高校時代の過剰意識


 けれども思春期というものは自意識過剰な時代で、自分の天才を信じたい時期なのです。僕も自分を賢いと思いつつ、本物の天才かどうかは半信半疑で、高校に入学するなり、学校の図書室で 「天才」 (宮城音弥・東工大名誉教授著 ・・・寂しいことに2005年の年末、先生の訃報に接しました) という岩波新書を借りて、世の天才の生き様を参考にしようとしたのでした。

 そこにはレオナルド・ダ・ビンチだのモーツァルトだのといった、世界的に有名な天才がどんな才能を発揮したかが語られていて、彼らに比べれば僕など、幼くして煌めくばかりの絵画を描いているわけでもなく、人を感動させる曲を生み出したわけでもありません。

 けれども、何とか必死で努力すれば追いつけそうな天才が、ただ一人、その本に載っていたのでした。オーストリアのネルヴァルという人は、19歳にしてゲーテの 「ファウスト」 を翻訳した語学の天才である、と紹介されていたのです。

 「ファウスト」 と言えば400字詰め原稿用紙にして800枚程度の作品です。そのとき僕は15歳。もう4年あれば、僕にだってやってやれないことはない、と思えたのでした。

 英語が好きだった僕は、翻訳のレベルまで能力を上げるため、最初の2年間を徹底的な訓練に費やしました。

 まずは当時のベストセラーだった國弘正雄先生の 「英語の話しかた」 を読み、そこに述べられていた、自分の中学三年間の教科書を500回から1000回音読し、すべての文章を完璧に体にたたき込む、という作業を実践したのです。

 僕らの使っていた教科書は今の3倍のボリュームがありましたから、中1から中3の本文を最初から最後まで読み通すだけでも、2時間以上かかりました。それを高校1年の夏休みが終わるまで一日も休まず繰り返した結果、ほぼ丸暗記が完成し、以降は高校卒業まで、自転車で通学する往復1時間を、中3の教科書に限定して大声で暗唱したのでした。

 独善的な発音の癖がつかないように、市販のソノシートに収められた外人の模範朗読をカセットテープに録音し、毎晩風呂に入る度にそのテープをかけて、発音をそっくりに真似もしたものです。おかげで高校の授業で朗読を当てられても、誰よりも上手に読める自信がつき、朝夕の通学路で行き交う人々に、むしろ聞いてくれと言わんばかりに、恥ずかし気もなく意識的に声を張り上げたのでした。


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