんなことあるの

 都会の事だと思っていたが、今日の議会で
子育て放棄に近い事例があるらしいが、市役所は把握しているのかという発言があった。まさか、この地域でそんなことってあるのかと耳を疑う。明日までに調査をすると約束。

水源問題も相変わらず、いろんな情報が寄せられる
業者が代金が入らないと倒産する、どうしてくれる
市が認めたのだから、その責任はどうしてくれる
今更ながら、タダほど高いものはないと言う昔からの言葉が重みをましてくる。
気のせいだろうか、地域に関係者のある議員の口はだんだん重くなってくるような気がする。

地域振興基金、基金を43億積んで、果実運用によって、合併後のギスギスした地域の連携をスムースに行くようなことに使うと言う趣旨の基金である。
これを有効に使いば、かなりの効果が期待できそうだ、明日の
予算審議の中で、形にしたい。

2009年3月11日(水)
チョットやりすぎたかな

 今日のトップバッターは私であった。
市長の所信表明を聞いて9項目に亘っての質問
魚沼農業の方向について7項目の質問をさせてもらいました。

 市長の考え方や演説は賛同できます
しかし中学校の弁論大会ではないのです、どうやって
形にするかが問題なのです。

 市長が就任したときにはすでにほとんど
予算の骨格はできあがっていて、そんなにガラガラ
変えられるものではない、したがって今年の予算について
市長の考えと違うじゃないかと責める訳ではないが
変えよう変わろうと言って当選した市長としては
来年に備えて、私はこうゆう方向で行きたいという
事を発信して下さいと言っているのに、自分の言葉で
答えてくれないから、つい「2の矢、3の矢を用意してあるが
もう質問を打ち切ります」と言ってしまいました。

 すっきりしたといって褒める人、市長は切なそうな顔をしていたぞと言う人、様々な反応が電話や口頭で寄せられている。
一晩ゆっくり考えてから、また報告しますが、やってもやらなくとも反省はつきものです。

2009年3月10日(火)
一般質問始まる
 選挙が迫ってきたので、一般質問に立つ議員も多く19人という異常さだ、中にはほとんど質問しないのに、とってつけたような質問者もあって、人間模様を見せつけられる。

 全般的に数が多い割に盛り上がりに欠けると言う傍聴席の評価だ、市長も原稿棒読みのスタイルを踏襲していて、無難と言えば無難だが、盛り上がりには欠けるのに一役買っている。

 でも再質問には自分の言葉で割と素直な答弁で、チョット危ない気もするが好感は持てる、そんな意地悪な議員もいないので
この調子で行ってもらいたい。
なれてくれば丁々発止の論戦も見られるのではと期待したい。

 明日は一番バッターで私の番です、市長らしさをまだ出していない、職員の担ぐ御輿に乗っているだけでは、変えよう変わろう市長の名が泣くので、市長の理念、ロマン、使命感を引き出してやりたい、最初が肝心、改革はリーダーの思いが浸透しなかったら、惰性に流され、何も出来ない市長で終わってしまう。

 防災無線の増設を今年と来年で7基づづ、計14基設置する予定なので、滝之又地区、集落が4キロにも及ぶ長い集落なので
とても1基では聞こえない、是非もう1基増設して欲しい、区長さんから陳情してもらう、私からもプッシュしたい。

 明日に備えてゆっくり眠りたい。お休みなさい。
2009年3月9日(月)
父子家庭助成事業

 雪椿会(母子寡婦福祉の会)の役員と話する機会がありました
大変な苦労をされた中で、色々運動したり、助け合ったりしながら仲間作りの輪を広げてきた努力には感心しました。

 自分たちの経験や、頑張って獲得した支援を知らない人
に少しでも知らせてやりたい、そんな気持ちが伝わってくる。
そして、母子家庭に比べ、まだまだ眼を向けてもらえない父子家庭にも同じように支援の手がさしのべられる事を考えていることもわかりました。

 今年の予算書を見ると、新規に父子家庭助成事業が提案されています一人親家庭医療費助成事業と併せてお知らせし
活動に参考としていただければと思って、役員の方にお知らせしました。

2009年3月8日(日)
説得力が違う
 米山隆一を励ます会に出席した。
なんと言っても伊吹文明代議士の話が説得力があり、勉強になった。私どもが見ていても今の国会、国民のための論議より、いかに自分たちが政権を取るかの論議が強すぎて、と思っていたが、まさに同感と叫びたくなる話だった。

 星野後援会長の開会の挨拶で、「政治の原点は郷土愛」と言っていたが、これも同感、加えて社会の矛盾や不正不合理に対する義憤、郷土愛とは自分の生まれ故郷だけの狭いものではないが、先ず自分たちが良くならないでどうする

 米山隆一さんの話も良かった、今のニッポンが抱えている問題
それに対する解決策を示すところが立派。

 最後に今日一番の収穫と言っても良いが、近藤元彦代議士の岡田秘書と知り合いになったことです、長岡市農協組合長で、県農協中央会副会長の田井さんが紹介してくれ、岡田さんと、これからの農政について新しい情報が得られ、今後情報交換しましょうと約束しました。

 パイロットが実家にかえって、農業したり、長岡市会議員をしている加藤さんという方と知り合いになったり、収穫の多い一日だった。バスに酔って、身分悪く、早々に寝る。

2009年3月7日(土)
週刊ダイヤモンドが 農業がニッポンを救う

 世の中が変わりつつある。
週刊ダイヤモンド紙が、農業を特集したのだ。
今までなら、農業たたき、貿易の足を引っ張る日本のお荷物とした立場からの記事が定番だったが、大げさにニッポンを救うと
大見出し、楽しみながらもうける!日本のファーマー大変身と副題までついている。

 ご都合主義も極まれりと言う処だが、まあ歓迎しておこう
やってみればわかる、その実態と厳しさが

 しかし当然来るべき時が来たと思っている
なるべくしてなった、私はそう思っている、40年もそう信じて
やってきたのだから、俺の考えは正しかったと、うれしいとは思うが条件がある、大変身が条件なんだ
今まで通りの農業が日本を救うわけではない

 いろいろな選択肢が我々の若いときとは比較にならないほど
広がった事は事実だ、さて誰がそれをやれるか
いよいよ能力と情熱がなければ農業もやれない時代が来たのだ。先祖の代を次ぐだけの農家でないことだけは確かだ。

2009年3月6日(金)
中学校の卒業式と特別委員会

 卒業式に参加しての感想
女性が輝く時代は平和の証、卒業式でも女子の活躍が目立つ
人数も女子が多いし、生徒会長も女子、合唱の指揮者も伴奏者はもちろん女子
応援歌の披露はなかったが、とにかく女子の活躍はすばらしい
とくに指揮者の体全体でしなやかに、情感を込めて指揮する姿は圧巻だった。
校長先生の式辞も内容の濃い、贈る言葉にふさわしい話だった。

 午後から水源特別委員会で、全般は入り口論や核心に迫らない質疑で傍聴席からは「こんにゃく論争」と揶揄される始末
「革靴の上から足をかくような質疑ではなく」との司会者要望もさせてもらい,ようやく核心に迫る質疑となた。

1 第一次判定で不適正とされた番号はどれか
2 基金事務局に聞かないと返答できないと言う答弁では
  ラチがあかない、次回には基金事務局の出席を求めるべき
3 市場価格と相当の乖離があると実例をあげて指摘
4 許可をもらって工事をしている、許可した責任はどうする
5 早く基金協会の適否基準を示して欲しい
6 請負業者はさく井の資格がなくとも良いのか

等の質疑がなされた。昨日入院中の委員長と打ち合わせ
今日午前中には局長や調査チームと打ち合わせて臨む
委員会も3時間半と 夕方はグッタリ

2009年3月5日(木)
ファーマーズ部会総会

 農協のファーマーズ部会に久しぶりに仲間の入れてもらう
部長の挨拶がふるっている。「なるべく早く総会を終わらせ、懇親会はなるべく長くしましょう」
 
 年間1000万強、農村地帯のこれくらいのじんこうなら仕方がない,小出の町にも支店を設けているが、支店をもう少し増やすとか、販路拡張したいね
農協で大型直売所を作る話は聞いているが、どうなっているのか、成功している処に視察に行きたいなどの意見が出された。

 区長さんがこぼしていました。若くはないが、私どもから見ると若い人、60才前後で、地域の事に真剣に取り組んだり、責任持ってまとまらなければならない年代の人たちが、どうも逃げ腰
まとまって相談する気がない。と

 誰かがやるだろう、余計なことはしたくない、骨折ったり批判される位ならやらない方が利口。
個人の幸せは求めるが、全体の事など俺の知った事じゃない
みんながそんなこと言っていたら、日本どうなるんだろう。

2009年3月3日(火)
農協役員OBは今でも農協を心配している
 過去に農協役員を経験した(最後とその前の期)人たちが
毎年思い出を語り、農協運動を話合う会をやっている。

 今年の幹事を今井誠さんと私が当番でした、湯元館で18名
現役の幹部職員は都合で参加しませんでしたが、凄く盛り上がり、内容の濃い懇親会でした。
役員問題、職員移動、事業展開、利用配当、組合員意識、等々
是非現役役職員から聞いてもらって、運営に活かして欲しい事ばかりでした。

 市会議員選挙も話題になりました、いくら魚沼全体の議員と言っても、地域のことを真剣に考え、まとめ、代表する大事な大黒柱だ、みんなで話し合い、よき代表を送り出すと言う気持ちが大事だと言う事で一致しました。

 民主主義とは、エネルギーがいる、手間もかかる、人任せでは
いい地域は造れない、選挙を馬鹿にしていると、結局は自分たちに返ってくるんだ、みんなそう思っている、どれだけ動きにつながるか、地域力がタメされている。
2009年3月1日(日)
大勢の人から来てもらいたい

 並柳では、除夜祭、年賀、春祭り、秋祭りにそれぞれ
神社で古式豊かな祭事を行う。
幸いにも立派な宮司が二人、楽人が二人、装束に身を包み
供え物、祝詞を奉じ、とても厳かな雰囲気でこんなふうに昔ながらの伝統を守っている集落は多くはないと思う。

 最近では参加者が減ってきており、残念に思う。
こんな時代だからこそ、若い人からも来てもらっていつまでも続けて欲しい。

 広神地区の芸能発表会がコミセンで行われた。
集落や愛好会、グループで、子供達にも伝承芸能を教えて発表する、これも是非続けて欲しい、春を呼ぶ行事だ

 葬式があると近所の方が念仏と称して集まる
これも農村ならではの良き風習だと思う。
永年お付き合いをした村人が最後のお別れに念仏を上げるなどすばらしいことではないか。

 いつも市政を真剣に考えている方が、議会活性化の提案を持ってきてくれた。7項目に亘る提案で、いずれも賛同できる提案で、議運の委員長に渡して、検討してもらうつもりだ。

2009年2月28日(土)
大衆は単純明快

 なまじ専門家であったり、細かいことまでわかると解決の糸口が見い出せないが、大衆は「スパッ」と答えを出す。

 小選挙区制が議論された時は、二大政党を期待して
政治改革と断を下し、郵政民営化では閉塞感を打ち破る象徴として自民党の大勝と答えを出した。

 今回の自民党の混乱には、政権交代をもって断を下す雰囲気が濃厚だ、さて井戸の問題タダってことはない、ルーズな審査と一部の人がうまいことをやっている、これは勘弁ならぬ、今日も2人市民が来てくれた。

大衆は直感的に見抜く力を持っている。一つ一つ積み上げながら大衆の目をごまかすようなことはしてはならない。

2009年2月27日(金)
裏をみせ、表を見せる人間模様

 昨日新庁舎建設基金予算に対して修正動議が可決された。
条例案が成り行きからして否決される事は避けられない

 いったん条例案は取り下げるとして議運でも了承されたらしいが、その後取り下げないと市長が伝え、その後また取り下げることになったとか。

 私は議運の構成員でなくなったので、今朝になって初めて知ったがゴタゴタがあったらしい。そして今朝の朝日新聞では議会と市長がぎくしゃくした記事が出され、議運の委員長が力んだりと緊張感が走った一日だった。

2009年2月26日(木)
市長所信表明演説と復興基金水源確保特別委員会

 市長の所信表明が一時間10分あまりの演説だった。
オバマ大統領ばりの理念先行型の演説で、その姿勢は立派なもので、言っていることは評価できる。

 問題はどう実現にこぎ着けるかだ、予算書は無理もないことだが(就任時には骨格が固まっていて、市長の意見を入れる時間的余裕がなかった)演説とはかけ離れたものだ。

 一般質問や予算審査で、市長のガイドラインを質し、来年に向け職員から市長の考えに添った予算にしてもらいたい 。

 昨日の本会議終了後に行われた復興基金水資源確保問題特別委員会の様子を一部報告します。

 市民が怒っているのは、大きく言って次の点ではないか
1 目的外利用があるのではないか。
2 事業要項に照らし、申請が適正になされているのか。
3 事業費が他に比べて高すぎるのではないか。
4 市役所の審査が甘すぎる、合い見積もりがないなどおかしい5 斡旋者がいたり 間で不正があるのではないか。
6 これだけの金額をタダてことはないだろう。
一言で言えば一部の人たちだけがうまくやって不公平

 委員会でも市民の不満を背に受けた議員から厳しい意見が出され、朝からビッシリ続いた会議でグッタリしました。
6時半までやりましたが、質疑が片付かず、延会とし明日なり、明後日に続きをやることにしました。

2009年2月25日(水)
明鏡水止で対処

 新庁舎は造らないと言って当選したのだから、新庁舎建設基金を,庁舎再編基金に衣替えしようという提案をめぐって紛糾した
補正予算の修正案が出され、可決された。

 新庁舎建設基金は、合併協議で、10年以内に適地を求めて庁舎を造ると言う合意に基づいて積み立てられた基金であることは事実だ。

 しかし、財政の悪化が問題化し、今の庁舎を空かして、また新しい庁舎を造るなんて冗談じゃないという市民の声が大きくなり当時の星野市長も新築にこだわらず、あらゆる選択肢の中から、市民の合意できる線で一本化を図りたい。したがって新庁舎建設基金も仮に増築改築に結論がいったとしても、そのことに基金を使うことは間違ってはいないと言っていた。

 大平さんは市長選挙で新しい場所に、新しい庁舎を建てませんと訴えて当選しました。
だから新庁舎建設基金を庁舎再編基金に組み替えたいと言う提案でした。

 そんなことをしなくとも、市長の言う増改築に使うことは差し使い内という事は暗黙の了解事項なのに、あえて出してきた処に混乱を招いた。

 今でも新しく庁舎を建てるべきだという意見もあることは事実ですが、、とても合意に至る雰囲気でも状況でもない。

 今回の修正動議可決は市長選挙も微妙に絡まって混乱したのだと私は分析する。

 さて私だが、確かに出さなくとも良い提案をしてきたとは思うが
序や手続きが大事か、増改築で一本化が大事かと考えたときに、修正動議に賛成するまでもないと判断して、原案賛成の意思表示をしました。修正動議賛成15人でした。

 議員各位も大分迷った方もいたようです、選挙の後遺症もないとはいえない気がするし、新庁舎を造るなんて出来ないと思うので、少数派でしたが態度を明確にしました。

 

2009年2月24日(火)
あわただしく一日が過ぎていく

 超多忙な市長から時間をもらって意見交換、
とにかく仕事はためないで、その日の内に片付けるなり、下請けに出して,常に頭を軽くしておかないと、ストレスがたまり、柔軟な対応が出来ませんと申し上げました。

 神保委員長に指示を仰ぎに病院に伺ったが、つらそうなので早々においとまし、本庁に向かい、明日の井戸問題の調査報告をシッカリ納得のいくような形にしてもらいたいと執行部に申し入れした。

 今回の定例会では、新庁舎建設基金をめぐって様々な考え方があるようだ。私は新庁舎建設は市長選挙で決着がついたと思っているのだが、その辺はどうなのか、議論の余地がありそうだ

 条例改正の提案が先で、それを受けて補正予算が決まってくるのが順序ではないか、補正予算で決まれば、条例改正論議は総文委員会に付託されても意味がないと思うがどうだろうか。

住安議員としばらく話し込む、共産党と私は立場は違うが立派な考えだし、勉強もしている、見習わなければいけない面が多い
今日もあわただしく一日が過ぎた。

2009年2月23日(月)
大変 気合いを入れて猛勉強だ

 税務署に確定申告、結婚式場に行って下見、小千谷農協の組合長と農協運動について懇談中に携帯が鳴った。

 水源確保調査特別委員長から弱々しい声で、体調を崩して入院だ、井戸問題の特別委員会はよろしく頼むとの電話だった。

 この特別委員会は、市民の関心は高く、面倒な問題で
簡単に解決がつく問題ではないことは衆目の一致するところだ。
議員間の意見の相違は大きく、委員会も紛糾するだろうとみんなが思っている

 だから委員長は議長経験者くらいの経験豊富な方でないと務まらないだろう、だから神保さんが選ばれたと思っている。

 それが急遽一年生の私が仕切ると言うことになると
運営方法、ルールを勉強しておかないと立ち往生してしまう
早速病院にとって返したが、委員長は検査中、事務局に行ったが局長は不在、議長 委員長必携という本を借りて、25日までにシッカリ勉強して、会議運営でケチがつかないように準備をしなければいけない、傍聴者も多いと思う。
議会と言うところは、手続き、ルールをものすごく重視するところだと痛感するからだ。

 一日も早い委員長の復帰を願うと共に、リリーフはキッチリ勤めなければならない、猛勉強だ。

2009年2月22日(日)
もったいない

 午前は予算書の検討、市長が「予算書を見ると皆さんガッカリするでしょうね} と漏らしたとおり、ガックリ 相も変わらずの「従来の延長}予算だ

 午後からはまちづくり委員会主催の講演会、
1 現代は激動の時代、現状を認め徐々に改善では打開できぬ
2 やっていけないから合併したんでしょう、過去を絶つ覚悟が   必要なんです。
3 大変な時代、大きく変わるから大変という
4 日本中お金がないのです いつまでも無い物ねだりしていて  は遅れるばかり               
5 市役所に頼らない、一人が変われば、次々変わる
6 公約を皆さん信じていますか、誰も手を挙げませんね、公約   は良いことばかり言うんです             
7 お願いする選挙から、約束する選挙でなければ当選できな   い時代になったんです
8 勘違いえしてはいけません 選挙は義務ではなく、権利なん  です、選挙で世の中変えるのです。        
9 改革とは、人を変えることではなく、自分が変わることです
10選挙をおろそかにしては全部自分に返ってくる

 こんな心に迫る話がポンポン出てくる、流石「改革知事}と言われただけ人柄と姿勢が違う
 
 こんなすばらしい講演が、議員は7人、市役所職員は数えるほど、わずかな人数でもったいない

 
 市長は職員に聞きに行くよう話すべきだ、職員研修費を予算に上げてするだけでなく
大勢で聞いても講演料が増えるわけでなし
もったいない、もったいない

2009年2月21日(土)
所得申告

 確定申告、稲作の所得申告計算、政治資金収支報告書作り
等の事務で一日終わった、その間に様々な来客があり、家にいればいたで結構忙しい。

 農協役員のOBと現職の幹部職員が一緒に
農協運動を語り合う懇親会の幹事当番で、打ち合わせをした。、やっぱり農協がシッカリと農家をまとめることが、地域に活気が立ちのぼると確信している。
あまり経営主義に走ると農家が離れる、支店ごとにシッカリまとまることが大切だと思う。組合員が豊にならなければ、農協の発展はない。
 
 携帯で撮った写真をパソコンに移すことを教えてもらった
福祉課の対応に不満の方が来てくれた、
予算書が届いた、明日から眼を通して勉強だ。

 同僚議員から、新庁舎建設基金条例を廃止し新たに庁舎再編整備基金条例の制定について、提案されたがどう思うかと言う電話が来た。

2009年2月20日(金)
ほめられちゃった

 山之内さんありがとうございました
農協時代一緒に働いた方から、お褒めの電話

 私も結婚が遅かったから、その喜びはわかります
世話してもらってホントの感謝しています。
自分のことでもないのに、わざわざ電話してきてくれました。

 自分でもビックリしています、赤い糸で結ばれていた二人
そうとしか言いようがない見合い結婚でした
結婚式は雪が消えないうちにやるそうです。

 皆さん、見合い結婚だって馬鹿にしたものじゃありません
そうゆう私も見合い結婚でした、時々は意見の食い違いはありますが、相手に対して不満はありません。
見合い結婚万歳。

2009年2月19日(木)
問題は 発想の転換

小布施の町作づくりの発想と団結と積み重ねについて
「小布施堂」市村社長の講義をいただきました。

山間地は農業不適地か
 少量でも高級品を作れば適地になる
小布施は合併はしないだろう
 コンパクトシテイを実現したい 歩いて回れる町がいい
直売出来る人は強い
 組織や流通を頼っていては、いつまで経ってもラチが空かない
 流通情報を消費情報と間違うな、自分の心で情報をつかめ
専門家に丸投げしない
 自分たちの宝を掘り起こそう、専門家はあくまでも参考

ポンポン飛び出す発想の転換がいかに大切か
長野県の人間はさすがとホトホト感心した
新潟県人は寝ぼけたようだと思い知らされた。

2009年2月18日(水)
勉強に 群馬 長野へ

 南魚沼の議員有志と我が議員有志6人で2日間
県外視察に行ってきました。

群馬県甘楽富岡農協  あまりにも有名な直売所 
 母ちゃんや年寄りが、小遣い稼ぎと生き甲斐になるよう、農協が音頭を取って野菜を中心としたファーマーズ事業であったが農協の指導と農家の努力で12年後の今では13億円という
すばらしい事業に発展している。

 個人で最高は年間1000万円の売り上げする人、母ちゃんにとおちゃんが加わって、一家で3000万円の売り上げを実現した専業農家まで現れ、これぞ農協のあるべき姿と
大感激の勉強をさせてもらいました。

長野県佐久総合病院  
 基幹病院の姿がはっきりしない中、あるべき病院とはどうなのか、答えを探しに、前から是非みたいと思っていた病院を、ようやく視察することが出来た。
声も出ないほどの感銘を受けました。

 すばらしい、農協が農家の病院にもかかれない貧しさを
何とか人間らしく、医者にかかられる農村にしようと団結して
築き上げた病院だけあって、考え方がシッカリしている
何時も農民を見た事業展開をしている姿に、農協はこうあらねばならない改めて団結の必要性、原点を絶対に忘れない役員、感動しました

 
具体的なことは定例会終了後の「活動報告」でお知らせいたしますが
基幹病院問題に絶対活かしていかなければいけないと心に誓っ一日でした。

2009年2月17日(火)
井戸問題で特別委員会設置

 市民の反響は凄い。私もおかしいことがいっぱいだと思う。
特別委員会を設置して、素朴な市民の疑問に応えなければいけないと議会でも動き出した、不正があれば厳正に対処し、魚沼市の名誉のためにも襟を正さなければいけない。

 この委員会は意見が分かれそうな案件で、委員長は苦労するだろう。誰もが敬遠したくなる役割だが、ベテランの神保さんが委員長をやってくれることに落ち着いた、補佐役に私が指名され
正直シマッタと思っている。
前線に立って意見を言う立場でなくなったが、感情に流されず、
いたずらに混乱と内部対立に陥らないよう、愛と義の精神で委員会運営になるよう、神保さんを助けていきたい。

2009年2月16日(月)
病院問題で懇談会

 特別委員会と市民会議の懇談会が開かれた。
議員は聞き役に廻っての懇談会だが、色々参考になった。
感想を列記してみると

1 医師不足、財政問題 これが病院問題の大きなテーマだ
  今まで通りが一番望ましいが、、二つの大きな壁にぶつかっ  て、要望したから実現すると言う単純な事ではない
  地域医療の再編は避けては通れない、これは頭に入れて考  えないといけない。
2 さりとて、医療のないところには人は住めない、
3 医師不足はすぐ解決できるような問題ではない、スタッフも確  保に苦労している。アンケート結果を見ても、魚沼は決して魅  力ある環境ではないようだ

4 少ない医療資源を、いかに有効に使うか、患者側も真剣に考  えなければいけない
5 高度医療と通常医療の割合は圧倒的に通常医療と言われる  一次、慢性期医療が数から言えば多い。
  僻地、高齢者が多い当地としては、交通アクセスも十分考え  ないといけないだろう
6 医療は市民がどうこうできる問題ではない、県の責任分野、  市の責任分野、行政としてキチンと果たして行かなければな  らない、したがって県と協調し且つ権利も主張しながら落とし  どころをさぐる必要がある。

2009年2月15日(日)
ショッキングな出来事

 びっくりした。市役所職員の自殺。 50才
お念仏に参加してきました。

2009年2月14日(土)
結納

 思わぬ事で見合いが成功して、結納の運びとなった。
かなり高齢のカップルで、トントン拍子に話が進み
スピード結婚となりそうだ。見合いから結納まで50日
見合いから結婚式まで88日目の3月20日ときまった。

 夜は農協職員のOB会がゆのたに莊であり、27名の
参加で一泊の楽しくも有意義な会であった。

2009年2月13日(金)
第2回全員協議会と広神会

 今度は沢山の傍聴者があり、緊張した雰囲気の中で質疑応答が続いた。
会議に先立ち、議員有志で事前勉強会をしたが、次々に良くない情報が出てきた。

 
単なる噂なのか、真実の一部なのか、慎重に見極めなければうかつに話は出来ないが、問題どころではなく、事件と言われるようなものもありこれから調査と究明をしなければならない。
 
 広神会が神湯温泉で開かれたが、全員協議会が延び、少し遅れて参加した。
若い人の政治に対する無関心が感じられる中、これだけの青壮年が集まることは頼もしい限りだ。

 「年寄りは引っ込んでくれ」と皆さんの中から市議会選挙に挑戦していただきたいと挨拶し意見交換をたっぷりした。活動報告を欲しいなどの要望をいただきうれしくなる。
早速おくりたい。

2009年2月12日(木)
総務文教委員会

 委員会が開かれ、学校統合や、統合で不要になった校舎の利用法、退任する町田教育長の送別会が開かれた。

2009年2月11日(水)
復興基金 水源確保事業問題化

 補助事業の実施に問題があるとの指摘が続々と寄せられ、大きな問題となっている。

 全員協議会が開かれ、当局から事業の概要、問題点などの説明があり、その後質疑応答が活発に行われた。
かなり前から,地域では、市民の怒りの声や、市役所のやり方の
追求の声が多く寄せられている。

1 災害であっても、ただで井戸を掘ってやるのはおかしい
2 見積もりが複数社と要項にあるのに、1社のみで許可になっ   ているのはデタラメだ
3 水が少雪など、目的外に使用されているのは問題だ
4 価格が他地区に比べて高い
5 審査があまりにもずさんである
などの意見や質問が次々に出され、これはとんでもない問題に発展するという感じがするし不祥事である。
 
 加えて、何で会議が非公開なのかという意見が強く出され
13日に再び全員協議会を、今度は傍聴を認める形で開くことを決めた。

2009年2月10日(火)
地域めぐり
 復興基金のルーズな使い方が新聞に報道された。
広瀬地区でも28カ所の利用があるので、実態調査に出かけ
る,本当にありがたい施策で、地震後の水源枯渇が回復して、
感謝している農家が大半で、適正な事業実施がなされている
ケースが多かったが、一部問題ありと見られる箇所もあった。

 議会では、全員協議会を開き、当局から説明を受けた。
質疑応答で明らかになったことは、
1 業者見積もりが複数社必要なところ、1社の見積もりで認可   がされるケースが多かったこと
2 適正な価格であったかのチェックに甘さがあったこと。
等が反省点として浮かび上がる一方、目的外利用があることなどが指摘されている。

 市役所の信頼失墜をお詫びし、農林課以外の調査チームを立ち上げ、調査を始めたこと、早急に改善、善処について結論を出し報告する旨の説明があった。

 一方議会としても、13日午後3時より、再び全員協議会を開き
原因究明と、解決方策について協議することとした。
2009年2月9日(月)
笑い事じゃすまない

 トラックのセールスマンが来た。
さっぱり売れない、超売れない、ひとしきり口説きをした後
元気なのは井戸掘りやさんだけだと思っていたら、昨日の新聞だからね、と言って笑った。
魚沼の唯一の明るい話題はトキが来たことくらい、と又笑った。

 冗談じゃない、もっと別な話題、明るい話題が話されるような魚沼にしなければいけない。

 各地で財政危機にアイデアの話題が入ってくる。
1 島根県で、過疎地にボランテアが高齢者の移送をする
  ガソリン代は実費負担してもらうが、運賃は取らないから
  法 規制の網はすり抜けられるそうだ
2 長野県大町市ででは、空き屋バンクを発足させ、都市部
  からの購入、賃貸を促進する。
3 稲敷市では、転出者向けに「故郷へ戻ってこい」のPR紙
  を発行している。
4 豊田市では、地域会議に2000万円を上限として、地域
  予算提案制度を設けている。
5 石川県津幡町では職員が自分の担当外を巡回し、問題
  点を見つける事にした。
これらは一部であるが、真剣な工夫と改善意欲が伝わって
くる、見習わなければ。 

2009年2月8日(日)
久しぶりに仲人が成功

 国際雪合戦があったが欠席して、仲人がうまく成立して、今日は決め酒に立ち会った。
最近はいくら話をかけても実らないので、家族にも
余計なお節介はしないように、きつく止められていたが、久しぶりにうまくかみ合い、合意に達した。

 最近の情勢を見ていると、昭和4年頃から「昭和恐慌」と言われる状況と何となく似た社会情勢になっているように思って、色々調べてみると、ビックリするほど共通点があって、
世の中いよいよ悪い方に向かっていると思えてならない。

 それなりの構えになって備えなければならないと思う。
勉強の結果をブログでも発信して見たい。

2009年2月7日(土)
何を今更  ?
 不況で派遣切り、リストラ、農業、農村で受け皿にと言うかけ声で、就職相談会などが開かれているが、笛吹けど踊らず、新潟県で2件しか採用が決まらない。

 
県担い手育成センター高橋所長は、かつて魚沼にも赴任してきた方だが、今の農業には、昔のように不況の時は一時農業で鋭気を養い、再起を図る「ダム機能}は失われている事を実感したに違いない。

 近所の仲間と話し合っても、先祖伝来の跡取りがダメで農業を捨てているのに、リストラされたから農業でもなんて冗談じゃないとみんな言っている。

 一般的にはその通りだが、私は少し違う見方をしている。
現状では受け皿にはなり得ないだろうが、昔よりはずっと農業をやるには選択肢が比べものにならないほど広がっていると思っている。

 農地は借りることは可能だし、各種支援の制度は充実している
食糧危機や、癒しの需要はかつてないほどある。
この辺をキーワードに新しい感覚でもう一度農業、農村を考えるところに活路が開けるのではないか
2009年2月6日(金)
民間感覚

 自営業の親方と言いながら、凄い人が来てくれた。
この不況は待っていれば回復するようなレベルじゃない.

根本的に考え方を変え、生き方を見直さなければならない、時代の変化だ

 国鉄がJRになった頃、ラーメンを売ったり、笹団子を売って変わろうとした。

郵便局もラーメンを売っている、昔は良くストをやったものだ
今 JRがストをやるか、郵便局が労使交渉を勇ましくやるか
 親方日の丸じゃこの時代は乗り切れない、百姓もそうだ
一番変わってもらいたいのは公務員だ。

 民間から見ると、何考えているのかと腹立たしくなる。
こんな会話がポンポン弾んで、同感また同感
久しぶりに勉強になったひとときだった。

2009年2月5日(木)
庁舎問題特別委員会 傍聴記

 冒頭、市長から基本的な考え方を説明があった。
1 新築以外の新たな道を模索し、早期に一本化に向けて検討.
  したい
2 庁内にプロジェクトチーム立ち上げ、21年度注に骨格を固め  たい
3 23年には着工の運びにしたい
4 既存の庁舎を活用し、必要なら増改築し、旧庁舎は取り壊し  も含め検討する
5 積立て金は増改築の費用に利用したい、新庁舎建設基金条  例の廃止を提案する
以上のような考え方が示された、。

 それに対して委員から出された意見は様々、
1 合併協定では、10年以内に庁舎建設を明記してある、どう説  明するか
2 一本化したら、空いた庁舎をどう活用するか
3 遠隔地のコミニテーや相談、窓口対応をどうするのか
4 場合によっては解体という言葉もあったが、その費用は合併  特例債を利用できるのか
5 道州制や、再合併との関連はどう思っているか
6 合併特例債が終わってからでは、かえって財政を圧迫する   のでは
等々の意見が出され、委員長は「庁舎の一本化」までは今日の会議で結論づけたかったようだが、とてもとりまとめが出来るような様子ではなかった

 合意に達するまでには、まだまだ紆余曲折が予想される、今日の委員会だった。

2009年2月4日(水)
明日が楽しみ

 
 私の大好きな「人生の達人}がいる。
その人の特徴は、病気になっても、仕事を辞めても、いつも
寝ていても「明日になるのが楽しみ}という
前向きな生き方をしていること.

2つめには、娑婆の空気を読んで
,,,皆さんが思っていても、なかなか言い出せないような事でも、勇気を持ってずばり発言して、「そうだ}よくぞ言ってくれたと拍手喝采を浴びるような事を言い切る勇気があることです。

 権力のある人に向かってでも、臆することなく
ものをいえる気っぷの良さが魅力です。

明日何する予定もなく、何となく生きているのと、明日が待ち遠しい生き方と、どちらが生き生きと暮らせるか、
死ぬまでそんな気持ちうぃ持ち続けたい。

2009年2月3日(火)
自然に調和した生き方

 これじゃだめだ、百姓が畑を見て言ったそうです。
土がやせて、堅くなって、良い作物が育たない、

 女子栄養大学の教授が、食品成分表を見て「あれ!}と気がついたそうです。
50年前のピーマンの成分に比べ、今の成分表では、ビタミンAが18分の1に,ビタミンBが3.3分の1に、ビタミンC賀2.6分の1に
減っているのだそうです。

 見た目は立派なピーマンです、確かに私も昔のピーマンはもっと強烈な味がしたと思っています。
季節に関係なく出来るようにもなって、経営的には儲かる方法もありますが、その季節にその地方でとれた野菜を
作物は豊かな土で育てる、この原則から大きく外れた農業、消費態度、これらがとどまるところを知らず
自然から離れた人間になって、果たして健康で、幸せになれるのだろうか。

 地域巡りをしていると、年寄りが多いので、ころりと死にたいとか
余り長生きはしたくないと言う話をよく聞かされる、
私もそう思う。

 現在の医療、あまりにもすすみ過ぎ?、植物人間になっても死なせてもらえない、大きな社会問題になっている
人工呼吸器、栄養剤の補給、自分に力で生きることが出来なくなって、倫理の問題と絡み合って議論されている。
これも自然から大きくかけ離れた姿だから、議論を呼んでいるのだろう

2009年2月2日(月)
知恵は地元にあり

 活動報告に対してお手紙を2通いただいた。
頑張っているねと言うお褒めと、庁舎はもっと別な視点があるとか、機構改革に対する意見など3-4枚の意見をもらうと、今更ながら市民はみんな心配しながら見ているし
意見を持っている、ひしひしと感じる。

 多様な意見ある中で、着地点を見つけるには、情報公開と得力が求められると思う。
地域巡りをしていると、いろいろなヒントが眼や耳に入る。

 大芋川のこんにゃく作り、女衆が一生懸命つくって、とおちゃん衆に販売をしてもらう、地域興しの努力ぶり、農政の変わり目を肌で感じ取り対策を練る人、首切り時代を農村の見直しチャンスと語る人、終末医療に疑問をぶつける人、学校や経営不振温泉などを活用して、老人のグループホーム的な施設を造れないか
等々問題提起を受け瑠。

2009年1月31日(土)
これだけは反論したい

 米山隆一さんも「誰がやっても同じだ」と言われるとガクッとくる、とブログで嘆いていた。
私はそう言う人には、反論している。 同じじゃない。特にトップはものすごく大切だ、
トップの姿勢一つで良くもなれば、悪くもなる

 これは私自身が、いろいろな場面で実感として痛いほど感じてきた。だから、選挙を馬鹿にしてはいけない、選ぶときいい加減な選び方で、後で文句を言っても遅いのだ
シッカリ選ぶだけでなく、自分もこの人ならと思う人を押し出す努力をするのが民主主義の根本だ。
 
 もっと言わせてもらえば、傍観や無関心、受け身だけの姿勢は民主主義の放棄だと言っても過言ではない、そして信頼しつつも監視を忘れないことだと思う。

選挙は出る人も、投票する人もたいへんなエネルギーを必要とする重大事なのだ。

 誰がやっても同じじゃない、すべては人がやることなのだ
一大危機の時代には必ず、救世主が現れるものだ、古今東西の歴史が証明している。
それだけ、みんなが真剣に「何とかしたい」と真剣になるからだと思う。その思いが指導者を生み出すのだ。
ヒーローは何もしないで現れるのではない。

危機を切り開く指導者が現れないときは、みんな滅びている。
これも歴史が証明している、誰がしても同じじゃない、絶対同じじゃない

2009年1月30日(金)
名プロジューサー

 世の中には 私が知らないだけで かくれたすばらしい人が沢山いるものだ。
その内の一人、青木実さん、民謡県大会で優勝するなど、前々から民謡の上手なことは誰しも知っているがテレビやラジオのプロジューサーにも負けないセンスと,アイデアを持っていると感心し、尊敬してしまいました。

 それというのは、彼が滝之又の出身で、滝之又の自然、民謡、演歌、唱歌、浪曲、太鼓、尺八,鶏の泣き声、川のせせらぎ等をテープに変化をつけながら,癒しふうに編集をして納めたものを聞かせてもらいました。

 また、滝之又の80数戸の屋号をすべて読み込んだ都々逸というか、相撲甚句というか,面白おかしく、また山村の暖かさをうまく歌い込んだくだりにはほとほと感嘆と、並々ならぬ才能を感じました。 時と所処を得れば世に名をなしたと確信します。
凄い人はいるものです。

2009年1月29日(木)
議運委員会と報告書くばり

 2月定例会の日程が決まりました。
2月25日に本会議、22日間の会期で開かれる。
本定例会は予算が審議される、改革新市長がどんな予算編成をするか,関心を呼ぶと思うが、昨日の湯沢町視察の折、市長曰く「皆さんがなあんだ」と言う予算案だ、と言っていたが、もう大半が準備できた段階での新市長ですので、即大変革というわけにも行かないと、理解は出来るので
おそらく、大平色が出るのは、22年度からではないか。

 有機センターの赤字問題も課題になるだろうと予想している。
スキー場や温泉施設の経営再建にどんな予算をつけるか、議論の的になるのではないかと思っている。

午後からは活動報告を配る、人様々、いろいろな話を聞かされて、やはり廻って歩かないと、市民の考えを把握できないので、暇を見ては歩くことだ。
 

2009年1月28日(水)
こんな小出病院になるのかな

 病院問題特別委員会が開催され、湯沢町の健康保健医療センターを視察した。
約40億の建設費、保健、医療、福祉が一体となったものと考えてください。

病院部門は90床、内科、外科、小児科、整形外科、眼科、歯科の6科、医師が常勤換算で10人
,現在入院患者60人、外来患者が一日200人程度であった

 健康増進部門では温泉、温水プール、人間ドック、特定健診、基本健診、予防接種、介護予防、など

総合福祉部門では、乳幼児検診、婦人科健診、健康教室、献血、介護予防、包括支援センター、社会福祉協議会等々
毎年湯沢町より8000万の交付金を受け、社団法人地域医療振興協会が、指定管理者制度により、運営していた

 小出病院も概略こんな形にならざるを得ないのかな、と思いながら見てきました。仮にそうゆう方向になったとしても、基幹病院までの交通アクセスの問題,,現在の小出病院敷地内に、開業医のテナント方式でも話し合い、小出病院に行けば、たいていの医療が受けられるような方式を付け加えて行かなければならないのではないか、
そんな思いを抱いて有意義な視察を終えた。

2009年1月27日(火)
空気が読めないようでは
 県議選の時にすでに星野さんはダメとわからなかったのか
と言われた、又別の人には「星野陣営に付いた議員は辞めてもらいたい」とも言われた。

 
空気が読めないようでは政治をする資格はないと言うことだろう、選挙や勝負事は、どちらか勝てば、どちらかが負ける
結果だけを見て、論評するのもどうかな

 阿賀野市の市長はこの間まで、俺の下で働いていた人で、と言う県庁の課長と会った。今は空気で投票するからわからんよねと、投票動向の変化を指摘していた。

 郵政民営化のチルドレンは今はどうだろうか、山形県知事選も意外と言えば意外、今の日本の空気から言えば、妥当と言えば妥当、とにかく、気に入らなければ変えよう、世論調査と称して、やたらに数字で表す、無作為の調査なので、傾向として民意を知る参考にならないと言うつもりはないが、所詮1000人程度の回答でしかない、それがすべてであるかのようなに、数字に一喜一憂するほどの事だろうか。

 昨日選んだ総理大臣を、今日は揚げ足取りをして、ダメだとこき下ろす、トップさえ変えれば日本が良くなるとでも言うのか、なんか寂しい気がする。みんなが評論家になったような気分で、あれはダメだ、これもだめだと言うのは、結局自分たちの未成熟さを証明するような事ではないのか。

 海外の人から見れば、日本を軽く見られても仕方がない。
フワふあした空気に左右されないで、本当どうあるべきか、ドッシリ構えて選挙する、選んだ代表には尊敬と協力をする。
その点アメリカは一日の長がある。

 キット反論もあると思うが、もう少し骨太の日本人になりたいものだといつも思っている。
2009年1月26日(月)
どちらにも理あり

 魚沼市の水道行政はデタラメすぎて話にならん、議員は何をしているのか。

 おしかりを受け、前から水道課に言って勉強したり、指摘をしてくれた方の話を聞いたりしています

 合併協議で、旧町村でやり方が違うため、5年をメドに、総合的且つ長期展望にたって水道ビジョンを作成して、料金統一を図るとの取り決めをしていました。

 ようやく、水道ビジョンが今年でできあがり、22年度から統一した料金にする。これが担当者の言い分でした。

 一方指摘のあるとおり
1 加入料は 守門15,広神10.5万、小出は2.65万、堀之      内 は2.1万と、上と下では7倍もの差がある
2 料金も1? 当たり144円から97円とばらつき
3 地区別の原価と徴収料金のバランスもとれていない
4 施設の状況がばらつきがあって、一概に原価と料金を連   動できない
5 来の改良経費も考えないと、平等にはならない

 等々の問題があることがわかった、矛盾はいっぱいあるが
さりとて その部分だけその場しのぎにいじっても、また次の問題が出てくる。

 結論的には、総合的、長期的に準備が出来るまで、矛盾はあるが待って欲しい、22年度には改善します。

2009年1月25日(日)
凄いけど、チョット大げさ

 指導農業士の仲間、新潟の上野喜助さんが、永年の農業功労で、大日本農会から、「緑白綬有功章」を受け
その祝賀会におよばれ、ホテル新潟に行ってきました。
代議士をはじめ新潟市長、県庁関係者、県内各地の有力農業者がそろい、283名とか。すごい集まりだった。
貧乏性の私は、さすが上野さんとビックリするばかり。
 
 たしかにその功績は敬服の至りで文句をつける気はみじんもない、人柄もすばらしく、農業の先端をいく先見性は模範で心からおめでとうございますと祝福しています。

 政治家や、経済界のパーテーを考えれば当たり前かも知れませんが、田舎の私には大変だろうな、そこまでしなくてはならないのだろうか、チョット違和感を感じた。

 魚沼では清塚さんが受けられたが、質素に祝った。
何でもそうだが、競争みたいに派手になり、負担に耐えられなくなると、節約運動が起きるもの、
その辺が、時代の変化と調子のあった程度が必要かなと感じ
た一日でした。

2009年1月24日(土)
応答あり  2 只見沿線は宝の山

 報告読んだよ、話がしたいねと電話があった。
おれはね、只見線の沿線は宝の山だと思っているよ、何とか目黒邸あたりを会場にして,,会津と手をむすんで地域興しの仕掛けを考えるサロンを作りたいんだが、と言うような電話があった。

今日、明日は用があってダメだが、近いうちに機会を作って話し合うことを約束
 
 東中の道路改良についての話し合いは、もう少し
具体的な話になってからにしようと、予定を変更、

 セントラルファームの精算会の準備を4人で検討、今日も忙しい一日だった。

2009年1月23日(金)
応答あり  1

 活動報告を出すと、いろいろな反応があります。
私の報告は、かなり自分の意見や、独断と偏見に満ちた書き方ですから、賛否両論様々です
何回も読んだ、話がしたい、早速来てくれと言う電話があって、湯ノ谷方面にお伺いしました。

 歴史、文化面に詳しい方で、面白い話をいっぱい聞かせてもらいました。尾瀬三郎が実在人物ではないと言う。
何で、尾瀬三郎の像が建っているんだ、と不思議に思って聞いたら、「昔はよくあったこてや、義経が中国に渡ってジンギスカンなった等の話があるじゃないか」英雄を簡単に死なせたくない民衆の気持ちが伝説として伝えられるものだ。 なるほど。 
 
 明星大学との交流がとぎれて残念だとか、、旧町村で指定した文化財を同じ基準で洗い直して、魚沼市として改めて指定をする作業をしていることなど
勉強になった。
 
 市長、副市長と議員の初顔合わせ飲み会があって夜 ,田中屋さんで懇談をした、21年度予算の市長査定がほぼ終わりホットした様子だった、選挙直後の予算で、今年即大平色を出すには時間的に無理だろうが、政策的な新鮮さは出してもらいたい。

2009年1月21日(水)
やっぱりね
 農業の研修会があった。
山形県長井市の「レーンボウプラン」の取り組みについて、管野さんという方の講演会がとても参考になった。

 概略はこうだ、20年前から家庭生ゴミを堆肥センターで堆肥化して、野菜をはじめ、農業に活用、消費者も農家も一緒になって、地域興しに頑張っている取り組み発表だった。

50年前のピーマンと、現在のピーマンでは、質が格段落ちる
たとえばビタミンAは1/18に、ビタミンBとかビタミンCは1/3
になっているのだそうだ

化学肥料だけで栽培を続けると、土が硬くなり、作物までも質が落ちる、経験的には百姓である私には、納得のいく話で
女子栄養大学の食品成分表で明らかであると、聞かされるとやっぱりねと納得。

さらに続けて、18才までにどうゆう食べ物を食べたかによって、体質も、寿命も左右されると言っていた、ウソでもないような気がする。

大勢の受講者がいて、農業が見直されているのかなと感じた一日だった。
2009年1月20日(火)
期待より不安がられる方が

 ちょっとひねくれた考えだが、過剰な期待をかけられるより
大丈夫かな? と不安な目で見られた方が本人はやり易い。

オバマ人気は、そうゆう意味では、反動がこわい気がする、
景気がたちどころに改善するとは思わない、政治は手品師ではない、しかし治療方法が正しくなければ病気も治らないと同じで、辛抱強くリーダーを信じて待つことも大事だ。       
 我が市長は、「大丈夫かな」、そんな見方もあるような雰囲気でそうゆう意味では気は楽だ。
外部から入った、わからない強みを生かして、思い切って改革をして欲しいものだ。良い改革案には協力するし、変えようと言って当選したのだから、最後までその姿勢を貫いて欲しい、案外やるじゃないか、そんな市長になってもらいたい。

 財政危機を考える会の方が、地方議会を変える と言う
サンデープロジェクトのDVDを持ってきてくれた。
傍聴には何時も来てくれたが、じっくり話し合うことは初めて

 DVDは凄く面白く、とても参考になった。まず議員が目覚めなければならないと、改めて痛感した。
同僚議員とも一緒にもてもらい気圧制下に役立てたい     文明の利器を活用すれば、わざわざ視察に出かけなくとも
勉強は出来る。 これが今日の教訓。

2009年1月19日(月)
私 ここの家族と結婚したんです

 私は〇〇 さんと結婚したのであって、おじいちゃん、おばあちゃんと結婚したんじゃありません。
そんな話をよく聞きます、そう言われればそうだが、二の句が継げな句なってしまう、そう言う時代なんかと思います。

 ところが、「私、ここの家族と結婚したの、田んぼも 牛も、みんな家族なんです」とあっさり言う。
一挙にうれしくなる、そうだ、そうだ、幸せだね。

 癇癪を起こして、嫁という字は、どう書くか知ってるか、そんな言葉を投げつけるじいちゃんがいる、これも時代錯誤も甚だしい。

  家業という言葉が死語になりつつある、これも残念なことだ、農業にしろ、職人にしろ、家業が成り立つ時代がいい、
家族と結婚する気になれる社会って素敵だ。

2009年1月18日(日)
第二の職業さがし

 60才で定年、多少長く働いても65才まで、それで年金暮らしと、優雅に暮らしていられる人は別にして

元気なうちは働きたい、いや働かなければならない人も多い、そうゆう人のはうが多いと思う。


 何をするか、これが大問題だ、百姓をして、それもいいだろう、百姓だってそんなに甘くない、土地はとにかく
機械がなくては何も出来ない時代だ、この年になって機械を買ってまでは首をかしげてしまう。

今日は、農産加工場を補助を受けやってみようか考えている人が来てくれた。
 
 山菜をはじめ、農産物を加工して付加価値をつければ、商売になるかも知れない、聞けば、色々試行錯誤、すでにいくつかの商品になりそうな水準まで近づいている技術を持っているようだ。
大いに研究して是非実現してもらいたいものだ。

 シルバー世代頑張ろう、年金で暮らせる時代じゃない。
まだ20年もあるであろう長いこれからの人生を、何するでもなくおくるより、はつらつと生きるためにも、
 第二の職業を探そう、今度こそ、上司に気兼ねしないでも、子供の学費稼ぎのプレッシャーもなく、小遣い稼ぎくらいでいいじゃないか、やろうぜ。

2009年1月17日(土)
農業法人の決算作り

活動報告が終わったと思ったら、休む暇なくセントラルファームの決算作りに忙しい

集落営農の悩みは、事務のやり手がないことだろう。
計理士に任せば40~50万は覚悟しなければならないらしい、

作業野帳などが揃っていての話だ、

ソ連の共同農場形式なら簡単だが、完全共同経営になるまでには、かなりの訓練と
,意識改革がないと無理だ、

そうするなら株式会社方式で、経営者と使用人の関係にならないと常に分裂のおそれがある。


一人一票の協同組合方式だと、面倒でも個人の色合いを持たないと無理なんじゃないだろうか。
しばらくは、悪戦苦闘が続く。

2009年1月16日(金)
活動報告15号
 ようやくパソコンでの原稿が完成した。
公開となると、色々神経も使わなければならない。
先ず、ウソや間違いがあってはならないので、特に数字などは確認したり、誤解したまま記事には出来ないので、念を押すことも大事な事だ。

 次ぎに人様の名誉を傷つけることのないように、何回も読み直してチェックを入れる、誤字脱字、これも気をつけないと
教養の程度が知れる、麻生首相もミソをつけた。

 それでも大勢の人が見てくれるので、色々言われる。
そんな目をして出さないばいいねっか、と言われるが、当選したら最後、ものも言わず、報告もせず、ひたすら目立たないよう心がけろ、そう言う主義もあるだろうが、それでは応援してくれた方々に申し訳ないだろう。

 たたかれても、泥にまみれても、責務を果たす、動き回った結果が評価されなかったら、考え直す、潔く引く
15号を見て、どんな反応があるか、楽しみだ。
2009年1月15日(木)
新潟テルサで講演会

土地改良事業の講演会が新潟で開かれ、動員をかけられた
約1200人県内各地から集まったが、年寄りばかり、たまの若い人がいても、市役所や土地改良区の職員ばかり、農業の現状を如実にあらわしている。

アンケートには、農政がこんなにころころ変わっては
誰も本気で言うことを聞かない。
何でもよいから、一貫して「農業はこの方向に行こう」
と示すべきだ。
 
4町歩以上でないと担い手としない、支援もしない、WTO交渉にも耐えられるように、と言ったばかりなのに、、選挙に負けたから、一年も経たないうちに市町村に任すとなって
魚沼市では1町歩でも担い手と認めた。

民主党が政権を握ると、農家は全部戸別補償で支援するとか、農家はおもちゃじゃない、将来の食糧危機を視野に入れて、また農村や農業の多面的な価値も勘案して、不動の農政を示して、それに向かって農家も消費者も、国も努力をしないと、腰が定まらない。

2009年1月14日(水)
あれ!変 それとも  [なるほど

 注目の副市長人事が決定した。
朝刊で、大平市長は副市長に中川太一氏を提案することを決め、今日の本会議に提案すると言う記事が出され、開会冒頭から、議運で協議するなどゴタゴタがあったが、結果的にはすんなり同意がなされた。

 それより、白熱した議論が交わされたのが、組織機構改革の条例改正の案件であった。

選挙時に大平支持と見られた方が、市長提案に反対し、星野支持と見られた方が賛成に回るというチョットへんな構図となった。
 いろいろな見方があるだろうが、私は魚沼市にとってスピード感を持って200億円規模の予算で運営できるように

体質を絞るべきとの観点で論陣を張った。
結果的には原案が承認された。

2009年1月13日(火)
農政について 各方面に意見を発信
 前から時々は 農業現場から意見を申し上げてきた。
どれほどの効果があったかはわからないが、実際農政の企画をする方々に、現場の声を届けることは我々の役目だと思っているので、今日はほぼ半日に亘って、電話やメールで陳情や情報収集を行った。

 先ず民主党の陰の農水大臣 筒井信隆事務所に、民主党の提唱している「戸別補償制度」について、問い合わせ、疑問点を質したが、新聞などで指摘されているとおり、すべての農家に生産費と実勢価格の差を補償する、およそ1兆円の財源を必要とするが、すべての予算を見直して生み出すと言う、

 3反歩の農家でも恩恵に預かる点は大衆受けすると思うがWTO交渉や、国際社会との交渉や、何時までも零細の農業体質でいいのか、専業農家や集落営農、いわゆる担い手農家群が、継続できる補償が出来るのか と言う質問には、しどろもどろで、政策としては、熟成度が足りない感じがした
政策秘書が、資料を送ってくれることになった。

 次ぎに農協時代に広瀬農協にも講演に来てくれた堺田さんが、農水省の農業振興課の責任者に出世して、今年も年賀状をいただいたので電話してみた、現場の声を是非届けて欲しいと大変喜ばれた。、減反見直しとの大臣の談話が発表されたが、ネコの目農政と批判されないよう、煮詰めた政策転換でないと、混乱するばかりとの意見であった。

 続いて県庁の農業総務課、政策室長、経営普及課長、いずれも旧知の方で、特に政策室長は昨年滝之又に来て、集落営農の調査に来てくれたり、広瀬地区の実態を感心していましたし、担い手育成は絶対必要との考えだった。
 
 経営普及課長は前に魚沼農政にも勤めたことがあり、有機センターの有効活用を期待していました。

 俗称「限界集落」と自嘲気味に言う山間部の振興に、市議として、心は砕くもののどれほどの貢献が出来るかと言うことになると、除雪の徹底を骨折るくらいで、実際は国、県の施策なしで、何も出来ない、、理解を示すふりをするだけで、何も出来ないのが実態だ。

 我々に出来ることと言えば、市議という肩書きを活かして、実態を訴え、提言をして、政策として出してもらわねば、効果はないと思うので、そこに力を入れている。

 直接支払いの施策は、すごくありがたいが、政策室長も言っていたが、5年経って現場に行ってみると、構成員が5才そっくり年を取っているだけで、根本的な解決にはなっていない
しかも、直接支払いは、法律でなく、予算措置であるから、いつでも予算をつけなければおしまいという弱さがある。

 その点、品目横断安定対策は、法律に基づいて行われている施策なので、現場もそのつもりで取り組む価値がある。
それが今日の結論です。
2009年1月12日(月)
地域力を高めよう

並柳集落の才の神行事と、区の新年会だった。
老人クラブが才の神を作り、子供育成会が豚汁を作って、いわば集落の年頭の挨拶の場でもある。
ざっと270人くらいと言っていた。
今年の燃え上がり具合はすばらしく、あっと言うまにきれいに燃え尽きた。
長岡市(と言ってもすぐ隣の山古志だが)から切ってきた青竹が、パン、パンと音を立てて景気がよい。

一言挨拶をとご指名があったのでこんなメッセージをさせていただいた。

不安定でどう生きたらよいか戸惑う時代となりました、私は村中を廻ってみて感動していることがございます。

それは、年取った一人暮らしのお隣さんの、田んぼの面倒見足り、新聞がたまったが様子を見たり、用事を足してやったり

ある人は
,隣の老夫婦の門払いを、さりげなく、スノーダンプで3押し、4押し してやっています、たったそれだけのことであっても、老夫婦にとって見れば、、ありがたくて、床の中で感謝しているのではないでしょうか。

又ある人は、一人暮らしで、寂しくて、話し相手が欲しいだろうと、お茶を飲ませ、炬燵に入れて話し相手になってやる。

こんな近所のお互い様、ぬくもり、都会にはない地域の力、もういちど農村の良さを活かした村作りをしていきませんか。政治も制度も大事なことですが政治では解決できないこともあるのではないでしょうか。

2009年1月10日(土)
副市長人事

昨日の議運で、副市長人事が追加提案されることになった。
新市長誕生の時から、一番の関心事が副市長に誰を選ぶかが注目の的である。

改革志向の市長とコンビを組むこと、選挙時の構図が圧倒的に星野陣営に着いた議員が多かったことを考えれば,市民の注目が集まるのも無理からぬ所である。

市長の腕の見せ所、議員の度量を計る場面でもあるが、お互いが大人の対応と良識がはたらものと思う。14日の最終日に
決定する。

今日は湯ノ谷方面に教育界の勉強に出かける、畑違いの分野の事は
その道の専門家からレクチャーを受けないと素人判断で採決に臨めないからだ。

2009年1月9日(金)
急ブレーキ、急ハンドルは事故のもと

 今日はトップバッターで私の質問だ、同僚議員から、山之内さんが一番過激な質問みたいだとからかわれる。
タイトルは「何を継承し、何を変えますか」と題して6項目に亘る質問をした。
 
 選挙戦では「庁舎は造りません」はわかったが、それ以外は何を変えようというのか「変えよう変わろう魚沼市」という主張だけで具体的なことがわからない、私を含め皆さんの知りたいところだと思いますので長くなりますが報告します


 就任の挨拶、昨日の一般質問、今日の私の質問で、ある程度は市長の考え方がわかってきました。

1 庁舎は新築しないが、庁舎の一本化は必要である、さり   とて現状で職員をまとめても、入れないので、建て増し    あるいは改築費用もいるので、現在ある積立金は、目的   に添って活用する。

2 行政は何を受け持ち、民間に任せるものは何かをフルイ   分けして市役所のスリム化を図る。

3 先ず市役所が変わらなければいけない、職員を積極果敢  な挑戦者集団にする。

4 市財政の実態を市民からわかってもらえるよう、情報公開  に努める

5 組織機構を見直し、権限を移譲し職員に責任を持たせ効   率を上げる、残業を減らす努力もする

6 合併協議で決めた、3人退職したら1人採用を原則として  いるが、固定した考えでなく、必要な時にのみ採用するこ  とにする、中途採用も考える。

7 税の収納対策、22年をめどに水道料金の見直しを予定す  るなど、市民の皆さんにも応分の負担をお願いする。

8 観光施設など経営再建に努力する、考え方としては単に   切り捨てるだ   けでなく、創造、再生を視点とした、地域  力の向上で解決  を模索したい。これはアフターホローを  検討中なので、少し  時間を下さい
 
9 水の郷工業団地については、議員時は反対したが、工事  を始めた現在、企業誘致にトップセールスを交えながら、   最大限の努力をする。

10有機センターについても、春には完成するのだから、反対  したでなく、有効活用と、運営がうまく行くように、最大限   の改善に努力する。
  
 と言う事がわかった。素直な答弁だったので、気に入ったと言ったら、星野さんを推したくせに、もう市長寄りだと悪口を言う議員もいたが、私が日頃主張していることと同じ趣旨の答弁であり、継続性にも配慮した姿勢は納得いくので、気に入ったと言ったまでで、選挙の時反対陣営だったから、市長にしっぽを振っているなんて失礼この上ない言葉だと思うし、狭い了見だと思う、第一我々の一番の責務は、魚沼市の発展であり、いたずらな意地の張り合いや、混乱、駆け引きではない、言いたい人には勝手に言わせておけと、無視している。

2009年1月8日(木)
沢山の傍聴者
 市長がどんな答弁をするか、多数の議員が選挙の時は市長側ではなかったことから、一般質問がどんな展開になるか週刊誌的興味もあって(世間の茶飲み話から)か多数の傍聴者で、議場には何時もと違った雰囲気が漂う。
  
 思った以上に挑発的な質問もない、市長の答弁も職員が原稿を作るわけで、それほど今までの路線を大きくはずれるような発言もない、再質問、再々質問でいじわるなつっこみもなく興味本位の見方にはやや期待外れであったかもしれない。

 新市長は、再質問では、原稿がないわけで、自分の言葉で答弁するわけだが、比較的率直な物言いで、俗に言う「しっぽを捕まれないために、のらりくらり、言語明瞭意味不明の言い方でなく、素直に自分の気持ちを述べたように思う。
今後、発言の矛盾を突かれて窮地に陥る事になるか、好感を持って受け取られて吉と出るか、私はこのままの姿勢で行ってもらいたいと思うし、いたづらな揚げ足取りはするべきではないと思っている。
2009年1月7日(水)
集落めぐり

 産業建設委員会があったが、傍聴はやめて、集落巡りをした。滝之又の場合、集会施設の維持管理は集落でと言うルールは仕方がないが,付随した体育館の大修理までは、とても集落で出来ないという問題がある、
無理もない事なので、当局と研究する事にしたい。
  
 前に結婚の話をしたが、「ありがたいが、考えがあるので」という返事であったが,、今は子供が出来て、家が明るくなっていた、、おまえさんのおかげで、こんなうれしい事になり
ありがとうと、お礼を言われた。
 一方跡取り同士のカップルで
いまだ結婚もしないでいる家にも行ったが、あきらめ半分の話を聞き、今は両方の親の面倒を見るのは当たり前の時代、とにかく結婚することだ
思い切って話を進めたらどうかと、激励した。

 
 雲洞庵の住職に広瀬から上がった先祖様があるお家にも寄せていただいた。私も初めて聞いた話で、調べてみようと思った。

2009年1月6日(火)
心に響く言葉

 賀詞交換会、県会議員をお迎えして、恒例の名刺交換会、議長、市長、県議の挨拶、最後に副議長が手拍子で締めて閉会
感想として、心に響くお話を聞くことが出来なかった。新年、しかも大平市長にとっては魚沼市改造の始まりであるから、熱き思いを語りかけて欲しかったのだが、なんか通り一遍の挨拶に聞こえて仕方がなかった。

 総文委員会が午後からあって、組織機構の条例改正、職員に勤務時間休暇に関する条例改正、税条例の改正、学校設置条例の改正などが議題

 一番熱が入った議論が、組織機構の大幅改正問題、市長から、機構を変えて職員の意識を変えたい、機構を変える以上庁舎の統合を早急にまとめて、大課制にした効果が上がるように条件整備をしたいと発言があり、私は評価したい。

2009年1月5日(月)
壊すだけが能じゃない

 今年第一回目の勉強会があった。庁舎の統合は急いでしなければならない、現在の庁舎をどうするか、壊すが一番経費節減になると言う人と、いや現在の庁舎は、旧町村の中心で且つシンボルだから、いろいろな施設をそこに集約して活用すべきという人と意見が分かれた、合併特例債は、取り壊しには活用できないということもわかった。

 スキー場は、この暖冬続きでスキー人口の減少、多額の赤字を考えれば、整理統合もやむを得ないと市民も納得するだろう、水の郷工業団地の2期工事は、1次が売り切れない内は当然凍結だろう、職員の意識改革は、トップが相当な覚悟と、粘り強い働きかけがないと、簡単にはいかない等々
意見交換できた。

 最後に会派を(新生クラブ)離脱して無所属になる、そして自由な活動を通じて新しい途を模索することで一致した。

22009年1月4日(日)
よくわかりました

農協を退職後自営業で頑張っている元課長に呼び止められた。「組合長自分で自営業をやってみて、いかに自分が甘い考えだったか、よくわかりました」勤めているうちは、ボーナスなんて当たり前、超勤をつけないなんてもってのほかと言う気持ちでいたが、組合員の実態や、どういう目で職員を見ていたか、今思うと恥ずかしくなります。勤め人なんていい気なもんですね、と言うではないか。

みんながそうだとは言わないが、俺たちは組合員のおかげでボーナスを頂けた、組合員の為に恩返しをと言う気持ちよりも、俺たちが稼ぎ出した,,当たり前だ、まだ足りない位だ、そんな気持ちがないだろうか、
在職当時は、よく組合員のことを考えてくれ、感謝の気持ちと同時に、恩返しの奉仕を考えようと訓辞をしたものです。

いま、議会に出させていただいて、市民のためにと言うのも同じ気持ちです。
民間から見ると、役所の考え方には同じ思いが強いのです。

2009年1月3日(土)
トップの孤独

噂は寄ると触ると副市長人事が話題になるが、いっこうに正式情報が入ってこないので、市長に電話をしてみた。
「就任以来、結構時間も過ぎたし、もうすぐ議会も始まるが
人事は固まりましたか」と聞いてみた
そしたら意外な答えが返ってきた、「誰も何も行ってこない」

やっぱりそうかと私は思いました。世間ではもっぱらの話題なのに、副市長の人事が当面の一番重要な事なのに、誰も直接は言わない。

トップとはそうゆうものなんだ、一歩距離を置かれる、固唾をのんで見守っているのに、直接は言わない。
非常に孤独な立場に置かれる、

私も、農協合併の土壇場になると、誰も何も言わなくなる、固唾をのんでトップの決断を見守る.. .トップにはなるもんじゃない、つくずくあのときは思ったものです。

孤独にならないように、気軽に相談するようにしないと自分が追い詰められて苦しくなりますよ
と激励して電話を切った。

2009年1月2日(金)
多彩な来客

 親戚はもちろんだが、一人は結婚を紹介していた方が来てくれた。男女同権とはいえ、男性側からはっきりと意思表示をすることが大切ではないかと助言しておいた、うまくいくといいが,今までとは違う熱心さが伝わってくる。
 もう一人は、まさに夢のような話し、人工的に降らしたいところに雪を降らす実験に成功して、理論的な確信を得た、公的機関か、企業が実用化してもらいえば、魚沼地区の大発展に役立つという突拍子もない話をしていた。
半信半疑で聞いていたが、本人は実験で成功したから大丈夫だと力説する。
正月らしい夢物語だか、単なる妄想か? 新しい発想か?  

2009年1月1日(木)
批判を恐れず、ブログ再開

魚沼市も新しく女性市長の誕生となり、議会がどう対応するか、市長がどう変革を打ち出すのか世間の注目を集めている
市長の出方と同時に、議会の力量も問われているわけだ。
書いて公表することは、いろいろな考えがあるので、必ずと言っていいくらい賛否が分かれる、批判を恐れず
先ず自分の考えを公表し、ご批判をいただくべく、ブログを再開いたします。
昨日の除夜祭(須守神社)で除雪が悪いと評判だったので、今朝は広瀬管内を廻ってみました。
結論として「まあまあで、言われるほど除雪体制は悪くない」という感じを受けました。
個々には運転手の上手下手もあり、車が置いてあったりして
日によっては、苦情もあるでしょうが、そう言うときは遠慮なく言ってもらうとしても、システム的に大改善をしなければならないというようなことではないと判断いたしました。

2008年10月22日(水)
盛り上がらない市長選

私だけの見方だろうか、いまいち市長選挙が盛り上がらない
選挙は大切だと思うのだが「誰がなっても変わりがない」
そんな言い方で、無関心を決め込む人たちが少なくない。
棄権や、いい加減な選挙をして、後で不平不満や批判をしても始まらないと思うのだが
 立候補者や、それを推薦する側にも、私はこんな魚沼市にしたいと言う夢や、手法を熱く訴えるエネルギーが必要だ
少しでもそのお手伝いがしたい。

2008年7月7日(月)
市長選挙に当たって

本会議の冒頭、11月の市長選挙に出馬するのかという質問に答えて 「幸い健康にも問題がないようなので、出馬の方向で考える」との答弁をした星野市長、いよいよ市長選挙のスタートだ。

水の郷工業団地、有機センターに着手、基幹病院と小出病院の枠組みは当面の課題だし、合併優遇措置も限られた期間で、何時までも 融和だ、激変緩和だと言っては居られない、財政を考えると、行革は待ったなし
次期市長はどなたがなっても相当の覚悟と、泥をかぶる役割だと思う。

候補者はマニフェストを掲げ市民の審判を仰ぎ
当選の暁には、着実に実行に移さなければ魚沼は持たない候補者も市民も何とかなるだろう、最後は国がと言う、従来の行政感覚ではやってゆけないと思っている。

2008年5月4日(日)
東洋医学を見直す

女房殿が長年足首が痛くて苦しんでいた。
小出はもちろん、長岡、横浜市民病院まで紹介していただいて、病院にとどまらず、整体、マッサージ、とかかってみたが、結局の所手術しかないのか、と覚悟を決めていました。

 ひょんなことから、民間の東洋医学を実践している友達から
今年になってから指導を受けて、自然治癒力を引き出す体質改善,血の浄化、正しい食事、足湯、黒酢を使って体調を整え、血の巡りをよくする一方、悪血を絞り出す「バンキ療法」に
若干の整体を施してもらっているが、どんどん良い方に
向かっていて、改めて東洋医学を見直している昨今です。

2008年3月5日(水)
質問の通告と勉強会

予算書をもらって、提案説明を受けてから、一週間くらいで質問事項を通告するには相当の時間と勉強が必要だ。
ようやくの思いで通告期限に間に合わせたが、相手の課長は26人で、自分の守備範囲を専門にやっている、26人相手に渡り合うには容易ではない。

会派や、気のあった者で勉強会をしたり、職員に聞いたりして
問題点をあぶり出すわけだが、適当に原案賛成と言いたくもなる。
報酬をもらって、チェックを任された議員として、無責任な賛成もできない、ましてや魚沼市は大変な財政危機にある、ノーチェックで破綻に追い込まれるようでは、市民に申し訳ない
責任は重い。

2008年3月29日(土)
提案理由の説明終わる
 三日間に亘って予算案、条例改正など、20年度の骨子を説明するとともに、市長の施政方針演説があった。
内容については、随時予算審査の様子と合わせながら、お伝いしたいと思います
 新生クラブとして、会議終了後対応策についての意見交換を行った。
1 直営観光施設などの経営改善はどうなるのか
2 ケーブルテレビの事業の今後はどうするのか
3 エコプラントの補修は大丈夫か
4 有機センターの運営について
5 消防署の過払いの処理に問題はないか
6 堀之内病院の赤字問題を放置していて良いのか
等について問題点が出された
 12日一般質問が終わった後、担当課長から説明を聞き、今後の対応を決めることにした。
2008年1月1日(火)
神社で年頭

 恒例の歳旦祭 宮司の祝詞で平成20年度の幕開け
今朝は大雪が降り、久しぶりに2時間たっぷりと除雪作業をする。すがすがしい年明けとなる。
 昨夜の除夜祭の話題は、除雪の悪さ、区長のところに、じゃんじゃん電話が来るどこに連絡したらよいか、連絡体制が分散していて、何回も電話をしなければならないから、市役所のシステムが悪いと言う話題で持ちきりでした。
それと、市民が自分でなんとかしようという気持ちがなくなって、すべて、他人にさせようと言う気持ちが強すぎて困った
時代になったいう話題が主体でした

 歳旦祭での宮司さんからのお話は、伊勢神宮の遷都が
平成25年であり、すでに準備が始まっていると言うことでした
20年に一回、建物すべてを造替える世界にも例がなく、1300年にもわたって引き継がれた貴重な文化である と言うお話でした。

 さて、20年度私の目標ですが、個人的には70歳代に突入の年であります、間違いなく高齢者、麗しい老後とは、豊かな人生の後半をどう築くか、若い人の邪魔にならない生き方を心がけるには、健康をどう保つか、等を真剣に考え、実行に移さなければならないと思います。

 公的には、議員生活後半の課題ですが、魚沼市の現状や
国の示す方向、財政状況や産業構造の弱さを、どうバランスをとるか、難しい課題を抱えていると思います。
私心を捨てて、判断をしなければならないと思う。

 農業の力がどんどん弱まって、とても心配です。
もはや、農業問題は農家の問題というより、消費者や都市に住む人たちのはうが大きな影響を受ける時代だということを知ってもらうことが必要だと思います。粘り強く警鐘を鳴らしたいと考えております。

2007年11月18日(日)
一件落着

区長さんから電話があった。「本人のはんこをいただきました、いろいろありがとうございました」
どうして? 義兄がマンションに訪ねていったら、帰ってきたんだって
良かった良かった これですべてうまくいく。
やっぱり行動を起こさなければダメ、
議員の原点はここにある。

2007年9月17日(月)
段取り八分

セントラルファームの運営も大変だ。みんな親方、会社と違って組合員みんな平等であるから、まとめるのが大変、まとめ役がかなり犠牲にならない限り、長続きはしないと昔から言われている。

誰も責任を持って骨折ることはいや、自己主張はさせてもらう、人夫の手配、乾燥機の手配、作業委託者の都合や要望を調整して計画表にまとめるまでが一苦労、変更あり、ハプニングあり、傷害保険の手続きを忘れていた、袋の手配もあった、農協に出荷契約をしていなかった人もいる。
様々なお客様がいる。

段取りがうまくできれば、スムースに人も動く、たまには
焼き肉でもして、作業員をもてなすことも必要だ。
すべてうまく運んで当たり前、少しでも歯車が狂えば文句、
クレームは当たり前、これが農民組織の実情だ。

2007年9月8日(土)
米価の下落 安定対策の補填は

こうなるのではないかと思っていたが、「やっぱり」
仮渡し金は18000円、これでは最終精算しても2万円?
他県のコメなど12000円くらいが限度か、百姓もやれんなー
と言う声がうめきにも聞こえる。

じゃあ 安定対策はどう機能するのか、普及センターに聞くと
単純計算、魚沼の基準価格27000円くらいと認識しているが
今年が2万円なら、その差額7000円×0.9=63000円補填か? やっぱり安定対策に入っていてよかった と思いきや

それが「そうじゃないらしい」 積立金の(農家1に対して国3)
範囲しか補填されないらしい、魚沼米が7000円下落しても補填は2400円程度と見られている。

これで担い手が育つのだろうか、豊作の秋ならぬ憂鬱の秋となりそうだ。

2007年9月6日(木)
青森の農家は

エコキュートのセールスに来た方の説明を聞いた後 世間話をした。 あんたどこの人 「青森の生まれです、農家の長男ですが、新潟大学を卒業後、百姓では食っていけないので、セールスマンをしています

実家は村会議員をしているので、いずれは農家を継がなくてはならないと思っていますけど米価が10500円じゃあ、赤字ですからだめですね」

集落営農みたいな方法で、農業機械の経費を節約してはいますがそれすら限界です、
「そりゃそうだろうなあ」と思う. 日本中の農家がやっていけないような農政ってあるんだろうか?

まあ、早く嫁でももらって、生きる道を探せやと励ました。

2007年8月25日(土)
アンケートの報告

市政報告会に沢山の方から参加していただきありがとうございました。
そのときに市政についてアンケートを実施し、集計ができましたのでお知らせいたします。
1 基幹病院について あなたの考えは
 ☆まず基幹病院を作るべきだ 小出病院のある程度の縮小  はやむを得ない                   (66%)
 ☆小出病院が大切、中途半端になるくらいなら、基幹病院   はなくともよい                   (34%)
2 有機センターについて、どう思いますか
 ☆これだけもめては、計画をやめてしまえ    ( 8%)
 ☆計画も甘いし、交渉もまずい、一から出直せ (64%)
 ☆別な候補地に的を絞り、どうしても作るべき  (28%)
3 庁舎問題をどう思いますか
 ☆合併協議で決めたことであり、別な方法で改善するとして   も、約束は守るべき                 (30%)  ☆分庁舎方式を見直し、主要本課は一つ屋根のしたにまと   めるべき                       (70%)
4 水の郷工業団地の造成工事について             ☆多少のリスクはつきもの、工業団地は早く造って、必ず誘   致すべき                      (54%)
 ☆財政を考え、夕張になるおそれがある、作るべきでない
                               (46%)
5 議員定数の削減について、必要性は  
 ☆2人や3人減らしてもいくらの節約にもならない、それより  もっと勉強して                    (55%)
 ☆財政上削減して、質を上げるべき        (45%)
6 現在の市政について、どんな感想をお持ちですか 
 ☆合併当初だから、まあこんなもんだろう    (36%)
 ☆みていて歯がゆい、もっとグイグイ、リーダーシップを発揮   してほしい                     (64%)  7 赤字の観光施設やスキー場の改革について
 ☆先輩達が地域興しのために作ったものだ、多少の赤字は   仕方ない                      ( 5%)
 ☆せっかくの施設なので、民間委託や譲渡を考え、廃止な   どすべきでない                  (56%)
 ☆財政難の時代、だめなものは仕方がない、廃止や解体も   やむを得ない                   (39%)
8 類似団体に比べ職員の数が多い、どう思いますか
 ☆市役所も重要な雇用 自然減を大切にして、無理すべき   ではない                      (22%)
 ☆当局のたてた定員適正化計画が妥当なところ(14%)
 ☆背に腹は代えられない、民間と同じ痛みは仕方がない
                               (64%)
9 今日の報告会について
 ☆また計画すれば、参加する            (97%)
 ☆やらなくともいいんじゃない            ( 3%)
10 定例会ごとに発行する活動報告は読んでいますか
 ☆ひととおり読んでいる               (100%)

2007年8月21日(火)
第2回市政報告会

参議院選挙もあったりして遅れたが、年1回の報告会をさせていただいた。
昨年は150人という望外の参加がありましたが、今年は添う甘いものではないだろう と言う役員会の見方でしたが
122人という予想を上回る参加をいただき、感謝、感謝です。

内容は本人の報告を重点的にやったらどうかという役員会の
意向もあって、特別講師は佐藤貞一市議と、皆川県議のお二人から来ていただきました、特に皆川県議は選挙のあったばっかりで、応援もできなかった関係もあらましたが、おうような人柄通り、気さくに来ていただきました、誰にでも愛される人柄は、きっと本人のPRにもなり、プラスになったと確信しています、本当にありがとうございました。

私は今日のために5日間、準備に費やしました。
報告するためには、きちんと裏付けを持たないといけませんし
間違った数字を言ってもなりません、勝手な解釈や
偏見でものを言ってもならないと思い、課長のところに行って
勉強したり、副市長に意見を聞いたり、同僚議員に確かめたり、自分でもよい勉強になったと感じました。

意見交換と言っても、大勢の中ではなかなかかみ合った意見交換もできないと思って、アンケートを会場で配らせていただいたり、皆さんの感覚と乖離した主張もしてはいけませんので、参考にさせrていただくよていです、ご協力ありがとうございました。

会場の皆さん、スタッフの皆さん本当にありがとうございました。

2007年8月5日(日)
ものずき村オープン

地域力の時代、行政にお願いすればしてくれる時代から、
自分たちでできることはやる、どうしたらできるか工夫する。
そういう時代だと思う。

ものずき村は、時代を先取りした発想で、手作りでシニアの道楽(自分たちがそういっている)を作った。
農産物、山野草、加工品、道楽品なんでも、出品者を募集している、
 
252号線を往来する人々がチョット寄ってみる、
退職者を中心とした、近所の人たちの「よったかり場」
として賑わいを期待したい。

2007年8月3日(金)
後援会の役員会

本部役員の皆さんからお集まりいただいて
活動報告やら、市政報告会の相談をいただいた。

もう少し議会の活性化が図れないか、もう少し市政を
ぐいぐい進められないか、もう少し職員が元気を出すようにできないか

財政難はわかるけど、何もアクションがおきないのは
残念、などなど率直な意見を聞かせていただいた。

市政報告会は8月21日に行うことに決定した。準備を怠り無く、皆さんから行ってみようと関心を持ってもらうような企画にしたい。

2007年7月29日(日)
自普請

並柳の中でも比較的、まとまりがよく、地域力が残っていると見られる三つ池地域では、総出で堰の工事をした。

以前からU字溝を現物支給で村にお願いして
自分たちで工事をする癖がついていると言うか
自分たちのことは自分たちでやろう、と言う気質が残っている
地域だと思っている。

見事なできばえである、それぞれの職人がいて、専門家もどきの仕事をやってのける。

地域力、これからの時代、これがキーワードはこれだ。

2007年7月26日(木)
直接支払い制度でも救えない

参議院選の街宣車に乗って、芋鞘、田小屋、二分といった魚沼市でも山間地と思われる地区を回ってみた。

古い家屋、耕作放棄地、老人、廃屋らしき家
直接支払い制度すら機能しない現実を見るにつけ
自然消滅を黙ってみるのか、何をするのが対策なのか

今日のこれらの集落の姿は、明日は確実に一歩下の
集落の姿だ。

仕事が無ければ、若い人はいなくなる、医療やショッピングが
できなければ老人も住めない、、農地も原野に帰る、
自然の摂理というものか、これほど無慈悲なものなのか

生きているのは人間だ、少なくとも日本の発展に
貢献もしてきたことはまぎれも無い事実
せめても、年金だけでも、都会の子供のところに行けるような
人の住む里に移り住む手立てくらいはできないものか

学校も空いてきた、里も人が減ってきている、何とか
できないものだろうか。

2007年7月24日(火)
大人の対応

難産の末の合併、一連の議会人事をめぐって肌合いの違いが表面化、合併解消の危機、色々あったが、粘り強い話し合いの結果、なんとしても、当初の大きな目的に向かって「小異を捨て大同につく」 大人の選択に落ち着いた。

最大会派としての責任、会派らしい会派になるよう勉強しなければいけない。

2007年7月23日(月)
心のヒダは深い

若いといっても40歳だが、飲み会の席で「まだ結婚していません」t言うから、一日も早く結婚すべきだと、心から勧め
後日、家まで行って、将来家庭がないとさびしい思いをするから結婚する気になれ、と追い討ちをかけ、そして今晩家に来て話し合おうと誘った。

それと言うのも、仕事はできる、人柄もよし、立派な青年で、どうしても一度は本気で相談に乗ってあげたい、そう思ったからだ。
話してみると、実に素直だ、ポツリ、ポツリと過去の思いを語ってくれ
セーブオンの弁当で夕飯を食べながら4時間にも及んだ。

結婚しようと思った彼女がいたこと、でもできなかったこと
思いを引きずって、新しい彼女を見つける気にもならなかったことなどを、それほど深い付き合いでもない私に語ってくれた

そうだからといって、いつまでも気持ちの切り替えができなくて 自分の人生、親の心配、将来の社会情勢、色々考えればできたら結婚したほうがいいのではないか、
自分の経験談をあけすけに語り合った結果、決意を固めて、踏み出してみると言うことになった。

良かった良かった、親、親戚、同僚、友人いっぱいあるのになかなか相談もできない時代なのかな、改めて心のヒダは深い、孤独の時代を感じたしだい。
頑張れ、朗報を待つ。

2007年7月22日(日)
柏崎に災害見舞い

三男が柏崎に住んでいる。その嫁さんの実家も柏崎、私の妹も旧三島郡、
地震の影響はかなりあるが、家や人間の被害はそれほどでもないので、道路事情が良くなってから見舞いに行こう、
と延び延びになっていたが、今日は妻と出かける。

道路はスイスイと行くが、途中崩壊した家があちこちに見える
柏崎に近かづくにしたがって道路のでこぼこもあって、慎重な運転が必要。
古い家が多く壊れている。
ボランテアに行く人だろうか、県外ナンバーのバイクが追い越していく。
若い人だ。居たたまれない気持ちなのだろうか。
私たちは親戚しか行かない、時代の違いか

2007年7月19日(木)
合併は本気なのか 

激しくぶつかり合った。本気で議会のあり方を語り合う。

不満の点はあるだろうが、とにかく存在感のある議会にするために会派の再編をしたのだから、初心に戻って議会の活性化を図ろう。

確認事項として最初の会議で決めた
1 責任ある最大会派としての自覚を持ち」、時には軌道修正  も話し合いながら、市長を支え、存在感のある
  議会運営に努める。
2 数の力による行動は厳に慎み、他会派との協調にも十分  配慮する。
3 分担して勉強、情報収集に努め、総合的な政策提言を積  極的に行う。
4 派内民主主義、開かれた会派運営に努め、過度の
  縛りはしない。
5 市民、他会派からも魅力ある会派と評価されるよう、新し   い政策集団を目指して一致協力をする。

この当初目標をもう一度かみしめ、頭を冷やしてから
もう一回話し合おう、ということで24日に会議を約束して
散会となった。

2007年7月16日(月)
地震
2年間の議会活動を振り返っての反省として
中心となるべき会派があって、市長の支援もするが、政策提言も、執行部に対して注文もつける形が望ましい、との見地から「新生クラブ」を立ち上げたものの、議会人事をめぐって
肌合いの違いが表面化して、合併そのものが振り出しに戻る
危機に直面した旧新風クラブの相談をしていた最中に、猛烈な揺れが襲った。

3階にいたので、すごい衝撃で「また災害か」との不安がよぎる、職員も続々集まってきて、災害の確認に出かけた。
危機管理の第一段階は合格と評価した、我々も急遽予定を変更して自分の地盤としている管内の調査に出かける。

幸い、何の被害もない、よかった。
何がなくとも、廻ってきてくれて「ありがとう」 お茶でも飲んでいけや。
2007年7月15日(日)
農協役員OB会
第18期の役員が時々集まって、思い出を語ったり、農協運動について熱く語り、現役の役職員にエールを送っている。

今晩もいつものように、激論を交わしながら合併離脱をしたことや、Aコープ、S.Sの建設、生活事業の拠点{オアシス」の改築と「なごみの里」の開設、最後に卒業旅行に海外研修に行ったこと、今の農協についての感想などなど、話題に事欠くことはなく、時間のたつのも忘れて語り合った。

当時の議論や判断がどうであったか 正しかったか、時がたてばわかってくる、そんな意味からも貴重な会だと思う。
でも当時の役員も、亡くなった人、病気で出席できない人
14人の役員が10人の出席でした。
2007年7月12日(木)
中学生の体験学習

参議院選挙の告示日だったが(国会の会期延長で予定が変わった)、前からの約束で一日、中学生のお相手をさせてもらった。

5人の一年生が来てくれた、先日農業部門を代表して
中学生を前に、農業は未来産業だと話をしたばかり
5人の生徒が関心を示してくれただけでもうれしいことだ。

事務所で、一時間ばかり、質問に答えたり、青空牧場の説明をしたあと、農場の案内、きのこの原木を林の中に運ぶ仕事、
無農薬、無化学肥料栽培の田んぼで、ヒエ抜き作業を体験してもらった。
田んぼには、はだしで入ってもらい、「わー気持ちいい」
と歓声を上げ、泥んこになったところへ巡回の先生も来られて写真に収めてもらいました。

最後に、牧草の白いロールに、どらえもんだとか、牛の絵を描いて記念に残し一日が終わった。

2007年7月11日(水)
議員いきいき

 ここ2週間くらいの間、議員の動きは活発だった。
後半議会の人事をめぐって、色々な人間模様を見せてもらった。結果的には、「駆け引きと取引」の、旧態依然とした長老議員の勝利に終わったと思う。

議会を変えたい、若手が活躍できる環境を作りたい、そんな思いも実現できなかった。団結と助け合いを基調とする農協運動精神などは子供のままごと、政治の世界は取引、駆け引きはあたりまえ.、厳しい現実を見せ付けられた。

本会議のあと、慰労会をかねた打ち上げが開催されたが、
都合が悪いと欠席の議員もかなりあり、落胆と不満を
垣間見た打ち上げとなった。

しかしこの2週間は、各議員とも実に生き生きと動き回り
市政についてこれだけ全力を尽くせば、もっと議会も
変わるのにと皮肉な思いもある。                 
                                                                                                                                                                                       

2007年7月7日(土)
カッパ座公演

55年ぶりに中学校時代の同級生からチケットが送られてきた
ビックリと同時に、一生懸命に何かをやろうと、頑張っている人がいるんだと意を強くした。

孫たちに見せてやろうと思って、3枚買い足して、
お母さんと子供3人で見に行き、喜んで帰ってきた。

地域や家庭の力が弱くなって、ボランテアとか
NPO法人とか、そんなものが社会を動かす原動力に
なりつつあるのかな、農村部ではまだまだ、地域のまとまりとか家庭とかが。機能している 大事にしたいと思う。

2007年7月4日(水)
ポストって、そんなに魅力あるの

2日間にわたる一般質問が終った。質問者も10人と少なかったし,全般的に盛り上がりに乏しかったような気がする。

それよりも、任期の前半が終わり、後期の議会人事の方が関心があり、議長 委員長人事をめぐって駆け引きが激しさを増してきた。
これが面白くて議員を辞められないという長老もいて、ポストとは魅力があるんだなあ、と感心したり、あきれたりの今日この頃だ。

2007年7月2日(月)
個人主義も極まれり

日報の「窓」欄を見てビックリした。
ウチの子が部活で補欠とはケシカラン
インフレエンザで出席停止になったが、ウチは忙しいので
学校の保健室で寝かせてほしい、学校にクレームをつけに来た挙句
仕事を休んできたのだから休業補償をせよ。

どうなっているんだろう、自分しか見えない人ばっかりになったら
日本はおかしくなる。

2007年7月1日(日)
流行らない お見合い

お見合いは死語になったといっても過言ではない。
昔はおせっかいがいて、年ころになると、周りがやいの やいのと
はやし立てて、結婚をせかせたし、若い人も、そろそろ年貢の納め時
と言う気になったが、最近の若い人は、仲人なんて相手にもしない

そうした中にあっても、見合いしてみようかという人がいて
引き合わせることになった。,

2007年7月1日(日)
一般質問の準備

今回の一般質問に備えて、ほぼ一日論点の
組み立てやら、資料をそろえるために勉強

最初の市長答弁は、通り一遍な課長の書いた原稿なので
再質問に重点をおき、市長の本音を引き出したい。

2007年5月5日(土)
廻って来てくれてありがとう

滝の又地区の災害復旧地を中心にみてまわる。
田んぼがなくなったようなひどい状況のところが
見事な田んぼになっていた。
 しかし気がかりなことは「雨が降れば又、抜けるのではないか」
当地区の土質は砂で崩れやすいから、工事もそれなりの
設計でないといけないのではないかと思いながら
みていると、ぜんまい取りのお母さんが山道を降りてきて
「ご苦労さん、おまえさんばっかりだ、こんなとこまで
見に来てくれる人はいないて」と労われた。

2007年5月4日(金)
過疎地の活性かなるか

今日はうれしい日だった。
越又地区に巡回した、ユンボが動いている、何するのかと聞くと
「食堂を作るんだ、山菜を食べにきてくださいと言う
なに、越又に食堂をつくるの、ビックリ、聞けば、なるほど、過疎化を
脱却しようと一生懸命なんだ、と感激

数年前から、廃業した養豚場跡地に別荘ができた、大会社の偉い人が
定年後は移り住んで、豊かな人生を過ごしたい、と言う話は聞えていたが
その人と、地元の壮年が組んでの計画だ。スゴイ

秋山さんが今日は来ているから、と言うので、山の上の別荘に向かった。
重役夫妻と、奥さんの妹夫婦がいて、歓待してくれた。
百姓を教えてください、と極めて謙虚にして友好的、一瞬にして好きになる
ポンコツのトラクター、ユンボ、管理機も買ってある。
酪農家だと知ると、堆肥がほしいと言うので、午後から運ぶ
越又の黄金ツ原が活かされて、過疎地が活性化されることを期待したい。

2007年5月1日(火)
堆肥の人気

町場の同僚議員から、堆肥がほしい電話が来る。
あまり、乗り気はしないが、断れないので朝早くダンプで運ぶ、
ビックリした、隣は料理屋ではないか、いいのかねと言うと、「大丈夫、大丈夫」
堆肥の入った野菜は別だからね、と非農家の方まで知っている、

私にも持ってきて、となりの奥さんにも頼まれる、女の人に頼まれると
つい、その気になってしまう、街中を堆肥ダンプで走るのは気が引けるが
最近、うわさを聞いて、町場や遠くの人から注文が来て忙しい

有機センター、どうなるんだろう、循環型社会は大事なことなんだが。

2007年4月30日(月)
障がい者を切捨てないで

私は障がい者ですが、月1回の集まりに今まで市から補助がありましたが、
来年から打ち切りと言われました、ほんとに楽しみにしているのに、わずか13万の補助を
打ち切るなんていわないでください、と言う電話でした。

先輩議員に相談する一方、実態を知るため電話の主宅に伺う。
先輩議員の助言に従って、会の参加者、人数、会費の有無、予算決算
活動内容、魚沼市全域かどうか、など聞かせてもらう。

役所の立場に立てば、きちんとした会でないと補助しにくいことは
理解できるが、呟きにもならない訴えをどうするか
じっくり相談してみなければ。

2007年4月28日(土)
宮柊二 山西省展
若き宮柊二が、従軍して苦闘しながらも短歌への思いを捨てきれず、こつこつと書き溜めた歌の数々、人間性を捨てさせられた戦争への悲しみを肌で感じた。

「蟻の兵隊」、と言う映画を見せてもらった、さらに映画の主人公である奥村和一さん(胎内市)をお向いして
生のお話を聞いた。ひどい時代だったとつくづく思う。

それに比べて現代はどうだろうか、平和すぎて、これまた問題あり、権利の主帳のみが激しく、これでいいのだろうかと考えさせられることが多い。
2007年4月21日(土)
今時の結婚式

妻の実家、次男坊の結婚式に呼ばれる、これで実家も子供たちの結婚がすべて終わる。
めでたいことだ。順調が何より、今は順調がなかなか思うに任せない家庭が多い時代だ。

仲人もない、祝辞もなし、いきなり乾杯、私も親戚代表としてスピーチを頼まれたが新郎新婦の紹介もないので話の糸口を探るのに一苦労、ガヤガヤ飲んで話をするだけ、我々の年代からすると、なんか味気ない
忘年会の延長のような感じでもの足りない

厳粛な人生の出発と言う要素が少なく、違和感を感じました。

2007年4月20日(金)
有機センターがほしかったら

「形に表してよ」、私はそう叫びたい。
農業士会の懇親会に参加、魚沼市にも有機センターが早くできないかな、と言われた。
そうだろう、魚沼コシヒカリの産地として、有機センターがないでは将来コメを売って出るためにもマイナス、絶対ひつよいうな 施設だと思う。

だったら、農協に一生懸命働きかけて、施設は市で作ってくれ、運営や利用は農協が責任をもつから、と言うように形に表してもらいたい。
農協は、堆肥を使ったコメは高く売ってやる努力をする
そういう前向きな姿勢を形に表すことが大雪だと思う

全部人任せで、早くできないかななどと、言っているだけでは何も前に進まない。

2007年4月17日(火)
現職に厳しい風あたり

長岡市会議員選挙は、山古志の候補、小千谷市は、自分の選挙で応援してもらった候補、川口は青年団時代の仲間であった候補に、
陣中見舞いをかねて、知り合いや同級生などに
選挙運動をして回った。

長岡では、特に中心部の候補が大変らしい、旧町村部では地域意識もあって、票がないのに案外善戦、小千谷では県会議員選挙の絡みもあって読めないが、でも日ごろの議員活動がものを言って、堂々の戦いをしていると感じてきた、川口では財政問題もあって、議員はチェック機能を果たしてこなかった、現職にはかなり厳しい見方をされていたように感じてきました。

果たしてどういう結果が出るのか

2007年4月16日(月)
先輩議員と連係プレー
融雪災害で田んぼが抜け落ち、すいろがやられた
何とか復旧をお願いしてほしい。
近くの先輩議員に相談、共同で市役所に伺う

さすが何期もやっているだけあって、お願いのツボをこころえている、スムースに対応してくれて一件落着
2007年4月13日(金)
交通安全対策

「子供が危ない目にあった」、今回だけではない、しばしば危険な目にあっているので対策をと要望が来た、早速広神総合事務所 地域振興課、警察、交通安全協会と話を聞いてもらいお願いをして回る。

振興局の方から来てもらい、実情を話し合う
横断歩道は、近くにあるのでダメと警察は言う
振興局では、警察がダメと言うのならそれはできない
スピードを落とすよう注意を促すガタガタの装置なら
しても良いが、近くの方が同意しなければできない

地元区長さんを中心に話し合いをしてもらうことで
解散した」

2007年4月9日(月)
間違いじゃないの

「人生にはまさかと言う坂がある」とはよく言ったもの、
激戦とは思っていたが、浩平候補の落選、昨夜の開票結果を見守る広神事務所では、驚きと落胆、間違いではないかと叫ぶ人まで
現実は厳しいものであった。

一夜明け、魚沼市の混乱と停滞を招いてはいけない、
そのためには、遺恨や後遺症を残してはいけない、
市民の選択を尊重して、新議員に期待をし、協力をするのが大人の対応ではないか。

それにしてもは敗因はなんだろうか、
雄二候補の決断には敬意を表する、その勇気ある若さに選挙民が意気を感じたのだろうか。

2007年4月3日(火)
選挙に対するスタンス
選挙となると、人が変わったように、活き活きと言うか目の輝く人と、政治とは汚いもの、人格高潔の人は、なるべく近づかないようにと いわぬばかりの態度の人と、人さまざまだ。

どこの家はどこと親戚で、誰がお願いすればいやとはいわないとか、日ごろの付き合いから、俺の言うことを聞くのは当然、貸した借りた、と鼻につくほどの選挙通もいる反面、選挙に出るといったら、親戚から悪の道に入るかのようにいやな顔をされたことも経験した。

どちらも度が過ぎるのは、いかがなものかと ?
政治に無頓着を装いば、たとえどんな悪政がなされたとしても文句を言う資格はない。
ましてや棄権は論外、さりとて選挙が後々まで尾を引いて、その後の日常生活にまで悪影響が残るようではこれまた論外、さわやかなスポーツにように、フェーバーしても、終われば「やあやあ」と言うような選挙に早くならないかな

政治を馬鹿にするは、天に向かってつばをする行為
戦後、民主主義を育てて60余年。
そろそろ大人の民主国家にしたいものだ。、
2007年3月31日(土)
活動報告完成

8号を迎えた活動報告ができた。
これって結構時間がかかるし、神経も使うんです。
書くためには、まず調べる、公表するものにでたらめを書いたら迷惑をかける、人様の権利や名誉を侵害してはダメ
資料を活用させてもらうには、了解をとる場合も必要

次に面白くなくては読んでくれない、面白おかしい面白さでなく、知らなかった情報、気がつかなかった知恵、
視野が広がるような記事を、書くためには自分が勉強しなくては書けない

それに、毎回ワンパターンの体裁だと飽きられてしまう
少しでも改善、新鮮味を加えたい、そう思っているが

今回は予算のお知らせは市の広報や議会だよりに譲って、議会でどんなことが議論されたのか、問題点は何か、そんなところにスポットをあてて書いてみました
お楽しみに

2007年3月30日(金)
県議選

選挙にはならないかな、そんな時期もあったが
私と机を並べていた皆川雄二市議が立候補
その勇気と決断はすごいと思うがし、選挙があることは
歓迎だが、「雄二君、悪いけど俺は君の陣営には行けないよ」といった。

理由は二つある。
私もこの歳になって初めて政治の世界の片隅に入れてもらって感じたことは、今回は君に譲るが次は頼むとか、君に頼まれれば仕方ないかというような部分があること、さらに、正しいことを言ったから通るとは限らない、政治は一人ではできない、きわめて人間くさい世界であると言うことです。
したがって、一年生より二年生、期を重ねるごとに力をつけ人脈も広がります。

せっかく三期目になって、これからと言う人を変える必要はない。風だの波だのといって、チョコチョコ変えても力のある大木は育たない。
かつての新潟県は与野党を問わず、いつでも大臣が務まる代議士がいっぱいいましたが今はどうです、
残念ながら小粒の感は否めない。

やはりこの人と決めたら、役に立つまで育てる、選挙民もそのくらいの腹を持って選挙しないとダメなんじゃないか。 私はそう思います。

雄二君が、そこまでの思いがあるとしたら
うれしいことだ。しかし市議としての仕事をキッチリこなして修行をして、次は雄二だと誰からも認められるようになってから、浩平さんの後継者として時を待つべきではないか。
私はそう要望したい。

末ついに 海となるべき山水も、
          しばし木の葉の下くぐる

2007年3月24日(土)
ホームページが見られなくなった

3月1日、自分のHPがでなくなった。
訳がわからなくて、パソコンに詳しい人を頼んで
見てもらったら、何のことはない、HPをのせている
商店街の都合で3月1日から閉鎖しますと言う通知が届いていなかった。

理由は私に非があった。 迷惑メールが多くて、
アドレスを変えたのに、通知していなかったからでした。
生かじりの年寄りで、そこまで気が回らなかったと言うオソマツ。とても議会が終わらないと作業ができず、お休みしました。今度は、ヤフーにあげさせてもらいましたので、より広く多くの皆さんから見てもらえるのではないかと思います。

文書を作られればいい、そう思って習ったパソコンだったがホームページや、議会の活動報告も作られるようになったし、インターネットで調べものも、アメリカに行っている次男やアルゼンチンに移住している弟など海外とのメール交換もできるようになった。
今ではパソコン無しでは不便すぎる。
老後が豊かになると感謝している。

女房に「パソコンができない年寄りは、車の乗れない年寄りと同じだぞ」
教えるからせめてインターネットくらいはどうだと言うが
「必要なときはあんたをつかえばいい」 とうそぶき
意に介さない 困ったやつだ。

2007年3月23日(金)
やっと終わった

永かった予算議会が終わり、夕べ打ち上げがあった。
予算書をもらって、一週間くらいで一般会計から特別会計までチェックして、質問事項を通告、さらに一般質問の準備と忙しいこと.

ベテランになると、自分が要望している予算がついているか、得意とする分野だけをみて、あとはぶっつけ本番と言う方もいるらしいが
まじめに全部に目を通しす作業は、結構大変だ。

受ける課長は自分の分野だけを分析して答弁書を
書けばよいのだから、なかなか太刀打ちできない。
おまけに、わかったようなわからないような、通り一遍の答弁でお茶を濁す向きもあるようだ。

市長は全般を見ている立場だが、課長の書いた答弁書を棒読みするだけで、自分の本音をなかなか出さないタイプで、張り切って切り込んでも、かみ合わない場面が多い。

そこで、最初の質問は簡単にあっさりとやり、再質問、再々質問で市長の本音を引き出そうと作戦を変えてみた。それでも、なかなかかみ合わない部分があってもやもやした気分だ。

、市長に要望したいことは、もっと率直に議論してもらいたい、なにも市長の足を引っ張ろう打とか、揚げ足を取ろうとはおもっていないし
むしろ、市長の応援をしたいと思っているのだから。
このブログをみたら、今後そのようにお願いしたいものだ。 直接言ったほうが早いか

2007年2月27日(火)
民謡保存活動

3月4日の「芸能発表会」を目指して並柳の保存会では子供たちに踊りを教えている。
我が家ではお父さんお母さんが搾乳作業で子供たちを連れて行けないため、私が孫を連れて練習に行っている。

もう6~7回も通っているので、見よう見まねで私も踊れるようになった
十日町小唄、花笠温度、広大寺の三つ
とても楽しい、三味線、尺八、日本人の心を揺さぶる
音が魅力的だ。

2007年2月25日(日)
地域力が大切

小庭名集落で「おもしろホット展」と言う催しがあり見学させていただきました。
各家庭にあるお宝展示会でした、昔の古文書から始まって、屏風、仏像、西国33箇所めぐりのお土産、
行賢和尚の書、良寛さまの書、掛け軸、子供のころの自分の作品、生きがい教室の作品
お庚申様の行事の用品、などなど、集会所いっぱいに展示されていた。

各家庭にあっても、ほとんど日の目を拝まないが、
埋もれさせるにはもったいないものばかり、集落の
人たちから見てもらって語り継がれれば価値も増そうと言うもの,すばらしい企画でした。

議会事務局から予算書が送られてきました
さっと目を通しただけですが、緊縮財政で
ほとんど要望がかなえられない時代となり
地域のことは地域で団結して工夫しながら地域づくりを
しなければならない時代となって、よき地域のお手本を見せてもらったと感激しています。

2007年2月19日(月)
新経営陣に期待

ゴルフ場の新社長と夕食をともにしながら懇談の機会を得た。前から、行政からの天下りではなく、民間出身の経営に苦労した人から社長になってもらって、経営再建をしないと、民事再生法の適用にまで追い込まれたゴルフ場は立ち直れないと心配していました。

幸いなことに、経営のわかる人から引き受けてもらい
しかも、地元出身の民間で苦労した2人の有能な
ブレーンを配したと聞き、これなら期待にこたえてくれるのではないかと喜んでいます。

道光のゴルフ場は、ドラマチックに四季が変わり
すばらしい景観、グリーンの手入れ技術がすばらしく
キャデイーの対応がすばらしいとの評判で、よいところを活かしながら、且つ、「おらが地域のゴルフ場」という地域ぐるみの盛り上げ体制を再構築すれば活路は開ける。

話し合いの結論は上記のような方向で、大いなる期待を持ってがんばろうということになりました。

2007年2月15日(木)
新しいパソコン購入

どうにも具合が良くなくて、思い切って新しいパソコンを購入しました。
セットアップやら調整で手間取り、しばらく地域巡回や活動日記はお休みせざるを得ませんでした。

やっと準備が整いましたのでまた再開します。
パソコンなしでは動きが取れないことを思い知らされました。

2007年2月7日(水)
川口町の惨状
新聞に19年度の川口町の予算について出ていた。
前年度の予算は約43億、それが14億減の29億に
実にー33%と言うから半端じゃない。
公共施設の休廃止、公共料金の値上げ、節約と云うよりは切り捨て。

合併の相手を巡って住民投票をしたはいいけれども、
相手からお誘いがあったわけではない、財政難に対する対策なしには、長岡市でもすんなりと「どうぞ」と云うかどうか、背に腹は代えられない

交付金頼みの自治体としては、余程身を引き締めて財政運営をしないと「明日は我が身」
最早議員の役割の中心は、あそこの道を造れ、建物を造ってくれの活動よりも、いかにムダを省き、少ない財源の中でバランス良く行政の機能を果たすかを考えないと、とんでもないことになる。 
そんな観点からものを考え発言する議員に脱皮しなければならないと感じた記事でした。
2007年2月5日(月)
特別会計の意味

魚沼市には14の特別会計がある。
決算書を見て一般会計からの繰り入れが多額なのにはビックリしている
20億からの繰り入れがあるようだ。

必要性があっての繰り入れで、中には交付金で見てもらえるものもあったり、それがあって市民の負担が軽減されて有り難いと思うので、これが続けられれば一番いいのだが、財政難がこれほど深刻になってくると、特別会計の意味をもう一度勉強したり、ムダはないかもう少し効率よく運営できる方法はないか
検討してみる必要がありそうだ。

今日は手始めに下水道課に勉強に行って来た
順次、現場に出向き実態と担当者がどんな考えなのか回ってみたい。

2007年2月2日(金)
テレビの難聴対策

滝之又から電話が来た「市役所もいいかげんじゃないか,骨折ってくれんか」
アンテナの耐用年数が来て(昭和40年はじめの設置)足がぶらぶらしているアンテナもあって、暮れにも業者が来て修理してくれたが、もう限界なんだそうだ。

市役所の広報公聴課から、1戸3万円の負担で4ツの
アンテナを統合して更新できると云う話でまとまったのに、県の予算が切られたので3万円では難しいと言われた。ざっと、こんな相談だった。

早速担当の浅井さんに電話して、翌日課長の所に
実態を聞く、妙案はないか、相談に出向く

今時テレビがよく見れないようでは放ってはおけない
組合が事業主体では補助金が出ないが自治体が
事業主体なら出せる、このことを良く確認せずに
話を進めた責任は感じている、
幸い統合して更新する話なので、自治体が事業主体となって、出来た暁に、地元の組合に指定管理者制度を活用して、管理運営を任せる。

こんな考え方で計画の練り直しをしたい
課長との話し合いで、解決への道筋が見えてきた

2007年1月25日(木)
県議選挙

皆川雄二市議が県議選に挑戦することが現実となった。選挙があることは活性化に良い影響が期待できる
若さを売りに真っ向勝負というところで、目が離せない
それにしても良く踏み切った、子育て真っ最中
考えていれば出来ないことで、若さの特権と思う。

午前中は新風クラブの勉強会、夜は病院問題を
巡って日報、越南タイムスさんや特別委員有志と
懇談会、県議選、議員報酬問題、小出病院のあり方
魚沼市議会の活性化についてと意義深い議論をした。

活動報告第7号の編集が終わり、1月中にはお届けできると思います、反響を糧によろこんでもらえる活動報告にしていきたい。・

2007年1月23日(火)
県道改良を促進する会の勉強会

「滝之又堀之内線の改良を促進する会で」
勉強会を昨晩開催、地域振興局から4人
市役所から2人の講師をお願いして、財政
難の時代に、どうしたら改良を促進できるか
勉強したり、地域の意思統一を図るために
12人の集落役員と9人の議員が集まった。

全線改良を目指しつつも、現実的にはスポット
改良で行くより仕方がないのではないか。
従来の陳情手法だけでなく、地域づくりや
特色ある理由付けが必要、
魚沼市での優先順位をどの位に位置づけるか
意思統一が必要などの認識を深めた。

雪のある内に区長さんと世話人で調整して
たたき台をつくって図ることを確認した。

2007年1月21日(日)
郷土の偉人 関矢孫左衛門

新潟日報事業社より、磯部定治著「情熱の人 関矢孫左衛門」が発刊された。
私は昨日購入して、朝家族でお茶飲みながら関矢様の話をしている最中に
「ゴメンください、この本をもらってください」と孫に当たる関矢靖司さんが来てくれました。

前から関矢様については聞いたり、偉大な功績は知っていましたが、改めて
北海道開拓、北越銀行の設立、岩下校の創設、小出病院の設立、親子3代の衆議院議員、等々魚沼きっての大地主とは云え、世のため、人のため情熱と行動力は余りにも偉大だ。

にもかかわらず、今となってどれほどの人がその偉業を知っているだろうか、
郷土の偉人として語り継がなければ罰が当たるのではないか、わずか100年前の
人であり、郷土発展のために尽くしてくれた偉人の理念と生涯に感謝の気持ちを持ち、お手本にして、我々も及ばずながら精進する義務があると思います。

是非、一読して見てください。

2007年1月20日(土)
黒岩後援会幹事新年会

参議院選挙も有力候補3人による熾烈な戦いになるだろう。 魚新会館で幹事新年会が開かれた。

候補も若く、桜井新先生の勇退を受け、魚沼から代議士をと、党派、主義主張を超えて後押しして、雪国、山間地、農業、故郷を発展させたい、その情熱に期待をかけて応援したい。

候補のさわやかさもさることながら、奥さんの好感度も高く、80人くらいの幹事の皆さんがしっかりまとまったと思う。

2007年1月17日(水)
直営は見直さねば

産業建設委員会で一日、午前中は有機センターについて,午後からはスキー場などを視察した。
最後に青雲館で検討会と新年会がある。

一番印象深かったのは、直営施設の「親方日の丸」
体質、七日市の組合と青雲館の職員の気構えは
全く違う、七日市では休館にもかかわらず普段は
できない掃除をしたり、組合長以下所長が出て
説明、職員教育には特に気を遣う、電話の応対
清潔さ、工夫、ちょこっと話を聞くだけでも伝わってくる

七日市の組合では黒字だ、青雲館では管理職だろうが,2人で事務所で何するでもなくウロウロ(お客も少ないのに)
女性従業員もテキパキとは言い難い動き
接客態度も事務的、

やはり早く直営を見直し、羽川荘、七日市を見習い
地元で指定管理者制度を真剣に考えないといけないと感じました。

2007年1月15日(月)
財布がひとつ がネック

今年から新しい農政(担い手にだけ援助)が始まろうとしているのに魚沼地域振興局管内が県下で一番遅れている(20%弱)
指導機関は躍起になっているが、笛ふけど踊らず、
どこの集落、農家に行って話し合っても、世話役がいない、財布が一つというのがネックだと異口同音に云う。

並柳セントラルファームも、何回話し合ってもまとまらなかったが、ようやくオペレーターの目処がつきそうだ。明日の晩詰めをして法人設立まで
こぎ着けたいものだ。

2007年1月14日(日)
感謝の手紙

親柄区のの代表3人で、永年の念願だった消雪井戸、バス停、薬師様の工事など要望が実現したお礼と、今年度も引き続きご苦労願いたいと、新年のご挨拶に
来てくれた。

除雪の状況を見て回り、お昼にかえったら手紙が来ていた。
何だろうと開けてもると、自分も病弱で車いすの夫をかかえ、除雪道路まで15㍍もある門払いを去年までは社協の支援で援助があったが、今年から援助がうち切られ、本当に困った、と言う訴えに、総合事務所に相談したら、除雪車から、ちょっと入ってもらうように配慮してもらったことに対して
「本当にありがたかった」と言う、お礼の手紙であった

2007年1月13日(土)
下水道特別会計の課題

都市部より早く下水道の整備をしていただいて
本当に文化的な生活になった。 喜ばしい限りだ。

ところが問題がないわけではない、
下水道特別会計規模は15億1000万
  料金収入  3億、 国県補助 4億6000万
  一般会計からの繰り入れ  5億8000万
  市債(借金返済のための借り入れ)  1億5000

支出内訳は  総務費  3億
  維持管理  8億9000万(内 建設改良に6億35 00万)
  公債費  5億8000万(元金 3億3000万)
   利子が2億5000万

特に町場で、敷設はしたがつなぎ込みがしていない
世帯が多く、計画通りの料金収入が入らないと言う
事情を聞けば無理もない所もあり、一概につなぎ込みを強制出来ないらしい。   

2007年1月9日(火)
病院問題の懇談会

今年初めての委員会がある、福祉課長が置賜の基幹病院を視察した帰りのバスで、新年早々には、魚沼市としての考え方のたたき台を提示するので、議論願いたいと、非公式ながらもハッキリ明言していたが、病院問題の担当を福祉課から企画課に移したこともあり、今回の委員会には示されなかった。

内部事情があることだとは思うが、こんなことでは時間切れ、結局は県に白紙委任と同じことになるのではないか、もう少し当局はスピード感を持って仕事をしてもらいたいと要望したい。
歯がゆい思いで 私から私案として、3っつの道のうち、県との協議で一番実現可能の道を選び、話を前に進めて欲しいと願って提案した。

2007年1月1日(月)
輝く元旦

明けましておめでとうございます
誠に穏やかな元旦を迎えました、昨年とは雲泥の差
誰しも、このような一年であって欲しいと願っていると
思いますが、内外の情勢をみれば、とても平坦な道ではなさそうです

そこで、私の年頭所感は 「何があっても動転しない
いかなる事態にも対応できる心構えを」であります。

     18年度へ

コラム