ヨーロッパビール事情 1


1 Apr., 2002

伝統の危機と消費者団体

ヨーロッパには素晴らしいビール醸造の伝統を誇る国が多くある。もともとは紀元前数千年(文献によってまちまち)にエジプトで生まれたビールは、長い年月をかけてヨーロッパ大陸、英国、アイルランドへと伝わっていった。そうして、その国、土地独自のビールが生まれた。いわゆる地ビールである。その土地で取れる原料、水を使い、場所によっては野生の酵母(!)を利用して、今日これだけ多様なビールが存在するというわけだ。

この伝統は一方で危機にさらされている。マルチナショナル - Multinationals - と呼ばれる数社の大手ビール会社が次々と中小規模のブルワリーを吸収・合併、または資本参加し、世界のビール市場をこの手に握ろうと触手をのばしているのである。

最近まで海外のビール会社の手のついていなかったドイツを例に挙げると、アルトビアで有名な Diebels は去年、ベルギーの Interbrew に買収されたし、同様にアルトビアを作っている Hannen も今やデンマークの Carlsberg の傘下である。ブレーメンを拠点に輸出を拡大し、国際的に最も知られたドイツビールの一つ Beck's も、Interbrew グループ に入っている。私が個人的にもっともショックなのは Paulaner の株の49%をオランダの Heineken が所有しているということだ。Paulaner はミュンヘンの6大ブルワリーのひとつ。ちなみに Heineken はピルスで有名な Klumbacher も所有している(62%)。私の住むミュンヘンには6つのブルワリーがある。各社それぞれ設備は近代的ながらも、ブラウマイスターたちは伝統を守り、高品質のビールを市民に提供し続けている。Paulaner は6社のうちで最大のブルワリーである。ハイネケンのネットワークを利用してさらに海外へと販路を広げたかったのであろう。お互いの利害が一致したとはいえ、残念である。

我々、伝統的ビール愛好者にとって、Interbrew、Heineken、Carlsberg は、言うなれば敵である。マルチナショナルに吸収されるとビールの味が変わる、とまで言われるほど多大な影響を及ぼす。彼らは概して質よりも生産効率を優先させるため、結果として原料の質が落ちたり、熟成の期間が短くなったりすることも十分あり得るからである。そして、その質をごまかすために低い温度で飲むように勧めたり、樽から注ぐときにガスを使用し、炭酸の効いた爽快な飲み物をつくり出したりする。

これら、敵と戦うために、ヨーロッパにはビールの消費者団体が存在する。先駆は1971年に設立され、現在(2002年)英国内外に6万人もの会員を擁する CAMRA - Campaign for Real Ale - である。その約10年後の1980年にオランダの PINT (会員:3千500人)が、1985年にベルギーに OBP(3千人)が設立された。そうして1990年5月26日、CAMRA、PINT、OBPによって、「ヨーロッパビール消費者組合」 EBCU - European Beer Consumers Union - が発足した。以後、90年代にスウェーデン、フィンランド、フランス、スイス、ノルウェー、ポーランド、エストニア、デンマーク、イタリアが加わり、12カ国の団体がメンバーとなっている。合わせるとヨーロッパ中の7万人もの会員を代表するのがこの EBCU である。ドイツにはこのような団体は現在のところ存在しないが、私は98年より CAMRA の会員なので、同時に EBCU の会員でもある。去年10月にバンベルクで行われた EBCU のミーティングでは、ドイツでの消費者団体の早急な設立の必要性が叫ばれた。ビールは水だと思っているドイツ人も、もはやのん気に真昼間からビアガーデンで飲んでる場合ではないのだ。

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