共観福音書問題の再検討
目次
1. 序
2. 共観福音書問題小史
2.1 マルコ優先説以前
2.2 マルコ優先説以降
3. 比較のための方法論
4. マルコ優先説の6つの弱点
4.1 マタイの大混乱
4.2 ルカの大欠落
4.3 小一致
4.4 その他の小さな一致
4.5 マタイとルカの共通削除(マルコの付加)
4.6 その他
5. 原マルコ説、マタイ優先説、マタイ・ルカ優先説の不当性
6. 新しい解決方法ーーー原マタイ・ルカ説
7. 表 T、U、V、W、X
1. 序
新約聖書の最初の3つの福音書は、互いによく似ているので、共観福音書( Synopsis )と呼ばれています。各福音書とも、物語は、バプテスマのヨハネ、イエスのバプテスマ、荒野の誘惑という順序で始まり、ペテロのキリスト告白、山上の変貌、宮きよめ、受難物語へと続きます。福音書の構造は同じだといえるでしょう。
また、個々の物語の内容も、だいたい同じものばかりです。登場人物、場所、教えの内容などの状況設定だけでなく、単語、語順、表現方法の癖まで完全に一致している箇所もいくつかあります。比較のため、3つの福音書の並行箇所を並べて印刷した書物を「共観福音書対観表」と言いますが、この表を眺めると、共通点の多さに驚かされます。
ヨハネ福音書も比較のために並べてみますと、ますます、共観福音書間の一致点の多さに気づかされます。ヨハネと共観福音書の間には、受難物語ではいくつかの共通点があるものの、共観福音書間にあるような一致は認められません。むしろ、荒野の誘惑など、共観福音書では共有されている重要な物語や教えのかなりの部分が欠落し、その代わり、ヨハネ独自の物語が収録されていることがわかります。また、宮清めが2章に来るなど、福音書としての構造もかなり異なっているといえます。
このように、共観福音書の類似は特別のものであり、これほど多くの共通点を持つということは、単に3者が共通の口伝伝承を用いたと言うにとどまらず、3者の間に何等かの共通文書資料が存在するのではないかと推測することは、自然な結論と言えるでしょう。問題は、共通文書資料とは、具体的にどのようなものであったかです。この問題は、当初考えるほど単純なものではありません。かなり複雑な議論になりますので、問題を整理するために、17世紀以来、この問題そのものに名前がつけられ、共観福音書問題と呼ばれてきました。この一文において、共観福音書問題を整理すると共に、私なりの解決方法を提示してみたいと考えています。
2. 共観福音書問題小史
2・1マルコ優先説以前
マタイ、マルコ、ルカが互いによく似ていることは、初代教会においても、広く認識されていました。紀元170年頃、タティアノスは、ヨハネ福音書を含めた4つの正典福音書を統合し、ひとつの福音書を作り上げました。これがディアテッサロンと呼ばれる書物です。彼は、四福音書のほとんどを過不足なく、また、表現方法や単語を変えることなく、ちょうど切り貼り細工のように、繋ぎ合わせ、一冊の福音書を作ったのです。実に見事というほかない出来ばえです。しかし、「福音書は4つあるところに神の御旨がある」とするイレナエウスの説が有力となるにつれ、ローマではほとんど用いられることなく、忘れられてゆきました。ただ、シリヤ地方では、5世紀頃まで用いられていました。今日、ディアテッサロンのギリシャ語原典は存在しませんが、アラビヤ語訳と古オランダ語訳により、ほぼその全容を知ることが出来ます。タティアノスのような試みがなされるということは、福音書の重複に気が付いていたということです。
共観福音書の類似を文書成立の由来から説明しようとした最初の人物は、アウグスチヌスでした。彼は「福音書の調和」という論文の中で、ヨハネと共観福音書を特に区別してはいませんが、成立の順序は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネであるとしています。後の福音書は、それ以前の福音書の知識を前提にしているとみています。また「マルコはマタイの縮小である」とも語っています。これは古典的マタイ優先説で、アウグスチヌスの権威と共に、中世を通じて一般に認められ、宗教改革期においても、何等疑問視されることはありませんでした。
共観福音書問題が、その固有の意味において、いつ、誰によって問題として認識され、問題提起されたかは、あまり明かではありません。通俗的には、レッシングの原福音書説から始まったとされています。W.R.ファーマーなどは理神論者の中に、すでに共観福音書問題が意識されていたと推測しています。しかし、おそらく、問題が認識されるきっかけは、1776年に、グリースバッハにより「共観福音書対観表」が出版されたことにあるのではないかと私は思います。この対観表が出版されてみますと、それまで思っていた以上に、共観福音書がよく似ていることに多くの人が気付いたのです。では、なぜ、このような類似が生じたのかが問われて来ることは自然な流れといえます。
1777年、J.D.ミカエリスは、これらの類似は、3つの福音書が共通して、ある古い福音書を利用したことにあると説明しました。1784年、レッシングは、これを発展させ、ヒエロニムスの言及するナザレ人福音書を、マタイ、マルコ、ルカがそれぞれ独自に利用したと論じました。これは原福音書説と呼ばれています。
1789年、グリースバッハ自身が別の説を提出しました。彼は、マルコがマタイとルカを利用し、両者を縮小しつつ総合編集したと論じました。グリースバッハ説は、テュービンゲン学派に引き継がれました。しかし、1964年、W.R.ファーマーによって取り上げられるまで、マルコ優先説に押され、ほとんど注目されることがありませんでした。
その後、シュライエルマッハーは(1817)、福音書の背後には、使徒たちの書き残したイエスの思い出と、それを集めた第二世代の弟子たちの伝承があると説明しました。これは断片説と呼ばれています。だが、断片説は、ヨハネ福音書を含めた広い意味での福音書形成史としては意味のあるものですが、共観福音書問題への答えとしては、説明不足となっています。
もう一方で、口伝説と呼ばれるものがあります。ヘルダーは、1796年、すでに福音書の資料としての口伝伝承の有用性を指摘しています。1818年、ギーセラーは、これを発展させ、使徒たちによって作られた口伝の形での福音書を想定しています。福音書形成の初期において、口伝が有用な役割を果たしたことは否定できません。しかし、口伝だけで、現在あるような広範な類似が生じたとみることは困難です。口伝は伝承の過程で文書化されるのが常であり、福音書成立時には、ルカ1:2にあるように、すでに何種類もの文書福音書が存在していたはずです。それらの文書と福音書の関係を論じなければ共観福音書問題への答えにはなりません。口伝説は共観福音書問題に光を当てるものとは言えません。
このような混乱の中で、共観福音書問題の存在をはっきり自覚したのがラッハマンであったといえます。彼は、1835年、共観福音書の間には、口伝と言うには、あまりにも多くの一致点があることを指摘しています。
「福音書物語の順序については、多くの人の想像するほど大異はない。もし、共観福音書を3つとも比較するとか、ルカとマタイを比較する場合、大きな違いが目につくが、もし、マルコと他の二つの福音書を別々に比較すると、その相違は、とるに足りない。」
ラッハマンは、それゆえ、マタイとルカは独立にマルコを利用したと考えました。但し、このマルコは、今日のマルコ福音書、そのままであるとするといくつかの難点が残りますので、マタイとルカの利用したのは、マルコに似た、いわゆる「原マルコ福音書」であると論じたのです。これが原マルコ説です。
これをきっかけに、ドイツでは、マルコをマタイ・ルカより古い福音書とみなす見解が、次第に有力となりました。1838年、C.G.ヴィルケとH.ヴァイスが、各々独自にマルコ優先説を発表しました。彼らはともに、マルコ福音書がマタイとルカの共通の資料であったと論じ、ヴィルケはさらに一歩進んで、マタイとルカはイエス語録集を共通の資料として用い、マルコと合本する形で、それぞれの福音書を書き上げたと考えました。
この立場は、B.ヴァイスとH.J.ホルツマンによって整理され「二資料説」と呼ばれるものになりました。つまり、Q資料とも呼ばれるイエス語録資料と、マルコ福音書、もしくは、それとよく似た原マルコ福音書を資料として、マタイとルカは、それぞれ別個に福音書を作ったという説です。この立場は、非常に有力となり、今日に至っています。
ただ、ここで留意すべき点は、この時期の二資料説は、決して原マルコ説を排除していない点です。ホルツマンも原マルコ説に傾いていますし、後のブルトマンさえも、ストリーターのマルコ優先説を支持しつつも、現在のマルコ福音書のテキスト、そのものがマタイとルカの資料になったとは断言していません。今日でも、ドイツでは、ストリーターのような原マルコ説を排除するようなマルコ優先説が受け入れられているとは言えないでしょう。
2・2 マルコ優先説
原マルコでなく、今日の我々の手にするところのマルコ福音書がマタイとルカの資料となったとみるのがマルコ優先説です。この立場が優勢になるのは、イギリスにおいてです。1872年、サンデイは、当時の状況を説明して、次のように述べています。
「共観福音書については、ホルツマン博士の詳細な著作から、暫定的な結論を引き出すことが出来る。ホルツマン博士の立場は、決して孤立したのものではなく、彼の結論の大部分(例えば、福音書の文書起源説、マルコ優先説、二つの主要な資料の存在と、福音書記者(マタイ、ルカ)が独自にそれらを利用したとする説)は、この10年、15年にわたり、ほとんどの最良の批評家たちから支持されている。」
サンデイの後、ウッズ、アボット、スタントン、ホーキンズなど、ほとんどの新約学者は、マルコ優先説を支持しています。ウッズの論理は、古典的なものであり、注目に値します。(in "Studia Biblica") 「我々は、(もしマタイ優先説を前提とした場合)マルコのたえず行った、数多くの削除(例えば、イエスの誕生、幼児物語、荒野の誘惑の詳しい説明など)を合理的に説明することはできない。これらの事柄は、教会が成長するにしたがい、ますます、興味をもたれ、重要性を増してきた話題である。これらを初期の福音書に見いだし、後期の福音書に見いださないと言うのは、極めてありそうもないことである。」
このような、削除という行動が、ありそうもないという論拠は、マルコ優先説の支持者が、繰り返し語ったことです。しかし、ストリーターの論理はやや異なっていました。彼は1924年「四福音書」(The Four Gospels: A Study of Origins, Burnett Hillman Streeter) という著書の中で、マルコ優先説をさらに強力に支持し、論理的に問題の残る削除論に頼らず、より総合的にマルコ優先説を支持するための理論的根拠を整理しました。
(1) マタイは、マルコ福音書の90%ほどの物語を、その用語まで、ほとんど同じ形で採用している。ルカも、同様に、マルコの半分以上を採用している。
(2) 3つの福音書に含まれる標準的セクションでは、マルコで用いられる用語の大部分はマタイとルカによって、時に一方で、時に両者ともに採用されている。
(3) マルコでの出来事の順序は、概ね、マタイとルカの双方によって支持されている。一方がマルコと異なっている場合は、通常他方によって支持されている。
(4) マルコがより古いことの証拠として、(a) 問題を起こしやすい語句の使用(他の福音書では削除されるか、表現が和らげられている。) (b) 文体や文法の粗雑であること。アラム語の使用
(5) マタイとルカの中で、マルコ資料と非マルコ資料の配置され方を見ると、あたかも、それぞれが、マルコ資料をひとつの文書として、持っていたかのように見える。そして、これと他の資料とを結合しようと努力したように見える。
ストリーターによって、マルコ優先説は、不動の地位を獲得したかのように見えました。事実、その後50年以上たちますが、今だにマルコ優先説が支配的であるのが現状です。
しかし、わずかではありますが、マルコ優先説に反対した学者たちもいたのです。
まず第一は、イギリスのカトリック系新約学者、バットラーでした。彼は、1951年、ストリーター理論が、論理的に不整合であり、マルコ優先説の根拠としては、不充分であると論じました。彼は、その代わり、マタイ優先説を支持し、マルコは、マタイの縮小版であるとするアウグスチヌスと同じ立場を表明しました。当時、バットラー理論は、ほとんど支持されませんでしたが、ストリーターの論理的弱点をついているゆえ、今日の状況からは評価されるべきでしょう。
最も、ストリーターを一方的に非難することも適切ではありません。ストリーターにとって論敵は原マルコ説であり、そのために論理を展開していました。バットラーの様なマタイ優先説は念頭におかれていなかったのです。ですから、マタイ優先説からの批判には無防備なところは確かにあります。しかし、当時の状況はマルコ優先説か、原マルコ説のみが考慮の対照であったことを考えますと、ストリーターの論法はその当時としては自然なものといえるでしょう。それに対して、バットラー説はストリーター批判としては意味がありますが、しかし、マタイ優先説の弱点を克服したわけではありません。
さて、1964年、W.R.ファーマーが議論を蒸し返すことになります。彼は、バットラー同様、ストリーターの論理的誤りを指摘しますが、バットラーと異なり、マタイだけでなく、ルカもマルコに優先すると説明し、古典的グリースバッハ説を復活させました。その根拠として、物語の順序が、マルコの場合、マタイとルカの折衷になっていること、そして、小さな一致が数多くあることなどをあげています。(小一致とは、並行箇所において、マルコに反して、マタイとルカで一致する単語のことです。)この説は、大変注目すべき説で、マルコ優先説への批判としては、かなり有効なものがあります。しかし、それにも関わらず、これで全てが納得できるわけではありません。このファーマー理論がでたのちも、多くの新約学者が、二資料説の問題点を自覚しつつも、ファーマー理論を支持できないでいるのもうなずけます。
バットラー説も、ファーマー説も、解決ではありませんが、マルコ優先説があまりに絶対的なものとして受け入れられていた現状を打破するのに、大変役にたったといえます。厳密に考えれば考えるほど、マルコ優先説には確かに問題点がいくつかあります。そろそろ、この問題点を解決すべき時期にきているのではないでしょうか。
3. 比較のための方法論の導入
3・1
共観福音書問題を論じるためには、まず、3つの福音書を比較することが必要です。この場合、より厳密に比較するためには、より厳密な方法論が必要となります。例えば、どの物語が並行記事であるかは、論者によって判断が異なる場合がありえます。この混乱を放置して、比較すると、結果として、議論がかみ合わなくなります。そこでまず、それぞれの論者の比較の方法論が明確されることが要求されるのです。
私はまず、福音書の各物語の流れを比較するために、福音書をセクションに分けることにします。このセクションは、段落とは異なります。内容的なことも一要素ではありますが、それ以上に、他の福音書と比較するという目的のもとに分割した物語の単位です。それゆえ、セクションは、長すぎず、短かすぎないように決めなければなりません。次に、このセクションを比較して、並行記事と言えるものを抽出します。そして、並行記事には、便宜上同じテーマをつけることにします。次に、これらの並行セクション内において、小一致も含めて、相互にどれだけの単語の一致があるかを数えます。ここで言う、一致とは、だいたい同じ文脈内における単語の性・数・格も含めた完全な一致のこととします。語順については、無視することにします。小一致については、非常に重要ですので、後に不完全な小一致も含めて考察することにします。
以上の方法を実践した結果、私としては、マルコを118セクション、マタイは193セクション、ルカは197セクションに分割しました。このうち、マルコ独自のものは5セクション、マタイ独自は36セクション、ルカ独自は54セクションありました。3つの福音書全てに並行記事のあるセクションは83、マタイとマルコ共通のセクション(ルカになし)は、24、マルコとルカ共通のセクション(マタイになし)は、8、マタイとルカにあり、マルコにないセクションは51ありました。
そして、それぞれの単語の一致数と一致率とを調べますと、別表(1)のとおりでした。
以下、マルコのセクションを中心に、3つの福音書を比較してみることにしましょう。
4. マルコ優先説の6つの弱点
4・1 マタイの大混乱
マルコ福音書を軸に、マタイとマルコを比較しますと、大変興味深いことが見えてきます。福音書の後半は、物語の流れがだいたい一致しているのにたいし、§7から§36まで、かなり激しく順序が前後しています。はたして、マタイは意図的に、マルコの順序を変更したのでしょうか。別の資料を持っていたので、それに従ったのでしょうか。この部分が、ルカとマルコで、流れが一致していること、また§37以降では、マタイとマルコが並行していることと比べますと、この部分の乱れは、どう見ても不自然です。これはただの混乱ではないという意味で、大混乱と呼んでおきましょう。
W.C.アレンは、それゆえ、マタイがこの部分で、マルコ以外の別の福音書(いわゆる原マタイなど)を用いたと考えます。この説は、順序の混乱を説明するには便利です。しかし、この部分、マタイとマルコの単語の一致は、別表1のように、かなりの量にのぼっています。順序についてのみ、原マタイを利用し、内容はマルコに従うという編集の仕方がありえるでしょうか。しかも、マタイの用いた、マルコ以外の資料の姿は、あまりにも曖昧です。
この点、ファーマーの提出した、マタイ・ルカ優先説は大変魅力的であるといえます。マルコとの並行セクション(別表2)だけを眺めるなら、マルコがマタイとルカを総合したように見えてきます。この部分だけから考えると、マタイ・ルカ優先説も説得力を持っているのです。
4・2 ルカの大欠落
マルコとルカの間には、マタイとマルコの間にみられるような、大きな順序の混乱はありません。問題は、マルコのセクション43から、セクション52までの部分が、ルカには見あたらないことです。もし、ルカがマルコを利用しつつ福音書を書いたとするならば、なぜこの部分を無視したのでしょうか。この大欠落という現象は、比較的早くから気づかれていたようで、マルコ優先説の障害のひとつとなっていました。ストリーターは、この現象を特に重視し、かなり詳しい説明を加えることにより、マルコ優先説を弁護しています。彼は、まず、欠落部分のテキストは、まったくマルコ的文体であり、後の挿入とは言いがたいとし、ひとつの可能性として、ルカの用いたマルコ本文では、何等かの事情によりこの部分が欠落していたかもしれないと述べています。また、別の可能性として、ルカが重複を避けるため、もしくは、神学上の理由から、この部分をあえて無視したということです。第3の可能性は、ルカがこの部分については、マルコを主要な資料と見なさず、ストリーターの説くいわゆる原ルカに従ったと説明しています。これらの論拠は、原マルコ説への反論としては有効かもしれませんが、かなり苦しい説明となっています。この点でも、ファーマー説は、見事と言ってもいいほどです。マルコが、ルカの欠落をマタイで補ったとする説明には説得力があります。
4・3 小一致
マルコにはなく、マタイとルカで並行するセクションは、大きな一致と呼ぶことが出来ます。これらの大一致は、イエスの教えに関することや、譬などですので、マタイとルカで共に用いたイエス語録資料(Q資料)を想定することで説明できます。この資料が、はたして、統一ある文書であったかどうかは疑問ですが、数種類の文書であったとしても、今のところ、共観福音書問題の結論には影響を及ぼしません。
問題は、小さな一致です。マタイとルカが独自にマルコを利用したとすると、並行セクションにおいて、マタイとマルコ、ルカとマルコの間に一致があることは自然ですが、マタイとルカがマルコに反して一致することは、普通は起こりません。たとえ、あったとしても、偶然にもとづくごくわずかな例外だけだと思われます。ところが、実際、この種の小一致の数は、マルコ優先説を前提に想定される数よりはるかに多いのです。しかも、小一致とは、単語の一致のことですが、それ以外に、語順の一致や、欠落の一致もかなり広範囲にわたって見つけることが出来ます。(別表4)これらが偶然に生じるということは、まずありえないのではないでしょうか。
ストリーターは、小一致の存在に頭を悩ませ、かなり詳細に論じてマルコ優先説を弁護しています。彼の説明によりますと、(1)マルコの文体を、マタイとルカが独自に改良した結果一致したものが多い。 (2)マルコの不必要な表現を、たまたま一致して削除した。 (3)マタイとルカは、マルコの改訂版を利用した。しかし、この改訂版は、一般化せず、今日まで伝えられなかった。 (4)写本の同化現象によって小一致が混入した。
これらの説明は、いくつかの例については妥当しているかもしれませんが、全体的にみて、それにしても小一致が多すぎる印象をぬぐい去ることはできません。単語の小一致は私のセクション分割にもとづく方法論のもとでは526個もあります。このうち、マルコとイエス語録集との重複と思われるセクション2やセクション4の部分を除いたとしても、まだかなりの数の小一致が残ります。しかも、小一致は、特定の並行セクションにではなく、全ての並行セクションに偏ることなく存在しています。この現象は、マルコ優先説にとって、かなり不利な事実であるといえます。
具体例をいくつかあげてみましょう。§13(らい病人、MK1:40ー45)において、いくつかの小一致があります。「見よ」、「主よ」、「言う」、「直ちに」の4つです。これらの小一致の存在を、マルコ優先説では、説明できません。
マルコ40節で、「らい病人が彼のもとに来た」と表現するのに対し、マタイでは「見よ、らい病人が彼のところにきた。」と書き、ルカでは「見よ、全身らい病の男がそこにいた」と書いているのです。どちらもマルコにない「見よ」という単語を使っています。これは、文体の改良ではありません。マルコ優先説では、偶然の一致と説明することでしょう。しかし、偶然とは、ごく稀に起こることです。この種の偶然の一致が福音書全体で何百もあるということは、小一致が偶然の結果でないことを示しているのです。
40節でマルコは、「御心でしたら、清めていただけるのですが。」と表現していますが、マタイ、ルカの並行箇所では、共に「主よ」という単語が入っています。その前後が3者とも単語のレベルで一致していることからみても、マタイとルカが、偶然一致して、この単語を挿入したとは言いにくい状況です。
マルコは、「主」という単語を15回用いていますが、一貫して、父なる神の称号としてです。イエスは7:28で、異邦人の女から、「主よ」と呼びかけられていますが、そのほかでは、主とは呼ばれていません。ですから、マルコ優先説でなければ、マルコが彼の用いた資料にある「主よ」という呼びかけを削ったと説明することが可能です。マルコ優先説ではそうは言えませんので、マタイとルカが偶然この場所に「主」という言葉を挿入したと説明します。しかし、マタイ、ルカは「主」という言葉を多く用いてはいますが、この場所で同時に付加するというのは、偶然としても、かなり稀な偶然のはずです。
41節の「レゲイ(言う)」を、マタイとルカが一致して「レゴーン(言う)」に変えるという現象も、文体の改良では説明できません。マルコのレゲイ(言う)をマタイ、ルカは、しばしばエイペン(言った)に代えています。なぜ、ここだけ一致して、レゴーン(言う)になるのでしょうか。
このような例を、別表5に集めておきました。
このような例を幾らでもあげることが出来るところに、マルコ優先説の限界が見えているといわざるをえません。これほどの数の小一致は、マタイとルカが単にマルコを利用したのではないことを証明しています。今や、私たちは、別の説明を求めざるをえないのはないでしょうか。
4・4 その他の小一致
単語の性・数・格も含めての一致だけでなく、単語自体の一致、意味の一致、語順の一致も、マルコとの並行セクションに全般に数多く見いだされます。これらのひとつひとつがマルコ優先説への有効な反証となっています。
具体例をひとつだけ挙げてみましょう。§14(中風の者、MK2:1−12)で、マタイ、マルコ、ルカ、共に「人の子は地上で罪を赦す権威を持っている」(2:10)と書いています。ギリシャ語において単語の形は完全に一致しています。ところが語順が異なっています。マタイとルカでは共に、「地上で」という句が先にきているのに対し、マルコでは後にきています。いわば日本語で言いますと、マタイとルカが「地上で罪を赦す権威を持つ」と言うのに対し、マルコが「罪を赦す権威を地上で持つ」と書いているようなものです。意味は同じであるにもかかわらず、マタイとルカがマルコに反して一致することは、はたして偶然の結果なのでしょうか。多いに疑問のあるところです。
このような種類の小一致のことを、4・3の小一致と区別して「その他の小一致」と呼ぶことにします。その他の小一致の数が多いことを示すこともマルコ優先説への一つの反論となるでしょう。そこでQセクション以外のところでその他の小一致を捜してみますと、76ほど見つかりました。これだけの一致が偶然生じることはあり得ないのではないでしょうか。その他の小一致は表Vにまとめられていますので、参照してください。
4・5 マタイとルカの共通の削除(マルコの付加)
これも小一致の延長線上の議論です。§14(中風の者)を再度用いることにしましょう。2:9でマルコは「中風の者に」という単語を用いています。マタイ、ルカの並行箇所では、その前後が完全に一致しているにもかかわらず、この単語だけ抜け落ちています。もし、マタイとルカがマルコを用いたとするなら、この部分ではマタイ、ルカが偶然一致して削除してしまったことになります。しかし、そのような偶然は稀なことのはずです。ところが、このような例がいくつもあることはマルコ優先説にとっては不利な事実です。
§82「偉大な戒め、MK12:28」のなかで、マルコが「イスラエルよ、聞け。主なる私たちの神は、ただひとりの主である。」と書いていますが、マタイとルカの並行箇所にはこの言葉が見あたりません。マルコ優先説ではマタイとルカが共通して削除したことになります。しかし、マタイは旧約を多数引用し、イエスの出来事を旧約との関わりで説明しようとする傾向があります。ところがこの箇所だけはマルコから旧約引用を削除したのです。しかも、偶然にもルカと一致しています。Qセクションですが、マルコ1:3にあるマルコの旧約引用はマタイとルカの並行箇所には見いだされません。このような例では、マタイ、ルカの用いた資料の中にこの旧約引用はなかったということ以外考えられません。マルコ優先説は成り立たないのです。
以上のような例は「マタイとルカの共通の削除」と呼ぶことにします。見方を代えれば「マルコの付加部分」といえる箇所です。マタイとルカの共通の削除は小一致ほど客観的に判断できるわけではありませんが、私の分析では表Wの54例が議論の対象になると判断しています。
4・6 その他の弱点
ストリーターはマルコ福音書の古さの証拠として、そのアラム語使用をあげていますが、事実はそう単純ではありません。マルコは7回ほど、ヘブル語(アラム語)を用いています。5:41(タリタクミ)、7:11(コルバン)、7:34(エパタ)、11:9(ホサナ)、15:22(ゴルゴダ)、15:34(エロイ、エロイ、ラマサバクタニ)、14:36(アバ) 確かに多用していると言えます。しかしこれらのアラム語の使用は古さの証拠にはなりません。なぜなら、比較的後期に成立したとされるヨハネ福音書においても、8回もヘブル語が用いられているからです。使徒行伝も、黙示録も、ヘブル語使用が目につきますが、どちらも比較的新しい文献です。また、外典のニコデモ福音書でさえ、ヘブル語が用いられています。このような事例を見ますと、どちらかというとヘブル語の引用は新しさの証拠とさえ思えてくるほどです。
マルコの文体が、ストリーターの言うごとく粗雑なものかどうかはさておき、文体や文法が粗雑であることは古さの証拠にはなりません。ヨハネ黙示録のギリシャ語は文法を無視するところがありますので、粗雑なものの一つの例と言えるかもしれませんが、この文書はかなり後期のものと認められています。
また、マルコはマタイやルカよりも人名、地名などについて詳しく物語るという特徴を持っていますが、これはマルコがより後の作品であることを示しています。たとえば、マルコ1:29では、イエスが「ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家に入った」と書かれていますが、マタイとルカは共に「シモンの家に入った」としか語っていません。このような詳しさの例は、2:26、3:6、3:17などにもあります。
一般的には、同内容の文献では後の時代のものほど説明が詳しくなる傾向があります。たとえば、マタイによる福音書にはイエス降誕の時東方の博士たちが訪れたと書かれていますが、後の伝承ではこれらの博士たちに名前がつけられ、「カルパル、メルキオール、バルタザールが訪れた」となっています。同様に、イエスと共に十字架につけられた二人の犯罪人は、外典ニコデモ福音書によりますとデュスマスとゲスタスという名であったとされています。このように詳しく物語ることは決して古いものである証拠ではなく、逆にその文献が新しいことを示しているのです。
5. 原マルコ説、マタイ優先説、マタイ・ルカ優先説の不当性
共観福音書問題の解決のために数多くの説が提出されていますが、マルコ優先説以外で検討に値するものは、原マルコ説、マタイ優先説、マタイ・ルカ優先説の3つであるといえます。マルコ優先説は、上記のように、問題点を数多く抱えています。しかし、だからといって、これら3つの説が、マルコ優先説に代わりうるものというわけではありません。なぜなら、それらの説は、マルコ優先説以上に、大きな難点を抱えているからです。
まず、原マルコ説ですが、これは、基本的には、マルコ優先説と同じ視点を持っています。それゆえ、長所も短所もマルコ優先説とほとんど同じです。わずかに、マルコ優先説より優れている点は、マルコ独自の物語の章句が、マルコによる付加と説明できることです。また、小一致やその他の小一致などの現象を原マルコからマルコへの編集過程により生じたものと説明することが出来ます。これでマルコ優先説の弱点をかなり減らすことが出来ます。しかし、これらの長所は、個々の付加部分や小一致の説明には有効ですが、全体的にはまだ問題が残されています。総合的観点からみますと、マルコ優先説の重大な弱点を原マルコ説も引き継いでいますので、理論が複雑化したわりには、メリットはあまり無いことになります。
例えば、§31(成長する種)や、§105(ある若者)などが原マルコにはなく、マルコが付加し部分とみることは自然です。しかし、「ルカの大欠落部分は、原マルコにははたしてなかったのだろうか?」などの問題に答えることは原マルコ説にとっても容易ではありません。原マルコにはなかったと考えることが当然とも思えます。しかし、マタイはこの部分を使っているのですから原マルコにはなかったとは言えないのです。唯一の可能な説明は、ルカの用いたマルコテキストに欠けていた章句を後のマルコ編集者が付加して新しいマルコ福音書を作った、それをマタイが利用したと言うことでしょう。しかし、これもマタイに欠けていて、ルカにあるセクションの説明にはなりません。
さらに困ったことに、マタイやルカでの欠落部分のほとんどは、文体、内容的にみて、きわめてマルコ的であり、他の部分と同じ人物の筆になることはほぼ間違いありません。同一人物が、初めに原マルコを書き、次々にそれを拡充したと考えるのは、あまりにも作為的すぎます。それゆえ、原マルコを認めるくらいなら、マルコ優先説のほうがましであるという気持ちにもなるのです。
マタイ優先説は、マルコ優先説と、その根本を異にする説です。この立場からは、イエス語録集(Q資料)の存在は否定されます。この立場の長所は、マルコ優先説では説明しきれない、小一致の存在を納得させてくれることです。しかし、それ以外のことでは、あまり有効ではありません。「マタイ独自の部分をマルコは何ゆえ削除したのか?」という古典的反論はいまだに有効です。さらに、この立場の決定的弱点は、マルコとルカの関係については、曖昧な説明しかできないことです。ルカがマルコを利用したとするなら、何ゆえルカは、マルコ§43から§51までを削除したのでしょうか。ここには、マルコ優先説と同じ弱点が現れ、総合的に考えて、マルコ優先説より前進しているとはいえません。
マタイ・ルカ優先説は、ちょうど、マルコ優先説の逆の論理構成になっています。この立場は、マタイ優先説と同じく、イエス語録資料の存在を仮定する必要はありません。小一致の説明やマタイ・ルカの共通の削除と従来言われてきた部分の説明も、この立場では容易です。しかし、その他の点では、相変わらず問題点は残っています。もし、マタイとルカが先にあって、マルコがその二つを総合したとするなら、なにゆえ、マルコは、イエス語録集にあたるセクションを省いたのでしょうか。また、先に存在したとされるマタイとルカの類似点は、決して少なくありませんので、マルコでないにしても、結果として、マタイとルカの前に存在した、両者が共通して用いた古い福音書の存在を仮定することにつながる危険性があるのではないでしょうか。その古い福音書の内容はマルコ福音書とよく似たものになるのではないのでしょうか。マタイ・ルカ優先説は、あまり説得力ある考え方とはいえません。
そのほかに、原マタイ説、原ルカ説などがありますが、それぞれ、マルコ優先説の補足的意義を持っています。どちらも、マルコ優先説の根本的弱点を乗り越えることにはなっていないと私は判断しています。総合的に考えるなら、いずれの立場も成り立ちません。それゆえ、以上で検討したもの以外の可能性を求めるべきではないでしょうか。
6. 新しい解決方法ーーー原マタイ原ルカ説
マルコ優先説でもなく、原マルコ説でもなく、また、先に挙げた、その他の説でもないとすると、ほかにどの様な説が検討されずに残っているでしょうか。
まず、初めから考え直してみましょう。少なくとも、大前提として、3つの福音書には、何等かの文書レベルでの関係があったことは認めなければなりません。個々の資料の寄せ集めだけで、これほどの一致が生じることはありえないからです。とすると、いずれかの福音書の優先説か、原福音書仮説を想定せざるをえません。しかも、上記で検討した説以外のものを検討しなければなりません。いったい、そのほかに、どの様な可能性があるでしょうか。
そこで、問題を解く第一の鍵として、マルコ福音書が、短いわりには、最も詳しい福音書であることを確認しておきましょう。マルコ福音書は、長さからいうと、最も短いものです。マタイとルカが200近いセクションを持つのに対し、マルコは、およそ半分の118セクションしかありません。ところが、共観福音書対観表を見れば、誰でも気が付くことですが、マルコの叙述が一番詳しいのです。マルコ福音書と並行するセクションの単語の数は、マルコが11116個であるのに対し、マタイは6425個、ルカは7896個しかありません。特に目につくのは、§15(取税人)、§29(譬の解説)、§35(ゲラサ人の地)、§36(会堂司の娘)、§42(5000人を養う)、§58(てんかんの子)、§82(ダビデの子)などです、これらの物語では、マルコはマタイやルカに比べはるかに詳しく状況を説明しています。この現象は、上記のセクションほど明らかではないにしても、他の並行箇所においても見られることです。記述の詳しさについてはマルコが一番であるということは、マルコ全体にわたる特色であることは明かです。何故、最も短い福音書が、最も詳しいのでしょうか。
第二に、ウッズの提出した素朴な前提を、妥協することなく、細部まで適用してみることです。「後の伝承ほど、長く詳しくなる」という法則は、直感的には、分かりやすいものです。これは、絶対的基準ではありませんが、この際、あえてこれに固執してみることが解決への糸口を提供してくれます。マルコ優先説は、この法則を福音書全体の考察には用いましたが、個々の部分の比較の際には、放棄するという矛盾を犯しています。マタイ・ルカ優先説は、個々の物語の比較にはこの法則を用いましたが、全体の考察の時は無視するという矛盾を犯しています。どちらも、一貫しないところに破綻があるといえるでしょう。
全体においても、細部においても、ウッズの法則を適用しますとどうなるでしょうか。まず、全体的にみて、マルコが一番古いという結論は、動かすことはできません。イエスの教えや、たとえ話など、マルコがあえて、それらを削除する理由は見あたりません。
さて、それでは、細部の考察に移りましょう。ウッズの法則によると、マルコの詳しい叙述部分は、後からのマルコの付加であるという結論になります。そういう前提のもとに、マタイとマルコを比較してみましょう。§8、§11、§23、§30、以下、マルコにあって、マタイにないセクションは、本来無かったのです。また、並行セクション内の、マルコにあってマタイにない小部分も、本来無かったのです。すると、物語の順序は、マタイとマルコでは、かなり異なっていますが、内容はずいぶん短い、簡潔な原マルコ像が浮かび上がります。
さて、次に、マルコとルカを比較してみましょう。§6、§23、§31、§33、§41、§43、以下、マルコにあって、ルカにないセクションは本来無かったのです。また、細部においても、マルコの詳しい叙述もなかったことになります。物語の順序は、マルコ、ルカで大きな相違はありません。その結果、やはり、かなり短い原マルコ像が浮かび上がります。
そこで、先の原マルコ像と、後の原マルコ像を比べますと、前者には、ルカの大欠落部分が残り、§8、§11、などが欠落しています。後者には、前者にない§8、§11が残り、大欠落部分、及び、§6、§33などは欠落しています。しかも、叙述の内容も、かなり異なっています。同じ福音書とは言えないのではないでしょうか。とすると、これらは、二つの別々の原福音書であるという結論になります。
ここで、マタイとマルコの間に浮かび上がった福音書を、区別のための便宜上、原マタイと名付けることにします。物語の順序は、この分析を前提にすると、マタイに近いものが原マタイの順序であったとみることが妥当でしょう。次に、マルコとルカの間に浮かび上がった福音書を原ルカと名付けます。すると、マルコは、原マタイと、原ルカとの総合であると考えることが出来るようになります。マタイはマルコとイエス語録集をではなく、原マタイとイエス語録集を総合したのです。ルカは、マルコではなく、原ルカを用いて、それとイエス語録集とを総合したのです。このように考えますと、共観福音書問題がきれいに解決するのではないでしょうか。もちろん、ここで名付けられた原マタイと原ルカは、以前、引用された原マタイ説、原ルカ説とは、その根本を異にすることは言うまでもありません。
原マタイは、マルコのセクションを用いて表現するならば、§1、§2、§3、§4、§5、§6、§12、§7、§13、§9、§10、§34、§35、§14 (以下略) と続くことになります。§62、§64は、物語の順序が乱れていますので、原マタイにはなかったのではないかと思います。§63は、微妙ですが、これもなかったかもしれません。
原ルカは、マルコセクションを用いて表現するならば、§1、§2、以下、§36を除けば、マルコと順序についてはだいたい一致しています。§24、§25、§32、§37、§63、§64、§81、§89 はおそらく原ルカには含まれていなかったものと思われます。§108と§109は、原ルカでは§109、§108と並ぶはずです。
マルコが、この原マタイと原ルカを総合したと考えると、マルコが一番詳しい福音書であることが自然に理解できるようになります。また、ラッハマン以来、指摘され続けてきた「マルコがマタイとルカの中間に立つ福音書である」という現象の原因も明かとなります。小一致についても、かなり説明しやすくなります。原マタイ原ルカ説を前提にすると、今までの無理な説明をする必要がなくなるだけでなく、かえって福音書成立過程を自然なものとして考えることが出来るようになるのではないでしょうか。
原マタイ原ルカ説を前提に表Tを見ながら、物語の流れを説明してみましょう。§1から§5までは三者とも並行しています。その後しばらくマルコは原ルカに従います。しかし、§27(種まきの譬)以下は原マタイと原ルカの内容がよく似ているので、原マタイに従いつつ、両者を総合している形になっています。§30は原ルカから取り、原ルカにない§32、§33は原マタイから取りました。(§32はルカの並行セクションはありますが、順序が乱れていますし、単語の一致もそれほど多くはありませんので、原ルカには含まれないと判断します。)そしてその後、ルカの大欠落部分は原ルカに欠けていますので、原マタイから取り、主に原マタイに従いつつ、時々§61や§75、§84など原マタイにない物語を原ルカから取入れ、きれいに調和させたのです。
このような原マタイ原ルカ説を前提にすると、§108と§109のようなルカにおいて並行セクションが逆転している箇所や、ルカの細部において記述の順序がマルコと異なっていることをあえてストリーターの原ルカ(プロトルカ)説を持ち出すことなく説明することが出来ます。また、ルカの大欠落だけでなく、§95、§107、§113などの物語をルカがなにゆえ無視したかを問う必要もなくなります。
大きな流れだけでなく、セクションの内部にもマルコによる、原マタイ、原ルカを編集した跡を数多く見いだすことができます。特に分かりやすい編集の跡と思われるものを25個選び表Xにまとめておきました。
たとえば、§7(権威ある教え、MK1:21ー22)で、カペナウムという地名はルカにありますがマタイにはありません。マルコは地名をルカに学び、「安息日」という設定もルカに従いますが、後半部分の「律法学者のようにではなく、権威ある者のように教えられた。」はマタイを採用しています。
§10(夕べの癒し、MK1:32)は見事です。マタイ8:16に「夕暮れになると」とあり、ルカ4:40に「日が暮れると」とあります。ですからマルコ1:32では「夕暮れになり、日も暮れると」となります。§18(麦の穂を摘む、MK2:23−28)で、マタイ12:2は「見よ、あなたの弟子たちが安息日にしてはならないことをしている。」と言い、ルカ6:1は「なぜあなたがたは安息日にしてはならないことをするのか」となっています。マルコは両者を総合して、「見よ、なぜ彼らは安息日にしてはならないことをするのか。」と表現しています。
§22(12弟子の名前、MK3:16−19)は、原マタイ原ルカ説にかなり有利な現象を含んでいます。ここでは、アンデレの名前がマタイとルカではペテロのすぐ後におかれているのに対し、マルコではペテロ、ヤコブ、ヨハネの後におかれています。マルコ優先説を前提にすると、この現象はイエス語録集(Q資料)をマタイとルカが用いたと説明するか、写本上の問題か、もしくはマタイ、ルカともにアンデレの重要性を認識し、あえてアンデレをヤコブの前に置いたなどの説明をすることになるでしょう。しかしここは小一致の少ないセクションであり、イエス語録集とは関係ありません。写本上の問題というにしても、現存の写本の中にはそれにふさわしい写本がない以上、非常に苦しい説明になります。アンデレはペテロの兄弟ですので重要人物ではありますが、ペテロ、ヤコブ、ヨハネという権威の序列が確立するにしたがい、アンデレの重要性は少なくなってきます。マルコがアンデレをヨハネの後に持ってくることは大いに考えられますが、マタイとルカが一致してここでアンデレをペテロの次にすることはかなり不自然です。「ボアネルゲという名をつけられた」というマルコの解説部分もマルコ優先説では説明に苦労します。
また、名前の順番も原マタイ原ルカ説の妥当性を示しています。前半6名についてはアンデレを除いて三者ともまったく同じです。ところが次の「マタイ・トマス」という順序は、マルコ、ルカでは同じですが、マタイでは「トマス・マタイ」となっています。次の「タダイ・シモン・ユダ」については、今度はマタイ、マルコが同じで、ルカは「シモン・ユダ・ユダ」となっています。マルコ優先説では、マタイがあえてマルコの「マタイ・トマス」を「トマス・マタイ」に変え、ルカはあえて「シモン・ユダ・ユダ」と変更したと説明することになりますが、マタイやルカの気まぐれとしか説明のしようがありません。この点、原マタイ原ルカ説ではマルコが原マタイと原ルカを調和させたと自然に説明が出来ます。
このような例は幾らでもあげることが出来ますので、この辺でやめておきましょう。あとは表を参考に調べていただければ、原マタイ原ルカ説の妥当性がますます明かとなると思います。
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後にタティアノスがディアテッサロン(四福音書の総合)を作りますが、もしかすると彼は、原マタイや、原ルカを知っていたのかもしれません。
別表T
マルコを中心とした並行セクションの比較表
マタイ マルコ ルカ
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3:1ー6 §1 1:1ー6 バプテスマのヨハネ 3:1ー6
3:11ー12 §2 1:7ー8 ヨハネの説教 3:15ー18
3:13ー17 §3 1:9ー11 イエスのバプテスマ 3:21ー22
4:1ー11 §4 1:12ー13 荒野の誘惑 4:1ー13
4:12ー17 §5 1:14ー15 ガリラヤ伝道 4:14ー15
4:18ー22 §6 1:16ー20 弟子を招く X
7:28ー29 §7 1:21ー22 権威ある教え 4:31ー32
X §8 1:23ー28 汚れた霊の男 4:33ー37
8:14ー15 §9 1:29ー31 ペテロの義母 4:38ー39
8:16ー17 §10 1:32ー34 夕べの癒し 4:40ー41
X §11 1:35ー38 寂しい所 4:42ー43
4:23ー25 §12 1:39 伝道旅行 4:44
8:1ー4 §13 1:40ー45 らい病人 5:12ー16
9:1ー8 §14 2:1ー12 中風の者 5:17ー26
9:9ー13 §15 2:13ー17 取税人を招く 5:27ー32
9:14ー15 §16 2:18ー20 断食 5:33ー35
9:16ー17 §17 2:21ー22 新しい皮袋 5:36ー39
12:1ー8 §18 2:23ー28 麦の穂を摘む 6:1ー5
12:9ー14 §19 3:1ー6 片手の萎えた人 6:6ー11
12:15ー21 §20 3:7ー12 多くの人を癒す 6:17ー19
10:1 §21 3:13ー15 12弟子を選ぶ 6:12ー13
10:2ー4 §22 3:16ー19 12弟子の名前 6:14ー16
X §23 3:20ー21 イエスの家族 X
12:22ー30 §24 3:22ー27 ベルゼブル 11:14ー23
12:31ー32 §25 3:28ー30 聖霊に逆らう 12:10
12:46ー50 §26 3:31ー35 イエスの母 8:19ー21
13:1ー9 §27 4:1ー9 種蒔きのたとえ 8:4ー8
13:10ー15 §28 4:10ー12 譬を使う理由 8:9ー10
13:18ー23 §29 4:13ー20 譬の解釈 8:11ー15
X §30 4:21ー25 あかり 8:16ー18
X §31 4:26ー29 成長する種 X
13:31ー32 §32 4:30ー32 からし種 13:18ー19
13:34ー35 §33 4:33ー34 譬の使用 X
8:23ー27 §34 4:35ー41 嵐を鎮める 8:22ー25
8:28ー34 §35 5:1ー20 ゲラサ人の地 8:26ー39
9:18ー26 §36 5:21ー43 会堂司の娘 8:40ー56
13:53ー58 §37 6:1ー6a ナザレにて 4:16ー30
X §38 6:6bー7 弟子を派遣する 9:1
X §39 6:8ー13 弟子への教え 9:2ー6
14:1ー2 §40 6:14ー16 ヘロデ王 9:7ー9
14:3ー12 §41 6:17ー29 ヨハネの死 X
14:13ー21 §42 6:30ー44 5000人を養う 9:10ー17
14:22ー33 §43 6:45ー52 水の上を歩く X
14:34ー36 §44 6:53ー56 ゲネサレの地 X
15:1ー20 §45 7:1ー23 人を汚すもの X
15:21ー28 §46 7:24ー30 ツロの女 X
15:29ー31 §47 7:31ー37 エパタ X
15:32ー39 §48 8:1ー10 4000人を養う X
16:1ー4 §49 8:11ー13 しるしを求める X
16:5ー12 §50 8:14ー21 パリサイ人のパン種 X
X §51 8:22ー26 ベツサイダの盲人 X
16:13ー20 §52 8:27ー30 ペテロの告白 9:18ー21
16:21 §53 8:31 第一受難預言 9:22
16:22ー23 §54 8:32ー33 サタンよ退け X
16:24ー28 §55 8:34ー9:1 自分の十字架を負う 9:23ー27
17:1ー8 §56 9:2ー8 山上の変貌 9:28ー36
17:9ー13 §57 9:9ー13 エリヤの到来 X
17:14ー21 §58 9:14ー29 てんかんの少年 9:37ー43a
17:22ー23 §59 9:30ー32 第二受難預言 9:43bー45
18:1ー5 §60 9:33ー37 誰が一番か 9:46ー48
X §61 9:38ー40 見知らぬ悪霊払い 9:49ー50
10:42 §62 9:41 一杯の水 X
18:6ー9 §63 9:42ー48 罪の誘惑 17:1ー2
5:13 §64 9:49ー50 塩について 14:34ー35
19:1ー12 §65 10:1ー12 結婚と離婚 X
19:13ー15 §66 10:13ー16 子供を祝福する 18:14ー17
19:16ー22 §67 10:17ー22 富める青年 18:18ー23
19:23ー30 §68 10:23ー31 富と神の国 18:24ー30
20:17ー19 §69 10:32ー34 第三受難預言 18:31ー34
20:20ー28 §70 10:35ー45 ゼベダイの子ら X
20:29ー34 §71 10:46ー52 盲人の癒し 18:35ー43
21:1ー11 §72 11:1ー11 エルサレム入城 19:28ー40
21:18ー19 §73 11:12ー14 いちじくの木 X
21:12ー17 §74 11:15ー17 宮清め 19:45ー46
X §75 11:18ー19 イエス殺害計画T 19:47ー48
21:20ー22 §76 11:20ー24 枯れたいちじくの木 X
6:14ー15 §77 11:25(26) 赦し X
21:23ー27 §78 11:27ー33 権威について 20:1ー8
21:33ー46 §79 12:1ー12 悪い農夫たち 20:9ー19
22:15ー22 §80 12:13ー17 カエサルへの税金 20:20ー26
22:23ー33 §81 12:18ー27 復活について 20:27ー40
22:34ー40 §82 12:28ー34 隣人愛 10:25ー28
22:41ー46 §83 12:35ー37a ダビデの子とは 20:41ー44
23:1ー13 §84 12:37bー40 律法学者批判 20:45ー47
X §85 12:41ー44 やもめの献げ物 21:1ー4
24:1ー2 §86 13:1ー2 神殿崩壊の預言 21:5ー6
24:3ー8 §87 13:3ー8 終末のしるし 21:7ー11
24:9ー14 §88 13:9ー13 混乱の始まり 21:12ー19
24:15ー22 §89 13:14ー20 山へ逃げよ 21:20ー24
24:23ー25 §90 13:21ー23 偽キリスト X
24:29ー31 §91 13:24ー27 人の子のしるし 21:25ー28
24:32ー33 §92 13:28ー29 いちじくの木の譬 21:29ー31
24:34ー35 §93 13:30ー32 来臨の時 21:32ー33
24:42 §94 13:33ー37 目を覚ましなさい 21:34ー36
26:1ー5 §95 14:1ー2 イエス殺害計画U 22:1ー2
26:6ー13 §96 14:3ー9 香油をぬる X
26:14ー16 §97 14:10ー11 ユダの裏切り 22:3ー6
26:17ー19 §98 14:12ー16 過ぎ越しの準備 22:7ー13
26:20ー25 §99 14:17ー21 裏切り者 22:21ー23
26:26ー29 §100 14:22ー25 主の晩餐 22:14ー20
26:30 §101 14:26 オリーブ山 22:29
26:31ー35 §102 14:27ー31 ペテロのつまずき預言 22:31ー34
26:36ー46 §103 14:32ー42 ゲッセマネ 22:40ー46
26:47ー56 §104 14:43ー50 イエス逮捕される 22:47ー53
X §105 14:51ー52 ある若者 X
26:57ー58 §106 14:53ー54 庭の中のペテロ 22:54ー55
26:59ー63a §107 14:55ー61a イエスの沈黙 X
26:63bー68 §108 14:61bー65 カヤパ 22:63ー71
26:69ー75 §109 14:66ー72 ペテロのつまずき 22:56ー62
27:1ー2 §110 15:1 ピラト 23:1
27:11ー14 §111 15:2ー5 ピラトの尋問 23:2ー5
27:15ー26 §112 15:6ー15 死刑判決 23:17ー25
27:27ー31a §113 15:16ー20a 兵士たちの嘲笑 X
27:31bー32 §114 15:20bー21 ゴルゴタへの道 23:26(ー32)
27:33ー44 §115 15:22ー32 十字架につけられる 23:33ー43
27:45ー56 §116 15:33ー41 十字架上での死 23:44ー49
27:57ー61 §117 15:42ー47 埋葬 23:50ー56
28:1ー10 §118 16:1ー8 からの墓 24:1ー12
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