大学受験に向け嫌々の勉強 そして学習院受験へ
もはや国立大学は時間的に不可能でした。もちろん、親の目を欺くために、広島の予備校が主催する全国模試を受けては、英語に限って言えば、当時全国で200万人以上いた大学受験生の中でもトップ・テンに入る成績、具体的に言えば、常に90点台をとっていましたので、まさか息子が一日15時間を超えるまで翻訳に取り組み、他の科目には目もくれていないなど知るよしもありません。英語だけで平均点の倍近くを稼いでいるおかげで、他の科目が普通か、それ以下でも、大正生まれの人間で受験情報に疎い親にとっては、成績順位的には文句のない息子が抱える問題の所在など、考えも及ばなかったのでした。
父の自転車屋の仕事はうまくいっておらず、とても私立など金が出せないと釘を刺されていたのですが、僕は翻訳の出版に向け、有名どころの出版社に足を運ぶためにも、東京に出たいがために、父に対して惨めに頭を下げ、一校だけ、学習院大学の受験を認めてもらい、世界史に集中して一ヶ月の付け焼き刃の暗記をするという、嫌々ながら興味のない勉強をした上で、上京したのでした。
たくさんの科目がある国立と違い、私立は英語・国語・世界史の3科目でよく、それだけなら不合格になる心配をしないで済みます。学習院の受験会場に入っても、自分の英語の天才を信じている僕にしてみれば、周りの連中など馬鹿に思え ( 失礼 ! ) 完全に呑んでかかっていました。
席に着いたすぐ横にヒーターがあって、最初のうちは良かったのですが、1時限目の途中から熱くてたまらなくなり、一応解答を書き終わったあとで挙手をし、「ヒーターを切って貰えませんか」と申し出たのです。それだけなら良いとして、3時限目になると寒さを感じるようになり、再び手を挙げて 「済みませんが、少し温度を下げ気味にして、ヒーターを点けていただけませんか」 などと言いだしたので、何という傍若無人な奴だと呆れられたかも知れません。
いずれにしろ私立は英語の配点が高いですから、それで9割以上を得点すれば何とかなるだろうとタカをくくり、そして思い通り、何とかなったわけです。
ちなみに学習院に入学してから、同じクラスで僕の前に座った人がニコニコ振り返りながら、受験の時暖房を切ってくださいって言った人でしょ、と話しかけてきましたから、相当印象に残ったようでした。
NEXT!