ある日突然すらすら喋れるようになる


というのが売りの英語教材は山ほどあるようです。もしくは、その教材の宣伝広告がいたるところにあるのが事実かもしれません。私自身は試したことがありませんので、どんな教材かは分かりません。この売り文句を見て人々はどう思うのでしょうか。「そんなんでペラペラになるんやったら誰もこんなに苦労せんわい。」と思うか、「そんなんでペラペラになるんやったら楽勝やね。試しに買ってみるか。」と思うか、「よし、これに賭けよう。」...人によって様々でしょう。

英語を長くやってきて、数年前からドイツ語をやっている私から見れば、この売り文句は本当であるし、ウソでもあると思います。教材の内容(リスニングか、ストーリーか、○○メソッドか、etc)はさほど問題ではありません。「ウソ」だと思うのは、この教材だけやっても英語はマスターできないと思うからです。言語をマスターするというのは、単に言葉を発することだけではなく、ここには書ききれないほどの複雑な要素が相互に作用したその結果によるものだからです。それは何か1つでも外国語を勉強している人だったら実感できるでしょう。

「本当」だと思うのは、何かしら努力して、自分で精一杯頑張った、勉強した人は「これだけのことを自分は成し遂げたんだ」という自信のようなものがあり、それがベースとなって物怖じせずにどんどん喋ろうという気になるものだからです。「教材」というからには、そこから学べるものがあるわけで、それらをしっかり学んでいれば、あとは喋ろうというやる気に自分を乗せる、結果として「スラスラ」喋れるようになっていくというわけです。もちろん話好きか、積極的かの個人差はありますし、教材の向き不向きも人によって異なりますので、すべての人がとは申しません。

売り文句につられて高価な教材を買ってしまい、結局無駄金を使ってしまったと思うかもしれません。でも、そういう無駄をしなければ、どんな教材が自分に合うかは分からないのです。気に入って買ったけれども残念ながら自分には似合わずに、また、着る機会がなくてタンスに眠っている服は誰にもあるでしょう。そういう無駄によって自分にはどんな服が似合うか、どんな教材が向いているかが初めて分かるのだと思います。

私の最大の無駄ですか?わりと慎重なので大きな無駄はしていませんが、小さな無駄は常にしています。昨日もまた英文雑誌「エコノミスト」の年間購読を申し込んでしまいました。(しかも、通算3回目の購読です。)1年間の購読料は158マルク。(約8000円)これから毎週自宅にこれが郵送されることになりますが、本当に面白いなあと思える記事は1部につき1つでもあれば良いうちだと考えています。よって、ほとんどはムダなのであります。でも、本当に面白い記事を読んだとき、欲しかった情報を得たとき、ああ、ムダをしてて(購読していて)良かったと、その一瞬のために(読む)時間もお金も使ってて良かったと感じます。(定期購読者には、インターネット上で、無料で過去の記事にアクセスできるという特典もついてます。実は、これが意外と重宝します。)もし、このムダをしていなければ、この満足感を得ることもなかった、それは結局158マルクを払うことよりももったいないことであったはずだ、と思うのです。

いろんな売り文句につられてどんな教材を買ったとしても、ムダだったとは考えず、また懲りずに無駄をしてください。そのうち、王子様が現れることを信じて。

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