4年ぶりの里帰りレポ その2: カタカナいっぱいの日本


16 March, 2002

カタカナいっぱいの日本!!

4年ぶりに日本に帰るとかなり浦島太郎状態である。街が変わったり、交通機関のシステムが変わったりしているので、最初は何をするにも戸惑ってしまう。(田舎のおばあちゃん達がみんな何気にバスカードを使いこなしているのにはたまげた!)

2週間の滞在中、実にたくさんの人に会った。私が帰ってくるのはオリンピックより珍しいとかで、有難いことに、みんな私のわがままな都合に合わせて時間を作ってくれたのだ。彼らと、何時にどこどこで、と待ち合わせる。その待ち合わせ場所が問題だ。その土地に住んでいる人ならば、「どこどこの何階、なんとかの前で」とか言われると、「OK!」となるところだが、私の場合そうはいかない。以前はよく知っていた福岡の街でもそうだ。まず、デパートやホテルやなんかの建物の名前がピンと来ないのである。
「へっ?なんて名前?」、「それって、どの辺にあるの?」、「この駅からだったら、どうやって行ったらいい?」、「えっ?何の前だって?」
という具合に4年前の記憶をずーっとたどっても、分からない。当然だ。新しいビルなのだ。
「それって、最近できたんじゃない?私がいたときはなかったよ。」
「あ、そうかもしれない。」
こんなやり取りになる。再び、「で、なんて名前だっけ?」
「博多リバレイン」
「へっ?博多なに?」
「リ・バ・レイン」
「なんじゃ、そりゃ?」
こういうのは、滞在中何度もあった。

そして思った。頼むから訳の分からんカタカナ名をつけんでくれ、と。意味も不明ならば、何語から来たかも分からない名前。デパートなのか、ホテルなのか、娯楽施設なのかも想像すらつかない。しかも、カタカナになってるので完全に日本語発音だ。聞き違いも簡単にしてしまう。あーっ、リバレインでも、ビバレインでもええわい。無事、待ち合わせに行けますように。

外国に住んでいると、地名や建物名、店の名前、住所は当然現地語である。発音の違いから、カタカナにするには無理のある名前の方が多いかもしれない。となると、日本語で話していても、その部分だけイギリスなら英語、ドイツならドイツ語の発音で言うことになるのが普通だ。わざわざ不自然なカタカナにはしない。日本人であっても、このように名前を言うときは(私はドイツに住んでいるので)、ドイツ人になっている。よって、既知のカタカナ名(例えば「ミュンヘン、ベルリン」など)以外は、アルファベットの地名しか言えない。ドイツ人と同じ。

日本に行くと、日本人の私ですら大変なんだから、日本に来た外国人や、日本語を学んでいる外国人は、相当カタカナで苦労するだろうなと、この時初めて思った。そう言えば、英語圏から来た人々は、McDonald's が日本では「マクドナルド」と呼ばれているのが面白いらしく、「マークードーナールードォ」とまねしてみたりしてたなあ。日本語を勉強しているドイツ人の友達は、「カタカナは難しいから嫌いです。」と言っている。実際に自分でこのカタカナ体験をするまでは、何が難しいのかわからなかった。

話がそれたが、要は、久しぶりに日本に帰ってきていかにカタカナが多用されているか初めて気づいたということだ。そして、それが複雑な日本の住所システムと組み合わさると目的地にたどり着くことや、道案内をすることが、非常に大変になるということ。道案内をされた方も、曲がるのは銀行のところだったか、旅行代理店のところだったか、右だったか、左だったか、通りの右側か左側か...だいたい私は道を教えてもらっても、一度ですべてを覚えられずに途中でまた通りがかりの人に尋ねることになる。

しかし日本に住んでいるとそれが当たり前なので、みんなできるようになるんだなあ。イギリスやドイツでの待ち合わせは簡単だ。「○○通りの34番。地図持ってる?」地図の索引で通り名を探し、現地に着いたら建物1つ1つに表示してある番号を追っていけばいい。通りのこっち側が偶数番号だったら向こう側が奇数番号だ。ブリュッセルでも、アムステルダムでも、ミラノでも、プラハでも(恐らくヨーロッパ中)この「○○通りの○番」だよなあ。慣れてしまったからではあるが、こっちのほうが簡単でいい。なにより、覚えることが少なくて済む。

次に日本に帰るときは、もっとたくさんのカタカナで街が溢れていて、さらにそのカタカナ語が短縮形になってたりして、きっとチンプンカンプンだ。

 

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