2002 ビアライゼ − ケルン、デュッセルドルフ (第2日) 


15 Nov., 2002


別のビールが飲みたいなあ

さて、2日目。早くもケルシュには飽きていたので、別のビールが飲みたくてミュンスターという町に行った。ピンクス・ミュラーだ。このハウスブラウエライでは、オリジナルのアルトビアをはじめ、ピルス、シュペツィアール(スペシャルという名の未ろ過のビール)、ヘーフェヴァイツェン、ユービラーテ(Jubilate)、ライヒト(Leicht:低アルコールのビール)と、いろいろなスタイルのビールを造っている。そして、オーガニックのモルトを使用している。日本へは「Organic」とでかでかと書いてあるあのビールを輸出している。

10時ごろ、中央駅に行き、まずチケットを買う。前もって調べておいたお得な周遊一日券(SchonerTagTicket NRW) を買うつもりでカウンターに行ったが、わざと聞いてみた。「ミュンスターに行きたいんですけど、一番お得なチケットは何ですか?」カウンターの男性は、こちらの人数と、日帰りかどうかを尋ね、「25ユーロです」と、例の周遊チケットを教えてくれた。料金を払ってチケットを受け取るとき、「10時22分発、7番のりばです。」と教えてくれたのには感心した。さすが。対応の素晴らしさと効率のよさはミュンヘンにも劣らないな。 朝から、実に気持ちがいい。

列車が走り出してライン河を渡るとき、窓から河を眺めていた。広いなあ。数年前、ラインのずっと上流にあるスイスの村、Stein am Rhein (シュタイン・アム・ライン)で見たラインの水は真っ青で、澄み切っていて底が見えた。ケルンまで来ちゃうとずいぶん濁っている。雨が降ったからかな?河はビールと違って透き通っているほうが好きだな。

まもなく車掌さんが検札に来た。途中、窓の外を眺めながらぼーっとしていた。小一時間が過ぎた頃、「あれっ、何時に着くんだろう。」通りがかった車掌さんに尋ねた。「ミュンスターまで 、あとどのくらいですか?」
「そうねえ、1時間くらいかしら。12時47分到着よ。」と、彼女は正確な到着時刻を教えてくれた。これがイギリスだったらあり得ない...。どうやら、片道2時間半くらいのようだ。またボーっとしていると、列車が途中の駅に停車したまま発車しない。例の車掌さんがバタバタしているので何かあったんだなと思ったが、まあドイツだからそう大きな問題に発展することもあるまいと、私は席でまたボーっとしていた。ちょうど彼女が通りかかったので「何かトラブルなんですか?」と聞くと、「そうなのよ...フゥ」と、困った表情でホームに出て行った。だいぶ時間が経った頃、2階席に座っていたドイツ人の青年が降りてきて「降りなければならないんですか?」と尋ね、乗ってていいけれどももう少し時間がかかることがわかると、ホームに出て一服しながら車掌さんと話している。その横を、どこから駆けつけたのか修理の人が走り抜け、列車の後方へ向かって行った。5分もすると事が落ち着いた様子だったので、ちょうど車内に戻ってきた青年に聞いた。「もう終わったの?」  「Uh-ha」と言う彼の目は「Gott sei Dank(ああ、助かった)」と言っているようであった。

30分遅れでミュンスターの駅に着いたので、ピンクス・ミュラーを探す手間と時間を省くためにタクシーに乗った。 5分程度の道のりである。レストランの中は薄暗く、がらんとしていた。窓際の席に座り、すぐに Original Pinkus Alt(オリギナール ピンクス アルト)0.25L と食事を注文した。ここのはデュッセルドルフのアルトとは異なり、濃い目の黄金色である。オーガニックのモルトを使用しているのはここの他のビールと同じ。「昔ながらの」醸造法によって造られているということで「アルト」 (alt = old:英語)と呼ばれている。何が「昔ながら」なんだろうと疑問に思ったが、飲んでも分からなかった。そういうのは飲んで分かるもんなのかな、それも疑問である。ビールを飲んでると疑問だらけだ。

ピンクスアルトのもう1つの飲み方は、「アルトビアボウレ」(Altbierbowle)といって、フレッシュフルーツをシロップか砂糖水に漬けたものが入ったアルトだ。季節によってフルーツは変わるようで、このときはオレンジだった。飲み始めの苦味が飲んでいくうちにだんだん甘みに押されてくる。食後や夏の飲み物にいい な。

レストランの雰囲気はとても落ち着いている。暗い色の木のインテリアがそういう雰囲気をよりいっそう醸し出している一方、おやっと思わせる面白いものがある。もし、ここに来たら目の前のテーブルを見て欲しい。落書きがいっぱい彫ってあるのだ。サービスも気持ちがいい。ちなみに、「緊急以外は携帯を切っておいてください」と、メニューに書いてある。

昼真っから0.5リットルも飲んでしまった。もうこれ以上は飲めない。他の種類のビールはボトルを買って帰ることにした。レストランの隣、角をぐるっと周ったところに小さな売店がありそこでピンクスのボトルが買える。各種類1本ずつ買ったのはいいが、いったいいつ飲むんだ?毎日外でいっぱい飲んできてホテルに帰ってまだ飲めるかと言うと、ノーである。(結局、これらを担いでまたベルギーに戻り、また担いでミュンヘンまで持って帰ってきた。われながら、まことにご苦労さんである。)

店の人に駅までの行き方を尋ねたが、ミュンスターの中心街は迷路のように道が入り組んでおり、あちこちで計5回も尋ねてやっとたどり着いた。ちょっと歩いては尋ね、を繰り返したが、教えてくれる人毎に違う道を教えてくれるのにはありがたいやら、困ったやら。一番親切だったのはブティックの店員の女性で、彼女は「うーん、私もよく分からないのよね。」(なんでやねん?)と言いながらすぐに電話帳から地図のページを破いて私にくれ、「今ここにいるから...この道をまっすぐ行って...」とマーカーで印 までつけて教えてくれた。田舎の人は優しいなあ。

ケルンで一番新しいブルーパブ

この日、次の目的地はケルンで一番小さく、一番新しい(2001年12月17日オープン)ハウスブラウアライである Braustelle (ブラウシュテレ)だ。オープン前の改装になんと6ヶ月もかかったこのブルーパブはバウシュテレ(Baustelle:工事現場)からブラウシュテレ(Braustelle:醸造現場)になったという訳でこの名前がつけられている。いかにも「ここで造ってます」という雰囲気の伝わってくる素敵な名前ではないか。ブラウシュテレを始めたのは、ペーター・エッサーというブラウマイスターで、3年前の GBBF で会ったことがある。彼は当時、Weissbraeu zu Koeln (ヴァイスブロイ)というケルンにある比較的新しく割と大きなハウスブラウアライのブラウマイスターだった。どういう経緯で独立したのか、ぜひ訪れて話を聞きたいと思っていた。

ピンクスアルト2本と、カンティヨンで買ってきたルペペ クリークを手土産にブラウシュテレに向かった。ペーターは8時頃に店に来ると言っていたが、私は7時頃に着いてさっさと飲んでいた。想像通りのおしゃれな感じのインテリア とジャズの BGM には納得。驚いたのは、ブルーケトルや袋に入ったモルトが何気に店の奥の一角に置いてあったことである。しかも小さな設備(250L)なので、設置してあると言うより、置いてあるといった感じで、飾りか実用か疑問に思った程だ。

メニューには3種類のビールがあった。ヘリオス(Helios)という名のついた未ろ過のケルシュ、よってスタイルとしてはヴィースだが、この名前で呼ばれている。ケルシュ同様、0.2Lの細長いグラスで出てくる。さて、飲んだ感想だが、ワォ!今まで飲んだどのケルシュよりも「味がして」、未ろ過という特徴が最大限に生かされている。ホップが効いていて、フルーティでもある。飲みやすく、同時に満足感のある味だ。一度に少量しか造らないので新鮮なのは言うまでも無い。ま、知り合いの造ったビールであるから、少々のひいき目はあるとしても、「熱心で腕の良いブルワーによる手作りのビール」の味がした。さらに、彼のビールと店の雰囲気は見事にマッチしていて、 早く「おめでとう」と言いたくなった。次に飲んだのはバイエルンスタイルのヴァイツェン(ヴァイスビア)だ。0.3Lと0.5Lが選べる。十分に濁った典型的な淡い黄色の外観に、典型的なヴァイスビアのあの香り。柑橘系の酸味、モルティーな後味。ケルンでこんなバイエルンのビールが飲めるなんて!新鮮さも、味の深さも「Well done!」であった。

これを飲んでいる途中でペーターがやってきた。挨拶とちょっと立ち話をした後、彼は店のスタッフに何やら指示をして、落ち着いたところでビール片手にやってきて腰を下ろした。お土産のビールの話をしたり、アントワープのフェスティバル、共通の知り合いの話をした後、いろいろと質問した。
「この自分のハウスブラウアライをもつという考えはどこから来たの?」
「ヴァイスブロイにいた頃から雇われブラウマイスターじゃなくて、自分でやりたいと思っていたんだ。そして、たまたま売りに出ていた中古の醸造設備があって、まずそれを買ったという訳さ。そのあとこの場所を見つけてね。改装に半年もかかったよ。」
「あれって、実際に使ってるやつなの?」奥にあるブルーケトルの方に視線を向けながら聞いた。
「そうだよ。朝から始めて、だいたい夕方には終わるんだけど、開店してもまだやってるときもあるよ。」まさに、醸造現場である。なるほど。

ミニミニ ブルワリーツアー

「じゃ、ブルワリーツアーに行こうか。スペシャルなものを用意してるからね。」
ワゥオー!なぜこんなに喜ぶかって、一般人の為にたった一人でも見学させてくれるブルワリーなどふつう、ないのだ。カンティヨンは勝手にうろつくことは出来るけど...。まず、お客さんの間を通り抜けて例のブルーケトルのところで説明をしてくれた。「これは、ライプツィヒで使われてたんだ。」 私はライプツィヒという言葉に反応した。「ゴーゼ!」と、思わず叫んだ。ゴーゼとは、ライプツィヒに特有のヴァイツェンで、ドイツには珍しく副原料(塩、コリアンダー)が使用されている。
「ヤー。でも、これはビールを造るブラウアライじゃなくて、シュナップスを造っていたところから来たんだ。スペインを経由してね。」
「へ?スペイン?」どうやら、2年間スペインのブルーパブで使われていたらしい。それからもいろいろと質問したが、この年季の入った、ライプツィヒから来たという美しい銅製のブルーケトルから目が離せなかった。

「じゃ、次は地下に行こう。」発酵、熟成の設備を見に行く。バーカウンターの横を通るとき、ペーターは客の一人に一緒に来るよう声をかけた。「友達のロルフだよ。彼もビール好きなんだ。」
「こんにちは。あなたもそうなのね。」3人で地下へ行った。
発酵槽も当然ながら小さい。日本の家庭の浴槽くらいだろうか。オープンファーメンター(蓋なし)だ。3つあったが、そのとき発酵しているものはなかった。次に、貯蔵タンクのある部屋へ。ペーターはグラスを3つ持ってきて、タンクの1つにパイプをつなげた。栓を開けるとパイプの先からドボドボと濁ったビールが出てくる。「ツヴィッケルビアだ!」私はまた叫んだ。未ろ過の濁ったビールのことをこう呼ぶことがあり、名前の由来は、ブルワーがビールの出来を見るのに使用した「ツヴィッケル」という道具だというのを聞いたことがある。いま、それが飲めるのである。最初のドロドロした液体を捨て、ペーターは3つのグラスをそのビールで満たした。3つとも濁り具合が違う。一番濁っているのはロルフが受け取った。そのときは知らなかったが、彼はろ過していないビールのファンなのである。

「これは、ロゲンラオホビア (Roggenrauchbier) だよ。」 えっ?そんなの飲んだことない。ラオホビアは燻製モルトを使用したスモークビアで、ロゲンビアはオート麦のビールである。それらが一緒になったビール???すごい、そんなのも造ってるんだ。「先週飲んでみたときは、ラオホの味がどっか行ってしまったと思ったけど、また味が戻ってきたと思わないかい?」 「ほんとだ。」と、彼らは話している。ペーターはレギュラーのビール2種類のほかに、スペシャルなビールを時期によって造っている。このローゲンラオホビアがそれで、あと3日もしたら店で出すと言っていた。なんだ、その頃には私はいないじゃないか。(後日、ロルフが報告してくれたが、このビールは出してから3、4日ですでに60リットルも売れたということだ。おそらく1週間で完売だろうとも言っていた。 すごい人気だ。)このスペシャリティビアは、ちょうど飲み頃になる11月11日の St. Martinstag にちなんで、St. Martinsbier と命名された。これは3人でビールのいろんな話をしているときに決まった名前だ。

ドイツ人とのビールな会話

ペーターもロルフも、ドイツ人には珍しくいろんなビールを知っていて、またあちこちのビールを飲んだこともあって、とても話が弾んだ。ミュンヘンではこんなことはありえない。ケルンというのは、地理的にもベルギーやオランダに近いし、そういう影響もあるのかなと感じた。彼らのドイツ語も、少しだけオランダ語の影響があり、ちょっと違う。いままでコテコテのバイエルンのビール文化しか知らなかった私にはとても新鮮に感じられた。

私がお土産に持ってきたピンクスアルトのボトルを見ながらロルフが言った。「ほら、ここにさ、自然の乳酸の風味があるって書いてあるだろ。昔は本当にそうだったんだけど、最近はあまり感じられないんだよ。」 昼間、ピンクスから拝借してきたメニューの紙を私が取り出して 「じゃあさ、ここに熟成期間が6〜7ヶ月って書いてあるんだけど、本当にそうだと思う?」 3人で顔を見合わせた。量産を始めると熟成期間が短縮されてビールの味が変わるということは、よくあることだからだ。

ここで私は、テーブルの上のルペペを指しながらカンティヨンの話をした。「今年の8月にカンティヨンに行ったときにね、ちょうど最後のクリークを出荷しているところだったの。彼らがランビックにフルーツを漬け込むのは9月で、それからまた半年くらい発酵、熟成をさせるってことは、来年までクリークの出荷が出来ないってことじゃない?ブルワリーで販売する分くらいは取ってあるんでしょうけど。」そうして、数日前にカンティヨンに行ったときに試飲用に出されていたのは1年物のランビックと漬け込んで2週間のクリークだったこと、需要が非常に増えたことなどを話した。彼らは2人とも公開醸造に行ったことがあり、カンティヨンが特別なランビックプロデューサーであることはよく知っている。需要が増加して生産が追いつかなくなったときに ジャン・ピエール(カンティヨンのヘッドブルワー、オーナー)がどういう道を行くかは、多くの人の関心のあるところでもある。ペーターがルペペのボトルを持って、「冷やしてくる」と、席を立った。(これは後で3人で飲んだ。)

「こんどね、ホームブルーイング始めるの。」と、別の話題を始めた。これをアメリカ人に言うと、「楽しいよ。なんか分からないことがあったらいつでも聞いて。」と返ってくることがよくある。ドイツ人はどうだろうという好奇心で言ってみた。やっぱり、ちょっと驚いている。「何を造るの?」 「最初はヴァイスビア。こないだキットを買ったの。でもオールグレインよ。」 モルトやホップやイーストのことをきかれたので、大麦モルトに小麦モルト、ホップはハラタウ、イーストはヴァイエンシュテファンだと答えた。「パーフェクトじゃないか!」...ここまではね。
ロルフが言った。「ペーターがさ、誕生日のプレゼントにって、『1日ブラウマイスター』にしてくれるって言ったんだけど、まだやってないんだ。」 ペーターは「そうだよ。原料も、釜もあるし、ほら、そこに。」と、ニヤニヤしている。私は言った。「そんな楽しそうなこと、何で早くやらないの?」 ロルフは「ウーン」とうなっている。ペーターみたいなブラウマイスターと一緒に初の自ビール造れるなんて、そんな恵まれたことはない。私は盛んに「早くやりなよ」と勧めていた。

これからのハウスブラウアライ?

ペーターはデュッセルドルフの出身だ。デュッセルドルフという町はアルトという独自のビールを持ち、ケルンとは隣同士にあって、サッカーでもビールでもいつも対抗し合っている。ペーターも最初はデュッセルドルフでアルトを造っていたそうだ。ドイツの大学生はみんなプラクティクムという企業研修をするが、ペーターもそれでデュッセルドルフのハウスブラウアライ 「イム フックスヒェン」(Im Fuchschen) で研修をした。その後、どういうわけでケルンでケルシュを造るようになったかは知らないが、彼がどういうブラウマイスターかというと、彼の店に来て、彼のビールを飲めばわかる。ヘリオス(未ろ過のケルシュ)には、前日行ってきた Hellers のヴィースと同じイーストが使われている。ビールの特徴に最も影響を与えるのはイーストだが、同じのを使っていてもどちらが味わい深いかというと、文句なしに彼の造るヘリオスである。そういうビールを飲ませるブラウシュテレはとても雰囲気のいい店だ。モダンな感じでありながら、暖かい、居心地がいい。ロルフはペーターの店を表現するのに何度も「gemuetlich(ゲミュートリッヒ)」という言葉を使っていた。(英語で言えば cosy というイメージである。)まさにその通りだと思った。ここならカップルでもいい雰囲気で時間を過ごすことが出来る。これがおじさん達の集まるハウスブラウアライならば、そうはいかない。クェーベスが終始横をうろうろして、次々にビールを持ってくるし、店内は明るいし、音楽は無し、ざわざわしたおしゃべりと笑い声がいっぱいで、とてもロマンチックには成り得ない。そういう活気のある店も好きだが、そればっかりじゃ飽きてしまう。こういう店はこれからケルンに出来る新しいハウスブラウアライのモデルになるのではないか、と思った。私はこの雰囲気を壊したくなかったので写真を撮らないことにした。

Braustelle TV 紹介 : http://www.wdr.de/tv/wdrpunktkoeln/kneipe/braustelle.phtml

(テレビカメラのマークの横をクリックすると、ビデオが見られます。)

 

名前 住所 Tel 交通 営業時間
Pinkus Mueller Kreuzstr. 4-10
Muenster
0251 45151 DB:Muenster Hbf (Hauptbahnhof)
駅から徒歩なら20-30分(地図はここ
11:30 - 24:00
日曜・祝日休み
Braustelle Christianstr. 1 0221 2856932 地下鉄 U3 または U4:Leyendeckerstr. 下車 18:00 - 25:00
日曜・祝日休み

 

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