ひろのあらまし
ひろのあらまし
全てにおいてらいらいより影響を受ける。
小学生時代
小学4年生の時、らいらいと水泳を習い始める。
小学5年生の時、竹を踏み貫く。
中学生時代
中学生の時、二人電車に興味を持ち、悪さをこいて、特急の止まらない駅に特急を止める。
爆竹を解して集めて、圧縮して点火、近所にガス爆発と思わせる大爆発を起こす。
高校生時代
高校生の時、湘南の海で烏帽子岩を目指し泳いで、浜に戻れず、溺れかける。
仲間6〜7人でどこかへ行こうという話になり
家から自転車で、10時間かかって約80kmを走って、富士山のふもとまで行き
そこから、延々 6時間半、30kmの上り坂を登って5合目まで登る。
登りで、6時間半かかった道程を下るのに30分!で下る。
30kmを30分で下ると、平均時速にすると60km!!
カーブで減速するから、もっと出ていたはず である!(げげっ!!)
ビビルどころじゃ済まなく、金タマが、6mmぐらいにチジミあがって銀ダマになってた。
専門学校生時代
入学当初から寮生の影響で、バイクに興味を持つ。
勉強と共に?中型ニ輪の免許を取得。
乗る事と仕組みや、構造にも次第に興味を持つ。
らいらいにエンジンの焼付いたバイクをタダでもらって、車体に同級生から二万で買ったエンジンを
自分で載せ換えて自分で陸運に登録し、改めて自分のバイクとして、乗る。
入社後
入社3年目の5月「ゴールデンウィーク明けから、愛知県半田市へ転勤してくれ」の一言で、転勤する。
半田市勤務>ボーイングB−777の主翼結合部の、組立を、担当する。
ボーイング社との、無茶な契約におどらされて、疲れの為か?バイクで、転倒事故をする。
乗っていたバイクが、1000ccだったっていう事も有り、31日間の意識不明、脳挫傷による
記憶喪失と、左半身不随、左鎖骨骨折、左肋骨単純骨折、左肘複雑骨折を負う。
意識不明中に、肺炎で左肺一部化膿損失し、肺活量約500ccを失う。
臨死体験を経験して(単なる夢? 寝ボケ?)現在は、ほぼ完治?
意識回復直後は、精神年齢5歳にまで、後退してしまった。
よくテレビのドラマとかで、記憶喪失になった人が、何かのキッカケで全てを思い出す場面を
多く目にするが、実際はそんな事無く、辛抱ねじ切れる様な時間と辛抱が必要だった。
何度も自殺を考えたけど、その度に周りに居てくれた友達や家族に、励まし支えてもらって
今日の‘今’を生きていられてる!
実際に忘れてしまってた記憶を思い出すのに一番効果的だったのは写真だった!
もう 体中継ぎはぎだらけ! ボロ雑巾なんだ!
現在暇つぶしのつもりで、買ったパソコンに、ハマってる!
〜今に至る
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