02.逃げるなんて冗談じゃない

 

うちは、武官でも貴族でもなんでもない、ただのちょっと金持ちの家だった。
正義感の強い親父は、よく新聞を読みながら、居間で戦況に口出ししていたけれど。
俺は戦ごとに関わる気なんてさらさらなく。
戦火が広がる前に、群島諸国にでも足を伸ばし、楽しい遊学を行おうと心に決めていた。

そんな俺のささやかな望みは、セイカの村で親父に捕まり一時中断を余儀なくされた。
連れ込まれた湖城で、日々稽古に出ろと口うるさい親父を振り切り、よく城を抜け出す計画を練っていた。
悪いが、鍛錬や戦争なんかより、女の子と楽しく遊びたい年頃なんだよ。

ある日、肩ぐらいまで茶色の髪をのばした綺麗な魔術師の子に出会った。
この城は思いのほか女の子のレベルが高かったけど、その中でもトップクラス。
可愛いねとにこやかに肩に手をかけた瞬間、世界が反転した。
「何か用があるなら、あと5歩は下がってから言ってくれる?」
勢いよく吹っ飛ばされ呆気にとられている俺に、「大丈夫?」と安否を尋ね、その後大爆笑した奴がいた。
「まさか僕以外にルックの本気の切り裂きを喰らう人はいないと思ってた」と
真顔で語るそいつが軍主だと気づいたときはちょっと驚いた。

知れば知るほど、軍主はただのガキだった。
覗きに興味を持つし、盗み食いするし、抜け道づくりもお手の物。
いつも陽気に笑い、ルックにちょっかいかけては切り裂きを喰らって。
正直、何でこいつに親父や軍師や将がひかれるのかわからなかった。

逃げたくないのか、と直接的に疑問をぶつけたときがある。
そう年の変わらないこいつが、軍主だなんて、信じられなかったからだ。
「僕には、この道しかないから」
考える時間も、選べる道も少なかったけれど、それでも自分で決めたと凛とした姿。
そのとき、ひとつ俺は気づいた。
「お前ってさ、ためいきつかねぇよな」
何で人がこんなに彼の下に集まるのかなんて、不思議に感じてたけど。
誰に対しても、疲れているという印象は与えないのだ。
いつでも、ただまっすぐに、進む。
過剰な期待に応えるべく、独り戦う英雄。

ああ、こんな軍主がいる城じゃ、逃げるなんて冗談じゃねえよ。