2002 ビアライゼ − ケルン、デュッセルドルフ (第
4日)
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1 Dec., 2002
ぐにゃぐにゃグラスのブェンシュ
ぜひ行ってみたいハウスブラウアライがあった。かつてはドイツの首都であったボンでブェンシュ (Boennsch) という未ろ過のビールを造っている、その名も
Brauhaus Boennsch (ブラウハウス
ブェンシュ)である。この日はあいにく雨降りでとても寒かったが、ロルフがまた案内してくれるというので、道に迷って寒さに凍えることもあるまいと幾分のんきであった。ケルンからボンへは列車でほんの30分という近さだ。店は11時開店なのに、ちょっと早く着いてしまったので「寒いから中で待たせてもらおう。」と中に入っていった。
快く「どうぞ」とは言っても、11時にならなければお店の人はサービスを始めないので、私達は店内を見て回った。正確には私が見て回るのでロルフはニコニコしながらついてくるだけである。奥にブルーケトルがある。温かいモルトかすの匂いがした。「トレーバーの匂いがするね。」と言うと、ロルフはニヤッとした。「実は、ここではもう造っていないんじゃないかとペーターと話したことがあったんだよ。早く来るとその真偽が確かめられるんだね。」そのガラス張りの部屋のドアも開いていて、まさにブルワーがただいま作業中といった様子である。
窓際の席に座って、2杯注文した。0.2L
の細いグラスは独特の形をしている。特別なのは果たしてグラスだけか、それともビールもなのか...。運ばれてきたブェンシュは、真っ白に濁っていた。向こう側が全く見えない。香りもイーストっぽさが強い。パンのようなビールだ。ホップが効いているのでイーストのしつこさとちょうどバランスが取れている。おいしい。
「このグラスも持ってるの?」ケルシュグラスのコレクターであるロルフにたずねた。当然持っているそうだ。「私もこのグラスは買って帰ろうと思ってるんだけど、さっき聞いたら3ユーロ45セントだって。7マルクだよ。どう思う?」ユーロが導入されてもうすぐ1年だが、今だにみんな値段が高いと言うときにはわざとマルクに換算して、その高さを表現する。数字だけ見ると単純に2倍であるから、とても高く感じられる。
他の客はいない。もし平日の昼前からこういうところが賑わっていると、ここの町の人は働かずに私がせっせと払っている失業手当をもらっているのかと腹が立ってくるだろうから、しーんとしているのはいいことだ。店の人と、ブラウマイスターらしき人、それから何かの業者が話をしている。どうやら、どこかのパイプに問題があるらしい。彼らの話し声と通りを歩く人以外の音はなく、なんだか居心地がよかったので、もう少しここにいようと2杯目を注文した。
「多分ここのビールはギルデンが造ってると思うよ。」と、ロルフ。「へっ?あのビール工場?」
「とは言っても、ブラウマイスターがギルデンの人で、ここの設備を使って造っているようだ。で、この店がそのビールを買ってる、そういう仕組みみたいだね。」と彼は付け加えた。
ケルシュブルワーの関係
「ギルデンって、どういうブルワリーなの?」私のこの質問をきっかけに、彼はケルシュの製造者(社)についていろいろなことを教えてくれた。1都市に存在するブルワリーの数が最も多いというケルンでも、やはりビール会社、ブルワリーの吸収、合併が年々進んでいること、そういうところのビールの味は昔に比べて変わってきていること、味や質そのものは取り立てて言うほどではなくとも決して悪いものでない、にもかかわらず、価格の設定や宣伝の影響で「安ビール」に成り下がってしまったものがあることなど。「ギルデン」ブランドを造っているのは、「ケルナー フェアブント ブラウアライエン」 (Koelner Verbund Brauereien) という会社だが、ここはシオン (Sion)、セスター (Sester)、クァフュァステン (Kurfuersten)、キュッパース (Kueppers) も造っている。それぞれのブランドのレシピは多少違うんじゃないかとロルフは言ったが、果たしてどの程度の違いがあるものか...。前日、デュッセルドルフに行く途中、Sバーンで近くを通ったが、あの工場で全部造ってるのかと考えると別のブランドでもどれも同じに思えてくる。キリンのラガーと一番絞り程度の違いではないかと考えずにはいられないのである。何も悪くは無いが、ビール好きにとっては「Nothing special」ってこと。
また、この会社は「ブラウ ウント ブルネン」 (Brau und Brunnen) というドルトムントに拠点を置くグループ会社に属する1社でもある。ちなみにブラウ ウント ブルネンにはイェーファー (Jever) や、ドルトムンダー ウニオン (Dortmunder Union)、シュロェッサーアルト (Schloesser Alt) なども含まれている。(その他の会社、および詳細はここ)
「じゃあ、どこにも属していないインディペンダントはどこなの?」と聞くと、フリュー (Frueh)、ライスドァフ (Reissdorf)、ガッフェル
(Gaffel)、ズュナー (Suenner)、マルツミューレ (Malzmuehle)、ペフケン (Paeffgen)
の6つだそうだ。へぇ、あのタクシーの運ちゃんが言ってたおいしいケルシュが飲めるところ4つが入ってる。「Dom はどうなの?」
「あれは、ラーツ (Ratz) とギースラー (Gielser) の2社と一緒に、別の小さなグループを作ってるんだ。」
ヒェーッ!なんだか派閥とか、ドロドロの人間関係みたいだ。ロルフはこれらのブルワリーやグループの名前を全部コースターの裏に書きながら説明してくれた。さすがケルンで育ったビール好きなだけあってとても詳しい。
「もしね、ケルンの滞在が1日だけだったら、どこに飲みに行くべきだと思う?」
「ペフケンとペーターのところ (Braustelle)、あとマルツミューレ」
「フリューは?」
「あそこは有名だし、駅にも近いから、時間があったら行けばいいと思う。」
「ペフケンは月曜に行ったら休みだったよ。」
「ホイマルクトにあるペフケンだろ?あれはただのアウスシャンクで、あそこでは造ってないんだよ。それにビールそのものも、フリーゼン通りのハウスブラウアライのペフケンのとは違うしね。」
なんだか面白くなってきた。「へ???どう違うの?」
「ペフケンファミリーの息子の一人がハウスブラウアライを継いで、もう一人がアウスシャンクの方をやってるんだ。で、そっちの方では最初同じビールを出してたんだけど、今はどこかよそで造ってるんだよ。」
なんだ、実に紛らわしい。じゃ、こないだ私が行って閉まってたのは、それで良かったのかも知れない。
そうして、2杯目のブェンシュも飲んでしまったので私達は次の目的地へと向かった。トラムに乗ってケルン方面に戻りながら、その途中にあるジークブァク (Siegburg) という町で降りた。ツム ローテン レーヴェン (Zum Roten Loewen) という比較的新しいハウスブラウアライがある。ここのことはロルフが教えてくれた。
下面発酵のハウスビア
店内に入るとすぐにブルーケトルが目に入った。へぇ、奥じゃないんだ。いつも通り店内を一回りした後、私達はブルーケトルの真横の席に座った。さて、どんなビールがあるかと見てみると、まず「ジークブァガー シュタムビア」 (Siegburger Stammbier)という、いわゆるオリジナルのハウスビアがある。面白いなあと思った。ケルンでもデュッセルドルフでもボンでもこの地域一帯ではとにかく上面発酵(obergaerig:オーバーゲーリヒ)を売りにしているのに対し、ここのハウスビアは下面発酵(untergaerig:ウンターゲーリヒ)だ。しかも、赤っぽい茶色でうっすら濁った未ろ過のちょっと珍しいビール。よし、これを飲もう。その他2種類のうち1つはヘレスと書いてあるけれども「ケルン風」(nach Kloelner Art)、つまり上面発酵で未ろ過、いわゆる「ヴィース」だ。もう1つは、最近新しく出し始めたビールで「エクスポート」、これは下面発酵だ。
やってきたシュタムビアは美しく、また、おいしかった。ビールの説明にも「とにかくおいしい」と書いてあるが、本当にそうだった。モルトの味がするけれども甘くは無い、私の好きな味。軽く食事をしたりしているうちに、すぐ横のブルーケトルのところでブルワーが仕事を始めた。私は元々、人が作業するのをただ見ているのが好きで、この時とばかりにガラスにへばりつくようにじっと見ていた。そのうちモルトのあまーい香りがしてきた。おいしそう。働いているのは若いブルワーだ。
「ここの息子もブルワーなんだけど、どっか外国にいるって聞いたよ。」と、ロルフ。実にいろんなことを知っている。「じゃ、あの人はよそから来たのね。」
席を立って帰るとき、ちょうどそのブルワーが外に出てきていたのでロルフが話しかけた。かの息子は確かにブルワーで、どうやら今はトルコのイスタンブールでビールを造っているらしかった。ふーん、息子が戻ってこないからブルワーを雇っているんだなあ。これが保守的なバイエルンだったらどうだろうと考えた。この若いブルワーはフランクといい、ベルリン出身だそうだ。わたしは二人の会話をただ聞いていただけだったが、しばらくしてロルフが私のことをビールのエキスパートだと紹介したので、「いいえ、エキスパートではなく、ビール好きです。」と言い直した。するとなぜかフランクの表情が突然明るくなった。なのでついでに「ホームブルーイングも始めようと思っているんです。」と言ってみた。
ビール好き同士というのは、興味の無い人からすれば「妙なこと」で異常に盛り上がるものである。ホームブルーイングから、アメリカン ホームブルワーズ アソシエーションのサイトがいいとか、チャーリー・パパズィアンの話とか、もろもろのことで会話ができてしまう。また、わたしがアントワープのビアフェスティバルに行ってきたという話しから広がって、フランクは GABF に行きたいと言い、私は G「B」BF で働いているからぜひ来てくれと言う。話は尽きないが、フランクは仕事に戻らなくてはいけなかったのでメールアドレスを交換して私達は店を出た。
ビアガイドを作ろう
トラムでケルンに戻る途中、ふとある考えが浮かんだ。「ね、ロルフ、ビアガイド作りなよ。タイトルは、『ビアガイド、ケルン・デュッセルドルフとその周辺』ってのはどう?」私はケルンに数日滞在し、その近郊の町も訪ねてみて、ここにはバイエルンとはまた違った素晴らしいビール文化があると感じた。メニューのビールの説明やラベルには必ず「obergaerig」ということばが書いてあるくらい、ここの人たちは上面発酵だということに古くから誇りを抱いているのである。そうして、ブルワリーの吸収、合併、グループ化が進む中、インディペンダントなハウスブラウアライとしておいしいビールを市民に提供したり、ヘラースやブラウシュテレのように新しいコンセプトのハウスブラウアライを生んだりするような、伝統と新奇なものがうまく共存していく、そういうビール文化があると思った。
ただ単にビールの飲めるところをリストしたようなガイドではなく、裏話やちょっとした逸話、歴史的背景、醸造産業の変遷など、ビール好きが知りたいような、また、地元の人がインディペンダントのハウスブラウアライを支持していくようにさせるような、そんなガイドを作って欲しいと思った。この2日間、私に教えてくれたようなことを書けばいいのだし、何より、こんなにビールが好きな人がビールのためになにかしないのは非常にもったいなく思われたからである。そういう意味で「何かしなきゃ」と彼に言ったのだが、今仕事をしていない彼は「ああ、何かしなくちゃ」と、また別の意味でそう思ったようだ...。悪いアイディアではない。「日本語訳を私が作るでしょ、で、英語版は知り合いに頼めるかもしれない。」ちょっとしたプロジェクトのようでもある。
期待はずれ
そうするうちに再びケルンへ戻ってきた。この日の残りの予定は、「ヴァイスブロイ」 (Weiss Braeu)と例のペフケンの2軒、いずれもハウスブラウアライである。ヴァイスブロイは名前からも想像できるように、ケルンでは珍しいヴァイスビアを造っていて、バイエルン風の料理も食べることができるところである。ちょうど今年が10周年だと、コースターに印刷されていた。そしてここは、ペーターが独立して「ブラウシュテレ」を始める以前にブラウマイスターとして働いていたところでもある。向かう途中、ロルフがペーターに電話した。せっかくだから彼も誘おうというわけだ。4時半くらいだったのでペーターはまだ仕込み中で、終わり次第来るということになった。
さて、ヴァイスブロイはというと、それまですでにいろいろなハウスブラウアライに行ってきたからか、見た感じこれといって珍しいものもなく、適当に席についた。ビールは何があるんだろう。ケルシュ、ヴァイスビア、シュヴァルツ、ふむふむ...それと、ケルナートゥリュプ???名前から想像するにケルシュの濁りバージョン、つまりヴィースだ。「これって、ヴィースかなあ?」と聞いてみたが、ペーターがやめてからここにはほとんど来なくなったロルフは、このビールは以前にはなかったと言った。これにしてみよう。
出てきたものはヴィースのように白く濁ってはおらず、ちょっと色が濃かった。なんだか、中途半端な感じ。悪くはないが、さして印象にも残らない。周りを見渡すと、ケルシュを飲んでいる人もいれば、ヴァイスビアやシュヴァルツの人も。それぞれに好きなビールがあって好きなものを飲んでいるんだなあと思った。ケルシュばかりのケルンでは珍しいかな。ここのビールはその日の「相場」があり、毎日値段が変わるようだ。
私達はたまたまバーが見えるところに座っていた。「あれ見て、なんか苦労してるね。」と、バーのタップの方に目をやりながらロルフに言った。ビールが泡だらけになって出てきている。ビールの状態や、注ぐときに使用するガスの量によってはこうなることがある。しかし、だからといってグラスからグラスへ移して注がれたビールはもはやおいしそうには思えない。しかも、注文をとり間違えて余分に注いでしまったヴァイスビアを冷蔵庫にしまったのを見たときは「あ、見てしまった」という感じであった。というわけで、さっさと次のペフケンに行こうとお互いうなずいたのである。
ちなみに、ここのビールはちっとも悪くない。ビールをどう扱うかをたまたま、それも問題のあるときに垣間見てしまっただけである。また今度来ようと思っている。階下のトイレに行く階段の途中で、発酵槽が見えるが、オープンファーメンターなので泡がぶくぶくしているところが上から見られるのは面白い。
ペフケンでの発見
ヴァイスブロイをでてペフケンに向かった。6時くらいだっただろうか、すでに賑わっている。入り口のすぐ横に木樽が置いてありそこでクェーベス(この地方ではウェイターはこう呼ばれる)があのトレイをくるくるリズムよく回転させながらグラスにふわふわの泡のケルシュをいっぱいに満たし、テーブルを回ってどんどんおかわりを置いていくのである。ペーターを待っているので、この入り口に近い席に座った。ここの樽もかなり大きい。70Lはあるかもしれない。樽を変えるときは上から鎖でつって持ち上げている。体格のいいドイツのクェーベスもただ見てるだけである。
当然のように私達の目の前には、目で合図しただけで2杯のケルシュが置いていかれた。まず乾杯し、飲む前にちょっと観察した。「濁ってるよ、ロルフ!ほら!」と私はやや興奮気味に言った。「あ、ほんとうだ。ほんの少し濁ってるね。いつもは透き通ってるんだけど。」
1983年に、100周年を記念してろ過していないケルシュをこのペフケンでも出したそうだが、以来見たことはないと彼は言った。彼らケルン市民にとってはケルシュは透き通っているのが当然なので、なにもわざわざグラスをかざして観察することはまずないのだろう。私の発見を知って、彼もなんだか嬉しそうであった。
一口めを飲んだ。「レッカー!」(lecker:おいしい)きっと、このわずかな濁り具合がこのケルシュをこんなにおいしくしているに違いない。私はもう1週間以上も毎日飲んでばっかりで、この日も朝から飲んでいたにもかかわらずこんなにおいしいと思えるビールはすごいと思った。「おいしい!」何口飲んでもこう思った。おいしいものは本当においしい。
しばらくしてペーターとウタがやってきた。ウタはペーターのパートナーで、GBBF にも彼と一緒にやってきたので一度会ったことがある。再会したペーターとウタ、今回知り合ったロルフと4人でおいしいビールを飲み、おいしいものを食べ(ベルギーに近いからか、ここにはムール貝があった)、私達のこの2日間のビアライゼの話をしたり、私にとってはドイツ語の練習になったり、有意義な集いであった。それに、このペフケンをビアライゼの最後にしたのは結果的によかったと思った。
後日談
ミュンヘンに帰ってからしばらくしてロルフがメールで教えてくれた。ある日またペフケンに行ったら、いつもの大きな樽の横に小さな樽があり、それはまさにはっきりと濁ったケルシュ、つまりヴィースであったそうだ。彼曰く、こないだのうっすら濁ったものはおそらくこれとおなじタンクからのものだったのだろうと。どうしても飲みたくてクェーベスに何度となく頼んでみたが、これはルドルフ・ペフケンの友人のための特別のビールだったため、断られたそうだ。しかし、彼も懲りずに繰り返し頼んだ結果、ついに飲むことができたそうである。その頃には、ちょっとぬるくなっていたけれどもとてもおいしかったと、嬉しそうに書いてきた。
| 名前 | 住所 | Tel | 交通 | 営業時間 |
| Brauhaus Boennsch | Sterntorbruecke 4 | 0228-650610 | DB:Bonn Hbf (Hauptbahnhof) 下車、徒歩5−10分 | 11:00-25:00 金、土:11:00-25:30 日、祝:12:00-24:00 |
| Zum Roten Loewen | Holzgasse 37 - 39 | 02241-55999 | Sバーン:S12 Siegburg 下車 | 12:00-24:00 金:12:00-25:00 土:11:00-25:00 |
| Weiss Braeu zu Koeln | Am Weidenbach 24 | 02 21-23 18 23 | 地下鉄、トラム:Barbarossaplatz 下車 | 11:00 - 25:00 |
| Hausbrauerei Paeffgen | Friesenstr. 64 - 66 | 0221-135461 | 地下鉄:U5 または、トラム:3, 4, 5, 15, 19 Friesenplatz 下車 | 10:00 - 24:00 金、土:10:00 - 24:30 |
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