ゆとりと充実と愚直の相関


 やらなければならない勉強を済ませれば、後は自由に何をしても構わないのですから、成績の良い子ほど時間にゆとりがあり、色んなことに挑戦できるはずです。

 成績が上がると、本当に嬉しいもんだよ。何で今までやる気にならなかったんだろう、長いこと勿体ないことをしてたなぁ、と残念に思えてくるよ。九九が覚えられる頭があるのなら、誰だって、僕の指示に従いさえすれば分かるようになるんです。

 やろうと決めた気持ちは、立派なことであって、ちっとも恥ずかしいことじゃないんです。恥ずかしいのは、分かりもしないのに格好をつけ、過去に戻っての復習をしようともせず、たかだか公立のテストで80点以下の点数しかとれないような成績で、世間体のために高校に行きたがることだ、と僕は思います。

 2006年度のNHK大河ドラマには、司馬遼太郎原作の「巧名が辻」が選ばれました。主人公の山内一豊は"愚直の人"と呼ばれるほどの性格で、奥さんの内助の功もあって、信長、秀吉、家康に仕え、どんどん出世をしていくのです。その為にも、愚かなまでにまっすぐに、自分の決められた仕事をやり通すのです。

 僕は比喩として生徒に言います。花壇に水をあげなさいと命じられて、雨降りの日にも傘をさして、じょうろで水をやるような性格が、結果として成績を上げるのだ、と。

 しかし頭の良い、要領のいい人は、思うでしょう。雨で水は充分足りているのだから、その上に水をやるのはバッカみたいじゃないか。もっと合理的に行動しろよ。

 ・・・折角立てた計画を守れないとき、頭の良い諸君は、勉強しなかった理由を一生懸命考え、これこれこういう理由だったから机に向かえなかったのはしょうがない、その勉強できない事態が、不思議と毎日続いてしまって、テストに間に合わなかったから、いくら頭の良い自分でも、たまたま成績が悪いのも仕方がないんだ、と納得しようとするのです。

 だってあの日は、次の日がクラブの試合で早く寝ないといけなかったし、あの日だってちょっと熱っぽかったから、身体が第一で早々にベッドに潜り込まないといけなかった。別のあの日は、クラスでも人気の番組がいくつもあって、見ていかなかったら話題についていけないし、独りだけ勉強していたガリ勉と思われるのも厭だし、さらにあの日はお母さんが病気で代わりに晩御飯を作らなきゃいけなかったし、あの日は何ヶ月も前から発売を楽しみにしていたゲームが発売されて、買った以上はやりたくなるのが当然で、ちょっとオープニングを眺めるつもりだけが、ついつい時間を忘れてしまったのは人情でしょうなどと、とめどなくサボった言い訳を探してくるのです。

 何という頭の良さでしょう ! 次から次と言い訳を編み出す暇があれば、素直に勉強した方がどれほど頭を使わないで済むか知れません。僕なんか愚直なまでの勉強バカだから、こうと決めたらごちゃごちゃ考えず、日曜祝日盆暮れ正月関係なく、ただ黙々と参考書を読み、問題集を広げ、ノートに解いていったに過ぎないと思うのです。 


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