二本のトンネルの因縁〜〜天塩炭礦鉄道
<完全改稿版>
筆者がこの「以久科鉄道志学館」を開設したのは平成12(2000)年 6月末のこと。今は平成21(2009)年 7月となり、「志学館」は満 9年が経ち、10年目の活動に入っている。記事の数は、表紙に掲げたものだけで 100編を超えた。
このように時の流れを経たあとで、「志学館」開設直後に手がけた本記事を顧みると、「天塩炭礦鉄道を歩く」(平成20(2008)年執筆)にて認めたとおり、書きぶりに苦しいものがあると断じざるをえない。平成12年当時にはまだ、記事の数を揃えることが急務であって、呻吟しながら言葉を紡いだ記憶が残っている。
それでも質が保たれていれば、敢えて内容を見直す必要はない。その観点から本記事を見直してみると、筆者において不自然な文体となっており、同じ筆致ではもはや書けないほどになっている。それだけではない。時間の経過に伴い筆者の研究が進んでおり、事実に対する分析や解釈が近年の記事と平仄が合っていない、という重大な問題が生じている。筆者の筆力は、当時はまだ確固たるものになってはいなかった。
よって、本記事は全面的に改稿することにする。当初版の記述が残る箇所は、きわめて僅少であろう。この全面改稿により、本記事はようやくにして確立することになるはずだ。ただし「筆者が当時当初版を著した」という事実は残さなければならず、面白からぬ経緯があったことをも踏まえ、まったく原文のままリンクさせておく。

執筆備忘録
現地訪問 :平成 3(1991)年夏・平成 6(1994)年夏・平成19(2007)年夏
※写真は全て平成19(2007)年の撮影
当初版執筆:平成12(2000)年夏
改稿版執筆:平成21(2009)年夏〜冬/平成22(2010)年夏
当初版へのリンク:二本のトンネルの因縁〜〜天塩炭礦鉄道<当初オリジナル版>
参考文献
(01)「十五年史」(天塩鐵道株式会社)
(02)「七十年史」(北海道炭礦汽船株式会社)
(03)「昭和十七年五月三十一日現在留萠駅構内配線図」
(04)「日本国有鉄道百年史第11巻」(日本国有鉄道)
(05)「民鉄統計年報(各年度版)」(運輸省鉄道監督局監修)
HP『I Love SwitchBack』より
(06)「羽幌線・留萠」(江上英樹)
(07)「交通公社の時刻表(1964年 8月版)」(日本交通公社)
鉄道ジャーナル別冊N0.5 『北海道の鉄道』より
(08)「北海道の鉄道網のあゆみ」(青木栄一)
鉄道ピクトリアルNo.384『北海道鉄道開通百周年記念号』より(1980年12月増刊)
(09)「北海道の私鉄盛衰記」(小熊米雄)
(10)「23年前1周の北海道」(白井良和)
(11)「私鉄史ハンドブック」(和久田康雄)
『鉄道廃線跡を歩くY』(宮脇俊三編)より
(12)「天塩炭礦鉄道【留萠〜達布】」(杉崎行恭)
小平町HP・『小平町の資料』より
(13)「14. おいたち」
留萠市HPより
(14)留萠市のあゆみ
北海道HP・『箱館奉行所文書一覧』より
(15)請求記号:簿書72 資料名:函府御用留 従安政五年至元治元子年
HP『甘藷岳山荘』より
(16)大天狗岳(あまいものこ)
国土交通省HP・河川・河川整備基本方針・河川整備計画より
(17)留萠川水系流域及び河川の概要
国土地理院HP・国土変遷アーカイブ(空中写真閲覧サービス)より
(18)写真名:USA_R261_IL_32
独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センターHP・『地質ニュース 498号(1996年 2月)』より
(19)「5万分の1地質図幅『恵比島』」(渡辺真人・吉田史郎)
同『地質調査所月報(第12巻第 1号)』より
(20)「留萠炭田の重鉱物組成」(佐藤良昭)
北海道HP・平成17年度第 3回公共事業評価専門委員会『公共事業再評価調書』より
(21)「整理番号:09-0306-56 事業種別:道路改築費 地区名:留萠小平線」
(22)地質調査に関する情報(筆者所蔵)
『建設グラフ2008年 8月号』より
(23)「国道 232号の交通障害時の代替ルート──留萠市春日町と小平町を結ぶ萠平トンネル」(市村隆二)
宮坂建設工業株式会社HPより
(24)施工中工事写真・道道留萠小平線道路改良(萠平トンネル)工事
(25)「常紋トンネル」(小池喜孝)
参考文献(01)(02)(03)の入手にあたっては、三菱大夕張鉄道保存会会長の奥山道紀様の格別なる御高配を賜りました。ここに明記することにより、感謝の意を表します。