「貧しいスリランカの子供たちに暖かいご支援を」と訴えながらも、一度もスリランカへ行っていない。訴える迫力もなく、第一無責任だ、との思いで11月16日スリランカへ飛んだ。やはり、論より証拠。その貧しさには驚くべきものがあった。
支援している子供たちのうちアヌスカさん、チャミラさんの家を訪ねてみた。電気も水道もなく、真っ暗な狭い家(6畳くらいの狭い家。屋根はヤシの葉で編んだ粗末なもの) に親兄弟、6名ないし7名が寝起きを共にしている。父親は仕事もなく、子供たちは真っ暗な部屋の中、ランプをあかりにアヌスカさんは教師を、チャミラさんは医者をめざして頑張っている。
子供たちの表情はどこか憂いは感じられるが、明るい笑顔なのだ。こんなに貧しい環境の中で、なぜ彼らは美しく明るい笑顔ができるのか?貧しき国というのは確かにカルチャー・ショックであったが、その明るい美しき笑顔のなぞは私の心の中に残ったままである。
我孫子ナーマル・フレンドシップ 代表 松永 博

11月16日

コロンボ空港に着くと、アラリアという香りのよいレイを首にかけられ、ヒミ、シリル、ランジット夫婦&子供たち、運転手のパリッサに迎えられる。
11月17日
支援している日曜学校の子供たち200名に日の丸国旗 で迎えられる。子供たちの前だが、かなりの緊張。

  我孫子ナーマル・フレンドシップの名前の元となった ナーマルの木(スリランカの国の木)。植樹祭セレモニー。
11月17日

窓のない教室で歓迎セレモニーが始まる。地域のマスコミも来ており、ニュースとなった。                             
                 

子供たちの歓迎の踊りと歌。収穫を祝う踊り。日本の盆踊りとよく似ている。


日本からのおみやげ、200本のボールペンとチョコレート を一人一人の子供たちに手渡し。                                  
11月17日

プリスマナヒミ氏と私。私の写真がまるで遺影!!のように飾られていた。                                 
                 
 
                         子供たちに混じって記念撮影。英語のスピーチでは子供 たちがスリランカの貧しさからの復興のために頑張ってほしい。そのために私たちも支援していきたいと述べた。
    
歓迎セレモニーの後、シリルの家を訪問。親類、近くの 人たちが歓迎してくれた。   
                        
11月17日
支援している子供たちの一人、アヌスカの家を訪問。 狭くて暗い家に多くの家族が同居。父親は仕事が なく、家族が多いために外で寝るしかない。                 
                 

アヌスカ。真っ暗な中でランプの明かりで勉強。フラッシュ をたいて撮るとその貧しさがうまく表現できない。アヌスカ の明るい笑顔が忘れられない。                                    

チャミラの家を訪問。やはり電気も水道もない。水は 遠いところから運んでくる。あまりに暗く、ファインダーから被写体がよく見えない。フラッシュのため貧しさがうまく表現できない。
                               
11月17日
チャミラの家。ヤシの葉で編んだ粗末な屋根。                                
                 

私はサラナ・ハンサ児童福祉基金からアドバイザーとして任命され、奨学金を子供たちの一人に手渡す。                                

  サラナ・ハンサ児童福祉基金と我孫子市ナーマル・ フレンドシップは協力し合って支援活動をすることに 決定。
                               
11月18日
                              ピナワラ象の孤児園。丁度象たちの水浴び時間。
                 

                              ピラデニア植物園。我孫子ナーマルの名前の元となった ナーマル(スリランカの国の木)の下で。
11月19日
コロンボのNCEFソーマワンサ先生を訪問。先生の教育 実践方針に感服!「教」という文字は抱いて、然る後に放り出すことだという。日本の先生方も学ぶべき。                                
11月19日
  インド洋をバックに。今回の視察旅行は多くのスリランカ の人々にお世話になった。短い間だったが得るところが 多かった。                                                
11月20日
                              最後の日にランジット夫婦の家のすぐ近くにやはり電気も 水道もない貧しい家族があった。貧富の差がありすぎる。

サラナ・ハンサ児童福祉基金と我孫子ナーマルは今後も協同で貧しいスリランカの子供たちを支援していくことを誓う。                                  
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