九書・五書成立史 (その1)
第1章 はじめに
九書と言っても、何のことか判らない人が多いでしょうから、まずはその説明をしておきます。「モーセ五書」のほうは有名ですから、お判りになると思いますが、創世記から申命記までの5つの書物のことです。これはユダヤ教では聖書の中でも特別に権威ある書物として重んじられてきました。このモーセ五書がどのようにして成立したかを論じるのが、「モーセ五書成立史」ですが、実は、モーセ五書という区切りは本来のものではありません。それをモーセ五書と区切るので、成立の由来がわかりにくくなっているというのが私の立場です。実は、九書が最初にできあがったのです。その九書とは、創世記から列王紀までの9つの書物です。もっとも、書物の数え方は、異なるときもあります。私の言う9書とは、創世記から申命記までの5書、および、ヨシュア記、士師記、サムエル記上下、列王紀上下で、全部で9つあることがお判りいただけると思います。これらの書物は、9つの独立した書物でなく、本来は同じ人物により編集された一冊の書物だったのです。それが分量の関係で、いくつかの巻物に書き留められ、内容的に適当なところで区分され、今日の9つの書物、もしくは、上下に分かれたサムエル記、列王紀を区別して数えると11冊の書物になったのです。ところが成立してまもくなく、モーセ五書という区切りがより重視され、律法と呼ばれるようになり、残りのヨシュア記以降の四書が預言書に分類されてしまいました。これにより、あたかもモーセ五書とヨシュア記以降の四書が別々に成立したかの印象を与えるようになったのです。
しかし、内容を検討すると、モーセ五書からヨシュア記への流れは自然であり、用語・文体の点から見ても、同一人物の作品であることは非常に明らかであるように私には思われます。ここにその証拠を提示して、このような考え方もあることを知っていただき、お時間のある方には、この説を検討していただき、ご批判を仰ぎたいと願っています。
五書が最初に成立したのか、それとも九書が最初に成立したのかでは、古代イスラエル史理解が大きく異なってきます。従来の五書成立史が説得力を持たなかった理由のひとつは、五書という枠を無批判に受け入れて、九書という枠を見つけられなかったからではないでしょうか。そういう意味で九書説は、従来の五書理解に根本的反省を迫ることになるだろうと思います。
第2章 九書の一体性 (流れが自然であること)
では、九書が一体であり、同一の人物により編集されたことを示すいくつもの証拠があることを説明させていただきます。まずは、九書が全体として、ひとつの流れの中に置かれていて、それぞれが繋がっているので、区切ることが出来ないことです。このことは、素直に文書を読んでいけば誰でも感じることができます。創世記から出エジプト記は物語として連続しています。出エジプト記からレビ記も繋がっていて、別の著者を想定することは困難です。民数記も同じです。用語・文体が同一文書内で異なる場合がありますが、この現象は使った資料の違いに由来すると考えられます。民数記から申命記へのつながりは、あまり良くありません。それで、創世記から民数記までをひとつの纏まりとして理解する立場もあるわけですが、申命記が出エジプト記を念頭に置いて書かれていることは間違いないことで、用語の点でも両者の間には幅広い一致点があります。さらに、申命記からヨシュア記への繋がりは、ヨシュア記1:1を見れば明らかです。従来、モーセ五書という区分が絶対視され、ヨシュア記1:1の重要性が充分には認識されていませんでしたが、申命記の作者がヨシュア記を書いたことは間違いないことであって、両者に断絶はありません。このヨシュア記とモーセ五書との連続性を認める学者はたくさんいて、彼らは六書説という言い方を使っています。ただ、残念なことに、彼らはヨシュア記と士師記との連続性については、あまり真剣に分析していません。
さて、ヨシュア記以降の文書についても同じことが言えることを知らなければなりません。士師記1:1に「ヨシュアが死んだ後」とあり、ヨシュア記を踏まえていることが明言されています。士師記1章から3章にかけて、やや歴史的前後関係の混乱が見られますが、それは、士師記の内部の問題であって、ヨシュア記の続きであるという形になっていることは明らかです。その次は、サムエル記ですが、LXXでは、ここにルツ記が挿入されているので、士師記とサムエル記の一体性が判りにくくなっています。しかし、ヘブル語聖書の並べ方では、士師記の後にサムエル記が置かれ、ルツ記は諸書の中の箴言の後に置かれています。LXX(現在の聖書も同じ)に慣れているキリスト教の学者たちは、無意識のうちに士師記とサムエル記を別文書と思いこんでしまう危険性がありますので、その点は意図的に避けなければなりません。聖書は本来、ヘブル語で書かれていて、ヘブル語聖書の並べ方にはそれなりの歴史があるのです。ここはルツ記は除いて読んでみる必要があります。士師記から直接、サムエル記へと、続けて読むと判りますが、時代的に矛盾や重複がなく、著者の関心も似ているし、文体・用語も同じです。これは「片方が真似した」という説明では納得できません。さらにサムエル記上下から列王紀への流れは、多くの人がすでに認めているように、同一人物の作品であることが認められます。それゆえ、ヨシュア記から士師記へ、また士師記からサムエル記への流れが、少し乱れているとは言え、創世記から、列王紀までの物語の流れは非常に自然で、一貫性があります。ですから、これだけでも九書が全体として同一の編集者の作品であることを認定することができます。
2.1 九書の一体性 (用語・文体・神学の一致)
九書の一体性は、用語・神学の点からも論証できます。まずは概説として、モーセ五書の資料説との関係を説明しておきますが、モーセ五書が、いわゆるJEDPという4つの資料から成り立っているというのが従来の説明です。その説明の半分くらいは説得力があるのですが、厳密に検討すると修正が必要だと思います。これについては、ヘブル語を引用して厳密に論じなければならないのですが、まずは、申命記が独立のD資料として説明されているのは非常に問題であることを指摘しておきます。申命記を除くモーセ五書は四書と言われることがありますが、この四書と申命記の間には幅広い用語と神学の一致があります。民数記から申命記への流れが自然であることはすでに指摘していますが、用語・神学の点でも一致が見られます。この一致の原因は、申命記の作者が四書を知っていたとか、使った資料が一致していたというレベルのことではありません。四書と申命記は同一の編集者によって書かれた書物なのです。まずは、その点を示す四書と申命記の間の用語・神学の一致を示してみます。その後で、五書と、それに続くヨシュア記、士師記、サムエル記、列王紀との間に用語・神学の一致があることを説明してみようと思います。
2.2 四書と申命記の間における用語の一致点
さて、五書はいろいろな伝承資料をもとに編集されているので、そこで使われている用語・神学がそのまま最終編集者のものであるというわけではありません。しかし、それぞれの文書の編集句の中で使われている言葉は、最終編集者の筆の跡と見なすことが出来ます。そういう作業を経て、抽出された単語は以下のとおりです。これらの単語が四書と申命記の間で一致して多用されていること、またヨシュア記以降の文書でも使われていると言うことは、九書全体の編集者(作者)が同一人物であることを示しています。
注 ヘブル語の引用が多いので、まずはヘブル語表記のルールを書いておきます。これは元のヘブル語を確認して辞書を引けるようにするための私なりの便法です。一般的ではないのですが、お赦し下さい。
[ヘブル語表記法] ヘブル語は子音を表記すれば辞書を引けますので、母音符号は省略することにします。ヌンやぺェなどは語尾にくると語形が変化しますが、辞書を引く上では関係ありませんので、ここでは無視します。また、ダゲシュも、辞書を引く上では関係ありませんから、無視します。ご了解ください。
アレフがA、ベートがB、ギメルがG、ダレトがD、へーがH、ワウがW、ザインがZ、ヘットがHh、テットがTt、ヨォドがY、カフがK、ラメドがL、メムがM、ヌンがN、サメフがSs、アインがO、ペーがP、ツァーデがTs、コフがQ、レシュがR、シンのS音がS、シンのSh音がSh、タウがT、となります。
なお、ときどき現行日本語訳聖書とヘブル語聖書で章節分けが異なるところがあります。その場合は、ヘブル語聖書の節を(23)のように付記してあります。
引用箇所が、やや他の例と異なるときは、*マークを付けました。
1) 乳と密の流れる地(ARTs ZB THhLB WDBSh)
「乳と蜜の流れる地」という言葉は、イスラエルの人々がエジプトを出て、カナンの地を目指すときに、そこを理想化して表現したものです。この言い方は文学的であり、個性がありますので、誰か特定の人の用語であろうと思われますが、旧約聖書では、九書だけでなく、エレミヤ(11:5、32:22)やエゼキエル(20:6、15)も用いています。それゆえ、この用語を使っているから同一人物の筆になるものと結論付けることは出来ません。しかし、同じ歴史書の歴代志にはありませんし、イザヤにも、諸書にも見あたりません。それゆえ、この用語が同一人物の筆の跡である可能性はかなり高いのではないでしょうか。
これが九書の中でどのように用いられているかを見てみましょう。この言葉は九書の中で16例用いられています。出エジプト記で4例、3:8、17、13:5、33:3。レビ記で1例、20:24。民数記で4例、13:27、14:8、16:13、14。申命記で6例、6:3、11:9、26:9、15、27:3、31:20。ヨシュア記で1例、5:6。合計16例となります。
出エジプト記3:8では、「私は下って、彼らをエジプト人の手から救いだし、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナン人・・・のおる所に至らせよう。」これは、資料部分ではなく、編集部分の文章です。この言葉が出エジプト記とレビ記、民数記にあるのは、これらが同一の著者の手になることの証拠となるはずです。ならば、この言葉が申命記にあるわけですから、申命記をも同一の著者の作品であることを認めなければなりません。申命記6:3には「あなたの先祖の神、主があなたに言われたように、乳と蜜の流れる国で、あなたの数は多いに増すであろう。」とあります。しかも、申命記には6箇所もあります。これがヨシュア記5:6にもあるということは、ヨシュア記もまた同一人物の手になる作品であることを示しています。
このような一致が、この単語ひとつだけであるなら、偶然の一致とか、一方の著者が他方の作品を知っていたなどと説明することも可能かもしれません。しかし、このような単語が、以下に紹介するように、たくさんあるということは、偶然の一致とか、真似たという次元の現象ではありません。四書も申命記も、ヨシュア記も、そして九書全体が同一の著者の手によりまとめられたということ以外のなにものでもないのです。
2) 主が先祖に誓った地(ShBO)
「主が先祖に与えると誓った地」という表現は、申命記にも四書にも登場します。この表現は、エレミヤ書(11:5、32:22)とエゼキエル書(20:42)に用例があるだけで、あとはすべて九書の中で用いられています。ということは、九書の一体性を強く示唆するものと言えます。
創世記50:24、出エジプト記13:5、11、32:13、33:1、民数記11:12、14:16、23、32:11、申命記1:8、35、6:10、18、23、7:13、8:1、10:11、11:9、21、19:8、26:15、28:11、30:20、31:7、20、21、23、34:4、ヨシュア記1:6、5:6、21:43、士師記2:1、計31例あります。
これらの中で創世記50:24、出エジプト記32:13、33:1と民数記32:11、申命記1:8、6:10、30:20、34:5などは、「主が先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓った地」というところまで一致しています。これほどの一致があるとは、偶然の一致、真似による一致、加筆による一致どころではなく、作者そのものが同一人物であること以外に考えられません。
この言葉を用いた作者は当然、創世記物語を知っていたことを伺わせます。そういう目で創世記を読みますと、そこにすでに、神がアブラハムやイサクに対して「この地を与えると誓った」という表現がなされていることに気付きます。創世記もまた、同じ著者の作品なのです。創世記13:15、22:15f、24:7、26:3。
「乳と蜜の流れる地」と同じ文脈で用いられているのは、出エジプト記13:5、申命記11:9、26:15、31:20、ヨシュア記5:6、エレミヤ11:5、32:22です。他の九書的用語とも深いつながりがあることがわかります。
「主が先祖に誓った契約」とか「誓った国」、「誓った言葉」などの用例もあります。また、「誓った地」という表現ではありませんが、文脈上それと同じ意味の所も含めますと、さらに多くの用例をあげることが出来ます。これらはおもに申命記で見つかります。申命記4:31、7:8、12、8:18、9:5、19:8、26:3、エゼキエル20:6、15。
また、「誓い」という要素はありませんが、「主が賜った地」(NTN、与える)という表現はさらに数多くなされています。レビ記14:33、20:24、25:1、25:38、民数記13:1、27:12、32:7、9、申命記1:20、25、2:12、3:20、4:1、21、40、8:10、9:6、11:17、31、12:10、15:7、17:14、18:9、19:1、2、14、21:1、25:14、19、26:1、10、27:2、3、28:52、ヨシュア記1:11、13、15、13:16、18:3、23:13、士師記6:9、列王紀上8:40、48などです。エレミヤ35:15などの預言書や諸書にもありますが、九書内におけるこれほどの一致は偶然ではありません。
3) エジプトから導きだした(YTsA MMTsRYM)
「主がイスラエルをエジプトから導きだした」という表現も九書全体で多用されています。これは九書の神学のひとつで、著者の表現の癖と言いたくなるほど用例はたくさんあります。
出エジプト記はその内容からして「主がエジプトから導きだした」ということですから、表現が多いのは当然です。ただ、その前に創世記にもあることは注目されます。また、十戒の中にもあります。
創世記48:21、50:24、出エジプト記3:8、10、12、6:6、7、13、26、7:4、5、12:17、42、51、13:3、9、14、16、14:11、16:3、6、32、18:1、20:2、29:46、32:11、レビ記11:45、19:36、22:33、23:43、25:38、42、55、26:13、45、民数記14:13、15:41、20:16、21:5、23:22、24:8、申命記1:27、4:20、38、5:6、6:12、21、23、7:8、19、8:12、14、9:12、26、28、29、13:5、10、16:1、20:1、26:8、29:24、ヨシュア記24:5、6、17、士師記2:11、6:8、13、列王紀上8:21、51、53、9:9、12:28、列王紀下17:36。
四書にも、申命記以下の歴史書にも登場することは注目されます。これだけ広く使われているのは、資料にあったという次元ではありません。九書編集者の言葉なのです。
参考までに九書以外の箇所も挙げておましょう。エレミヤ7:22、11:7、34:13、アモス3:1、9:7、ミカ6:4、詩篇81:10、106:9、歴代志下6:5などです。これらの九書以外の用例は、九書の編集者以外の人物もこの表現を用いていたことを示しています。しかし、それは九書の一体性への反証となるものではありません。
「モーセがエジプトから導きだした」という表現も同等に扱ってよいでしょう。出エジプト記32:23、34、33:1にあります。これらの用例をひとつひとつ調べてみますと、同じ人物の手筆の跡であることは確実であると思えてきます。
4) アモリ人、ペリジ人、カナン人・・・
イスラエルが占領すべき異邦の民の名前がよく似た形でいくつも現れます。「ヘテ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人」箇所によって名前の順序や、名前そのものが一部異なることがありますが、同じリストであることは一目瞭然です。このリストを書いたのは同一人物であることは間違いありません。これが四書にも、それに続く九書にも見られることを示してみましょう。
創世記15:19、出エジプト記3:8、17、13:5、23:23、28、33:2、34:11、民数記13:29、申命記7:1、20:17、ヨシュア記3:10、9:1、11:3、12:8、24:11、士師記3:5。列王紀上9:20。九書以外にもあります。エズラ9:1、ネヘミヤ9:8。
かなり長い名前の一致ですので、証拠能力は高いといえます。
5) アブラハム、イサク、ヤコブ(の神)(ABRHM
YTsHhQ YOQB)
「アブラハム、イサク、ヤコブ」という3人の族長たちの名前を連記する形は九書全体の特徴です。九書以外にも名前への言及はありますが、連記される形のものはごくわずかであることを見ると、この表現がいかに九書的であるかがわかります。そしてこれが四書にも、申命記にもあるということは、これらすべての書物が九書編集者の手になるものであることを示しています。
まず、九書以外の例を調べてみましょう。系図は除きます。エレミヤ33:26に「アブラハム、イサク、ヤコブの子孫」とあります。(注 ここのイサクの綴りは
"YSHhQ" となっています。)また、歴代志上29:18、歴代志下30:6に「アブラハム、イサク、イスラエルの神」とあります。いまのところ、九書外で見つかっているのはこれだけで、あとは3人の名前への言及があるのが、歴代志上16:16で「アブラハムと結ばれ、イサクに誓われた約束である。主はこれを堅く立てて、ヤコブのための定めとし・・・」とあります。イザヤ41:8では「私の選んだヤコブ、我が友アブラハムの子孫よ」、歴代志上16:12では「アブラハムのすえよ、その選ばれたヤコブの子らよ」とあります。この様なアブラハム、イサク、ヤコブへの個別の言及はいくつかありますが、「アブラハム、イサク、ヤコブ」という連名形は九書以外にほとんどないことがわかります。
九書の中には、3人の族長名が並べられた例をいくつも見つけられます。創世記50:24には「アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう。」とあります。その他の箇所は以下のとおりです。
出エジプト記2:24、3:6、15、16、4:5、6:2、31:13、32:13、33:1、民数記32:11、申命記1:8、9:5、27、30:20、34:4、列王紀上18:36。レビ記26:42は変形です。ヨシュア記24:2は敷衍した形で3人へ言及しています。
この様な連名形を使う人物が創世記を知らないはずはありません。当然、族長物語を知っているから「アブラハム、イサク、ヤコブ」と書くのです。しかし、「出エジプト記の著者が創世記を知っていた」と表現すると誤解を招く危険性があります。「知っていた」ということではなく、創世記の著者が出エジプト記を書き、その続きの九書も書いているからです。もう少し厳密に表現するならば、「著者」というよりも「編集者」とする方が誤解が少ないかもしれません。創世記はいくつかの資料により成り立っているというのが現在の通説ですが、その資料の作者ではなく、編集者が連名形を使っているのです。それゆえ、九書全体でこの同じ表現が見つかるのです。
創世記に連名形が少ないのは、族長たちが過去の人物になっていないので当然のことですが、創世記にすでに連名形の萌芽があることは注目されます。ヤコブ物語の中で、28:13「アブラハムの神、イサクの神」という形が現れます。31:42、32:9、35:12、27にもあります。また、やや内容は異なりますが、創世記31:53「アブラハムの神、ナホルの神」とあるのは同一人物の筆跡でしょう。46:1では「イサクの神」とあります。そして50:24で「アブラハム、イサク、ヤコブ」という連名形があらわれることはすでに述べました。それ故、創世記も同一人物の著作であると判断して間違いありません。このような現象を四資料説はどう説明するのでしょうか。
6) 右にも左にも曲がらず(YMYN SMAL)
「右にも左にも曲がらず」という表現も特徴的です。これが申命記やヨシュア記にあるのはわかりますが、なぜ民数記にあるのでしょうか。
申命記では、5:32(29)で「それゆえ、あなたがたの神、主が命じららたとおりに、慎んで行わなければならない。そして右にも左にも曲がってはならない。」とあります。非常に印象的表現ですが、同じ言葉が、2:27、5:32(29)、17:11、20、28:14と、よく使われています。ヨシュア記1:7、23:6、にもでてきます。ところが、民数記20:17の「右にも左にも曲がりません」だけは別人物の筆となるのでしょうか。そうは言えないはずです。民数記22:26では「右にも左にも曲がる道がなかった」と書かれています。これらはすべて同じ人が書いたものなのです。サムエル上6:12,サムエル下2:19,21,14:19、列王紀下22:2。これは九書全体の統一性を示すものです。九書以外での用例は歴代志下34:2だけです。
「右、左」という点だけの一致は、出エジプト記14:22,29にもあります。「水は彼らの右に左に垣となった。」となっています。これも同じ表現と見なしてよいでしょう。創世記24:49,列王紀上22:19、列王紀下2:8、14、にもあります。これらも一体性を示す証拠と見ることが出来ます。九書外では、イザヤ書54:3、ヨナ4:11、箴言4:27、にあります。
その他の関連箇所は、創世記48:14,エゼキエル39:3、ゼカリヤ12:6、箴言3:16,4:17,歴代志上12:2、です。
8) 強い手 (YD HZQH)
この表現は申命記と出エジプト記に共通してよく現れます。出エジプト記においては、「主なる神の強い手により出エジプトが実現した」ことが繰り返し述べられています。(出エジプト記3:19、6:1、1、13:9、14、16、32:11、計7回)同じ表現が民数記20:20にあるだけでなく、申命記にも数多く見られます。(申命記3:23、4:34、5:15、6:21、7:8、19、9:26、11:2、26:8、34:12、計10回)これは士師記から列王紀までつづきます。(士師記9:24、サムエル上23:16、下2:7、列王記上8:42、計4回)これらの表現は九書以外にもありますが、それほど目立つとは言えません。(イザヤ8:11、35:3、エレミヤ23:14、32:21、エゼキエル20、33、34、ネヘミヤ6:9、歴代志下6:32など、計8回)このような現象は申命記と出エジプト記の編集者が一致していないと生じないことです。そして、同じ理屈で、九書全体が同一の編集者により書かれた作品であることを示しています。
9) 罠(わな)(MWQSh)
「罠」(わな)という単語は、申命記の中で、イスラエルがカナンの地に入るときに堕落する危険性を警告するために、象徴的に用いられているものです。このような文学的表現は申命記以外はないだろうと思ったのですが、調べてみると出エジプト記にもありました。申命記7:16では「彼らの神々に仕えてはならない。それがあなたの罠となるからである。」出エジプト記23:33では「もし、あなたが彼らの神に仕えるならば、それは必ずあなたの罠となるであろう。」と書かれています。まったく同じ文脈の中で、象徴的意味で用いられています。これは同一の著者を想定せざるを得ません。
「罠」という単語は、 (MWQSh) という名詞と、(YQSh)、(NQSh)
という動詞の3種がありますが、この象徴的意味では、申命記に7:16、25、12:30の3回用いられています。出エジプト記では23:33、34:12の2回です。他の文書を調べてみると、ヨシュア23:13、士師記2:3のみであって、これが九書的表現であることがわかります。
罠という単語は、その他に、出エジプト10:7、士師記8:27、サムエル上18:21、28:9、サムエル下22:6、預言書での5箇所、諸書での23箇所で使われていますが、「イスラエルがカナンの地に入る」という文脈ではありません。歴代志にはありません。
10) 硬いうなじの民(OM QShH ORP)
「硬いうなじの民」という表現があります。これは、「頑なな民」と訳出される場合もありますが、他の単語も「頑な」と訳されていますので、それらと区別するために、あえて直訳しておきました。「うなじの硬い民」と表現した方がよいかもしれません。この表現は、出エジプト記の32:9、33:3、5、34:9と4回用いられていますが、その他の四書にはありません。ところが申命記9:6、13に同じ表現があります。申命記9:27もよく似ています。聖書の中では、これ以外の用例はなさそうです。この出エジプト記と申命記の見事な一致は、とても偶然とは言えません。
「うなじを硬くする」という表現は申命記10:16、31:27、列王紀下17:14、エレミヤ7:26、17:23、19:15、箴言29:1、ネヘミヤ9:16、17、29、歴代志下30:8、36:13、にもあります。
ついでに、「頑な」という単語の使われ方も調べてみましょう。「頑な」を意味する単語は、「うなじを硬くする」以外にも、「硬い」(QShH)、「強情な」(AMTs)、「心を強くする」(HhZQAT
LB)などがあります。
「硬い」(QShH)は「うなじを硬くする」で使われている単語です。これは、文脈によっては、「荒々しい」、「きびしい」、「つらい」などの意味もありますが、「頑な」という意味で用いられる場合も多々あります。この意味での用例の箇所は、出エジプト記7:3、9:27、13:15、申命記2:30、士師記2:19、サムエル記上25:3、イザヤ48:4、エゼキエル2:4、3:7、詩篇98:8、ヨブ記9:4、箴言28:14、です。これらのうち、出エジプト記7:3、詩篇95:8、箴言28:14では「心を硬くする」と表現されています。
「強情」は、普通は「強い」という意味ですが、文脈によっては「頑な」という意味になります。申命記2:30、15:7、では「心を強情にし」と書かかれています。「頑な」の意味での用例は多くはありません。
「心を強くする」も「心」という単語と併用されて「頑な」という意味になります。この表現は出エジプト記で最もよく用いられていて、「パロの心が頑なである」と訳されている例のほとんどはこの単語です。出エジプト記4:21、7:13、22、8:15、9:12、35、10:20、27、11:10、14:3、8、17、ヨシュア記11:20、にあります。
11) 主の前に喜ぶ(SMHh LPNY YHWH)
「喜ぶ」(SMHh)という単語は、聖書の中で153回ほど用いれれているごく普通の単語ですが、申命記における「主の前に喜ぶ」という表現は大変印象的です。
これは申命記で4回(12:12、18、16:11、27:7)ほど用いられていますが、その他にレビ記23:40にあるくらいです。このレビ記を書いた人は、ここで偶然申命記的表現を使ったというよりは、このレビ記23:40が申命記作者の加筆部分であると判断するほうが自然です。
12) 天の星(KWKM HSMYM)
天の星という言い方は、誰でも使う言葉ではないでしょう。聖書の中では、創世記22:17、26:4、出エジプト記32:13、申命記1:10、10:22、28:62、イザヤ13:10、ナホム3:16、ネヘミヤ9:23、歴代志上27:23、で用いられています。九書のみの用語ではありませんが、大変印象的です。
創世記15:5「天を仰いで、星の数を数えることができるなら、数えてみなさい。あなたの子孫はあのようになるでしょう。」との言葉との関連もあるでしょう。これらは同一の著者のものなのです。
13) 主の声に聞き従う(TSMO LQWL YHWH)
「主の声に聞き従う」との表現は、申命記に目立ちます。これがヨシュア記、サムエル記にある場合には、同一の著者の証拠とされるでしょうが、出エジプト記に見つかるとき、どの様に判断するのでしょうか。九書以外にもあります。
出所は、出エジプト記15:26、申命記8:20、13:19、15:5、26:14、27:10、28:1、2、15、45、62、30:8、10、ヨシュア記5:6、サムエル記上12:15、15:1、19、20、22、28:18、エレミヤ3:35、7:28、26:13、38:20、42、6、13:21、43:4、7、44:23、ハガイ1:12、ゼカリヤ6:15、詩篇106:25、ダニエル9:10。
「主の声によく聞き従う」になりますと、用例が絞られてきます。出エジプト記15:26と申命記15:5、28:1、ゼカリヤ6:15しかありません。このような特殊とも言える例でされ、出エジプト記と申命記が一致するのは、偶然ではないのです。
14) 伸べた腕(ZRWO NTtWYH)
「強い手」と並んで「伸べた腕」という表現も申命記によくでてきます。これが出エジプト記6:6にもあるということは、偶然とは言えないでしょう。申命記4:34「強い手と伸べた腕により、ひとつの国民を他の国民の中から取り出して、自分のものとされた神が、かつていたでしょうか。」出エジプト記6:6「私はあなたがたをエジプト人の労苦の下から導き出し、奴隷の務めから救い、また伸べた腕と大いなる裁きをもって、あなたがたを贖う(GAL)であろう。」を比較してください。
出所をすべて挙げておきます。出エジプト記6:6、申命記4:34、5:15、7:19、9:29、11:2、26:8、列王紀上8:42、列王紀下17:36、エレミヤ27:5、32:17、21、エゼキエル20:33、34、詩篇136:12、歴代志下6:32。
ここでも九書外の用例が含まれていますが、その数が増えれば増えるほど、証拠としての有効性は薄くなります。しかし、反証となるという性質のものではありません。有効性を客観的に評価するために、なるべく、すべて九書外の用例もあげていますので、その都度比較してみてください。
「手(or つえ)を伸べる」(NTtH YD)という表現が出エジプト記にあります。同じ表現は申命記にはありませんが、「伸べた腕」と非常に近い表現と言えます。ヨシュア記にもありますので、証拠としての有効性はあります。
出所は、以下のとおりです。出エジプト記7:5、19、8:1(5)、2(6)、13(17)、9:22、23、10:12、13、21、22、14:16、21、26、27、15:12、ヨシュア記8:18、19、26、イザヤ5:25、9:11、16、20、10:4、14:26、27、23:11、31:3、エレミヤ6:12、15:6、21:5、51:25、エゼキエル6:14、14:9、13、16:27、25:7、13、16、30:25、35:3、ゼパニヤ1:4、2:13、44:19、ヨブ15:25、箴言1:24。
15) 宝の民(OM SsGLH)
「宝の民」(his peculiar people )という表現も同じです。これは申命記14:2に現れる印象深い表現ですが、申命記7:6、26:18にも登場するきわめて申命記的表現です。ところがこの同じ言葉が出エジプト記19:5にもあることは偶然なのでしょうか。「あなたがたはすべての民にまさって、私の宝(SsGLH)となるであろう」このような表現は、マラキ3:17と詩篇135:4以外にはありません。
出エジプト記19:5と申命記14:2の一致点が「宝」だけでなく、「すべての民」という点においても一致しています。また、同じ文脈の中にある「聖なる民」も、ヘブル語の違いはありますが、似ている表現です。出エジプト記19:6が「ゴイカドーシュ」であるのに対して、申命記14:2は「アムカドーシュ」となっています。このような一致は、他方が真似をしたという次元ではありません。同じ著者の筆の跡なのです。
申命記には、4:20などでイスラエルを「自分の所有(嗣業)の民」(OM
NHhLH)とする表現もあります。また、26:15「あなたの民イスラエル」という言い方もあります。27:9では、イスラエルを「その聖なる民とされる」と書かれています。「宝の民」よりも弱い言い方ですが、意味は同じです。
16) 定めと掟(HhQ MShPTt)
申命記では「定めと掟」という定形的言い方が繰り返されています。申命記4:1、5、8、14、45、5:1、31、6:1、20、7:11、8:11、12:1、26:16、17。このような個性的表現が他の文書にあることは、それらが同じ著者によるものであることを示唆しています。
申命記的歴史書は申命記と同一の著者の作品と認めることができますが、妥当な結論だと思います。ヨシュア記以下の歴史書にも「定めと掟」を5例見つけることができます。ヨシュア記24:25、サムエル上30:25、列王紀上8:58、9:4、列王紀下17:37。ところが、従来は別の著者と見られてきた四書に7例見つかります。出エジプト記15:25、レビ記18:4、26、20:22、25:18、26:3、43。これらは偶然の一致なのでしょうか。このひとつの例だけならば、偶然の一致とか、多くの人が使う慣用句として強弁できますが、他の一致点もありますので、やはりこれも申命記の著者と同じ人物により書かれたと見ざるをえません。
ちなみに、九書以外の用例も見ておきましょう。エゼキエル11:12、20:16、18、25、36:27、マラキ4:4、詩篇81:5、105:45、119:5、12、33、54、135、147:19、エズラ7:10、ネヘミヤ1:7、9:13、歴代志上22:13、歴代志下7:17、19:10、33:8。
17) ヘブル人(OBRYM)
この表現は旧約聖書全体の単語のようにも思えますが、九書以外ではあまり使われていません。今のところ、エレミヤ34:9、14、ヨナ1:9に見つかるくらいです。しかしだからといって、ヘブル人が表現方法として古いものと言うわけではありません。新約聖書に「ヘブル人への手紙」がありますが、ヨセフスもその著書の中で「ヘブル人」という単語を多用しています。しかし、預言書、諸書に少ないと言うことは、この言葉が特殊なものであることを示しています。この特殊な言葉が九書にあるということは、これを用いて書いた人物が同一人物であることを示しています。
「ヘブル人」は創世記と出エジプト記によく登場します。創世記14:13、39:14、17、40:15、41:12、43:32、出エジプト記1:15、16、19、2:6、7、11、13、3:18、5:3、7:16、9:1、13、10:3、21:2、申命記15:12、12、サムエル記上4:6、9、13:3、7、19、14:11、21、29:3、にあります。
18) 妬む(ねたむ)神(AL QNAH、QNA、QNWA)
「妬む」という用語は神のイメージにふさわしくありませんが、十戒のなかで使われていますので、大変印象的です。「妬む神」という言い方は、出エジプト記では、十戒の20:5の他に、34:14に登場します。申命記では十戒の5:9の他に、4:24、6:15で使われています。ヨシュア記24:19にもあります。この様な一致は、著者が同じでない場合はきわめて珍しいことです。
「妬む」は、ヘブル語で「熱心」という意味もあり、文脈により訳し分けられていますが、「神が妬む(熱心)」という内容である例は、民数記25:11、申命記29:19、32:16、21、列王紀上14:22、下10:16、19:31、イザヤ9:6、26:11、37:32、42:13、59:17、63:15、エゼキエル5:13、16:42、23:25、35:11、36:5、38:19、39:25、ヨエル2:18、ナホム1:2,ゼパニヤ1:18、3:8、ゼカリヤ1:14、8:2、詩篇69:10、78:58、79:5、119:139にあります。九書外の用例もかなりありますが、注目すべき表現ではあります。
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