古代ユダヤ教と現代ユダヤ教の違い
目次
1.はじめに
2.旧約聖書のユダヤ教と今日のユダヤ教の違い
3.現代ユダヤ教は旧約聖書を守っていない。
4.現代ユダヤ教が守っている律法とは。
1)割礼
2)食事禁忌規定(コーシェル)
3)安息日
4)過ぎ越しの祭り、仮庵の祭り
5)その他の守っている律法
5.神殿崩壊を切っ掛けにユダヤ教の変貌が始まる (古代の反主流派が今日の主流派)
6.旧約聖書よりミシュナ、タルムード
7.ラビの役割
8.その他の話題
誰がユダヤ人なのか?(ユダヤ人の母親から産まれた子供はユダヤ人)
現在のイスラエルで神殿を再建することは可能か?
1. はじめに
ユダヤ教というと、旧約聖書の宗教であり、現代ではパレスチナ問題のまっただ中にあるイスラエルの宗教でもあり、多くの人々の関心を集めている宗教だと言えます。今回このユダヤ教についてお話しするのですが、なにしろ長い歴史のある宗教ですから、中身はいろいろ複雑です。それにすでにたくさんの解説書も出ていて、すでにある程度ユダヤ教についてご存じの方も多いのではないかと思います。そこで、今日は今まであまり触れられてないユダヤ教の側面を私なりに解説して、皆様の感想などを聞いてみたいと思っています。
キリスト教は聖書の宗教ですから、クリスチャンはみな聖書を良く読んでいます。そして、聖書は旧約聖書と新約聖書から出来ているのですが、この旧約聖書はユダヤ教の聖典でもあります。ですから、ユダヤ人は旧約聖書をとても大切にしていて、そこに書かれているモーセの律法を今でも文字通り守っているのです。・・・・・・という話を聞いたことはないでしょうか。実は、私自身がそのように教えられ、長い間そのように理解してきたのですが、ユダヤ教を本格的に勉強するようになってから、どうもそう単純なことではないことに気がつきました。ところが、キリスト教会は相変わらず、以前私が教えられたような理解が横行していて、ユダヤ教とは旧約聖書の宗教だと思っている人がたくさんいます。たしかにそれがまったく間違いというわけではありません。イエス・キリストが生きておられた時代、つまり古代ユダヤ教においては、ユダヤ教は旧約聖書の宗教でした。しかし、現代ユダヤ教は、旧約聖書の宗教と言うには語弊があります。現代のユダヤ人も旧約聖書を大切にしていることはしているのですが、古代ユダヤ人が大切にしていたように大切にしているのではありません。そのことを理解するために、またどうしてそうなってしまったかを理解するために、古代ユダヤ教と現代ユダヤ教がどのように異なるかをご説明してみたいと思います。
宗教というのは、歴史と共に変化し、また発展します。キリスト教も時代と共に変化してきています。ユダヤ教も、仏教も、どの宗教も変化してきました。しかし、ユダヤ教の場合は、ただ変化したのではなく、はっきりと変化している、つまり変貌しているのです。その点を理解することなく、旧約聖書を読みながら、これがユダヤ教だと思うのは、あまりにも単純すぎます。
2. 旧約聖書のユダヤ教と今日のユダヤ教の違い
さて、それではまず旧約時代のユダヤ教とはどういう宗教であったかを見てみることにしましょう。これは、旧約聖書、特にモーセ五書を全部読めばよいのですが、全部で300ページくらいあるので、読むだけなら簡単ですが、理解するには結構骨が折れます。また、厳密に考えると面倒なことになるので、やや安直ですが、私なりに纏めた結論だけをご紹介してみることにします。
宗教を理解するのに便利なのは、「誰が、誰を、どこで、どう拝むか」ということを確認することです。仏教では、各宗派により考えが異なるのですが、例えばと言うことで挙げてみると「仏教徒が、仏様を、お寺で、お経を上げて拝む」ということになります。キリスト教では、「クリスチャンが、父なる神様を、教会で、説教と賛美で礼拝する」ということです。ユダヤ教の場合、古代ユダヤ教と、今日のユダヤ教では違いが生じます。まず古代ユダヤ教の場合、「ユダヤ人が、ヤハウェの神、もしくはエホバの神を、エルサレムで、動物犠牲により礼拝する」となります。ところが、今日のユダヤ教では「ユダヤ教徒が、ヤハウェの神を」という点は同じですが、「エルサレムで」という場所についての考えが変わってしまいました。今日のユダヤ人は「会堂、つまりシナゴーグにおいて」となります。そして、「動物犠牲」の点も変更がありました。ユダヤ教の礼拝は、今日では動物を犠牲にすることはありません。「律法朗読」を中心として行なわれているので、雰囲気はキリスト教会と良く似ています。では、どうしてユダヤ教の場合、そのような変化が起きてしまったのかを知っておく必要があります。
3.現代ユダヤ教は旧約聖書を守っていない。
また、もうひとつ大きな違いがあります。モーセ五書を読んでいくと、実に細かい規定がたくさん書かれています。その中で結構な分量になるのは、契約の箱の作り方(出エジプト記25章以下)とか、祭壇の作り方、動物の殺し方(レビ記1章以下)、捧げ方などが書かれた規定です。今日のユダヤ教には、契約の箱はありませんし、神殿もありませんので、動物を殺すこともしません。私が個人的に関心を持っているサマリヤ人は今でも羊を殺して過ぎ越しの祭りを行なっています。ですから、動物を犠牲として捧げることが物理的に出来ないわけではないのです。しかし、現代ユダヤ教が動物犠牲を止めたのはそれなりの原因があるのであって、それはそれで仕方ありません。今日のユダヤ教は、神殿での礼拝、および動物犠牲についての律法規定を守っていないのです。このことはある程度ユダヤ教を勉強した人なら誰でも知っていることですが、初心者の方々の中には意外と知らない方がおられるので、ここであえて強調しておくことも必要だろうと思っています。
さて、神殿、動物犠牲と合わせて、もうひとつ重要な点が今日のユダヤ教では抜け落ちています。それは、祭司とレビ人についてです。出エジプト記28章を読むと、アロンとその子供たちが神の前に聖別されて祭司とされている記事を見つけます。レビ人についてはあちこちに書かれています。アロンの子孫はのちに大祭司と呼ばれ、エルサレムにおける祭儀の中心人物として重要な役割を果たしています。レビ人も重要で、彼ら無しには神殿の儀式を行なうことは出来ません。ところが、今日のユダヤ教にはアロンの祭司はいませんし、レビ人もひとりもいません。ですから、旧約聖書の律法を完全に守ろうとしても守ることの出来ない状態になっているのです。
さて、神殿における祭儀だけではありません。その他の規定についても、これを本当に全部守るのは大変です。レビ記13:2にこう書かれています。「人がその身に皮の腫(はれ)、あるいは吹き出物、あるいは光る所ができ、これがその身の皮にらい病の患部のようになるならば、その人を祭司アロン、または祭司なるアロンの子たちのひとりのもとに連れてゆかなければならない。」とあります。アロンの祭司たちがいなくなっているので、この規定は実行できませんが、それに代わる祭司を立てたとしても、そういう治療方法は現代的ではありません。今日のユダヤ教は、神殿礼拝をしないとは言うものの、出来る限り律法を守ろうと努力していることは認めなければなりませんが、こういう遅れた治療法を採用しているはずはありません。この点については、申し訳ありませんが、まだユダヤ教徒の人に確認していないので、実際、彼らがどうしているか、確実なことは言えないのですが、おそらく実行していないと思います。さらに、らい病だけではありません。レビ記13:47には衣服のライ病、建物のライ病、その他の古代的規定がありますが、これを現代社会で守ると言うことは非常に難しいだけでなく、不合理です。現代ユダヤ教は動物犠牲を止めるだけでなく、このような病気についての規定も廃止にしてしまいました。その他、モーセ律法の数多くの規定をユダヤ人は守っていませんし、守ることが出来ないでいるのです。
4.現代ユダヤ教が守っている律法とは。
以上のことをまとめて再度確認すると、「現代のユダヤ人は旧約聖書を全然守っていないし、また守ろうともしていない」と言うことです。結果的に今日のユダヤ教が守っているのは、次にあげるいくつかの事項だけと言うことになります。
彼らが守ることに決めたのは次の事項です。
1)割礼
割礼とは、生まれて8日目に男性の性器の皮を切り取る儀式です。ユダヤ教に改宗する男性も割礼を受けなければなりません。しかし、大人になってからそんなことをするのは男性として恥ずかしいし、痛いし、意味がありません。ですから、この割礼がユダヤ教の広まるのを妨げている面があるのですが、そういう問題があってもユダヤ教が割礼に固執するのはそれなりのわけがあります。
今日、ユダヤ教だけでなく、イスラム教の一部も割礼を守っていますが、この割礼をひとつの文化として見て、その起源を探っていくといろいろ面白いことがたくさん見えてくるのですが、ユダヤ教とは関係ない話になるので、これは割愛しておきます。
2)コーシェル(律法にかなった食べ物)
さて、レビ記11章に書かれている食べ物の規定は今日でも有効です。一般的言って、蹄の分かれていて、反芻するものは食べて良いと言うことです。それ以外は食べてはなりません。動物に詳しくないので、どれが蹄が分かれていて、どれが分かれていないのか、知りませんが、そもそも蹄のない動物は食べてはならないと言うことでしょう。韓国人は犬を食べるとか、中国人はサルでも食べるとか、アメリカ人の貧乏人は猫を食べると聞きましたが、そういう動物はユダヤ人は死んでも食べないと言うことです。
聖書に書かれている動物としては、牛、羊、山羊などは良いと言うことです。食べてはならないとされているのは、らくだ、岩たぬき、野ウサギです。別のところにはブタも食べてはならないと書かれています。
水の中にいる動物としては、鱗(うろこ)のあるなしが問題です。鱗のある動物は食べて良い、鱗がなければダメということです。ですから、普通の魚は食べて良いということであり、うなぎ、タコ、イカはダメと言うことです。
鳥については、特に基準は書かれていませんが、はげわし、はやぶさ、からす、だちょう、ふくろう、ペリカン、こうもりなどが食べてはならない鳥として分類されています。不味そうな鳥ばかりですね。こうもりが鳥に分類されているのは面白いところです。空を飛ぶので鳥だと思ったのでしょうね。
昆虫も分類されています。バッタは良いとなっています。
聖書には、その他の規定として、血(血液)を食べてはならないと言う規定があります。レビ記17:14「すべて肉の生命は、その血とひとつだからである。それで、私はイスラエルの人々に言った。あなた方は、どんな肉の血も食べてはならない。すべて肉の生命はその血だからである。すべて血を食べる者は断たれるであろう。」となっています。これは申命記にも繰り返し書かれています。この規定を現代ユダヤ人は非常に重要視していて、食べて良い動物でさえも、血が付いていたら食べてはならないとしています。たとえば、ビフテキのレアなどは、赤い血がまだ少し残っていますね。肉の好きな人は、そういうレアの肉はことのほか美味しいということで、話しているだけで涎が出てくる話なのですが、ユダヤ人は違います。レア肉は血が付いているので、絶対に食べてはならないと教えています。しかも、彼らが極端なのは、良く焼いた肉であればよいと言うことではないのです。レアの肉をこんがり焼いても、血は残っていると考えます。ですから、動物の屠殺の時に、血が全部流れ出すように殺さなければならないのです。つまり、そのことの意味は、ユダヤ人にとって、キリスト教徒が屠殺した動物は、たとえそれが牛や羊のような食べて良い動物であったとしても、食べてはならないということを意味しています。屠殺の時に充分に血抜きをしていないからです。ユダヤ人が食べて良いのは、ユダヤ教徒が律法に則って屠殺し、しかもその後で充分に血抜きをした動物だけだと言うことになります。ですから、ユダヤ教徒がキリスト教徒の家に行って、食事をともにするということは宗教上赦されない行為となります。また同じ村に住んでいたとしても、ユダヤ人はけっしてキリスト教徒の肉屋では買い物をしません。こういうことをするから、ヨーロッパでユダヤ人が嫌われ、結果的に迫害されることになるのですが、これがユダヤ教という宗教の実態ですから、仕方ありません。
このような食事規定に則って作られた食べて良い食材のことをコーシェルと言います。
3)安息日
現代のユダヤ人が守っている律法のひとつが安息日です。古くからの伝統で、ユダヤ人の一日は夕方に始まり、夕方に終わります。ですから、安息日は土曜日なのですが、キリスト教徒の土曜日ではなく、金曜日の夜から始まり、土曜日の夕方に終わります。この期間中、ユダヤ人は一切の労働をしてはならないと教えられています。この日には、畑で働いたり、芝を集めたり、火を使ったりしてはならないのです。
しかし、聖書に安息日の守り方が具体的に書かれているわけではありません。十戒の中で「安息日を覚えて、これを聖とせよ。何の労働もしてはならない。」とあるだけで、何が労働であるかはそれぞれの判断に任されています。それゆえ、解釈によって、いくらでも広くすることが出来ますし、逆に、狭く解釈することも可能です。
現代ユダヤ教では、この安息日の守り方について、正統派、保守派、改革派などにより、それぞれ守るべき範囲が異なっています。だいたい共通と思われることは、会社に出かけてはいけないのは当然のことですが、料理をしないということも守られているようです。しかし、食事をするのは差し支えないので、料理は前もって作っておくと言うことになります。ボーダーライン状況はいくらでも思いつきますから、判断に迷うことは多々あるのではないでしょうか。一度ユダヤ人の方に確認しておきたいところです。守り方としては、正統派がもっとも厳格に守っていて、改革派は一番緩やかに守っているようです。
現代イスラエルの国内は正統派が多いので、かなり厳格な立場から安息日が守られています。たとえば、安息日には車を運転してはいけないとか、安息日にはエレベータのボタンも押してはならないそうです。ですから、安息日になるとイスラエルのエレベータは各階止まりになるそうです。そうすれば、ボタンを押さずにすむということですね。(^^)
4)過ぎ越しの祭り、仮庵の祭りなど
ユダヤのカレンダーは太陽太陰暦で、3月頃が1月になります。日本の旧暦も太陽太陰暦ですから、発想は良く似ています。太陽太陰暦というのは、新月から新月を一ヶ月とすることは共通ですが、一年365日も受け入れて、そのずれを閏月という発想で、調整する暦のことです。どこに閏月を入れるかということと、どのようにして元旦(1月1日)を決めるかで、太陽太陰暦の種類が異なってきますが、日本の場合は、天保暦という暦が江戸時代に一般化して、それが明治時代になっても使われていました。ユダヤの暦がどのような暦なのかは、現在勉強中なので、まだ説明できませんが、とにかくそこで決められた1月15日の満月の日に過ぎ越しの祭りがおこなわれます。この過ぎ越しの祭りは、旧約に書かれたような小羊を屠って食べるのでなく、各家庭で決められた律法の書を読み、決められた食事をし、お祈りをして終わります。
秋には仮庵の祭りが行なわれます。
<追加>
暦のことについては、ひとつ大きな疑問があります。現代ユダヤ教は太陰太陽暦を採用している点については古代ユダヤ教と同じですが、正月が秋に設定されています。新年は太陽暦の9月頃で、1月に大贖罪日と仮庵の祭りがあります。出エジプト記には「1月15日(太陰暦)に過ぎ越しの祭りを守れ」となっています。それにも係わらず、秋始まりの暦にするとは、もろに律法違反となります。
暦の変更がいつ頃起きたのかは、明確ではないようですが、旧約聖書の中には秋始まりの暦を示唆する言葉はありません。ですから、かなり後の時代(現代に近い時代)であることは確実です。この議論のためにはミシュナ・タルムードを研究しなければなりませんね。
5)その他の律法
その他、目立つのは、ミルクと肉を一緒に食べてもいけないし、料理してもいけないと言う律法です。これは申命記14:21に書かれている規定が根拠になっています。そこにはこのように書かれています。「子やぎをその母の乳で煮てはならない。」これだけの規定です。しかし、今日のユダヤ教では、これが拡大解釈されて、「あらゆるミルクと肉を一緒に食べてはならない」と教えられているそうです。ですから、肉を食べた後では、ミルク入りのコーヒーを飲んではいけないとか、ハンバーグチーズは、肉とミルクだからいけないとか、かなり煩瑣な考え方がなされているようです。正統派では、さらに厳格で、肉を料理するまな板と、チーズを料理するまな板を区別しているとか、包丁までも別にしていると聞きました。
また、目立つのは黒のシルクハットを被るとか、黒い外套を着るとか、正統派のユダヤ人がみな守っている律法ですが、聖書に根拠があるようには思えません。髭を伸ばすのは、聖書に「鬢の毛を剃ってはならない」と書かれていることを根拠にしているのでしょうが、守っていないユダヤ人もたくさんいます。
このように、ユダヤ人は彼らなりに解釈した旧約聖書を真剣に守っているのですが、旧約聖書の全体ではなく、彼らなりに再解釈した部分だけであるという事実は、なぜか解説書にはほとんど書かれていません。こんなことを言うとユダヤ人から嫌われるかもしれませんが、否定しようない事実ですから、これを指摘したからと言って失礼にはならないでしょう。
5.神殿崩壊を切っ掛けにユダヤ教の変貌が始まる (古代の反主流派が今日の主流派)
このように現代ユダヤ教は、律法の守り方において古代ユダヤ教と大きな違いがあるのですが、そうなった原因は、紀元後67年から70年にかけて戦われた第一次ユダヤ・ローマ戦争にあります。この時、多くのユダヤ人は殺され、神殿は完全に破壊され、あとかたも無くなってしまいました。この時、この戦争を支持しなかった原始エルサレム教会はヨルダン川東にあるペラに移住しました。しかし、それ以外のすべてのユダヤ教の宗派はユダヤ側に立ってローマと激しく戦いました。しかし、戦況が悪化し、ユダヤの敗北が明らかになってきた頃、パリサイ派の指導者のひとり、ヨハン・ベン・ザッカイは戦死者の棺の中に身を隠し、エルサレムから見事脱出する事に成功しました。そして、神殿亡き後、彼はヤブネ(ヤムニア)に神学校を作り、ユダヤ教再建の中心人物になったのです。
ベン・ザッカイは、神殿が無くなり、旧約律法をを実行することが出来ないという現実の中で、生き残ったユダヤ教徒に命じました。「しばらくのあいだ神殿での動物犠牲は中止する。それぞれシナゴーグと各自の家庭で神を礼拝しなさい。」結局、この命令が今日まで有効になっていると言うことです。
さて、このベン・ザッカイはパリサイ派の指導者でしたので、今日のユダヤ教はパリサイ派の子孫と言うことになります。古代ユダヤ教は、いくつかの宗派に分かれて存在していました。皆さんも名前は知っていると思いますが、ひとつはパリサイ派、もうひとつはサドカイ派、もうひとつは・・・、だんだん名前が言いにくくなるでしょうが、歴史を勉強している人は知っていると思います。そうですね。エッセネ派です。今日、クムランから彼らの文書が多数発掘されていて、死海写本として有名になっています。この3つはヨセフスが彼の著作の中で並べて取り上げているので、だいたい誰でも知っています。しかし、それ以外にもいくつかの宗派がありました。従来の解説書では、この3つ以外の宗派はほとんど無視されているので、旧約聖書に詳しい人でも知らない人がたくさんいますが、当時のユダヤ教として、サマリヤ人がいたことを忘れてはなりません。このサマリヤ人は、先にも名前だけ取り上げましたが、今日まで存続している非常に重要なグループであり、いくら少数派とはいえ、彼らを知ることなく古代ユダヤ教を理解することは不可能であると言って過言ではありません。
それから、もうひとつ重要なグループがありました。このグループはサマリヤ教団よりも少数派で、ユダヤ戦争後に消滅してしまいましたので、知らない人が多いのは仕方ないかもしれませんが、古代ユダヤ教を正しく理解しようと思うなら絶対に忘れてはならないグループです。そのグループの名前はオニアス派です。彼らはユダ・マカベウス戦争の最中に、エジプトに亡命した大祭司オニアスの子孫たちで、エジプト・ヘリオポリスに神殿を建て、そこでモーセ五書に書かれている通りの祭儀(儀式、祭り)を行なってきました。彼らの神殿は、ユダヤ・ローマ戦争の時に、別にユダヤを支持して戦ったわけではないでしょうが、ローマ帝国により閉鎖され、その後、彼らの消息は知られていません。
さて、このように、古代ユダヤ教には5つのグループがあったのですが、どれが古代ユダヤ教の正統派だったと言えるでしょうか。当時の大祭司の家系が所属していたグループはオニアス派でした。ですから、このオニアス派が正統派だったはずですが、彼らがエジプトに亡命した後、エルサレムで実権を握ったのはオニアス派と親しい関係にあったと思われるサドカイ派でした。では、当時のパリサイ派はどのような存在だったかというと、異端というほどではありませんでしたが、正統派から見ると、あきらかに野党的存在でした。
これは非常に重要な事実です。古代ユダヤ教にとって野党的宗派だったパリサイ派が今日の現代ユダヤ教では、主流・・・と言うよりも唯一のグループになっていると言うことです。今日のユダヤ教の宗派は、パリサイ派の内部が分かれているだけであって、どれもパリサイ派の流れを汲んでいることは否定できません。ですから、当然、サドカイ派を正統とする古代ユダヤ教と、パリサイ派を正統とする今日のユダヤ教では大きな違いが生まれるのです。
■ ミシュナ、タルムードの成立
もうひとつ、古代ユダヤ教と今日のユダヤ教と違いのあるところがあります。それは正典の実態です。キリスト教にとって聖典(カノン)とは聖書です。この理解の仕方はプロテスタントを土台としていますが、カトリックにとっても聖書はいくつかの聖典のひとつです。そういうキリスト教の常識からすると、ユダヤ教は当然旧約聖書を聖典としているだろうと思ってしまいます。もちろん、それは間違いではないのですが、厳密に考えると簡単ではありません。実は、古代ユダヤ教の聖典理解を明らかにするには、多くの議論が必要になります。古代ユダヤ教の中の正統派と言われるオニアス派、およびサドカイ派にとって、正典はモーセ五書のみでした。サマリヤ派もこの点では同じです。しかし、パリサイ派はモーセ五書以外の文書である預言書、諸書も聖典として認めました。そして、神殿崩壊後、パリサイ派が正統派になったので、その聖典理解が今日のユダヤ教の見解となったのです。
ですから、今日のユダヤ教にとっては旧約聖書全体が聖典(カノン)と認められています。ところが、今日のユダヤ教にとって、実質的には旧約聖書より重要な文書があります。それがタルムードです。パリサイ派は、旧約聖書の解釈をめぐり、多くの討論が重ね、その記録が文書として保存されてきましたが、200年頃、それらが纏められてミシュナという書物が出来上がりました。その後、ミシュナについての議論がさらに文書化され、それが纏められてタルムードになりました。これが5世紀頃の話です。ですから、今日のユダヤ教にとって、聖典(カノン)は旧約聖書ですが、実質的にユダヤ人の生活をコントロールする規範的書物はタルムードになっているのです。
これを纏めると、古代ユダヤ教では、モーセ五書、もしくは旧約聖書がカノンでしたが、現代ユダヤ教ではタルムードが実質的にカノンになっているということです。この違いは決して小さくはありません。
8. ラビ(律法学者)の役割
ミシュナはだいたい旧約聖書と同じくらいの分量があります。タルムードはその解説書で、ミシュナの文章が書かれた次の所に、ゲマラと言われるミシュナの解釈が書かれている形になってます。ですから、タルムードにミシュナは含まれていることになります。その分量たるや、百科事典くらいの膨大な文書です。とても素人には読めません。ユダヤ人でさえ、全部読むのは大変で、おそらくラビ以外は誰も読んでいないと思います。
このことはある意味で、ユダヤ教の安定に寄与しています。というのは、キリスト教の権威ある書物は聖書で、これは誰でも読もうと思えば読める分量です。ですから、それについての見解の違いが出てくると、どちらが正しいかをめぐって論争が生じます。ところが、ユダヤ教では、誰もタルムードを読んでいませんので、それを読んだラビの権威がことのほか高く、ラビがこう解釈すると言えば、他の人たちはそれに従うという習慣が出来上がっています。安息日の守り方についても、ユダヤ人がお互いに話し合って、どのように守るかを決めるのではありません。ラビがタルムードを参考にして、「一日50歩以上歩いてはいけない」と言えばそれを守らないといけないのです。その村のラビが「一日百歩以上はダメだ」と言えば、それが基準なのです。みんなでどう解釈するかを話し合うことはありません。
このようなラビの存在と役割について、旧約聖書に何か書かれているでしょうか。旧約聖書で重要な権威の所在は、まずは王であり、次が大祭司であり、次が預言者です。ラビはこれら3つの役職とはまた別の存在です。今日のユダヤ教には、王も祭司も、預言者もいません。その代わりに旧約聖書に登場しないラビが権威を持っています。この違いも決して小さなものではないのです。
さて、これで古代ユダヤ教と今日の現代ユダヤ教との違いはある程度見えてきたと言えないでしょうか。
9.その他の話題
ときどき質問されることがあるので、その他、多くの人が関心を持っている質問に答えておきます。
■ 誰がユダヤ人なのか?
ユダヤ人は、キリスト教のような伝道宗教ではなく、また個人で信仰を持つ宗教でもありません。ですから、律法を守らないことは非難されますが、だからと言って破門されることはありません。律法を守らなくてもユダヤ人はユダヤ人なのです。その代わりというか、それゆえに、ユダヤ人でない人がいくら律法を正しく守ってもユダヤ人になるわけではありません。ユダヤ人になるには、正式な手続きに則って、律法を学び、割礼を受けなければなりません。女性の場合は、バプテスマを受けなければなりません。
実際、律法を守ってないユダヤ人はたくさんいるそうです。彼らは、他の人にユダヤ人と告白していないので、誰もその人がユダヤ人だとは判らないそうです。しかし、彼らはユダヤ人なのです。
とすると、いったい誰がユダヤ人なのでしょうか。改宗者は別として、その人がユダヤ人であるかどうかは、戸籍があるかどうかで決まるのではありません。中世・近世を通じて、ユダヤ人は突然追放されるなどの事件が多発していたので、戸籍などを作る余裕がなかったのです。そこで彼らは、ユダヤ人の母親から生まれた子供は皆ユダヤ人であると決めました。このようなことは旧約聖書のどこにも書かれていませんが、実際的には便利で合理的な考え方です。というのは、父親が誰か判らない場合は多々あります。しかし、母親が判らないケースは稀です。子供が産まれたとき、もし旧約聖書に書かれているようなやり方で父親の系図をもとに判断することになると、いちいち正しい夫婦関係の中で産まれた子供かどうかを調べなければならなくなります。しかし、それは多くの場合、母親しか知らないわけで、常に混乱が生じます。ところが、母親がユダヤ人であるという基準なら、調べたり、悩んだりする必要はなくなります。
この重要な点でも今日のユダヤ教は旧約聖書から離れていると言えます。
■ 現代イスラエルで神殿を再建することは可能か?
さて、私が大変注目しているのは、現代イスラエルが、イスラム教の岩のドームモスクを取り壊して、そこに神殿を再建するかどうかです。この話題が興味深いのは、ユダヤ人がこのような話題を避けているように思われるふしがあるからです。たしかにパレスチナ人がエルサレムに住んでいて、イスラム諸国のイスラム教徒たちがモスク破壊に反対し、大暴動が起きることは予想されます。ですから今のイスラエル政府が神殿再建を検討することなく、ユダヤ人が嘆きの壁で相変わらず嘆き続けているのはやむを得ないことかもしれしれません。しかし、部外者の私のような者の目から見ると、現在のイスラエルの軍事力を考えると、勝利者であるユダヤ人が、相変わらず嘆きの壁の前で嘆かなければいけないのは、どう考えてもおかしなことのように思えてなりません。この背後には、単にイスラム教の力が強いと言うよりも、ユダヤ教側の複雑な事情があると見るべきではないでしょうか。
ユダヤ人は135年、第二次ユダヤ戦争後にエルサレムから追放され、エルサレムに足を踏み入れること自体が出来なくなっていましたが、その後のローマ帝国政府の許可により、嘆きの壁の前までは入ることが赦されて、そこで祈りを捧げることが出来るようになりました。彼らはそこで、神殿崩壊を悲しむとともに、神殿再建の誓いを祈ったのでした。もっとも、神殿再建については、公に言うことはできませんし、時代の流れと共にユダヤ人の信仰の中から神殿再建への希望がなくなってしまったので、祈らなくなったかもしれません。しかし、建前としては神殿再建がユダヤ人の夢であることには変わりありません。
しかし、神殿なしに2000年近くが経過し、神殿なしのユダヤ教に慣れきってしまった今日のユダヤ人にとって、神殿再建を考えることはきわめて困難な状況にあることは間違いありません。もしイスラム教徒側が「エルサレムのモスクをお返しします」とでも言ったなら、ユダヤ人は喜ぶどころか、大いに当惑するはずです。なぜなら、神殿再建は、現代ユダヤ教が古代ユダヤ教に復帰することを意味していて、それは建前上ユダヤ人は拒否できませんが、実際上はユダヤ人にとってしんどいことだからです。もし、神殿が再建されたなら、今まで中止していた神殿祭儀を復活しなければならなくなるどころか、現代ユダヤ教の根幹を変革しなければならなくなってしまいます。
しかし、ユダヤ人は理論上、神殿再建を拒否できません。ここに現代ユダヤ教の矛盾・・・というか、苦悩があります。現代ユダヤ教の中にも、ごく少数派ながら神殿再建を主張するグループがあるとのことですが、彼らとて再建後のユダヤ教のビジョンがあるわけではありません。アロンの子孫がいなくなった今日、どうやって大祭司を選ぶのでしょうか。レビ人もいないのですが、どうやってレビ人の役割を果たしたらよいのでしょうか。また、古代ユダヤ教の時代から問題になっていたのですが、契約の箱を作るかどうか、そこに納められていた契約の石の板はなくなってしまいましたが、それらをどうしたらよいのか・・・という問題です。古代ユダヤ教では、神殿は作るが契約の箱は作らないと言う決断をして、神殿礼拝と祭儀のみを存続させました。しかし、旧約聖書には契約の箱の作り方が詳細に書かれていて、作り直す可能性を念頭において書かれていることは明らかです。では、現代ユダヤ教が捕囚前の古代イスラエル宗教にまで戻って、契約の箱そのものを復活させるのか、それとも、古代ユダヤ教のレベルに戻って、神殿だけを復活させるのか、それとも現代ユダヤ教のまま前進するのか・・・、ユダヤ人にとっては頭の痛いことでしょう。
今後、現代イスラエルにおいて、ユダヤ教が軍事的に勝利すればするほど、嘆きの壁の意味がなくなり、神殿再建の機運が少しは起きてくることでしょう。しかし、その神殿再建が現代ユダヤ教の土台を崩すほどの大事件であることは、ユダヤ人は判っているはずです。
今日のイスラエルとパレスチナの勢力地図を眺めると、東エルサレムがパレスチナ側に組み込まれていて、いびつな形をしていますが、それはユダヤ人がエルサレムからイスラム教徒を追放できなかったということではありません。ユダヤ教側の都合で、今のところイスラム教徒を追放するわけにはいかないのです。
なかなか微妙な話であり、あまり公に言ってはいけないのかなと思うところもあるのですが、こういう矛盾を現代ユダヤ教は抱えているということを理解しておくことは必要ではないでしょうか。
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