ひろの臨死体験!
幼小期から、お化けに興味を示す。
ここはどこ?の巻
1994年10月末、バイク転倒で
脳挫傷による、1ヶ月の意識不明、左半身不随と
左肘複雑骨折・左鎖骨単純骨折・記憶損失等の重傷を経験しました。
その時、経験した?事なんだけど アレは、夢なのかボケでなのか今でも判らないが
今も心にくっきりと残ってる。
そうアレは・・・
ふと、気が付くと何故か自分は川原に居た。
そこは、広かったけど、特別キレイじゃなかったけど、その河の向こう岸には
緑がいっぱいだった。
そこは、以前モトクロス・バイクの練習をしていた、鬼怒川の河川敷だと思ってた。
でも、物凄く人気の無い、淋しい場所だった。
なんだか 無性に、寂しさがこみ上げて来てた。
とてつもない 寂しさで誰かと、なんでもいい話したかった。
まるで 永遠の様な、時間を過ごした気分だった。
アマリの寂しさで、涙がこみ上げてきて思わず泣いてしまった。
そんな時 1人の老人が、こちらへ歩いてくる。
近くまで来た時、不意に沸き上がる親しみで、右腕を老人の肩へ・・・
今思うと何故知らない人の肩へ腕を回したりしたのだろうか?不思議でたまらない。
「こんな所で何してんだよ!」なんて言ってしまったりした。
二言三言話していると、急に老人「無礼者!」と言って左わき腹へ 、鋭く蹴り上げられました。
刺す様な猛烈な痛みが、わき腹を襲う。
意識回復の後、解かった事だが、左肋骨骨折による、痛みを感じていただけかもしれない。
その後、何故か親友の祖母ちゃんに、会って話をしてると、不意に
祖母ちゃんって、もう亡くなってから十数年経っている事を思い出す。
その途端自分の最後を覚悟した。
でも 僕の人生って「ハァ〜 こんなもんか」と、ガックリしてた。
そもそもの原因は、バイクによる転倒が原因でしたが
事故により記憶喪失になったんで、何故そこにいたのか、何故転倒してしまったのか覚えていないのですが
転倒の瞬間だけは、今でも覚えているんです。
転倒していく自分と、急速に近づいて来る路面を見て、レース経験の有る僕は「あぁ、死ぬなこりゃ!」
と半分諦めていたんです。
それが、30日の意識不明に繋がって、臨死体験になったと思うのです。
しかし 何故まだ、生きていられるのかと言うと、その瞬間に
もう一度生きたい! 生きて楽しみたい ! と、強く・強く思ったんです。
人は、死にたくないという想いもそうですが、「もう一度、生きたい!楽しみたい」という想いの方が
生存率が高いのでは? と思うのです。
そして この事故に遭ってから、沢山の人の優しさに触れ、助けられたのが幸せでした。
事故以前は、人との触れ合いは、それほど意識して好きだとは、思って無かったのです。
この臨死体験をし、多くの人の優しさに包まれてから、僕は人の触れ合いが好きになったんです。
確かに 変な人も多く居ますが、決してそんな人ばかりじゃ無いはずです。
そんな人より、もっと多くの人達が「いい思い」「嬉しい思い」をさせてくれるはずだと思っています。
だから 今まで(事故以前)以上に、僕は人が好きになりました。
復職後から始めたネットでも、多くの人の優しさに触れさせてもらい
今を生き長らえさせてもらっています。
僕がいろんな人達から、頂いた多くの優しさを、今度はいろんな人にお返し しなければと
思いながら、なかなか返せない自分に苛立ちを隠せない毎日をおくってます。
この臨死体験という普通では無い、体験をして、感じる物の多くは
「人は、程度の差に違いは有るこそすれ、全て皆優しい。」という事。
その差は、全て生活環境のせいだと思うのです。
だから 僕は、人として人からされて嫌だと感じる事は、しない!
人からしてもらって嬉しいと感じる事は、しよう!と努力してます。
(まだ 出来ない事の方が多いけど・・・)
今 またあそこに行って同じ後悔をしたくないから、出来る限り 思いっきり皆と楽しもうと思ってます。
*人は、死ぬと河川敷(三途の川)に行くというのは、本当かどうかは今でも解らない。
けど 僕が行った河川敷というのは、そういう話しを小さい頃から聞いていて
深層心理の記憶で、川に行った のではないかと思ってる。
あの老人は、仏壇の仏像にソックリだったから
あれが神様の仮の?姿だったのじゃないか?と思う。
でも 神様が、蹴るか? とも思い出しながら、笑ってます。
でもこれが 僕が人として生きていく為に必要な経験だったと、思う様になりました。
そして改めて感謝しています!
ボクが怪我をして意識不明の時に、主治医から意識の回復は10%と母に伝えられていたのに、
母は諦めずに看病をしてくれ、そして幼馴染の親友も、離れた病院まで遠路遥々と来てくれて、
意識の無いボクに、意識が必ず回復すると信じ、30日間も話し掛け続けてくれていました!
その暖かい心に感謝しています!
彼は本当に大切にすべき親友でした♪
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