BSF - Bières Sans Frontières
CAMRA 内の外国ビールのセクション
Bières Sans Frontières (仏:国境の無いビール)メンバーとしてのGBBF
どうやって関わるようになったか
1998年、CAMRA メンバーになったその年の GBBF ではじめて働いた。面白そうだったから。働くなら外国ビールのセクション(後で BSF - Bières Sans Frontières という名前だと知った)だと決めていた。BSF のバーに行くと、ドイツ、チェコのバーマネジャーをしているダグに案内された。自己紹介の後、「キミには、うちのバーで働いてもらおうと思う。ビールのこと知ってる?」と聞かれた。なるほど。いきなり小さな日本人女性が働きたいと言ってやって来たはいいが、どの程度できるのか見当もつかなかったダグの考えは察しがついた。「私の好きなビールはラオホよ。」とだけ答えた。「OK!じゃ、ついてきて。」と、すぐにバーに連れて行かれ、簡単な説明を受けた。
当時はロンドンの翻訳会社で退屈な仕事をしていたので、たくさんのビール好きの人と知り合いになれて話ができるこのボランティアが、とても新鮮で楽しかった。5日間、夢中で働いた。昼間は普通どおり会社に行き、仕事のあと会場に直行した。最後まで働いてうちに帰りつくのは毎日12時過ぎであったにもかかわらず、疲れを知らなかった。それほど楽しかった。翌年ドイツに移り住んだが、相変わらず毎年このためにロンドンにやってくる。ヨーロッパはいくら休暇が取りやすいと言っても、毎年バカンスでわざわざ人の多いロンドンにやってきて働くなんて、私自身を含めみんなどうかしてると思う。私なんてたかだか5年だが、去年からBSFマネジャーになったイアンは20年も前からやっている。
最初は10数種類だけのビール
20年前の GBBF はロンドンではなくリーズで開催されていた。規模も今に比べると非常に小さかった。それでも当時から Bières Sans Frontières はあった。いったいどういう人たちが飲んでいたのだろうか。10数年前に会場をオリンピアに移してからも BSF はグレート 「ブリティッシュ」 ビアフェスティバルの会場の端っこ、私が知る限りホールのずーっと奥のつきあたりに15メートルくらいの長いバーを構えてきた。私たちのビールを飲みたい人は、広い会場を人ごみを抜けてやって来なければならなかった。それでも毎年同じお客さんがやって来たし、私たちも楽しかった。
今年は中央に陣取った
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去年から、BSF バーの場所が変わるという話があった。それを聞いたときほとんどのメンバーは顔をしかめた。どう変わるか分からなかったし、何より、今の状態が好きだった。ながーいバーの端から端まで歩くと世界各国のビールを横目に、スタッフみんなに挨拶してしていける。左右を見渡すと仲間がいる、そういう一体感が好きだったのだ。私もよく、隣のバーに行って味見させてもらったりした。もし、バーが2つに分けられてしまったらその一体感がなくなってしまうのではと思ったのだ。 しかし、私たちは「国境の無いビール」で働いているのである。毎年新しいビールを入手していち早く紹介しているのである。新しいものや、変化を受け入れられないはずは無い。今年は初めてメイン会場のど真ん中に我々のバーが設置された。「コ」の字型に配置されたが、悪くは無かった。いや、かえって昇進したような感もあった。英国ビールのフェスティバルで、外国ビールが中央に陣取るのは面白かった。 写真:最終日の BSF バー。手前、アメリカのカスクエールはほとんど残っていない。
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「Bières Sans Frontières は教育である」 - マイケル・ジャクソン
イアンが言った。「マイケルがインディペンダント紙に BSF だけ(強調しながら)についての記事を書いたんだ。」マイケルとは、言わずもがな、ビアハンター、マイケル・ジャクソン氏のことである。その記事の中で、「英国のビール消費者たちが、ビールの世界はラガー、スタウト、ビターだけではなくもっと広がりがあるんだということに気付きはじめれば、おそらく彼らは、英国の偉大なエールがビールの世界になした貢献というものもようやく理解するだろう。」と、彼は締めくくる。GBBFにおいて、われわれBSF がどういう位置にいるか、なぜに存在するかをはっきりと示してくれた。
スペシャリティバーとテイスティング
私たちは3つのバーに分かれている。ドイツ・チェコ、ベルギー・オランダ、ROW(Rest of the World:世界のその他)である。4つめとしてスペシャリティーバーを作ることもある。4年前はランビックバーを設け、少しでも多くの人々にこのすばらしい飲み物を分かってもらおうとした。3年前は「ホワイトバー」と称し、ウィートビアのバーをやってみた。どれも大変な成功だった。一般のイギリス人が「Hoegaarden」などと言いだしたのはこれ以降のことである。私たちはいつも新しいものを紹介し続ける。
BSFメンバーは多国籍である。ヨーロッパの国々をはじめ、アメリカ、そして私を入れて日本。恐るべし、国を代表するようなテイスターたちも多い。彼らの指導でリラックスした雰囲気のテイスティングセッションを行うこともある。これまで、ベルギービールテイスティング、ランビックテイスティング、トラピストビアテイスティングなどを、一般の参加者向けに行ってきた。これらが好評を博し、今年はCAMRA が行うオフィシャルなテイスティングのひとつを、BSF が受け持つことになった。大変な成功だった。人々にすこしでもビールのすばらしい世界を分かってもらおうという一心なのだ。
毎年来るお客さん
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メンバーも恐るべしなら、BSF にやって来るお客さんも恐るべしだ。ボランティアで働く人はそれが楽しくて毎年やってくるが、常連客は飲むのが楽しくて毎年来る。そういう彼らは、新しいビールを目ざとく見つけて迷わず注文する。また、私たちも「今は無いけど、後で出るよ。」と教えたりもする。 やっぱり彼らも楽しいから来るんだろうなあ。なにも休みを取って、ホテル代の高いロンドンに1週間も滞在して、5日間ずーっと1日中屋内で飲んでばっかりなんて、ようやるわと真剣に思う。傑作なのは、ブルージュに住んでいるベルギー人のヨハン。毎日't Brugs Beertje(ブルージュの有名なビアカフェ)で飲んでるくせに、わざわざ GBBF に来て高いベルギービールを飲んでいる彼。私はてっきりビール関係者かと思ったが、ただの客。おまけに、「私、先週 't Brugs Beertje に行ったよ。」と言うと、「何曜日?どこに座った?」とたずねる。「ああ、分かった。二人で来てただろ?」...まいった。 ちなみに彼をはじめこのカフェの常連達は自らを 「't Brugs Beertje の家具」と呼ぶ。「今度来たらキミに1杯ご馳走するよ。」とカフェのオーナー宛のメモを書いてくれた。『ヒサコが来たら 僕のおごりで好きなもの1杯出してあげてください。ヨハンより。』「これを渡すといいよ。」 写真:ビアメニューを見てどれを飲もうか真剣なお客さん。 |
日本の地ビールを飲んで欲しい
私は GBBF 会場で日本の人を見かけたら声をかける。また、向こうから話しかけてきてくれるときも多い。そうして、このイベントのことをどこで知ったのか、どうして来ようと思ったのか、何のビールを飲んでいるのか、外国ビールに興味があるのか、などなど質問攻めにする。ある青年が言った。「日本のビールが飲めるかと思って来たんです。」残念ながら、日本のビールはない。それどころか、海外で日本のビールと言ったら、キリン、サッポロ、アサヒなのだ。CAMRAメンバーにとってこれらは面白くも何とも無いビールである。私はいつか日本の地ビールを BSF バーに出したい。ドイツやベルギービールは素晴らしいし、愛好者も大勢いるが、いずれは彼らも飽きる。特に、ローデンバッハブルワリーに見られるようにベルギーの伝統的なブルワリーが商業志向に転換する傾向の著しい今日では、人々の舌は新しいものを求め始める。そのいい例がアメリカのビールだ。BSFバーでもホップの効いたアメリカのカスクエールは大変な人気だった。また、ロシアから苦労して輸入したボトルは今年のかくれ目玉商品でもあった。ワイン大国イタリアのクラフトビアもここ数年着実に質が上がってきている。
日本の消費者にもっと日本の地ビールを飲んで欲しい。地ビール業者を鍛えて欲しい。私は日本に住んでいないのでそれができないのが非常にもどかしい。どの地ビールがGBBF で「日本のクラフトビア」と紹介するにふさわしいか私に教えてください。日本地ビール協会認定の2000人のビアテイスターの皆さん、もっともっと醸造担当者にアドバイスしてください。そのための資格でしょう?日本の醸造担当の方々、世界を視野に入れてビールを造ってください。サッカー選手もどんどん海外に進出している時代です。 地ビール会社のマネジメントの方々、消費者がどういう地ビールを飲みたいか、情熱を持ったブルワーがどういうビールを消費者に飲んで欲しいと思っているか、なぜ消費者が同じ値段だったら輸入ビールを選ぶのか、消費者、ブルワーの声を聞いてください。
我々はIBCUだ
ヨーロッパには、CAMRA のような団体が各国(全部ではないが)にある。それらをまとめた組織がEBCU – European Beer Consumers‘ Union だ。あるときイアンが言った。「われわれは IBCU – International Beer Consumers‘ Union だ。アメリカやスリランカのビールも含むからね。」彼だけでなく私たちみんながそのことに誇りを持っている。そして、どの国であろうと、ビールの伝統を持つ国であろうと無かろうと、それが情熱を持って作られたクラフトビアなら喜んで消費者に紹介したいと思っている。
活動は GBBF だけではない
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GBBF は BSF
メンバーの活動のうちの1つに過ぎない。フェスティバルが終わってそれぞれの国や町に帰っても、地道に活動している。休暇で訪れた土地でもブルーパブを見つけるやいなや、飲んでみる。ウェールズから年に1度のビール買出しにベルギーへ行く。醸造所を訪問して、その土地のビールを一番おいしい状態で飲む。他の国のビアフェスティバルに行く。いつもおいしいビールを探しているのだ。べつに仕事でも、頼まれたことでもなんでもないが、それが楽しいからそうしているだけ。本当のビール好きには、それくらいなんでもないことである。だからこそ「また来年!」と挨拶して別れ、やっぱり次の年にはみんなにこにこしてやってくるのだ。 写真:最終日。フェスティバルが終了した後、マネジャーがスタッフ全員に労いと感謝の言葉を述べる。そのすぐ後、スタッフの一人がマネジャーに感謝の言葉を述べ、全員が拍手をする。 |
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