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じおじおのロンドンレポ 8


1 May, 2002

☆クイーンマザーの影響力

1900−2002。これを見て、今であればほとんどのイギリス国民は、何を表しているかわかるのではないでしょうか。ハーマジェスティ・クイーン・エリザベス・ザ・クイーンマザーは、1900年8月4日に生まれ、2002年3月29日、イースター休暇の初日であるGood Fridayに御逝去されました。日本では、女王陛下のお母様、というぐらいの知識しかなかったのですが、今回の件で、新聞やテレビの特集があり、クイーンマザーについての豆知識を得ました。何しろ歴史という科目が嫌いで世界史も日本史も避けて地理に走った人間なので、きっとこれを見て「そんなの常識じゃん」と思われるかもしれませんが・・・。

まず、旦那様であったジョージ6世について。父親であるジョージ5世の死去に伴い王の座についた兄エドワード8世は愛する女性の為に王の座をたった1年で退き、急きょそれを引き継ぐ事になったこと。 クイーンマザー(当時はグラミス家のお嬢様エリザベス)には2度プロポーズして2度断られ、3度目の正直で御成婚されたそうです。
そしてクイーンマザーについては、第二次世界大戦中、バッキンガム宮殿がドイツの攻撃を受けた際にもイギリスを離れることがなかったこと。爆撃を受けたイーストエンドに、その直後に御訪問され人々を元気づけたというエピソードもあります。

孫であるチャールズ皇太子にとっては大きな存在だったようです。初孫であることもあるのでしょうが、母親(エリザベス女王)が王位を継承したのがあまりにも早かったため、きっと密に可愛がってもらうことは不可能だったのかもしれません。自然とおばあちゃんっ子になったんでしょう。ちょうどクイーンマザーがお亡くなりになられた日は毎年恒例となったスイスでのスキー休暇をウィリアム王子・ハリー王子と過ごされていた最中で、翌朝急きょ専用機で帰
国される様子をニュースで見ました。通常はチャールズ皇太子とウィリアム王子が同じ飛行機には乗る事はない(もし飛行機が墜落した場合の継承問題の為)そうですから、それだけでも彼らにとっては一大事なのがわかります。おまけに飛行機から降り立って、一台の普通車に、チャールズ皇太子−助手席、両王子−後部座席という、ロイヤルファミリーのとは思えない移動を見たときは「いいんかい??」と思いましたが・・・。

彼女が生まれた時代はちょうどビクトリア時代が終わった時期ですから、とんでもない昔です。彼女の死はいろんな人にとってそれぞれ感慨深いものがあったようです。お亡くなりになられた1週間後、遺体の安置されていたClarence Houseからビッグベン/国会議事堂のあるWestminster Hallへのお棺の移動時は、三十分程の道のりを各組織(軍隊や警察などなど)の選ばれた人達や管弦楽団、馬、そしてロイヤルファミリーとともに行進する盛大なものでした。ちょうどお昼時で、私の勤める事務所は目と鼻の先だったため野次馬根性で見に行ったのですが、とんでもない、よく見える場所は宿泊組や早朝組が既に陣取っており、私の立っているところではお棺を運び入れた後の馬車や演奏をし終わった行列の通過しか見れませんでした・・・。

その日の午後から一般の人たちの参拝が可能になったのですが、葬儀の前日の月曜日までになんと20万人の人が参拝したそうです。当時は朝8時から夜6時まで、となっていたのですが、ホールに辿り着くのを待つ人の列(イギリスでは「キュー」といいます)が時間を追うごとに伸び、テムズ川を越えて川沿いに並ぶ列は何マイルも伸びる一方のため、ついに朝方の1、2時間清掃の為に閉める程度で、ほとんど一晩中開けていたようです。待ち時間4時間。ラジオでは「今から並ぶ人は○○番に電話して『キュー』の先端を確認してから行きましょう」と交通情報のように流していました。列を待つ途中には出店や防寒具支給、簡易トイレまで出る始末・・・。ほとんどお祭りです。普段からキュー好きのイギリス人ですが、特に今回は誰もが一種楽しそうで、子供から大人、きっとクイーンマザーと同世代だ、と思わせるようなお年寄りまで夜中の列に並び「でも全然苦にならない」などとインタビューに答えていました。

火曜日のお葬式はWestminster Hall の隣にあるWestminster Abbeyで行われました。ダイアナ妃のお葬式でも有名ですが、クイーンマザーにとっては結婚式を挙げた思い出の場所です。この日は国民の休日にするか論議の対象になっていたようですが、結局休日にはならず、それでも葬儀会場の前に前日からテントを貼る人、会社を休んでテレビの生放送をじっくりと見る人、会社は休まず出勤するけれど、喪に服して黒めのスーツを来ているビジネスマン・・・。私自身もこの日はクイーンマザーの棺の移動ルートであるハイドパークコーナーで、彼女と、彼女の埋葬先であるウィンザー城まで付き添うチャールズ皇太子を見送りました。ここでも数多くの人がおり、翌日の新聞では、100万人以上の人達が集まったと書かれていました。

ダイアナ妃の死の時のようにショッキングではなく、101歳の大往生のため、お葬式と言っても国民には何か明るい雰囲気があるなか、エリザベス女王の、表情を全く変えない姿がとても印象的でした。今年6月に即位50周年記念式典を控えていながら数カ月前に妹マーガレット王女を亡くし、そして今回は母親・・・。 彼女自身も75歳と
いう高齢だし、心理的にもダメージが一番大きいのは彼女ではないかと思うのです。20代に父親が亡くなり、悲しむ間もなく即位し、50年間国のシンボルであり続けた強さをひしひしと感じました。 

ともかく、クイーンマザーの死は、まさに一時代の終わりを告げた、という感じではないでしょうか。あれほど大騒ぎした葬儀から3週間たち、今は何もなかったかのように毎日が過ぎています。

 

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