農家の持つ実家機能が消えていく
盆 正月にはこのように集まるのは良き昔のこと?   さびしいことだ
同級会での会話から
地元での同級会に出席した東京の同級生に 「実家に寄って仏様をお参りして行くんだろう」と 当然のことと思って聞いたら「直ぐ帰るよ」という返事 「急ぎの用でもあるのか」 「定年退職したから別にないけど」
そうすると次から次へと「俺も寄らないよ」という声ばかり 実家もみんな勤め人で留守だし 迷惑かけても悪いからね 神湯温泉に泊まっても実家には泊まれないよ と言うではないか 自分は農家で家族がいつも家にいるから意外な気がしたが 考えてみれば 時代が変わったんだとつくづく感じました 
兄弟会をやれるのは幸せ
弟がアルゼンチンに移住して45年経った 家族がかわるがわる訪日しているので交流はあるほうだと思うが
4回目の弟を歓迎して兄妹会をした 席上 実家がしっかりしているからこうしてこんな会ができるんだよね と感謝の声が話の節々に出てきた 自分は当たり前のことと思っているが 今の時代では貴重な実家機能だ
お金はなくとも 実家機能が果たせる農家っていいなあと 改めて思いました
満州引き上げ者の強烈な印象は今も
私が小学校1年生の時 満州の叔母さんが 命からがら引き揚げてきた 3人の子供を自分の手で殺しての逃避行で 祖父母とおじさん おばさんが肩を抱き合って泣きながら報告している異様な光景を今でも鮮明に思い出す度に目頭が熱くなる 1年くらい家に同居しながら心と体を癒し 秋田の開拓地に入植した
この体験も考えあわせると 実家はいよいよの時は帰ってこれるところ また英気を養って旅立つところ 無条件で受け入れてくれる母のような存在 そんなイメージを持つのは無理なことでしょうか