大学入学後 ~ 愛しの乞食袋
毎月 5 万円の仕送りなど無理だから、なるべく早く家庭教師のアルバイトを見つけてほしい、というのが父の願いでした。そこで、大学 1 年の夏あたりから家庭教師をするようになりました。
受け持った最初の子が瞬く間に成績を上げてくれたもので、次々と依頼を受けるようになり、一人週二回2時間の授業で、5 人の中・高校生から月々 24,000 円を頂けるようになりました。
それだけで当時の大卒初任給の平均を上回っていましたが、いい気になることはなく、その12万の収入プラス特別奨学金の2万円で生活費をまかなったばかりか、卒業までの学費をすべて自分のアルバイトで払いきることができました。それどころか、最近テレビのバライティで人気の、1 ヶ月食費 1 万円生活を 30 年前に実行していたので、下宿代を払っても毎月 8 万円以上貯金が出来ていました。
若い頃には単なる蓄財などせず、自分を向上させるために投資すべきだと考え、大学2年の夏にはそれまで貯めていた67万円を一気に使って、28日間のヨーロッパ8ヶ国バスツアーにも参加したものでした。まだ1ドル270円とかの時代ですから海外旅行は高嶺の花でしたが、それだけの金額を思い切って使ったという意識は、僕の大いな財産になったと思います。
財産と言えば、海外旅行以上の価値がある、現在の僕にとってかけがえのない財産となってくれたのが、図書館の大量の本でした。学習院の図書館と、下宿先に一番近い豊島区図書館、そして家庭教師に出向く先で通りかかる区立図書館などに複数登録し、1 ヶ月に平均 30 冊程度を借りまくり、1 日 1 冊をノルマとして、毎日10時間程度は読書に費やしたものです。
返さなければならない公的な本を、ただ読みっぱなしでは内容を覚えておく事が難しいと思い、感動した文章はすべて、大学ノートに書き写していきました。コピーを取ることも出来ましたが、そんなことにお金を使うのはもったいありませんから、小さな文字でびっしりと紙面を埋め、家庭教師先で生徒に問題を解かしている間は、このノートを読み返しては、記憶に定着させていきました。
生徒にとっても、傍でのんびり漫画や文庫本を眺めているわけではなく、手書きのノートを熱心に読みふけっている姿を見て、自分もこれほど一生懸命に勉強しなければトップを取れないのか、と刺激を与えられたようでした。とにかく手を動かして書くという習慣が脳を活性化させ、記憶を確実なものに出来るのだと信じさせるのに、非常に説得力を持たせたと思うのです。
この大学ノートは東京で暮らした 5 年間に延べ 13 冊に達しましたが、塾の生徒にも勉強とはこうすべきで、何十年経っても自分の努力の証しとして残ってくれるから、僕の塾で習うからには、君ら自身の努力の証しとして、3 年間で 100 冊以上の学習ノートが貯まるよう頑張りなさい、とハッパをかけるのです。
ちなみにこれらのノートの表紙には、「乞食袋」という名前を付けています。自分の金を使わず、内容の良いところだけを抜き書いてあるわけですから、まるで乞食がせめてもの所有欲を満たすべく、貪欲に必要最低限ものだけを巾着袋に保管してあるようなものだ、と感じて命名したのでした。
今でこそ金の心配をしないで、読みたい本を月に何十冊でも購入し、3万冊を超える蔵書を持つに至りましたが、当時の僕は、図書館で借りて心が震え、どうしても自分の手元に置いて繰り返し読みたいと思えた本だけを厳選して買っていましたから、部屋が本で埋め尽くされる事はなくて済みました。現在溢れかえった本に何カ所かの部屋を占領され、いざ改めて探そうとしても何処にあるのか判らない有様になって、いくら手元に置きたいからと言って無闇やたらに蔵書を増やすのは間違っていたな、と反省しています。
( 「 乞食袋 」 の現物です。ノートの1行を更に2分割して、これだけの小さな字で13冊すべてがびっしりと埋め尽くされていますから、初めてこのノートを見れば、誰だって驚いてくれます )
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