ヨーロッパビール事情 2


7 Apr., 2002

英国消費者団体 CAMRA

CAMRA という名前をいったい何人の人が聞いたことがあるだろうか。正式には Campaign for Real Ale といい、イギリスを拠点に現在(2002年)、なんと6万人ものメンバーを持つ世界最大のビールの消費者団体である。創立は1971年、今から約30年前。今日、イギリスに旅行に行って何気にパブで飲む1パイントのおいしいエールは、30年間の CAMRA の活動のおかげであると言ってもよい。


目指すところはリアルエールの保存

リアルエールとは何か?ひとことで言えば、生きたエールである。自然の原材料を用い、伝統に基づいて造られ、生きたまま消費者に届くエールと言い換えてもいいだろう。(ちなみに、エールとは上面発酵ビールの総称である。下面発酵ビールはラガーと言う。)

自然の原料とは、水、モルト、ホップ、イースト、また、造るエールの種類によってはその他の穀物やスパイス、ハーブ類である。保存剤などの添加物は言語道断だ。しかし考えてみると、食品も飲料も、私たちの口に入るものは、添加物の入っているものの方が圧倒的に多い。自然の材料だけでビールを造ることが可能なのは、ホップに元々殺菌作用があり、ビールそのものにアルコールが含まれているからである。実際、アルコール度数の高いビールには日持ちさせることがそもそもの目的だったものもある。

伝統に基づいて造られたエールは、まず、ろ過されていないことと、熱処理されていないことが条件。つまり、イーストが残っている状態である。イーストが残っているとビールは少しずつ発酵を続ける。リアルエールは、発酵が終了する前にブルワリーから出荷されるか、もしくは二次発酵のためにさらに少量のイーストがカスク(樽)の中に加えられて各パブへと届けられる。あとは飲み頃になるまで静かにパブのセラーに横たわっているのである。

ここに、この伝統的エールを十分理解し、扱える熟練したパブリカン(パブのオーナー)の存在が不可欠である。状態を常に管理し、飲み頃を見極めて客に出さなくてはならないからだ。速くても遅くてもいけない。このように、カスクの中で発酵と熟成が行われるエール、これがいわゆるパブの黒板などに書いてある「Cask Conditioned」(カスクコンディション)のエール、つまりリアルエールだ。

リアルエールが当たり前の時代はよかったが、大陸から黄金色の爽快なラガーが伝わってくると、大手ブルワリーの盛んな広告活動のせいもあり、若者を中心にラガーを好む人々が増えた。パブのオーナーもわざわざ手のかかるリアルエールを客に飲ませるよりも人気があって熟練の不要なラガーを売るほうが楽で儲かると考えた。そうして、リアルエールを飲む人口が減ると中小のブルワリーは閉鎖に追い込まれたり、存続のために大手ビール会社に買収されたりする。そうなると、お上の言うことには従わなければならなくなるというわけで、たいてい生産の合理化とかいう理由で伝統的醸造法から近代的醸造法(設備など)に移行し、結果として微妙に味が変わる。Interbrew 社に買収された Bass 社の Draught Bass(ドラフトバース)がいい例だ。特有のデリケートさが失われてしまった。そう、リアルエールには実際に飲んで見ないと分からないデリケートさがあるのだ。

残念ながら私はデリケートなドラフトバースを飲むチャンスを得ることができなかった。しかし、2年前のGBBF−Great British Beer Festival で飲んだ Landload(ランドロード。Timothy Taylor ブルワリー。1999年チャンピオンビア)には、ぶったまげてしまった。グラスに顔を近づけた瞬間、上面発酵特有のブーケ、スパイシーなゴールディング(という品種のホップ、ケント州産)のアロマ、私ですら「これはすごい」と分かった。口に含むと、これまたフワーっといっぱいに広がり鼻から抜ける複雑なフレーバー。ありとあらゆる味覚が刺激されたような気がした。異なるフレーバー同士が見事に調和した素晴らしいエールだ。今まで飲んでいたのは何だったのかと思った程の体験であった。そうして、昔の人はこんなものを近所のパブで毎日飲んでいたんだなと、その様子を想像すると同時に、CAMRA の活動の本当の意味が理解できた。

CAMRA はブルワリーに高品質のリアルエールを作り続けるよう働きかけ、パブのオーナーにもラガーと並んでリアルエールを売るように説得する。結果として、我々消費者は仕方なしに味気ない大手のラガーを飲む必要はなくなり、リアルエールを選択することができるという訳だ。CAMRA はまさに、消費者の消費者による消費者のための活動をしているのである。


驚くほどの会員数

CAMRA 会員は、個人のみである。法人は自己の利益目的だという可能性があるので認められない。ビールの好きな人、リアルエールを守っていきたい人、ビアフェスティバルにディスカウント料金で行きたい人、ビールを飲みながら仲間とビールの話をしたい人など、さまざまな理由、きっかけで会員になった人たちだ。CAMRA メンバーだと言うと、「君はリアルエールドリンカーなんだね。」という受け答えが返ってくる。それもそのはず、CAMRA は英国内外に6万人もの会員(2002年現在)を擁するのだ。30年で6万人、単純に計算すると年間2,000人、毎週約38人が入会していることになる。ヨーロッパのビール消費者団体(12カ国に存在する)全部あわせて7万人であるから、うち85%が CAMRA メンバーだということになる。

終身会員もあるが、それ以外の人たちは毎年、メンバーシップの更新をする。数年前からやっと会費の口座自動引き落としとメンバーシップの自動更新が出来るようになったが、それまではなんと更新のたびに小切手を郵送するクラシックな方法であった。うっかり更新し忘れるひとも少なからずいただろうに、それでもこれだけの会員数を維持できたのはなぜだろうか。


地域に溶け込んだ活動

6万人の会員は英国中、世界中に散らばっている。各地には支部があり、ブランチマネジャーと呼ばれる支部のリーダーを中心に活動をしている。内容は、ミーティング、パブクロール(パブのはしご)、ローカルビアフェスティバルの開催、地域内のリアルエールの保存とプロモーションなどである。支部のイベントやビアフェスティバルは会員全員に送付される'What's brewing?'という新聞に日程や場所が記載されるので、よその土地に行っても参加することが出来る。私自身もロンドンに住んでいたとき、ここで見つけたローカルのビアフェスティバルに飲みに行ったり、お手伝いで働きに行ったりした。これがまた、おじさんばかりなのだが楽しいのだ。

これが例えば、本部中心の活動しか行っていなかったとしたら、会員一人一人が自分も CAMRA の活動に参加しているという意識を持つことが出来なかっただろう。イギリスのエールは、いわゆる地ビールである。その土地の銘柄がある。まず、地元のリアルエールをサポートするのは彼らにとって地元のフットボールチームをサポートするのと同じくらい当然のことであろう。そういう仲間がいるから、毎年の更新も忘れなかったのかもしれない。


全国的な活動

一方で CAMRA は全国的な活動も行っている。AGM - Annual Genaral Meeting と呼ばれる年に1度の全国規模のミーティングを始め、夏にロンドンで開催される GBBF と冬の Winter Ales Festival である。

GBBFは、「世界最大のパブ」と呼ばれる。その規模は全国から集まったドラフトリアルエール、ボトルのリアルエール、サイダー(りんご酒)、ペリー(なし酒)、外国産ビールの銘柄は700種類以上、5日間の延べ入場者数は4万人強、ボランティアスタッフは1,000人というから相当のものである。しかも、最終日になると多くのビールが売り切れになるからすごい。わたしは98年以来、毎年 GBBF で働いているが、やはり毎年働きに来るひとや、毎年しかも5日間毎日(シーズンチケットで)やってきて、そして1日中飲んでいるお客さんもいる。それぞれが、いろいろな形で参加し、また貢献しているのだ。

この GBBF にやって来てその場で会員になる人が何人もいる。CAMRA にとって GBBF は新しい会員をリクルートする絶好の機会だ。また、Ask if it's Cask (カスクコンディションかどうか尋ねよ)というキャンペーンの寄付を募ったり、活動資金を集めるチャンスでもある。やってくる客にとってはどうかというと、こんな恵まれた機会はないと思う。例えばロンドンでも簡単には味わえないようなスコットランドの銘柄をドラフトで飲めるのだ。ここにくれば、英国中の選りすぐられたリアルエールを好きなだけ飲める。こういう人々は、惜しみなくお金を払う。それがまた、CAMRA の活動資金となる。まず、資金がなくてはマルチナショナルと呼ばれる大手ビール会社に太刀打ちできないのである。

CAMRA の活動は本部の数人のフルタイムスタッフを除いては、役員を含め各支部のマネージャーも全員がボランティアだ。そろそろ誰かと交代して平メンバーになりたいと思えば無理して続ける必要もない。無報酬でこれだけ多くの人々がこれだけの活動をしているのは、楽しいからに他ならない。全国規模の趣味のサークルか?


CAMRA の誇り

純粋な消費者団体であること。活動のための収入はメンバーからの会費、会員誌 'What's Brewing?' の広告収入、CAMRA グッズ(Tシャツ、キーホルダー等)、本、そして、ビアフェスティバルから得ている。ブルワリーやビール産業からは援助を受けていない。

多くのインディペンダント ブルワリーを買収や閉鎖から救った。それだけでなく、300もの新しいブルワリー(マイクロブルワリーを含む)が誕生した。これらは、もちろんリアルエールを造っている。

会員数が順調に伸びた。1989年、3万人、97年には5万人に到達し、2002年現在、6万人を超えた。

最近のプロモーション活動

去年、オリンピア(GBBF 会場)に入った瞬間、私は自分の目を疑った。会場のど真ん中に天井から吊り下げられている特大ポスターには、なんと、裸の女性がでかでかと写っている(と言うより、しか写っていない)ではないか。(http://www.gbbf.org から入って見ることができます。)もちろん、素っ裸ではないが、それに近い。それまでの CAMRA のプロモーションを知る人にとっては、ベネトンの広告くらいの衝撃であったはずだ。

どうやら、CAMRA は、人間の自然の姿 = ナチュラルなリアルエール、というイメージを人々に与えたかったようだ。そういう連想は分からないでもないが、CAMRA とはどうも結びつかないのだ。なぜなら、GBBF にやってくる 「いわゆるCAMRA タイプ」 の人々は、よれよれのTシャツに半ズボン、ビール腹のお腹にウエストポーチをした中年のおじさんだからである。言っちゃ悪いが、日本人やヨーロッパ大陸のスタンダードでは考えられないアンファッショナブルさだ。彼らがビールを飲んでいても違和感はない。しかし、そのビールがいくらナチュラルなリアルエールでも、美女の裸と結びつけるのはかなりの無理がある気がしてならない。ギャップが大きすぎる。

私が女性だから過剰に反応しているのかもしれないが...。同サイト(http://www.gbbf.org)では、その女性の写真をクリックすると男性バージョンが見られる。いや、これはもっと気持ちが悪い。はっきり言って、趣味が悪い。英国流のユーモアなのか?今後、CAMRA がどういう路線のプロモーションを行っていくのかとても興味のあるところだ。

追記(2002年9月22日): http://www.gbbf.org では写真が見られなくなっていましたが、CAMRA のサイトの「Ask if it's Cask」ホームページで女性バージョンのみ見られます。

 

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