九書・五書成立史 (その2)
第2章 九書の一体性 (流れが自然であること)
2.2 四書と申命記の間における用語の一致点
(以上が前ページ)
2・3 状況設定が一致している
四書と申命記が歴史を物語る際、細部に至る事実まで一致させているというのは、単にどちらかが他方を知っていたという次元ではありません。どちらも、同一人物の手によって設定された状況の中で語られていると考えざるを得ません。
出エジプトの一行が荒野で40年間放浪したことについては、四書、および申命記で同じ雰囲気で繰り返し強調されています。「40日40夜」という表現は、モーセが神の山に篭った日数ですが、これが出エジプト記24:18と申命記9:9で一致しています。また、神がモーセに授けた十戒は「2枚の石の板」に書かれたことが出エジプト記と申命記の双方で報じられています。板の枚数などはそれほど重要ではありませんから、「石の板に書かれた」と表現しても良いはずですが、「2枚の」という点まで一致することは同一の著者がかかわっているからです。エジプトに下ったヤコブの子孫が70人であったことは、創世記46:27と出エジプト記1:5に書かれています。これは創世記の著者と出エジプト記の著者が同じであることの証拠とされます。ならば、申命記10:22に同じ表現がありますから、申命記も同一の著者によるものと認めなければなりません。シホンとオグ物語が九書全体で11回も言及されています。こうなると重複という次元の現象ではありません。著者の好みなのでしょう。出エジプトの民がカナンの地にはいることが出来ないことへの言及もいくつもあります。これが、偶然の一致と言うことはありえません。四書か申命記かどちらかの著者が他方を知っていたか、両者とも同一の編集者により作成されたかのいずれかです。そして、他の事例も多くありますので、結論は、同一の編集者の筆跡であると考える以外にないことが判るはずです。
2・4 思い出話
申命記には、四書物語を要約した引用が随所にみられます。それほど重要とは思えないことまで繰り返すのは、著者のスタイルなのでしょうが、決して読みやすいものではありません。しかし、引用とは、申命記の著者が四書を知っていることを意味する現象であり、それゆえ、申命記の著者の目の前に四書、もしくはその主要部分が文書として存在していなければなりません。これは、P資料の成立を申命記後に置くヴェルハウゼン説にとり都合の悪い現象です。ですから、引用ではないと強弁することになるはずですが、とても納得できません。
申命記の著者はP資料を含む出エジプト物語を前提に、それを纏める形で申命記を書いていることは確実と言えます。申命記の著者が四書を知っていたという次元ではなく、申命記の著者が四書を作り、その勢いで申命記も書いているのです。一部に相違点もあるのですが、それは別の伝承というより、著者の自由な引用の範囲内の違いでしかありません。
この種の思い出話は著者が四書を前提にしていたことの証拠となるのです。
たとえば、申命記1:9に「あの時、私はあなた方に言った。」と書かれています。この表現がすでに思い出話を意味しています。その内容は、千人の長、百人の長、五十人の長の選び、および裁き人の選任ですが、元の話しは出エジプト記18章、民数記11:16(4)に載っています。その後、長々と出エジプト物語の要約となるのですが、その内容が一部出エジプト記と異なるところがあるとしても、ほとんど同じ話しであることは誰でも認めることでしょう。このような現象を思い出話、もしくは引用と言わず、どのような説明が可能となるのでしょうか?しかも、この現象は申命記に留まることなく、いわゆる申命記的歴史家の作品であるヨシュア記に続く歴史書にも現れます。士師記11:13以下の物語が民数記21章の要約であるとか、サムエル記上2:30の「私はかつて、『あなたの家は永久に私の前に歩むであろう』」と言った。」とは、出エジプト記29:9、民数記25:13を踏まえている表現です。申命記的歴史家が四書以外の書物を念頭に置いていると言うことはあり得ないことです。
その他の事例については補論を参照してください。
2・5 神学の一致
四書と申命記の間には神学においても基本的な一致があります。ここで言う神学とは、教義学と言うことではなく、イスラエルの歴史に対する考え方のことです。この一致は九書全体に及ぶもので、同一の著者、もしくは編集者を想定させます。
以下の一致点は、旧約聖書全体の一致点でもありますので、これだけで証拠となるものではありませんが、預言書、諸書などではそれほど強調されてない点もあるので、同一人物の神学に由来すると考えるのが一番自然な結論のように思えます。
(1) 12部族連合
九書全体で、最も大きな一致点は12部族連合を基本に歴史がまとめている点です。12部族連合の実態は遥か昔に無くなっていたことは確実です。ダビデ時代にすでに12部族連合は過去のものでした。当時、残っていたのはユダ族とエフライム族、その他いくつかだけでした。ですから、四書、申命記の成立年代がいずれであれ、それはダビデ以降のことですから、文書成立の時には12部族連合の実態は無くなっていたと判断できます。しかし、無いものを前提にするというのは、かなりイデオロギー性のある作業となります。ところが、四書も申命記も、さらには九書全体で12部族連合は当然の前提とされています。これは、九書が同一人物の作であることを強く示唆するものとなっています。
この12部族連合の強調は、実質的にユダとエフライム(北イスラエル)の連合を意図しているわけですが、このような北と南の協力関係を強調できる時代は、捕囚後にはごく一時期しか存在していません。
(2) レビ人尊重
レビ人尊重も、四書と申命記、さらには九書全体で一致する神学です。四書の一部にはレビ人尊重と異なる考えが書かれている部分もあります。出エジプト記28:1では祭司職をアロンの子孫に限定しています。また、民数記3:5では、レビ人に祭司の補助者としての役割が与えられています。しかし、その一方で、民数記8:14では、レビ人が神の所有であると表現され、18:2では、レビ人がアロンの祭司職に連なるものとされています。後のユダヤ教では、通常祭司とレビ人は区別されていますので、レビ人は尊重されるとしても、これほど強調されることはありません。しかし、このレビ人尊重規定が民数記だけでなく、申命記にあるのは、偶然の一致ではありません。九書全体を編集したのは間違いなく、レビ人に属する人物だったのです。
また、レビ人尊重は、単にアロン系祭司を相対的に軽視することになるのですが、実質的に南王国で祭儀の実権を握っていたザドク系祭司への挑戦でもあります。このような大胆な主張が出来る時代は、帰還後にはほとんどないことは認識されなければなりません。
(3) 寄留の他国人尊重
寄留の他国人の尊重は、レビ人尊重ほどはっきりはしませんが、これもまた、四書と申命記との一致点です。出エジプト記23:9で「あなたは寄留の他国人をしえたげてはならない。あなたがたはエジプトの国で寄留の他国人であったので、寄留の他国人の心を知っているからである。」と書かれています。同様の趣旨の言葉がレビ記、民数記、申命記にも見つかります。たとえば、申命記10:1「あなたがたは寄留の他国人を愛しなさい。」と教えられています。このような発想はヨシュア記にも見られます。この一致は同一人物の筆跡でしょう。
捕囚を前提に九書は編集されています。つまり、五書もその一部として捕囚を念頭に置いているということです。たとえば、レビ記26:33では、「私はあなた方を国々に散らし、剣を抜いて、あなた方の後を追うであろう。」と書かれています。申命記28:20も単なる警告以上の真実味があります。「・・・あなたはついに滅び、速やかに失せ果てるであろう。これはあなたが悪を行って私を捨てたからである。」申命記29:28にも同様の内容があり、申命記30:4では帰還についての預言がなされています。士師記18:30にも「国が捕囚となる日にまで及んだ。」とあります。捕囚が遙か昔のこととになってしまうと、こういう表現は出来なくなるのではないでしょうか。ですから、九書全体がひとりの人物により、ひとつの時期に、しかも捕囚からそれほど遠くない時期に編集された可能性が高いのです。
2・6 申命記とヨシュア記以下の歴史書との一体性
申命記とそれに続く歴史書とが同一傾向の作品であることは広く認められていますが、同一の著者とは断定されていません。しかし、そこまで慎重に考える必要はありません。同一の著者であることは以下の通り、明らかだからです。
申命記からそれに続く歴史書へと、物語がスムーズに流れていることはすでに述べています。申命記とヨシュア記の間に線を引くことは、どう見ても不自然です。
申命記と他の申命記的歴史書の間に用語、文体、神学などの一致があることも多くの証拠によって論証することが出来ます。ここでは、基本的には四書に無く、申命記とそれに続く歴史書で一致している用語を取り上げますが、一部四書に登場しても、いかにも申命記的と思われる表現も参考までの取り上げています。補論の中では12個ほどを分析していますが、ここではその中から3つを選んで紹介しておきます。
(1) 心を尽くし、精神を尽くし
「心を尽くし、精神を尽くし」はイエス・キリストが福音書で引用しているので、非常に有名ですが、これは申命記でしばしば用いられている言葉です。この言葉は四書には見つかりませんので、きわめて申命記的であるといえます。そして、これがヨシュア記22:5、列王紀で3回用いられているということは、申命記とヨシュア記、列王紀が同一の著者であることを示していると言えます。
(2) 主の選ばれた場所
「主の選ばれた場所」とはエルサレムのことですが、この表現は申命記で21回も登場します。四書にはありませんので、申命記的表現であると認められます。そして、この表現がヨシュア記9:27にあるということは、ヨシュア記もまた、申命記の作者が書いたことを示しています。列王紀には「主の選ばれたエルサレム」という表現が9回も用いられていますが、この表現は実質的に同じと見ることができますので、列王紀もまた、申命記作者が書いたと見ることになります。
(3) レビ人なる祭司
「レビ人なる祭司」との表現は、多くの旧約文書で、レビ人と祭司が区別されていることを考えると、大変特殊な表現であると言えます。イエスの良きサマリヤ人の譬をみても、祭司とレビ人は区別されています。これが普通のユダヤ教の考え方なのです。ところが申命記とヨシュア記サムエル記、列王紀だけは、レビ人が祭司であると主張されています。これは、申命記の著者とヨシュア記などの著者が偶然意見の一致をみたと言うことではなく、同一人物であることを示しています。
以上の例は、四書に反して申命記的歴史書で一致している単語ですが、だからといって、四書と申命記的歴史書が別の著作であるというほど多いわけではありません。それ以上に四書と申命記の間には一致があるのですから、これらの現象を総合的に考えて、得られる結論は、九書全体がひとりの人物によって書かれたと言うことなのです。
これらのことから、九書が同一の著者の作品であることはなかり明らかになったことと思いますが、さらに詳しい説明をすることもできます。あまりに煩雑になるので、ここでは割愛しましたが、関心のある方は「九書・五書成立史の補論」を参照していただければと思います。
表紙に戻る 前のページへ 次のページへ
|