ひぇ〜!のインドネシア
海外で生活すると、日本とは異なる文化や生活習慣に
悩まされ(楽しまされ?)ます。これまで感じたカルチャーショックの数々を
綴っていきたいと思います。
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グルメ
有機農業をやっているインドネシア人の友人が先日から短期研修に来ています。
彼の所では、鶏や豚 (彼らの地区はキリスト教徒が多い) といった家畜を中心とした
農業を行っています。敷地内では、他にお米、野菜、果樹栽培、淡水魚の養魚
も行っており、全て有機農法
です。
さて、彼のお土産は卵。そして彼の卵は
安全で新鮮です。
とくると、
たまごご飯。ですよねぇ!
早速、炊き立てのご飯 (多分?有機栽培米) に卵を割り、醤油をたらし、日本から送ってもらった海苔を
火で炙り、ご飯にのせました。
一年振りに再会した、たまごご飯。 器に盛られたその容姿はヨダレものです。
最初の一口を口に入れた後は、「ご飯を食べる」 というより 「至福を胃へ流し込む」 といった感じ。
咀嚼が煩わしくなる程の美味さ。
胃に蓄積されていく幸せ。
そして、食後の恍惚。
日本人でよかったぁぁぁぁ!
調子に乗って、二杯目。
インドネシアでは卵を生で食べるという習慣はありません。おそらく日本を除いてほとんどの国ではそのような食習慣は
無いと思います。それだけ、海外では卵の鮮度や安全性に問題があるからでしょう。
二杯目を前に、幸せそうな表情を浮かべている私に、傍を通ったスタッフが
「ご飯に、生たまご!?!
鼻水みたい。。。。」
おいおい、この罰当たり者が! これほどまでのご馳走になんてセリフを。
そういう彼らは、「サンバルドリアン」なるゲテモノを白米と一緒に食しています。
熟したドリアンにサンバル (インドネシアのチリケチャップ) を混ぜたとんでもない代物です。
日本に身近にある材料で作るとしたら、カスタードクリームに豆板醤そしてトマトピューレを
混ぜ、塩と砂糖を少し利かせ、火にかけて温めたものです。
彼ら曰くこれが一番美味しいドリアンの食べ方で、このサンバルドリアンをおかずにご飯を何杯も食っています。ちなみに食べる時、
白米とサンバルドリアンをぐちゃぐちゃ手で混ぜてから食べるのが通だとか。もちろん、スプーンは使わず手で食べます。
私も少し試しましたが、これは無理。
はっきり言って、人間の食べるものではなかったです。
異文化を知る事は大切ですが、受け入れる事は必ずしも可能ではないです。でも、違いを認め尊重する事は大切だと
思います。例え、それが人智を超えたものであると感じても。
食文化を通じて学びました。
ヴィンテージ
インドネシアにも、古着が売られています。
日本だと古着をおしゃれに着こなす人が居て、
古着=ファッション
ですが、
インドネシアでは
古着=安い=貧しい人向け
という感じです。かっこいいというより、なんとなく汚い。
というのがインドネシアの古着に対する私のイメージです。きちんと洗濯して売っているのかも分かりません。
その中でも究極だったのが、女性の古着下着も売られていることです。
下着を一体どこからかき集めてきたのかわかりませんし、それを購入する人が居るのも日本人の感覚から
すると理解できません。もしもの時でさえ、私は親父の使ったトランクスを穿きたいとは思いません。下着なしで過ごします。
インドネシアではビニールシートのテント内に古着下着を山積みして、おっちゃんやおばちゃんが商売をしています。
商売といっても熱心さは無く、うだるような暑さの中、だるそうにジュースを飲んでいたり、
商品の上で昼寝しているおっちゃんもいます。
女性の下着をベットと枕にして寝ているおっちゃん。
一体どんな夢をみているのか?ちょっと気になります。
男としてそんなおっちゃんが羨ましいような羨ましくないような。。。
お前が誰やねん
スタッフと共同生活しているので、彼らの友人からも家の電話器に電話がかかってきます。
普段は、私は出ないのですが、誰も居ない時は出ざるを得ません。
嫌なのが、インドネシア人の電話マナーです。
感じとしては
屋後 「もしもし」
相手 「誰あんた?○○居てる?」
屋後 「今居ないけど。」
相手 「だからあんた誰?」
屋後 「屋後だけど」
相手 「は?誰」
屋後 「ヤ ゴ だけど。って君、誰?」
相手 「。。。」 ガチャ
ほぼ毎回こういう感じです。電話の際、インドネシアでは自分から名を名乗らない事がよくあります。しかも「もしもし」
とか「夜分遅くにすいません」なんてセリフはほとんど聞いたことがありません。
日本だったら怒鳴る所でしょうが、ここはインドネシア。文化が違います。
最近は、対処法として電話線を抜いています。
(私に連絡がある人は携帯電話に電話かメールして下さるので、個人的には全く影響ありません)
開店
インドネシアに来て3年経ちました。
97年の経済危機を経て、ここ2年はインドネシア(メダン)の経済が良くなってきているのを感じます。
実際に、新しいショッピングモールが幾つも新設されています。また有機農産物の消費者が増えてきているのも
、各個人の所得額が増えている事と関連していると思います。
さて、そのモールですが、インドネシアらしく予定開店日に建設が間に合う事はまずありません。
一番最近できたモールは今年の9月1日がGrandOpenだと大々的に宣伝されていましたが、結局開店したのは
12月1日でした。
12月末の今日現在でもそのモールには、屋上にクレーンが付いていて建設作業をしています。
道路に面した前面の壁は巨大広告やセールの文字が並んでいますが、裏面はまだレンガが裸の状態で
おじさんたちが作業しています。
内部も98%以上のテナントは鉄筋が剥き出しで、まだ工事しています。
モール内工事音がひしめく中、買い物客で溢れています。
一年半前に開店した違うモールもまだ1割程のお店は工事中です。
モール内に全てのお店が入店するまでには一体何年かかるのでしょうか?
でも、インドネシア人は全く気にしていないようです。
マンディ
マンディ(mandi)とはインドネシア語で水浴びとかシャワーを浴びると言う意味です。
インドネシアの普通の家 (?お金持ちの家を除いて) のトイレはトイレ兼シャワー室です。
シャワーと言ってもトイレ内に蛇口があり、そこからの水をバケツや桶などに貯めて手桶で水浴びを
します。
メダンのように暑い所なら水でも良いのですが、ここブラスタギではマジで寒いです。最初はかなり辛かった
のですが今は夜の10時以降でも冷水を浴びています。お湯を沸かせて混ぜればいいのですが、面倒なので
やっていません。
インドネシア人は基本的に朝、夕二回このマンディをしています。
朝のマンディ後、みんな髪が濡れたままで会社や学校に行きます。何故か髪を乾かしません。
夕方のマンディは大体5時ごろのようですが、その後女性は大概パジャマを着ています。
パジャマ、と言っても
全然色気の無い物です。いい年をした女性(20歳から30歳)が、熊やネコなど動物をアニメタッチに
した柄のパジャマを着ています。今まで、無地やチェック柄など
シンプルなパジャマを着ている人を見たことがありません。そして、その日本の幼稚園児でも着ないような
パジャマを着て、彼女達は買い物や近所を歩き回っています。
日本とインドネシア。やはり美的センスが全然違います。
イスラム正月
これを書いているのは2005年11月4日です。
1ヶ月前つまり10月4日からイスラム教徒は断食に入りました。
そして、昨日(11月3日)が断食明けでイスラム教の新年に当たります。ちなみにイスラム教は本来太陰暦を
使っています。しかしインドネシアは太陽暦を使っているので毎年イスラム教の新年は日にちが変わります。
今回初めてそのイスラム教の新年を体験してきました。
ところで、海外に出ると、未だに侍や忍者が日本にいると信じている人に出会います。
それと同じように日本人の多くはイスラム教徒=テロリストや原理主義者というようなイメージを持って
いるのではないでしょうか?
国によっての差はあるとは思いますが (といっても今までインドネシア、パキスタン、中国のイスラム教徒しか
会った事がないですが) 過激な思想を持った人は私の接した限りいません。今回、多くのイスラム教徒の人
と話しましたが、彼(女)ら自身そのような過激なイスラム教徒がいる事に迷惑して
いました。テロを行う事や人を殺す事はイスラム教では禁じられています。ですので、そのような
ことを行う人はイスラム教徒とは認められないそうです。
さて、イスラム正月についてですが、11月2日つまり断食の最終日に友人宅に行きました。そして夕方に
みんなでモスクに向かいました。外国人であり異教徒である私ももちろん入ることが出来ました。
入り口で靴を脱ぎ、(お祈りをする人はまず手、足、顔を洗います)中に入ります。中は広いホールのような感じになっています。
そこには仕切りがあり、男女分かれて祈ります。
祈る方向はメッカの方角です。服装は汚れていなければ特に何でも良いそうです。ただ、女性は頭から
すっぽりかぶるポンチョのような感じで白い服を身につけます。また、これも女性だけですが足首を見せてはいけないので靴下
などを履きます。
後日、ジャカルタにある大モスクでのお祈りの映像を見ましたが、たしかに数万
人が一斉に祈り始める光景は、壮観です。でも、北朝鮮のマスゲームのような一糸乱れぬ機械的な
光景ではなく、動作にばらつきがあり男性の服も軍服のひとやスーツの人もおりまちまちです。そこに人間味を感じました。
数分程度のお祈りの後はみんなでモスク周辺の屋台で夕食を食べました。雰囲気は日本の夏祭りの縁日に似ています。
インドネシアの焼き鳥の屋台や綿菓子屋さん、風船売りのおじさん、ばったもんを売っているお店も出ていました。
翌3日はお正月です。普通はモスクや自宅などでお祈りをしますが、新年の朝のお祈り(7時ごろ)は屋外で行われます。それが済むと親戚周りです。
ご夫婦のご両親や兄弟親戚宅を訪問します。どこのお宅でもロントンと言った白玉団子のような料理やら鶏肉や牛肉
を甘辛く煮付けたもの、エビと唐辛子の味噌煮込み料理などがブッフェスタイルで出されます。もちろんイスラム教なのでお酒は
出てきませんが。。。
一日に10軒近くのお宅を訪問しましたが、どこのお宅でも出されるものを必ず食べないといけません。もし食べないと、大変な失礼に
当たります。どこの家庭でも料理は美味しいのですが、似たような料理ばかりなのでさすがに飽きてきます。
最後は無理して食べてました。^^:
そして子供達はおじいちゃんやおばあちゃんからだけですが
お年玉を貰っていました。
正月2日目はご主人のお兄さん宅に親戚一同が集まるとの事で
そこへ向かいました。
インドネシアの都会では今でこそ各家庭の子供の数は2人か3人ですが、昔は10人や12人が普通だったそうです。
その上、昔は一夫多妻も一般的だったので、親戚といっても凄い人数になります。今日の人数も、おばあちゃんに
その子供10人余り。その奥さんやご主人。各家庭に平均2〜3人の子供が居て、その内の何人かは既に結婚し
子供を連れてきていました。つまり、おばあちゃんのひ孫です。さらにそのおばあちゃんの妹さんの親戚も来ていたので
多分100人ぐらいは集まっていました。正直何人かは知らない人もいると私に笑って教えてくれる人もいました。
そこでも昨日と同じような料理が出てきます。そして、肉中心で野菜はほとんど無いのですが。。。(あぁ〜〜、海草サラダや
筑前煮食いてぇ。。。)
カレンダーでは祝日は2日間だけですが、学校や官庁などは1週間休みです。その間、初日は両親や親戚や恩師
のお宅をあいさつ(食べ)まわりし、2日目はお兄さんのお宅、3日目はお姉さんのお宅といった具合に1週間
場所を変えて、親戚一同集まるそうです。
迎えるお宅も準備で大変ですが訪れる方も相当疲れます。私も2日間程、参加させて貰いましたが疲れました。
そして遠方から来られた方は、この後大渋滞に巻き込まれて家路に向かいます。。。。
日本よりも強い家族や親戚の繋がりを感じましたが、あるおじさん曰く、疲労と余分な脂肪を得る恒例行事との事です。
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