「日高発」馬事通信

馬産地日高では競馬以外でもいろいろな馬にまつわる行事が行われています。このコーナーでは内地の競馬ファンでは普段なかなかお目にかかれない、日高の馬事(馬関係のイベント)と馬産地競馬・ホッカイドウ競馬についてレポートしていこうと思っています。

「日高発」馬事通信バックナンバー2004年〜2006年


貧乏牧場めぐりに新たな朗報?「優駿浪漫街道・情報サイトスペースin日高」

携帯充電器まで用意されているのはありがたい以前、「貧乏牧場めぐり」(※貧乏人の経費を抑えた牧場めぐりという意味で、貧乏な牧場をめぐるのではありませんよ)にお勧めの情報として日高管内に初めてのネットカフェ「自遊空間静内店」がオープンした事をレポートしましたが、残念ながら先月に閉店してしまいました。

わずか1年半の営業・・・「旅打ち」であれだけお世話になっているネカフェ(マンキツ)ですが、結局地元で利用することは一度もありませんでした。ネカフェがマンガ喫茶と呼ばれていた創成期(知る人ぞ知る「ビードリーム」時代からのユーザー)からの愛好家として申し訳ない気持ちにもなります。(これで当分、日高管内にネカフェは出店しないでしょう…orz)

そんな僻地の日高ですが、この秋から国道235号沿いに気になる看板を見かけるようになりました。その看板には「優駿浪漫街道・情報サイトスペースin日高」と書かれています。「優駿浪漫街道」で調べてみたところ、国道235号の日高町・門別競馬場前〜浦河町・天馬街道入口までの約90kmが「優駿浪漫街道」と名付けられ、日高管内の観光情報発信基地としての施設のようです。


真横に日高本線が!鉄ちゃん感激?日高町(旧門別町)豊郷の国道235号線にある看板に誘われて、中に入ってみましたが、そこには10畳程度のプレハブと公衆トイレがありました。プレハブの中には日高管内の観光パンフレットや水道などが設置され、携帯電話の充電器まで用意してあります。小上がりのような場所もあり、ここで仮眠も出来るようです。(ライダーハウスとしても利用してくださいと書かれていたので24時間開放されていると推測します)

外の公衆トイレは環境に配慮したバイオトイレになっています。(ここでは手洗い出来ません)その立地も、海岸に面していて、日高本線のすぐそばでなかなか良い景色です。国道235号はずっと日高の海岸線を通る道路なのですが案外、海岸部分に出られる場所は限られています。周りには何もありませんが、テトラポットに激しく打ち付ける日高の荒波を感じることが出来ます。施設の管理は隣接する建設会社などが管理しているようです。

入った事はありませんが、国道235号の三石・東蓬来と、浦河・東幌別にも同じような看板があったので、日高管内に3箇所設置されているようです。牧場めぐりの休憩(仮眠)スポットとして如何でしょうか。(2008.10.30UP※画像は9月に撮影しました)


33年の歴史に幕…旭川競馬場最後の日(エーデルワイス賞観戦記)

旭川競馬場パノラマ

1975年に開場され、33年間の長きに渡って旭川市民に親しまれてきた旭川競馬場での競馬開催がこの日をもって最後の日を迎えました。日高の住民にとって旭川は、下道で行くと片道約250kmで4〜5時間掛かる、とても遠い町でしたが、毎年夏に数回は訪れていました。静内からは、道道で平取に抜けて(または国道235号で門別から直角に曲がる)日高町を通って、占冠〜金山〜富良野〜美瑛〜旭川と延々とドライブするのですが、旭川開催は夏から秋にかけての観光シーズンであり、道中の景色などはとても素晴らしいものでした。

旭川競馬場はナイター競馬で夕方からの観戦ということもあり、1日掛けての移動となり空いた時間に色々な観光地を巡ることしてきました。「平取や日高の町営温泉」「金山湖での釣り」「富良野のラベンダー畑やパッチワークの丘」「富良野のアンパンマン美術館」「麓郷の『北の国から』名所めぐり(番組見たこと無いですがwww)」「東川の秘湯・旭日岳温泉」「旭川の旭山動物園」「旭川のグルメ」「雨紛の『ひかりの空』(ヤングサンデー連載のゴルフ漫画)聖地巡礼」などなど。この十数年、内地の知人や競馬ファンを連れて、一日掛けての「競馬&観光」で何人も案内して喜んでもらいました。そんな魅力ある「旭川競馬場観戦ツアー」もこの日で最後…。

西神楽・競馬場向正面の麓から遮光ネットが見える紅葉に染まる山道を上がっていきます抽選会の景品・正門の様子

以前は往復6000円で済んだガソリン代も、今年に入って8000円近く掛かるようになり車での観戦はなかなか腰が重くなりました。(ダイヤ接続は極端に悪いし、ナイター開催なので「18切符系」でも2日分かかる)7月に「北海道&東日本切符」を利用しての観戦が最後の旭川と思っていましたが、最終日の最終レースには重賞・エーデルワイス賞JpnVが組まれていて、その出走予定馬にツルマルジャパンの従妹サダムテンジンが登録していたので、それをモチベーションに観戦に行こうかと思っていたら回避してしまいました。「見に行くの止めた」とテンション下がってたのですが、いざ開催も最後という事になると、やはり見届けたい気持ちが抑えられなくなり、10/16早朝に静内を出発して旭川へと車を走らせました。

旭川に到着したのは昼前。旭山動物園近くの「ファイブスター」で昼食ランチバイキングを堪能した後は、競馬場周辺を車で流して色々な角度から競馬場を見て回りました。13時過ぎに西神楽から山に入り、いつもの一方通行に向かって車を走らせましたが道中3人位の人間が歩いているのが見えました。普段、歩行者なんて全く見たことが無いので、明らかに競馬ファン、最後の開催を自分の足で踏破したいのでしょうね。※「ファイブスター」はブッフェ形式のファミリーバイキング(大人1090円90分)としては超オススメです!観光バスによる来客が多いので、飛込みでは順番待ちになる可能性が高いので、開店から並んだ方が良いですよ。旭川の楽しみのひとつだっただけに、今後は簡単に行けなくなるのは悲しい…

一方通行の坂を上がっていくと競馬場の姿が見えて来ました。私の旭川競馬場初観戦は1995年8月16日ライブリマウントが勝ったブリーダーズゴールドカップ。あれから13年の月日が立ちますが、旭川競馬場は全く変わっていません。(厳密に言えば施設の老朽化だけが進んでいます)この日は天気に恵まれて、競馬場から見上げる山の紅葉も映えていました。観光客にとっては非日常の素晴らしい景観ですが、普段の競馬を支える地元のお客さんにとっては不便な位置であったのは認めざるを得ません。

競馬場案内図・ツルマルボーイ産駒ソリドール沈む夕日とマルマツライブ三浦皇成騎手とハート馬アグネスエナジー

13:40分に開門が始まりましたが、この時点で200名近くの行列が出来ていました。ローカルニュースのTV局取材も多数入っていました。先着500名には「旭川競馬場の砂の入った小瓶」、「甘酒」や「石狩鍋」の無料券、「お楽しみ抽選会」の抽選券などが配布されました。普段、ネットやCSで旭川競馬場の中継を見ているとパドックの人の少なさに愕然とするのですが、この日は1レースから多くのお客さんがパドックにかぶりついていました。17時前に日が沈むと、一気にあたりは冷え込んできました。頂いた「甘酒」や「石狩鍋」の温かさが身に染みます。スタンド内部では冬の競馬場の風物詩ジェットヒーターが唸りをあげています。

周りが闇に包まれナイター競馬の時間となったのですが、なんとこの日は、競馬場の向正面から美しい月が顔を見せていました。月齢を調べてみると、この日は「十六夜(いざよい)月夜」言葉の響きどおり少し怪しげにも見えるオレンジ色の月が旭川競馬場を照らします。なんとも神秘的で美しい夜です。

この日は、メインレース以外にも多くの見所がありました。中央競馬からは武豊を超える新星と呼ばれている三浦皇成騎手が来場、3レースに騎乗。7Rには白毛馬マルマツライブが出走(ドベ…)10Rには、新たなハート馬、中央転入のアグネスエナジー(ルミナスハーバー全姉弟)の圧勝など毎回パドックとスタンドが沸いていました。私的には数少ないツルマルボイー産駒ソリドールが見られたのが良かった。(複勝買って3着で喜んでたら、1頭取消の複勝2着払いになって涙目になってる人も居ましたが…)10R終了後にスタンドで北海道副知事の挨拶。旭川から競馬場が無くなるのは大変残念な事ですが、ホッカイドウ競馬が存続するための経営的判断による撤退だけに、あまり廃止(撤退)に対する非難などは無いようで、「ありがとう旭川競馬場」といった雰囲気が大勢を占めていました。

十六夜月夜が競馬場を包むこの日は窓口も混雑・誘導馬のお姉さんも旭川では最後か・・・旭川開催閉幕の挨拶

そして旭川最後のレースとなるエーデルワイス賞のパドックが始まりました。JRAからの参戦はキミニムチュウ、ラヴリードリームの2頭。地方他地区からの参戦が無いのは残念ですが、レベルが高く仕上がりの早い道営馬9頭の計11頭が参戦。ワンダフルクエスト・ネフェルメモリーの居ないここでは負けられないアンペアが1番人気。前走でアンペアに先着したモエレオンリーワンは三浦皇成騎乗で2番人気。以下ラヴリードリーム、キミニムチュウと続きました。私は今年のサポーターズクラブで吉田稔騎乗のモエレピンクレディを指名していたので、馬券はアンペア・ピンク軸のフォーメーション12点。

20:10分、旭川競馬場33年の歴史に終わりを告げる生演奏ファンファーレが場内に流れました。この日の観客は4003人ということで、ここ数年の来場者としては最も多くのお客さんが集まったようです。最後のレース、エーデルワイス賞がスタート。タッチブライトが逃げ、三浦騎手のモエレオンリーワンが2番手、アンペアは中団。3コーナーから仕掛けていったアンペアが直線で先頭に立つと、ここからはワンマンショー、後続をグングン離すと6馬身差での圧勝!2着には良く踏ん張ったモエレオンリーワン、ハナ差の3着に末脚鋭く迫ってきたモエレピンクレディが入りました。(2着に入って欲しかったが、稔GJ!)アンペアの上がりは39.4秒、ちょっとモノが違う勝ち方でした。

昨年のマサノミネルバに続いての2連覇となった山口竜一騎手ですが、ゴール前では旭川競馬場のスタンドと大観衆を前に一礼、多くの声援が贈られました。ゆっくりと勝利の余韻に浸りながら、踵を返すと一気に反対方向(馬場出口)へ向かって駆け抜けていきました。(この緩急つけた動作がメチャメチャ格好良くて場内大盛り上がり(*´Д`)憎いよ山竜!!)

レトロな手書き看板も最後・・・エーデルワイス賞(スタート直後とゴール前)大歓声に見送られてのウイニングラン!

アンペアの口取りと表彰式が行われる中、スタンド前では最後のイベントである馬場開放が始まりました。先着500名に間に合わなかった人々は思い思いに馬場の砂を持ち帰ったりしていました。JRAローカル開催の開催終了日の馬場開放は「来年までさようなら(・∀・)ノ」ですが、この日の馬場開放は「永遠のさようなら(ノД`)」何とも切ない気持ちで砂を踏みしめながら感傷に浸りました。(稍重の馬場はかなり重く感じました)

馬場開放イベントが終了、払い戻し業務も終了、全てが終わった旭川競馬場ですが多くのお客さんは名残惜しそうに場内を彷徨っていました。すでに無人となったパドック、もうここを馬が歩くことは無いのです。入場門では競馬場職員がお客さんのお見送り。正門前に2体ある「ホクト君」の人形。いつもは2体共正面を向いているのですが、(誰が動かしたか知らないが)なぜか1体がスタンドに向いています。後ろに立ってみて納得。「右手を上げてポーズを取っているホクト君」が、この角度だと旭川競馬場スタンドに敬礼をしているようにも見えるのです。ナイスアングル!

表彰式・馬場開放馬場開放馬場からスタンドを見上げる

駐車場に戻ると、冷え切った体を暖めながら、闇夜に浮かび上がる旭川競馬場のスタンドを眺めていました。色々とこの競馬場での思い出に浸っていましたが、そろそろお別れです。意を決して、一方通行の道を下ると帰路へとつきました。帰りの道中、美瑛の情報掲示板を見ると「気温1度」そりゃ〜寒いはずです。

旭川競馬場へのルート上には数多くの観光地があり、色々と廻って来ましたが、それも「旭川競馬場があったから」こそ。観光地だけのモチベーションでは、今後なかなか旭川に足を運ぶことは無くなるでしょう。道北・道東へ行くこともなくなります。残念ですが、ホッカイドウ競馬がこれで終わった訳ではありません。残りの門別開催、来年からの開催を今後も応援していきたいと思います。(2008.10.18UP)

もうこの場所を周回する馬は居ない・・・旭川競馬場に敬礼するホクト君さらば、旭川競馬場・・・

さらば、旭川競馬場!ありがとう旭川競馬場!その役目を終えて静かに朽ち果てる旭川競馬場に対して『敬礼(TAT)ゞ


三冠馬ナリタブライアン十周忌・ブライアン記念館閉館へ…

ブライアン記念館外観とポニー中央競馬史上5頭目のクラシック三冠馬”シャドーロールの怪物”と呼ばれたナリタブライアン(父ブライアンズタイム母パシフィカス)が急逝して10年、この日十周忌を迎えました。

種牡馬入りしてわずか2シーズン(1997年81頭・1998年106頭に種付)の産駒しか遺せませんでした。1998年6月に腸閉塞を発症、開腹手術を行い回復に向かったともいわれていたブライアンですが、3ヵ月後の9/28に胃破裂により死亡しました。当時は競馬ブームの最中であり、多くの競馬ファンの悲しみを誘い10/2に行われた葬儀には、山路オーナー・大久保調教師を始めとした競馬関係者やファン600名余りを集めての追悼式が行われました。(私事ですが)当時、職場の昼休みに車を飛ばして、今にも泣き出しそうな曇り空の中をCBスタッドに向かったのですが、葬儀に間に合わずガックリした記憶があります。

十周忌のこの日、新冠は天気は良いものの風が強く寒い一日でしたが、ブライアンのモニュメントには10件近くの献花が捧げられ、多くは無いものの途絶えることなくファンが訪れてモニュメント(象徴としてのお墓)に手を合わせていました。(土葬にされた”本当のお墓”は優駿SSの丘の上にあります。※一般立入禁止)

2000年9/27、ナリタブライアンの命日に、彼の功績を後世に語り継ぐ場所として「ブライアン記念館」が開館。館内にはブライアン幼少時からの写真や、三冠の肩掛け、ゼッケン、記念品などが展示され、ブライアンの実物大フィギュアなども飾られていました。

その「ナリタブライアン記念館」ですが、残念ながら9/30をもって閉館となります。設立当時の早田牧場が倒産、競馬ブームに陰りが出て集客に苦労していたというのもありますが、非常に残念な事です。

現在の日高観光”牧場めぐり”はリピーターが中心なので、一度見れば十分な記念館のような施設は有料で営業を続けるには厳しいものがあります。また、競馬グッズが売れなくなって早田(シルク)系列の新商品も販売されず。最近はハーブやら、馬のブロンズ像やら競馬ファンの購買ニーズから外れた商品が販売されていたというのもファンの興味を惹かなくなくなった原因かもしれません。

ブライアン記念館その瞳は何をみつめるのか・・・史上5頭目の三冠馬

9/27ナリタブライアン十周忌しかし、この記念館閉館の最大の原因は「建物と展示物の所有者と、土地の所有者」の間の問題のようです。CBスタッドの跡地を優駿スタリオンステーションが購入した事から、「優駿の中に”早田の遺物”がある」といった歪な状態がずっと続いていました。

(ここから先はあくまで私が耳にした噂です)今後、ブライアン記念館の建物は残念ながら取り壊しになりそうですが、ブライアン記念館の所蔵品はオーナーサイドとしては人の目に触れる場所に展示したいという意向があり、静内では町民センター(ピュア2階)に静内産活躍馬の展示スペースがあることから、新冠産活躍馬でそのような場所を作れないか?との話もあがっているようです。

また、記念館のモニュメント(象徴としてのお墓)は道の駅のハイセイコー像のように、どこか人の集まる場所に移設出来ないかと考えられているそうです。行政(新冠町)の対応が関わってくるのでどうなるか分かりませんが、あれだけの所蔵品と立派なモニュメントなだけに良い形で残ってもらえればと思います。(蹄鉄をモチーフとした記念館の建物や、1勝ごとに12本建てられたモニュメントも壊すには惜しいですよ…)

「ブライアン記念館」では設立同時、「10000円でモニュメントの裏に名前が入れられる」「3000円で銅プレートにメッセージが入れられる」「500円で白石にマジックでメッセージを書いて供えられる(これは現在も行っています)」といった献金策をやっていました。(私も3000円のプレートと、500円の白石は供えました)

このモニュメントもそのまま移設して欲しいお金を払った側としても、モニュメントやプレートが、埃をかぶって倉庫で眠るような形になるのは納得できないので、新冠・道の駅にでも移転すればいいな〜と思っています。(それか、サラブレッド銀座入口の展望台とかね)ちなみにマジックで書かれた白石は風雪にさらされているので、ほとんどは文字が消えていました。後から館内の実物大フィギュアの足元に供えられた白石は綺麗に文字が残っています。

しかし、新冠町がこの通りを「サラブレッド銀座」と名付けた時代は、入口に「優駿ショップ」、奥にCBの「ブライアンショップ(記念館)」とあったのに、競馬ファン向けのお店が完全に無くなってしまいました。

オグリキャップが来た頃は、週末には新冠町の人口を超える6000人以上がオグリキャップ見学に訪れ、「優駿ショップ」の売上は億を超えて、札幌の倉庫に商品を取りに走り回っていたそうです。(←この話は当時の優駿スタリオン関係者から聞いた話なんですが、6000人の観光客で売上1億つったら「客単価15000円以上」なんで、金額に関しては眉唾っぽいなぁ(^^;と思いますが、とにかく観光客が殺到したのは確かな事実のようです)

日高に暮らす者としては、競馬ファンがもっと遊びに来てくれて、各町にお金を落として行って欲しいと思うのですが、今の日高に(見学可能な馬で)見たい馬が居るか?と言われると回答に困りますね…。(2008.9.27UP※画像は9/23撮影と9/27撮影が混在しています)


ツルマルガール一族の血よ永遠に〜ツルマルオジョウ引退、繁殖生活へ・兄ツルマルボーイは種牡馬引退

ツルマルオジョウ9/18橋口弘次郎厩舎のツルマルオジョウがJRAの競走馬登録を抹消されました。オジョウはそのまま札幌競馬場から生まれ故郷の浜本牧場へ戻り、今後は繁殖牝馬となります。残念ながら競走成績は13戦1勝と奮いませんでしたが、デビュー前から「牧場に戻って来て繁殖になるのが一番大切な仕事」と言われてきただけに、まずは無事に牧場に戻って来れた事を喜びたいと思います。

ツルマルオジョウは父ダンスインザダーク母ツルマルガール、ツルマルボーイが安田記念を制した2004年に全兄妹として誕生。母ツルマルガールは、この仔(オジョウ)を最後に早逝。まだ13歳、GT馬の母となりこれからの繁殖成績が期待された矢先の出来事だっただけに惜しまれました。前年の2003年末に野路菊ステークスを勝ち、翌年の牝馬クラシックでの活躍が期待されていた全姉ツルマルシスターが急性腹膜炎で亡くなっていただけに、ツルマルオジョウは「ツルマルガール」の血を継ぐ唯一の牝系として、競走生活以上に無事に牧場に戻って繁殖牝馬となることを重大な責務として担っていました。

育成時代には腰の具合が思わしくなく、一頓挫あったものの2007年1月に小倉競馬場にてデビュー、4コーナーで大外に逸走しながらも見事にデビュー勝ち、レース後に騎乗していた塚田騎手を振り落とすという派手なレース振りでデビューしました。その後のフィリーズレビュー、忘れな草賞は共に12着と大敗。夏からは自己条件の500万に戻りましたが、その後の10戦全てで入着は果たすものの結局一度も馬券圏内に絡むことは出来ませんでした。直線抜群のポジションで伸びそうで伸びない、もどかしいレースが続きました。

長生きして良いお母さんになってね!最後のレースとなったのは9/15の札幌・利尻特別。このレースでは強引にハナに立つと、競ってきた相手にも一歩も譲らずの逃げを見せ8着、(こんな時期に思い切った戦法を取るとは、現状を打破したい陣営の思惑か?)と思ったのですが、今にして思えば引退レースの掛かった一戦「ツルマルオジョウ4歳負けたら即引退スペシャル」だったのでしょう。

1勝という成績は、栄光のツルマルガール一族としては物足りない成績ではありますが、「ツルマルガール〜エプソムガール〜ゲシー〜ジャヌワ」と半世紀に渡る浜本牧場の基礎牝馬の血を後世に残すために、何よりも無事に牧場に帰って来る事が望まれていただけに、無事に競走成績を終えることが出来て良かったのでしょう。牧場に帰ってきたオジョウはまだ戸惑ってるような感じもありましたが、まずは来春の種付けシーズンまでゆっくりと過ごし、母ガールや姉シスターの分まで長く繁殖牝馬として過ごして貰いたいものです。

橋口厩舎入厩当初は、ツルマルシスターを担当していた山本厩務員が担当していました。山本厩務員はこの時期、同じ浜本牧場生産のカノヤザクラも担当していて、オジョウとカノヤザクラはお隣同士の馬房でした。現役生活後半にはツルマルボーイを担当していた池平厩務員が担当していました。成績以上に厩舎で愛される存在だったんだと思います。ファンとしては、わずか1年半の競走生活は短い気もしますがオジョウには「お疲れ様でした、元気に良い仔を生んで母や姉の分まで長生きしろよ」と労いたいですね。(2008.9.19UP)

退厩2日前のツルマルボーイ追記:ツルマルボーイ種牡馬引退

2005年より種牡馬入りしたツルマルボーイ(父ダンスインザダーク母ツルマルガール)が種牡馬を引退し乗馬となる事が決定、9/24に繋用先のアロースタッドから退厩しました。今後はノーザンファームで乗馬になるとの事です。近々移動するという話は聞いていたのですが、2歳がデビューしたばかりという事もあり、てっきり個人牧場に移動して種牡馬登録を継続するとばかり思っていただけに「種牡馬引退」という事実は辛いものでした。

たまたま9/22にアロースタッドで見てきただけに、急な種牡馬引退には驚きました。(この日の午後にミレニアムバイオも九州に移動したそうです)個人的には現2歳が4歳春を迎える2010年まで我慢してほしかった気持ちもありますが、父ダンスインザダークの晩成血統、繁殖牝馬頭数の激減と状況が好転するとも思えず、種牡馬引退は止むを得ない事なのでしょう。

重ね重ねも残念なのは初年度に配合した成績優秀な繁殖牝馬がことごとく不受胎だった事ですね。ウッドマンズシック(カノヤザクラの母)・シンミスアンサー(マキハタサイボーグの母)など、無事に生まれていればかなりの期待が出来たと思います。日高の当歳生産名簿を見てみると2008年の産駒は(日高地区で)4頭なのですが、その全てが牝馬と「メス種系」っぽい傾向も嫌われたのかもしれません。
退厩2日前のツルマルボーイ
ツルマルガール一族のファンとしては、わずか4世代50頭ばかりのツルマルボーイ産駒の今後の活躍に期待すると共に、先に繁殖入りしたツルマルオジョウが無事に出産すれば2012年に産駒がデビューすると思うのでそれを待ちたいと思います。(その頃は橋口調教師が勇退間近でしょうが、きっと担当してくれるでしょう)ノーザンホースパークでファンに愛され、元気に長生きしてくれることを願います。

ツルマルファンにとっては、ツルマルボーイの引退は悲しいことですが、ツルマルジャパンの種牡馬入りを信じて応援しましょう。現在、宇治田原優駿ステーブルにてツルマルジャパンはササ針治療を施して放牧中。年末から年明けの復帰になると思われます。決して大手の牧場ではありませんが、生産者の駿河牧場はツルマルジャパンのスピードに惚れ込んでいます。

「競走馬のスピードは育成や調教では”後付け”出来ない、生まれ持っての才能」「当然、重賞の1つや2つは獲るのが条件だが、GT勝てなくてもプライベート種牡馬にするつもり」と今後の活躍を信じて疑いません。私もツルマルジャパンの夢に乗っかりたいと思います。(2008.9.26UP)


馬産地生産者にとって楽しみなJRA札幌競馬開催中

夏の函館開催も終わり、札幌開催が始まっています。今年の日高は内地のような「ゲリラ豪雨」は無いものの、ぐずついた天気が多く朝方には霧が出てジメジメと蒸す日が続いています。そんな日高の生産者にとって楽しみなのはJRA札幌開催です。

函館は特急使っても4時間近く掛かるのですが、日高自動車道が富川まで開通し、スムーズな流れなら札幌競馬場まで2時間ちょっとでの観戦が可能です。牧場の社長クラスは出走馬が走らなくても毎週のように競馬場に足を運び、休みの少ない牧場従業員なども交代で休みを取って生産馬の応援に出掛けたりして、(夜のすすきの含めて)短い夏を楽しんでいるようです。

私が札幌競馬場に遊びに行く時は、マイカーで道中の門別地区や安平地区の牧場見学も兼ねて行く事が多いのですが、ご承知のとおりの「ガソリン高騰」、車が移動手段の日高在住者にとっては非常に厳しい夏になっています。先日の「旅打ち]]W」で18切符が数回分余ったのですが、現在のガソリン代と燃費を計算すると高速利用して「静内〜札幌往復6000〜7000円」掛かってしまいます。ダイヤが悪く時間的な融通が利かないものの、18切符を利用すれば「静内〜札幌普通運賃6300円」が2300円相当で往復出来ると言う事で、残った18切符を重宝しています。8/24札幌記念と8/31キーンランドカップ、2週間続けて札幌競馬場に行って来ました。

8/24 札幌記念JpnU

引退レースとなったヴィータローザ・マツリダゴッホマンハッタンスカイ・フィールドベアータスカータソルテ

北海道の競馬関係者にとって「有馬記念」的な存在になりつつある札幌記念。エアグルーヴ、ジェニュインあたりが参戦し始めた頃から、GT馬にとっての秋緒戦として存在感が増していますが、「サマー2000シリーズ」の(点数が高い)GU戦としても注目されています。

この日は昨年のグランプリホースであるマツリダゴッホが参戦という事でしたが、それ以上に盛り上がっていたのは「CLUB KEIBA」の(とりあえず)会長・大泉洋を始めとするオフィスキューの面々の来場が集客に影響を与えていたようです。

札幌記念は、休み明けで「八分の仕上げ」を公言するマツリダゴッホに、フィールドベアー・マンハッタンスカイ・メイショウレガーロ・タスカータソルテら「使われて来た」函館記念組が挑むという図式になりました。他にもシルクフェイマスやコンゴウリキシオー、(結果的に引退レースとなった)ヴィータローザが参戦しGUとしてはなかなかの面子が揃いました。

レースは予想通りコンゴウリキシオーが離しての大逃げを見せ1000m58.4秒の早いペース。マツリダゴッホは直線で楽に抜け出し、力の違いを見せ付けると思われましたが、そこで鋭く差し込んできたのがタスカータソルテ。大物食いで重賞3勝目を挙げました。

この日もマンハッタンスカイを応援していたのですが残念ながら8着と堅実なこの馬にしては大敗してしまいました。位置取りは2番手で絶好のポジションだったのですが、ペースが速すぎたのと、何より-20kgの馬体重減が響いたのでしょうか…。タスカータソルテには金鯱賞・函館記念で先着し「勝てない相手」じゃないんですが、ビッグレースになると持ってかれちゃうんですよね〜(・ω・` )

片や重賞3勝片や未勝利…あとは「運」を天に任せるしかないんでしょうか。

表彰式では、ご機嫌の横山典弘騎手はデッドーリジャンプ!場内を大いに沸かせましたがそれ以上に凄かったのはプレゼンター・大泉洋の登場でした。この日は関西の競馬番組のロケでシャンプーハットのてつじが来場していたのですが、完全アウェイで大泉洋の陰に隠れてしまったようです。(表彰式の写真撮影は禁止との事でしたが、物凄い混雑でグダグダになってました)





8/31 キーンランドカップJpnV


キンシャサノキセキ・マヤノツルギ橋口厩舎からの刺客ペールギュント別定57kgでこの強さ・・・タニノマティーニ

寂しい表彰式・・・ 北海道では既に夏休みは終わっているのですが、夏休み最終日という事もあり先週に続いて多くのお客さんが来場していました。ジメジメした天気が続く北海道ですが、この日は良く晴れ渡り、風が心地よい競馬日和となりました。

「サマースプリントシリーズ」第4戦となるキーンランドカップですが、第2戦を制したカノヤザクラは第5戦のセントウルS、第3戦を制したスリープレスナイトはスプリンターズステークス直行という事で、第1戦を制したキンシャサノキセキにとっては「勝てばまず9割方チャンピオン」の掛かった1戦でした。(セントウルSは高松宮記念のファイングレインやスズカフェニックスが参戦を表明しているので、カノヤザクラにとって厳しい相手になる)

1番人気はキンシャサノキセキでしたが、2番人気はビービーガルダン、3番人気はマヤノツルギ、4番人気がトウショウカレッジと、函館開催での上がり馬が上位に推されました。

レースはビービーガルダン、マヤノツルギが引っ張り、キンシャサノキセキは出が悪く中団からの競馬、馬場の最内をずいぶん気持ちよくタニノマティーニが追走してるなぁ〜と思っていたのですが、最後の直線で最内から飛び出してきたのがタニノマティーニ、なんと16番人気です。

馬産地競馬の重賞となれば、どんなに人気薄でも誰かしら牧場の関係者が来場しているのが、この馬の勝利は誰も予想していなかったのか、表彰式には秋山騎手・須貝調教師・担当厩務員さんの3人の姿しかありませんでした。

キンシャサノキセキは3着で4点を加算して14点。橋口厩舎を応援している私としてはカノヤザクラがセントウルSで3着すれば5点加算で15点、(昨年2着だっただけに)カノヤザクラにも優勝の可能性が出てきました。刺客として送り込まれたペールギュントは全く見せ場なく14着に負けてしまいました…。

リボンノキシモエレエキスパートアーネストリー

なお、この日の8Rではマジックリボンの仔、リボンノキシがダート1000mを見事な逃げで完勝!この馬は1000mでも最後歩くくらいスタミナ無いのですが、とにかく”二の脚”が速い!この日も、スタート自体は普通でしたが、最初の数十メートルであっという間に主導権を握りました。「笠松800m認定戦」を走るために生まれたような脚質ですが、何とか1200mまで適正を伸ばして地方交流レースにも駒を進めてもらいたいものです。

10Rのラベンダー賞では道営馬のモエレエキスパートが強引な捲りから力任せの完勝!モエレエスポワール以来の札幌2歳ステークス制覇が見えてきました。

11Rの500万下には、デビュー戦でポルトフィーノを負かした佐々木厩舎のアーネストリーが参戦、そのレース振りを見たかったのですが、日高線のダイヤを考えるとレースを見ていられないので、残念ですが競馬場を後にしました。(まさか+38kgで4着に負けるとは思いませんでした)

18切符が使えるのは9/10まで。残された札幌開催もあと1週+1開催ですが、秋の気配が深まる9月も何度か札幌競馬場に足を運びたいものです。(2008.9.3UP)


馬産地からホッカイドウ競馬を応援!Aiba静内祭

8月に入り(ようやく)夏らしく暑い日が続く日高地方ですが、8/7にAiba静内と隣接する「さくらセレモニーホール」を舞台に「Aiba静内祭」が行われました。存続に対し綱渡りの経営が続いているホッカイドウ競馬ですが、馬産地・日高では協賛レースの実施や、門別開催での出店や、(間接的にですが)スタリオン競走を行いホッカイドウ競馬を応援しています。

日高には門別競馬場、ミニ場外として浦河・静内と3箇所の馬券発売所がありますが、各地域の軽種馬農協青年部などが主体となって、ホッカイドウ競馬のイベント企画などを行っています。今回行われた「Aiba静内祭」は新冠地区と静内(新ひだか)地区が共同で実施。隣接する「さくらセレモニーホール」の会場を借りて大型ビジョンを設置しての競馬実況を行い、屋外ではビヤガーデンも実施され盛況な一夜となりました。

Aiba静内の施設内は50人も入れば満員の小さなミニ場外ですが、多くの競馬ファンがAiba静内とさくらセレモニーホールの間を行ったり来たりして馬券を購入し、レースに歓声を送っていました。馬券2000円以上購入で、液晶テレビや任天堂wiiの当たる大抽選会も行われ、いつもより余計に馬券を購入したファンも多かったようです。抽選会では、ギャンブル運を発揮して一人で何回も当選するファンも居ましたが、(テーブルに広げた多数の抽選券から相当の購入をした)馬券の結果は如何だったんでしょう?(^^;

旭川11Rで協賛レースとして行われた「Aiba静内祭賞(D1-2組)」では、静内産馬のワンツーフィニッシュとなり大いに盛り上がりました。

最後に、この日のAiba静内の売上は306万円との報告があったのですが、「おかげさまで、いつもより沢山馬券が売れました!」との主催者発表でしたが、この数字は意外な気がしました。出走馬の関係者が多いだけに、Aiba静内創設当初は300万円くらい毎日売れていた気がします。(ばんえいは「縁」が薄いので100万円台)なんでも道内の景気冷え込みの影響で各地の場外は売上が低迷しているとの事。

Aiba静内でも昨年は平均150万円/日だったのが、現在は120万円/日に落ち込んでいるそうです。私を含めて、環境整備されたネット投票に流れたファンも多いと思いますが、来年からホッカイドウ競馬は門別競馬場を舞台とした一場体制。更なる馬産地からの盛り上げが必要でしょう。

追記:地元の軽種馬組合主体のイベントだけに、多くの牧場のお偉いさんが来場していました。ラフな格好の総帥とか珍しい光景も目にすることが出来ました。皆さんも牧場めぐりの際にはぜひ一度お立ち寄りください。(2008.8.8UP)


忍び寄る不景気風・・・JRHAセレクトセール2008開催

7/14〜16日の三日間、安平町のノーザンホースパークにて「セレクトセール2008」が開催されました。今年は洞爺湖サミット実施の影響から1週間遅れての開催となりましたが、馬産地最大のセリイベントという事で、馬主・調教師・マスコミなど多くの競馬関係者が集まりました。心配されていた天気も何とかもったのですが、初日2日目は非常に蒸し暑い一日となりました。
セレクトセール会場セール出身馬エイジアンウインズ・アドマイヤジュピタの表彰「競る相手が居ない・・・」と感想を述べる近藤利一氏

ファーザの2007(めす・ブライアンズタイム)シルクプリマドンナの2007(牡・アグネスタキオン)マリスターUの2007(牡・ネオユニヴァース)

ブルーアヴェニューの2007(牡・アグネスタキオン)7/14には「1歳」が開催され151頭が上場されました。この日の最高価格はクロフネの半弟「68番ブルーアヴェニューの2007(牡・父アグネスタキオン)」24500万円で島川隆哉氏が落札しました。

他に注目していた馬では、フリオーソの全妹「22番ファーザの2007(めす・父ブライアンズタイム)」は5000万円でノーザンファーム。ベッラレイアの半弟「31番マリスターUの2007(牡・父ネオユニヴァース)」は3600万円で(有)ローズヒルが落札。「27番シルクプリマドンナの2007(牡・父アグネスタキオン)」は6400万円でPatinackFarmが落札しました。このPatinackFarmというのは新興の馬主でオーストラリアの鉱山王らしいですが、1歳市場での積極的な購買はJRAの外国馬主認可を見越しての購買でしょうか?

この日のセール結果は「上場151頭・落札105頭・落札率69.5%・総額23億4760万円・平均価格2235万円」で、前年の「上場150頭・落札108頭・落札率72.0%・総額32億8440万円・平均価格3041万円」と比較して大幅なダウンとなりました。特に、競り合いになるような高額馬の数が少なくなったのが平均価格を大きく落とす結果となりました。不景気知らずと思われたセレクトセールにも世間の不景気の影響が及んできたようです。


”大魔神”佐々木氏も来場当歳最高価格ビワハイジの2008(父ディープインパクト)3日間通じてこの馬の登場時が一番盛り上がってました

7/15・16日には「当歳」セールが開催されましたが、当歳セールの注目は七冠馬ディープインパクト産駒の上場でしょう。いわゆる競馬マスコミではない、ローカル系ニュース番組のスタッフなどの姿が多く見られました。

当歳市場での最高価格は、2日目の結構早い時間に登場した「242番ビワハイジの2008(牡・父ディープインパクト)」で前日も最高価格で落札した島川隆哉氏が22000万円で落札しました。思ったより安く感じてしまうのは、ここ2〜3年がセレクトセールバブルで異常な価格が連発していたので感覚がおかしくなっていたのでしょう。

他に注目していた馬ではフリオーソの半弟「333番ファーザの2008」は5200万円で猪熊広次氏が落札。ダーレージャパンがフリオーソの1歳・当歳を手放すのは、解決しないJRAの馬主問題(地方で走らせるには割が合わない)と、種牡馬事業を拡大しただけに、ダーレージャパンスタリオンコンプレックス繋用の種牡馬の産駒を購入して、産地(生産者)に対してPRしなければならないという事情があるのでは無いでしょうか。他には「346番トリッキーコードの2008(牡・父アグネスタキオン)」は7200万円でビッグレッドファーム。「425番ビーポジティブの2008(めす・父クロフネ)」は8000万円で多田信尊氏が落札しました。他にも気になる馬は沢山居たのですが、この日は上場馬のお手伝いをしていたので余り動き回ることが出来ませんでした。
ビワハイジの2008(牡・ディープインパクト)ファーザの2008(牡・ディープインパクト)トリッキーコードの2008(牡・アグネスタキオン)

私としてはハーツクライ初年度産駒の動向が気になっていたのですが、なかなかの高評価で取引されていたようです。また、「261番クラシックローズの2008(牡・父ディープインパクト)」が9000万円、「338番ロゼダンジュの2008(牡・父クロフネ)」が13500万円で落札されたことは薔薇一族好きとしては嬉しい結果でした。

2日目のセール結果は「上場165頭・落札124頭・落札率75.2%・総額44億7150万円・平均価格3606万円」で前年の「上場176頭・落札132頭・落札率75.0%・総額49億5800万円・平均価格3756万円」と売上では5億のマイナス。

3日目のセール結果は「上場149頭・落札98頭・落札率65.8%・総額28億6750万円・平均価格2926万円」で前年の「上場141頭・落札108頭・落札率76.6%・総額33億3450万円・平均価格3087万円」と、これまた売上5億のマイナス。

3日間通じてのセール結果は2007年が「上場467頭・落札348頭・落札率74.5%・総額115億7690万円・平均価格3326万円」だったのが、2008年「上場465頭・落札327頭・落札率70.3%・総額96億8660万円・平均価格2962万円」と、落札で21頭、落札率で4.2%、総額で18億9030万円、平均価格で161万円と大幅なダウンとなりました。

ある程度のダウンは予想していたものの、想像以上の悲惨な結果でした。落札率70.3%という数字は日高のセリでは考えられない好成績なのですが、これには数字のからくりがあって、「落札率が100%に近い社台グループの上場馬と、落札率が50%に届かない日高の馬、全部ひっくるめての落札率」です。(実際、私の手伝った馬も主取でしたが)日高では名門と言われる大牧場の馬(それもタキオンやディープなどの人気種牡馬産駒)がガンガン主取になるのは見ていて辛いものがあります。また、その社台グループでさえ3日目には何頭もの主取があり、市場が活気に乏しかったと言わざるを得ません。人気種牡馬のランク付けもかなりシビアなものとなり、ダンスインザダークやスペシャルウィーク・マンハッタンカフェ・シンボリクリスエスなどは非常に厳しい評価でした。

しかし、改めてセレクトセールは「社台ブランドのセリ」だと痛感しました。例えるなら、高級外車の”ディーラー”に、国産セダンを乗り付けて(来店している)客を奪おうってんだから「求めてる物が違うのだから」無理があるのでしょう。

今年行われているセリ市場は全て前年割れして(特に非社台にとっては)厳しい状況となっています。「○市:市場取引馬奨励賞」が廃止されたのも影響しているのでしょうが、何より世間の不景気が影響しているのでしょう。来週には静内市場で「セレクションセール」が行われますが、その結果が非常に不安です。(2008.7.19UP)


日高に春到来〜桜祭り〜

二十間道路桜並木&浦河西舎桜並木観光スポットの少ない日高で、数少ない有名観光スポット「静内二十間道路桜並木」のさくら祭りが5/3〜5/11まで開催されます。例年、桜(エゾヤマザクラ)の開花は連休明けになり、さくら祭り開幕中は五分〜七分咲きというのが常だったのですが、地球温暖化の影響か、今年はゴールドンウィークのど真ん中に満開となりそうです。

先週4/24に大量の雨が降り、今週に入り道央地域では30度を超える気温となり、日高の桜も一気に開花しました。牧草も一気に伸びる季節、放牧地ではとねっこが駆け回っています。

さくら祭りとゴールデンウィークがバッティングするのは、私が移住してからは記憶にありません。生産関係者にとっては(スタリオンの並ぶ)二十間道路や国道235号の渋滞はありがた迷惑な感じなのですが、やはり街も浮かれた空気に包まれてワクワクしてしまいます。馬インフルエンザの終焉していない日高地方ですが、何事も無くさくら祭りがフィナーレを迎えて欲しいです。

なお、日高の花見の穴場として、二十間道路に比べて知名度は下がりますが、浦河BTC入口(アエル横)の「西舎の桜並木」があります。こちらの方は静内に比べて2〜3日開花が遅れているようです。(2008.5.2UP)


繁殖牝馬の血の更新「ジェイエス繁殖牝馬セール」

社台グループの繁殖牝馬セールが数年前に廃止されたため、繁殖牝馬を国内で入れ替えようと思ったら、この「ジェイエス繁殖牝馬セール」が中心となります。このセールでは過去にイクスキュース(クイーンカップ)やエミーズスマイル(アネモネステークス)の母が購買されています。人気種牡馬を受胎した状態で、種付け料よりも安く入手出来る場合もあり、繁殖牝馬の更新を考える多くの生産者さんの姿でセリ会場は賑わっていました。

この日、個人的に注目したのは名古屋競馬で活躍した「キウィダンス」「キウィカラー」が上場していた事でした。名古屋・角田輝也厩舎から「南半球産」輸入馬としてデビューし、東海近畿北陸地区で地方重賞9勝の成績を残したキウィダンス。キウィダンスと同期で名古屋デビュー、3勝を上げた後、4歳春に早々と繁殖入りし、初仔のドキャーレは新馬戦で2着と上々のデビューを飾ったキウィカラー。そんな2頭が早くも繁殖牝馬市場に出されるとは思いませんでしたが、この市場全般に言えることですが、牧場や馬主さんにも色々と事情があるのでしょう。
ジェイエス繁殖牝馬セール(キウィダンス上場時)キウィダンスキウィカラー
ファンタスティックライトを受胎したキウィダンスは500万円(税抜き)で新井昭二氏に落札されました。アグネスデジタルを受胎したキウィカラーは残念ながら主取となりました。

この日は他に、「エンゼルカロ(函館3歳S)」や「イブキニュースター(フラワーカップ)」「テーケーレディ(東京3歳優駿牝馬)」などの重賞馬も上場しましたが、売れる馬もいれば売れない馬もいて、どちらかといえば「母の競走成績」よりも「血統」と「受胎種牡馬」が注目されていたようです。社台ファームやノーザンファーム、そして新たなセリ勢力とも言えるダーレージャパンの繁殖牝馬が高く購買されていました。(2007.10.24UP)


晩秋の日高・オータムセール開催中

急な冷え込みに冬の訪れを感じる日高の今日この頃ですが、10/15〜10/19の日程でHBA日高軽種馬農協主催の「オータムセール」が開催されています。初日の10/15には当歳セールが行われましたが、上場頭数167頭、売却頭数24頭の売却率14.37%、売却総額155,400,000円(税込)という悲惨な成績。(昨年成績=上場頭数220頭、売却頭数46頭の売却率20.91%、売却総額400,575,000円)この時期の当歳セールの存在意義が問われる結果となりました。

全く明るい話題の無かった当歳セールで唯一の光明といえば、北海道静内農業高校の上場した『191.風夏(父マーベラスサンデー母フリソデ)』が購買された事くらいでしょうか。落札価格100万円でユメロマンでお馴染みの田中春美氏に購買されました。マーベラスサンデー産駒が100万円というのは完全な赤字で生産者としては「失格」とも言えますが、前途ある高校生の生産馬であり、ユメロマン同様に活躍してもらいたいものです。なお、この模様はTBS系列「どうぶつ奇想天外!」にて放送される模様です。

メイセイプリマの2007(父トワイニング牡)主取静内農業高校の立て看板風夏(父マーベラスサンデー牝)100万円にて落札

2日目の10/16からは1歳セールが行われていますが、2日目の成績は上場頭数201頭、売却頭数71頭の売却率35.32%、売却総額235,945,500円(税込)と昨年並みの数字に持ち直しました。

この日、個人的に注目していた馬は『338.キリグレイスの2006(父サッカーボーイ母キリグレイス)』このサイトをご覧の方は聞いたことがあるかもしれませんが、”ヴィークル・メア(7代目のサラ系)”としてサラブレッドの仔を送り出しているサラ系・シャトレーダンサーの妹になります。姉同様に、この1歳が繁殖に上がったときには”ヴィークル。メア”としてサラブレッドの仔を生むことになると思われます。潟激bクスが294万円(税込み)にて購買。

キリグレイスの2006(父サッカーボーイ牝)294万円にてレックス様が落札ブライトサッカー(トミケンブライト2006父サッカーボーイ牡)315万円にて芹沢精一氏が落札リヴァーガールの2006(父キングカメハメハ牝)1260万円にて田中昇氏が落札

3日目の成績は上場頭数201頭、売却頭数101頭の売却率50.24%、売却総額405,037,500円(税込)。朝の展示と、昼過ぎに大雨が降り足元の悪い中、異常な好況となりました。この好成績の要因にはダーレージャパンの上場がありました。

ダーレージャパン(及びファーム)は良血馬13頭を上場し、全馬売却。ダーレーグループの売却総額は139,440,000円(2800万円の最高価格を含めて4頭の1000万円超)と売却総額の34.4%を占める結果となりました。

ジャパンダートダービーを制したフリオーソの半弟となる『ファーザの2006(父マリエンバード)』など、ダーレー上場の良血馬を求めるバイヤーの姿も多く、その影響で市場にも活気があったように思えます。ある意味、同じ日に上場した他の生産者さんも活気に後押しされて馬が売れた部分もあり、ダーレーの恩恵に授かったとも言えるかも知れません。今後は販売申込者名義を「ダーレーと同一日になるように」タ行の前後にするのも作戦になるかもしれません。

最高価格チェルビムの2006(父ドバイディスティネーション牝)2961万円にて社台コーポレーション様が落札フリオーソ半弟・ファーザの2006(父マリエンバード牡)1606.5万円にて島川隆哉氏が落札直線抜け出したトーセンジョウオーに一安心の川島正行師(右端)

この日は、浦和競馬場で埼玉新聞杯(S3)が行われていましたが、ダーレー上場日ということもあり川島正行師はセリ場のテレビでレース観戦。圧倒的1番人気のトーセンジョウオーのレースを見守っていましたが、直線200mで抜け出したトーセンジョウオーの姿を目にすると「よし、勝った!」とゴールの瞬間を見ることも無く、その場を立ち去りました。(余裕綽々でカッコいいですね〜)

なお、このオータムセール、例年地方競馬の(馬主会による)団体購買があるのですが、熊本県馬主会(荒尾)と金沢県馬主会(金沢)は参加していますが、昨年17頭を購買した岩手県馬主会(岩手)の姿が見えないのはちょっと心配です。(※笠松や名古屋にはこのシステムは無いのですが、調教師さんや馬主さんの姿も見られ、個人名義にて購入しているようです)

この日の結果があまりに良すぎたので、残り2日の成績が心配になりますが、オータムセールが終わると、いよいよ日高にも冬がやってきます。(2007.10.17UP)


久々勝利!秋の天皇賞へ向けて視界良好コスモバルク
コスモバルク写真展と五十嵐冬樹トークショー前走の瑞穂賞で3年ぶりのダート挑戦、3年ぶりの旭川出走を果たしたコスモバルクの3着という結果には正直失望を隠せませんでした。コスモバルクがダートが苦手とい面を差し引いても、地元馬相手にやっとこ3着という結果は納得できませんでした。そのコスモバルクが中2週で今度は盛岡・OROカップ(芝1700m)に駒を進めて来るというので、海を渡って盛岡へ行って来ました。

残暑厳しかった今年の日本列島も、やっと過ごし易くなって来た今日この頃、秋晴れの盛岡競馬場は多くのお客さんで賑わっていました。その要因は@に「行楽日和の家族連れピクニック気分」Aに「中央GTスプリンターズステークス場外発売」とありましたが、やはりB「コスモバルク参戦」というのが大きかったと思います。最近の交流GTに匹敵するような賑わいを見せていました。

この日は楽天競馬とコカコーラ社が協賛して場内でさまざまなイベントを企画していましたが、岩手競馬でもやっとオンラインクーポンを実施するようになって入場料200円が無料になっていたのは助かりました。(中央ローカル開催や南関競馬が100円で、盛岡に200円払うのはどうにも受け入れられなかった部分があったので…)パドック横のブースではコスモバルク横断幕に岩手の競馬ファンから応援メッセージを届けよう!という企画や、五十嵐冬樹騎手をゲストに交えての「勝ちそー」イベントなどが行われていましたが、ホッカイドウ競馬やビッグレッドファームのご厚意で、この日のじゃんけん大会はコスモバルクのOROカップ実使用ゼッケンや五十嵐冬樹サイン入りTシャツなど豪華なものになりました。いつもは岩手馬贔屓のテシオ松尾氏も、この日ばかりはホストとして、バルクと関係者への賞賛の嵐でした。

みちのくに参上、地方の星メインのOROカップのパドックが始まりました。(本馬場のマルチビジョンが人混みで見えないので、ワンセグで中央競馬中継を見ながらのパドック周回でしたが、F1の延長でスプリンターズステークスは出走5分前に番組開始という体たらく…ですが、スプリンターズステークスの結果は馬券的にも、馬券を離れても非常に嬉しい結果でした。)

コスモバルクは前走から-9kgの507kgと予想通りの仕上げ、おそらくこの状態で85%〜90%、天皇賞を500kgちょいで挑むのが狙いでしょう。良い感じで気合も入っています。地方の「芝走者」なんてのは層が知れていますので、前走に比べて明らかに相手に恵まれているので負けるわけにはいきません。

断然の1番人気はコスモバルク単勝110円、2番人気は中央芝挑戦での健闘が光るボスアミーゴ(芝戦績:2歳時に中央・東京スポーツ2歳S6着など)、笠松からは桜花賞馬オグリローマンの息子オグリホット(芝実績:中央500万下に挑戦して最高3着他、全て掲示板確保)が最近成長著しい尾島徹騎手と共に参戦、岩手の芝馬サイレントグリーン(芝実績:岩手で6勝)、タイキリオン(芝実績:3歳時にNZT3歳S優勝)、ナイキアヘッド(芝実績:2005年高松宮記念5着)、ダイワフォーチュン(芝実績:中央5勝)などが参戦してきましたが、正直中央に換算すれば1000万での入着級、バルクにとっては「勝ち方」が求められる一戦でした。この日のコスモバルクは地方競馬参戦ということで北海優駿以来の「五十嵐冬樹の勝負服」(※道営では馬主服を導入したため)岩手競馬ファンにとっては陶文峰騎手(もしくは的場文男騎手)と似た勝負服に違和感を感じたかもしれません。

レースはオグリホットが逃げ、コスモバルクは楽な手ごたえで3番手を追走、いつでも前を捕まえられる感じでしたが、直線まで追い出しを待って、OROパーク内回りの芝コースの短い直線を楽に抜け出し、最後は流す余裕をみせながら4馬身差の完勝でした。「中央平場500万条件にGT馬が参戦」したようなもんですからあたり前といえば当たり前の結果。ですが、コスモバルク陣営としてはホッと肩をなでおろした部分もあったようです。(最近は表に出てこない岡田繁幸氏が直々に競馬場に来ていたことからも窺い知れます)
明らかに芝向きの地方馬オグリホット(3着)ボスアミーゴ(2着)ここではさすがに力が違った・・・目指すは天皇賞
ゴールの直前では岩手競馬ファンからの大きな拍手大歓声が送られ、やはりコスモバルクの認知度は大きいと実感。(南部杯に参戦するGT馬でも知名度に関しては敵わないでしょう)とにかくコスモバルクとしては、シンガポール以来久々に勝利の美酒を味わうことが出来て良かったです。おそらく、昨年通りの天皇賞(秋)→ジャパンカップ→有馬記念というローテーションになると思いますが、過酷なGTロードを頑張って走り通して欲しいです。(2007.10.10UP)


"地方のSS”ワカオライデン逝く
2007年7月老いは隠せないものの元気な頃のワカオライデン2007年9月21日夕刻16:30分頃、”地方のSS”と呼ばれた種牡馬ワカオライデンが老衰により死亡しました。

ワカオライデン(父ロイヤルスキー母オキワカ)は1981年4月25日早来町(現・安平町)の吉田牧場の生産。兄にきさらぎ賞勝ちで日本ダービー1番人気のワカテンザン(優勝はバンブーアトラス)。母オキワカは中京記念3着など中央で6勝、祖母ワカクモは桜花賞馬、祖祖母クモワカ(丘高)は桜花賞2着、そして競馬史に残る”クモワカ伝貧事件”の悲劇のヒロイン。母オキワカの弟に”悲運の名馬”テンポイントを持つ、華やかなれど数奇な運命を背負った一族。

後にミホノブルボンなどの「スパルタ調教」で有名となる、JRA戸山為夫厩舎からデビュー。旧4歳時、三冠馬シンボリルドルフの活躍に沸いたクラシックの舞台に上がることは出来ませんでしたが、旧5歳時にはニシノライデンの斜行により、朝日チャレンジカップを優勝。旧7歳時に金沢競馬・桑野進厩舎に移籍し3戦2勝、白山大賞典を優勝。秋には笠松競馬・荒川友司厩舎に移籍しゴールド争覇、東海菊花賞、名古屋大賞典、ウインター争覇と連勝。重賞6連勝を賭けた東海ゴールドカップではフェートノーザンの2着に破れる。翌年、旧8歳時にサマーカップを優勝して引退、種牡馬入りとなった。

亡くなる3日前9/18撮影(馬体画像は酷なので…)中央競馬での実績が(繰り上がりの)重賞1勝との事で、種牡馬としてのセールスポイントには厳しいものがあったのですが、荒川友司調教師の熱心な売込み(「生まれた子は必ず買う!」と生産者を口説き落として繁殖牝馬を集めたとも聞きます。)により初年度1990年は22頭の産駒が誕生。

1992年に新種牡馬として2歳馬がデビュー、当然その産駒は笠松競馬所属が多くなるのですが、その初年度産駒からサブリナチェリー、ライデンスキー、ツキハシレなどを輩出し、一躍注目を浴びる事となる。

ワカオライデンの種牡馬人気は、3年目の産駒ライデンリーダーの活躍でピークを迎える。地方競馬所属のまま中央競馬クラシックに挑戦が出来る!「交流元年」と呼ばれた1995年、地方競馬10戦10勝のまま、桜花賞トライアルである報知杯4歳牝馬特別GUに出走したライデンリーダーは衝撃の末脚で優勝、一躍桜花賞候補となる。結果、ライデンリーダーは桜花賞4着となるがオークス13着、エリザベス女王杯13着と牝馬三冠を完走。

産駒の活躍により、年20頭台だったワカオライデンの種付け頭数も5年目の1994年には74頭、1995年45頭、1996年73頭と人気を呼び、1997年と1999年には「地方競馬リーディングサイアー」の称号を得る。

リボンノキシのおかげで「今生の別れを」果たすことができました。2000年8月27日”笠松の魔術師””名伯楽”と呼ばれた荒川友司調教師が死去。地方競馬の低迷による賞金の下降と、地方交流競走での中央絶対優位の戦績から「地方で数勝っても、地方交流競走の1勝に賞金額で敵わない」という地方系種牡馬にとっての悲運な時代の訪れとともにワカオライデンの地方リーディング成績も下降、種牡馬としての人気にも翳りが見えてきました。

24歳を迎えた2005年、繋用先の(有)吉田牧場場長、吉田晴雄氏の判断で「種牡馬引退」が決定。以後は功労馬として余生を過ごすこととなりました。

種牡馬を引退し、少しずつ老いを感じさせて来たワカオライデンでしたが、今年に入ってから急激に衰えが加速してきました。歯が悪くなり、咀嚼が思うようにいかない、内臓が弱る、体力が落ちるの悪循環で元気がなくなってきました。

競馬仲間に誘われていたのですが、行く気のなかった9/17の札幌競馬場に、たまたま吉田牧場生産のマジックリボン産駒リボンノキシが出走するという事で、重い腰を上げて札幌競馬場に行ったのですが、競馬場で(リボンを応援に来ていた)吉田氏と会い、「ワカオライデンの容態がかなり悪化している」との話を聞きました。居ても立ってもいられず、翌朝、吉田牧場にお邪魔させていただき、ワカオライデンの容態を見舞ったのですが…元気だった2ヶ月前に見た面影も残らない、その姿に死期が近いことを覚悟するしかありませんでした。酷な書き方になりますが、歯が悪くなっているのでエン麦を口ですくっても咀嚼出来ないままこぼれて来てしまう。青草を食んでも硬い部分は飲み込めない。

ジャックとリッキーの見舞いを受けるも、すでに遠くを見ているようで…何よりも、甘くない甘噛みで、結構痛い「噛み癖」のあったワカオライデンが人に擦り寄ってくるような弱気な部分を見せていたのです。瞳もすでに向こうの世界に半分行っているような弱弱しい輝きで、人に甘えるようにすり寄るワカオライデンを見ると、最期を覚悟するしかありませんでした。また、ワカオライデンも最期が近いことを知っていたのかもしれません。

9/21日夕刻、携帯電話が鳴りました。発信者表示は「吉田牧場」、電話の内容は想像していた通りのものでした。この日の夕方16:30頃、馬房で静かに息を引き取ったとの事でした。この日、ワカオライデンの亡骸は20年暮らした馬房で一晩過ごしたそうです。

9/22日テンポイント、キングスポイント、オキワカ、ワカクモなどが眠る、吉田牧場敷地内の墓所にワカオライデンの亡骸は埋葬されました。(馬の土葬「埋葬許可」に関しては、水源や学校など保健所の縛りが厳しいのですが、広大な敷地の吉田牧場ならではの計らいです)前に母オキワカ、祖母ワカクモの墓。隣には生前、放牧地も隣だったマグニテュートの墓。

前日の猛暑が嘘のような、空の高い秋晴れの中、11時から(彼岸で人間相手でも大忙しの)住職さんを呼んでの告別式が執り行われました。

吉田場長に見送られて…「最初から最期までワカオライデンにはお世話になった」と、クラマンダラやクラシャトル、クラマサライデンの生産者である門別・倉見牧場さんからは大きな献花が捧げられ、吉田夫妻、倉見夫妻、吉田牧場従業員さん、たまたまテンポイントを見舞いに来た牧場見学の競馬ファンなどに見送られ、”地方のSS”ワカオライデン号は、荒川調教師や吉田重雄氏、小塚美近オーナーの元へと旅立っていきました。合掌。

ワカオライデン最後の世代は、倉見牧場の「クラダッチューノ18牝4/5生(母父サクラダイオー)」となりますが、産駒総数は17世代600頭余に及びます。残念ながら、種牡馬としての後継(南関で活躍中のコアレスタイムにわずかな可能性がありますが…)は叶いそうにありませんが、母系にその血を残して貰いたいと思います。(2007.9.22UP)






一族の眠る地で…人間でもこんな静かな場所で眠る事は出来ません!幸せでしょう…ワカオライデン 1997年1999年地方競馬リーディングサイアー
主な代表産駒:
ライデンリーダー(報知杯4歳牝馬特別GU)
シンプウライデン(名古屋優駿GV・東海ゴールドカップ)
サブリナチェリー(ジュニアグランプリ・岐阜金賞)
ライデンスキー(岐阜金賞・スプリングカップ)
トミケンライデン(全日本サラブレッドカップGV)
アクアライデン(ダイオライト記念)
トミケンブライト(東京2歳優駿牝馬・OROカップ)
コアレスタイム(船橋記念・アフター5スター賞)
クラシャトル(北海道3歳優駿・北海優駿)
タイガーロータリー(北関東ダービー・北関東菊花賞)

(※この記事はwakaoraiden.comと重複掲載です)
追記:コアレスタイムを種牡馬にしてくれたら、一生、尻は「コアレス」でしか拭かない!一生、鼻は「ブライティア」でしかかまない!覚悟です(^^;


馬インフルエンザ騒動に翻弄される馬産地

8月に馬インフルエンザの騒動が起きてから1ヶ月、JRAでは事態は終息しつつあるようですが、地方競馬では未だにポツポツと羅患馬が出ているようです。日高での感染ルートは現役馬から育成牧場を通じての感染が有力とされますが、乗馬施設のポニーまでが感染し、全容は解明できていません。

夏の間、放牧に出ていた馬は8月のお盆過ぎたあたりに競馬場に戻り、秋のレースに備えるという予定でしたが、馬インフルエンザの影響で北海道に足止めを食っている馬が多数います。

そんな中、JRAでは9/6から1日の頭数制限があるものの、所属馬の行き来が再開されました。また、南関東4場の交流再開に続いて、馬の入退厩も再開されますが、交流重賞が地区限定重賞に変更されたりと、色々とローテーションに狂いが生じています。

今年のジャパンダートダービーでJRAを圧倒したフリオーソは、当初、放牧先のダーレージャパンファームから船橋競馬場に戻るはずでしたが、南関東の入厩禁止により一旦カタオカステ−ブルに放牧に出されましたが、(プレスリリースには9/14の大井競馬場の入退厩解除しか載っていませんが)9/15に僚馬のバンクレイドらと共に船橋へ移動するようです。
9/15に船橋へ向けて出発のフリオーソ復帰が待たれるアジュディミツオー、戻るのは晩秋か?針治療を終え移動も近い?ショーターザトッシ
少しずつ正常な状態へと戻りつつありますが、馬産地では思わぬ影響も出ているようです。「当歳の離乳」です。通常、当歳は秋に入ると母馬から離され、馬房で”一人暮らし”を始めます。ところが、馬インフルエンザの影響で、「現役競走馬や2歳の移動が出来ない→育成牧場(1歳)や生産牧場(当歳)の馬房が空かない→離乳出来ない」という問題が少なからずの牧場で発生しているそうです。

馬産地では廃農する生産者も増えているので、馬房(厩舎)自体は探せば見つけることが出来るのでしょうが、馬インフルエンザの間だけの為に馬房(厩舎)を探すのはなかなか難しいようです。

2歳のデビュー、秋のGTシーズン、競馬が盛り上がる時期だけに、一日も早く馬インフルエンザ騒動が終息し、正常な”競馬”が再開されることを願いたいです。「旅打ち」愛好家としても、レースが決まらないと日程の立てようもありません。(2007.9.14UP)


コスモバルク3年ぶりのホッカイドウ競馬凱旋は3着

白毛マルマツライブ。交流重賞並みに賑わった旭川競馬場宝塚記念11着から休養に入っていたコスモバルクが、秋の緒戦に9/13旭川競馬場・瑞穂賞を選び始動しました。

昨年のシンガポール航空国際カップで”GT”のタイトルを手にしたおかげで「JRAの(主要な)古馬GT競走」には優先的に出走できるようになりましたが、その前哨戦であるべきオールカマーなどの中央芝レースは過去1年間の取得賞金ではねられる可能性が高いのと、馬インフルエンザの影響でJRAのレースや他地区のレースを使えないという事情があっての叩き緒戦となった訳ですが、ホッカイドウ競馬ファンにとっては2004年9月の北海優駿以来、3年ぶりのホッカイドウ競馬参戦、しかも「2008年度で旭川競馬場撤退」との報が流れた直後の参戦だけに大いに注目を集めることとなりました。

3年前の北海優駿は、その年に行われたブリーダーズゴールドカップ以上の集客を集め大いに盛り上がったのですが、久々のバルク参戦は旭川の競馬ファンにどう受け入れられるのか?レースの面子も3歳覇者ブルータブー、古馬王者ギルガメッシュ参戦と興味深く、静内から旭川まで車を走らせました。

競馬場に到着したのは18時半を回った頃、秋の訪れを感じさせる旭川は日毎に陽が短くなり、あたりは既に夕闇を迎えていましたが、旭川競馬場には普段よりは明らかに多いマイカーの姿が見えました。予想通り、場内は幅広い世代で賑わっていて普段700人程度しか入っていない競馬場とは思えません、2000人は入っているんじゃないでしょうか?「旭川競馬場撤退」の報道が流れた直後だけにNHKを始めとするマスコミのTVカメラも見受けられました。9Rでは白毛のマルマツライブが勝って2勝目を上げ、白毛(というよりブチ?)物珍しさに大きな喝采が送られていました。

2頭の北海優駿馬コスモバルクとブルータブー場内を散策しているうちに、準メインの10Rジェニュイン賞のパドックが始まりました。当初、コスモバルクはこちらのレースに回る予定でしたが、瑞穂賞の登録馬が少なく滑り込むことが出来ました。バルク参戦を抜きにしてもジェニュイン賞も中々の好メンバー、九州記念馬コウエイベスト、東京2歳優駿牝馬2着のアーペレーヌ、ビューチフルドリーマーカップを制したドリームチャッター、房の国オープンであっと言わせたゲットゥザサミット、中央オープンから昨年移籍して来たタイギャラントなど渋い面々が集まりましたが、勝ったのは7月に中央500万から移籍してきたベルモントミサンガでした。

10Rが始まる前に既に人の流れはパドックに向かっています。メインの11R瑞穂賞のパドック周回が始まったようです。注目のコスモバルクは前走からは増減なしというものの516kgの前走は太かったようにも思えます。やはり、この馬の場合は500kg台が好ましいのでは無いでしょうか?人気を分けるギルガメッシュは+8kgの492kg、齋藤騎手の負傷により井上騎手が鞭を取ります。3歳ブルータブーは+4kgの478kg。かつてはバンブーボカにグレード制覇の夢を見たこともあるのですが、昨年からの不振は否めません。こうなると3強でどうしようもないのですが、「いくら強敵相手に苦手なダート戦とはいえ、中央GTを狙おうという馬が、ここで負けてもらっては困る!」とバルクを頭にせざるを得ません。また、ギルガメッシュのJpnUを素直に喜べないひねくれ者だけに、馬券はバルク→ブルータブー→←ギルガメッシュの三連単2点勝負!

齋藤騎手に代わって見事に代打騎乗を果たした井上騎手&ギルガメッシュ2100mの長丁場、レースは3歳ブルータブーが果敢に先行すると、ぴったりとマークするようにコスモバルクが2番手に。少し離れてバンブーボカとギルガメッシュが続く展開となりました。前のグループと後ろのグループに力差を感じさせる、交流重賞を見ているような展開。

2周目の向正面でコスモバルクは押して押してブルータブーを一旦は交わすのですが、ブルータブーはここで簡単に譲らない。バルクは叩き緒戦で3コーナーでの動きが悪くなり、2頭をマークしていたギルガメッシュが進出してくる。直線でブルータブーが再びバルクを突き放すのですが、ここでしぶといのコスモバルク真骨頂の”勝負根性”。ただ、ここで差し返せないのが今のバルクでもあります。2頭の争いをよそにギルガメッシュが外から余裕の差し切り勝ち。

結果、1馬身1/2の2着にブルータブー、1/2馬身3着にコスモバルクと3強で勝負が決まりましたが、ギルガメッシュにとってはJpnU馬の意地を見せ付けたことになります。ブルータブーは果敢に挑んだ価値ある敗戦と言えるでしょう。ただ、バルクにとってはどうだったのか?「ダートは苦手だから…」「叩き緒戦だから…」擁護すべき点もあるのですが、正直勝って欲しかった。次走は9/30日の盛岡オーロカップ(芝1700m)を予定しているとのことですが、ちょっと間隔が短いような気もします。

これは推測というより邪推ですが、当初は「オーロカップを使いたいけど、馬インフルエンザで遠征出来ないだろうから、しょうがなく瑞穂賞を使った。」んじゃないでしょうか?オーロカップまでに地方交流は再開されないと(私は)見ていたのですが、旭川の盛り上がりを見てか、岩手競馬は9/18日から条件付で入退厩の解除をリリースしてバルクの参戦を煽っています。おそらく岩手を使う事になるだろうし、叩いて良化型のバルクだし、(何よりも)相手も楽になるだけに勝てるでしょうが、ちょっと心配です。(※岩手の交流解除について9/16加筆修正しました。)

ただ、10/28天皇賞までにJRAと地方の交流は無事に再開されるのでしょうか?JRAは沈静化しつつあるのですが、未だにポツポツと羅患馬が出ている地方競馬、JRA側としては”終息宣言”が出るまでは「入れたくない、行かせたくない」ってのが本音じゃないでしょうか?いずれにしても、「バルク人気衰えず」を感じさせた1日だっただけにバルクの秋競馬での活躍を期待したいと思うと同時に、ギルガメッシュ、ブルータブーの両馬には地区重賞のタイトルに甘んじることなく、どんどん大きな舞台に挑んで欲しい。特にギルガメッシュはJpnU馬として「受けて立つ側」でもありますから。(2007.9.14UP)


馬インフルエンザの渦中にHBAサマーセール開催

8/15に日本競馬界を襲った「馬インフルエンザ」問題。8/18.19日の中央競馬開催は中止となり、後を追うように大井競馬、金沢競馬、ホッカイドウ競馬、名古屋競馬が開催中止となり、事態の収束は未だ見えません。そんな中ですが、静内において「HBAサマーセール(1歳)」が8/20〜8/25に渡って開催されています。

馬産地では「(牧場間の)馬輸送の自粛」「(競馬ファンの)牧場見学自粛」が通達されている中で、1200頭以上の1歳馬が静内市場に出入りするというのは矛盾しているとも言えますが、軽種馬協会も以下のような防疫対策を行い、何とかセリ開催に漕ぎ着けたようです。

サマーセール開催に関する防疫について(平成19年8月19日 北海道市場長)

1.次の馬は上場を自粛してください
 @インフルエンザワクチン2回の基礎接種をしていない馬
 Aインフルエンザの特徴的な所見の見られる馬
2.上場者への協力依頼について
 @上場馬の上場日朝、検温して市場獣医師に報告してください
 A輸送前に必ず馬運車の消毒をしてください
3.市場での防疫体制について
 @入場門(厩舎・一般)での消毒マットを設置します
 A厩舎入場門において入場車両を消毒します
 B退厩時に各馬房内を消毒します
 C入場時における獣医師の検診
   ・インフルエンザ等の兆候が見受けられる馬については簡易キットで検査の上、陽性反応があった馬は退場して頂きます
4.せり後の牧場内での感染防止について
 @帰厩後は念のため一週間程度自主的に隔離して様子を見てください

入場門には消毒マット馬インフルエンザに関する通達トゥインチアズの18
風評被害による来場者の減少を心配して様子を見に行った(※注)のですが、思ったよりも来場者の姿は多く、この日の売却率は26.78%(上場224頭・売却60頭)と、例年並の数字を示していたようです。ただ、来場されている購買者も最初の会話が「どうなるの馬インフルエンザ?」で、馬を買うよりも情報を仕入れに来た方々も居たのかもしれません。市場関係者はこの日も遅くまで残って馬房を消毒を行っているようですが、生産者の中には冷ややかな方が居るのも確かで「隔離する(馬房の)余裕なんか無いよ」との声が聞かれたのも事実です。何事も無く5日間を乗り切ることが出来れば良いのですが。(2007.8.20UP)

※一般見学自粛の中、セリ市場に出入りする私の立場について説明させて頂くと、上場牧場の手伝い(展示・曳き馬など)で出入りさせて頂いています。


”できあがった”場の雰囲気に大成功!ばんえい十勝JRAジョッキーDAY
新生ばんえい競馬
7/16日に帯広競馬場で行われた「ばんえい十勝・JRAジョッキーDAY」を見に行ってきました。この日は静内で「セレクションセール1歳市場」が行われていたのですが、「ばんばにアンカツらJRAジョッキーが跨る!」という絵面を想像すると我慢できません。セレクションセールは展示終了と最初の部分だけ見て、帯広方面に向けて車を走らせました。

台風の影響で天気が心配されたのですが、北海道は進路をそれて行楽日和でしたが、道中の日勝峠は標高1000mで気温10度、涼しいを通り越して寒いくらいでしたが、峠からの景観も良く快適な旅路でした。

この日のばんえいは、このイベントに協賛する騎手の冠競走があり「3R勝浦正樹賞」「4R池添謙一賞」「5R四位洋文賞」「6R安藤勝己賞」「8R横山典弘賞」「9R藤田伸二賞」と6つのレースが行われ、各レースの終了後にトークショーや表彰式があるとのこと。何とか「安藤勝己賞」に間に合いたいと、道を急ぎ帯広競馬場に到着したのは16:57分。ギリギリ間に合いました。競馬場の駐車場もこの日は一杯で盛況を感じさせました。

楽しそうにレースを待つJRA騎手たち前主催者のばんえい組合(市営)が開催していた1月以来の帯広来場なのですが、まずは入場して場内の雰囲気の違いに驚きました。寒い季節と行楽シーズンの違いは大きいのでしょうが、場内全体が明るい雰囲気で家族連れやアベックなどの若い客層が増えていました。スタンドも大きくお金は掛けられていませんが、各部改修されて小奇麗な感じになって「出来る所からコツコツと」という意気込みを感じました。

目立った改修点は「パドックをスタンド裏からエキサイティングゾーンのスタンド前に移動」「旧パドックは家族向けの、動物と触れ合えるコーナーや”名誉市民”リッキーの家など設置(この時間帯にはリッキーは居ませんでしたが)」「ナイター開催に際しての照明やイルミネーションの設置」「ばんえいグッズコーナーの本格的設置」「スタンドにばんえいロゴのペイントやコンクリ部分の補修」などなど。

個人的に感心したのは、1月に来た時はスタンドの天井部分の防護ネットにハトの糞が降り積もっていたのですが、掃除されて綺麗になっていたことです。競馬場のスタンドで寝転びながらレースを眺める私としては、頭上のネットに積もったハトの羽や糞にまみれた埃に、「糞のエキス(汚染物質?)が顔面に降り注ぐようで」どうしても不快でした。今回2度目の来場なので、市営時代も毎年春先に掃除をしているという可能性もある(それにしては年季を感じさせる尋常じゃない積もり方だった)のですが、こういう部分に気がついたのだとしたら「さすが民間!」と感心せざるを得ません。反面、ちょっと残念だったのは新設されたパドックでは横断幕などは張れなくなっていた事です。これは現主催者が「横断幕=広告」という捕らえ方をしているのでしょうか?

話は戻って「安藤勝己賞」表彰式では、相変わらず「ちょい悪オヤジ」な私服のアンカツの姿を見ることが出来ました。(エリザベス”ライデン”は6着)

そして7R終了後、いよいよエキシビジョンレースが始まります。パドックの脇に騎乗する6人のJRAジョッキーが集まって来ました。皆、私服の上にヘルメットと勝負服をまとっただけですが、にこやかに談笑。ばんえいの厩舎関係者や家族も、このレースには興味津々で厩舎村エリアから大勢が顔を覗かせています。当然、観客もパドックにかぶりつき、すでに場内が”出来上がった”雰囲気に包まれてきました。ワクワクが止まりません。(動画:パドック
四位騎手・安藤騎手横山騎手・池添騎手藤田騎手・勝浦騎手
1番アアモンドオージョ号 勝浦正樹(勝負服テレグノシス)補助:大河原和男
2番シュンライズ号 四位洋文(勝負服ウオッカ)補助:鈴木勝堤
3番キリンオー号 安藤勝己(勝負服ダイワメジャー)補助:藤野俊一
4番ヒロノタキオン号 横山典弘(勝負服メジロライアン)補助:安部憲二
5番リュウタカラ号 池添謙一(勝負服スイープトウショウ)補助:藤本匠
6番オホーツクブルー号 藤田伸二(勝負服アサクサデンエン)補助:細川弘則


第2障害をアンカツが越える!パドック周回が終わり、JRAジョッキーが、ばんえい騎手に倣って「鐙なし」でばんばに騎乗。JRA騎手の皆さんは「おっかなびっくり」というよりは「曳き馬されてる観光客」みたいな楽しげな表情で、それがまた場の雰囲気を和ませます。賭けの成立していないエキシビジョンなので、府中で行われた『ジョッキーマスターズ』同様に、観客の声援に手を振って応えています。(あの藤田伸二がこんなに楽しげに観客に手を振るのか!?)信じられない光景が繰り広げられています。(動画:本馬場入場

発走予定時間が少し遅れた17:57分「第1回JRAジョッキーDAYエキジビジョンレース」がスタートしました。TVで見るばんえいレースは定位置からの映像ですが、現場でのばんば観戦は、「馬にあわせて一緒に走る」というのが独特の観戦方法なので、私も作法に倣って?エキサイティングゾーンを走ります。時折、観客の頭の隙間からレースの様子を伺います。第1障害はリュウタカラ号池添賢一が最初に通過した様子。

さあ、ばんえいの勝負処の第2障害、一番に仕掛けたのはヒロノタキオン号横山典弘ですが、キリンオー号安藤勝己が一気に障害を乗り切って逃げ切りの体勢に持ち込みます!後ろから四位洋文騎乗のシュンライズが追い込みに掛かる!(ダイワ勝負服を追うタニノ勝負服、桜花賞の再現かよ!)鋭さは無いものの、アンカツの長鞭がペチンペチンと的確に唸る!?とそのまま逃げ切ってゴールイン!栄えある「第1回JRAジョッキーDAYエキジビジョンレース」を制しました。入着順は安藤勝己=四位洋文=藤田伸二=横山典弘=勝浦正樹=池添賢一の順番でした。「想像以上に面白いものを見せてもらった」観客も、参加した騎手も、ばんえい関係者の皆さんがニコニコ出来る素晴らしいレースでした。(動画:レース

トークショーと紅バラ賞表彰式この後、10R終了後には参加騎手6名が集合してのトークショーも行われ、参加した騎手も「来年もまた参加したい」と口々に語っていました。メインの11R「紅バラ賞」ではエキシビジョンレースに優勝したアンカツが優勝馬関係者に表彰状を手渡すという、いつもと真逆のシチュエーション。(動画:トークショー※馬券購入の為、横山典弘騎手のインタビューは撮れませんでした

この日の観客は、前日の日曜に比べて500名多い2950名と大盛況だったのですが、売り上げ的には「平日の月曜よりは多いけど日曜よりは悪い」という状況だったようです。これはパドック周回とレースの合間に10分程度のイベントを行ったために、馬券が買い辛かったという側面があります。それでも翌日のスポーツ新聞やローカルニュースでの扱いを考えると「広告効果」は絶大だったと思います。ナイター開催でレーススタートが遅いなら、来年以降はレース間隔を開けるなどの対策をした方が良いかもしれません。

この日のレースに際して、参加するJRA騎手はばんえい騎手からばんば騎乗のレクチャーを受けたそうですが、その際にもアンカツの飲み込みは早かったとのこと。笠松時代の馬主さんが「アンカツはゴルフ始めたらすぐに上手くなった」と語っていたのを思い出しました。やはりアスリートとしてのセンスが優れているのでしょうね。(動画:表彰式

そして、このイベントの発起人となった藤田伸二騎手。JRAでは「13万人のダービー観衆を敵に廻すようなイベント参加拒否で顰蹙」を買いながら、なぜこんな僻地で「3000人を相手に男を上げる」行為をするのか?それが、彼の生き方”男道”なのかもしれませんが、勿体無いというか、不器用な生き方というか、あんな楽しそうな笑顔をJRAの観客にに対しても見せてやればいいのに・・・(「JRA広報」に対して激しい不信感とかあるのでしょうかね?)

紅バラ賞優勝馬ホクショウダイヤ号を囲んで記念撮影とにかく、”楽しい一日”(正確には半日ですが)でした。参加した「JRA騎手の楽しさ」が観客に伝わり、その「観客の楽しさ」が更にJRA騎手の気分を良くする相乗効果。まさに『できあがった』興行でした。家族連れやアベックの皆さんも楽しんでいたようです。笠松競馬が金山ウインズを敵に回して売上採算ラインを割ってまでして日曜開催に拘っているのは「こういう光景」を作り出したいからなんだろうな〜と思いました。(現状は”負け戦”で上手く行っていないようです。)来年も実施して欲しいし、参加できなかった武豊騎手にもぜひ参戦して欲しい。

イベント目当ての不埒な観客だったので、馬券参加はメインレースしか出来ませんでしたが、”ばんえいの武・アンカツ”とも言われる坂本東一騎手のおかげでガソリン代も出ました。帰り道は、広尾の天馬街道を通って浦河へと抜けました。静内を基点として、行きの日勝峠ルートは200km、帰りの天馬街道ルートは190kmとほとんど大差はないのですが、交通量が少ないので10km以上の時間差(約30分)が出ます。展望などの観光を考えると日勝峠の方が楽しいですが、急ぎの場合は天馬街道の方が使えますね。

※携帯で撮影した当日の様子をアップしておきます。右手にデジカメ、左手に携帯抱えながらの撮影で画質・アングル共に悪い(手ぶれ補正入ってないし)ですが、当日の競馬場の楽しい雰囲気は伝わるのではないでしょうか。携帯3gpファイル(レースのみwmvファイル)になっているので対応しているプレイヤーで再生してください。
(2007.7.18UP)


貧乏牧場見学に朗報!日高に新名所誕生
私が牧場めぐりをしていた10年前は日高はとても不便な土地でした。日高管内国道235号沿道では門別富川のローソン以東には24時間営業のコンビニが無かった(牛丼屋などは未だにありません)ので夜食に困りました。また、当時は日高管内に24時間営業のガソリンスタンドがなかったために道中でガス欠になり、(翌朝の開店待ちで)スタンドの傍で泣く泣く車中泊したこともありました。銀行が土日に営業していなかったので金欠でWINSに馬券を買いに行けないことも多々ありました。

牧場見学は天候に左右されるので、(見学不可の)雨の日は図書館で競馬関係の書籍を読み、夕方からは静内温泉に行き閉館の10時まで温泉に入ったり、休憩室で仮眠したりして過ごしていました。

あれから10年、日高にも24時間コンビニが当たり前の時代になり、サンデーバンキングやコンビニATMも常識、24Hセルフスタンドも出来ましたが、この度「貧乏牧場めぐり」に心強い待ちに待った施設が出来ました・・・マンガ喫茶(ネットカフェ)です。

GWの4/28よりAIBA静内の所在する新ひだか町駒場に「自遊空間 静内店」がオープンしました。マンガ&インターネットの他にビリヤードも楽しめます。欠点はシャワーが無いことですが、(都会の旅打ちではマンガ喫茶のシャワーは必須ですが)せっかくの北海道ですので、牧場見学後は新冠温泉(500円)や静内温泉(400円)で22時までゆっくりと過ごし、「自遊空間」の8Hナイトパック1500円で過ごすというのは如何でしょうか?(日高には素泊まり3000円の安宿や、ユースホステルもあるのですが、そういう雰囲気が苦手な人にはお勧めです)ネットの回線速度は現在はADSLのようですが、9月までに静内繁華街の国道沿いにはフレッツ光が開通するそうなので回線速度も早くなるでしょう。

ゲートに見立てた町民ギャラリー入場口静内地区では、この駒場地区が大型ショッピングセンターやホームセンター、ドラッグストアで中心街となっていますが、旧繁華街である役場通りの「ピュア」の2階には、今月より「新ひだか町地域交流センター」が出来ました。どこの町でも商店街の個人商店が全国区の大型店舗の侵攻に青色吐息ですが、ここ静内でも同じです。私が移住した10年前には少年サンデー「じゃじゃ馬グルーミンUP!」にも実名で登場したショッピングセンターだった「ピュア」ですが、この10年でテナントがどんどんと減り、ショッピングセンターとしての機能を果たさなくなってしまいました。

そこで、歯抜けの店舗を1Fワンフロアに集約して2Fを「地域交流センター」として活用し活気を戻そうと、この度の施工となりました。(公的機関が民間施設に入ることに対してかなり物議を醸しました)

その「地域交流センター」の内部は各種サークル活動や会議が行えるサークル室や会議室、情報コーナーや大型映像コーナーなどで構成されていますが、注目は中心に置かれた「町民ギャラリー(入場無料)」でしょう。「人と馬の文化史」をテーマに、農耕馬時代の資料に始まり、中央競馬の(日高産優勝馬)の勝負服や肩掛け、競馬グッズなどが展示されています。パッと見ただけでカワカミプリンセス、コスモバルク、ウイニングチケット、サンドピアリス、レガシーワールドなどの貴重な記念品が飾ってあり競馬ファンには必見のスポットとなっています。今は展示スペースの隙間を埋めるために、しょーもない競馬グッズを置いてお茶を濁している部分もあるのですが、更なる充実を期待したいです。この施設で旧繁華街に活気が戻るとは思いませんが、「じゃじゃグル」好きな私としては「ピュア」の存続を願っているだけに、イベントなどドンドン行って貰いたいものです。(ゆうきまさみ原画展とかやらないかな〜?)
町民ギャラリー展示カワカミのオークス肩掛けは三石「蔵三」から移動した?コスモバルクの展示物


道民の競馬=ホッカイドウ競馬なのか?門別競馬閉幕
4/18より開幕したホッカイドウ競馬ですが、今年は「門別(10日)→旭川(63日)→札幌(13日)」の86日間開催となっています。注目すべきは旭川ナイターを約5ヶ月間に渡って開催することで、これは明らかに南関東との提携による場外発売収入を目的としています。

3着以下をぶっちぎったディラクエ&メスナーその、あおりを食う形で門別開催はわずか10日間、地元民としては正直寂しい。あっという間に終わってしまったのですが、最終日に何とか時間を作って立ち寄ることが出来ました。早くも2歳戦が始まっているホッカイドウ競馬ですが、この日はクラシックにもつながる1700mのフレッシュチャレンジが行われ、評判馬の社台外厩馬ディラクエ(エミーズスマイルの半弟)、ビッグレッドファーム外厩馬”第3のバルク”(第2は一応インパーフェクト)メスナーのワンツー決着となりました。時計は平凡でしたが、ディラクエはかなり奥が深そうな感じで、中央挑戦が楽しみです。

この日の門別は海風は冷たいものの好天に恵まれ、札幌からの無料バス効果もあったのか多くのお客さんが来場して盛り上がり、(南関の購買に助けられた部分が大きいのでしょうが)売り上げも門別開催とは思えない数字をあげていました。

そして、翌週から早くも旭川ナイター開催が始まったのですが、夜の気温が10度を切る事もあるこの季節のナイター開催ってのは、FEEL LIVEを否定する南関(場外)頼りが見え見えで「道民の競馬」からはかけ離れているような気もします。他の地方競馬が苦戦している中、南関との提携で売り上げを確保するのは「戦略」としては至極当然なのですが、何か寂しく感じます。まあ、道営の2歳馬が夏のJRA北海道開催を席巻してモヤモヤした気分を吹き飛ばしてくれる事を期待しています。(2007.5.23UP)


ディープインパクト衝撃!世にも奇妙な商売
安平町観光、期待の星ディープインパクト三冠を始めとしてGT7勝をあげたディープインパクトが種牡馬入りして4ヶ月。種牡馬展示会の代わりに一般向けに行われた撮影会には1200名のファンが集まり、ディープフィーバーはまだまだ続いていますが、渦中の人(馬)ディープインパクトは先日より社台スタリオンステーションの一般見学エリアにて放牧(公開)されることとなりました。

現在は、種付けシーズンにつき見学時間はおよそ10:00〜12:30になっていますが、週末には駐車場が一杯になるほどのファンの来場があるようです。私が見に行ったのは平日でしたが、ランチタイム時には常に20名位の競馬ファンや観光客が来場していました。

(この時期の牧場見学でこんな光景は久々だな・・・)と思った私の視界に、見慣れぬ光景が・・・なんと警備員さんです!(社台スタリオンも観光客対策にそんな事も始めたのか〜)と思いつつ、話を聞いてみると更に驚きの事実が!この警備員さんは「社台スタリオンの警備」ではなく「ディープインパクトの警備」をしているんだとか!?

苫小牧の警備会社から派遣されているこの警備員さん、朝の5時からディープインパクトの傍で警備を開始し、厩舎清掃の間は小さな放牧地に離されているディープの傍で警備、昼の一般見学時間には放牧地にて警備、種付けの時は種馬場で待機と丸一日ディープインパクトを警備しているそうです。(夜は社台従業員による夜警の巡回あり)

警備員さんによると2名のローテーションで毎日警備に当たっているそうですが、「仕事としては楽ですが、精神的には緊張しますね」とのこと。幸い、今のところは悪質なファンにより問題は起きていないとのことですが、ノーザンホースパークからのシャトルバス運行も決まった「ディープ観光」だけに今後も気苦労が絶えないかもしれません。

日本では聞いたことがない「馬の警備」という”世にも奇妙な商売”ですが、競馬ファンにとっては堪らない”素敵な商売”かもしれません。(2007.4.22UP)


種牡馬展示会始まる
ダーレージャパンスタリオンコンプレックス馬産地、春の恒例行事「種牡馬展示会」が2/12の門別ダーレージャパンスタリオンコンプレックスを皮切りに始まりました。毎年増え続ける内地の競馬ファンの参加により混乱を呼びつつある社台スタリオンステーションは、ディープインパクトの種牡馬入りを迎え、更なる混雑が予想された為、急遽2/14に競馬ファン向けの展示会(応募殺到で1200名で受付終了)を行うことになり、生産者向けの展示会は2/20に招待制にて行われることになりました。

この日のダーレージャパン展示会は「競馬ファン参加OK!」と謳った為、14日のディープ展示会に絡めた内地からの競馬ファンの姿が多く見受けられましたが、昨年よりも更にスケールアップしたイベントには驚かされました。

今回、ダーレージャパンは東京のイベント会社に展示会のプロモーションを依頼。イベント会社より10名のスタッフが道内入りし、展示会に備えました。更にANA関連会社より約50名のケータリング関係の派遣を受け、コンパニオンも配置。ダーレースタッフも総動員して来訪者をもてなすという力の入れようでした。

4〜5年前の種牡馬展示会の風景といえば、缶コーヒーとおにぎり程度、社台スタリオンの骨付きフランクや立ち食いそばで豪華と言われていましたが、この日のダーレーのケータリングは「寿司」「ビーフサンド」「中華カニスープ」「豚まん&中華ちまき」「スパニッシュソーセージパイ」という小洒落たメニュー。馬産地の内気な親父&御婆は腰が引けたのか遠巻きに見守るだけで、なかなか近寄ろうとはしませんでした。控えた生産者に対してハナを主張したのは競馬ファン。我先にと料理にがっつく姿を見て、生産者は安心たのかハシを伸ばしていました。

大盛況!肝心の種牡馬展示会はダージー・マリエンバード・グランデラ・ムーンバラッド・アルカセット・ルールオブロー・ファンタスティックライトの順に展示されました。昨年より種牡馬らしい体つきになったアルカセット。ちょっと小さなルールオブロー。既に貫禄のファンタスティックライトでしたが、壁に掛けられた「草原を掛けるダーレー馬(アルカセット?)」の大きな写真が気になるのか、やたらそっちの方向をガン見して嘶いていました。最後に、この1月から本国ダーレーから派遣されたスタッドディレクターやファイナンスディクターの紹介がありましたが、馬産地で着々と(中央馬主登録も含めての)地固めに入っているようです。

大盛況に終わった展示会でしたが、とにかく「ダーレーが絡むとイベントは半端じゃなくなります!」しかし、300〜500万の買い物する顧客に対して今までのスタリオンはあまりにサービスがなっていなかったんじゃないか?とも考えさせられます。まあ、馬産地の余禄(そもそも今の馬産地に余禄なんで無い)で展示会にお邪魔させて頂いてる身の私が言うべき事では無いのですが・・・

最後にこの日のダーレーを象徴するような小噺をひとつ。

余りにダーレーの種牡馬カタログがピンピンの立派な紙素材だったので、手の甲をスパッと切ってしまった私は、「絆創膏ありますか?」と場内スタッフに聞いたのですが、それに対するスタッフの返しは「今お医者さんを呼びますから!」・・・ちょっと、チョットチョット!?

1cm程度の切り傷でそんな大袈裟な!(マジで医者を用意して居るんか?)と半信半疑ながらも、(ダーレーならやりかねない・・・)と萎縮して「絆創膏だけでいいですから〜(医者は勘弁してください〜)」と懇願してしまいました。(結局、スタッフが絆創膏持って来てくれたので、本当に医者が居たのかどうかは分かりませんが・・・)恐るべき”ダーレー・青の軍団”

種牡馬の画像は「名馬座:2007年種牡馬展示会特集」にて (2007.2.12UP)


2/1大井競馬場外国産馬導入反対決起集会
羽田空港ギャラクシーホールでの決起集会新聞報道ではあまり大きく報道されていないのですが、07年4月より大井競馬場が「外国で出走経験のある競走馬の導入」を決定しました。昨今の日本馬の活躍、ダーレージャパンの全ての馬が南関で勝ちまくってる訳でも無く、ファンとしては「別に恐れることは無いのでは?」と思っていたのですが、馬産地では想像以上に事態を深刻に捉えているようで、この日、北は北海道から、南は九州まで、全国7生産団体185名の生産者が結集し大規模な抗議行動を行いました。

北海道の生産者は7:30に千歳空港に集合し、羽田空港に到着。各地の生産者が到着した11:00よりギャラクシーホールにて決起集会を行い、13:30より大井競馬場(競馬事務所4F)にて主催者に対して抗議文を手渡しました。

大井競馬場による導入の趣旨は「馬券売り上げ頭打ちの現在、起爆剤としての『外国馬導入』であり、年間20頭1馬主上限3頭の導入を決定した。」とのこと。20頭というのは大井競馬場の所属馬が約1000頭につき、生産地への影響も少ないとの認識。

生産者側からの抗議としては、「例え1頭であっても輸入を認めれば済崩しに(関税の撤廃にも繋がり)外国馬がどんどんと輸入され、国内生産が崩壊する」「世界2位の主催者賞金レベル(1位はJRA)の大井が外国馬を認めれば、外国馬主の大量参入に繋がり、馬主の寡占化が進み、更に馬主が減少する」というものでした。今年より日本がパートT国へと仲間入りし、現在「地方競馬の再建策を含めた」競馬法が国会に提出されている段階での大井の独断先行的(他の南関3場は認めていない)である「外国馬輸入」は断固として認められないとのこと。

大井競馬場事務所へと乗り込む事は生産界だけの問題だけでなく、レース番組にも及びそうで生産者サイドとしては、外国馬を導入した場合『JBC競走の大井開催を中止する方向で働きかける』『輸入した外国馬は統一グレード競走への出走は認めない』ということです。現在JBCの2競走は当初の理念から離れ、全国での持ち回りは、開催場にとって非常にリスクの高い決断となっています。大井競馬場でしか収支トントンにならない「JBC競走の大井開催を認めない!」というのが脅し文句になるかは甚だ疑問ですが、大井サイドの独断的な行動にも問題があるように思います。

この日の決起集会と抗議文提出を見る限り、事態は泥沼化しているようですが、事態はどのように収束するのでしょうか?大井競馬場側には「グレード導入」や「バリアゲード」導入など、日本競馬の先進的な事は全て大井から始めて来たというプライドがあるようなので、今回の「日本初の外国馬導入」も簡単には引き下がらないと思います。大井のプライドを傷つけないまま、他場3場(及び他の地方競馬)が根回しして丸く収める事が望ましいのですが、NAR内で大井に対して発言力を持つ主催者も居ないだけに事を難しくしています。

会場には多くのプラカードの掲げられていましたが、その中に「ハイセイコーの仔どもだから盛り上がる」というプラカードがありました。確かに、私のようなファンは「地方競馬で活躍した血統の仔が、父母の駆けた競馬場で活躍する」という図式には大いに共感します。「ワカオライデン→笠松ライデン軍団」「ゴールドレット→ゴールドプルーフ」「マルブツセカイオー→マルブツホワイト」地方競馬ならではの血統ロマンです。

大井競馬主催者へと抗議声明ただ、「売れない血統には手を出せない」という事情は分かるにせよ、生産者側にも地方血統(言い換えればダート血統)の冷遇などの問題もあるのでは無いでしょうか。ダートGTを何勝しても、配合相手一桁や、乗馬転用になった「ダート名馬」は数多く居ます。日本競馬において長きに渡った「芝>ダート」の意識を変えるための、ダート統一グレード競走の設立だったのですが、競馬の売り上げ低下とともに弱っていく地方競馬という流れでは、ダート統一グレードは中央の草刈場となっているのが現状です。

あくまでも地方オタクの考えですが「外国馬20頭輸入」するならば「”ご当地種牡馬”産駒20頭導入」(その競馬場で活躍した種牡馬産駒を20頭セリで購入して、抽選馬として配布)の方が昔からのファンは面白いような気もしますが、私の感覚がズレているのかもしれません。
地方側も「SPAT(南関+道営)とDnet(他の主催者)」と分裂したままで統一する気配は見えません。このままでは「大井とその他」「大井と南関3場とその他」などと更なる分裂も考えられ、事態の行方が気になります。(ここらへんが「新・競馬法」の焦点の一つとなるようですが)

(2007.2.10UP)


ツルマルガール一族・ツルマルオジョウのデビューによせて
1/28小倉4R3歳新馬戦(芝1800m)にてツルマルオジョウがデビューします。母ツルマルガール、父ダンスインザダーク、全兄にツルマルボーイ(安田記念GT優勝等)、半兄にツルマルファイター(プロキオンSGV2着等)、全姉にツルマルシスター(野路菊S優勝)を持つ”日高の良血馬”そして、”橋口厩舎縁の血統”でもあります。

2003/12/10ツルマルシスター急性腹膜炎により安楽死。
ツルマルガールの2004(04年6月)GT戦線で活躍するツルマルボーイの全兄妹として注目されていたツルマルシスターは夏の小倉でデビュー、初戦を3着とした後、2戦目で初勝利を挙げました。その1ヵ月後に行われた野路菊S、最後方から馬群を縫うようにスルスルと抜け出した末脚に、多くのファンが驚愕すると共に、翌年の牝馬クラシックへの期待を膨らませました。続くファンタジーSでは1番人気に推されるも、馬群に包まれ末脚不発の7着と破れてしまいました。

阪神JFでの捲土重来を誓って、厩舎で調教を続けるツルマルシスターでしたが、11/27に腹痛の症状を訴え、栗東の診療所に入院、12/6に開腹手術を行うものの、12/10に急性腹膜炎を併発し安楽死処分がとられました。

安藤勝己騎手とのコンビで牝馬クラシックを賑わせてくれる事を期待していた私としては、シスターに訪れた不幸は非常に大きなショックでしたが、それ以上にショックなのは、実はこのページで紹介しているツルマルシスターの画像は11/26の撮影なのです。(この日の夜に体調を崩した?)現像された写真を見て「シスターは寂しげで儚げな美少女やな〜」と独り悦に入っていた時は、まだ入院報道も流れていませんでした。

エプソムジョーオーのオプションお嬢(右側:2004年8月)『秋の夕暮れ曇り空、薄暗い厩舎の中でポツリと佇み、濡れたような瞳でこちらを見つめていた可憐なツルマルシスター』まさかこれが今生の別れとなるとは夢にも思わず、あの日の光景を思い出すと、今でも胸が締め付けられる思いです。

2004/6/6悲願のGTツルマルボーイ安田記念優勝
GT2着が3度、どうしても届かないGTタイトルへの執念が府中1600mの舞台で華開きました。”最後方から大外回し”のボーイの戦法セオリーを大きく覆す”馬群を割っての追い込み”で兄に悲願のタイトルをもたらしたのは、シスターとコンビを組んでいた、テン乗りの安藤勝己騎手。その胸中にシスターの姿はあったのでしょうか?

父ダンスインザダーク・母ツルマルガール、橋口調教師にとっては、『こんな事、ダービースタリオンでもなかなか出来ないだろ!?』と誇らしげに語る”縁の血統”での悲願のGT勝利。生産者の濱本牧場、馬主の鶴田任男氏にとっても初のGT勝利ということで、お祝いムードに包まれていた関係者の皆さんでしたが、この時すでに彼らのもとに”更なる不幸の影”がひたひたと忍び寄っていたのです。

2004/10/12ツルマルガール死す
ツルマルガールの2004(05年6月)の年4/16にボーイの全妹になる牝馬「ツルマルガールの2004(後のツルマルオジョウ)」を出産したツルマルガールの体調がどうも優れません。「腹病み(いわゆる腹痛)」が続き、安田記念の後に早来の社台クリニックに入院することになりました。

「ガールの2004」には乳母が付けられましたが、どうにも乳母との折り合いが悪く、お乳をなかなか与えてくれません。その為、従業員さんが哺乳瓶を抱えてオジョウに与え続けたそうです。(人と接する時間が多かったので、彼女は非常に人懐っこい性格をしています。)

場主の濱本氏は、毎日ミネラル水と青草を車に積んで、片道1時間掛かる社台クリニックのツルマルガールの元へと足を運び、ガールの容態が小康状態の時にはクリニック厩舎の周りをゆっくりと散歩(曳き運動)したりしていたそうです。

夏には一時、快方に向かっていたようで「秋には帰って来れるんじゃない?」との話も聞いていたのですが、関係者の願いも空しく、10/12肺炎を併発しシスターの元へと旅立ってしまいました。享年13歳。GT馬ツルマルボーイの母として、まだまだこれからが楽しみな繁殖牝馬でした。(実は、私は北海道に移住して、数々の牧場を巡りましたが、ツルマルガールは一度も見に行けませんでした。牧場の前を何度も通り過ぎた事はあっても「いつでも行ける」と甘い考えでした)

ツルマルオジョウ(06年11月)牧場からレンタルしていた乳母を帰した後は、濱本牧場の皆さんの手で愛情込めて育てられた「ガールの2004」は、夏には無事に自立を果たして放牧地を走り回るようになりましたが、その時はいつも面倒見の良い叔母一家の後をトットコトットコと(時に嘶きながら)必死に追いかけていました。

叔母一家とは、ツルマルガールの姉エプソムジョーオーと、ナリタトップロード産駒の当歳牝馬「エプソムジョーオーの2004(後のエプソムメアラス)」ですが、「ジョーオーの2004」が母に甘えてお乳を貰っている中、(いくら叔母でも、人と違ってミルクまでは分け与えてくれないので)ジョーオー親仔の傍らで、独り静かに放牧地の草を食む日々でした。当時の寂しげな「ガールの2004」の姿を思い出すと、また胸がキューンとします。(エプソムジョーオーのオプションお嬢・・・付かず離れずの、この距離感が「母」と「叔母」の違いと思うと・・・。・゜・(ノД`)・゜・。

2005年
明けて1歳、離乳した牝馬は集団で放牧され、母無し子の寂しさも克服した「ガールの2004」は他の仲間たちとスクスクと育ちました。(その時の同期は、エプソムメアラスの他に、かえで賞レコード勝ちのカノヤザクラ、現在0-2-0-1-1で初勝利が期待されるツルマルアイなどでした)

2006年
シスターとオジョウ幻のツーショット@明けて2歳となった「ツルマルガールの2004」ですが、育成はノーザンファームに預託して行われました。当初は夏の小倉でデビューとも言われていたのですが、一頓挫あってデビューが遅れる事になり、橋口師が「自分の手元で見ながら(調整して)デビューさせたい」とのことで、10月に滋賀のグリーンウッドに入厩し、「ツルマルオジョウ」と名付けられて12/20に栗東・橋口厩舎へと入厩しました。(一族の名付け親は全て橋口師です。一時は「ツルマルジョーオー」「ツルマルジョオー」も候補として聞いていたのですがオジョウに決まりました。)

私がこの血統に”縁”があるのか?たまたま栗東を訪問した日がオジョウの入厩翌日でした。ツルマルシスターも担当していた(ハーツクライで有名な)山本厩務員が担当することになりましたが、山本厩務員曰く「シスターは(あのまま無事に行けば)間違いなくGTでも勝ち負けしていたはず!この馬もお姉さんくらい走ってくれるといいんだけどね〜。」と姉の姿を重ねつつ、オジョウのデビューにむけて決意を語ってくれました。

2007年1月28日小倉4Rツルマルオジョウデビュー!そして初勝利!
家に帰って、撮影したツルマルオジョウの画像を見ていたら、どこかで見たことがあるようなデジャヴ(近視感)に包まれました。そのデジャヴはツルマルシスターでした。たまたまアングルが似ているという事もあるのですが、その”儚げな佇まい”はシスターを思い出させます。試しに並べてみましたが如何でしょうか?(確かに「美人度」は姉の方が高いですが、、、)

シスターとオジョウ幻のツーショットAこの一族に訪れた、数々の喜びと悲しみを経て、ついにデビューへと辿り着いたツルマルオジョウ。調教の時計からは初戦から過度の期待は出来ないかも知れませんが、姉の果たせなかった”クラシックへの夢”を、彼女の重荷にならない程度に託して、競走生活を見守って行きたいと思います。何よりも、無事に競走生活を終え、一族の血を後世に残すことが一番の仕事であり、一番の願いです。(2007.1.27UP)

追記:1/28日に行われた小倉4R新馬戦、ツルマルオジョウは馬体重458kgで出走。調教の時計が悪いのに一時は1番人気に推され、この一族にファンが期待していることを感じさせました。(最終的には2番人気)レースはスタートも遅く、最後方からの競馬になり「ああ・・・やっぱ緒戦からは辛いか」と思ったのですが、向正面から外を回ってスパートを掛けるとドンドン前に進出、そして4コーナー回るとドンドン大外に膨れてしまいました。「凄い脚!しかし、これは無理か!」と思ったもののゴールでは1馬身半の差を付けて抜け出していました。

恐るべきは”ツルマル一族の血”伝家の宝刀とも言える切れ味でした。そして、ゴール直後に塚田騎手が落馬というアクシデント。幸い人馬ともに無事と思われますが、言い方は悪いですが、ゴール前での落馬で無くて良かったです。(^^;(この時期に、騎手を落として星落とすのは痛すぎますから・・・)

”お嬢様”ではなく、まさに”お転婆・お嬢”な荒削りなレースでしたが、まずは第一関門を突破!先々が楽しみです。(2007.1.28UP)

(注記:この手記は、ここ数年間のツルマルガール一族関係者との会話などを基に構成しましたが、当時の「裏取り確認」などを完全に行っていませんので、完全なノンフィクションではありません。一族に魅せられて”ブリンカーかかった”筆者の思い入れが中心の与太話として一読ください。)



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