ロンドンより新鮮直送!
じおじおのロンドンレポ 13
20 Oct., 2002
☆諦め上手のイギリス人
イギリスでは約束の時間というのが存在しないようです。いや、どこかには存在しているのでしょうが、だいたい、その後何十分以内、というのが正確なところではないかと思います。会社の始業時間や人との待ち合わせなどなど、--ish(例えば、2時頃、とい
う場合'at two-ish'となります)という言葉がよく使われるのも約束時間を曖昧にしているよい例なのではないでしょうか。これも全ては交通機関の不正確さから来ているのだと思います。そういう私も、つい先日友人宅でのパーティに1時間遅刻。理由はまさに交通機関の不正確さでした。
始業ベルやタイムカードの存在しない会社では、まず誰も地下鉄やバスが遅れることを想定して早く出社するなんて考えません。事実、スムーズに行くと20分なのに交通機関の遅れが生じると軽く1時間は超える・・・この時間のギャップはちょっと早く出社することで解決する問題でもないのです。日本のように遅刻する度に遅延証明が必要なら、少しは努力するのかな、とも思いますが、そうするときっと今度は、毎日のように遅れる地下鉄や電車では、遅延証明用の用紙代で破産するかもしれません。これが永遠の悪循環を引き起こしています。待ち合わせにも、バスが遅れた、地下鉄が遅れたなどの理由で間に合わないのは日常茶飯事。昔はもう少し時間に厳密であった(であろう)イギリス人も、諦めざるを得ない状況です。
こういう話をイギリス人のボスとしていたとき、『特にイギリス人男性は諦めが早くおとなしい』とよい例を挙げてくれました。ある朝、来るはずの時間に電車が来ず(これは日常茶飯事)、どんどん人はホームに溜まっていく一方。そこに電車がホームに着き、みなほっとしたのもつかの間、車掌か運転手かわかりませんが、その電車から出て来て、「この電車は後ろの2車両しか乗れません。皆さん後ろの2車両に乗って下さーい。」と叫んだそうです。そしてこの掛け声に、溜め息をつきぶつぶつ言いながらも、前の数車両が空っぽなのを横目でみながら、後ろ2車両にぎゅうぎゅうずめになって乗り込んでいた、と。彼自身は結局乗れなかったため、数分後にすぐに来た空いた電車に乗ったそうですが、彼はもちろんのこと、誰もその車掌に状況説明を求めたりしなかったため、なぜ前の車両に乗れなかったのかは車掌のみぞ知る、という感じです。
日本だったら、こんなことがあったら(あり得ませんが)、何人もの人たちが駅員に詰め寄っている風景を安易に想像できます。そして駅員があやまりながらも一生懸命状況説明している姿も。ところがイギリスではまず駅員が謝るなんてことが考えられないと思った方がよい。例えばこの状況で、誰かがこの車掌に詰め寄ったとしましょう。まあ、何かしらの理由はもちろんあったと思うし、その説明はするのではないかと思います。いや、もしかしたらただ単に、その時の車掌の気分で前の車両に人を乗せたくなかっただけなのかもしれません(この理由があり得そうだから恐い)。が、その車掌自身にその責任があるとは、本人もそして多分乗客さえも思っていないため、状況を覆せるとは誰も考えない。そこで『Sorry』の一言ももらえないのであれば、その労力が無駄、それなら現状に身を任せた方が数段楽・・・。そして今の諦め上手なイギリス人がいるのではないかと・・・。
ここにも個人主義の善し悪しが現れているような気がします。駅員が、ここでも『会社員』としてではなく、個人で動いているため、会社としての責任をまっとうしない。以前、カスタマーサービスの話の中で、電話でのサービスなど、電話をかけ直して他の人にあたれば『ノー』が『イエス』になることもある、という話をしたと思います。これは何にしても言えることで、逆に言うとその人個人が『ノー』と言えば『ノー』である、というのが基本。例えば日本ではこういう場合詰め寄ればその場で上司と相談してなんとかなることもあるけれど、ここではその場合『上に相談してくれ』とか『クレームフォームを提出してくれ』とか言われるのがほとんどです。要は、覆すためには客が自分で動かなければいけない。そこで労力を惜しまず自分で動く人もいるのですが、はてこれが何十年も続いたらやはりどこかで妥協点を求めるのは当たり前。交通機関はその妥協されてしまったものの一つだと思うのです。
果たしてイギリスの交通事情(特にもと国鉄の列車網とロンドンの地下鉄)がこれから改善に向かうのか・・・イギリス人が諦め上手である限りは無理かも知れません。
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