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前回は、新約聖書と旧約聖書から、現在の聖書学についての話しをさせていただきました。しかし、皆様にとって有益であったかどうかについては、私自身もやや首を傾げたくなるところがありました。学問というのは山登りのようなものであって、学問の最先端とは山登りの最先端、つまり、世界で一番高い山に登るようなもので、お金も時間もかかります。その割に何かメリットがあるかと言うと・・・・、まぁ、無いわけではありませんが、普通の人にただちに影響を与えるようなことはありません。興味深いとか、面白いというレベルのことなのです。 しかし、そういう知識が長い目で見て、将来のキリスト教を作るし、社会にも影響を与えてゆくはずだと私は信じています。前回、皆様にもお付き合いいただいたことは大変感謝しています。 さて、今日の話は、がらっと変わって、聖書学ではなく、科学、物理学、宇宙科学の話をさせていただきます。私は自然科学者でないので、完全に良くわかった上で科学の話をするわけではありませんが、最近の科学の宇宙観がキリスト教と似てきていると言うことについて、とても関心を持っています。「偶然にしては良くできすぎている。このような科学の発展の背後に神様がおられるのではないか。」と思えてなりません。皆様にも現代の宇宙論を知っていただき、それをキリスト教信仰と調和するものと受け取り、学びを深めるとともに、これを材料にキリスト教の教育、伝道に役立てていただきたいと思っています。 私は多くの人に、宗教とくにキリスト教を信じ、受け入れていただきたいと願っていますが、それはイエスの教えが人々を幸せにするからです。あわせて、キリスト教は社会を幸せにする力をもっています。今日、世界の主要な国々の大半がキリスト教国であるのは偶然ではありません。特に目立つのは、プロテスタントの国は世界中にいくつもありますが、例外なくすべて先進国の仲間入りをしていることです。これはプロテスタントが聖書を用いて国民を教育した結果、非常に倫理性の高い国民が生まれたからではないでしょうか。 マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本があります。これは大学の社会学の授業では必読書に挙げられる書物なので、よく知られています。内容はキリスト教にとってとても都合がよいので、皆様も一読されてみてはどうかと思いますが、ウェーバーが言うには、プロテスタントの国々がいち早く資本主義化したのは、プロテスタントが金儲けを肯定したからではなく、逆に禁欲を教え、社会のために貢献することをクリスチャンの義務としたからであると分析しています。この結論は、今でもヨーロッパにおいて議論が続いているので、まだすべての人が認めているわけではありませんが、ウェーバーからすでに100年近くたっている今日の世界においても、ウェーバーの分析は色あせていません。今日のプロテスタント国は、アメリカ、イギリス、ドイツだけでなく、北欧三国、デンマーク、オランダ、スイスのプロテスタント州(カントン)、それに、カナダ、オーストリラリア、ニュージーランド、あとは南アフリカです。これらの国々はいまでも世界一流の国々ばかりです。特に北欧三国、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドは、北極の近くにあり、気候も悪く、国土も広くは無く、豊かになる条件がそろっているとは思えません。ところが、個人所得については、アメリカを抜いて世界トップレベルになっています。なぜなのでしょうか。やはり、キリスト教という宗教、特にプロテスタントの精神的力が個人だけでなく、社会にも及んでいるからではないかとの推測をせざるをえません。 個人を救うだけでは本当の救いではありません。社会を救い、国を救い、世界を救う宗教こそが本物です。そして、キリスト教は、過去の実績がありますから、世界を救う力のある宗教と認定してもらえるのではないかと期待し、また願っているところです。 ただし、神様はいつも物事をそう簡単には進ませません。過去において、キリスト教に都合の良いことはたくさんおきていますが、都合の悪い事実もないわけではありません。戦争は相変わらず起きています。しかも、キリスト教国が旗を振って戦争を起こしている現実があります。これで世界を救うと言えるでしょうか。また、アメリカの熱心なキリスト教徒たちの中にファンダメンタリストというグループがあります。彼らは現代において進化論を否定し、ビックバン宇宙論を否定しています。それが正しいキリスト教であると主張して、学校での進化論の授業をボイコットし、進化論を教えないようにすべきだとの運動を展開しています。また、現在のヨーロッパでは、キリスト教が国の宗教ではありますが、国民の宗教離れが進んでいて、宗教に関心を持たない人が増え、結婚してもすぐに離婚するカップルが増え、国によっては犯罪率が上がっています。はたして、これでキリスト教が世界を救う宗教であると言えるでしょうか。はなはだ疑問になる人が出てくるのも止むを得ません。 しかし、こういう状況もまた、神様が作っておられるのです。キリスト教が簡単に世界に広まってしまっては、これからの時代で人間のやることがなくなってしまいます。教会とクリスチャンがもっともっと苦労するように、いろいろ問題を作り、鍛えようとしてくださっているのだろうと思います。 そして、ひとつの現代のキリスト教にとっての課題は、キリスト教と科学の調和です。社会を豊かにする宗教は、科学を発達させる宗教で無ければなりません。これを過去のキリスト教会は実践してきました。科学者の大半はクリスチャンであり、神を否定するのはホーキング博士とか、進化論学者のリチャード・ドーキンスくらいのものです。アインシュタインはクリスチャンではありませんが、神を肯定するユダヤ教徒です。コペルニクスやメンデルは修道院で生活していましたし、何人かの科学者は牧師の息子であったりします。そういう状況ですから、キリスト教と科学が矛盾するはずはないのです。 しかも、20世紀に、キリスト教にとって非常に都合の良い事件が起きました。それは無神論国家ソビエトの崩壊です。ソビエトは1922年に成立し、無神論を国家の基本理念とするマルクス主義の国でした。マルクスは宗教が科学の進歩を阻害していると考えていました。すると、宗教のないソビエトでは科学が大いに発展することになります。ところが、現実は逆であり、ソビエトで発達したのは宇宙ロケットと宇宙酔いの薬ぐらいのもので、水爆とコンピュータの技術はスパイがアメリカから盗んできたものだとのことです。ソビエト時代にノーベル賞をとったロシア人は16人しかいません。その中の6人はノーベル文学賞と平和賞、それにひとりだけ経済学賞をもらった人がいますが、それを除くと10人です。同じ時代に、つまり1990年までにアメリカでノーベル賞ととっと人は201人もいます。その中で、平和賞と文学賞、経済学賞などを除いた人数は32人ですから、純粋な科学(サイエンス)でノーベル賞を取った人の数は169人となります。宗教の影響力の強いアメリカで162人ものノーベル賞受賞者がいるのに、無神論国家のソビエトでわずか10人とはどういうことでしょうか。これこそ、無神論は科学にむいてないことを証明しているのです。 ですから、科学とキリスト教は、本来は友好的関係、良好な関係にあるのです。ところが、過去のおいて一時期対立したことがありました。それが天動説・地動説を巡る争いです。また、今日、進化論を巡って、アメリカだけのことではありますが、激しい論争が繰り広げられています。そのアメリカの影響で、日本のキリスト教会の中にも反進化論者がたくさんいて、キリスト教への誤解を社会にばら撒いていますが、これは本当に困ったことです。 ただし、皆様もキリスト教に関わる方々ですから、進化論に反対の方がおられるかもしれません。その場合は、是非寛容な気持ちで聞いていただきたいとお願いしますが、別に私が進化論を絶対化しているわけではありません。科学と言うのは、仮設の積み重ねであり、時代とともにころころ変わるものです。ニュートンからアインシュタインへ、そして現代ではこのビックバン宇宙論へと変化を遂げてきています。これからも変わる可能性は大いにあるわけで、科学を信じてはいけません。私たちが信じるべき対象は神であり、イエス・キリストです。科学は人間が作り上げたバベルの塔のようなものです。科学は基本的には良いものですが、科学の進歩の過程には公害とか、放射能とか、いろいろな害悪がたくさん生じてきます。そういうものですから、科学を絶対化してはなりません。しかし、科学を否定し、科学を毛嫌いするのも間違っていると思います。キリスト教と一致するところは歓迎して、それを伝道と教育の手段とすることは当然のことだと思います。皆様もそのような理解の上で、寛容な気持ちで聞いていただければと思います。 そして、今後、私たちはもっと科学を勉強し、科学とキリスト教のどちらも神様が作られたことを知り、それゆえ、両者は同じ構造をしていることを悟って、クリスチャンの中からもっと科学者が出てくるように祈るような教会になりたいと思います。 ■ さて、聖書、創世記1章に、「神は天と地とを創造された。」とあります。また、「人間も神によって創られた」と書かれています。どういうやり方で創造されたかは書かれていません。そのため、古代の人々は、神様も人間に似ているのだから、人間が陶器を作るように、土をこねて作ったのだろうと考えました。神様が創ったものだから価値があるとも考えました。特に、「人間は神の形(イマゴデイ)に創られた」と書かれています。イマゴデイとは神の形のラテン語です。イマゴが形で、デイが神です。非常に重要な単語なので、この機会にイマゴデイという言葉を覚えていただければと思います。 私たちのこの世界は、昔からあるのではなく、神の創造によって始まりました。世界には始まりがあるのです。そして、神は1日目には光を創り、2日目に空と海とを創られました。3日目に陸と植物を、4日目に太陽と月、星を、5日目に魚、鳥を、6日目に動物と人間を創られたと書かれています。 つまり、天地創造は一瞬の出来事ではなく、順序に従った時間的作業として描かれています。古代の人たちはこの物語を読んで、漠然とではありますが、世界のイメージを作ったのです。時間の流れのイメージを作ったのです。 また、人間が神によって創造されたことを知り、人間が人類として一体であることを悟ったのです。 この聖書のメッセージは非常に重要です。この物語を読みながら育った民族は無意識のうちに人類という考え方を身につけます。ところが、聖書を読まずに育った民族は人類と言う考え方がなかなか生まれません。 今やキリスト教は世界一の宗教となり、キリスト教を信じる欧米の国々の文化が世界に受け入れられているので、人類と言う考え方も世界中で受け入れられています。日本でも常識として受け入れられています。しかし、頭では受け入れていますが、実際にはまだまだ身に着けてないと思われる現象があります。それは、テレビや新聞などで日本のニュースはたくさんありますが、世界のニュースが少ないとことです。「日本の経済を立て直す」という議論をしますが、世界をどうするかと言う議論は耳にしません。それは日本人がいまだ人類という発想を充分には持ってないことを意味しています。 やはり、私たちはキリストをのべ伝え、聖書を日本人に教えてゆかなければなりません。 幸いにも、最近の宇宙物理学はキリスト教と似た宇宙論を展開するようになりました。おそらく、これも神様の導きでしょう。この宇宙物理学を通して、さらにキリスト教の真理性を明らかにしようとしておられるように思います。私たちも現代の宇宙論を少しは学んで、聖書を学ぶときの参考にしてはと思いますし、伝道するとき、また、キリスト教を説明するとき、この宇宙論もひとつの材料として使ってゆけるようにしたいと思います。 現代宇宙論を学び、地球の歴史、人類の歴史を学ぶと、国の違いなどはちっぽけなものに思えてきます。人類にはいろいろな民族が含まれていますが、みな同じ人間であり、同じDNAを持っているのです。人間はみな兄弟なのです。この結論は聖書と同じです。 現代宇宙論をひとことでいうとビックバン宇宙論です。宇宙には始まりがあり、最初はひとつの点のような小さな存在であったと言うことです。この始まりがあるという考え方は昔の科学にはありませんでした。自然とか、宇宙というものは昔からあるものであって、始まりはないというのが科学だと信じられていました。ところが、20世紀の半ば頃になって、急に宇宙に始まりがあるというビックバン仮説が広く受け入れられるようになりました。始めがあるとのは聖書と同じ考え方です。 また、宇宙の始まりから現在まで、150億年とか、140億年とか、ごく最近ですが、137億年と言う数字が挙げられるようになっています。このような時間的経過の中で世界を考えるのも聖書・創世記物語を一致します。 こういう一致が生まれるのも偶然ではありません。神様がキリスト教を作り、科学も作っておられるからです。両者が似てくるのは当然のことなのです。 さて、そういうわけで、現代宇宙論によると、現在の世界がどのように作られたのかを見てみてみることにしましょう。 ■ 現代宇宙論についての書物はすでにたくさん売られていて、テレビ番組でも繰り返し放送されていますので、皆さんも本を買って読んだり、番組を見たことのある人がたくさんおられることだろうと思います。私がお勧めするのは、NHKスベシャル「地球大進化46億年」、それに、同じNHKの「地球大紀行」です。これらの番組はDVDとしてビデオ屋で借りることが出来ますし、オンデマンドのテレビでも見ることが出来ます。私の話よりずっとわかりやすいし、映像もきれいですから、まだ見ていない方は一度ごらんになってみてはいかがでしょうか。また、書物についてもたくさんありますが、「137億年物語」という書物が最近のベストセラーの中に入っています。これは人間の歴史も含めて書かれていて、私はまだ読んではいませんが、おそらく、面白いのではないかと思います。これらの番組、書物で前提になっているのがビックバン宇宙論です。 このビックバン宇宙論が仮説として登場するのは、1930年ごろのことです。アインシュタインが相対性理論を発表したとき、まだビックバン仮説はありませんでした。アインシュタインは古いイメージの宇宙を考えていました。ところが、ハッブルが高性能の望遠鏡を使って、はるかかなたの銀河を観測したところ、遠くの銀河がすべてすごい速さで遠ざかっていることが判りました。遠ざかっていると言うことは、逆に考えると、昔は銀河同士が近くにあったということです。そういうわけで、遠ざかる速度を逆にして計算したところ、150億年ごろ前は宇宙がひとつの点であるという計算結果が出てきたのです。 この結果は、当初計算上のことで、実際はそういうことはないだろうと思われていたのですが、宇宙マイクロ波背景放射とか、その他のたくさんの事実がわかってくることにより、これは単なる計算結果ではなく、実際に宇宙が最初、小さな点でしかなかったことが判ってきました。 そして、最近では、観測の性能があがったので、宇宙の始まりは137億年前ということになっています。 その理論によると、今から137億年前、宇宙はひとつの点であったとされています。その小さな点が大爆発を起こし、原子や素粒子のもとになるエネルギーが一瞬にして生まれました。それは超高温、超高圧、超高エネルギーの世界で、すべてが溶けている状態でした。しかし、爆発にともなう大膨張の結果、温度が少し下がると、そこに素粒子が生まれ、まもなく、原子が生まれ、光や電磁波が生まれました。その電波の名残がラジオや無線機などで聞こえる雑音となっているとのことです。この雑音を宇宙マイクロ波背景放射と言います。 最初に生まれた原子はすべて水素でした。それが星を作り、やがては星が集まって銀河を作り、その銀河が集まって宇宙ができました。ですから、最初のころの星には水素しかありませんでした。ところが、星が大爆発を遂げるとき、そのエネルギーで炭素や酸素ができ、もっと大きな星や、超新星爆発などにより鉄や金(ゴールド)などの金属が生まれました。 そして、130億年前には私たちの住むこの天の川銀河(ミルキーウェイガラクシー)も出来上がったとのことです。 最初の銀河の中にはまだ太陽はありませんでした。太陽と同じような光る星、核融合をする星はたくさんありましたが、今の太陽はまだ出来ていませんでした。しかし、銀河の中で星が何度も大爆発を起こして死ぬ過程で大量の炭素や酸素、鉄などが作られ、その星の残骸を集めて新しい星として太陽が出来上がったのが46億年前のことでした。 ですから、私たちの身近にある炭素や酸素などは、地球が作ったものではなく、今の太陽が創ったものでもなく、その前にあった巨大な星があって、それが大爆発を起こして死ぬことにより創られたものなのです。 こういう考え方はキリスト教と一致しています。イエス・キリストが死ぬことにより救いが達成されたとキリスト教では教えていますが、同じように、現在の太陽系が存在するのも、その前にあった巨大な星が死んでくれたからなのです。もし、その星が死ななければ、炭素も酸素も鉄も無く、私たちが存在することもありません。しかし、星の死があるから、私たちが存在しているのです。 イエス・キリストもただ死んだのではありません。その死のおかげで、私たちが生きているのです。宇宙とキリスト教が同じ構造をしていて、同じ教えを持っていることは面白いことではないでしょうか。 さて、地球が生まれて、3億年もたったころ、火星ほどもある惑星が地球に衝突しました。その衝撃で、地球が粉々に壊れて、その飛び散った破片が集まって、月が出来たと言われています。この説はジャイアントインパクト説といわれていて、私の学生時代はひとつの仮説でしたが、今や常識のレベルで広く承認され、受け入れられています。ただ、最近読んだ本によると、3億年ではなく、5000万年後に月が出来たとのことです。3億年か5000万年かは宇宙の歴史からするとたいした問題ではないようにも思いますが、かなりの違いともいえます。こういう観測による数字の変更はこれからも時々起きてくるので、現在の科学の結論をあまり絶対化するのは危険なことです。あくまでも今の科学ではそうであるという風にやわらかく理解しておくことが大切だということを教えられました。 さて、月がいつ出来たのかは、今まさに常識が変わりつつあるところのようですが、月が出来たとき、月は地球のすぐそばを回っていました。ですから、月の地球に対する引力は大変な大きさであり、その地球との摩擦のためエネルギーを使うので、月は地球からすこしづつ遠ざかってゆきました。その遠ざかる速度は年4センチ、わずか4センチというべきか、4センチもというべきかは、人の主観ですが、とにかく、少しづつ遠ざかっています。それは今でも同じことで、46億年たって今の位置に来たということです。 (地球から月までの距離は光で約1秒、アポロ計画のロケットでは4日ほどかかっています。かなり遠くなっていますね。) さて、月が出来た後の大事件は海と陸の形成です。地球が冷えてくると、空気中の水蒸気が雨となって地上に降り注ぎました。昔はそれで海が出来たと説明されていましたが、最近では、それだけではなく、最初期の地球にたくさん降り注いだ隕石が水を含んでいて、それが大量に集まって海が出来たとのことです。最初にあった水だけでは、こんなに広い海にはならかなったようです。現在、海7割、陸3割となっていますが、これほど水の多い惑星になったのは、隕石のおかげなのですね。 さて、海は良いとしても陸はどうやって出来たのでしょうか。これは昔、私が勉強した時代には、海が出来れば、あとはそれで水没しないところが陸になったと考えて、それで何の疑問も感じませんでした。ところが今や、陸が出来ることについても、ちゃんとした理論があるのです。科学はずいぶん進んできています。 陸が出来るのもただ、自然に出来たわけではありません。地球が最初、高温ですべてどろどろに溶けていましたが、冷えてくる過程で鉄などの重たいものは地球の中心部に集まり、軽いものは地表近くに集まってきました。そして、その軽いものが薄く平べったく集まるのではなく、塊となって地上に顔を出したので、それが陸となったとのことです。 その当時も、今も基本的には同じことですが、地球はいまだに火の玉です。丁度卵のような構造になっていて、内側はものすごい熱さで地球の内部に行くほど温度が高くなります。3キロ深くなると100度にも達します。とても人間が生きてゆけるものではありません。地球の中心の温度は太陽と同じくらいの熱さになっています。地球は今でも火の玉なのです。 冷えて固まっているのはゆで卵の殻の辺りまでで、あとは岩や金属といっても、熱のためにやわらかくなっています。そして、また、地球の内部では今でも溶けてどろどろの状態であると考えられています。 地上の冷えて固まった部分をプレートと言います。このプレートはやわらかい溶けた物質の上に乗っているので、地球内部の動きに合わせて、プレートも移動しています。ごく僅かですが、一年間に4センチというくらいですが、何億年もたつと地球一周してしまいます。今のハワイと日本の距離は6000キロほどですから、1億年もたつと日本の近くにハワイ諸島が来ていることになります。 もちろん、本当にそうなるかどうかはまだわかりません。なぜなら、地球内部の動きがいつも同じであるわけではないからです。未来がどうなるかはわかりません。ただ、そういう計算も可能であると言うことは知っておく価値があります。 ■ さて、陸地が出来た後の地球上の大事件は生命の発生です。生命の発生と言っても、何が生命であるか自体がいまだに議論の対象となるほどですから、厳密に考えれば考えるほどわからなくなりますが、私がここで確認しておきたいことは、生命の発生を科学的に議論するのは宗教としても差し支えないし、信仰に反することではないと言うことです。 クリスチャンの中には、生命は神の創られたものなので、生命が自然に発生することはないと信じている人がかなり多くいます。それはそれで良いことで、そういう信念を持つことを非難するつもりはありません。人間、誰とでも仲良く過ごす必要がありますから、いろいろな考えがあってよいのです。ただし、地球の歴史の中で生命が発生すると言う考え方が信仰に反するわけではないという私の考えもお許しいただきたいと願っています。 生命の発生については、いまだ科学的にも何も判っていません。しかし、私の言えることは、どういう経過で生命が発生したにせよ、それは神様の御手の業だと言うことです。それが進化であれ、別のやり方であれ、どちらでも良いのです。どちらに転んでも神の業であると言うことだけは変わりません。また、変える必要はありません。 私の知る限り、生命とは、単なる物質ではなく、自己増殖するものです。機械・マシーンは人間の作り出したもので、便利ではありますが、機械自身が同じ機械を作ることはできません。人間が機械を作るのです。ところが、生命と呼ばれるものは、誰かではなく、自分自身が自分と同じものを生み出します。 最初の生命がどうやって、それを可能にしたのかは、いまだわからないのですが、自分で自分を作り出すためには、自分がその設計図を持っていなければなりません。その設計図がDNAです。もしくは、DNAになる前の段階のRNAと呼ばれるものです。DNAとはデオキシリボ核酸と呼ばれる物質ですが、単なる物質ではなく、生命の設計図が書き込まれた図面のような役割を持っています。その中にはAGCTという4つの塩基(base)(化学物質)があり、これらがたくさん連なってDNAになっています。 Aとはアデニン(adenine)、Gはグアニン(guanine)、Cはシトシン(cytosine)、Tはチミン(thymine) という名前です。 AGCTという物質自体が結構複雑な構造をしていますから、それらが自然に出来るとは考えにくいことですが、しかし、地球が出来たころには何も無かったのですから、どこかでこれらが出来たとしか言いようがありません。 そこで、現在の科学では、AGCTまでは距離がありすぎるので、その手前の物質が自然に発生することを証明しようとして取り組んでいます。今のところ、初歩の初歩のレベルですが、原始地球にあった二酸化炭素と、酸素、窒素、そして、雷は発生していたと思われるので、電気の力を加えて、実験室でメタンを発生させることに成功しました。メタンは単純な物質なので、そこから、AGCTまでにはかなりの距離があります。今の科学がどの程度複雑な物質を作ることができるようになったのか詳しくは知りませんが、尿素までは作れるようになったと聞いています。 このあたりのことは勉強不足で、はっきりしたことは言えませんが、とにかく、たんぱく質を合成することはまだ難しいだろうと思います。また、いわゆる有機物(organic compounds) という物質を作るだけでも大変だということは言えます。 有機物(organic matter)という単語は、よく使われる割に意味の判りにくい単語で、知らない人も多いと思うので、ここで解説しておきますが、炭素を含む複雑な化合物のことです。昔の科学者が研究した結果、生命が作り出す物質には必ず炭素が含まれていて、複雑な構造をしているが、自然界にはそのような物質がそのままでは存在しないということが知られるようになりました。そこで、その生命が作り出している物質全体を有機物と名づけたのです。 現在では、尿素(urea CO(NH2)2 )などの有機物は人工的に合成できるので、昔の定義は通用しなくなり、有機物という言い方もあまり使われなくなっていますが、有機物と言う単語そのものが科学の歴史を教えてくれますので、知っておく必要があります。また、有機物のひとつであるたんぱく質はいまだに人間が合成できませんから、生命の誕生を確認することなど、まだまだ先のことになります。 しかし、先のことであるとはいえ、研究対象としては大切な科学のテーマですから、宗教が邪魔をするようではいけません。なすべきことは逆です。つまり、もっと真剣に研究するよう科学者を励まさなければいけないと思います。 さて、どういうメカニズムかわかりませんが、40億年前には生命は発生していたようです。それは、生命の痕跡となる化石から推定されています。 30億年前に酸素を発生させるシアノバクテリアが出現しました。このシアノバクテリアは現在でもストロマトライトという名前の塊として海の浅瀬で生息しています。すごい生命力ですね。 原始地球の空気は二酸化炭素が大部分で、酸素はありませんでした。ですから、最初の生物は二酸化炭素をすって生きていました。そういう生物にとって酸素は猛毒でした。刺激が強すぎたのです。 幸いにも、最初は、酸素は海中で鉄イオンと反応して鉄を沈殿させるのに使われました。ですから、空気中には出てきませんでした。その代わり、膨大な鉄鉱石の層を作り上げました。これが今日の鉄の鉱山となっています。 ところが、10億年前頃になると、さすがに海中の鉄イオンもなくなってきて、酸素はそのまま空気中に放出されることになりました。そのため、二酸化炭素で生きている生物は絶滅し、酸素を使って生きる生物が世界に広がり始めました。 しかし、この頃、地球では大変な問題が発生しました。地球の寒冷化が進んで、地球全体が凍ってしまったのです。全球凍結とも、スノーボールアースとも言われる事件です。赤道も含めてすべて氷河で埋め尽くされ、それが数億年にわたり続いたのですから、どうやって生命はその危機を乗り切ったのでしょうか。 これについては、NHKの地球大紀行を見ていただくのが良いと思います。氷河に覆われたとはいうものの、火山活動が止んだわけではなく、地球のごく一部には氷河に覆われない場所があったと考えられるので、そこで生物は生き延びたのだと思われています。ただ、それが何億年も続いたのですから、よく、生物は絶滅しなかったと感心します。もし、絶滅していたら、今日の私たちは無かったのですから、その小さい生物に感謝しなければなりません。そして、何よりも、そういう厳しい環境を乗り越えさせていただいた神様に感謝しなければなりません。 全球凍結が終わったのが6億年ほど前のことです。つまり、全球凍結は4億年も続いたことになります。さすがにこれほど続くと、氷の下にたまった火山ガスが氷を破って噴出してきて、地球が一気に温暖化しました。そして、生物もまた、驚くほどの速さで進化を遂げ、突然、いろいろな種類の生き物が生まれました。これがカンブリア期の生物大爆発といわれている事件です。爆発とは爆発的に増えたと言う意味です。 この時代に生まれた生物は奇妙な形をしたものばかりで、まだ実験中の生物のように見えます。殻を持ったものや、歯の生えたものも生まれましたが、中には背骨の元になる筋をもった動物も生まれました。これが今日のすべての脊椎動物の先祖と言われています。 また、4億5千万年頃になると、植物が陸上に進出しました。それまでの陸地は岩と土だけの荒涼とした風景だったことになります。これ以降、地球は緑豊かな星となったのです。 また、植物を追いかけて、昆虫が陸に上がりました。また、海の中では背骨のある魚が発生しました。 初めて陸に上がった動物は両生類 (amphibian).です。カエルとか、サンショウウオ、イモリなどの先祖です。 両生類から爬虫類 (reptile) が生まれました。爬虫類は現在でも繁栄していて、ワニ、トカゲ、ヘビ、それにカメも爬虫類だそうです。知りませんでした。 この爬虫類の中から恐竜(dinosaur)が生まれました。生まれたとはいうものの、恐竜も爬虫類に分類されます。しかし、爬虫類の範囲は広いので、区別して考えることもあります。 恐竜とワニの区別の仕方はご存知ですか。ワニの顔を見ていると、恐竜を思いおこさせます。しかし、ワニは恐竜ではありません。なぜかというと、恐竜は二足歩行で、足の上に身体が載っています。ところがワニは4つ足で、身体の横から足が出ています。ですから、ワニはトカゲと同じ爬虫類なのです。 それに対して、恐竜はとても進化した動物で、早く走ることも出来るし、空を飛ぶ翼竜と言う恐竜もいます。水の中を泳ぐ恐竜もいます。卵を温めている恐竜もいます。 二足歩行で卵を温める、それに足の指が3本であることを考えると、恐竜は鳥とよく似ていることが判ります。長らく、両者の関係について議論されてきましたが、今日、鳥は恐竜の子孫であることがほぼ認められるようになっています。恐竜は今から6500万年前に絶滅していますが、鳥となった恐竜だけは生き延びて今日に至っています。鳥は、恐竜と異なり、歯がありません。なぜ歯がなくなったのかと言うと、飛ぶためにはエナメル質の歯は重たすぎて、無いほうが便利だからとのことです。 しかし、この説明はあまり納得のいくものではないので、今後さらなる研究をしてもらいたいと思っています。 それはそれとして、3億年前に恐竜が発生すると同じ時期に、すでに哺乳類のもとになった、哺乳類型爬虫類という生物も発生したとのことです。そして、2億2500万年前にはすでに哺乳類が発生していました。 哺乳類 (mammal) とは乳を飲ませて子供を育てる動物のことです。爬虫類や恐竜は卵から子供を育てます。しかし、卵の場合、生んだ後に他の動物に食べられてしまう危険性があり、子孫を作るのに安定したやり方ではありません。しかし、母親のおなかの中にいれば、母親と一緒に敵から逃げることが出来ます。 しかし、そうは言うものの、2億2500万年前に発生した哺乳類は恐竜の繁栄の前で、いっこうに数を増やすことが出来ず、長い間恐竜のエサとしての立場から逃れることは出来ませんでした。子育てには良いのですが、それ以外の点で、特に生存競争に有利なところがあるわけではなかったので、繁栄するというわけにはいかなかったのです。 2億年前から6500万年前までの間は恐竜の時代でした。あらゆる種類の恐竜が生まれてきて地球上で繁栄しました。彼らが滅びるとはその頃だれも想像も出来なかったことでしょう。 しかし、すべては神のご計画だったのです。 6500万年前、はるか昔のことですが、地球の歴史からすると、つい先ほどのことです。直径10キロメートルもある巨大隕石・・・、10キロもあると・・・隕石と言うより、小惑星でしょうか。そのような巨大な物体が地球に衝突しました。その痕跡は地球のあちこちに黒い地層として残されていますが、その衝突は広島型原発の10億倍とのことです。これがアメリカのユカタン半島に激突しました。その結果、半島付近の土砂が成層圏まで巻き上げられ、巨大熱風があたりを焼き尽くしました。また、100メートルを超える津波が北アメリカ全体を襲い、南アメリカも全滅しました。また、空に舞い上がった塵が、太陽光線をさえぎり、それから数年間、光の届かない地球となったのです。それによって、植物が死滅し、植物を食べていた草食恐竜が死に、草食恐竜をエサとしていた肉食恐竜が死に、すべての恐竜が死に絶えました。また、その他の生物の大半が死んでしまい、地球は死の星となってしまいました。 しかし、洞窟の中にいた生物や、僅かな食物で生きていける昆虫などは生き延びました。また、昆虫を食べていた哺乳類も生き延びました。そして、恐竜がいなくなった後の世界で繁栄したのは、この哺乳類となったのです。 哺乳類は、今日、ライオン、トラなどの猫類、狼などの犬類、馬、ねずみ、その他、たくさんの種類がありますが、鯨、イルカも哺乳類です。これらの動物は時代と共に大きく変化してきましたが、人類に繋がる動物は、哺乳類の中でも霊長類(primate)と呼ばれる木の上で生活する動物です。彼らは昆虫や木の実などを食べて生きていましたが、3000年ほど前に、尻尾のないサルである類人猿が生まれました。 ここで、英語と日本語の違いについて解説しておきます。サルを英語と言うとモンキーであることは中学生でも知っています。しかし、日本語のサルと、英語のモンキーでは意味が違うことは意外と知られていません。皆さんは知っていますか。 ニホンザルはモンキーで良いのですが、チンパンジーはモンキーではありません。では英語で何と言うのでしょうか。知っていますか? 英語にはサルに該当する単語がふたつあって、区別して使われています。日本語にはその区別がありません。そのひとつがモンキーですが、もうひとつはエイプといいます。その違いは何かと言うと、それは尻尾があるかどうかです。 尻尾のないサルは、チンパンジー、ゴリラ、オラウータン、テナガザル、それに人間です。ヨーロッパでは人間は特別な存在と信じられているので、人間はエイプではありません。しかし、動物学的には人間はエイプそのものであり、最近、それをはっきりさせるために、エイプという言い方ではなく、ホミノイド(人上科)と呼ばれています。これは言い方の違いだけであって、実態は同じです。 厳密に言うと、尻尾のないサルはほかにも少しだけいるので、それと区別して、アンスロポイドエイプといいます。これを翻訳したのが類人猿という単語です。 さて、進化の過程で、人間が類人猿から発生したことは間違いありません。特に、人間とチンパンジーは身体の構造がほとんど同じであり、遺伝子調査でも99%の一致があるとのことです。ただ、チンパンジーは二足歩行をしません。手を突いて歩くというナックル・ウォーキングというやり方をします。また、毛皮を持っていて、寒いところでも生きてゆけます。 人間は二足歩行をします。しかし、毛皮がないので、寒いところでは生きられません。虫にも刺されやすいし、犬歯もありません。生存競争には向いてない体形なのですが、唯一、脳が発達しているので、知恵を使って生き延びることができます。 しかし、昔から脳が発達していたわけではありません。現在の研究によると、約700万年前に人間はチンパンジーから分かれたとのことです。場所は今の東アフリカのサバンナ地帯です。丁度、ライオンやハイエナのいる地域です。そこは、今から700万年前には熱帯雨林が広がっていたとのことです。そこには木がたくさん生えていて、木の実も豊富で、昆虫もたくさんいて、食料豊富な場所でした。ですから、霊長類、そして、類人猿が繁栄していました。 ところが、その東アフリカで異変が起きました。それは地球のプレート運動の関係で、大地が割れ始めたのです。それまでは雨の多い地域だったのに、雨が減り、木が少なくなり、草原となり始めたのです。それまで木の上で生活していたエイプたちは隣の木に移るときに地上を歩かなければならなくなりました。ところが、地上にはライオンやハイエナなどの猛獣たちがいます。急いで隣の木に移らないと食べられてしまいます。おそらく、たくさんのエイプたちがライオンの餌食になったことでしょう。しかし、その中に二足歩行で歩くエイプが現れました。それが人類の先祖です。彼らはより早く走ることが出来るので、木が減ってきたサバンナでも何とか生き延びることが出来ました。しかし、うまく地上を歩けないエイプたちはみな死んでしまったのです。今日のチンパンジーは東アフリカではなく、西アフリカの森の中で生き延びたエイプたちの子孫です。ですから、彼らは地上を歩く必要は少なく、木の実もたくさんとれたので、昔のままの姿で生き延びました。しかし、東アフリカのエイプたちは人類の先祖以外はみないなくなってしまったのです。 この人類の先祖は、時代とともにより上手に歩くことが出来るようになり、両手があいたので、手を使って道具を作ることを思いつきました。また、知能が発達して、集団で行動することを覚えた結果、ライオンなどの肉食獣が食べ残したものを奪い取ることも覚えたようです。また、火を使うことを覚えた後、繁栄をはじめ、100万年前に一度アフリカを出て、世界に広まりました。その子孫が北京原人やジャワ原人として、彼らの骨が見つかっています。また、15万年ほど前にアフリカで更なる進化を遂げた人類がいて、彼らが8万年前にアフリカを出て、再度世界に広まりました。それが現生人類、今のわれわれに繋がることになります。 人類の歴史は700万年ですが、今の人類の直接の先祖は僅か15万年前に出現したにすぎません。現在、世界の人口は70億と言われています。それらすべては15万年前にアフリカに生きていた人類の子孫なのです。彼らは3万年前にはヨーロッパ・アジアに進出し、2万年前にはアリューシャン列島を渡り、アメリカ大陸まで進出しました。日本に人間が住み始めるのは2万年以降であると考えられています。 その時代はまだ氷河期だったので、北海道から東北地方は氷で覆われていました。ですから、氷の上を歩いて日本列島に渡ることが出来たのです。彼らを日本人の先祖と言えるかどうかは問題ですが、彼らが日本列島に渡ってきた原因は、ナウマン象やトナカイを追ってであると考えられています。ナウマン象やトナカイは貴重な食料だったのです。ちなみに、人類がアメリカ大陸に渡ったのも同じ頃で、理由もナウマン象を追ってでした。アメリカに渡った人々と日本列島に住みついた人々は同じ民族だったのです。 ところが、1万年前に氷河期が終わってしまいました。氷河期が終わることは人類にとって好ましいことと今の私たちは思いますが、当時の人々にとってはそう簡単には言えません。彼らはナウマン象を追って生きていましたし、食べるものはみな氷河の上を走り回る動物たちばかりでした。氷が解けると、それらの動物たちもいなくなってしまいます。その上、氷が解けると、日本列島が島になり、日本から脱出できなくなりました。動物がないからと言って、別の地域に移動しようにも動けなくなってしまったのです。 そういう中でも、人間には知恵がありました。日本に残された人類は、温暖化の中で何とか生き延びようと工夫しました。そして、作られたの物が土器です。この時代の土器を縄文土器といいますが、これは世界で最古ともいえる土器であって、日本が誇ることのできるすばらしい技術だといえます。また、食べ物も、動物がいませんから、魚とか貝を食料とし、それだけでは栄養が足りないので、栗の木を育てて食料としていたことがわかっています。青森の三内丸山遺跡は約8000年前の住居跡ですが、あたりにたくさんの栗の木があったことが判っています。寒い青森になぜ栗の木が育つのかと言うと、当時は今よりも温暖で、青森でも栗が良く育ったのです。 ところが、その後、世界は再度寒冷化しました。これにより、栗が全滅し、おそらく、それが原因だと思われますが、縄文文化は廃れてゆくことになります。 それでも、日本に住み着いた人々は何とか生き延びようと努力して、栗に代わる食物を作ろうと努力しました。彼らが栗の代わりに食べていたのがどんぐりです。どんぐりと栗は、見た目は良く似ていますが、食べてみると判るように、どんぐりは食べれません。渋があるからです。しかし、長い間水に浸すと渋を少し抜くことができるそうで、縄文人は渋を抜いて何とかどんぐりを食べれるように工夫していたとのことです。頭が良いですね。しかし、あまり栄養にならなかったようで、人口はあまり増えませんでした。 そういう中で、今から2500年ほど前から弥生時代に突入します。弥生時代とは、米の生産が始まる時代です。縄文人が米の生産を始めたのではなく、朝鮮半島を経由して、新しい人種がやってきたのです。彼らは中国で始まった稲作技術を身につけていました。 この人種を弥生人といいます。私の立場では、この弥生人が日本人の直接の先祖であると考えています。 これについては、まだ定説ではなく、縄文人も日本人の先祖であるとする考え方があるので、絶対というつもりはありません。ただ、状況からして、縄文人の影響はあまりなく、今の日本文化の大半は弥生人のものであるように思います。その根拠のひとつは日本語の成り立ちです。 北海道に僅かながら縄文人の子孫と思われるアイヌ人が住んでいます。すでに純粋のアイヌ人はいなくなってしまいましたが、アイヌ文化の研究は進んでいて、アイヌ語の研究もされています。それによると、アイヌ語と日本語は文法的には良く似ていますが、単語の点では同じ言語とはいえないほどの違いがあります。日本語と朝鮮語の間にも類似点と相違点がありますが、同じモンゴル系の民族として、日本語と韓国語は文法などの構造はまったく同じです。ところが、単語についての一致点はほとんどありません。アイヌ語の場合も、それと同じくらいの違いがあります。ですから、縄文人を現代の日本人の先祖と言うのはやや難しいのではないかと私は考えています。 現代日本人の起源については、また別のテーマなので、今日は取り上げませんが、以上の話を纏めると、137億年の歴史は神様が創られたものであって、宇宙や自然と言うものは自分勝手に動いているのでなく、背後で全体を調和させている神の御手があると言うということです。 その神の御手があることは信じなければ判らないことですが、これだけ宇宙が調和をもって動いていると言うことは神が存在する証拠だといっても納得できるのではないでしょうか。 もし納得できない人がいるなら、それはそれで差しつかえありませんが、私は個人的にこのような宇宙観を学んだ後、神の存在を深く悟ることができるようになりました。 皆様もこの宇宙の歴史を知って、神の存在を確信していただければと思います。 ご静聴ありがとうございます。 表紙に戻る 前のページへ 次のページへ |