頭を使う動物、それが人間


 もう一つ大事な注意があります。

 勉強を嫌々でやれば、辛い仕事になるのは決まり切っています。しかし日々の努力によってそれが楽しみになってくると、勉強ほど面白くてたまらないと感じられるものはなく、もっとも人間としての基本的な欲求となっていくのです。

 レナート・ニルソンという人が、子宮内に極小カメラを挿入し、母親の受精から誕生までの胎児成長の記録をフィルムに収めた写真集があるのですが、それを見れば赤ちゃんの体長の実に三分の一が頭なのです。

 人間は他の動物と比べ、遙かに大きな頭脳を持って生まれ、その頭を使いこなすことこそが、人として生きる目的なのだと考えさせられます。

 せっかく神様に与えられた宝物を充分に使い切ることなく無駄にしては、次に生まれ変わるときミジンコになっちまうぞ、と冗談半分生徒を脅しています。

 僕にとって神とは、仏やキリストではなく ( 彼らは修行によってか、あるいは持って生まれた超能力によって、神懸かりなことをやってみせたのかも知れませんが、僕のイメージする神とは無関係です ) この宇宙を統治している存在を言います。

 僕らが生まれてくるのに、64億人のすべての顔を変えさせ、それどころか一本一本の小さな指紋さえも異なるものにし、蝿や蚊のような害虫ですら電子顕微鏡で拡大して観察すれば、もの凄く繊細に出来ている、そうした恐るべき緻密な創造をやってのけた、絶対的な存在。

 そのくせ戦争や地震で死んでいくものには何の救いの手も差し伸べない、残酷な自然の猛威も無慈悲に引き起こしてしまう、神と呼ぶしかない存在。

 ・・・・存在と書いていますが、もちろん目に見ることのあり得ない、そうした "神" からせっかく与えられた能力を、精一杯使わなければ、もったいなさ過ぎます。

 僕は生徒に、日曜だろうが、祝日だろうが、大型連休だろうが、盆正月であろうが、勉強は一日たりと休むべきではない、と言い聞かせます。

 正月だからって特別に骨休めで動こうとせず、丸一日何も食べないでいられますか? せっかくの連休だから寝る時間がもったいないと、一睡もせずに遊び続けていられますか? 

 勉強もそういう生きる上での欠かすことのできない自然な欲求でなければ、本物ではありません。

 少なくとも僕はこの30数年、英語の本を読まなかった日はありませんし、時間つぶしに何かしら文章を書いたり、数学を解いたりしています。一日最低1冊の本を読み続けた結果、現在では3万冊を超える蔵書量になってしまいました。好きでやっていれば何の苦痛もありません。むしろすぐ手の届くところに本がなければ落ち着かない状態なのです。


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